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我逢人
それまではずっと良かった。
いつかは覚えていないけれど、私は「独り」を感じるようになった。
そして誰と話したいとか遊びたいとかもそんな感覚を覚えていた。
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ここは習い事の剣道の場。
2024年7月7日。まさに七夕の日だった。
その日は金曜日で剣道の稽古があった。
練習が始まり、後ろに速く進むすり足の練習をしていた。いつも通りに。
でも突然だった。
「あっ」っと思った頃にはもう遅かった。
右足の人差し指が袴に引っ掛かり私は転んだ。
転んだ時にはなんてことないと思っていた。
でも数分後、人差し指に痛みが走った。見てみると腫れていて、ケガしたことがすぐに分かった。
そこから私はいったん練習を中断し、後日病院へ行った。
幸い骨折ではなかった。医師からの診断によると指の捻挫という判断で2週間たてば治ると言われた。
だが…2週間たっても何も変わらなかった。逆に悪化していたにも思える。
そしてまた病院へ行き再度レントゲンを撮った。角度を変え撮ってみると…
私の人差し指は剝離骨折していた。
夏には剣道に試合がたくさんあるシーズン。しかも私は小学6年生。小学生最後の夏の大会。
ほとんど全ての大会をキャンセルすることになった。悔しかったし苦しかった。でもまだこのころはそれに収まっていた。でも毎日胸のズキズキが止まらなくて毎日ミセスの音楽を聴いているしかなかった。骨折しているためほとんどどこにも行けない。
でも私は、剣道の稽古はできないけれど、みんなの稽古を見に行くようにはしていた。実は本当は見に行きたくはなかった。だって自分がみじめに思えてくるから。でもなんで行ったかって言ったら、夏は試合がたくさんあって、みんなが成長する時期。みんなが上に行って、私が取り残されてしまうから。だから、みんなを見張っておかなきゃいけない、そう思った。でもこれが今思うと私を苦しめていた気がする。自分がみじめに思えてくるから。だからか、みんなからの「大丈夫?」という言葉が謎に噓にしか思えなくなってきた。噓に聞こえた。いや、本当に嘘かも。だって私がいなくなれば補欠の子が団体戦に出られるから。結果、本当にその通りになった。悔しくて辛くて苦しくて、何をするにも気力が湧かない。夏休みの宿題も全くはかどらない。やる気が出ない。本当に胸がズキズキした。胸がズキズキするって、苦しいとか悲しいとかの表現かと思ってた。でもいざ体験すると本当にこれは現実としての感覚になった。私は8月の試合までに何とかしようという目標があった。完治まではいかないけれど、試合には出られる程度に。整骨院での電気治療も受けた。
そして何とか、試合に出ることが出来た。団体戦だった。
一回戦目。不安になりながら試合に立った。練習不足で復帰してから2回しか練習できていなかった。それもあり、しかも、骨折した指が痛んでそれをかばおうとした右足のかかとも傷んだ。
そして私は負けた。
でもケガもあって誰一人として私を責めなかった。
でもそこからチームのみんなが取り返してくれて何とか1回戦を勝ち上がることが出来た。
一回戦目が終わって、みんな「大丈夫だよ!」って言ってくれた。でも私は自分が自分を許せなかった。後から思えば練習もほとんどしてなくてずっと休んでて、試合中も足が痛かった状況を考えるとそりゃ当然の結果だよ、と思うけれどその時の自分はなぜか自分を許せなかった。
つづく