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狙撃(スナイプ)
風野芽衣明
黒い霧のようなものが渦巻く謎の空間で メガネをかけた男は十字架に|磔《はりつけ》にされている。意識を失っているのか目を閉じており、手や頭は下に垂れていた。突然どこからともなく 女の子がすすり泣いている声が聞こえてきて 男は静かに目を開け ゆっくりと頭を上げる。しかし その目に光は灯っておらず ボーッと その景色を見ていた。
女の子:「ひっく……。ぐすっ…… ぐすっ…… おなかすいたよぉ……。おとうさぁん…… おかあさぁん……」
男:「んっ…… 女の子の泣き声? 一体この子は誰だ……?」
男の子:「|燐《りん》!! また あいつらに閉め出されたのか!」
少し年上の男の子は片膝立ちになり女の子の目を見て話しかける。話し方から察するに 今回が初めてではないようだった。
男:「りん……? 燐って |従兄妹《いとこ》の燐か? 初めて見る景色じゃない……。これは過去の俺……か……?」
幼い|悠河《ゆうが》:「さぁ、夜も遅いから家に行こう。美味しいご飯がもうすぐ出来上がるぞ!」
幼い燐:「……うん」
手を繋いだ2人は家に向かって歩き出した。
悠河:「__ハッ!!__ そうだ、燐は 虐待を受けてて一緒に過ごす日も多いんだった。ってなんで俺 こんなとこに磔にされてんだ!!? 確か俺は |涼《りょう》を庇って ……。
__キィィィィィィィン__
ぐあっ!!! なんだ この耳鳴り!!?」
???:「ようやく気がついたか |香沙薙《かざなぎ》 |悠河《ゆうが》」
悠河:「だ、誰だ! 姿を見せやがれ!!!」
声はあらゆる方向から聞こえ 悠河は声の主を探すようにキョロキョロと見回す。すると 目の前にマントとフードを被った黒づくめの男が現れる。
悠河:「うぉっ!!! いつの間に!!!?」
|狙撃《スナイプ》:「・・・・・・私の名は|狙撃《スナイプ》。 香沙薙 悠河、お前が力を望んだ結果 こうして私は生まれた」
悠河:「ハァ? テメェ 頭おかしいんじゃねぇか? 正体も分からねえ奴の言うことを誰が信じるってんだよ!!!」
|狙撃《スナイプ》:「・・・・・・随分と荒々しいな。 聞く前から 私の言うことを信じる気はないとは」
悠河:「当然だろうが! どこの馬の骨ともわからねぇ奴の言いなりになんてなるわけねぇだろ クソ野郎が!!! テメェから ぶっ殺してやるよ!! とっとと こいつを外しやがれ!!!」
|狙撃《スナイプ》:「ふむ・・・・・・。平和的に解決しようかと提案したが致し方ない」
黒づくめの男がバサッとマントを脱ぎ去る、その顔を見た悠河から血の気が完全に引いた。目の前にいたのは【自分と同じ顔をした男】 瞳の色こそ蒼色をしているが、【かけている眼鏡や服等はいつも悠河が使っているもの】だった。腕を組み 舌なめずりをすると 不敵な笑みをうかべている。
|狙撃《スナイプ》:「クッハハハ……」
悠河:「う、嘘だろ……。俺……と……同じ……顔……?」
|狙撃《スナイプ》:「せーーーーっかく俺が 《《争いごとが嫌いなご主人様》》のために平和的解決法を提案しようとしたってのになぁ! まぁ ソイツを蹴ったのはテメェだし? もうどうなろうと構わねぇってことだよなぁ、ハッハハハハハハハハハハハハハハ!!」
悠河:「な、なんで《《見ず知らずのお前》》がそれを知ってんだよ……」
|狙撃《スナイプ》:「見ず知らずなんて、ひっどいご主人様だなぁ。俺は見た目も記憶もすべて引き継いでいる、つまりは《《もう一人のお前》》ってことだ」
悠河:「もう1人の……俺……。(燐と|凍矢《とうや》のようなものか?)」
|狙撃《スナイプ》:「まっ じきに そんなことも考えられなくなるがな」
悠河:「えっ…… それって……」
|狙撃《スナイプ》:「こういうことさ
【悠河 俺の目を見ろ、俺のものになれ】」
脳をドロドロに溶かすかのように 今まで聞いた事のないような 心地よい声が全身を包む。通常であれば湧き上がるであろう【命令に逆らう意思】も 声が聞こえた途端〈なぜ この御方の命令に逆らわなければならないのか〉と書き換えられてしまう。|狙撃《スナイプ》の蒼くも怪しく輝く瞳を自発的に見つめた悠河の瞳は徐々に茶色から深い蒼色に染まっていき、一時的に戻った光も また消え、呼吸は長く深いものになっていく。|狙撃《スナイプ》が悠河に近づき、顎をクッと持ち上げると嘲笑うように話始める。
|狙撃《スナイプ》:「こんなあっさりと俺のものになるなんて 人間は なんて扱いやすい生き物なんだろうなぁ。にしても随分と可愛い顔になったな 悠河。この|瞳術《どうじゅつ》と声による【洗脳】は あの凍矢って奴の力でも解けない。永遠に俺の言うことしか聞けない操り人形に、俺の虜となったのさ」
悠河:「・・・・・・」
|狙撃《スナイプ》:「俺の【洗脳】が強すぎて 言葉すら失っちまったかぁ? まぁいいや、身も心もトロットロに溶け ただの人間から俺のものへと 変わったんだ、|香沙薙 悠河ご本人様《オリジナル》は俺の声を一生反芻させながら眠ってな。これからは俺が【香沙薙 悠河】として生きてやるし、お前のことだって永遠に愛してやるからよ」
|狙撃《スナイプ》が 額から鼻に向かって 横向きに撫で 両目を閉じさせると 眠ったかのように 悠河の頭・手はカクンと垂れ下がる。
|狙撃《スナイプ》:「永遠にお・や・す・み♡ もうお前は決して目覚めることはない、この身体は有効活用させてもらうよ。
フッ ハハハハ ハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
悠河:「・・・・・・」
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__バァン! バァン!__
森に2発の銃声が響く。
|狙撃《スナイプ》:「どうした 凍矢ァ!! もっと俺を楽しませろ!!! ハハハハハハハハハハハハ!!!」
凍矢は銃弾をツインダガーで撃ち落としながら森を逃げ回り、太い木の裏に身を潜め、息を殺している。|狙撃《スナイプ》の様子は 獲物をじっくりと追いつめていく狩人のようであった。ほんの僅かでも木から見えてしまえば即撃たれてしまう……万事休すの状況。
凍矢:「ハァ……ハァ……。 まさか悠河の|能力《ちから》が射撃能力とはなぁ。元々銃は好きだったが、こうなってしまうと厄介以外の何物でもないな」
トランサーとして蘇り、どのような|特殊能力《ちから》を持つのかは 人それぞれである。燐は【両親 国家 などに縛られた生活をしていた】ことから鎖を生成する能力:|鎖《チェイン》を会得した。凍矢は【燐を護りきる どんな障害だろうと消し去る】という強い思いから あらゆるものを消す光を放つ能力:|消《イレイズ》を会得した。悠河の場合、家業のこともあり小さい頃から銃に興味があった。モデルガンから触り、サバイバルゲーム 通称サバゲーに参加したり射撃場で実銃を扱ったこともある。そのような経験も含め |狙撃《スナイプ》の能力を得たのである。自身が想像した銃はどんな形式でも生成することができ、《《最高練度》》で使うことが出来る。リボルバーでも ショットガンでも スナイパーライフルでも……。
凍矢:「正確無比な命中率だが、|自動追尾機能《ホーミング》や|消音器《サプレッサー》がないだけ マシ……か……
うおっ!!!?」
噂をすれば であった。頭の真上 頭皮スレッスレを弾丸が通過していく、一瞬のうちに|屈《かが》んでいなければ 今頃額に穴が空いていた。貫通した大木には大きく穴が開き 銃痕より上はズゥゥンと折れ ズルズルと滑りおりる。
凍矢:「うっそだろ…… あんな小さい銃弾で木が折れるなんて 銃だけでなく弾丸まで|弄《いじ》れるのかよ!!? くそっ、このまま隠れてても埒が明かない、銃弾は このダガーで撃ち落としてしまえば機能は失われるんだし、死を覚悟して突っ込むしかないか……。燐が気を失っているのはある種助かったかもな、あんな悠河 見せられるわけない……! 絶対俺が助けねぇと ………なっ!!!」
意を決して木の裏から出ると悠河の元へ走っていく。が……その目論見は読まれていた。
凍矢:「ぐあっっ!!!」
突如右肩に弾が命中した。|自動追尾機能《ホーミング》付きマグナム弾を|消音器《サプレッサー》付き銃により死角から撃っていたのだった。凍矢は地面にうつ伏せに倒れるが起き上がることが出来ない。
凍矢:「か、身体が痺れて……動け……」
|狙撃《スナイプ》:「残念だったなぁ、凍矢。|麻痺弾《スタンバレット》だ。
なぁに、即効性だが効果は直ぐに消える、当然 後遺症は残らない。その不死身の肉体で たっっっぷりと俺の|力《スナイプ》の実験台になってくれや」
銃口が凍矢の額にくっつけられた。
燐:「悠河!!!」
燐の意識が戻って表にでてきた。
凍矢:「燐!! 今は出てくるな! 目の前にいるのは もう俺たちの知っている悠河じゃねぇ!!!」
燐:「悠河……。お願い…… 戻ってきて……」
燐の目から大粒の涙が零れ落ち、悠河のスラックスに染み込んでいく、その直後 驚くべきことが起きた。
悠河:「・・・・・・。り………ん………? おれは………一体………なに………を………?」
蒼色の瞳は 黄緑に近い色へと変わり 瞳の中に 僅かに【光】が灯っていた。【|狙撃《スナイプ》の洗脳】により封じ込められていた悠河の自我が戻ってきたのだった。
燐:「悠河は薙刀で貫かれて死んだ後 トランサーとして復活したの。私と同じように」
悠河:「まさか…… 燐が……倒れて……いるのも…… 俺の……せい…… ぐあっっ!!!」
燐:「悠河!!?」
悠河は両手で頭を押さえ 四つん這いになるように倒れ込んだ。精神世界では|狙撃《スナイプ》が悠河の目を手で覆い |狙撃《スナイプ》の声しか聞こえないよう再洗脳をしかける。
|狙撃《スナイプ》:「チッ! 奴め、悠河にかけた【洗脳】を弱めてやがる! 悠河、 何も考えるな。お前は俺の言うことを聞いてりゃいいんだよ!!! **奴を殺せ!!! 奴の頭をぶち抜け!!!!!**」
再び|操り人形に戻る《洗脳が完了する》と、だらんと両手が落ち ふらっと立ち上がると 燐をまた睨みつける。瞳の色はまた深い蒼色に戻り 光も消えていた。
燐:「また瞳の色が……。もう悠河には会えないの……?」
|狙撃《スナイプ》:「惜しかったなぁ。 奴は再び俺のものに戻った、もう自我が戻ることはねぇ。
じゃあな 【原初の王の血を持つ者】」
__ジャキンッ!__
再び燐に銃口が向けられた。
燐:「悠河…… お願い!! 戻ってきてーーーー!!!」
__バァン!!!__
一際大きい銃声が森の中に響く。
燐:「ううっ…… あ、あれ? なんで生き……て…… 悠河!!?」
悠河は左腕で銃口を塞ぎ、弾を受け止めていた。
悠河:「どんなに……俺を……洗脳……したと……しても…… 俺は……絶対に……負け……ねぇ……!! もう1人の……自分……だろうと……なんだ……ろうと……俺の……家族に……手を……出すやつは……許さねぇ……!!!」
|狙撃《スナイプ》:「なんだ……!? あれだけ深く洗脳してやったってのに 抵抗の意思がどんどん強くなっているだと!!!? くっ! 悠河!! お前と俺が1つとなれば敵無しだ! 俺を拒絶するんじゃねぇーーーーーーーーーーー!!!!!」
悠河:「お前の……手なんか……誰が……掴むかよ……。 俺は俺、香沙薙……悠河は……俺だけだァァァァ!!!」
凍矢:「悠河が|血の力《スナイプ》に抗ってるんだ! まだ悠河も戦ってる! やるなら今しかねぇ! 動けぇぇぇ!!!」
咄嗟に凍矢に交代する。僅かに動く右腕から|消《イレイズ》を放つ。眩しいがとても暖かい光だった。
悠河:「うぐっ…… お、俺はどうなったんだ……?」
凍矢:「何とか…… 行けたか……。俺の|消《イレイズ》で悠河の中の《《悪意だけ》》を消し去った。最後には自我が戻ってきていたからな。悠河もまた俺たちと同じ 人を護るトランサーに生まれ変わった……んだ……」
__バタッ。__
長時間の戦闘で体力精神力 共に疲弊してしまい倒れてしまった。
悠河:「燐、凍矢…… 約束を破っちまって トランサーに支配された俺のためにありがとうな。
よっと」
優しく燐の頭を撫でると、軽々とお姫様抱っこをして 出口へと歩き出す。
燐:「う、ううん? あ、あれ? 確か地面に倒れて……うわぁぁぁぁ!!? ゆ、悠河!? お、下ろしてよ! 1人でも歩けるから!!!」
悠河:「ホントかぁ? あれだけボロボロにしちまったし、お礼だってできてねぇんだ。ここは存分に甘えておけ 燐! 絶対森に入るなって言われてたのに そいつを破っちまった俺を トランサーの力に洗脳されちまった俺を 2人は命懸けで助けてくれたんだしさ。
家に帰ろうぜ、親父や若い奴らも帰りを待ちわびてるはずだ」
燐:「う、うん……」
顔を背け、赤面している。
悠河:「おまえらァァ!!! 若頭と従兄妹様のお帰りだぞーーーー!!!」
燐をお姫様抱っこした状態でバァァァァン!!!と門を蹴り開ける。時刻は夜の6時、燐が森に向かったのは2時過ぎだったため、あの森の中で3時間近く戦っていたことになる。
組員総員:「お、お帰りなさいませ!!! カシラ! お嬢!!」
音に気づいた香沙薙組の組員達が慌てて整列し 出迎える。午前中見かけなかった組員もチラホラいた。
|将吾《しょうご》:「悠河、燐ちゃん 無事に帰ったか。(悠河の瞳を見る)……事情はまた改めて聞くから 今はゆっくりと疲れを癒すといい」
将吾は2人を客間に向かわせる。食事をとり 暖かいお風呂に入り そのまま眠ってしまった。次の朝 悠河と燐は森で何があったのかを将吾に話した。組員の1人 |高槻涼《たかつき りょう》が消滅したこと、悠河がトランサーとなったこと……。
将吾:「そうか。悠河も燐ちゃんと同じように……。本来ならば私が止めなければならなかったのに、大変申し訳なかった」
悠河:「俺も本当に すまなかった。燐が忠告したにもかかわらず、森に走ってしまって。トランサーになっちまったのは ある種 自業自得だな」
燐:「その…… こんなことを言ってしまうと 凄く語弊のある言い方になってしまうんだけど、もしあの時 涼さんがいなかったら私、|幻現《ディヴィジョン》に勝てなかった……。あの高速の斬撃を見切れなかったもん」
悠河:「燐…… もし困ったことがあれば いつでも呼んでくれ。トランサーだから じゃない、家族として力を貸すよ」
燐:「うん、ありがとう。悠河」
こうして新しい仲間 香沙薙悠河ことトランサー|狙撃《スナイプ》が誕生したのであった。悠河の瞳は 変貌した直後は蒼色だったが 今では綺麗な若草色になっていた。