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届かなかった「追伸」
「これ、後で読んで」
引っ越し作業で埃っぽくなったワンルーム。亮平は、段ボールの隙間に封筒を差し込んだ。由美は「何これ、ラブレター?」と、茶化すように笑った。
「……まあ、そんな感じ」
それが二人の最後の会話になった。
それから一年。亮平は、あの時渡した言葉たちが、彼女の中でゴミと一緒に捨てられたのだと思い込んでいた。返事はなかったし、SNSで流れてくる由美の新しい生活は、亮平という過去を必要としていないように見えたから。
けれど、雨が降る火曜日の夜。亮平のポストに、一通の青い封筒が届いた。
『亮平へ。
ごめんね。あの手紙、さっき見つけたの。
キッチンの奥に落ちていた段ボールの底に、ずっと隠れてた。』
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
震える指で封紙を破る。
『読み終わって、一晩中泣きました。
亮平は「僕の知らない明日が幸せであるように」なんて書いてたけど、バカだね。
私の明日に、亮平がいないのが一番悲しかったのに。
勝手に一人で完結しないでよ。』
便箋の端には、乾いた涙の跡が滲んでいた。
亮平は、自分が書いた「切ない結末」が、ただの臆病な逃げ道だったことに気づく。
『ねえ、亮平。
まだ、間に合うかな。
私の知らない君の昨日を、全部取り返しに行ってもいい?』
手紙の最後には、一年前と同じ、少し右上がりの癖のある文字で、こう記されていた。
「追伸。今、玄関の前にいます」
亮平は上着も持たず、裸足のままドアへ駆け出した。
重い鉄の扉を開けると、そこには一年分の時間と、湿った雨の匂いをまとった由美が、あの頃と同じように眉を下げて笑っていた。
「……遅いよ、亮平」
二人の長い「さよなら」が、ようやく終わりを告げた瞬間だった。
戻ってきてくれて、ありがとう。