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ボクだけのキミ、愛す。 #prologue
教室の隅__窓際の席に、小さな背中が座っていた。
|望月 結《もちづき ゆい》。
声を上げることの少ないその少女は、今日も教科書に視線を落としたまま、誰とも目を合わせようとしなかった。
「……望月」
その静けさを破るように、低く響く声が降ってきた。
結が顔を上げると、そこには|御影 司《みかげ つかさ》が立っていた。
制服の襟元はきっちり閉められ、髪は一糸乱れぬ黒。
同じ学校の誰もが、彼を“完璧”と評する。
けれど、彼が向ける視線には何か__底の見えない重さがあった。
「放課後、屋上に来い。断る理由はないよな?」
質問ではなく、”命令”。
結は一瞬、戸惑いかけた。でも口から出たのは、ただ一言。
「……はい」
その返事に、司の口元が微かに動いた。
「素直で、いい子だな。――君には、向いてると思ってた」
放課後。夕焼けが教室の影を赤く染めたころ、結は言われた通りに屋上へ向かった。
そこにはもう、司が待っていた。風を背に受け、手には何か白い紙を持っている。
「これ。契約書だ」
差し出されたその紙には、細かい文字が並んでいた。
《御影司と望月結の間における“恋愛契約”》
一、連絡は一日十回以上、既読無視は禁止
二、他の男子と会話禁止(必要時は報告)
三、着る服は司が選ぶこと
四、嘘をついた場合、一回につき罰として口付けを十秒受けること
五、望月結は、心も身体も御影司の所有物とすること
「……これ、本気?」
「本気じゃなきゃ書かない。結、お前は俺に所有されることでしか、幸せになれない。わかるだろ?」
司の瞳は、どこまでも真っすぐだった。狂気に近いほどに。
心臓が、ひとつ跳ねた。
それは恐怖か、それとも__安堵か。
結は、唇を少し噛んで、震える手でその紙を受け取った。
「……サインする、ね。司くんに、命令されるの……嫌いじゃないから」
その瞬間、司の手が結の頬に触れた。
優しさに似た力で、けれどどこか逃げ場を奪うような強さで。
「よくできました、俺のもの」
夕焼けの中、ふたりの世界は、静かに閉じていく。