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The Comedy of X 1
親愛なる君へ
(中略)
この人物は、非常に子供っぽく、そして唯我独尊気味である事を除けば──それを含めたとしても、天才の名に恥じぬ探偵である。否、名探偵である。要するに、この人物に会ったものは総じて好感を抱かれるものと信じて疑わない。
そして、類は友を呼ぶと言うべきか、周りにいるものたちも総じて好ましい者たちばかりである。
では、この奇怪千万な喜劇と、その出会いにあたって、名探偵万歳! を唱えさせていただく。
「「は、はあああ!?」」
僕たち二人分──つまりはこの江戸川乱歩と、虫太郎くん──の叫び声に、ポオくんは罰悪さげに目を逸らした。
時は少し遡る。
昨日の夕方。
読ませる|推理小説《ミステリ》の新作が書けた、とポオくんからの知らせを受け、今日会う約束を取り付けていた。
今日の朝方に、道すがら確保した虫太郎くんも連れて行った程度には、楽しみにしていたのだが。
「ポオくーん」
「乱歩くん、それに虫太郎くんであるか!?」
何処か慌てた様子のポオくん。
其の手には手紙が握られている。
反対の手に|紙切小刀《ペーパーナイフ》を持っているところを見ると、開けて読んだばかりなのだろう。
「……どうしたの」
嫌な予感を見なかった振りをしながら問う。
絶叫の原因となったのは其の次の台詞だった。
「今から知り合いが訪ねて来るのである! どうしたら良いのであるか!?」
却説、今に戻ろう。
「ポオくん、お前、何故今になって其れを知る!? 知り合いはどんな奴なのだ?」
「待ってポオくん、其れって|推理小説《ミステリ》が読めないって事!?」
否、お前其方か? という呆れた目が隣から注がれたのを感じる。
けれど今そんな事は関係ない。
彼の知り合いがどれ程非常識か、ということよりも僕の予定が乱された方が深刻だ。
「僕は今日推理小説を読む心算で来たんだよ? 其れなのに──」
「済まない、乱歩くん。あ、でも謎解き自体はおそらく出来るのである!」
「は?」
どういう事だ、と虫太郎くんが訊いた。
けれど、僕は聞くまでもなく“謎解き”の部分を理解した。
閉じ籠りがちなポオくんの知り合いは、おそらく日本に来てからのものでは無いだろう。
つまり、アメリカに居た頃の知り合いという事。
そして僕に敗北するまでは比較的社交的な性格だったらしい。
其の頃の知り合いの可能性が高いとすると──
「彼らは我輩と同じ私立探偵であったからな!」
其れを聞くと、僕は大きな溜息を吐いた。
全く。ここまで予想通りというのも複雑なものである。
隣からも呆れ返った溜息が聞こえた。
「……一応聞くけど、どんな人なの、其の知り合い」
「ああ、アメリカの私立探偵で我輩よりも少しばかり年下なのだが──」
ジリリリリ
呼び鈴が鳴った。
「……」
部屋に沈黙が降りる。
ポオくんがびくり、と肩を揺らした。
そろり、と玄関の方に向かう。
途中、ペットのアライグマ、カールの尾を踏んでいたようだが、大丈夫だろうか。
後ろから僕と虫太郎くんもついて行く。
いかにも、“恐る恐る”という様子でドアがそっと開けられた。
「Mr.Poe! |I haven‘t seen you for a long time《おひさしぶりです》!」
現れたのは、男二人組だった。
出会い頭に声を上げたのは、陽気そうな雰囲気の男。
其れを後ろから軽く嗜めているのが理知的な雰囲気の男だ。
「ダネイ……其れにリー……」
ポオくんがぼそりと呟いた。
名を呼ばれた際の反応からして、陽気な男がダネイ、もう一方がリーという名の様だ。
然し、ポオくん。今ニホン語を使うのは悪手だというのに。
僕がそう思ったのと同じ様に、二人組は其れが引っ掛かったらしい。
少しばかり眉を上げると、今度はニホン語で話し始めた。
「ポオさん……其方の方々は?」
いかにも“不審”といった様子で此方を見るダネイ。
リーも気になるのか、ダネイを気に掛けながらも好奇心の覗く眼差しを此方に向けた。
其れに少しばかり苛立ちを感じたのか、虫太郎くんが目を細めた。
確かに、この目で見られる事は誰も好き好みはしないだろう──僕は気にしないけれど。
「やァ、僕は名探偵、江戸川乱歩! 此方は僕の友人の小栗虫太郎くんだよ──ポオくん、其の|格子縞首巻布《チェックネクタイ》くんは誰?」
「|格子縞首巻布《check necktie》?」
「君のことだけど」
僕が即興で付けた渾名を聞き返すダネイ。名前はとうに分かっているけれど、僕だけ自己紹介するのは何だか気に食わない。
「ハ、名探偵なら分かるだろう?」
何処か小馬鹿にした様に挑発するダネイ。
呆れながらリーが宥めているが、意に介していない。
(……本人が良いなら、いっか)
僕は軽く溜息をつくと口を開いた。
「……君の名前はフレデリック・ダネイだ。其方の無地|内衣《ベスト》くんはマンフレッド・リー。二人とも私立探偵で、同じ探偵事務所の経営者だろう。表だった顔は|格子縞首巻布《チェックネクタイ》くんの役割だけど、二人一緒に仕事はしているはずだ。ついでに言うと、君、最近交際相手と破局したんじゃない? あと、無地|内衣《ベスト》くんは文房具が好きなのかな? あとは──」
「おい、乱歩くん」
気持ち良く喋っていたところ、虫太郎くんが制止の声を上げる。
何か物言いたげに此方を見、二人組の方を見る。
(?)
其の視線の動きに合わせて二人組の方を見た。
「……」
流石に交際関係にまで言及するのは不味かったかもしれない。
僕だって“彼女”に意識されていない事に少なからず落ち込む事はあるのだ。
流石に悪かったなとは思う。
「あの」
「ん?」
「何故、分かったのですか?」
そっと問うたのはリーだった。
ああ、其のことか、と僕は腑に落ちる。
「仕事内容とかについては、今の君たちの話ぶりや靴の減り具合、服の日焼け具合とかからかな。
フルネームはちらっと見えた手紙に書いてあった。
交際については、其の|首巻布《ネクタイ》からだよ。それは少し前に発売された、有名ブランド物の新作。けれど、三揃は其処のブランドでは無いし、あまり頓着していない様に見える。詰まり、それは贈り物だ。消え物などでは無いものを送るという事は、ある程度は近しい人物だね。
で、其のシャツ。薄ら染みがある。贈り物を贈った親しい人は、其れを気にする様な人では無い、若しくは、其の人物が既に側に居ないか、だ。君が贈った可能性もあったけれど、其処のブランド品を、君は一切身につけていなかったから。
君が文房具愛好家、というのは、其のペンだこや衣嚢の染みから。このご時世、インターネットという便利なものがあるのにそんなものがあるという事は、日頃からそういったものを使用している証拠だ。染みになるほどインク漏れする、という事は、万年筆。万年筆は高いからね。万年筆を持ち歩く様な人は、余程の予定とメモ好きか文房具が好きなんだろうな、ってだけ」
理想好きな後輩を思い出しつつ、後半は喋る。彼もある意味文房具愛好家と言えるだろう。
呆気に取られた様にはあ、と息を漏らすリー。
流石、と言いたげなポオくんと、半分程度しか分からなかった……と悔しげな虫太郎くん。
突然、ダネイが声を上げた。
「それくらいは俺にも分かる! リー、訊かなくても……」
其の言葉に、僕は察した。
ポオくんへの言葉遣いに、僕たちへの視線。そして今の言葉──。
(一寸前までの黒外套くんを思い出すなぁ)
黒外套くん、つまりは芥川龍之介のことである。
先の『夢浮橋事件』『鏡の怪談』の中でうちの敦と少しずつ近しくなっていき、今では交際関係にある。
そうなる前の彼と言ったら、太宰への敬意と執着が恐ろしかった。
彼らは其処迄では無いが、近しいものがあると云えよう。
(ポオくんが、“謎解きは出来る”と言っていたのはこのことか)
挑発が発展していき、何かしらの、僕が心動かされるほどの事件の謎解きをできる可能性がある──そう言いたかったのだろう。
「面白そうだなァ」
ぽつり、と呟いた一言が聞こえたのか、虫太郎くんが僅かに頬を引き攣らせる。
けれど、そんな事も気にならない程には、僕の好奇心には火がつき始めていた。
「ああ……」
虫太郎くんの、呆れと諦めの浮かんだ声色にも、僕は耳を貸さない。
「ポオくん」
僕が名を呼ぶと、ポオくんはびくりと肩を揺らしたが、僕の目を見て察したらしかった。
「……矢張り、そうなるのであるな」
彼の顔には、諦めと、ほんの少しの期待が混ざっている。
彼は僕が“推理小説”なんてフィクションよりも、“謎”を求めていることを知っている。
そして、ダネイの挑発が僕の心を動かす可能性も予測していたのだろう。
僕はダネイに向き直る。
彼の顔にはまだ先程の動揺と、僕への対抗心が浮かんでいた。
「君の『それくらいは俺にも分かる』──てことは、君は僕と同じ『名探偵』なんだよね?」
ダネイは一瞬ためらったが、すぐに挑発に乗った。
「もちろんだ!俺たちはアメリカで何件も難事件を解決してきた探偵だ」
「ふうん。じゃあ、ポオくんの書いた“フィクションの謎”じゃなくてさ」
僕は口角を上げた。
目は猫の様に爛々と輝いていることだろう。
「君が今、僕という名探偵が心動かされる程の“現実の謎”を持ち込める? 君たちが日本に来た理由は、ただの“知り合いの心配”だけじゃないでしょう。その目の下の微かな隈と、鞄の草臥れ方から分かるけど」
僕の言葉に、ダネイは再び言葉を詰まらせ、その隣でリーが小さくため息をついた。
「乱歩くん、少し落ち着──」
虫太郎くんがたしなめる声を上げるが、僕は意に介さない。
謎の専門家は、常に刺激的で不可解な謎に飢えているものだ。
虫太郎くんも知っていることだろう。
ダネイは何かを考える様な沈黙の後、挑戦的に僕を見た。
「……いいだろう。ちょうど今、ポオさんに相談しようと思っていた、“解けない謎”がある」
リーが制止しようとするのを無視し、ダネイは続けた。
「元々俺たちが追っていた案件だ。殺人事件の様に|sensational《センセーショナル》なものではないが──確かな『|密室空間《locked room》』だ。江戸川乱歩。あなたなら此れが解けるのか?」
ポオくんは緊張した様に此方を見、虫太郎くんは僅かに目を広げさせた。
僕は自分の口角が上がるのを感じる。
「良いじゃないか。その『密室の謎』、話を聞かせてもらうよ」
眠り姫です!
新章、シリアスミステリーになると思いましたか?
なるわけありません!
作者はあの眠り姫ですよ?
こんなうら若き少女がセンセーショナルな事件なんて書ける訳ないじゃないですか(⌒▽⌒)
(紫:自分でうら若きって言うのか……)
多分、後半からしっかりと乱与が入り、そして物奇組+αがわちゃわちゃします。
ミステリーのカラクリは、天久鷹央や薬屋、スープ屋しずくetcのオマージュになると思います。多分。
ちょっと変えるかもですが。
(おう、がんばれ)
では、ここまで見てくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!