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十
コンコン、と部屋の扉を叩く。もはや、仕事後にそうするのが日課のようだった。
一拍おいて、返事が何もないのを確認すると、ゆっくりと扉を押して中に入る。
「セナ」
ベッドにこんもりとした小山がある。もぞ、と動いた。
「……菓子あるんだけど、食うか?」
もっとちゃんとした聞き方ができないのがもどかしい。口下手なのが悔やまれた。
ゆっくりと毛布が剥がれて、セナが顔を見せた。よいしょと起き上がる。
「あ、エクレア……」
俺の手の中にある菓子に目を止めて、セナは半身起き上がらせた。どうも、エクレアが好物らしい。幾分かほっとする。
「好きなのか」
セナは何も言わずに頷いた。
渡すと、セナは軽く頭を下げて食べ始める。
「……美味しい」
わずかに口角が上がっている。笑っているのか笑っていないのかよく分からないが、少なくともこんな顔をしているのは初めてだろう。
俺もベッドに腰掛け、セナの隣に座った。
あっという間に彼女の手の中のエクレアが姿を消す。
「……美味しかったか?」
こっそりと聞くと、セナは頷いた。
そっと頭を撫でてやると、彼女はきゃっと飛び退いた。
唇を軽く|窄《つぼ》めて、レオを じとっと見つめる。
泣いていない、笑ってる。
それがどうしようもなく愛おしかった。
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「———随分とセナちゃんにご執心だね?」
|揶揄《からか》うような声に顔に上げる。アランだった。
どかっと、魔術室にある椅子に座り込んで、実験の経過観察中のレオを見上げている。
「うるせぇ」
「事実じゃないか」
他の人は、昼飯に食べに魔術室から出ている。残っているのはアランと俺だけだった。
ご執心かどうかはともかく、一番セナに関わっているのが俺なのは事実である。
研究以外に興味がなかったり、他に趣味があったりして、セナに特別な関心を寄せる者は少ない。
「……黒い瞳、ねぇ。苦労するだろうね」
ただでさえ生きづらいと言われている色なのに、世間じゃ忌み嫌われるじゃないか。
手を止めた。ハッと息を呑んでしまうような、何とも言えない気分になった。
不幸になる、という話が発展して、黒い瞳を持っている者は嫌われる。場合によっては、親が生まれたばかりの子を殺すこともあるという。
そんな世で、セナがどう過ごしてきたかなんて、想像に|難《かた》くなかった。
良くも悪くも研究第一である者しか集まらないこの館で、セナを差別する者はおそらくいない。
それでも。
毎日のように「消えたい」と呟いて泣き暮れているセナを見ていると、どうしようもない気持ちになった。
「……レオ」
アランの声に、ハッと我に返った。
「妙なこと、考えるなよ」
いつも|飄々《ひょうひょう》としている彼には珍しく、低く真剣な声だった。