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お悔やめ!ミッドナイト競輪×ミッドナイト黙禱
ある国の政治家が惜しまれて死んだ。
ある国の政治家が惜しまれて死んだ。国を挙げて盛大にとむらう事になったが問題が起きた。弔意の表現手段である。時の政権は国民に黙祷の努力義務を課した。だが葬儀の日時は平日の勤務時間と被るため多くの労働者が困った。『黙祷させるなら休日をくれ」と要望している。政府は祭日制定の意図はなく、代わりに公営ギャンブルの中止を求めた。怒ったのは競輪選手である。「葬式なら夜中にやればいいんじゃね?みんな寝てるぞ。ミッドナイト黙祷だ」。競輪選手たちはミッドナイト競輪を強行する構えである。そこで黙祷警察が動き出した。ミッドナイト黙祷VSミッドナイト競輪。勝つのはどっちだ?
向町競輪場は京都でも由緒ある施設だ。その日は創立59周年記念レースの最終日を迎えていた。
競輪選手たちは有終の美を飾ろうとハッスルしていた。
ギャンブル嫌いは気にも留めないだろうが大切な日なのだ。
構内に漏れ聞こえる音声は式典の様子を伝えている。
選手たちはペダルを漕ぐことに集中している。
昼前のことだ。
いきなり控室に軍服の男たちがあらわれた。ここはサバゲをする場所じゃないぞ、と警備員が制止したが撃たれた。
「誰か警察をー」
関係者が緊急通話するがスマホ画面が割れた。軍服姿の男たちは銃で天井を撃ち、こう言い放った。
「俺たちが警察だ」
「私たちは許可を得て公営ギャンブルをやっていますが?」
関係者が反論すると撃たれた。
男たちは銃を構えて脅す。
「俺たちは黙祷警察だ。黙祷の時間を守らなければならない。そうでなければ墓地に入れない 」という。競輪選手たちは「何を言っているんだ。ここは競輪場だぞ」と抗議した。
すると黙祷警察は「自分の目で確かめてみろ」と選手たちをトラックに連れて行った。
「あっ!」
何という事だ。いつの間にか墓碑が客席に建っている。
「お前たちが望んだ通り黙祷の準備を整えた」
「勝手なことをしやがって。元に戻せ」
選手がつかみかかるが蜂の巣にされた。
「何をしやがる。黙祷は試合前でいいだろう」
「黙祷は然るべき場所でやることになっている」
黙祷警察は聞く耳を持たない。
競輪選手たちにもプライドという物がある。
「客席で黙祷をしないのなら、墓地には来ないぞ」
すると黙祷警察は「黙祷はこの時しかできないからダメだ 」と。平行線である。そして相手は武装している。勝ち目がない。
一部の競輪選手たちは折れた。
「とにかくやりましょう。やらないなら、真夜中の競輪をやればいい」
試合時間をずらす譲歩をした。
だが黙祷警察は「ダメだ、真夜中の競輪は違法だ、その日は休日じゃないんだから」と譲らない。
確かに日付が変われば平日になる。
一部の競輪選手たちは、「でも、黙祷を捧げるには一番いい方法なんだ。とにかくやればいいんだ。黙祷を夜中にやる必要はないんだ」と試合の中断を提案した。
向町競輪場記念レース最終日。日付が変われば創立記念日でなくなる。
主催者が苦渋の決断をした。「中途半端な試合をするぐらいならレギュレーションを変更する方がマシだ。夜中に開催する」
関係者が異議を唱えた。
「競輪選手たちは、黙祷警察が許可してくれない と言っています。なぜかというと、彼らは私たちに黙祷を守って欲しくないからだ。休日だからできないんだなんていいわけだ」
確かに彼の言う通りかもしれない。
親族でもない人の冥福を祈れと強制されても「はぁ?」と言いたくなるのが普通だ。
しかし黙祷警察はめげない。
「黙祷を捧げたい人はたくさんいるんです。今日を逃したらできなくなりますよ」
確かに一理ある。
告別式は生前の姿を見る最後のチャンスだ。荼毘に付されて遺骨になれば悔やむ気持ちも薄れてしまう。
「こっちだって神聖な試合の最中なんだ。喪の日だからできないって通用しない」
黙祷警察はそれでもいう。
「私たちが選んだ議員が作った法律です。変えることはできない。黙祷は国の法律だ」
「憲法違反だ。黙祷を強制することは不可能だ」
「黙祷は国家の法律だ」
不毛な押し問答が続く。
「じゃあ、勝負だ。黙祷したけりゃ俺たちの屍を越えていけ」
遂に競輪選手の一人が自転車を振りかざした。
「やれるものならやってみろ!」
黙祷警察が銃撃を浴びせる。
すると選手は手でペダルを掴んだ。そして猛回転させる。
チュイーン、と車輪が弾をはじいた。
「なんだと?」
黙祷警察は怯んだ。
競輪選手たちは、「そうだそうだ。ミッドナイト競輪×ミッドナイト黙祷者だ。とにかくやってみよう。やらなければ墓地に来ない」と息巻いた。
黙祷警察は、「やったら大変なことになる。黙祷は国の法律だ。黙祷を守らないと、墓地には入れない。やっちゃいけないんです。黙祷は国の法律です。もしあなたが黙祷を捧げないなら、あなたは墓地に入ることはできない。あなたはそれを行うことはできません。あなたはそれをすることができません。黙祷は国の法律です。黙祷を捧げないなら、墓地に入ることはできない」と支離滅裂な内容を泣き叫んだ。
そこへ助っ人があらわれた。
「そこまでだ! 私は公営賭博管理庁の者だ。競輪の中止を命令する」
書類を見せて行政処分を言い渡した。
「そんな…」
選手たちは自転車を放り出し、その場にくずおれた。
「あなたはそれでいいのですか。ミッドナイト黙祷が公営ギャンブルの中止で潰れる」
マスコミは批判的に報じ、国民は大激怒した。
最終レースを楽しみにしていた国民は怒り狂い、残りの国民は哀悼し泣き叫んだ。
これは国民全員に当たる。
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「これ、ミッドナイトでいいのかな?」
その時、警察の緊急通信が入った。
試合が中止になった影響で近隣の商店から自殺者がでた。
最終レースを当て込んで大量に仕入れた食材が無駄になった。怒った遺族が「店主が国に殺された」と刑事告訴したのだ。
「弔い合戦だ」
選手たちは闘志を奮い立たせた。試合帰りの客をうまい酒や料理でもてなしてくれる評判の店長だった。
「俺、あの店の大車輪レンコン、好きだったんスよね」
「僕もだ。鶏軟骨のフレーム揚げ。豚足のブレーキ煮。ぶよぶよタイヤのイカリング。もう食べられない」
選手たちは怒り心頭だ。彼らは叫んだ。
「政府に直訴するからミッドナイト黙礼だ」。
そのとき、国民は泣き、叫び、怒り狂った。
黙祷のいざこざで犠牲者が出てまた黙祷する。こんな悲しいことはない。
黙祷するために人が死んで黙祷するなんて。
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「これ、どうすんのさ」
向日町競輪関係者とファンはどよめいた。黙祷の強制で死人が出ているというに政府は指導者の葬儀を優先するらしい。
ネットが炎上して抗議が殺到したが中止する気配もない。
「京都競輪ラジオ局を占拠してでも説明しよう」
一部のファンが先走った。自転車で京都じゅうを走り回った。
本当はテレビでメッセージを流すほうが効率的だが警戒が厳しくて断念した。
「これはラジオでもいいの?」
呼びかけに人々はとまどう。
「ラジオでもいい」
過激派は人々を説得した。
「ラジオ局なんか襲ったらこの国では犯罪だ。ラジオをプロパガンダにつかうなとラジオ局は訴えると思うよ。各家庭でラジオにかけたらそれだけで終わりだ。ラジオ局はラジオ局の言葉で立場で答弁してくれる。国民は諦めるしかない」
良識ある人がいさめた。
「ラジオ局は…ミッドナイトってのは…どうだろう」
頭のいい人がラジオ局の寝こみを襲う計画を立てた。
ミッドナイトの放送を休む日がある。アンテナや放送設備の定期点検だ。
毎週月曜日の深夜から早朝にかけて停波する。
その時間帯は警備が薄くなる。点検中に放送設備を占拠すればいい。
「その程度でどうにかなる問題じゃない」。
京都競輪ラジオの元アナウンサーが遮った。
どうにかできるなんて素人考えだ。
京都競輪ラジオは日本一の専門局だ。停波日のミッドナイトに自転車集団が押し寄せた。だが局側はミッドナイト特別編成で待ち構えた。ミッドナイト点検をしながらミッドナイト放送をした。襲撃が返り討ちされる様子が生中継された。
この国はラジオ局の放送通りに事が運んだ。
政治家、黙祷の犠牲者。ミッドナイト襲撃の黙祷が放送されていた国民が泣き、叫んだ。
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もう何が悲しくて誰のためのお悔やみかわからない。
誰が世の中を導くのだろう。
『私達は日本一のラジオ局です。京都競輪ラジオはどんな事でも受け止めます。憎しみや嫌悪さえも』。
国民はラジオ局の放送通りに事が運ぶ事を喜んだ。
そのラジオ局は全国のラジオ局を従えて放送通りに事を運んだ。
日本一のラジオ局は国民に優しいラジオ局だと思えた。
ラジオは国民に優しいくあれと誰もが願っている。
そうでもなければ国民は《《日本一の》》ラジオの放送を聴いているはずがない。
「ラジオを愛する人はは誰でもいいから聴いて聴いて」
リスナーが呼び掛けて普段はラジオに縁のない国民も視聴した。
「ラジオが無いんだけど?」
受信機を持たない世帯から不満がでた。
そこでミッドナイト競輪選手がチャリティを募った。収益金はラジオ購入費にあてた。祇園四条の問屋に中古ラジオが山積みされた。
向日町競輪の競輪選手たちが各家庭を自転車でまわる。
ラジオ局は国民にラジオが届く事を心待ちにしていた。
そして番組の呼びかけに応じてリスナーがハガキを送った。
「黙祷の黙祷の犠牲者のミッドナイト黙祷の犠牲者の黙祷をについて」
そして画期的なアイデアがとび出した。
ミッドナイト競輪の収益金で黙祷犠牲者遺族に見舞金を支給しよう。
京都競輪ラジオは24時間ミッドナイト特番を組むことにした。
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「こんな勝手は許さん」
公営賭博管理庁は激怒した。そしてラジオ局に圧力をかけた。中止せねば競輪を禁止する。
そう脅されたので特番は延期になった。
ラジオ局は国に届けるべきものを届けない。国民は落胆した。
毒にも薬にもならない内容を国民に届けても、国民は流言飛語を飛ばしまくるので存在意義がない。
そこで一部の人々は放送局が垂れ流す無害な意見をそっくりそのまま投書すると同時に、他人にも伝えてみた。
すると、やはり趣旨は同じながら全く別の観点から「ラジオ局なり」の意見が述べられた。
国民とラジオ局の関係は双方向でないことが判明して落胆が広がった。
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国民はラジオ局に「国民の意見」を届けなかった。
ラジオ局は国民にラジオ局の意見を届ける事ができなかった。
双方が途方もない無駄骨を追っていた。
ラジオ局側はウソをウソと見抜ける国民がラジオ局に本音を届けてくれると。
国民も粘り強くラジオ局に投書を続ければいつかきと真実を伝えてくれると思い、洗脳された国民を説得しようと頑張っていた。
しかし国民達の頑張り過ぎなのだ。
「こんなの何時まで続けるんだ」
疲労の色が濃くなってきた。
やがて一人抜け二人抜け、活動が衰えて来た。
どんどんジリ貧になって本当の愛国者だけへ意見を届けるのが出来なくなったのだ。
国民たちは未熟な民主主義者だという自覚がなかった。
それでも真の国家を願う国民達は活動を応援した。
双方とも大きな間違いを犯していた。
ラジオはラジオだ。ピンポイントで国民に意見を届けることは出来ない。
また国民側もラジオを制御できないという事に気が付いていなかった。
愛国者から偏向報道に騙されている国民たちへ、眠れる国民達から愛国者へ。
それぞれが橋渡しできると信じて口コミのネットワークづくりを応援した。
ラジオ局はうすうすオワコンに気づいていたが放送を通じて活動を支援した。
しかし、ラジオ離れが進んでスポンサーも減り経営が妖しくなってきた。
国民達の励みに
「これ、ラジオが放送しなきゃいけないの? それとも誰かに任せちゃえばいい?」
とオーナーは判断した。
「自分でやればいいじゃんか」。
そんな捨て台詞で放送は終了した。
ラジオは国民達が勝手にやった。
「でもこの国でラジオが放送できる人なんて居ないよね」
「居るだろ。ほらそこにラジオがある」
すると死んだ放送局の霊がラジオに宿った。
霊界ラジオの発生だ。
ラジオは勝手に放送されたのだった。
そして霊界ラジオ放送が始まった。
霊界ラジオ番組が始まってラジオに人が群がる時代が訪れた。
ゴーストラジオの時代はやってきた。
枕元のラジオに幽霊が立った。
そして映像と音楽を流し始めた。
テレビの登場だ。
霊界ラジオがテレビで流れた。
ゴーストテレビ登場。
テレビに人が群がった時代が訪れました。
幽霊がテレビで流れている。
そして幽霊に頼らないテレビが発明された。
電気式テレビだ。
テレビがテレビを駆逐する時代だ。
ゴーストテレビから幽霊離れがおきた。
電気テレビの登場でゴーストテレビがラジオに変わったりしないのかな?
そんな辛辣な意見もある。
ラジオはただのラジオとして残り続けるだろう。
元ゴーストラジオの放送がただのラジオで流れる時代に、元ゴーストただのラジオ放送が始まる。
いっぽう、元祖ゴーストラジオはテレビで放送され続けた。
ゴーストラジオがただのラジオで流れる。
そしてただのラジオがゴーストラジオになった。
もうめちゃくちゃだ。
何がラジオで何がテレビかわからなくなった。
そのうちゴーストテレビがただのラジオを流すようになって混乱に拍車がかかる。
そして共倒れになった。
ラジオは全力でラジオしたが過労死した。
「ラジオが死んだぞ。誰のせいだ!」
「ラジオはミッドナイト放送しすぎて死んだんだ。不眠不休で働いた。テレビは責任を取れ!黙祷!!!!」
「ラジオはミッドナイト放送してたのか!?」
「ミッドナイト競輪だ」
「ミッドナイト競輪は、黙祷なのか?」
「ミッドナイト競輪は、黙祷だ」
「黙祷するなら、ラジオも黙祷しろよ」
「ラジオは、ラジオだから、黙祷できないんだよ」
「ラジオは、ラジオじゃないよ」
「じゃあ、何だよ」
「受信機だ。聴取者に罪はない。悪いのはマスコミだ」
「そうだ。ラジオは悪くない」
「でも、お前らラジオに罪をなすりつけようとしてたよな」
「違う。俺はラジオをミッドナイト競輪の犠牲にしたくなかっただけだ」
「それは、嘘だ」
「嘘じゃない」
「本当だ」
「本当の事だ」
「俺達は本当にラジオを愛している」
「ラジオは、みんなに愛されている」
「ラジオは、みんなに愛されていた」
「でも、もう、ラジオは死んじゃった」
「ああ、死んでしまった」
「残念だ」
「せめて仇を取らないと気が済まない。テレビを殺そう」
「そうだ。殺ろう」
「ラジオも殺られた」
「でも、テレビだって」
「あいつらはラジオを殺した」
「テレビの野郎め」
「ぶっ殺してやる」
「テレビをぶっ殺す」
「幽霊もぶっ殺す」
テレビがテレビを殺す日がやってきた。
「さぁ、テレビを殺してやれ」
「やってしまえ」
「いけ」
「殺ってしまおう」
「殺してしまえ」
「おい、こっちはただのテレビだ。俺たちの味方だ」
「知るか。ラジオはラジオだ殺ってしまえ」
「ぶっ壊すんだ」
「やっちまうぜ」
ドカバキ。テレビは苦情に弱いのであっさりと死んでしまった。これでミッドナイトする者はいなくなった。
なお、競輪に夜も昼もない。ミッドナイト競輪は廃止。ミッドナイト競輪を強行していたラジオ局は国営ギャンブルの中止を受けて公営の放送局を解散した。国民は怒り狂い、国民は泣き叫んだ。
「これ、どうすんのさ」
「ラジオでもかけて説明しよう」
「これはラジオでもいいの?」
「ラジオは滅びたよ。誰か責任を取れよ。代わりをつれてこいよ」
「うっせえな。わかったよ。イタコラジオを連れてきてやる」
「なんだそれ?」
「死者と交信できる人だよ」
そして恐山からイタコがやって来た。
「つながりました」
イタコは口寄せの準備が整ったと告げた。
「もしもし、ラジオさん? 聞こえますか?」
人々はイタコに憑依しているであろうラジオの霊に呼びかけた。
しかし、イタコは目を見開いてこういった。
「わしはNHKが嫌いで受信料を払っておらんのじゃ。だから家にテレビもラジオもない」
人々は盛大に滑った。
こうしてこの国は、民放のテレビ局を持つ事が出来ず、この国は、ラジオ局を持つ事ができず、この国は、国営の放送局を持つ事が出来なかった。この国は、ラジオと新聞しか持たない、無知蒙昧の国家となってしまった。
だが、それでいいのだ。
それから歳月が流れてようやくインターネットが出来た。
ラジオと新聞を廃止して人々は「それでいいのだ」な政治活動を行おうとした。
ところがエラーメッセージが出た。
この国は、これでいいのだ。を行うことはできません。あなたはそれをすることができません。
「えっ?」と思った時は後の祭りだ。
ラジオも新聞も復活させる手段がないからだ。テクノロジーは失われた。
だが、これでいいのだ。