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『死と同然の存在』はキミに生きてほしかった。
風が吹き、木々が揺れ、動物は草を食べる。
自然は色々な連鎖を繰り返し、長年生き続けている。
これは、世界に人間がほとんど消え、海と自然に恵まれた頃のお話。
61××年、人類が滅亡寸前の世界で、ある者は森を探索していた。
その者は動物を見つけるとジッと見つめた。
すると見つめた動物は静かに息を引き取った。
その者は森の動物を淡々と見つめ、動物は亡くなっていく。
さらに動物だけでなく、植物にも影響が現れ、枯れていった。
見つめただけで亡くすその者の正体は、「タナトス」といった。
タナトスは生き物を数秒間見つめただけで、見たモノの命を抜いてしまう力を持つ、死神のような存在だった。
タナトスはウサギを見つめ、狼を見つめ、次々にターゲットを探していた。
人類が今より900倍いたときから育ったであろう木々の間を通っていく。
するとタナトスは森の奥にある木製の小屋を見つけた。
檜の良い香りがする小屋に興味が沸き、タナトスは小屋の窓を除いた。
しかし中には誰も居ず、暖炉の火がパチパチと燃えるだけだ。
タナトスは小屋の周辺を飛び、家主を探す。
見渡す限り森で満ちていたが、近くの山の上が平たくなっている場所を見つけた。
タナトスは山に向かうとそこは甘い香りが遠くにもほのかに漂う美しい花畑。
タナトスにはわからない黄色や桃色や水色…沢山の花たちが生き生きと咲いていた。
近づいてみると余計に美しく、自然の温かみを感じるようだ。
タナトスは花畑の端にある木から一本の花を取った。
その花は花弁の内側は紅色から外側へ白くなっている。
あまりにも魅力的な花を見つめていると、他の生き物と同じようにゆっくりと枯れてしまった。
茶色くパサパサにしおれた花を見て、タナトスは少し寂しくなっていた。
これ以上この花畑を枯らしたくないと仕方なくタナトスがあの小屋に戻ろうとした。
すると山の斜面から小さな声が聞こえた。
「う、うぅ…あと少しなのに…」
タナトスは声が聞こえる方に行くと崖の下に手を伸ばす少女がいた。
今では珍しい人間を見て不思議に感じる。
一度空を見てから少女の伸ばす手の方向を見ると、そこには一輪の花が咲いていた。
本当に変な場所に咲いている。
岩と岩の隙間から根っこを生やして根性強く咲いている。
少女の顔は見えないが、何かと困ってそうなのでタナトスは助けることにした。
タナトスは人間の姿に変わり、あまり見つめれないように深くフードを被りサングラスをかけた。
人間の姿になると共にサングラスなどを付けると、あまり死の効果を発揮しないようにすることができる。
タナトスは恐る恐る少女に近づき話しかけた。
「その花を取りたいんですか?」
少女はタナトスを見たとき、一瞬不審者と思ったのか驚いていたが崖の花を見て言った。
「そうです。でも遠いし下を見ると怖くて。」
困った顔をする彼女を見るとタナトスの少し感情が動いたような気がする。
「僕が取ります。」
「え、そんな危ないですよ。」
そう言ってタナトスは崖を降りているように見せかけ、浮いて花を取ってみせた。
少女から見えない場所から花畑に戻り、花を少女に渡した。
「ありがとうございます。貴方はとても勇敢なのですね。この花はイワギキョウと言って、私の病に必要な薬の材料だったんです。」
少女は深く礼をしてタナトスに感謝の言葉を伝えた。
タナトスは少女が病にかかっていると知ったとき、今すぐにでも安らかに眠らせてあげようと思っていた。
しかし少女の姿を見るととても気持ちが揺れ、亡くす事に躊躇する。
タナトスは何処にも住んでいないと言うと少女はお礼と言い、小屋に案内してもらうことになった。
山の裏は坂の勾配が弱くになっていて上り下りが人間にとって楽だった。
坂も花畑になっていて、花畑の間には少女と少女の母が長年かけて作ったと言う道が出来ていた。
数十分歩いているとさっき見かけた小屋がチラッと見えた。
「あれが私の家。狭いけど、広くても使わないからあのぐらいが丁度いいんだ。」
タナトスは自然が好きでプラスチックは嫌いだ。
だからタナトスは少女を小屋に着くまで試すことにした。
「家の物は全て自然から?」
「うん。お皿やコップは木からとって、米から採れる糊を付けて長い間使えるようにしたの。食料は小屋の外で畑を作ってるんだけど、そこから自給自足で食べてるの。たまに動物が来るんだけど、みんな可愛いからあげちゃうんだよね。」
少女は微笑みながら言う。
「じゃあプラスチックは?」
「プラスチックなんて使わないなぁ。私がまだ産まれてない大分昔に、世界が量産をやめてからプラスチックなんか見たことない。一体どんなものなのかな。」
「プラスチックは自然を壊す悪い物質だよ。」
タナトスはつい口にすると、少女は「じゃあ使ってなくて良かった」と答えた。
その後はこの辺りの話をした。
今までが寂しかったのか、少女は楽しそうだった。
小屋に着くと少女は入り口で立ち止まってタナトスに尋ねた。
「そういえば、貴方のお名前は何ていうの?」
タナトスにとって初めて聞かれる言葉だった。
これまで亡くしてきた生き物はタナトスを見たとき、すぐに何かを察して静かに息を引き取る。
タナトスは戸惑っていると、少女はドアを開きながら言った。
「名前がないのね。じゃあ貴方の名前は|明《はる》ね。ハーデンベルギアからとったの。どう?」
「うん。良いよ。」
明は少し嬉しくなりながら、小屋の中へと入った。
けれど、明にはどうしてハーデンベルギアが由来なのか分からなかった。
パチパチと鳴り燃える火から出る煙は上がって煙突から出ていた。
明はそれを観察していた。
二酸化炭素は地中に良くないモノなのに、と。
「暖炉に興味があるの?それね、わざとそこだけ二酸化炭素の排出してるんだ。植物は二酸化炭素を吸ってくれて酸素を作ってくれるから。暖炉で野菜を炒めたりもするの。」
明はフムフムと顔を前後に揺らし、火を見つめた。
「お腹、空いてない?さっき出る前に作っておいたシチューがあるんだけど。」
少女が勧めたシチューを明は初めて食べた。
ほっこりとした少し甘い汁とそれが絡まってさらに濃厚で美味しくなるニンジンやジャガイモの感触にとてもハマる。
モグモグと食べ進めていると、少女は呟いた。
「ねぇ、もしよかったらここで一緒に住まない?」
明はそれに答えるように言う。
「じゃあ、あなたの名前を教えてくれたら。あと、年齢も。」
「なるほど。じゃあ言わせてもらうね!私の名前は|和華《のどか》、15歳。」
「和華…いい名前、だね。」
そして、死のタナトスと珍しい人間の和華2人の生活が始まった。
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森の一部は桃色に変わり、桜の花弁が風に乗って散っていた。
森の動物は目覚め、元気に駆け回っている。
「そうそう!土を|解《ほぐ》すの!」
和華は僕にそう言った。
初めて持つクワは人間からすると重く、中々振れるものではなかった。
僕は死神の存在なのに、人間の姿だからか何故か皮膚からしょっぱい水滴が出てくる。
和華はそれを『汗』と言った。
春の後半、新しく野菜とやらを植えるために畑を耕す。
「これで今年の食糧は問題ないかな。」
苗や種を植え、水をかけた。
面積はそれ程広いわけではなく2人ならすぐに終わる程度だったが、それでも和華はハアハアと荒い息遣いになっていた。
人間とは脆いものだ。
毎日それを繰り返していると、たまに和華苦しそうにしゃがみ込む。
僕はしんどそうにする和華は見ていられなく、体が勝手に和華を看病していた。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう。明が来てからは看病してもらうのが増えてる。ごめんね。」
眉をハの字にして申し訳なさそうに言うが、僕は何もしてない。
和華がベッドで休んでいる間、僕は小屋を出て薬草を取りに行った。
彼女と出会って1ヶ月、薬草の種類や必要な量は分かるようになった。
この体も随分慣れた。
それも彼女のおかげだ。
僕は何故か彼女を見ると、早く亡くなった方が苦しくないと思うより、もっと生きていてほしいと思う。
こんな事は初めてだ。
もしかしてこれは人間でいう…いや、そんな事ありえない。
だって僕は『死』と同然の存在だ。
こんな気持ちになって良い存在じゃない。
山の崖に咲くイワギキョウまで飛んでいく。
取ったイワギキョウを籠の中に入れ、順調に薬草を取って行った。
春はまだ温かいが、秋や冬は体温調整が難しく、危険だ。
それまでに薬草を余分に取っておかなくては。
薬草をすり潰した薬を和華に飲ませると、一瞬だけど嫌な光景が頭の中に映った。
和華は青ざめ、フードを取った少年が××する姿が。
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ミーンミンミー ジジジジー
日差しが強く、蒸し暑い夏。
けれど空はとても晴れやかで、心地よい風が森をそよいだ。
和華は花畑の中心辺りに大きい布を敷き、竹などでできた籠を置いた。
「これは?」
「ピクニックって言うの。こんな晴れた日が一番丁度いいの!」
そう言われ、僕は布の上に乗る。
和華は周辺の花を少し摘んで、持ってきた水入り瓶の中に飾った。
山は標高が少し高いため、森の景色が見渡せる。
花に囲まれながら和華は遠くの空を見つめた。
見つめる…と言えば僕は最近生き物を亡くしていない。
和華に正体をバレたくない。
失望させたくない。
そんな気持ちが僕を制御するんだ。
この前、夜にこっそり抜け出して、木と話した。
木は僕が命を取らないのに驚いていた。
僕は木に初めて事情を話した。
「それは、『恋』かもしれない。」
「どうして?僕は死神だ。死神は恋なんかしない。」
「でも、彼女を見るとドキドキしちゃうんでしょ?いい加減自分の気持ちに素直になりなさい。」
僕は本当に和華が好きなのかもしれない。
こうやってピクニックをして、話してないのにドキドキする。
蒸し暑さは死神には感じないはずなのにずっと人間でいるから感じてしまう。
僕は何か話そうと口を開いた。
しかし先に声が出たのは和華の方だった。
「ねぇ、いつ教えてくれるの?」
ドキッとした。
「え?」
「明は《《タナトスなんでしょ?》》」
悪い意味でドキッとした。
いつ気づかれた?
何も気づかれるような事はしてないはず。
ならどうして…
「なんでって思ったでしょ。だって明は顔は見せてくれないし、年齢さえ教えてくれない。私は…もっと明の事が知りたいのに…」
和華は『涙』を流しながら言った。
僕は和華に本当の存在をバレたくなかった。
だけど、そのせいで和華を傷つけてしまった。
「僕は本当の正体をキミに知られたら、もう…一緒にいられなくなると…」
そう言うと和華は紫色の花を持ってきた。
「そんなことないよ!これはね、明の名前の由来のハーデンベルギアだよ。この花の花言葉はね、《《運命な出会い》》なんだよ。…私は、ずっと明が好きだったの。」
泣きそうになりながら言う彼女を僕は抱きしめた。
初めての出会い、初めての感覚を和華が教えてくれた。
ハーデンベルギアの花言葉を言われた時、モノクロだった心が彩られたよ。
僕は、本当に和華が好きなんだ。
「僕は死と同然の存在だけど、キミが好きです。」
和華はその後、お腹が空くまで泣き続けていた。
病なんてどうでもいいぐらいに。
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寒くなってきた。
僕が警戒していた季節のひとつ、秋がやってきた。
サツマイモや梨など、美味しい食糧が豊富だが、僕の大切な人の病が悪化してしまう可能性がある。
外に出て作業するものは、あまり寒さを感じず病にかからない僕が全部した。
できるだけ部屋を暖めて、風邪をひかないようにする。
しかし、いくら看病しても和華の病は落ち着かなかった。
彼女を死なせたくない。
その気持ちが精一杯だった。
少しでも治せるように森の木に聞くことにする。
「あら、それは大変ね。だけど、私達もどうしようもできない。木にだって病はあるし、そのまま枯れたりもする。だから、彼女の病は運命的なものなのかもしれない。」
その言葉を聞くと、その言葉を否定したくなり、僕は気づいたら木を亡くしていた。
毎日毎日看病して、薬草を取りに行って、出来ることを精一杯やった。
でも、彼女の病は悪化するばかりだった。
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なんとか秋を乗り越しても、その後にはさらに危険な季節、冬が始まった。
地球温暖化の影響が全くなくなった冬は生き物によって一番厄介。
吹雪の中、僕は暖炉の火を大きくしていた。
そして、羊の毛や木の繊維で作った手袋を和華につけさせた。
和華が一番最初に僕に食べさせてくれたシチューを暖炉で温めた後、和華に食べさせた。
咳を出し、小刻みで凍える和華を見ると凄く悲しくなった。
すると、小さな声で和華が言った。
「明…私はもうだめかもしれない。」
僕は一度空気を吸った。
「そんな事言わないでよ。折角秋も乗り越えたんだから、冬も頑張ればきっと…」
「無理なの。私の母さんも私と同じ病で冬を乗り越えられなかった。だからせめてでも、死ぬなら明に殺されたい。」
冷たい手は僕の手を握った。
「そんな、僕は…僕が亡くすなんて…」
「お願い!これが私の最後の願い。大好きな人と傍にいて、大好きな人に亡くされるの。」
彼女はポロポロと涙を流し、ベッドをお構いなしに濡らした。
僕は…どうしたらいいんだろう。
数十分経ったとき、僕はフードを後ろに取り、サングラスを外して彼女を見つめていた。
本当は和華に死んでほしくない。
ずっとずっと傍に居たい。
でも、和華の最期の願いを、僕が叶えてあげたい。
5、4、3、2、1…0
しかし和華をいくら見つめても彼女は息をしている。
生きている。
おかしいなと思っていた時、和華は言った。
--- 「最期に明の顔を見れて良かった…」 ---
和華はベッドから起き上がり、僕を抱きしめてから優しく、甘く、悲しい口付けをした。
そして、和華は息を引き取った。
力が抜けたかのようにゆっくりと倒れた。
僕は和華を持ち上げ、ベッドに寝かせる。
そして、吹雪が止み、朝が来るまで今までにないぐらい強く泣いた。
吹雪が止まり、太陽が少しづつ雪を溶かしていく。
小屋の隣に穴を掘り、和華を持ち上げて穴に埋めた。
そして、大切に隠し持っていたシオンの花とキキョウの花を供えて_____。
めっちゃ長くなりました!
もう一話完結っぽくなくなってますが、
最後まで読んでいただきありがとうございました。