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第一章
グラフィティ
前回のあらすじ
ロゾー島の貴族ハイリッヒ家の娘のエリは、何もかの襲来により家族、日常を奪われた。
脱出に成功したエリは海をただよった先でシャンたちに助けられた。
ここはどこだろうか?目が覚めたら知らない場所にいた。自分の周りに見知らぬ男がいた。
「ここはどこ?あなたは誰?」
「船の中だ。俺はここの船で船長をやっているシャンだ」
するとシャンと名乗った男は部屋を出て、もう一人の男を連れて戻ってきた。
「お嬢さん体調は良くなった?」
「大丈夫だ、船医のビリーだ」
エリはここまでのことを思い出した。ここで初めて気づいた。今までの生活には戻れないことに。瞳に涙が溢れた。この涙が悲しみを溶かしてくれたらいいのに、そうすれば留まらずに先に進める気がした。
「好きなだけ泣きな、悲しいことがあっても生きる道を選んだ君は偉いよ」
シャンは慰めるように言った。シャンはこの言葉が慰めになったかはわからなかった。
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朝が訪れたとき住民たちは驚いた。昨日まであった建物が朝になったら消えていたからだ。豪華で美しかったあのハイリッヒ邸は死体や焼けた匂いがその周囲に漂っていた。住人が知る限りハイリッヒの一族は人に嫌われるような人々ではなかった。それなのに無惨な有り様が信じられなかった。
焼け跡を何人かが、調べていた。
生存者がいることは確実にない。ここにいる者たちはそう思っただろう。不謹慎なことだがそれは彼らの作戦の成功であり、喜ばしいことである。
彼らの計画の目的は誰も知るよしはない。
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どのくらいの時が流れたのだろう。体感としては一瞬のようで、長い時間だ。
「すこし良くなった」
シャンは優しく問いかけた。今までこんなことはなかったから、どう伝えればいいのかわからなかった。
「もう大丈夫、こんな姿を見せて…」
エリは口から言葉が出てこなかった。何が言いたいのかがわからなくなった。
「俺は甲板にいるから、何かあったら呼んでくれ。」
シャンは部屋をあとにした。
エリは今いる状況を冷静に考えた。なぜ自分はここにいるのかは、よくわからなかった。彼らにとって私を助けるメリットは何一つともないと言える。
最悪の場合、私をどこかしらに売り飛ばすために助けたのではないか。そうだとしたら、彼らをどうにかしなければ。確かシャンと言った男はここにいたとき武器を持っていなかった。
部屋を見渡した。武器になるようなものは見つからなかった。不意打ちを狙えばもしかしたら。
「アーミン今どこに向かっているんだ?」
ドムが聞いた。少し前に仕事の報酬がかなり残っていたから、当分は自由気ままに漂い続けられる。
「今は特に決まってはいないよ」
「そうか」
もともと島で過ごしてきた彼らだが、17年もこの生活をしていると船のほうが落ち着いて暮らせる。島で過ごすこともあるが1週間程度しか過ごさない。何よりも彼らには戻る故郷がない。サリデーニ国では、故郷を失った者、住む場所がない者は船の上で一生を終えることが当たり前のようになっている。
そんな法律などは一切ないが、国民たちは皆そうしている。
「どうだ例の子の様子は?」
ドムは船室から出てきた、シャンに聞いた。
「まだ気持ちが落ち着かないらしい」
「そうか…」
突然シャンの背後からエリが現れた。不意打ちを狙う構えのようだ。
「少しは良くなった?」
エリは理解できなかった。静かに近づいたつもりだが。
「不意打ちを狙うなら殺気は消さないと」
ドムは笑いながら言った。
「あなた達は何が目的なの?」
エリは声を荒げて言った。
「君を助けただけだ、後のことは君に任すよ」
シャンは歩きながら言った。
エリは自分が勘違いしていたことが恥ずかしくなった。考えてみれば、悪い人間なら助けないだろうし、助けたとしても優しくはしてくれないだろう。考えれば考えるほど恥ずかしくなり、しゃがみ込んで顔を隠した。
一同は、服装からして身分が上のお嬢様と推測していた。しかしお嬢様でもこういったときは、普通の少女だと気付かされた。
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正午が過ぎハイリッヒ邸の跡地に別の調査員たちが集められた。彼らは政府から調査の命令を受けたもの達である。
「酷い有様だ」
「そうだな」
調査員達はみな口を揃えて言った。しかし一人の男を除いて。デムは今まで護衛などの仕事でハイリッヒ邸を何度か訪れたことがあり、一族の人々面識があった。一族の一人娘のエリに恋をしていたことも事実でもある。しかし一方的な恋だった。自分はエリの背景に写っているだけの存在である。今はただエリの無事を祈ることだけだった。
「しかし一体誰がこんなことをしたのかね?」
デムの先輩に当たるティムが言った。
「予想さえも難しいですね」
デムはこの手を穢してもいい、デムは知らないうちに復讐心が見ばえた。
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エリは彼らに昨夜のことを明かした。自分の身に何が起きたのか、自分がわかっていることをすべて話した。
「エリ、君の家族は誰かに恨まれているなどの話を聞いたことはないか?」
「いいえ、ドム聞いたことありません。父も母も悪さをしているといった話さえも聞いたこともありません」
「相手は恨みではなくただの快楽殺人鬼だったとか」
「それだとしたら狙われる心配は無さそうだな」
「犯人の目的さえわかればいいんだが」
「ロゾー島はもしかしたら、犯人がいるかもしれないからいかないほうがいいだろう」
「あいつに頼るのはどうだ」
ビリーは提案した。
彼らはずっとお世話になっている交易の島メニで情報屋のクスキのもとに行くことにした。