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永遠のカナシバリ プロローグ
ー貴方が見ている世界は、現実とは限らないー
私は両親と共に一軒の古民家の玄関に立った。今日は、私の初めての家の内見の日。楽しみで、少し髪型とか服とか気にしちゃった。
「へぇー、古いけど綺麗リノベーションされてるじゃないか。どれどれ、中はどうなっているかな…」
お父さんがズカズカと建物の中に入って行った。
「ちょっとお父さん、今日は|花名《かな》がお部屋を見に来たんだから、もう…」
お母さんが少し注意している。改めて私、花名は目の前の建物の紹介のチラシを見た。
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**|𡚴原荘《あけんばらそう》**
都内駅近!古民家タイプ!リノベーション済み!新生活に便利な家具付き!
値段:44400円!当店オススメの掘り出し物件です!!都内一戸建て!駅近の好立地!この資料の物件は滅多に出ません!!築古の物件ですが、女性オーナー様のセンスでまるで『古民家カフェ』のようにリノベーションされており、女性の方にもオススメできます!!
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(𡚴原荘、ね…)
私はチラシの左下を見た。そこにはこの家のサポートをしてくれる方のプロフィールが書いてある。
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私が新生活をサポートします!近隣住民様やオーナー様とのトラブル、新生活の悩みに一緒にご対応します!
担当:|藤木健人《ふじきけんと》
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説明の左に担当の方の写真が乗っているのだが、ちょっとイケメン……別にこの人に惹かれたわけじゃないからね!違うから!
チラシの真ん中には家の間取りが書いてある。12畳の大きな洋室の両脇にお風呂やトイレ、クローゼットなどが付いている。庭までついて44400円とは破格のお値段。一人暮らしには十分の広さだ。
「さぁ花名、」
お母さんが私の肩に手を乗せる。
「貴女が住む家なんだから、気にいるお部屋かしっかり見てらっしゃい」
「うん…」
私は頷き、新居の中へと入った。
ーこの時には、私《《たち》》はもう手遅れだったのかもしれない。
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𡚴原荘の玄関には、「WELCOME」の文字をかたどった折り紙の看板が置いてあった。文字以外にも、桜の花や…女の子?いろいろな種類の折り紙が貼ってあって、可愛い。看板を見ていると、奥から若い男性が歩いて来た。担当の藤木さんだ。
「|桜木花名《さくらぎかな》さん、お部屋をご案内しますので、お上がりください」
「えっとぉ…藤木さん、よろしくお願いします」
藤木さんは建物の奥へ進んで行く。私はその後ろに付いて行った。
「こちらのお部屋は、女性オーナーさんのセンスで、「古民家カフェ」のようにリノベーションされているんですよ」
なるほど、確かにチラシに書いてあった。左に置いてある棚が目にとまる。いかにも古そうな、木造の棚だ。
「あのぉ、この棚は…?」
「この棚は前に住んでいた方が残していった「|残置物《ざんちぶつ》」ですね。状態が綺麗なので、備え付けの家具としてご案内しています」
「ざんちぶつ…これって、もし契約したら、私が使ってもいいんですか……?」
疑問に思うことがあると左手の人差し指を頬に当てる、これは私の癖だ。
「はい、もちろんですよ。新生活は皆さんお金もかかりますし、備え付けの家具を使えば、節約にもなりますよ」
「なるほどぉ、いいですね…」
軽く頷き、藤木さんは建物のより奥へと進んで行った。
ついていくと、トイレとお風呂の二部屋の扉らしいものが見えて来た。二つの磨りガラスの扉の間にボタンがある。
「このスイッチは…?」
独り言を言いながら、上のボタンを押してみる。すると、奥側のトイレの電気が点いた。
「…あ、なるほどぉ…」
「上はトイレで、下は浴室のスイッチですね。」
藤木さんが説明をしてくれる。
「アイコンが可愛くて、いいですねぇ…」
黒色のシンプルなデザインのプリントがスイッチの上下に付いている。
「そちらも「女性オーナーさん」の意向でカフェ風のデザインを取り入れたようですよ」
「へぇ、素敵ですねぇ…」
さらに奥に進もうとした時に、とある物に気づく。
(黄色い服の女の子の…人形?)
入り口の看板に貼ってあったものと同じ折り紙の人形が浴室の中に透けて見える。
(…オーナーさんが落としちゃったのかな…)
藤木さんに言う気にもなれず、とりあえず無視をして奥へと進んで行った。
トイレの扉の横に、電球のマークの描いてある照明のスイッチがある。どこの照明だろう…?
「ぜひ、そちらのスイッチも押してみてください」
こちらの考えを見透かしたかのように藤木さんが話す。
「これ…?」
押してみると、廊下の間接照明が点く。
「あ、間接照明…?」
私がそう言った直後にどこかから何かが軋む音が聞こえた。古い家だから、家が少し軋んだりするのかな…
そう思っているうちに説明が続く。
「間接照明は、お部屋をおしゃれに演出してくれるんです。こういう工夫がされてる賃貸ってあまりないんですよ」
(このお部屋、住みやすそうだなぁ…)
折り紙や部屋の軋みなどを除けば、絶好の物件。ここに住むのも悪くはないかもしれない。
__「おーい、花名!こっち来てみろぉ!」__
部屋のさらに奥から先に入って行ったお父さんの声が聞こえる。
「なーにー?お父さん?」
声が聞こえた方に歩いて行く。また何かが軋むような音が聞こえたけど、この建物結構古いみたいだし、そういうこともあるだろう。
ゆっくり部屋を進んで行く。ところどころに折り紙の装飾がされていて、歓迎されているみたいだ。進んでから気づく。
(…あれ、さっき押し入れの中にあった折り紙、動いてなかった…?)
振り向いて確認をしてみると、そこには何も無かった。
(…気のせいかなぁ…)
奥に行くと、お父さんが部屋の突き当たりに立っていた。隣には備え付けの物と見られるベッドフレームと…
「わぁ、桜の木?」
窓から見える𡚴原荘の庭には、樹齢何千年とたっているであろう立派な桜の木が植っていた。今がちょうど季節だから、花が少し咲き始めている。
「ここに布団を敷いたら、桜を見ながら寝られるぞ」
後ろから歩いてきた藤木さんが案内を進める。
「そちらのベッドフレームも備え付けですので、あとはお布団を用意して頂けば、安く済みますよ」
備え付けの家具、古民家カフェ風の家のデザイン、あとはやっぱり庭の桜の木。やっぱり私…
「お父さん、私ここの部屋に決めようかな。結構古いけど、部屋も綺麗だし、家賃もこれなら払えそう」
「あぁ、花名が良いと思ったなら、そうしなさい」
「うん!」
私は大きく頷いた。遂に夢の新生活が始まるんだ。私の胸は喜びでいっぱいになった。
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私と父は𡚴原荘を出た。玄関を出ると、奥の方で母と誰か女の人が話しているのが見えた。私たちに気づいた母がこちらに向かって来る。
「花名、オーナーさんがご挨拶に来てくれたわよ」
母の奥に、背の高い女の人が見えた。青みのかかった一つくくりの髪に、黄色のシャツを着ている、おしゃれな方だ。見たところ、40〜50歳くらいかな…女の人がこちらに来て、口を開いた。
「初めまして、オーナーの|𡚴原妙子《あけんばらたえこ》です。この物件はお気に召してくださいましたか…?」
𡚴原さんが少し不安そうな顔をする。
「あ……はい!とっても気に入ったので、ここに決めようと思います」
「なるほど、それはよかったです」
𡚴原さんが微笑んで俯く。どうしたんだろう…?
「それにしても𡚴原って名字、珍しいですね?」
お父さんが横から口を挟む。
「変わった名字でしょう…?」
口を挟まれたことは気に留めないかのように𡚴原さんが続ける。
「「幽霊文字」と似てますから、書き間違えないように注意してくださいね」
「ゆ、幽霊文字って…?」
疑問に思い、口に出してみる。すると、𡚴原さんが一歩こっちに近づいて、話し出した。
「そのチラシを見てください。この「|𡚴《あけ》」という字は横線が一本入ると「|妛《あけ》」という別の漢字になるんです。ですが、「妛」は誤って常用漢字に登録されてしまった文字で、本来は存在しない「幽霊文字」と呼ばれているんですよ」
(へぇ…実際に「幽霊文字」っていうのがあるんだ……)
納得したような気がする。
「花名さん、ここの住所を書く時に間違えやすいので、注意してくださいね」
「あ、そっか、住所にここの建物の名前を書くんですよね。気をつけますね……」
そう言うと、𡚴原さんがゆっくりと口を開く。
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「……そう……決して……書き間違えないで……」
ーー貴女を《《私と同じ目に合わせたく無い》》の…
ー出どころ不明だがなぜかこの世に存在している幽霊文字。書き損じによる誤植では無いかと言われるが、中には何も分からずあらゆる書物にも記載が無い文字も存在する。それはーーーー
ー「 `|彁《か》 `」。