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晴瀬です。
2話です。
芹矢さんが癌になったと聞いたのは俺と紫苑が高1の年の2月だった。
前々から「この頃体調が悪い」「病院に行く」そんな話は聞いていた。
だから覚悟はできていたよ、と強がっていた芹矢さんの、言葉とは裏の本音を映した悔しそうな瞳を強烈に憶えている。
「治る見込みはないらしい」
俺と紫苑を集めたリビングで弱く笑って芹矢さんは言った。
「え?」
俺は聞き返す。紫苑は黙っていた。
「治る見込みはないって、そんな、手術すれば治るとか、そういうことじゃ、ないの?」
「ないんだって。何度もお医者さんに訊いたけど、もう難しいって。
ごめんね」
芹矢さんは何も悪くないのに、何故かそう謝った。
それから少しして、芹矢さんが入院することが決まった。
延命措置とか、そんなことではなく身体の痛み止めや自宅では生活が困難になるから、という理由だった。
病院に行く前日、俺は芹矢さんに呼ばれた。話がある、と。
紫苑は呼ばれていないみたいだった。
俺と芹矢さんだけの、静かな部屋で芹矢さんは俺の目を真っ直ぐ見詰める。
「伊吹には今まで、本当に迷惑かけたね」
俺の名前をよんでそう言う芹矢さんに俺は|頭《かぶり》を振る。
「俺の方が迷惑かけたんだよ。一人で何にもできなかったのに面倒見てくれて、芹矢さんがいなかったら俺、死んでた」
本気でそう思っていた。
「そんなことないさ」
「伊吹は本当に強いから。僕がいなくても何とかやってたと思うよ。だから、ごめんね」
「何言ってんの。そんな訳あるはずないって。芹矢さんおかしいよ。いつもそんな事言わないのに」
芹矢さんが遠くなってしまう気がして怖かった。
どんどん遠くなって、手を伸ばしても触れられなくて、もう一生会えなくなってしまうような、そんな気がしてならなかった。
芹矢さんは小さく笑った。
そんな事言うなよ、とでも伝えるかのように。
「伊吹、|最後《最期》に頼み事してもいいかな?」
俺の返事を待たずに続ける。
「紫苑を守ってほしい」
「こんなこと、紫苑と同い年の伊吹に頼んでいいのかもわかんないけど、僕は、紫苑は優し過ぎる節だったり繊細な部分があるんじゃないかと思っていてね。
多分、僕がいなくなったら何かが崩れてしまうような気がして…。
伊吹に、見ててもらいたい。
今まで通り、明るく、守ってほしい」
そこまで言って芹矢さんは俺を見上げる。
「そんなことぐらい、言われなくてもやるよ。
俺だってずっと、今まで生まれてからずっと、芹矢さんに紫苑に守られて生きてきたから」
俺が大きく頷くと芹矢さんは安心したように目を伏せて頬を緩めた。
「ありがとう」
「こちらこそ」
お礼を述べる芹矢さんにそう返した。
取り留めのない話をしたあと、紫苑を呼んでほしいと言われて部屋を出た。
俺に語ったようなことを紫苑にも話すのだろうと思った。
ノックをして声を掛ける。
「紫苑」
自分の部屋でスマホを触っていた紫苑は俺の呼び掛けに顔を上げた。
「伊吹」
俺の名前を呼ぶ。顔がぱっと明るくなった。
「芹矢さんが呼んでる。話があるって」
俺がそう言うと「分かった」と紫苑は腰を上げた。
紫苑と芹矢さんは少し長く、話をしていたようだった。