公開中
2
巫が5人の顔を覚えたのを確認し、2人は資料保管庫を出た。時間帯としては夕暮れで、地下街に夜や朝というものを示すのは時計くらいしかないけれど、表で仕事をするために住居から出て門へ向かう住民は増える。
果たして人間の記憶力がどこまであてになるのかは分からないが、間違っていたとしてもそれはどうだって良いことだ。疑わしければとりあえず罰しておけば安全。無実でも、誰もそれを証明できないし、誰もそれを咎めない。ここは日本であっても日本ではないのだ。
「いた?」
「外に出ているのかもしれませんね」
苦々しげでもあり、逆に安堵しているようでもある微妙な笑みに、黒は失望した。「母のためなら自分の人生なんてどうでもいい」などと言いつつ、結局は今すぐに自分の人生を棒に振ることを恐れているではないか。既に地下街の住民となったくせに、何を今更。
白だったら、止めるのだろうか。口先だけで覚悟も何もしていなかったような依頼人に対して、その復讐をやめろと忠告し、彼らを逃して。
しかしながら、黒は白より優しくない自覚がある。依頼人が自分で決定した道を変えさせようなんて善人ぶったことはしない。覚悟がない人間が今ここで復讐から逃げても、復讐心は残る。結局、最悪の形で人生を棒に振るだけだ。それが優しさだとは思わないが、中途半端な優しさよりずっとマシ。
「…やめるとか言い出さないでよ。キャンセル料払ってくれるならいいけど」
「言いません。今更戻れるとは思わないし、準備もしてあるので」
「用意周到なんだ」
変なミスをしそうにない依頼人は楽で良い。一度、復讐のことをSNSで投稿するとかいうとんでもない馬鹿が現れた時は本気で命の危機を感じた。さすがにあれは酷すぎたが、そこまでではないにしろ何かしらのミスをやらかす依頼人は多い。その度に白はキレて黒に八つ当たりするので、どちらかといえば黒の方が依頼人のミスに厳しい。同居人に殺されるなんて嫌すぎる。
「母を殺したんだから、ちゃんと苦しんで死んでもらいたいんです」
「…ミンチにはしないでよ?処理すんの僕なんだから」
「しませんよ」
じゃあなんだ。拷問でもするつもりか。聞きたかったが、今回は始末に黒は関わらない。手引きと掃除のみだ。余計なことに首を突っ込むと自分の身が危うい。たかが運び屋程度に殺されるとは思えないが、黒の戦闘力はバール片手でも一般人の制圧が精一杯の雑魚である。