公開中
ep.6 ひらいて、むすんで
<前回までに起きたこと>
「選択」は、無慈悲に彼らを襲う。
「思い出」は、必ずしも幸せなこととは限らない。
「勇気」は、必ずしも勝利を招くとは限らない。
「未来」を手にするために、彼らには何ができるだろうか。
--- 【現在時刻 8:41:36】 ---
---
side 流尾 契(はやお けい)
二つのドアが目の前にある。え、これなんだろう。誰も開けないけど。まるで僕を生贄にするかのように、人混みが後ろに下がっている。
後ろでは、噂話に花を咲かせているのだろうか。「怖い」とか「嫌だ」とか聞こえる。ふと頭の中で、僕の心がこだました。
「このドアの向こうには、赤い怪物が棲んでいるんだよ。」
赤い目をぎらつかせ、牙も爪も絶望で染まっている。本能でひたひたになった脳が、飾り立てられた躯体をぐわんと動かす。そうして、残虐なルーチンワークを虚しく繰り返す。その足元はいつでも、赤く赤く彩られている。
、、、え、何考えてんだ僕。的外れが過ぎる。ファンタジーか。
鮮明な像が他の考え事をむさぼり食ってゆく。今の状況に集中しろよ、、、
どこかで見た、はずなんだけれど。そんなことを体験するような世界ではないし。
ともかく、誰もドアを開けなさそうだ。だったら僕が開けるしかないんではないか?前の方にいるし。
二つあるけど、、、自分に近いから右にしよう。ドアノブに手を掛けたら、どよめきが起こった。
「え、ドア開けるんだ、、、」「怖くねーのかな」
そんなにドアを開けるのが怖いのか、、、?まさか本当に怪物がいたりして。一気に開けてみようか。どうだろう。出てくるのかな、怪物?
、、、何も起こらない。下を見たら、今いるところと同じカーペットが続いているのが見えた。もう心配ない。足を踏み込む。何もない。白い壁も見える。
進める。
知らない間に、自分もドキドキしていたみたいだ。やった。やった。僕はやったんだ。勇者のような気持ちになりながら、固唾を飲んで見守る人々に躍起になって言った。
「いけます!フロアが、続いてます!」
ざわめきが起こる。一気に空気が明るくなった。僕のおかげ、なんだろうか?本当に勇者になったみたいで、少し恥ずかしくなってきた。右のドアも開かれたみたいだ。
なぁんだ。心配なかったじゃないか。赤い怪物なんていないんだ。
「怪物なんて失礼な、、、おれはいつでもここにいるよ」
脳髄の中。僕ですら分からないくらいの心の奥底から、声が響いた。
空気ががらりと冷たくなる。周りに目を向けたら、左側のドアを開けた人がドアの向こうへ引きずり込まれるところだった。
音もなく、ドアが閉まる。
いったいどれだけ、時間が経ったのだろう。30秒?1時間?時間では表せないほどに重い沈黙だったのは分かる。
ふと背後から叫び声が聞こえる。背中に物が当たる。それは僕を突いて飛ばす。素っ頓狂な声が喉から飛び出す。バランスが崩れる。立っていられなくなる。ぐわんと前に倒れる。
もしや、赤い怪物、、、? もう僕が手をつく場所は、無かったりして。
、、、めっちゃあった。浅いカーペットの床。取り敢えず、命はある、、、。
「大丈夫ですか、、、!?」
僕に時間を取り戻させてくれたのは、いまにも裏返りそうな一つの声だった。
---
side 佐久里 幸吉(さくり ゆきち)
荷物は整理した。時間は減ってゆく。そろそろ、降りようかな。
「荷物整理も終わりましたし、7階に行きましょうか。」
「はい、分かりました、、、!」
、、、爛雅さんは、無理していないだろうか?下ではもっと悲惨なことが起こっているのではないかと考えると、僕でも足がすくむ。
耐えろ。進め。自分のラッキーを信じるんだ。
「かっ、階段も!!慎重に、行きましょう、、、!!」
彼がしどろもどろに言った。、、、わざとやってるんだろうか?そう思うくらい、焦りや優しさが滲み出ている。
僕のラッキーで、何とかしてあげないと。
「そうですね。階段も、七階も。気を付けて進みましょう」
階段を降りきり少し歩いたところで、壁にぶち当たった。二つのドアがある。が、右のドアは開いていて、向こう側に人だかりが見える。
左側のドアは閉まっている。何のためにあるのだろう、、、?
開けたら、何か起こるのだろうか。別の場所に飛ばされる?
、、、もしかして、近道?だとしたら最高だ。閉まっている、って事はきっと誰も入っていない。早めに脱出する、またとないチャンスだ。きっとそうに違いない。僕のラッキーなら、きっと爛雅さんも信じてくれている。彼もきっと喜んでくれる。ドアノブに手をかけて、彼に話しかけた。
「爛雅さん、ここきっと近道ですよ。わざと怪しく見せかけて、進むのを止めているんですよ。きっと早く脱出できます。さ、行きま、、、」
「待って下さい」
急に止められた。どうしたんだろう?
「幸吉さん、気付かないんですか?引っ搔き跡」
、、、よく見てみたらドアの端に、引っ掻き傷と強く握った跡のような歪みがあった。
ここで何か無かった、訳がない。
心底驚いた。こんなに細かいところまで、爛雅さんは見ていたのか、、、
「す、凄いですね、、、ごめんなさい。左へ進むのはやめにしましょう。」
僕らは向きを変え、開いている右のドアをくぐった。
どこかから、舌打ちが聞こえる。
何だったんだ、今の。
自分の事しか見えなくなっているみたいだった。
僕の「ラッキー」がこの世の中の全てで、それで、
「ラッキー」の中に潜んでいる何かから、操られているようだった。
---
side 終町 脱奈(しゅうまち つな)
人ごみに流されてとりあえず階段を下って、正解だったかもな、、、
自分が後ろの方にいて、つくづく良かった。前の方にいてずんずん進む人たち、特に最前列の男性と少女は、まるで命を懸けてでもボクを守ってくれる勇者みたいに見えた。
なんだか気分が良くなって、すまし顔で気取って進んでみる。超~余裕。
「うぉ!?」
「だっ!!」
派手に誰かとぶつかった。せっかくいい気分で楽しんでたのに、、、と思ったら、相手がすぐに謝ってくる。
「あぁ、スイマセン、、、、ひっ!?じゃ、じゃぁワタクシは、い、急いでおりますので、、、っ」
そのまま相手は、人ごみの中とは思えないくらいのスピードで走り去っていった。
、、、何だろ、、、今の、、、?ボクの顔を見た途端、焦りだしたけど。何だあいつ。ボクの顔に血でも付いてるのかな、、、
変な反応をされて、なんだか気分が悪い。生憎このフロア、今進める所にはデスクや家具は見当たらない。せっかく当たり散らしてやろうと思ったのに。
向こうを見たら、ドアは四つあった。右端のドアだけ、赤い。
さっきからやけに静かだな、、、と思ってはいたが、よく見ると皆、「もう無理だ、終わりだ」と言わんばかりの滑稽な顔で向こうを覗いている。勇者に守られているのは、ボクだけじゃなさそうだ。
右から二番目のドアを開けた誰かさんが、赤黒い空間へ落ちるように入っていった。
ドアがしずしずと閉まる。またボクらは守られた。次の人はまだかな?
さ~て、勇者様はどう動くだろう?彼らの行く末を案じるのは、面白くて仕方がない。
--- 【生存人数 275/300人】 ---
--- 【現在時刻 9:04:02 タイムオーバーまであと 14:55:58】 ---
<自主企画にて参加いただいた初登場キャラ>
・終町 脱奈(しゅうまち つな) 恋町 魔離愛@Ilove🧣(如月 為千瓜)様
ありがとうございます!!これからも活躍しますので、読んでいただけると嬉しいです。
実はもう一人自主企画参加キャラが登場したのですが、ストーリーに名前が出るまでは秘密、ということにさせていただきます。誰か予想してみるのも楽しいかもしれませんね。
他のキャラクターも順次登場予定です。お楽しみに。
-2952文字-