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悪魔との出会い
——気が付くと、エリカは森の中にいた。
無我夢中で走っているうちに迷い込んだようだ。途端に、あちこちにできた擦り傷や切り傷が痛みを主張し始める。
「…っ…」
追手が来ていないことを確認すると、エリカはへなへなと座り込んでしまった。抑え込んでいた感情があふれ出し、雫となってエリカの目からこぼれ落ちていく。
「怖い…痛いよ…」
どうしようもなく心細かった。
見たこともない土地に、世界に、放り込まれて。頼れる人なんて、誰もいなくて。世界のすべてが敵になるなんて大袈裟かもしれないけど、今のエリカにはその表現がぴったりだった。
(私……ここで、どうやって生きていったら良いんだろう……)
ぎゅっとエリカは唇をかみしめる。それは、エリカが何かを堪えるときの癖だった。エリカは、涙を拭いて膝を抱えこむ。
その時、エリカの太ももあたりでかさりと音がした。
「……?」
エリカは、羽織っているローブにポケットがついていることに気が付いた。そっと手を入れてみると、紙らしきものの感触が手に伝わってくる。
エリカは立ち上がり、それを取り出した。
出てきたのは、古ぼけた紙だった。
折りたたまれていたそれを、エリカは慎重に開いた。
——魔法陣が、書かれていた。
その紙を見た突端、エリカの心はひやりとした。自分の孤独を形にされたような気がしたのだ。
そこに書かれた魔方陣は、救いと破滅を同じ線で描いた絵のようであり、理性を持ったまま眠る呪いのようであった。
(何でだろう…これを見てると、胸が苦しくなってくる)
それでも何故か、目が離せなかった。
目を離してはいけない気がした。
「……あれ?この紙、少し汚れてる…」
エリカは汚れを取ろうと、紙の表面を撫でた。
そしたら。
——血が、ついてしまった。
「あっ……」
森を走っているうちに、いつの間にか指を切ってしまったようだ。汚れを落とすつもりがさらに汚してしまったことに、エリカは申し訳なさを覚える。
そんなエリカを責めるかのように、強い風が吹いた。目を開けられないほどの強風に、エリカは咄嗟に腕で顔を隠す。
風が止み、エリカはそっと顔を上げる。
息をのんだ。
思わず後ずさり、足がもつれて尻もちをついた。
——目の前に、男がいた。
「俺を呼んだのは、お前か?」
男は口を開いた。地の底から響いてくるような低い声。暗い赤色の凍った瞳が、真っすぐエリカを見つめていて。
「だ、誰……?」
「俺は、お前の望みを叶える者だ」
男の羽織る古びた黒いロングコートが、風を浴びてたなびく。使い込まれた黒色の革手袋が、男の持つ漆黒の髪とよく合っていて。
首から下げられたペンダントには、血を啜ったように赤い宝石がはめ込まれている。
そして、何より目を引いたのは。
——男の背中ではばたく、大きな黒い翼だった。
「お前の望みは、なんだ?」
男は問う。
エリカは悟った。
(——この人、悪魔だ……)
「お前が望むのなら、どんな願いでも叶えてやる」
この男の話に乗ってしまうと、きっと引き返せない何かがある。
……だけど。
『望みを叶える』という言葉は、エリカの心に確かに響いていて。
「…本当に?本当に、私のお願いを叶えてくれるの……?」
つい、そう聞いてしまった。
「ああ。どんな願いでも叶えてやる。ただし…」
「——その代わりに、お前の魂をいただく」
「…………魂を渡すと、どうなるの?」
「俺が自由にお前の身体を乗っ取れるようになる」
悪魔は淡々と答えた。まるで、天気の話をするかのような口ぶりだった。
「それに……」
悪魔はまだ、話を続ける。
「——俺はいつでも、お前を殺せるようになるだろう」
「………」
「さぁ……お前はどうする?」
悪魔が、試すようにエリカを見ている。凍った目にはわずかに好奇心が宿っていた。
エリカは、考えた。深く深く、考えた。
そして。
「…答えは決まったか?嬢ちゃん」
エリカは、頷いた。
「——貴方と、契約させて」
その返事を聞き、悪魔は笑う。
「良いだろう。お前の望みはなんだ?」
張り詰めた空気の中、エリカはねじ込むように息を吸った。
そして、己の願いを告げる。
「——私と、友達になって」