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始まりの大地 ―――歴史はここから始まった
この世界には、『歴史マスター』というものが存在する。
歴史を極め、中学生を歴史の道に誘う案内人。
それが『歴史マスター』だ。
これは、君たちが不思議な旅に出る摩訶不思議な物語。
それは、700万年前。ここから、人類の歴史は始まったのだ。
「やあ、旅人たち。私は「M」。君たちを人類の歴史へと案内しよう。
進化の奇跡、争いの渦、希望と絶望の物語――。
この旅が、未来の君たちの糧となることを、心から願っているよ。
では行こうか。人類が誕生した地、700万年前のアフリカへ。」
Mと名乗った人物が、軽く指を鳴らす。
次の瞬間、君たちの視界は歪み、地面の感覚が消えた。
「さあ、素敵なショーの始まりだよ。」
まるで映画のように、風景が目の前に広がっていく。
乾いた風が肌をかすめ、見渡す限りの荒野。
草木はまばらで、太陽は容赦なく照りつけている。
どこか不安を感じながらも、君たちは辺りを見回す。
「ここが、ずっと昔のアフリカだ。
最初の人類が誕生した場所――つまり、我々の原点さ。」
Mはやや芝居がかった調子で言うと、軽くウインクをした。
「そんな彼らが見られるなんて、貴重な体験だと思わないかい?
ん?不安そうだね。大丈夫。君たちに危害は加えさせないよ。」
その言葉に、君たちはほんの少しだけ肩の力を抜いた。
「おっと。どうしたんだい? ・・・向こうに人がいる?ふふ、お手柄だね。」
Mが視線を向けた先に、確かに何かが動いていた。彼の目が輝く。
「あれこそが、今回のお目当て。さあ、行ってみよう。」
Mが歩き出す。君たちも、その後を追う。
近づくと、その姿がはっきりしてくる。二本の足で立ち、猿のようなシルエット。
「直立二足歩行・・・、僕たち人類の歩き方の原点だよ。
彼らは猿人と呼ばれている。最古の人類のひとつさ。」
人のようで、どこか違う生き物。それを見た君たちは、きっと胸の高鳴りを感じる。
「・・・ロマン、感じるだろ?」
Mの声に、思わず君たちはうなずいた。
「・・・なら、良かった。」
そう言った彼の顔は、とても安堵していた。
カンカンと、何かを打ちつけるような音にMは咄嗟に反応した。
「君たちは幸運だ。人類最初のツールと出会えるのだから。」
音がする方向から、何かが飛び散っているのが見える。
固く、鋭く。それは、太陽の光に照らされてキラキラと輝いている。
「打製石器、と呼ばれる人類最初の道具だよ。石と石をぶつけて作っていたんだ。」
多くの猿人がそれを手に持ち、狩りをしている。
「今ならありえないけど、昔はこうやって生活していたんだ。」
そうなんだ、と誰かが言う。
そして、何もかもが整っている現代では、きっとありえないだろうと思う。
「このときの石器は|礫石器《れきせっき》とも呼ばれているね。
|礫《れき》っていうのは、小さい石のことだよ。」
君たちは感心する。打製石器は中学校で習ったが、礫石器というのは初めて聞いた。
「あぁ、君たちはまだ中学3年生か。礫石器は高校で習う人もいるだろうね。」
それにしても、と君たちは思う。
普段は得られない新鮮さや楽しさ、好奇心。それらが湧き出てくる感覚がした。
「楽しんでくれているみたいだね。それが何よりの幸せだよ。」
彼は、心から喜んでそう告げたのだった。
「それでは、次の時代に行こうか。そこで彼らは大幅に進化するんだ。」
視界が歪む、だが君たちの心のなかに不安はない。
新たな知識と体験に思いを馳せながら、君たちは転移する。
君たちの視界が戻ったときに、最初に目に入ったのは赤く燃え盛る火だった。
「僕の結界があるけど、触ると熱いからね。」
Mはそう言い添える。火の近くにいた君たちは、少し後ずさる。
「これが、人類が手にした自然の力。火だよ。」
「火のおかげで、人類は夜にも活動することができた。すごいだろ?」
パチパチと音を出し、火はあたりを照らす。
「最初の頃は、雷などで起きた火を持ち帰っていたらしいよ。
その後に、自ら火を起こすようになったんだ。
ちなみに、火が最初に使われたころは明確にはなっていないよ。
いろんな説があるんだ。170万年前というものもあれば、20万年前もある。」
ちょっとした解説を挟みながら、Mは暖を取る。
「この時期は寒いからね・・・・、おや?」
Mの視線の先に、何かが動いたのが確認できるだろう。
「見えるかな? あそこにいるのが原人だ。」
君たちは、Mが指差す方向を見る。先程の猿人とはどこか違った生き物がいた。
奇妙な声が聞こえ、その正体を聞くために君たちはMを見る。
「この声のことかな? ここが原人の大きなポイントで、言葉を使うようになった。」
時折聞こえる不思議な声は、原人たちの声らしい。
危険なものではないと知った君たちは、胸を撫で下ろした。
「僕達が、今こうやって話せているのも彼らのおかげなんだよ。」
Mは、とても綺麗な笑顔でそう言った。
「もう遅いから、今日は寝ようか。
ちゃんとベッドはあるから、地べたで寝てみたい人以外は使ってね。」
興奮と探究心を抑えながら、君たちは眠りについた。
君たちは、夢を見た。
地球が少しずつ凍っていく夢。
マンモスなどの、多くの動物が消えていく様。
君たちの中で知識を持っている子なら、ここが氷期の頃の地球であると予想できる。
―――どうして、氷期の夢を見たのか。
―――なぜ、こんなに鮮明な夢を見ることが出来たのか。
それを君たちが知るのは、少しあとのことになりそうだ。
目が覚めると、そこには猿のような人間のような不思議な生物がいた。
「みんなは、『新人』って知ってるかな?」
唐突な質問に、君たちは戸惑う。
「きっと聞いたことくらいはあるんじゃないかな? そして、この人が。」
**『おはよう、元気か?』**
君たちは驚く、何十万年も前の生き物が日本語を使うはずないから。
どうして会話ができるのか。 疑問に思うが、Mはさらっと重要なことを告げた。
「僕の力で、会話ができるようにしたんだ。話してみたいだろう?」
面食らっていた君たちだったが、我に返って質問を浴びせ始めた。
好きな食べ物、マンモスはかっこいいか、何者なのか、など様々だ。
『おいらは、クルミとシカが好きだぞ。』
『マンモスはおっかねぇけど、かっけぇぞ! 一緒に狩り行くか?』
『おいらは、槍使いだぞ。 詳しいことは、そこのお兄さんが教えてくれるはず。』
この時代にもクルミがあるのか、なんて考えながら君たちはMの説明を聞く。
「『新人』っていう分類になるよ。ホモ・サピエンスって聞いたことないかい?」
ホモ・サピエンス、名前がかっこいいから覚えやすい単語の一つ。
きっと、君たちも知っていることだろう。
「新人は、槍みたいな高度な武器を作れるようになったんだ。
・・・・使っているところ、見たいかい?」
もちろん、と君たちは口を揃えて言う。
「そう来なくちゃ。マンモスの狩りを見せてもらおうか。」
『おいらの槍さばき、しっかり見ておくんだぞ!』
解説を挟みながら、外に出る。
ドスンドスン、という音と同時に地面が揺れて新人は目を輝かせる。
『あれが、マンモスだぜ!』
像のような巨体、大きな牙。そこから感じられる迫力。
「これが、マンモス属を代表するケナガマンモス。有名なのは、これじゃないかな。」
近づいただけで感じる圧、これがマンモスの力だ。
『やっぱ、いつ見てもデケェなぁ。』
そう言う彼の手に、槍の姿はない。槍はどこか、という君たちの質問に彼は答える。
『流石に、あんなでかいマンモスに槍を投げるほど上手くないぞ?』
どうやって狩りをするのか、という君たちの疑問に先回りするかのように答えた。
『もしかして、槍投げで倒してると思ってたのか?分厚い皮で防がれるぞ。』
「君たち、あそこを見てごらん。槍が刺さっているのが見えるかな?」
マンモスから少し離れた場所に、たしかに槍が地面に埋まっているのが見える。
槍の先はマンモス側にあり、マンモスを迎え撃つように設置されている。
「マンモスがこっちに突進してきたら、いったいどうなると思う?」
『おいらの槍たちがマンモスを突き刺すぜ。』
「・・・僕は、彼らに聞いたんだけど。まぁ、いいか。人が槍を投げるよりも、
マンモスの突進のほうが強いのはみんな分かると思う。
そのエネルギーを利用して、槍を刺すんだ。」
そのときだった。ドスンドスンと音がして、マンモスがこちらに走ってくる。
そして、バキバキッという音と同時に、マンモスが崩れ落ちた。
槍は折れたが、ダメージを与えるのには十分すぎる。
『おいらたちは、こうやって狩りをしてるんだ!』
それと同時に、君たちの視界がぼやける。
「・・・・・。もう時間が来たみたいだ。」
『そうなのか!? だが、きっとまた会えるぞ! またな!』
少しずつ体が薄くなり、君たちは転移する。
「おはよう、ここは、『氷河期』の中の『間氷期』と呼ばれる時代の地球だ。」
視界が戻ると、見覚えのあるような、大地に草が生い茂る風景が広がっていた。
太陽が昇りはじめ、空気がほんのり温かい。Mが静かに語りかけてくる。
氷河期?という声に、隣の子がつぶやく。
「__氷河期って寒くないの・・・?__」
それに、物知りそうな子が応える。
「たしか、氷河期には『氷期』と『間氷期』があるんだよね?」
Mは、嬉しそうにうなずいた。
「その通り。今は、間氷期っていう『そこまで寒くない時期』だから安心してね。」
そう話すMの指先が、再びふわりと動く。
「さて・・・。今日、君たちを案内する時代は、技術が進歩した時代だ。」
Mが示した先に、小さな村のようなものが見えた。
囲いの中に数頭の動物がいて、人々が何かを地面に埋めたり、掘ったりしている。
「農耕と牧畜。人類が『狩る』から『育てる』生活に移った証だよ。」
農業と言われると、畑に植物が生い茂る情景を想像するだろう。
「そう。今みたいに大規模じゃないけど、小さな畑に豆や麦を植え始めていたんだ。
そして、羊やヤギなどを飼う『牧畜』も始まっていた。
生活の安定――それが文明の土台になったのさ。」
メェーと、羊たちが鳴く。牛が歩き回り、ヤギは草を食べる。
そのとき、少し離れた場所で、なにかをこすり続ける音が聞こえた。
地面の上で、石を丹念に磨いているようだ。
誰かが声を上げると、Mが応じた。
「『磨製石器』さ。今までの石器は『打製石器』といって、
ただ叩いて割っただけのものだったんだけど。
でもこの時代の人たちは、時間をかけて磨いて形を整えたんだ。
より鋭く、より丈夫に――それだけ『道具』が重要になった証拠だよ。」
君たちは、その道具の細かさに驚いた。
まるで、現代のナイフみたいに滑らかで、鋭く見える。
ずっと昔から、現代のもととなるものが生まれていたのだ。
Mはさらに歩き出し、土の中に埋められた器のようなものの前で立ち止まる。
「これは『土器』だよ。食べ物を煮たり、水を蓄えたりするのに使われていたんだ。
今でいう、お皿や鍋などにあたるね。最初は厚くて重かったけど、
だんだんと軽くて薄いものへ進化していく。
縄目の模様がある『縄文土器』なんかは、日本でも有名だね。」
器の中では、何かを煮ているようだった。香ばしい匂いが風にのって広がる。
「狩りをしていた頃は、生で食べることも多かったけど、
火と土器のおかげで、食べ物の選択肢が一気に広がったんだよ。」
生でしか食べられなかったものが、熱を加えたりすることでより美味しくなる。
世界の料理の基盤とも言えるだろう。
「そう。これが『人類の暮らしの転機』なんだ。
食料を蓄え、道具を磨き、仲間と住む。やがて国や文化を生んでいく。」
そして彼は、君たちを見つめて言った。
**「歴史は、教科書の中の文字なんかじゃない。**
**ずっと昔にあった本当の出来事なんだよ。」**
言葉の重みが胸に残った。
「さあ、旅はまだ続く。次に向かうのは、『文字が生まれる』時代だ。」
Mが指を鳴らす。再び視界が歪み始め、君たちは新たな時代へと旅立っていく――。