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奇病患者が送る一ヶ月 十二日目
「ってことで…今日から保護をする事になった、
伊澤小里君だ。」
「よろしくお願いします。」
スポーツ刈りに学校の体操服を着た少年はそう言い、律儀に頭を下げる。
「よろしくねーっ‼」
「あず、名前も言わないと分からないだろ。」
「へぇ…新しい子かい…。はしめまじ、…はめじまいで…、ん?
まぁいいや。よろしくね。」
「………。」
「わしは明蘭じゃ!よろしくなのじゃ!」
「あら~、皆が急にここに来たと思ったら、これはびっくりしたわぁ。
よろしくね、伊澤さん。わたしは佐々木麻衣子よ。」
「初めまして。私は冬華、よろしくね。」
『アキはアキだよ~~~!一緒にがんばろーねー!』
皆も久しぶりの新しい患者に興奮しているのか、こぞって自己紹介を始めている。
一斉に話したら聞こえないだろうに、
伊澤君は一人一人の話をしっかりと聞いている。
いつもは顔を出さない患者さんも、
新しい患者が来た時は必ず顔を出してくれる。
きっとそれは彼らなりの気遣いなんだろう。
「…奨は行かなくていいのか?」
俺がふと訊ねると、銀色の髪の少女は俺の声にビクッとする。
「私が行ったら、皆の迷惑になるから…。」
彼女は微かに俯き震えながら、地下室を出てしまった。
遠慮が出来て優しいんだけど、やっぱり人付き合いは得意じゃなさそうだ。
「…あ、あと、めいr…希乃ちゃん。」
「断る‼」
大きな声で、はっきりと言うギザ歯の少女。
アホ毛がどことなくブンブンと回っているが…、風だろうか…?
「まだ何も言ってないんだけど…。」
「キサマらの考えている事は、どうせロクデモナイ事ばかりじゃからな!」
「そうは言ってもなぁ…。
薬を飲まないと、制御出来るもんも出来ないっていうか…。」
「知らん。」
彼女はそう言い、そっぽ向いた。
目の色が若干赤くなっていたし…、しょうがない。
時間を置いてからもう一度試そう。
「灰山サン、灰山サン。」
物陰からちょいちょいと俺を手で招く菱沼。その姿がどこか滑稽だ。
「どうした?」
「伊澤サンの事っすけど、詳しく聞いてもいいっすか?」
「あれ、説明してなかったっけ?」
「全くもってしてないっす。」
目つきの悪いクマの出来た目で鋭く俺を睨む。
マスクで口が見えないから、余計に怖く見える。
「あぁー…、ごめんごめん!」
流石に俺も、これには冷や汗が出てしまう。
何せ、もう説明したもんだって思ってたから。
「えっと、あいつの奇病は同世代迫害症候群。
症候群って言ってる通り、意外と珍しくはないんだが…、
ちょっと面倒な奇病でな…。」
「何かあるんすか?」
「うん…。まぁ簡単に言えばこの奇病は、
患者と同じ年齢の人に酷く嫌われるものだ。」
「うわ…、確かに嫌っすね…。」
菱沼は顔を歪めて言い、言葉を続ける。
「でも面倒って言うほどっすか?それに入院沙汰には思えないんすけど…。」
「“嫌われる”系統の奇病は奇病と判断されにくい。
人間の感情は不思議なもんだからな。気まぐれに人をいじめる事もあるから、
奇病と分からず放置してしまうケースが多い奇病なんだ。」
俺の言葉に顔をしかめる菱沼の眉間のしわを、俺は指でぐりぐりと押し、
ついでに菱沼のポケットに入っているフエラムネを拝借する。
「あ、ちょ。」
「そんで、入院なのは、色々あって保護したから。
大きな理由は父親の再婚相手の子供が同い年だったかららしい。」
「本人はやっぱり自分の体質に気付いてたんすね…。
ちなみに父親って離婚なんすか?」
「いや、元の母親は行方不明だってさ。」
「行方不明っすか⁉一体何が…。」
「そこまでは知らねぇかな。流石に俺も踏み込みづらかった。」
俺はさっきのフエラムネを口に含む。
甘い。俺には少し早かったかもしれない味だ…。
「教えてくれてありがとうっす。」
「応。またカルテ作るから、詳しい説明はそっち見てくれ。
じゃあ、俺は準備があるから行くわ。」
目の前の長い階段に少し嫌な気持ちを抱きながら、俺は足を動かし上り始める。
まずは、部屋の掃除からだろう。てか、部屋の空き…あったっけ…。
…五月の部屋だけか。
亡くなった翌日に使うのは、気が引けるが…、これ以上部屋の空きはない。
こういう時のために、もう一つ別館を造ってもらうべきだった。
これは失態だな…。
「灰山サン。」
途端に声が聞こえ、思わず階段を踏み外しそうになってしまう。
「っぶね……、…どうした?」
俺は平静を装うように、清々しい顔をして振り返る。
だが菱沼は俺を見ずに俯いていた。
しばらく待ってみるが、それでも俯いたままだったため、
階段を降りて、菱沼の顔がよく見えるように屈む。
「わっ、どどどうしたんすか⁉」
ようやく俺に気付いたのか、声をあげて後ずさりをする菱沼。
「どうしたもこうしたも、お前が俺を呼び止めたんだろ?」
「そうでしたっすね…。ハハハ…。」
「で、なんだ?何か言いたかったんだろ?」
俺が話を戻すと、菱沼は明らかに目を逸らして慌てるように口を開いた。
「あー、いや、もういいっす!忘れたっす!」
「なんだよ、お前ー…。じゃ、次はもう知らねぇからな。」
「っす。」
俺はそれだけ聞いて、次は振り返りもせずに長い階段を上った。
「…まだ昨日の事も傷ついてる癖に、
なんであんなに元気でいれるんすかね…。」
「さ、馬鹿だからじゃない?」
「うわぁッ‼‼シエルサンッ⁉いつの間にそこにいたんすか⁉⁉」
「『灰山サン、灰山サン』ってとこから。」
「……。」
---
部屋の中は、まだ死臭が漂っていた。
市販の消臭剤だけでは、流石に匂いはとれないか……。
それにしても、ここまで匂いがこびりついていると、
五月が亡くなってかなり時間が経っていた事が分かる。
死亡推定時刻までは分からない。
俺が最後に目撃したのは一昨々日…いや、その前だろうか。
彼女自身、部屋から出ないことはよくある事だったから、
問題ないと思っていた自分を恨みたい。
やっぱり…、見回りの時間を増やす事が最適解かな…。
菱沼達には悪いが、見回りを任せる訳にはいかない。
…いや、いっそ任せた方が効率的にいいだろうか。
………………。
仕方がない、あいつらにも任せよう。
流石に、俺も心配しすぎだろう…。
そろそろ俺もあいつらの事を信用しなければ。
今夜から、夜の見回りを任せてみよう。
匂い…、マシになったかな…。
患者の部屋には窓がないから換気は出来ないし、
ドアを開けてたら他の部屋にも匂いが移るかもしれない。
死臭は、皆嫌がるだろうし…、俺がどうにかしなければ。
アルカリ性が無理なら、酸性の塩素系消臭剤…、どこにやったかな…。
仕方ない、取りに行くか…。
俺は一人で重たい空気を吐き、三階に向かう。
彼女は最期に…、何か思ったのだろうか。
彼女の両親と同じように首を吊った。
遺書もなければ、伝言があった訳でもない。
誰も、何かを残さなかった。
皆、自殺する前日は必ず俺の目の前には現れない。
ここに来たこと、酷く後悔していたかもしれない。
やはり俺には早かったのだろうか…。
どうしようもなく、もう一度ため息をつき、顔を上げる。
ここしか、消臭剤は無いよな…。
そこは、俺の部屋の隣。
五つの南京錠に、それぞれの鍵を差し、一つずつ開けていく。
重たいドアノブに手をかけて、ギィっと扉を開けて速やかに部屋に入る。
部屋の中に入ると同時に、目の前のベランダから日が差し込んできて、
酷く眩しく思い、カーテンを閉める。
多少は暗いが、これぐらいでもよく見えるだろう。
部屋の中はフローラル系の香水の匂いが充満している。
クローゼットに入っているまだ未開封の消臭剤を二つ取り出す。
塩素系だから置いている間は部屋を開ける事は出来ない。
まぁでも二日も経てば匂いは消えるだろうし、
二日だけ菱沼の部屋で我慢してもらおう。
何せ俺の部屋にはベッドはないし、黶伊の部屋は入らない方が身のため。
シエルの部屋は…オシャレすぎて、逆に居心地が悪いかもしれない。
消去法で菱沼の部屋が一番の安置だろう。フエラムネ以外は問題ない。
「…暑くない?ちょっとだけ下げておくね。」
俺はベッドに入っている彼女の隣に座り、エアコンのリモコンで温度を下げる。
しかし彼女は布団に潜ったまま、何も言葉を発さない。
「寒…。」
微かにそんな言葉が自分の口から漏れてしまう。
布団に入った白い固体を交換し、
サイドテーブルに置いているスプレーを周囲に吹きかける。
「…ゆっくり、休んでね。必ず治すからさ。」
当然と言うべきか、また返事は来ない。
いつも通りの姿に少し安心し、
部屋を出て、五つの南京錠をしっかりと閉める。
…さっさと終わらせて、皆の所に戻ろう。
---
俺が部屋の掃除を終え、地下室への階段を黙々と降りると、
微かに声が聞こえてくる。
やっぱりまだあそこで遊んでたか。
「あ、灰山サン。」
菱沼が階段を降りる俺に気付き、少し嬉しそうな顔をした。
「どうした?何かあったのか?」
「いいから早く来るっす!伊澤君が面白いことするみたいっすよ。」
「え!マジ⁉見たい見たい‼」
俺は菱沼の言うことに興味をそそられ、駆け足で地下室に入る。
地下室の中には中央に伊澤君、
その周りをシエル、あず、輝夜、冬華、グミが囲っている。
姫は眠くなったのか昼寝をし、綝は少し離れた所にいた。
他の患者達は自分の部屋に帰ってしまったみたいだ。
何故、綝が離れた所にいるのか不信に思いつつ、
俺は静かに菱沼の隣で彼らを見る。
「じゃあ、伊澤さん。どうぞ‼」
シエルはそう楽しそうに言う。伊澤君も頷き、一つ深呼吸をした。
すると、両手と頭を床につけ、ピンと足を床に垂直にする。
まさにそれはプロ顔負けの完璧な三点倒立。
それから彼は大声で、
「ジャックオランタン‼」
と叫んだ。
真剣な表情だったこともあり、その見た目がシュールすぎて、
耐えていた笑いが抑えきれず膝から崩れ落ちて笑ってしまう。
「ぶはッ!アッハハハハッッッ‼待ッ、ハハハハッッ‼‼
アハハッゲホッゲホッ‼‼‼」
「ちょッ、灰山サン⁉誰か水頼むっす‼」
「フッ、アハハッ、待って、本当ッ!クフッ、アハハハハッッッ‼」
「アハハハハッ、ヤバすぎ!私もそれ好きなんだけどっ‼
フフフッ、アハハッ‼」
冬華も俺と同じように笑う。
『えっ⁉だれか、こっちにもお水‼😲』
「あー、面白かった!ククッ、アハハハッ…‼」
「灰山サン、ツボに入りすぎっすよ…。」
本当面白かった。まだ腹いてぇ。
菱沼は若干引くような顔をしながら、俺の背中をさすってくれる。
「本当、さいっこー。貴方面白いね。」
冬華も続いて言った。
どうやら俺達以外に笑った者はいないらしい。
あれだけ面白かったのに、もったいない。
「笑ってくれて良かったです。自分は皆さんに笑っていてほしいので。」
伊澤君はそう言うと、姫が作ったであろうクッキーを一口食べる。
はぁー…、結構落ち着いてきたかな。
「あ、そうだ。菱沼。」
「え、なんすか?」
「伊澤君の部屋なんだけどさ…、五月の部屋にする予定なんだ。」
「…なんだか腑に落ちないっすけど、仕方ない事っすよね…。
それで、それがどうしたんすか?」
菱沼は暗い顔をしたが、すぐにいつも通りの顔色に戻る。
「五月の部屋、死臭を今消臭剤で消してるんだけど…、
二日だけお前の部屋で寝かしてやってくんねぇか?」
「えぇ⁉嫌っすよ、ジブンの部屋散らかってるっす‼」
「頼むよ~、ほら、この通り‼」
俺はそう言い、頭を下げて手を合わせる。
正直ダメもとだけど、そうでもしないと困ってしまう。
「はぁ…、分かったっすよ…。」
「本当⁉うわーー、ありがとな‼」
菱沼は若干嫌そうな顔を見せていたが、
しょうがないと言わんばかりの態度でそう言ってくれた。
いやぁー、そう言ってくれるって思ってたぜ‼
何せ菱沼は押しに弱いからな‼
「…。でも灰山サンの部屋じゃ駄目だったんすか?」
「…俺の部屋、ベッド無いんだよぉ。あと埃っぽいっていうか…。」
「はぁ⁉なんでベッドが無いんすか⁉」
「ま、まぁ、その話は今度でも良いだろ‼それじゃ頼んだぜ‼」
俺は菱沼の返事を待たずに、急いで地下室を出る。
それを深掘りされたら、気まずいったらありゃしない。
さて、まだ俺には仕事があるし、
あとあいつらはしばらくあそこにいるんだろうし、
俺が代わりに仕事終わらせてやるか。
日頃の感謝も込めて、たまにはやらないとな‼
今夜から見回りも任せるつもりだし、これぐらいやってやんねぇと。
よっしゃー!久々に盛大に笑えたし、とびっきり頑張るぞー‼
████まで、
きっとあと18日。
前半と後半の温度差半端ないね。
まだギリギリほわほわ回。
あと、なんとか多分全員出せた気がする‼
希乃ちゃんと奨ちゃんの奇病説明できちょらんけどね‼
難しい‼やっぱり難しいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。
…徐々に書き方が雑になっている気がする…。
し、知らね‼自分知らん‼
初めて見た人が読んでも分からんよなぁ…、この書き方。
登場人物の詳しいことは下記リンクから飛んでね()
https://tanpen.net/event/a36d776d-8963-4357-b4d2-0523fc9257db/list/read
消臭剤の話、めっちゃ調べたせいで、検索履歴が凄いことなった。
消臭剤って色々あるんだね。初めて知った。
アルカリ性に酸性て、なんか久しぶりに聞いた笑
理科の化学苦手なんだよなぁぁぁ((
あと死臭とかも調べたから、親に心配されそう。
兄にも聞いたりしたからびっくりされたわ。
…ファンレ、君に時間があったらほぴぃな。
最後まで読んでくれてありがとね。