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くらげのゆくさき
とあるコンテスト主催者様へ→ネッ友大丈夫です!
平日、昼間。電車の車内。中学生である私にとっては、このシチュエーションはなかなかないものだろう。
あるとしたらテストが終わったあとの帰り道とかそれぐらいのはず。
私は残念ながらテストを受けていないが。
そう。私は不登校。
4月。ほんのすこしだけ…本当に淡い思いをもって教室に入り、席に座った。まあ、そんな淡い思いもすぐに粉々になったんだけど。
座った時の私の席の周りは男子ばかりで、唯一の女子は後のクラスカースト上位女子。
要するに友達グループ作成に乗り遅れて、どこにも入れなかったんだ。
気づいた時にはもう遅い。
「え?あー、あの子ね。いつも1人でいるから、多分1人が好きなんじゃない?まあ、本人の勝手でしょ。それよりさ、明日のテレビさ…」
みたいな感じである。
いじめられないけど、周りと壁がある。
よく分からない。孤独を愛する少女。私とは縁がない人。
こんなイメージがついたのもある意味自業自得…なんだけど。
なんだろう…そんな感じでテキトーに日々をやり過ごしてるうちに、分からなくなった。
私がここにいる意味。
私が明日、プリントで満点を取ろうと。
流行りのキーホルダーを買って、カバンにつけても。
学校を休もうと。
「どうせ何も変わらないんだ。」
ぽつりと溢れた言葉は誰にも届かないまま教室の奥深くに沈んで消えていく。
そっか。
そういうものか。
思っていたよりあっさりとした感情。
言うなれば宝くじを買って当たらなかった時の感情のような。
私は元から学校なんてものに、友達なんてものに。期待なんて抱いていなかったんだ。
思い返せば幼少期からずっと。
私はどこにもいられなかった。
あわあわしているうちに器用にみんなは仲間を作っていって、飛び立っていく。
私はずっと、地面でみんなを見ているだけ。
この構図はもう、変わることがない。
あの4月の初めの日。その時からずっと、私はどこか心の中で冷めてたんだ。
アレを自覚した日からずっと私は学校に行っていない。
ただ無為に日々を過ごしているだけだ。
いつもは家でドリルをやったり、スマホを見たりしているんだけど今日は違う。
プチ旅行に行く。
親には公園に行くと偽った。「運動しないとまずい」ということで親も許可した。
お金はしっかりと用意してある。私のお小遣いで。
目指す先は…
「ここ、かぁ…」
某県。目の前に広がるのは、蒼く雄大な自然。
ゴツゴツした岩。鋭く私を刺すように照る夏の太陽。時々頬に触れる波のしぶき。
心がゆっくりと消えていく。
ただ目の前の景色が美しいということ。それしか思えなくなるほど、の景色。
その中を漂う波に、海水に触れたくて、一心に近づいて。
もう少しで触れられるというところで、私の意識は現実に戻る。
「|海月《みづき》…ちゃん!?」
パッと振り返る。目の前には1人の少女が佇んでいた。
大きな瞳。程よく白く潤いのある肌。桜色の唇。風で吹き飛ばされてしまいそうなほどの華奢な体。
「優香…さん?」
小学校のころクラスで1番可愛くて1番人気だった少女。|巴 優香《ともえ ゆうか》。
頭の中にハテナマークが大量に浮かぶ。
何故、ここに?
しかも私の名前を覚えているなんて。
それに…なぜだろう。言いようのない違和感。
「そこだと…落ちちゃうよ!」
「え」
足元に視線を落とす。
「あ」
断崖絶壁だった。
足を少し動かすと崩れた岩のかけらが海に飲み込まれていく。
すぐ後ろに下がればきっと私も、あの岩のかけらと同じ運命を辿っていただろう。
「こっちに!なんでそんなに危ないところにいるの!」
優香さんから叱咤を受けながら私はぼうっとしていた。
「ねぇ!」
端正な顔がこちらを覗き込んでいる。
「危ないじゃない。というか、平日の日中からこんなところで何してるの?」
あっ、と返答に困ったがすぐ聞き返した。
「優香さんこそ!」
一瞬不意を突かれたのか、瞳を少し大きくして、すぐにこう言い放った。
「私は…家族と旅行。今はそれぞれで見て回ってたの。それより!海月ちゃんは?ねぇ、どこも怪我してない?」
「…してない。」
ふう、と息が吐き出される。
「なら良かった…。」
こういう、今さっき出会った特に接点もないクラスメートでも。彼女は優しいからすぐに助ける。そんなところにみんな惹かれたんだろうな。
勉強もできる。可愛い。お金持ち。
彼女はお嬢様学校に行ったらしい。
きっと素敵な学校生活を過ごしているんだろう。
みんなから愛されたあなたなら…
「でも、なんであんなところにいたの?」
じっと覗き込んでくる純粋な瞳。
…まただ。
この目で真っ直ぐに見られると嘘はつけないんだ。
この綺麗な瞳を裏切ることが誰だって怖くなり、つい本音を話してしまう…
そんな、不思議な瞳を彼女は持っていた。
…こんなところが、私とは違うんだ。
私なんかとは違って、多くの人に囲まれて。
いつもニコニコ笑って。
…私とは違う。
「どうでもよくなった。」
「…どういうこと?」
「私は!あなたなんかとは違う!誰かを惹きつけるような笑顔も、声も、話術もない!特に取り柄もない!いてもいなくてもいいエキストラ!みんなどうでもいいから、私もどうでもよくなったの!ただ、それだけ…!」
ふるふると体を震わせてこちらを驚いて見つめる彼女をよそに、私は走る。
「待って!そっちは…やめて!ダメ!あなたは私の」
先ほどの場所へ。
ああ、海が呼んでいる。
海なら、私の…
そばにいてくれるかな。
さざなみの音が遠くから聞こえた。
気がした。
少し重くなった体を起こす。
「う…」
頭がジンジンして、先ほどの出来事をフラッシュバックした。
「あれ…私は」
私は確かに、あの崖から…
辺りを見回す。
砂浜だ。
白くさらさらとした砂の上に私は寝転がっていた。
「…!起きた!」
水に濡れた少女が視界に入る。
「…なんで」
「海月ちゃん、落ちちゃったけど、砂浜に近いところに落ちたからこの浮き輪で、救出したんだ」
指差した先にある赤と白の救命浮き輪を私は落胆の目で見つめた。
「…なんで!大人しく落としてくれなかったの!救命なんて、しなくて良かった!今からでも…!」
息を呑む声が聞こえる。
「ダメっ!」
体が温かい。
これは…飛びつかれたの?
「海月ちゃんは、私の…」
その次に耳に入ってきた言葉に、私は驚愕した。
「友達だから」
「ダメ、だよ。見捨てるなんてこと。出来ないよ。」
海水でしょっぱくなった口を開く。
「…なんで。なんで私なんかが、友、友達?」
特に接点はなかったはず。
私はあなたを、陰でこっそりと眺めているだけの…
「同じクラスになったとき。覚えてる?」
「…覚えてる」
あなたがとても眩しかったことを。
私という影が消えてしまいそうなほどに。
「あの時さ、海月ちゃん。私に言ってくれたんだよね。」
「笑わなくていいよ、って。」
確かに、私はそう言った。
やっぱりあなたの笑顔は眩しかった、けど…
違和感を感じたんだ。
だから私は、そう言った。
「…別に、笑わなくていいんじゃない?あなたは笑わなくても可愛いし…それに…
誰かに違和感があると、私、気になるもの。
だから…優香さんのためじゃないけど。笑わなくていいよ。たぶん」
「全部私、覚えてるの。あなたがあの時言った言葉を。」
「でも、私、あなたのためじゃなくて…ただ、自分が気になるから…」
穏やかに彼女は微笑んだ。
「それでもいいよ。私はあの時確かに、わだかたまりが消えていくのを感じた。中学受験への不安とか、親からの期待とか、友達から見た私を保ちたい気持ちとか…」
知らなかった。
彼女は彼女なりの、苦悩や苦しみを抱えていたんだ…
「だから、もうそれでもいい。私はあなたに救われた。だからなの。今度は私が、あなたを助けたくて、出てきちゃったんだ。」
…出て、きちゃったんだ?
ほんの少しの違和感。
「ねぇ、もう一度やってみようよ。あなたならきっと、誰かの違和感に気づいてあげられる。」
言葉は甘いキャンディーみたいに、私の心に溶けていく。
「私は…」
続きを口にした。彼女は満面の笑顔になった。
私は今、蒼い空間にいる。
ゆらゆらと舞うくらげ。
人々はその姿に心奪われ、ゆっくりと時間を過ごしていく。
私はあの日から、学校に行くという選択肢をとった。
予想以上にクラスメートは私のことを見ているもので、最初は距離を取られていたが共通の本の話からあっさりと仲良くなれた。
そうして、私はある少女たちと友達になった。
「海月はよくいろいろなことに気づいてくれる」と友達からは称されている。
…もしかしたら、何も変われていなかったのは私の方かもしれない。
勝手に拒絶して、勝手に思い込んで、1人きりで殻に閉じこもって。
勝手に、周りを妬んだ。それだけだったのではないか。
そうかもしれない。
それでも、もう大丈夫。
あの少女が、教えてくれた。
私は学校に行くと同時にあの少女の家を探していた。
…嫌な予感はしていたけれど。
結果から言えば、それは的中していた。
もうあの少女が住んでいた家はなくなっていた。
周りの住民から話を聞くに、親の商売が失敗して家を売り払い、今はどこにいるか分からないらしい。
もしかしたら。
あの高さから海に落ちた私を助けられたのも。平日の昼間からあの海にいたのも。
全ての違和感が彼女が…俗に言う幽霊というものだったから、なのかもしれない。
「海月ー?どうしたの?」
ああ、そうだった。私は今、友達と水族館にいるのだった。
|海月《くらげ》のゆくさきはまだ分からない。
それでも、大切な友達と、|優《・》しいあの日の海の|香《・》りを道しるべに、進んでいけたらな…なんて。
「はーい!なんでもないよ!もうすぐ向かうから!」
私は友達の待つ方に向かって走り出した。