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2-10「方針」
「……なるほど」
渡辺さんがそう呟いた。
「何か分かったの?」
天津さんの問いに、渡辺さんの口がマシンガンの如く回りだす。
「この空間から出る方法は主に二つだと予想される。一つ、私たち全員が戦闘不能になること。二つ、これは予想でしかないけれど何らかの条件を達成する」
「確かに、一つ前の『試練』とやらでは戦闘不能になると元の場所に戻されたな」
千羽が賛成する。
確かに、言われてみればそうだ。
後者の達成は難しそうだが、前者の達成は容易だろう。
適当に突っ立っているだけで黒い生物に襲われるのだから。
が、本当に戦闘不能になって解放されるのかは怪しいところ。
黒幕の気が急に変わって、戦闘不能になるとそのまま死亡するようになる確率も零ではないのだから。
できれば、後者の方の条件を達成したいところだが。
「それで、その『条件』っていうのは?」
「分からない。一応、推測はしてみたけれど」
「推測で構わない。聞かせてくれ」
と、そこまで空気に徹していた十五が会話に混ざってきた。
「パッと思いつく可能性は二つ。この空間内で一番強い個体を倒すこと。それか、一定時間生存すること」
「なるほど。渡辺さんはどっちの可能性が高いと思う?」
「……どっちもありえる。けれど、生存に特化しすぎると前者の条件だった場合達成できない可能性が高くなる」
「死なないようにしながら、強そうなのを手当たり次第に倒していけば良いってことだろ?」
予想された二つの達成条件。
それらを両立するための意見が千羽から出された。
「そっか。生存することと戦わないことはイコールじゃないから……千羽くん頭いいね」
「渡辺とあとの二人も、それで良いか?」
「良い」
「大丈夫」
千羽と渡辺さんのアイコンタクト、十五と僕の承認により方針が決定する。
「おっけー! じゃあ、これから私たちは、出会った敵には積極的に戦いを仕掛けていくスタイルでいくぞー!」
「天津。それだと少し違う。雑魚に構う暇はないから、強いやつだけ」
「確かに。まあ、細かいことは置いといて、やるぞー!」
拳を突き出す天津さん。
◆
そうして出会った端から強そうな敵に戦いを仕掛けていき、現在。
虎の体に凄まじい脚力を持ち全身が鎧の如く硬い生物を、僕たちは攻めあぐねていた。
千羽の拳は毛皮に阻まれ、大したダメージにはならない。
渡辺さんの雷撃は何故だか効き目が薄い。
同時に小動物の群れが現れ、十五はそちらの対処に回されていた。
天津さんは彼女の異能を使い、敵の撹乱を行っていた。
「……通らなかった」
虎もどきに接近し、雷を流し込んでいた渡辺さんが後ろへ飛び退く。
「さっきは通ったのにね。残念!」
天津さんが渡辺さんを励ます。
「……でも、何が違うんだろうね」
天津さんの言う通り、渡辺さんの雷撃が通る時と通らない時がある。
虎もどきの動きは変わらないし、近くの小動物の群れも特に変化は感じられない。
後退した渡辺さんの代わりに、千羽が前に出た。
身体強化をした腕で虎の前脚や尻尾の攻撃を受け流していく。
が、いかんせん数が多い。
僕は千羽が受け流せなくなったのを見て、千羽に加勢した。
左上、右、右下――上。
全てを避け、虎もどきの攻撃が天津さんや渡辺さんに向かないようにする。
攻撃が速い。
間がない。
そんな中で千羽はどうしているのか――と見てみると、僕とは違い積極的に前に出ていた。
前脚の攻撃をかいくぐり、腹に打撃を加える。
当然虎もどきの硬い皮膚に阻まれ、攻撃は効かない。
が、攻撃する分虎もどきの労力は防御に割かれる。
虎もどきの攻撃が他の三人に向かないようにするのに有効な策だった。
「攻撃は最大の防御」とは本当らしい。
僕も防御一辺倒の戦いから、適度に攻撃しつつ適度に受けに回るような戦いに変えてみた。
「渡辺が攻撃するぞ、離れろ!」
千羽の言葉を受け、僕はその場から離脱する。
代わりに、雷を纏った渡辺さんが前に出た。
「いい加減、効いて」
その言葉が通じたのかは分からないが、バチッと音を立てて虎もどきの体に雷が流れた。
その様子を見て、僕たちは歓喜する。
攻撃が効いた。今の状況は? 何が攻撃の可否を決めている?
刻々と変化し続ける状況をできるだけ記憶に留めるため、辺りを必死に見回す。
虎もどきの様子。四肢を地面につけ、僕たちを威嚇している。
虎もどきの周囲。辺りをうろついている小動物はいない。一匹たりとも。
小動物の様子。ここからではよく分からないが、数えるのも億劫になるほどの数がいる状態でずっと変わらない。
「あ、わかった」
何かに気がついたらしい天津さんが渡辺さんに耳打ちする。
「なるほど。実験してみる。……みんな、離れて」
渡辺さんの言葉に従い、虎もどきから離れる。
代わりに渡辺さんが虎もどきの前に進み出た。
先ほどと同じように虎もどきに触れ、雷が流し込まれる。
が、先ほどと違い虎もどきに効果があるようには見えない。
「……やっぱり。千羽」
「分かった」
千羽が虎もどきに近づき、傍らの地面を踏み抜く。
すると、虎もどきが苦しみ出した。渡辺さんの雷が効いているようだ。
「これ」
渡辺さんが地面を指し示す。
小さな黒いロボットのようなものが欠片になって散らばっていた。
「これが、雷が効かなかった理由」
なるほど?
渡辺さんの雷をこのロボットが吸収していたと。
「原因が分かれば、対処は簡単。壊せば良い」
――それからの僕たちの行動は速かった。
小さなロボットが現れるたびに千羽が壊し、それから渡辺さんが虎もどきに雷を流し込む。
天津さんは敵の撹乱を続け、僕は虎もどきの気を引いた。
それを十回ほど繰り返すと、虎もどきは動かなくなった。
「……勝った?」
「ああ」
「うん」
「やったね!」
「なら、俺も抜けて良いな」
虎もどきへの勝利を喜ぶ僕らと、小動物の足止めの役割から抜け出す十五。
そんな時だった。
――グオォォォオ!
低い唸り声を上げ、ドラゴンが降り立つ。
虎もどきの死体をむさぼり食い、大きく吼えた。