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謝りたい男
2130文字。
与謝野と乱歩と軍警の男性(オリキャラ)の話。
その日の探偵社は、いつもより静かだった。
正確には社に乱歩と与謝野しかおらず、事務室に響くのは乱歩が駄菓子を食べている音のみ。
窓から入ってくる夕日が温かく、眠気が襲ってくる。
ふわぁ、と今にも眠りそうな乱歩を起こすかのように探偵社の扉がノックされた。
「すみません、人探しをお願いしたいのですが……」
軍警の服を身に纏う中年男性は、恐る恐る社へ入ってきた。
乱歩が応接間に案内した後もオドオドしており、あまり軍警とは思えない。
「(何で誰もいないかなぁ……依頼人の話を聞くのは名探偵の仕事じゃないんだけど……)」
そんなことを乱歩は思っていたが、口には出さないでおいた。
何度か本心を喋って面倒になったことがある。
この中年男性の性格的に大丈夫そうだが、一応ちゃんと話を聞いてみた。
「それで、人探しって? 特徴とか聞いても良い?」
「あ、はい……」
その、と男性はやはりオドオドとしながら話す。
「当時は11歳とかだったので、今は25歳だと思います。黒……否、茶髪でしょうか。瞳は紫と云いますか……桃色と云いますか……」
「情報が少なすぎる!」
「あはは、そうですよね……探偵に依頼するのも、ここを入れて20件目なんですよ……」
乱歩は頬を膨らませながらも、男性が誰を探しているかの見当はある程度ついていた。
武装探偵社の専属医である与謝野。
探偵社に入る前は軍医委託生として働いており、この男性は戦時中に与謝野と出会っているのだろう。
「因みに、その人に会ってどうするの?」
少し黙り込んでから、男性は口を開く。
「……謝りたいんです」
「と、云うと?」
「私は当時、上等兵として戦場に立っていました。そこで軍医委託生として働いていた彼女と出会ったのですが……」
男性の手は、微かに震えていた。
それを見守りながら、乱歩は一瞬視線を応接間の外へ向ける。
「彼女の異能力は凄かった。凄かったが負けの、撤退の許されない終わりなき戦いに私は疲れてしまった。そして『お前のせいだ』と、手元にあった刃物で彼女を傷つけた」
いつの間にか、ポロポロと男性は涙を流している。
「彼女は爆弾を基地に仕掛けて逮捕されたのですが、その後の行方がわからなくて……って、若い人にするには少々重い話でしたね」
「本当だよ! ここは懺悔室じゃないんだけど?」
すみません、と男性が謝りながら涙を拭う。
乱歩は声を掛けることなく、ただ彼が泣き止むのを待っていた。
「……武装探偵社が異能力者の集まりということは?」
「はい、知ってます。貴方があの江戸川乱歩ということも」
そっか、と乱歩が天井を見る。
「彼女が会いたくないというなら、それでも構いません」
そう云いながら、男性は封筒を机の上へ置く。
乱歩は見なくても中身が判っていた。
金。
しかも、帯に包まれたものが幾つも入っているだろう。
「これを彼女に渡してください。大した金額ではありませんが、私は謝っても謝りきれな━━」
「妾はそんなもの要らないよ」
突如聞こえた女性の声に、男性は顔を上げる。
十四年前に見たときと変わらない髪型に、蝶の髪飾り。
止まっていた涙が、また溢れて止まらない。
「アンタにつけられた傷はとっくに治ってるし、そこまで深手じゃなかった。気持ちだけで十分さ」
「でも━━!」
「良いから、その金は家族の為に使いな。奥さんと息子がいただろう?」
ふと、男性の脳裏に蘇るは戦時中の記憶。
治療後の僅かな時間で、仲間達と様々な話をした。
その時に自分は家族の話をした。
それを与謝野が覚えていたことに驚きが隠せない。
「別に妾は気にしてないよ。……アンタも生きてて良かった」
「……本当に済まなかった。そして、君も生きててくれてありがとう」
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「それじゃあ、私は帰るとするよ」
歳を取ると涙腺が脆くなるな、と男性は目元を手で拭う。
「今度は茶でも出すよ」
「じゃあ、下手に死ぬわけにはいかないな」
そう、男性は笑う。
与謝野も一緒に笑っていた。
「……晶子ちゃん」
「何だい?」
「その髪飾りを、立原の蝶をこれからもよろしくな」
少し与謝野は瞠目してから、優しく微笑んだ。
「あぁ、もちろんだよ」
男性が社を出て、また静かになった。
与謝野は髪飾りを取り、優しく指でなぞる。
戦争が残したのは、苦しくて辛い思い出ばかりではない。
ある上等兵がくれたこの髪飾りも、あの中年男性との他愛もない話も。
あの場所で軍医委託生として働いていなければ、得ることのできなかった思い出だ。
「でも、森先生のことは嫌いでしょ?」
乱歩の言葉を、与謝野は否定しない。
しかし、肯定もしなかった。
「あの日、森先生が駄菓子屋から引き抜いてくれなかったら、妾はここにいなかったかもしれないからねぇ」
話しながら二人は窓辺へ行き、街を見下ろす。
夕日で染まる街を歩いていく軍警の姿。
その姿が無くなるその瞬間まで、与謝野は髪飾りを大切に抱えながら見送った。
はい、ということで如何でしたか?
見切り発車で書いたにしては結構良いストーリーではないでしょうか。
ま、多分私より上手く書ける人なんて全然いるんでしょうけど。
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それじゃまた!