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第3話:茉莉塾、開講
「……いい、一回しか言わない。この公式を演算回路に叩き込め。できない奴は、効率の悪いゴミとして屋上から投棄する」
風鈴高校、放課後の空き教室。
黒板の前に立つ蒼の声が冷たく響いた。教壇に置かれたタブレットには、多聞衆全員の小テストの結果が赤裸々に映し出されている。
「……っ、茉莉! 喧嘩に関係ねぇだろ、こんなの!」
桜が机を叩いて立ち上がるが、蒼は眉一つ動かさない。
「関係ある。あんたの戦い方は反射神経に頼りすぎ。……脳の処理能力を上げれば、相手の死角が今の1.2倍は鮮明に見えるようになる。……座れ、桜。赤点の分際で口を動かすのは時間の無駄」
「……あ、赤点って言うな!」
顔を真っ赤にして座る桜の隣で、楡井は必死にペンを動かし、杉下は梅宮に「蒼の教えを乞え」と言われた忠誠心だけで、慣れない数式と格闘している。
これが、風鈴高校で最も恐れられる「茉莉塾」だ。
「……蘇枋。あんた、さっきからペンが止まってるけど。演算終了?」
蒼の視線が、余裕の笑みを浮かべて窓の外を眺めていた蘇枋に向けられた。
「おや、バレたかな。……僕、暗算で終わっちゃったんだけど。……ねぇ蒼、正解してたら、何かご褒美くれる?」
蘇枋がひらひらと回答用紙を振る。蒼は無言でそれを奪い取ると、一瞬だけ目を通した。
「(……全問正解。それも、最も効率的な解法。……やっぱり、こいつの脳は読み切れない)」
蒼は僅かに唇を噛むと、蘇枋に背を向けて短く告げた。
「……へぇ。やるじゃん」
その瞬間、教室の空気が凍りついた。
桜たちが驚愕の表情で蒼を見る。
「……おい、今……茉莉が『やるじゃん』って……」
「風鈴の生徒にとって、茉莉さんの『やるじゃん』は一生の誉れだって聞いてたけど……本物だ……!」
楡井が感動で震える中、蒼は耳を微かに赤くして、バシッと手で黒板を叩いた。
「……騒ぐな! 次の問題。制限時間は三秒。演算開始!」
厳しすぎる指導の裏にある、稀に見せる「肯定」。
効率を愛し、無駄を嫌う彼女が、ほんの一瞬だけ見せる「慈愛モード」の片鱗に、不良たちは毒気を抜かれていく。
授業を終え、疲れ果てた生徒たちが去る中、蘇枋だけが居残って蒼に近づいた。
「……ねぇ、さっきの『やるじゃん』。……本心かな?」
「……うるさい。あんたの脳は『非効率』にできてる。……私の演算を狂わせるために」
蒼はそう吐き捨てて荷物をまとめたが、その指先は微かに震えていた。
サヴァン症候群の彼女が、どうしても「計算」できない存在。
窓の外では、夕焼けが二人を赤く染めていた。
🔚