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第12話:のり塩の味と、確かな現在(いま)
「……よしよし。もう大丈夫だよ、遥」
湊の胸の中に顔を埋めたまま、私はしゃくり上げる。彼のTシャツから漂う、わずかな洗剤の匂いと、彼自身の体温。夢の中の病室で失ったはずの「生命」が、今、私の腕の中に確かに存在している。
「……湊、のり塩」
「えっ、ポテチ? 今、この状況で?」
湊は面食らったような声を出しながらも、ソファに放り投げた袋を器用に手繰り寄せた。バリッ、と小気味よい音がリビングに響く。
「ほら、あーん」
差し出された一枚のポテトチップス。口に含むと、青のりの香りと塩気がじゅわっと広がった。夢の中で彼と約束した、あの味。でも、あちらの世界で最後に食べたものより、ずっと、ずっと濃くて瑞々しい。
「……美味しい」
「でしょ? 遥が好きなやつ選んできたんだから」
湊は私の隣に座り直し、私の肩を抱き寄せた。私は彼に寄り添いながら、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「ねえ、湊。私、夢の中であなたと四十年間も一緒にいたの」
「四十年! それはまた、長旅だったね。……俺、老けてた?」
「うん。白髪も混じってたし、シワもあったよ。でも、今の湊と同じくらい……ううん、それ以上に、とことん私を甘やかしてくれた」
湊は私の言葉を笑わずに、「へえ、未来の俺も優秀だね」と優しく目を細めた。
「『|蓮香《れんか》』っていう名前の男の子もいたの。湊にそっくりで、庭の|槐《えんじゅ》の木の下を走り回ってて……」
私の話を聞きながら、湊の手が止まった。
「……|蓮香《れんか》、か。いい名前だね。それに、槐の木……」
湊はふと、リビングの隅にある小さな観葉植物を見つめた。
「偶然かな。俺、今度の休みに庭付きの物件、内見しに行こうと思ってたんだ。遥が植物育てたいって言ってたからさ」
心臓が跳ねた。
夢の中の光景が、現実の湊の思考と、静かに、けれど確実に共鳴し始めている。
「……ねえ、湊。あの夢、本当になるかな」
「全部が同じにはならないかもしれない。でも――」
湊は私の指先をとり、自分の小指を絡めた。
「俺が遥を一生大事にするってところだけは、夢じゃなくて、現実の確定事項だから。安心していいよ」
その力強い言葉に、私はようやく、夢の呪縛から解き放たれたような気がした。
けれど、その時。
テレビのニュースが、ふと不穏な速報を伝えた。
🔚