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堕ちた一等星
『よう』
「モルズさん……ではありませんね」
傭兵組合内で作業しているレイに接触する。
モルズの姿だったため、怪しまれずにレイに接触できた。
「何の用ですか? 十一番」
彼らは、魔王軍に属した瞬間に名無しとなる。故に、配属された組織内での序列を名乗るのが通例となっていた。
『流石だ、こんなに短時間で俺だと見破るとは』
「話し方、癖、態度……あなただと断定する要素はいくらでもありますよ。それで、用件は?」
本筋から外れた話をする十一番に対し、レイはあくまでも用件のみを聞く姿勢だ。
『これから、この街に負傷した傭兵が数多く運び込まれる。そいつらを殺せ』
十一番は、何とも思っていないような様子で淡々と言った。
だから、次のレイの言葉を聞いた時、我が耳を疑った。あまりにも自分と考え方が違っていたから。
「お断りします」
『言っておくが。これは、俺たちの二割が動く大規模な作戦だ。その中でも、お前に与える役目は重要なものになる』
十一番はレイの仕事がどれだけ重要なものかを説き、レイから承諾の返事を引き出そうとした。
「何を言っても変わりませんよ」
初めの姿勢を貫こうとするレイに対し、十一番は相応の手段で打って出ようとする。
『そうか、残念だ。これは俺たちへの裏切り行為だと見なすが――異論は無いな、十二番』
裏切り者には制裁を。
特にそれが重大なものだった場合、「死」という罰が下されることがある。
『それとも、こう言った方が良いか? ――堕ちた天才』
かつて天才だった者へ、それを超えた者からの言葉。
かつてのレイは|紛《まご》うことなき天才だった。
同年代の誰よりも、力の精緻な操作ができた。それを活かす、いやそれ以上に引き上げる頭脳を持っていた。
かくいう十一番も、レイの背中を追う者の一人だった。
いつからだろうか、天才だったはずのレイは各分野のトップに負け始めるようになった。
そして、今は才能では圧倒的に劣っている十一番にまで追い抜かれる始末。
「……天才だの何だの言っていたのは、貴方たちだけですよ」
『はっ、嘘つけ』
十一番は、レイの瞳に炎を見た。
悔しいという気持ち。今まで勝っていた相手に追い抜かれたときの、あの気持ち。
すぐに追いつく。レイの目は、その強い意志を雄弁に物語っていた。
『まあ、放っておくわけにもいかない』
裏切り者を見逃したとなれば、十一番の信用にも関わる。
地面の中に這わせた自身の一部を戦闘状態にした。
「やるんですね」
レイが諦めたように言った、その時。
十一番は全力で棘を生成し、レイの心臓を狙う。
更に正確に言えば、狙いは心臓の中の核。そこを穿たれれば、十一番たちの活動は停止する。
十一番の攻撃を、同じく自らの一部を触手のようにしたレイが防いだ。
完全に初動がワンテンポ遅れていたはずなのに、防いでみせた技量に十一番は舌を巻く。
『誰だ、「堕ちた天才」だなんて呼んだのは!』
二人は触手の数を増やし、互いの命を狙う。
戦いは、物量戦へと――どちらが己をより精緻に扱えるかの戦いに移行した。
「なかなか……やりますね!」
レイは数十本以上の触手を生やし、その全てを十一番の攻撃を防ぐのに使った。
『まだまだぁ!』
一本、二本と。互いが展開する触手の数が僅かずつ増加していく。
二人とも、己の限界を超えて戦っていた。
『ああ、そうだ。言っておかなければならないことがある』
「なんですか?」
レイは焦り気味に答えた。
意識を会話に割けば割くほど、攻撃に割く思考は少なくなる。
『魔王様を倒せば俺たちが消えると思っているだろうが』
どこからその情報を入手したのか、当たり前のように十一番が言う。
十一番とレイがぶつかる。ぶつかり合って、互いの一部が弾け飛んだ。
『それは違うぞ』
レイたちが拠り所としていたものを、平然と否定する。
レイは衝撃を受けるだろうか。
だが、十一番の予想に反し、レイの反応はあっさりしたものだった。
「知ってましたよ」
十一番やレイには、自身と魔王との深いつながりは感じられなかった。
魔王が生きていようが死んでいようが、十一番たちには何の影響もない。
レイはそれに気づいていた。
気づいていたが、あの場でモルズに言わなかった。
まだ、あの頃は人間側に付くと決めていなかったのだ。
十一番が触手をゆるゆると伸ばす。
レイは当然のように限界を超えようとし――失敗した。
レイは十一番の攻撃を止めることができない。
『もらったぁ!』
十一番の攻撃がレイに届く。
己の限界を超えているが故か、その速度はひどくゆっくりとしたものだった。
『……あ?』
レイは相打ち覚悟で十一番に接近し、数本の触手を展開するエネルギーを剣にして突き立てた。
自分の胸から生えた剣に、十一番は驚きを隠せない。
なぜだ。十分に警戒していたはず。
こんな初歩的なミス、犯すはずが――。
「核を狙ったつもりでしたが……外しましたか」
レイの言葉は耳に入らず、思考は正解にたどり着く。
思考誘導か。十一番の言葉は、しかし声にはならない。
声の代わりに、血を吐いた。
十一番と同じく胸を貫かれたレイは、力なく首を振った。
レイの体から力が抜ける。
十一番の核は傷ついていなかった。
レイの核は傷ついていた。致命傷には程遠いが、動きを止めるには十分だった。
「おい、何だ!?」
「何があった!」
十一番たちの戦闘音を聞いてだろうか、人が集まってくる。
『チッ』
レイにとどめを刺せば、その間、隙を晒すことになる。
万全の状態ならば、あの程度どれだけ集まろうと後れを取ることはない。だが、今の消耗した状態だと、《《万が一》》が起こり得る。
触手の一部はレイによってちぎられた。
核から切り離された体の一部は、二度と本体に還ることはない。
口惜しく感じながら、するすると解けて空気中に還っていく自身の一部を見送る。
自身の全てを人間の形に押し込み、集まった職員や傭兵に紛れ、外に出た。
◆
『……ふむ、あと十二番のみですね』
クライシスの郊外、ある荒れ地にて。
三番が十一番の姿を認め、皆に聞こえるよう声を出した。
『十二番なら、裏切った』
十一番が重々しく言った。
『始末しましたか?』
三番が目を細める。十一番を品定めしているような目だった。
『しようとしたが、確実にとどめを刺せたか怪しい。生きていると思った方が良いだろう』
取り繕うこともなく、出来事をありのまま話す。
『ふむ……なるほど、良いでしょう』
三番は一瞬だけ本気で考えたあと、適当な結論を出した。
『さて、クライシスを《《落とした》》わけですが』
三番は、ここに集まった八体の顔ぶれを見ながら言った。
『役割の再振り分けをする前に、伝えておかなければならないことがあります』
数秒間、三番は沈黙した。
『この作戦で、七番と八番が死にました』
『そう』
『仕方ないよ』
『ふーん』
興味なさげに反応する面々。
『まあ、あいつらは魔王様への忠誠心でここまで来たクチだし』
実力は一段階劣っている、と口にする者も。
唯一、十一番のみが悔しそうに下唇を噛んだ。
『それに伴い、序列に変動があります』
二つずつ繰り上がる。きっと、この場の全員がそう思ったことだろう。
が、続く三番の言葉はその予想に反するものだった。
『十一番を七番へ。それ以外は、一つずつ繰り上がりになります』
不満の声は上がらなかった。皆、序列にそれほど興味がないのだ。
『報告は済みましたので、本題に入ります』
三番が姿勢を正す。
場の空気が変わった。
『クライシスから街道を辿って、一番はメギャナ帝国を落としてください』
『強そうなの、いる?』
『さすがに単独で一番に敵う者はいませんが、複数なら』
『そう』
一番は体を地面に染み込ませるようにして消えた。
まだ話は終わっていないというのに。
『二番はエグシティオ王国を。補佐として八番、九番を付けます』
『いいよ』
『任せて』
『了解しました』
二番と九番が消える。
『私、六番、七番でクライシスの残党を一掃しますよ』
『んー? そんなにいるかぁ?』
五番が三番に問う。
六番、七番は戦闘を得意とするタイプだ。
既にほぼ滅びた地に三体も必要ない、と言いたいのだろう。
『ご存知の通り、一番と二番は別格です。私たちが三人で束となっても、あの二人には敵いません』
戦力的に同格になるように。そう考えられている。
『へぇ、そっかぁ。まあ、たくさんいて困ることはないか』
『む、儂の名前がないぞ』
四番が声を上げる。
『俺もだ』
『四番、五番には別の役割があります。四番は全体の統括と助言を、五番には伝令を担ってもらいます』
『儂が|一番や二番《あいつら》を完璧にコントロールできるとは思えなんだが、尽力するとしよう』
『伝令……指示を伝えれば良いんだな!』
四番と五番が己の意思を伝え、役割の割り振りが完了する。
四番と五番が消えた。
『さて、私たちも行くとしましょうか』
三番が動き始め、六番、七番は後ろに続く。
各自、全く違う方向へ進んだ。