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硝煙と指先
夜の街は、雨上がりのせいで少し湿った空気に包まれていた。
ネオンの光が濡れたアスファルトにぼんやりと映り込み、まるで夜空に浮かぶ星のように煌めいている。
街角を流れる冷たい風が、時折ビルの谷間から吹き抜けていく。
そのたびに、カイルの黒い髪がふわりと揺れ、
飄々とした彼の姿に少しの儚さを与えていた。
彼はいつものバーの片隅で、静かにグラスを傾けている。
煙草の煙がゆらゆらと宙に溶けていく様子をぼんやりと見つめながら、
まるで何かを待っているような、そんな雰囲気だった。
しばらくして、扉が静かに開く音がして、ハルが入ってきた。
いつもの鋭い視線は少しだけ疲れているようで、
しかしその歩みは迷いなく、確かな自信に満ちていた。
ハルはカイルの隣に腰掛け、少しの間沈黙が流れた。
「次の情報は?」
カイルは軽く笑い、グラスをテーブルに置く。
「おや、もうそんな時期だったかい?」
彼の声はいつも通り軽やかで、どこかからか笑いを誘うような余裕があった。
ハルは呆れたような溜息を一つつく。
「分かっているからここにあるんだろう?、
まったく、お前の情報はイマイチ胡散臭くて信用ならない。…お前自身もな。」
その言葉に、カイルはくすりと微笑みを浮かべた。
「んでも、そんな信用ならない僕の情報を君は買ってくれるじゃないか。随分素直じゃないなぁ」
「…うるさい。」
「おやおや!、図星だったかな。やっぱり君ってさ、僕のこと結構……おおっと?、その|物騒なモノ《拳銃》しまってくれないかい?」
カイルの横腹には、ぴったりと銃口がくっついており、その銃の引き金にはハルの指が添えられていた。
「お前がそのよく回る口を閉じたら、な。」
「…はいはい。分かりましたよ。ボスサマ。相変わらず喧嘩っ早いコト。」
渋々、といった口調でカイルは黙る。
黙っていれば完璧なんだけどな、とカイルの横顔を見ながらハルは思う。
しばらく、静かな音楽と氷の溶ける音だけが二人の間を満たしていた。
言葉は交わさずとも、互いに慣れきった間合いがそこにはあった。
カイルはようやく口を開く。
「じゃあ、報酬はどうしようか?」
何気ない問いに、ハルは一瞬だけ眉をひそめる。
「金は、もう渡してあるはずだ。」
「あぁ、勿論。律儀なボスサマだからね。こんなしっかり払ってくれるのは君だけだよ。」
そう言って、カイルは指先で空気をすくうように動かした。
「報酬の価値って、金だけじゃないでしょ? 例えば……」
カイルはハルの顎に指を滑らせると、そのままいたずらっぽく微笑んだ。
「ここ、とかでね」
ハルの頬に添えていた指を上に持っていき、
そして唇にあてる。
___その指は、ぴしゃりと跳ね除けられ、ハルはキツくカイルを睨む。
だがその瞳には、またかと呆れの色が滲んでいた。
「にゃっはは、そう睨むなよ、ボス。別に睨まれるのも嫌いじゃないけどさ、
できればベッドの上で――ああっと、冗談冗談」
カチャッ、と銃に実弾を入れる音がする。
そして、その銃口は、横腹ではなく頭に向けられていた。
その様子を見て、カイルは両手をあげて降参のポーズを取る。
そんな軽いやり取りの中。
――チリン。
扉の鈴が鳴った。
けれど、その音は妙に重く、空気を切り裂くような冷たさが伴っていた。
ふたりの会話が止まる。
カウンターの奥、鏡越しに映る男の姿。
濡れたままのコート、伏せた顔からわずかに見える無表情な目。
その男は、まるで吸い込まれるように無言のまま、数歩――中へ。
「……カイル。知ってる顔か?」
ハルが小さく言った。
右手はすでにジャケットの内側へ。
カイルはほんの一拍だけ目を細め、静かに肩をすくめる。
「いつかのお客様、かな。…あぁ!、思い出した。料金踏み倒して嫌だったんだよね〜」
男の手が、コートの内側へ。
ハルの指が、銃の安全装置を外す。
次の瞬間。
――パンッ!
爆ぜるような銃声。グラスが砕け、バーカウンターの木が抉れた。
「……ッたく」
カイルが舌打ちして、身を低くしながら背後に飛び退く。
足元に飛び散ったガラスを見下ろし、息を吐くように笑う。
「お気に入りの店なんだけどなあ……暴れられちゃ困るんだけどねぇ。」
その台詞と同時に、背中のホルスターから細身のナイフを抜く。
いつの間に仕込んでいたのか、刃には毒のように薄く輝く塗膜が走っていた。
「だからボス、派手にやるならさっさと外に連れてってくれない? ね?」
「言われなくても分かってる」
ハルは銃を構え直し、カウンターを盾に身体を起こす。
弾丸の合間を縫いながら、男の手元を狙って引き金を引いた。
敵の銃が滑り落ち、金属音が響く。
その隙にハルが踏み込むと、カイルは背後から別の敵の気配に気づき――
「後ろ、三歩!」
「ッ――!」
ハルが振り返るより一瞬早く、カイルがナイフを投げ放つ。
刃は正確に敵の腕を裂き、銃を落とさせる。
そのまま、カイルは軽やかにテーブルを飛び越え、床を滑るように移動しながらハルの背中に寄り添う。
「僕は情報屋なんだけどなぁ。……たまには、ね。」
バーの中に空気が張り詰め、緊迫した状況が続く。
先に動いたのは、奇襲してきた男だった。
「ッ、待て!」
___逃亡。
逃すまい、と言うようにハルは後を追う。
そのハルに着いてくようにカイルも走り始める。
夜の街を抜け、廃倉庫へと続く薄暗い道。
腐食した鉄扉の向こう、静かすぎるほどの沈黙があった。
ギイ……
古びた扉を押し開けた瞬間、銃声が跳ねる。
「ッ……!」
ハルは身を沈め、カイルの腕を引いて倉庫の内側へ飛び込む。
鉄骨とコンテナが積まれた無機質な空間。
天井の隙間から射す月光が、斑に埃を照らしていた。
「なるほどねぇ、完全に誘い込まれたわけだ。」
「当たり前だろう。…でも追わないと行けなかった。あの顔、お前が渡した情報の一つにあっただろう。…良いように利用したな?」
「おぉっと、賢いボスサマにはバレちゃった?」
すっとナイフを逆手に構え、倉庫の影へと溶け込む。
「こっちは3人……いや、4人かな。足音がずれてる。囲まれてるねぇ、」
「数で囲んだつもりか。舐められたもんだな……」
ハルの目が冷たく光る。
「ボス、派手にやってもいいって言ったよね?」
「……ああ。殺れ。」
言葉が落ちた瞬間、銃声と鋭いナイフの軌道が夜を裂く。
影から現れた敵に向かって、カイルがナイフを投げる。
相手の喉元に寸前でそれが届く前――背後から撃たれた。
その銃弾を、ハルがすかさず撃ち落とす。
音と光が交錯する。
「お前、動きすぎだ……援護が追いつかない。」
「心配してくれてるの? うわ、照れるなぁ」
「……今度撃つのは敵じゃなくてお前だ。」
「ボスってば照れ隠しが雑だよね、ほんと――」
コン、と鉄パイプを蹴った音が響く。
敵の足音が一気に近づいた。
「……後ろ、任せた。」
「はいはい、頼まれたら断れない性分でね。」
背中合わせになったふたりの間に、言葉はもういらなかった。
動きは自然で、流れるような連携。
銃弾とナイフ、冷静と飄々が交わって、死角を塗り潰す。
倉庫の中、闇のような敵たちを切り裂くその動きは――まるで、ずっと前からそうしていたような息の合い方だった。
敵の身体が崩れ落ち、銃声がようやく途切れた。
夜の静けさが戻った路地に、しばしの沈黙が落ちる。
カイルは地面に転がった銃を蹴りやりながら、肩をすくめた。
「これで全部かな? ……まったく、こっちの足まで汚れるなんて聞いてないよ。」
ハルは応えず、敵の懐を確認しながら手際よく手帳らしきものを抜き取った。
「……この動き。命令系統がある。個人じゃない。組織の匂いがする。」
「へぇ、それは面倒そうだねぇ。」
冗談めかして言いながらも、カイルの目はわずかに険しかった。
冗談と真実、その境界線をわざとぼかすように。
ハルが立ち上がり、煙草に火をつける。
口に咥えたまま短く呟いた。
「次も出るぞ、お前の嫌いな“現場”にな。」
カイルはふっと小さく息を吐き、煙の行方を目で追った。
そして、ぽつりと呟くように言った。
「僕は情報屋。血も硝煙も、誰かの死も、紙と数字で眺める仕事だ。
それなのに――なぜか、君といると現場に出る羽目になる。」
「……嫌なら来るな。」
言い捨てるようなハルの声に、カイルはふっと笑う。
そして、わずかにその瞳に影を落とす。
「嫌だなんて、言ってないよ。」
その声に、ハルは返す言葉を持たなかった。
雨上がりの夜気に、煙草の香りと、微かな火薬の残り香。
ふたりの間に漂うのは、喧騒のあとに残った、熱の残滓だった。
オリキャラくん第3、4号君!
無口なマフィアのボスなハルくん と 飄々としている謎の情報屋カイルくん 。
じつはリュカ&ノアより先に考えてたキャラだったり…。
では次の作品で