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割れたガラスは戻らない
「はー!うまかったぁ!」
夏休みの初日、オレはトウヤたちと約束通り再開した。
今思えば、場所とか時間とか、ちゃんと決めておけばと思ったが、
いつあいつらと出会えなくなるのかが怖くて、なかなか考えられなかった。
「明日も、3人でこうして遊ぼう。」
トウヤが微笑んだ口で言った。
「だな。」
だけど、アキの表情がどこが浮かばない感じがする。
「ごめん、オレ、明日親父が帰ってくるから、遊べない…。」
申し訳なさそうに、下を向いてアキは話した。
「おう…そうか、じゃ、お土産頼むぜ。」
トウヤのちょっとした冗談が、アキを少し笑顔にさせたのが見えた。
オレもトウヤに乗っかって
「オレからも頼むぜ!」
って言ってやった。するとアキは明るくなって、
うん!と元気よく返事した。
『それじゃ、バイバーイ』
2人は帰って行った。気づけば夕焼け小焼けで、カラスがグァーと鳴いている。
「おう、バイバーイ」
手を高く上げ大きく振ると、トウヤたちも高く振ってくれた。
気がつくと2人は見えなくなっていた。
あぁ。
ちゃんと会えてよかった。
「お父さん、あとどのくらい?」
電車の大きい窓を覗きながら、わたしはお父さんに聞いた。
「まだちょっと早いな。あと3時間ってところだろう。」
「えーっ!まだそんなにかかるの?」
「仕方ないだろ、あと1つ県を超えるんだ、むしろ早い方だろ?」
わたしは窓を見ながら、ざぁぁっと流れる景色を見て、とてもこうふんしていた。
なぜなら、今日からおばあちゃんちでおとまりだからだ。
おとまりも楽しみだけど、わたしには、ほかのもっと楽しみなことがある。
それは…お父さんにも、お母さんにもヒミツな、オトナの楽しみ…。
「あー、早くおばあちゃんに会いたい!」
「ははっ、ばーちゃんもきっと喜ぶさ。」
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「えいっ、このっ、って何これ!?あっ!」
かちゃかちゃとらんぼうな音とともに、あせる変な声。
ぼくはいま、ハルにぃが持ってきた''ファミコン''ってやつをやっていた。
レーザーをうって、てきをたおして、だけどてきもこうげきしてきてでめちゃくちゃで…
画面からそうさしていた飛行機がきえ、ゲームオーバーの文字が出ていた。
「あははっ、とっちゃんまだまだだなー!」
「とっちゃんやめろ。てかハルにぃこそどうなのさ。」
「何を言う。このゲームを持ってきたのは俺だぞぅ?こんなんちょちょいのちょいよ。」
とくいげにフンっとコントローラーを手に取り、スタートをおした。
うおーっ、とりゃーって声がしたけど、ぼくはそんなの気にせず、宿題をした。
「ほらー!倒せたぞ!このぐらい余裕ー…。」
「?どしたのさハルにぃ。」
「いやさぁ、とっちゃん…もうちょっと見てくれてもいいじゃん。」
ぼくの目の前に広がる宿題から無視されていると思ってしまったのかわからないが、
ぼくはちゃんと答えてあげることにした。
「見てたよ、ちゃんと。声だけだけど。」
「それが無視だっての!ひどいやとっちゃん!」
ハルにぃはなくふりをしだした。こんなのが中3って信じられないぐらい。
「あ、そういやさ。」
いきなりハルにぃが聞いてきた。変にメリハリがあるのがちょっとこわい。
「お前が昨日言ってたさ、ナツくんってどんな子なのよ。」
ぼくはきのうの出来事がうれしすぎたあまり、その日の夜、ナツについて話した。
意外にも親身に聞いてくれたハルにぃがインショウにのこっている。
「ナツのこと?」
「そう。どんな見た目だとか、好きなものだとか。」
「それならきのう言ったはずだけど…。」
「忘れたからさ、もっかい頼むよ〜。」
なんだ、そんなことか。
ハルにぃらしくて安心した。
と思ったぼくは、ナツの好きなものとか、聞いたことを全部伝えた。
ハルにぃは、いつ聞いても変だなーとか言って、笑っていた。
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ガタンゴトン…ガタンゴトン…シューーー………。
「ヒナ、ついたよ。」
電車がゆりかごがわりになったのか、わたしはいつのまにかねむっていた。
目を覚ますと、そこにはなつかしい駅のホームだった。
駅の看板には、【イーハトーヴ】と書かれている。
「さぁ、行こうか。」
わたしはお父さんに連れられて、道なりに進んだ。
歩いていると、左にまがったところにおばあちゃんちが見えた。
「おばあちゃん!」
おばあちゃんを見るなり、ついうれしくなって、走ってかけよった。
おばあちゃんも、おやおやとわたしをだきしめてくれた。
わたしはおばあちゃんにあずけられることになった。
お母さんは仕事でいそがしく、お父さんもいそがしいから、
都会の方でこどもを1人にさせるのは心配だからと、わざわざたくさんのきがえと
お菓子、そしてお小遣いをくれて、おばあちゃんちに送ってくれたのだ。
「ヒナ、夏休みが明けたらこっちの学校でまたお勉強頑張るんだよ。」
「お父さんたちはいつくるの?」
「ヒナが6年生になったらまた迎えにくるよ。随分長くて申し訳ないが…。」
「ううん、大丈夫。わたし強いもん!」
「そうか、ヒナは強いなぁ。」
そう言って、わたしのあたまをやさしくなでてくれた。
駅までお父さんを見送り、バイバーイと手をふった。
見えなくなっても、ずぅっっっっとふっていた。
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ジリジリ…シュワシュワ……ミーンミーン………。
街の方でも随分セミが鳴いていて、すごくうるさい。
だけど、オレの目的は一味違うのだ…。
「!、あった!」
そう、自販機の下の小銭をこせぎ集めていたのだ。
「やっぱオレ、一味違うよなー!」
もうけたものをがまにしまって、オレはその金を大事にもった。
合計でなんと250円。トウヤたちもきっと驚くだろう。
だけど…だけど、アキが心配だ。
あいつは、どこに行くのかさえも言ってくれなかった。
唯一わかるのは、お土産が買える都会の方だろうか。
「ちょっとあんた、さっきから何してるの?」
女子の声がした。
「えっ?オレ?」
オレは驚いて、女子の方を見た。
トウヤたちと同じくらいの年だろうか。
「そーだよ、他にだれがいるのさ。」
「何って、ただ落ちてた小銭を拾っていたんだ。」
「こぜにひろい?面白そうじゃねぇの!わたしもまぜてよ!」
意外と乗り気だ。
普通…こういうのって引かれやしないだろうか?
みすぼらしいとか、みっともないとか。
ところで、なぜかとても男勝りなやつだ。
「お前、名前は?」
「わたし、ヒナ!あんたは?」
「オレはナツ。」
ヒナはなぜかオレの名前を気に入ったとか言ってきた。
もちろん、オレも気に入っている。
なんせ…初めての''あだ名''だったから。
ヒナとオレは、小銭集めだの、いろいろしていた。
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宿題も終わってひとだんらくしたころ、ハルにぃがラムネを両手で持ってきた。
「えっ、とっちゃんもう宿題終わったの!?」
おどろいたかのようにハルにぃは目を丸くさせてきて、すごーいと言いながら
ぼくの頭をわしゃわしゃとなでてきた。
「このぐらいよゆーだよ。あとは絵日記だけ。一番むずいんだよなぁ。あととっちゃんやめろ。」
絵に関してはかなり苦手だ。なんせ、昔かいた時に
さんっざん言われたことがあるからだ。空は青だの、
丸はこんなにかくばってないだの、人じゃなくてバケモノだの…。
ふとしたしゅんかんに思い出してしまって、少し気分が悪くなる…。
とにかく、何か言われることがこわくて、何かをするのは苦手だ。
「お、おいトウヤ…大丈夫か?具合悪そうだぞ、少し休め。」
ハルにぃにうながされて、うんと答え、風当たりのいいところで休んだ。
せんぷうきだけじゃ足りないので、ハルにぃがうちわでパタパタあおいでくれた。
「ごめん、ハルにぃ…。」
「何で謝るんだよ。お前は病人なんだから休め。」
「…絵日記、苦手か?」
「文章は大丈夫だけど…絵が…。」
「絵かぁ…。俺も絵苦手だったなぁ…。」
「ちがう…。」
ぼくはせいいっぱい、苦しさをおさえて、絞り出したかのように、
ハルにぃに伝えた。
「絵が…かけない。」
「描けないって…?」
「かこうかこうって思うほどさ…つらいこと、思い出して……
______動けなくなって、気持ち悪くなるんだっ…。」
心のおくそこにしまったはずのきおくなのに、一気にこみあげてくる。
なぜか涙があふれてきた。
ハルにぃはただ、そうか、とだけ言って、ぼくのせなかをさすることしかしなかった。
『トウヤくん、なんでそらをあかでかいてるの?へんだよ。』
『へんじゃないよ。これはゆうやけだもん。』
『ゆうやけはオレンジいろだろ。』
『トウヤ、いろわかんねえんじゃねぇの?』
いろわからないの?バカトウヤだ!バカトーヤ!
バカだ!いろがわからねぇオオバカだ!
『せんせぇ…ぼくのえ、へんかなぁ…?』
『うーん…ちょっと変わってるかな?みんなより違ってるね。』
『トウヤくんは不思議なものを描くね!これはなぁに?クワガタ?』
『…さん。』
『うん?』
『おかーさんだよ…。』
『お母さんだったんだ!ごめんね!クワガタにしか見えなかった!でもこんな角ばってちゃなぁ、丸はまぁるく描かないとダメでしょう?もっとお母さんに見えるようにしなくちゃ。周りのみんなもそうしてるでしょう?ちゃんと…ちゃんと描かきゃダメよ?これ、授業参観に見られちゃうからね。やりなおしかな!』
_____、さい、うるさい…。
ハッと目を覚ますと、いつのまにか夕方になっていた。
カラスはがぁがぁとこもりうたを歌っているようだった。
「目、覚めたか。」
「うん…ありがと、ハルにぃ。」
「大丈夫か?すげーうなされてたけど。」
「ごめん、いやなゆめ見ちゃってさ…。」
「そう…。寝て欲しかったらいつでも隣いくからな。」
「ヨケイなお世話だっつーの。」
ハルにぃは、いつもよりやさしく笑ってくれた。
冷蔵庫の中に、買ってきてくれたラムネを入れてくれたらしい。
「おい、トウヤ、こっち。」
ハルにぃに呼ばれて、ぼくは近くに行った。
「手、出せ。」
手を出すと、そこにハルにぃはきれいなラムネのビー玉をのせてくれた。
「もう一個欲しくなったら言えよ。」
ハルにぃはいつもよりやさしく、ぼくに言ってくれた。
ぼくもちゃんと答えた。
「ありがとう。」
「なぁヒナ、お前っていつもこんなことしてんの…?」
「?、そうだけど。」
オレとヒナは山に入り、虫とりををしていた。
だけどオレは虫とりがしたいわけでもなく…ただ無理矢理ヒナに連れられたのだ。
ヒナのカゴは虫が5匹ほど入っていて、それぞれがなんか争っている。
えいっと虫をつかまえるかけ声がする。
「じゃじゃーん、クマゼミつかまえちゃった!」
ヒナは思いっきり裏面を見せてきて、思わずうわぁと声を出してしまった。
「何?虫苦手なの?」
「はっ…?いや、苦手じゃねぇし…。」
「あっそ、じゃぞっこうだな!」
まずい、このまま地獄のような時間が過ぎるのか…?
正直に言うべきか?いや、女子にそんなこと言うってダセェだろ…?
あぁっ!くそっ!こんなことになるなら断っておきゃよかった!
足元にクソでっかいムカデが出てきた…!
「っ…!ひぃっ…!」
「何よ、やっぱ苦手そうじゃん。強がんなくてもいいのに。」
「ちっ、ちげぇし!たまたま火の幻覚が見えただけだし…!」
「いいわけならいいから。それじゃあやめよっか。」
何とか地獄の虫とりを切り上げさせることができた。
でもなんか…すっごい悔しい…。
「ところでさ、魚いける?次魚つりしようよ。」
ヒナが山道を下っている時にそう言った。
「えっ、魚釣り!?オレ超得意だよ!」
「さっきとはうってかわってクソ元気ね…。」
オレとヒナは、そう言って、山道を抜けた。