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花を、君に。
自分には不思議な力があった。
「わーっ!きれーなコスモス!」
「ほかのお花もだせないの?」
「ううん、コスモスしか出せないよ。」
自分には、「手からコスモスを出す」ことができた。
「あとねー、つちにむかってだすとねー…」
手から出すだけでなく、コスモスを生やすこともできた。
昔はよく、手からコスモスを出して遊んだ。
自分もそれを、心から素晴らしいと思っていた。
「たけるー、今日ゲーセン行こうぜ。」
オレの名前はたける。普通の高校生だ。
「ごめん、今日バイトだわ。」
ゲーセンに誘ったヤツはすぐる。ちょっとやんちゃだが悪いヤツではない。
「えー、じゃお前のバ先行くわ。」
「気まずいからやめろ。」
ギャハハと声をあげて笑った。
教室の中はオレとすぐるしかいない。
それでも一緒にいて、さわがしいのがすぐるだ。
「それじゃ。オレ、そろそろ帰るわ。」
「待ってくれー。俺も。」
帰り道はいつも一緒に帰る。
帰り道はそれぞれ真逆だが、すぐるが無理やりついてくるのだ。
学校から出てすぐそばには、コスモスの花壇がある。
花壇いっぱいに咲いたコスモスは、風に揺られ、あっちこっちを向いていった。
鮮やかなピンク色も、淡いピンク色も、雪みたいに白い白色も、みんな揃って生えていた。
オレは、ここが好きだ。
「おーい、どうした?」
「わりぃ、すぐ行く。」
ふらぁっと風が横切って、すぐるの短く切りそろえた髪を撫でた。
「それじゃあ、また明日。」
「じゃあな、バイトがんばれよ。」
他愛のない話をして、オレとすぐるは別れた。
バイトがあるのは嘘だ。そもそも、早く一人になりたかっただけ。
オレは家の裏庭に座り込んだ。
手のひらを広げると、そこからピンク色のコスモスが溢れ出した。
「はぁー…もってくれてよかった。」
オレは昔から、手からコスモスを出すことができた。
だけど自分で完全にコントロールできるってわけでもなく、気持ちが昂ったり、コスモスをしばらく出していないと、こうして勝手に出てくる。
昔は好きだったこの花は、今も好きだが、昔と違って、みつめているとなんだか恥ずかしくてたまらなくなる。
オレはでてきたコスモスを埋めて、踏み潰した。
「学校ででてきたら困るんだよな。」
オレは家の中に入って、流れるように自室に行き、飛び込むようにベットに入った。
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「おまえ、ピンクの花持ってんの?」
ある日のこと。
自分はいつものようにコスモスを出して遊んでいた。
するとクラスのお調子者が、自分に話しかけてきた。
「これはコスモスって言うよ。」
「コスモスとか、オンナくせー。」
ソイツは自分の手のひらにいっぱいにでてきたコスモスを見て、わしっと掴んだ。
「うわっ、変なにおいする。」
あからさまに鼻を摘んで、掴んだコスモスを落として、地面にこすりつけるようにして踏み潰してきた。
「…コスモス、いやだった?」
「いや?オンナじゃないのに花見てるのきもいぜ。」
自分は不思議に思って、ソイツのそばに近寄った。
「すごいの見せてあげるよ。ほらっ。」
自分は手のひらをソイツに見せて、コスモスを手のひらに出してみせた。
コスモスはあっという間にいっぱいになって、手のひらから溢れ出した。
だけどソイツは一歩下がって、またコスモスを奪い取り、ギュッと力強く握った。
「手から出せるってよけいきもちわりー!」
握られて塊になったコスモスを地面に叩きつけて、ソイツは足でガシガシと踏み潰した。
「オトコはオンナのもんさわんじゃねー!このヘンタイ!」
ケラケラケラケラ笑って、踏みつけたコスモスを自分に向かって投げて来た。
「ごめん…きもくて……ごめぇ…っ…」
目の前にはソイツの足が見えた。その上は見えなかった。いや、見たくなかった。
目が覚めた。嫌な夢を見た。
時計はまだ7時。
「うわ…」
ベッドの上には潰れたコスモスがたくさんあった。
「かーさんにどう言おうかな…」
とりあえずコスモスをみんな取って捨てた。
花粉がついていたら嫌だから、掃除機で吸った。
ところどころコスモスのちぎれたかべんがひっついていた。
「かーさん。ふとんコスモスで汚れちゃったー。」
とりあえず母を呼んだ。
母はコスモスで汚れたふとんとシーツを取って、洗濯機に入れた。
「いままでこんなことなかったのにねぇ〜。」
ほわほわした口調で母は話す。
寝る時にコスモスが出てくることは今までなかった。でもどうして、でてきてしまったのだろう。
「今日はシチューよ〜。」
去り際、母はそう言った。
お腹が空いてきた。
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「今日の昼、屋上で食おうぜ。」
ある日のこと。
授業中、すぐるがそう言って来た。
「あぁ。いいよ。」
とりあえず了承した。
いつもは一人で食べるので、誰かと一緒に食べることは久しぶりだ。
なんだか昼が楽しみになって来た。
そういえばかーさん、卵焼き入れてくれたかな。
開いた窓の隙間から、やや強めの風がさぁっと流れてくる。オレのほっぺをくすぐって、からかってきてるようだった。
授業中は退屈なものだ。
ASMRとして配信した方が、いいのではないか。
なんとか眠気に耐えて、昼がやって来た。
すぐると屋上に向かって、並んで歩いていた。
「くんくん…なんかたける、いい匂いすんなー。」
「ちょっ、男に匂いかがれるのきもいんだが。」
ハッとした。
手のひらからコスモスが溢れて来てる。
よく見ると、歩いた場所にコスモスがポツポツと落っこちていた。
どうしよう。
バレたら嫌われる。
憎らしくも、コスモスは美しいピンク色をしていた。
「どうした?顔赤いぞ。」
落としたらバレる。
落とさなくても、飯食う時にバレる。
オレは、オレはどうすれば____。
「あれ?なんか花落ちてる…」
お願い、どうかバレないで…。
「たける、お前の手から出てんのか。お前コスモス好きだもんな。」
「あ、あぁ…よくわかったな。」
「ところでそのコスモス、どっから…」
次々とコスモスは容赦なく溢れ出してくる。
抑えようにも、なかなかコントロールができない。
気づいたら屋上に着いた。
「よしっ!場所はここな!」
すぐそばのベンチに隣り合わせで座った。
弁当を出して、手のひらを広げてしまった。
オレの膝の上には、鮮やかなピンク色のコスモスが広がった。手からもどんどんと溢れ出ている。
「なんか手から花出てる!?」
アイツは驚いたように言った。
もう、隠せないか…。
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「オレ、手からコスモス出せるんだよ。」
弁当を食べ終えた時、すぐるにオレはそう言った。
すぐるは信じられないような顔をした。
「まじで?見せろ。」
「あ、あぁ…。」
オレは手のひらを見せて、コスモスを出してみせた。
緊張のせいで、コスモスは滝のように溢れ出した。
「うおぉ…」
アイツは見ても、まだ信じられないように見ていた。
「き、きもいよな、オレ…。」
おそるおそる言った。
だけど予想外だった。
「いやっ、マジシャンみたいでカッケー!」
「か、かっ…!?」
かっこいいってどういうことだよ。
「お、女みたいできもいとか…」
「ねーよんなもん!俺はかっこいいって思っただけだ。」
「でも、こんなにすごいのに、なんで見せてくれなかったんだよ。」
なぜか涙があふれて来た。
「そんなこと言われたの…初めてだ…」
コスモスの花は、オレの手から止まった。
ベンチには、たくさんのコスモスの花が溢れていた。
アイツはオレの方を叩いて、また見せてくれよと言ってくれた。
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自分には不思議な力があった。
「やっぱこの花綺麗だよなー。」
「他の花は出せねーの?」
「コスモスな。他の花は無理。」
自分には、「手からコスモスを出す」ことができた。
「そうそう、こうして土に向かって出すとな…」
手から出すだけでなく、コスモスを生やすこともできた。
昔はよく、手からコスモスを出して遊んだ。
本当に、美しいと感じた。
ある日、友人が「手からコスモスを出せる」と教えてくれた。
あの花、コスモスって言うのか。
すごい綺麗だった。
"友人"によく似て、とても綺麗だった。
俺以外に、知る奴はいないだろう。
俺にだけ、教えてくれた。
二人だけの秘密だ。
これは俺だけのものだ。
決して誰にも譲りたくはない。
せっかくのかわいいかわいいヤツを、手放してたまるものか。
俺はアイツが好きだ。
…なーんて、言ったらどう思うかな。
だけど、ずっと俺のそばにいてくれよ。
彼女なんて作ったら許さないからな。