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4.悪い考え
「いってきまーす」
お母さんにそう言って、お気に入りの緑色の自転車に乗る。
家の門の先には、湊が待っている。
「おまたせ」
「遅刻するよ」
「きゃー、急がなきゃ」
ここ最近、湊と一緒に学校に行っている。家が近く、湊の朝練がない日は一緒に行こうということになったのだ。
湊は陸上部に入っていて、短距離を主に練習しているらしい。うちの高校の陸上部は強くて、湊も県で5位らしい。私が東京にいた時に入っていたバレーボール部は弱小だったから素直に尊敬した。
湊のことを好きだと気がついてから約1ヶ月。
進展という進展は無いのかもしれないけれど、少しずつ仲を深められている。
恋仲ってよりは友達って感じだけど、湊も段々心を許してくれて、お互いいじりあったり、湊と話すのが楽しい。
席も隣で、たまにすみれと私と湊の3人でお昼を食べることもあるし、こうして一緒に登校する日もある。
部活がない日の湊の首元には、お揃いのネックレスが輝いている。私は、毎日つけているけど。湊の鞄には、6等の貝殻のキーホルダーも。
それが恋人みたいで嬉しくて、毎日楽しかった。
だけど1つ、気になることがある。
湊はたまにどこか遠くを見つめて、切ない顔をする。多分、海を見ているんだと思う。
なにか大切な物を失ったような寂しい顔。話しかけると、またいつもの無愛想な顔に戻るけど、その時間だけ、いや、いつもなのかも知れない。
湊が何を考えているのか、全く分からない。
まだ知り合ったばっかりだからなのかな。
最近は、文化祭が一ヶ月後に近づいていて、クラスで文化祭準備を進めている。うちのクラスでは劇をすることになって、今日はその役決めがある。
題材になる物語は、「シンデレラ」。
先生曰くこういったベタな物語の方がウケるんだと言う。
私は裁縫が得意だから、衣装を作るのが楽しみだな。
「じゃあ劇の役を決めましょう」
先生の一言で教室中がざわめき立つ。
男子から「王子様は湊だろー」って声。湊はやめろって照れくさそうに否定してるけど、私も湊がいいと思っていた。
湊は容姿端麗で、綺麗な茶髪。肌は少し焼けているけれどヒーロー役にぴったり。
(……王子様って感じでは無いけど)
「王子役とシンデレラ役は推薦で。それ以外は立候補制にするから、まずは推薦で決めるよー」
先生がそう言うとクラスの皆、「湊!」って叫び出す。湊は相変わらず否定してる。でもやっぱり照れくさそう。そういうとこは、分かりやすいんだけどな。
「湊、いいのか?」
先生とクラスメイト達に見つめられ、無言の圧を掛けられた湊は、「まあ、、、はい、、」と渋々承諾した。
「じゃあシンデレラ役はー」
私に、視線が集まった。
「はい、シンデレラ役、山田薫。王子様役、湊カオル。そしてー」
先生がチョークの粉を手で払いながら決まった役の説明を始める。
私は、シンデレラ役になってしまった。
皆が「王子様が湊ならシンデレラは山田だよなーー」なんてこと言って、また無言の圧。
でも正直に言うと嬉しかった。
シンデレラと王子様。
そんなの、運命の相手みたい。
私と湊の初めての出会いも運命みたいだったし、やっぱりそんなロマンチックな考えも頭をよぎってしまうよ。
湊のほうを見ると、相変わらずの綺麗な横顔。
嬉しいのか、嫌なのか、何も考えていないのかさえも分からないくらい、何を考えているのか分からない表情。
「はい、じゃあ皆で劇がんばろうな」
先生が一区切りつけて、休み時間になると、男子が湊の席の周りに集まる。
すみれが後ろを向いて、「やったね、薫!」と微笑む。
もう、すみれにはバレているみたい。
「もー、恥ずかしいな」
なんて渋々やってあげた感出してるけど、内心ちょー嬉しいし、皆が『王子様が湊ならシンデレラは山田』って思ってることが凄く嬉しくて、周りから見てもそんな感じなんだ、なんて優越感さえ感じていた。
ちょっと性格悪いなーって思っちゃうけど、美男美女カップルなんてそうそういないし、人気なのは間違いないじゃない。
そんな悪女みたいなことを考えていたけど、やっぱり頭の中に浮かんでくるのは湊のことばかり。
劇で、どうなっちゃうのかな。
付き合ったりするのかな。
恋愛経験が少ない私は、そんなことを考えてソワソワしていた。
すると、男子の会話が耳に入ってきた。
「王子ー。2回目とか本業だろもう」
「たまたまだって」
「また欲望に負けてキスすんなよー」
“また”?“キス”?
調子に乗っていた私に釘を刺すように、悪い考えが頭を過ぎった。いや、その考えが頭の中を支配していた。
妙に勘が鋭いの、やめたいな。