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昨日行った神社の話
昨日の昼過ぎ、散歩をしたくなり軽装で家を出た。
外は温かみのある風が吹いていて雲はほとんど無い。
大学へ行く道とは反対方向へ足を向け、歩む。
ジャクジャクと小石を踏みつける音が小さく聞こえる。
周囲に人は居なかった。だが、車通りはいつもより多く感じる。
赤い車、黒い車、白い車、黄色い車⋯。
横を通り過ぎる車達の色を無意識に覚えては、すぐに忘れていった。
何処まで行こうか。自宅が見えなくなった辺りで考え始める。
近くに何か、折り返し地点となる建物はないだろうか。
ポケットに入っていたスマホの電源を入れマップを開く。
少し眺めて、ここから近くにある卍マークに目がいった。
マークをタップすると、『|祇畏《シイ》神社』という名前が出てくる。
経路を調べると、ここから右に曲がった先にあるタタリ坂の先にあるらしい。
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タタリ坂には道の左右に小さな地蔵が設置されていた。
途中の電柱には、事故があったのだろうか。小さな花束が手向けられていた。
坂道には少し体力を使った。もうそろそろ坂を上がりきれる。
服の中は少し汗ばんで、足も疲れで痺れを起こしている。
坂の先にあったのは厳かな雰囲気を漂わせた、大きな神社だった。
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神社の前まで来てふうと一息をつくと、私の後ろを小さな学生が通った。
ちょうど下校時間なのだろう。10人ほどが次々と坂を下っていく。
「今日の授業さー」 「あの先生厳しいよね」 「明日配給日だっけ?」
様々な会話の断片が耳に入ってくる。
どれも私には関係のない話だ。息がある程度整ってから、神社の階段を登る。
一、二。三、四⋯。また無意識に階段の数を数えていた。
途中から銀色の手すりを掴みながら上がっていく。
三七、三八。三十九⋯四十。
キリの良い数字で階段は終わった。
ゆっくり前を向くと、大きな社殿が目の前に鎮座していた。
社殿のすぐ横にある石には『祇畏神社』という文字が刻まれている。
お賽銭でも入れようと思い、社殿に近づこうと足を動かした所で気がつく。
普段なら開いているであろう中心の戸が閉まっているのを遠目で確認した。
時刻を確認すると十四時過ぎ。神社を締めるには早いのではないか。
そんな疑問が頭に浮かんだが、深くは考えなかった。
仕方がないのでお賽銭は諦める。
横を見てみると、六体の地蔵が赤い涎掛けを身に纏っていた。
六体の正面に立って一体一体を見つめてみる。
左から二番目の地蔵の首から先が無かった。
赤い涎掛けが、首から血を流しているように見えて少し不気味に感じる。
それから、なんだか妙な悪寒を感じて足早に神社を去った。
一、二。三、四⋯。
こんな状況だと言うのに頭のカウンターが動き出す。
三十七、三十八。三十九⋯。階段はそこで終わった。
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ジャクジャクと小石を蹴飛ばす音が大きく聞こえる。
気がつけば走って自宅まで向かっていた。
何かが、何かを恐れているのだろうか。
そうだとすれば、一体私は『ナニ』に恐れているのだ?
考えることすら不安を増幅させる餌になる。
急いで玄関の鍵をガチャガチャと乱暴に開けて、中へ入った。
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荒い息遣いだけが聞こえる。
それが恐怖からくるものか、単なる酸素不足によるものなのかは分からない。
ただ、今は落ち着きたい。
数分してからようやく体の緊張が解けて、その場にしゃがみ込んだ。
あの神社は何だったのだろう。顔に垂れた汗を拭いながら考えた。
検索サイトで、『祇畏神社』と打ち込んでみる。
一番最初に出た見出しにはこう書かれていた。
『一九四七年、祇畏神社解体。
戦時中の空襲により本殿が破壊された。
なお、神社付近に建てられていた小学校も同様⋯。』
文字を認識した瞬間にスマホの電源を落とした。
文字の意味をこれ以上、理解したくなかったのだ。
理解してしまえば、私が見た物の説明がつかない。
⋯忘れよう。
冷や汗でビショビショになった背中をドアにくっつける。
ひんやりと嫌な冷たさを覚えた。
もげた地蔵、一段減った階段、小さな学生の言葉。
いい、思い出さなくていい。
赤い涎掛け、電柱に手向けられた花束、坂の名前。
神社の名前の意味。
素早く靴を脱いでベッドの毛布にくるまった。
もういい。寝よう。
私には落ち着ける方法がそれしかなかったのだ。
グワングワンと脳みそが揺れているのを感じる。
嫌だ。嫌だ。
外は既に真っ暗になっている。
帰ってから一体、どのくらい玄関に居たのだろうか。
スマホのホーム画面で時刻を確認する。
十九時四十七分。
ヒィ、と呼吸が恐怖で詰まる。
それから目を閉じてひたすらに明日が来るのを待った。
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七時ちょうど、カーテンから朝の光が差し込む。
そっと毛布から顔を出して一息ついた。
昨日のアレは何だったのだろうか。
数時間前のことを思い出して背筋が凍る。
風呂に入って体を温めよう。そう思い、ベッドから降りた。
汗で濡れた服を脱いで風呂場に入る。
静かなシャワーの音に安らぎを感じた。
髪を洗って、体を石鹸で清潔にしていく。
風呂場を出てバスタオルで体を拭いた。
無難な服を着て深呼吸を何回か繰り返す。
髪をドライヤーで乾かしたかったが、何だかとても眠い。
タオルで水気を出来るだけ吸わせてから再びベッドに潜り込む。
これは何かの悪い夢だ。そう思い込むことにした。
目が覚めればいつもの日常。なんてことのない日々。
微睡みかけに見た、ベッドに置かれた赤い布切れ。
それを見て焦り、一生懸命に目をこじ開けようとする。
だが努力も虚しく意識は遠のく。
これが眠気によるものか、『ナニカ』の力によるものなのか。
頭がそれを考える前にプツリと思考が遮断された。