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秘める恋心 其の三
花火
(いい匂い)
安心するようなそんな匂い。私はこの匂いを知っている。起き上がろうとするとそれまでかかっていた彼の羽織がさっと落ちる。名残惜しさを感じながらも起き上がる。
(羽織がまだある)
「冨岡さん。まだ、居たんですか?」
柱は基本的に多忙で、暇な時などほとんどない。だというのに、義勇はまだ居る。正直嬉しくて仕方がないのだがそれよりもこの水柱が、暇なほうが気になる。
「胡蝶は、最近顔色が優れなかった。少し心配でな」
「……アオイも同じこといってました」
(そんなに分かりやすいかしら。これでも、化粧で隠しているし任務でもバレなかったのに)
「皆、胡蝶が心配なのだろう。《《大切》》なんだ」
「そうですか」
私が心配されては駄目ではないだろうか。私は姉にならなければならないのに。
「冨岡さんも私のこと《《大切》》ですか?」
しのぶの顔は今頬を真っ赤に染めている。
(私なに聞いているの?聞いては駄目でしょう大切なのは……)
考えては駄目だ、また退いたはずの苦しみがあらわになっていく。
「と、冨岡さんやっぱり」
「勿論。俺は胡蝶のことが《《大切》》だ」
えっと間抜けな声が出てしまう。しのぶは、知っているからあの女の人はきっとそういう関係性なのだろうと知っているから。
(それでも、私はあなたの優しさに甘えたいです。きっと、それは我儘だと思います。本当はあの女性の物だとわかっています。それでも私は……)
「安心してください。冨岡さん私は元気になりました」
「そうか、良かった。もし良ければ、食べてくれ」
そうして、渡されたものはこの辺りではかなり有名な甘味処のお団子でこの中でも買うのに二刻ほど並ぶと言われているほど人気な自家製のたれをたっぷりと使った団子だ。
「まぁ、いいんですか。こんなに良いもの」
「いいんだ。蝶屋敷の子供たちとも一緒に食べてくれ」
そういって義勇は立ち上がり落ちていた羽織を持って去る。
義勇がいなくなってしまったことで、縁側はしのぶだけになる。
しのぶもしばらくして立ち上がり、自分の部屋へと向かう。
(やらないとな)
そう思いながらも、作業を進めていく。二刻ほどが経ち蝶屋敷の門が叩かれる。一旦作業の手を止め、門の方へ向かう。
門の前に立っているのは筋肉がきっちりと引き締められているガタイの良い自称祭りの神の派手好きの宇随さんだ。
(……?今日は何も予定が入っていないはず)
「どうなさいましたか。宇随さん?」
「聞いたぜ、胡蝶あの噂」
「あぁそれがどうしたのですか」
(こういった噂は前にもたったはずですが)
「いや、聞いちまったんだけどよ。胡蝶ド派手なこと言ったんだろ」
「どうしてそのような発想で?前にもありましたよね」
そう、前にも義勇としのぶの噂はたっていた。それどころか、なぜかわからないが一番柱の中で噂になるのはこの二人だ。だからこそ、今回の噂もいつも通りのやつだろうと受け流せるのではないか。なんて考えていたのだが。
(なんで、こういうときに限って)
「胡蝶。諦めろ何て言ったかもわかってるんだからなぁ」
「どういう情報源なんですか?」
そこまでわかっているなら言い逃れはできないだろう。そう思いながらしのぶは腹をくくる。
「いやぁ、まさか胡蝶が冨岡にと思っただけだ。それで、結局どうなったわけ」
「……なにもありませんでした。添え箸にすらなれないらしいです」
「はぁ、いい加減冨岡もすればいいのにな。あいつ経験ないんじゃねか?胡蝶はそれなりに尻も大きいし相手としてはいいと思うんだが。あいつの思考回路が不明だ」
(それは、私が聞きたいんですよ!!)
「私の前でそれ言います?あと、冨岡さんは経験ありますよ」
「ほぅなぜそれを胡蝶が?」
あっと声が漏れる。
(言ってしまった)
「それだけですか。それでは私はしごとがありますので」
「待て、話を聞こうか」
のがられないような雰囲気を醸し出している。
(まぁ、そんな雰囲気よくわかりませんねぇ!)
「嫌です。断らせていただきます」
「駄目だ。それでぇなんで胡蝶が知ってるんだ?」
「……話せば長くなるので、入ってください」
(これは、振り切れませんね。時間だけがとられるだけ)
しのぶがくくった腹がこういった形になるとは。そうして、長めの渡り廊下の先にある客間へ通す。
「少し待っていてください」
茶菓子や茶をだそうと、厨房へと向かう。いつもこういった事は、アオイがやるのだが今はとある患者の面倒で手一杯なのだ。
(アオイでも、手こずるとは)
アオイは、患者の面倒を見る面ではしのぶにひけをとらない。たが、そんなアオイまでも細かなところに目が向けられないほどとは。
(はぁ宇随さんに使う時間もないのですが)
厨房の冷蔵庫には、基本的には客用の茶菓子が用意されている。旬のものから常時備えているものまであるのだ。
(ないですねぇ)
前、客としてきた蜜璃がほとんど食べてしまったため、旬のものはまだしも常時備えているものまでなくなっているのだ。
(どうしましょうか)
ただ、一つだけ残っているというよりは貰ったものがある。
(本当は私が食べたかったんですけどね)
私たちにくれたものなのだから渡す必要なんてないはずなのに。
なんで、宇随さんのために冨岡さんの恩恵を……
別によくない
とぶつぶついいながら、お盆の上にお団子をのせ天元のいる客間へと向かう。団子のたれが少し遅く揺れ、見れば見るほど美味しそうだ。
「おぉ。さすが蝶屋敷だな茶菓子まで一流だ」
「冨岡さんに貰ったんですぅ」
「そうかそうか」
(何かわかったことでもわかるのでしょうか)
しのぶは、|強面《こわもて》の表情でそのように考える。
「胡蝶。それでは」
「はぁ……、宇随さん。実はなんですけどね」
そうして、この間あったことを話す。その間興味津々な顔で「おぉあの冨岡が」とたまに声を漏らすほど熱心に話を聞いていた。ちょっとした長話を話終えた。
「そんなド派手なことを冨岡が?絶好のネタだぜぇ~これはド派手に祭りだなぁ」
(こんなことで祭りして堪りますか!)
「まぁ、俺はこの辺で。あぁ胡蝶いつでも相談にこいよ」
そういって天元は去っていく。忍びのように音たてずにはぁとどっと疲れた。
(それにしても、なんで相談でしょうか?)
本当は分かりつつあるこの相談はきっと恋愛相談だろう。ということはやはり私は冨岡さんのことが……いいえ、そんなはずありません。知りたくない知りたくないこの感情の名前をまだ知りたくない。
---
ーーーーーーー冨岡さんが結婚するらしい。
しのぶと義勇の噂は次第に無くなっていくころ、そんな噂が流れ始めた。
その噂を聞いたとき脳裏によぎる。
(もしかして、あの人と?)
確かに、冨岡さんは顔もよく。性格もよく。笑うと春がきたのではないかと思うぐらい癒される。そして助けに来るとあんなにも頼りにもなる人はそういない。ただ冨岡さんは、今は柱だ。
(でも、もしかしたら女性の方から求婚して、それに応じたぐらいならもしかしたら?)
涼しい風が頬に伝わる。暑く汗が流れる日々はもう終わりを告げる。これから、鬼の活動時間が増えるのだ。いっそう警戒をしなければならないそんな季節だ。
鬼の活動時間が増えるということは、怪我も増えることに直結するため蝶屋敷は慌ただしくしていた。そんな中でも、しのぶは水柱邸へ向かった。
(もしかしたら?本当に?)
そんなことを考えながら、脚に力をこめて地をおもっいきり蹴る。
蝶屋敷と水柱邸はそれなりに近く走ったらすぐにつくぐらいの距離だ。
いつも通りの水柱邸。恋柱邸とは違い、和風な雰囲気で竹に囲まれている、安心する雰囲気だ。規則正しく障子は開けられており、ここの主人の人柄のようだ。門は、開けられておりふぅと安心する。
(女はいないわね)
「冨岡さん!」
「どうしたんだ。胡蝶」
今のしのぶは髪も崩れ呼吸も早くなっていて、顔も赤い。心配して当然だ。その事もしのぶはわかっている。それでも、一刻もはやく知りたかった。
なぜ?そんなこともうわかりきっている。
「あ、あの冨岡さんって!」
「とりあえず上がろう」
話を途中にさせられた。
(これは……)
そうして、縁側へ案内され、美味しそうな茶菓子に一流の茶葉を使ったお茶が用意される。
「落ち着いたか?」
「はい。落ち着きました」
一息をつき、心と体が落ち着いた。さっきはしのぶはとても必死だった。(あくまで自然に聞き出さなければ)
「今の胡蝶の調子ですまないが警備の交代をしてくれないか?」
「へっ」
府抜けたような声がこぼれ落ちる。
(冨岡さんが警備の交代?あの、冨岡さんが?)
義勇は『今日は生誕なのだろう?蝶屋敷の家族と一緒にいるといい』などといって自らしのぶの警備との交代を申し込む人だ。他の柱でも同じことをしている。そんな人が警備を二の次にした、何かあるのだと容易に想像できる。
「はい。大丈夫ですが」
「すまないな。胡蝶が蝶屋敷の子供たちと過ごせる時間を奪ってしまって」
「いえいえ大丈夫です。冨岡さんの自由に過ごせる時間も増えるのだったら」
これは、遠回しに結婚のことを聞けないかと探りをいれているのだ。
(逢い引きするのだろうか?)
義勇とあの女性の関係だとなかなか会うことはできないだろう。任務帰りにいつも同じ藤の花の家紋に通っていたら、何か勘ぐられる可能性があるからだ。
「少し用事があってな」
もう少し話を踏み込みたいのだが、踏み込めない。これではない感じがするのだが。口を開こうとするとうまく開かずに開こうとすれば閉じるの繰り返しだ。
(駄目よ。私は、蟲柱胡蝶しのぶ)
「冨岡さん!あの結婚するんですか?」
脈が激しく、血の巡りが早いそして、心臓がドキドキとしている。この感情の名前をしのぶは知っている。だが、認めたくない。
『あぁ』なんて言われたときにはしのぶは立ち直れないだろう。それなら認めない方がいいのではないか。
「……?すまない、よくわからない」
「っはい?」
(しらばっくれてるの?)
ただ、今の義勇は首を少し傾けてちょこんとしている。本当にわかはないという態度だ。
(わからないの?)
これはもしかするともしかして結婚なんてないのではないか。そう頭で思いう。
「噂が流れているんでよ」
「……?噂になるようなことをしただろうか?」
「しりません。自分の心に聞いてみてはいかがでしょうか?」
低くピリピリするような声だ。しのぶは、突き放すような知りませんという態度をとってる。
(怒っていません)
ただ、端から見たら怒っている。
「怒っているのか?」
「怒っていません」
「ただ、……」
その先の義勇は言葉が紡がれることはなかった。これ以上は踏み込んではいけないと思っているのだろうか。
(別に聞いてもいいのに!)
「なんか、言ったらどうですか!」
「……胡蝶?」
「冨岡さんは噂の女性と体の関係があるんでしょう?」
(もう……正直に、言って、ほし、いです)
しのぶの涙が頬に伝わり羽織に染みて、体が小刻みに震える。
認めてくれたら、諦められるから。この心の中にある渦巻く感情の正体をわかっているけど、この感情を真っ正面に受け止められない。受け止めたくない。
「……?そんなものあるわけないだろう。何を勘違いしているんだ」
「そんなわけありません。私は見たんです」
「何をだ?」
(私は知っています)
私は知っている。だから、心が苦しい。呼吸が乱れ、涙は止まらずに声が曇っていく。
「あな、たの部屋に!女、性の人が、……入っていくのを!」
「……あぁ、勝手に入って追い出したあれか」
義勇は手をポンと叩き、閃いたといわんばかりの動作だ。
(追い出した……?)
今思い出せば確かにその後は何も見たくなくて、目を背けていた。それなら、あり得ない話でもなんでもない。義勇は柱だから、女に言い寄られることも何回もあるだろうし、肝が据わっているなら部屋に入ってくるくらいあり得る。
(よかったぁ)
真実はこんなにもあっさりとしたことだった。ただただ、私が焦っただけ。それと同時に心のなかに沈めていた感情が浮き出てくる。
(もう、認めないといけないじゃないですか)
「そういう事だったんですね。うっかりです」
いつの間にか溢れ出ていた涙は止まり、自然と笑顔になる。よかった本当によかった。
「そうか。もしよければなんだが、よかった少し|喋《しゃべ》っていかないか」
「|勿論《もちろん》ですよ!」
蝶屋敷が忙しいことなんてうっかりわすれてしまった。この人と話すのは楽しい。
(冨岡さん。貴方はわからないかもですが)
一緒に今は世間話に花を咲かせながら話していく。
(私も貴方が《《大切》》ですし、それに)
本当は認めたくなかった。だけど、あの女性と関係がないなら。可能性はあるのではないか。そんな可能性を考える自分が憎めないのだ。
それは
(それは、私が貴方のことを)
「好き、だからですよ」
小声でこっそりと伝える。貴方には聞こえない声で。
「胡蝶何かいったか?」
「いえ、何もありません」
この気持ちは貴方には知られなくていいんですよ。私がこっそりと心に秘めるものですから。
まさかの五千字ごえびっくりしました。これで秘める恋心編は完結です。次は、清酒に揺らされて 其の一を投稿する予定です。その前に番外編を挟むかもしれまへんが……
まだ、このシリーズは続きますので引き続き応援よろしくお願いします!!
ちなみにこの義勇の結婚噂は、宇随さんがながしました。