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最終章
最終章「青の記憶」(エピローグ)
白衣の胸ポケットに小さなペンを差しながら、陽翔は窓の外を見ていた。
夕焼けは、あの夏と同じ色をしていた。
彼は今、医師になっていた。
記憶を失った人、苦しむ人、見えない痛みを抱える人に寄り添う、そんな存在に。
ある日、研修医の一人に尋ねられる。
「風間先生。どうして医者を目指したんですか?」
陽翔は少し笑って、静かに語りはじめた。
「昔、大切な人がいました。彼女は記憶をなくしていく病気で……」
「“愛した人のこと”から、順番に忘れていく病気だったんです」
若い医師は言葉を失っていた。
陽翔は続ける。
「でもね、それでも彼女は、俺の名前を、何度もノートに書いてくれていたんです」
「覚えていようと、最後まで、あらがってくれた」
一瞬、陽翔の表情が遠くを見るように和らぐ。
「だから、俺は思ったんです。
“誰かの記憶の中に生き続けるような人間になりたい”って」
陽翔はその夜、病院の屋上にいた。
夕焼けに染まる空の下、ふと、あの秘密基地を思い出していた。
——そして、心の中で澪の声が、ふいに重なる。
「今でも、なぜあの時、関係のない人に秘密の場所を教えたのか。それはわからない。
けれど、きっと、あの時の俺は察していたんだろうなぁ…“忘れてしまう”って…。」
陽翔は空を見上げ、そっと目を閉じた。
青のように静かで、夏のように熱かった、あの季節を抱きしめるように。
「フゥ…さぁて、仕事に戻りますか(笑)」