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要らない感情
過去作供養です。百合注意。
ひとつ後ろの席から佐橋ィ、っていつも呼んでくれる。
帰るとき「はやく」って急かしてくれる。
しょうもない話を延々と話してられる。
カラオケ行きたい、って言って誘ってくれる。
私は、そんな彼女の事が大好きである。
「さはしー。ねむい」
振り返りを書き終えてノートを机にしまっていたところで、華さんの毎回お馴染みの声がかかり振り向く。
「じゃ寝とれば」
「それは無理」
「矛盾とはこれのことやん…帰りの会終わったら下校なんやし我慢しろ」
まあ、六時間目が終わったところだ。誰しも眠たい時間帯であることに間違いはないし、実際私も眠い。脳は半分くらい寝ている。
「俺もねむい華さん…」
いつのまにか来ていた芦屋が、華さんに同調して声を上げた。芦屋と華さんは、家が近い上に習い事が同じらしく、昔からよく話しているのを見た事がある。彼は班ロッカーに教科書を置きに来た途中らしい、手には地理の教科書が掴まれていた。
「てか華さんさ、後期の役職もう決めた?」
芦屋はそうやって話を変える。彼のいう役職とは、委員会や教科係などの役割のことだ。
「ああうん。佐橋と同じ文化委員にした」
「へ、そうなん。俺、まだ決めてない」
「やっぱ優秀な芦屋クンには学級委員がいいんじゃ?」
「教科係長も優秀な芦屋クンにはこなせるでしょ」
しょうもない事を言いながら、私は芦屋の言葉の意思を考えた。
『てか華さんさ、後期の役職もう決めた?』
さしずめ、華さんと同じ役職をやりたかった、そんなところだろう。なんていうか可愛いな、なんて思いつつ、華さんと同じ役職という立場を奪ってしまったことから申し訳なさも感じる。しかしまあ、同じ役職をやろうと言ったのは誰でもない華さんなのだ、私には罪はない。
そこで担任が帰りの会の呼びかけを始めたので、何言か交わして芦屋は立ち去って行った。
下校の時刻。横断歩道を渡り、重いリュックを揺らして私と華さんは歩いていた。もうすぐ、私達の帰り道は左右で分かれるところだ。斜め前を見れば、芦屋はクラスの男子数人とがやがや話しながら歩いていた。
「お」
いつも通り。芦屋はやがてグループから離れ、右側の横道に入っていく。そこは私達ふたりが別れる分岐点なので、私と華さんはその横道の入り口で立ち止まった。
芦屋は、電柱の横でしゃがみ込み、靴紐を結び始める。
「待ってんなあ」
これもいつも通りの光景、私はニヤニヤしながら芦屋の方を眺めた。
私達が別れ道まで辿り着くと、芦屋は立ち上がりこちらを一瞥した。華さんは、芦屋と私の中間に立つ。
「じゃあ」
「じゃあね、またあしたー」
手を振った華さんに、彼女との別れを惜しみながら軽く手を振り返す。
反対側の横道に入れば、はたりと人の気配はなくなった。何歩か足を進め、なんとなく後ろを振り返る。
華さんと芦屋が、隣同士で歩く姿。芦屋がなにかいったのか、華さんは彼の頭をべし、とはたいている。
お似合いじゃないか。
私は前に歩を進める。これでいい。芦屋は私にだって話しかけてくれたりもする、すごくいいヤツだし。
もう振り返ることはしない。
頬を撫でた生ぬるい風に、少し秋の気配を感じる。ふと吐きそうになる息を殺す。要らない感情など、殺してしまえ。
新調した文房具を真っ先に私に見せてくれる。
理科室に行くとき、いつも待っててくれる。
好きな漫画のことを教えてくれる。
帰り道を、駄弁りながら私の横でだらだらと歩いてる。
私は、そんな彼女のことが大好きである。
でも、大好きでいてはならないのだ。