奇病患者が送る一ヶ月
編集者:ノゥ。
そこはね、人目のつかないような森の奥にある一つの病院。
その病院には奇妙な噂がいくつもあったのよ。
化け物がそこに入って人を喰ってるとか、
孤独に飢えた人殺しがそこに住んで人を集めているとか…。
街の人々は噂による恐怖で近寄る事も出来なかったそう。
ほら、今日も奇病病院からは笑い声が聞こえてくる__
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目次
奇病患者が送る一ヶ月 零日目
「ねぇ…、院長…。私、もうすぐ死んじゃうんでしょ?」
今にも泣きそうな瞳で、少女は俺を見つめてきた。
その時の姿はまるで《《あの子》》の姿のそっくりで、思わず顔がこわばってしまう。
「だ、大丈夫だ。もう大丈夫…、すぐに…__」
無理にひきつった笑顔を見せて、
俺でも情けないと思う声で言うが、それ以上言葉が続かなかった。
少女は無理をしているような、泣きそうな、苦しそうな…
そんな笑顔を見せてきたのだ。
いつからか、その笑顔は俺にとっての毒となって、胸を刺すような罪悪感が襲ってくる。
「……聞くまでもないだろうけどさ、生きたい?」
「うん…、生きて、病気治して、お母さんと一緒に遊びたい!」
「そっか、そうだね…。…、じゃあちょっといいかな?」
俺は微かに震える右手で少女の頬に触ろうとする。
すると彼女は驚いたかのように一歩後ろへ退いた。
「私に触っちゃ駄目だよ…⁉
院長が痛いって泣いてる所、私見たくない…‼」
「ハハハ、心配してくれてありがとうな。でも大丈夫だ!
なんて言ったって俺は完璧最強の院長様なんだぞ!」
昔、この子と遊んでいた時に言われた言葉。完璧でも最強でもない俺には勿体ないものだった。
「エヘヘ…、そうだったね!」
彼女は幸せそうに笑う。
この笑顔が守れないよりかは、ずっと良い。
俺は少女の頭を撫でた。
「……痛くないの…?」
彼女はキョトンとしていた。その反応は間違いではない。
もう何週間も誰かに触れる事は出来なかった彼女なのだから。
「あぁ、もちろん。何せ、君の病気は治ったからな!」
「ホント⁉じゃあ、私、お母さんと一緒に遊べるの⁉」
「うん、遊べるよ。手をつなぐ事だってできる。」
「お友達と、一緒におままごともできるね‼」
「そうだなぁ!今までよく頑張った。」
彼女ははしゃぐように興奮していた。
「もうすぐ、君のお母さんがいつも通り様子を見に来てくれる。
一緒に帰って、沢山お母さんとおしゃべりしろよ。」
「いいの⁉」
「あぁ。ただ一つだけ、俺と約束できるか?」
「なぁに、院長。」
俺は腰を下ろして、彼女と目線を合わせる。
「絶対に、ここには帰ってこない事。」
「え?なんで…?」
「危ないからだよ。
どうしても帰ってきたいなら、大人になってからな。」
きっと、その頃には君は忘れてるだろう。
たった三週間、一緒に過ごした医者の事なんて。
俺は彼女の頭を再び撫でながら、そんなことを考える。
「…うぅん…、分かった!大人になったら、帰って来る!」
「ハハハ、そりゃあ楽しみだな。
おっ、ほら、お母さん来たみたいだぞ。」
俺が背中を押してやると、
彼女は明るい顔をして、彼女の母親に飛びついていった。
「お子さんの病気は無事に治りましたよ。
念の為、一週間は火元には近づかせないようにしてください。
あとこの薬を、お願いします。」
「本当ですか!…今まで本当にありがとうございました…‼‼
ここに来て良かったです…!」
その母親は、ペコペコと何度も頭を下げてお礼を言ってくれた。
良い人だな…。皆の母親もこんな風に…、いや、叶いもしない理想だ。
「いえいえ、自分にやれる事をしたまでですよ。
沢山、愛情を注いで、幸せにしてあげて下さい。
俺…いや、僕も貴女に会えて良かったです。」
俺が礼を言うと、彼女達は笑顔で帰って行った。
あぁやって、皆にも迎えに来てくれる親がいたらいいのにな…。
ただ叶わぬ願いを持ち、自分の手に革手袋を付ける。
きっと、これを外すことは無くなる。
でも、いいだろう。
俺は皆が幸せに笑ってくれるなら、それで…。
「いんちょーー‼‼」
不意にそう叫ぶ声が聞こえ、顔を上げる。
少女が、大きく手を振っていた。
「私、院長と同じ、お医者さんになるーー‼‼‼」
遠い場所にいるのに、ハッキリと彼女の笑顔が見えた。
俺も軽く手を振り返すと、彼女達は自身の家へ向かってしまう。
すぐに二人の後ろ姿が見えなくなった。
俺はすぐそこの壁に背中を置き、ずるずると座り込む。
…寒い。今までよりも、ずっと寒い。
今日からあと《《一ヶ月》》。
その現実に俺は耐えられるだろうか…。
まだ零日目!
さぁ、もうちゃんと書けるか不安になってきちゃったお!
あぁぁ…絶対無理だ…絶対書けない…うわぁぁぁぁ…
完結しなくても怒らないでね?
奇病患者が送る一ヶ月 一日目
ッスーー…マジで遅くてごめん
「よぉし!今日も一日頑張っていこうか‼」
俺は医務室で休む同僚に向けて言う。
今日は気持ちの良い快晴の日。気分を上げていかなければ!
「流石…どことなくいつもより元気っすね…。」
ボサボサになっている短い黒髪を小さく結んでいる猫背の青年、
菱沼が呆れたように言った。
「応よ!んな事よりもさぁ…、」
「…?ッグエッッ‼‼」
俺は彼の体を無理やり反対に曲げ、立ったままエビ反りのようなものをさせる。
「この背中、どうにかなんねぇの?」
「あだだだだ、ギブギブギブッ‼たす、タスケテ‼‼」
「アハハ!菱沼さんすごいよ!頑張れ!猫背治るよ‼」
薄い茶髪の髪をポニーテールに束ねている女性が面白そうに言う。
「お、シエル!晃君どうだった?」
「あー、立派なおじさん構文で歓迎してくれたよ。」
「そっか!元気そうで良かった。」
「元気の基準がおかs、痛い痛い痛い‼」
その時、ビーーーと言うけたたましい音が院内に鳴り響く。
この音は患者が緊急時の際に患者自らが鳴らす音。
「どこで鳴った⁉」
「えっと、十四号室…春日居さんの所‼」
「マジかよッ‼おっけぇー!今行ってくる‼」
俺は医務室を後にして、十四号室に向かった。
「昨日の子、治ったからか、元気っすよね。院長。| 《はぁ…疲れた…。》」
「だね。にしても不自然な治り方だったけど~。」
「…あの人の考えてる事はいつまで経っても分からないっす。」
「うん、変な人だもんね。」
「そうっすね。」
---
「春日居さんッ!大丈夫か‼」
勢い良く扉を開ける。
そこにはいつも通りの笑顔を見せて、椅子に座っている高身長の青年がいた。
「いつも通りじゃんっ‼‼」
いつも通りの姿に、思わずツッコんでしまう。
いや、いつも通りが一番ありがたいんだけどさ。
「やぁ、暇すぎて鳴らしちゃった。」
うっかり☆と言わんばかりのトーンで彼は言った。
「そ…そうか…。」
それは緊急用だから出来れば暇つぶしに押さないでほしい…
そんな気持ちを抑えながら俺は言う。
「ハハハ、君が困った顔をしてる姿を見るのは久しぶりだね。」
「楽しまないでくれ…。はぁぁ…。
あ、今日は晴れてるし、ベランダまで連れてってやるよ。」
俺がそう言いそこにあった車椅子を取り出すと、彼は少しむすっとしていた。
「私だって自分で歩く事ができるんだ。ほら、見てまえ。」
…見たまえでは?というツッコミは敢えて放棄しよう。
彼はそう言うと、酔ったような心もとない足取りで俺の目の前まで歩いてくる。
ドヤ顔を見せて、
「ほら、行けた。」
と彼は言う。
「いや、危ねぇよ。ほら座った座った。」
「ハハハ、残念だ。君も車椅子の扱いに慣れたね。」
春日居さんはそう言いながら、大人しく車椅子に座ってくれた。
この人はずっと前…いや、建立当初からいた人だ。
要するにこの人は、俺が不慣れだった当初の姿を知っている事となる。
当初からいる人は少なくはないが、
こうやって改めて言われるとなんとも気恥ずかしい。
それ以上は互いに何も言わず、
俺はただ日光がよく当たるベランダまで、彼が座る車椅子を運んだ。
彼の奇病は|先天性《せんてんしょう》|表《ひょう》|皮下《ひか》|葉緑体《ようりょくたい》症。別名、緑化症候群。
簡単に言ってしまえば、植物のように光合成でしか栄養が取れないのだ。
彼の腕に見える渦を巻いた、いくつものタトゥーのようなもの…それが彼の葉緑体。
致死性はあまり無いが、俺達が食べるような食事が食べる事が出来なかったりと、少し不便。
「数時間経ったらまた来る、何かあったら呼んでくれ。
それまで、この本でも読んどけよ。じゃ!」
「あぁ、分かったよ。」
「げ、フリガナがふられてない…。」
---
「おーっす!ただいまぁー!」
俺は大量の資料を今日中にまとめないといけないため、また医務室に戻って来た。
医務室の中には先程のシエルの姿はなく、菱沼一人だけだった。
「あっ‼春日居さんはどうだったっすか?」
彼は心配そうに眉を八の字にして俺に問う。
「大丈夫だったよ。暇だったんだってよ。」
「そうっすか…、心臓に悪いっす…。」
今日はまだマシな方だ。
何せ菱沼が焦って発狂どころか大量の包帯を持ってこなかったんだもの。
「あいつに漢字練習帳と、計算ワーク、
あとひらがな練習帳も買ってやんねぇとな…。」
「予算足りるんすか?」
「いーや、予算も余裕もギリギリ。」
「はぁ…。いいっすか?
ジブン達はこれから先、支え合って生きないといけないんす。
そのためには節約をしないとしんどくなるって、何度言えば分かるんすか。」
「…節約、ねぇ…。」
俺はしゃがみ込み、すぐ目の前にあるゴミ箱の中に入ってある、
フエラムネの大量のゴミをじーっくりと見つめる。
そんな俺に菱沼は気付いたのか、彼は静かにゴミ箱に蓋をした。
俺は流石に菱沼の方を見るが、明らかに目を逸らされているせいで、彼と目が合わない。
沈黙がしばらく続く。
「そういや、シエルは?」
「別館っす。」
「じゃあ黶伊は?」
「アイツんとこっす。」
「翠のとこか…。そんじゃあ綝は?」
「寝てるっす。」
「はぁぁぁぁぁ…。」
思わずこぼれ出る灰色混じりのため息。人手不足も勘弁してくれぇ…。
今日は徹夜が確定したようなものだ。山のようにある資料が、一日で終わる訳がない。
何日も十分に寝れていないのに。
「今日も一日頑張っていくんじゃなかったんすか?」
「そうなんだよなぁ…、頑張んないといけねぇ…。」
俺がそう言った瞬間、ピンポーンといった明るい音が鳴った。
この音は先程とは違い、通院の患者がこの病院に来た事を指す。
しかし、普段よりも明るい音だったので、多分初めましての患者だろう。
「よし、じゃあ、あとは頼んだ!」
「え、ちょ、待つっす!」
俺を引き留めようとする彼の言葉を気にも留めず、
俺は次に、患者用の医務室へ向かった。
---
患者用の医務室では一人の女性が静かに座っていた。
「すみません、お待たせしてしまって…。
えー、俺がここで院長をやっている灰山です。どうぞよろしく。」
俺は慣れない下手くそな敬語で軽く挨拶を済ませる。
ここは奇病病院。
人々を脅かす奇妙な病気である“奇病”というものを治す事を目的とした病院だ。
やることは普通の病院と同じで、症状を訴える人に治療薬を出したりする。
俺が普通の病院を見様見真似で試行錯誤をしながらこの病院をつくった。
しかし、奇病というものは様々で、中には危なっかしい奇病もある。
そんな奇病を持っている人には、この病院で入院をしてもらうのだ。
中には奇病を気味悪がられて行き場の失った人達を保護する事だってある。
ある程度大まかに言ってしまえば、
患者のためなら何でもするような、そんな病院だ。
さっきの女性に薬を渡すと、彼女は深々と頭を下げて帰って行った。
まぁ通院の場合はあぁやって、ある程度症状について聞いて薬を渡す事が多い。
ある程度時間が経ってから、俺はまた医務室に向かった。
菱沼、どれぐらい終わらしてくれたかなぁ…。
半分以上終わってたら…、褒めてやろう!
資料をまとめた後に、春日居さんを部屋に戻さないとなぁ。
あと、花壇の水やりもしないと。
で、もしもまだ綝が寝てたら起こしに行って…、それで…、
うん、やることがまだまだ沢山だ!
今日も忙しいぞー‼
██████、
あと29日。
0話から想像もつかないぐらい明るい話でしたね笑
まぁ仕方がない、シリーズの場合、自分の書き方ってこんな感じだから
え?1話の投稿が遅いって?フフフ…
正論はやめてくれ、俺傷ついちゃうお♡((キッッッッ
そんなこんなで、末永くよろしくお願いしまぁす
2話の投稿も、凄く遅いって思ってもらえると…笑
奇病患者が送る一ヶ月 二日目
俺は今莉華と二人きりでとある場所へ向かっていた。
こうなったのも一つ、訳がある。
それは丁度朝の事。
俺が仕事をサボるために適当にうろついていた時に、莉華が何にもない外を見ていた。
「よっ、今暇?」
「…まぁ…。」
俺が能天気に声をかけると、彼女は淡々とした返事を返す。
「そっか、じゃあちょっと俺についてこい!」
「…は?」
そして現在に至る。
別に本当に何も考えずに声をかけた訳じゃ無いが、ただ道中で話す会話がないのだ。
今の子って普通何見てるんだろー。テレビ買わないとなぁー…。
俺達は会話なく地下室に続く長い階段を下り、ようやく地下室の扉が見えてきた。
ギィッという音をたてながら俺は扉を開ける。
「ここ。」
「ここは…?」
彼女は目の前にある、
まるで培養液のような療養液が十分に入ってある大量のカプセルみたいなやつに、
目を疑っているようだった。
まぁ、こんな現実味の無い光景を見て驚かない人なんていないけど…。
「簡単に言えば、地上では到底過ごせそうにない人が過ごす場所かな。」
「なんでこんな地下に…?」
「…一応危険だからな。壊されたら命に関わる話だし…最悪の事態を考えてここにした。
でも、お前ら患者は、俺ら医者が付いてなくてもいつでも来て良いぞ!」
「…そう。」
莉華はそう言うと、すたすたと奥の方まで見渡しながら歩いて行った。
興味出てくれたかな…?
なんてことを考えていると、不意に
「キャッ‼」
莉華がびっくりして悲鳴を上げる。
あ、肝心なことを言うの忘れてた。
「あら…?驚かしてしまったかしら?」
雷に打たれたような、呆気にとられたのか不思議な顔をした莉華の目線の先には、
療養液と酸素を取り込んだ…おっとこれ以上は企業秘密だったな…、
まぁカプセルみたいなやつに入っている、茶色の長い髪の女性がいた。
「初めまして、新しい子?」
その人は莉華に向けて手を振りながら、俺に聞いてくる。
「いや、この間からいたけど、姫の事紹介するの忘れててさ。」
「あら…、それは失礼な話ね。」
「ごめんって、ほら最近ちょっくら忙しかったろ?」
俺が頬を膨らませる彼女を必死でなだめていると、
「姫…?」
不思議そうな顔をしながら莉華が言う。
「あぁ…えっと俺が勝手に呼び始めたあだ名みたいな…、そんな感じ?
この人の本名は佐々木麻衣子さん。」
「えぇ、佐々木麻衣子です。よろしくね。」
彼女は改めて自己紹介を済ませて、整った顔立ちで笑みを浮かべる。
莉華は若干驚きながらも軽く|会釈《えしゃく》をしていた。
「でも…、なんで姫?」
「それは……。」
俺がその問いに答える事を少し遠慮していると、
「それは先生が麻衣子さんの事が人魚姫みたいって言ってたから、だよっ‼」
不意に後ろから声がして、思わず俺は振り返る。
「げっ!お前ら‼」
そこには二人の少女がいた。
さっき、俺が言いたくなかった事を割り込んで言ったのは梓、通称あず。
で、もう一人は、
「やほ、院長が見えたから遊びに来たよー。」
全身が真っ白で一見不気味な印象を与えるような見た目で、
少しだけ申し訳なさそうな顔をしている、冬華だ。
そんな顔をするぐらいならぜひともあずを全力で止めてほしかった…。
「人魚姫みたい…って、|此奴《こいつ》が…?」
まるで魚が歩いたみたいな話を聞いたように、若干引くような様子を見せる莉華。
やめようか、うん。俺流石に傷つきそうだ。
|此奴《こいつ》って、…え、|此奴《こいつ》なの?
俺がそんな事を悲しい気持ちで思っていると、莉華は振り返り俺を見た。
それはもう凄い顔で。
やめろ、その怒り狂った柴犬みたいな顔。お前がそんな顔するの初めて見たわ。
「うん、そうそう、この人が。意外だよね。」
とどめを刺すように冬華が続く。素直な子ってこういうところあるよな。
嘘を吐けとは言えないけど、せめて遠慮してほしかったよ。
「アハハ、まぁ先生もそういうお年頃だったんでしょ!」
こいつら…俺が反論しねぇからって好き勝手言いやがって…。
おやつのプリン抜きだからな…。
「でもわたし、お姫様って年齢じゃないし、さして美人でもないんだけどね…。」
佐々木さんは俯き、少し考えるような素振りを見せる。
「えぇー、めっちゃ美人じゃんかぁ。ね、いーんちょ!」
「は、待って、なんで俺に振るの?俺ではなくない?」
「なんでって、先生が最初に姫って言ったんでしょー?
綺麗だね、ぐらいは言ってあげないとぉー。」
あずが当たり前でしょと言わんばかりに言う。
「そうだけどさぁ。…俺が綺麗とか言ったら…ほら、なんか、変だろ⁉」
「…はぁ。」
何そのため息。莉華?おーい、莉華さーん?
「そんじゃあ俺仕事あるから!莉華は適当にそいつらとお遊戯でもしておけ!
じゃあ任せたぜ!」
「えぇ!逃げるの⁉」
冬華がそんな事を言った気がしたが、俺は本当に逃げるように地下室を出た。
あいつら、変な事教えなきゃいいけど…。
まぁでもあんな感じなら仲良くはなれそうだな。俺の長年の勘がそう言ってる。
俺は、とにかく長い階段を上り続ける。
……。…………あ゛ぁ゛…。足が…、疲れる…!
もう俺歳か?…いやいやいや…。何か考えながら上がってたらすぐ着くだろう。
莉華は結構最近に来た方だ。多分ここで入院してる患者の誰よりも最近。
彼女の奇病は|万華失声病《ばんかしっせいびょう》。
万華は満月の事、そして失声病は皆ご存じの失声症から。
病名そのままの意味で主に満月が出ている夜に声が出なくなる。
でも病名を付けた時には思ってもいなかったが、
莉華の奇病が進行し、現在では月が出ている夜に彼女の奇病が発生している。
この奇病が発症する事は、意外と珍しい訳ではない。
強いストレスを受けると失声症になるのと同じような感じだ。
ただ失声症と失声病の違いは、
心理療法に薬物療法、発声練習を併用しても長くても三週間で治るか否かだ。
この違いがかなり分かりづらいせいで、奇病って事に気付かないケースもある。
その上見分けをつけるのに三週間はかかるってのが、この奇病の悪いところ。
いや、まぁ声出なくなるのも普通に嫌だし悪いところだけどさ。
不幸中の幸いと言えるのか、致死性はないから安心だが…。
放っておけば、徐々に発症条件が広くなるのも面倒くさい。
次に冬華の奇病についてだ。
正直言って、本人がその奇病についての発言を拒んでいるから、よく分かっていない。
でも…少しだけ症状の話は聞いていたため、いくつか絞れてはいた。
そして最も有力なのが一つある。長年の経験と言うべきだろうか…出来れば憎みたい。
俺の考えが正しければ、…冬華は……。いや、やめよう。
まだ俺は考えたくない。
それから…あずの奇病。
これに関しては長くなるだろうから、また今度まとめよう。
最後に姫…佐々木さんの奇病。
彼女は脆弱病という奇病だった。
これは…俺がここで働き始めて間もない頃に初めて見つかったっけ…。
まぁ姫とはまた別の人だったから、今じゃもう関係ないんだけど、
でもこうやって同じ奇病が見つかると、その人の事思い出すな…。
脆弱病は簡単に言ってしまえば、本来よりも怪我をしやすくなると言うもの。
今じゃ歩く事もままならないから入院って形になってる。
そして、姫は…俺の母に似ていた。
「はぁー、…やっと着いたぁ…!」
俺がため息交じりに言うと、目の前に人影が見えた。
その人影の正体はと言うと…、
「探したっすよ、灰山せぇんせ?」
「ヒッ、ヒシヌマァ…、ドウシタ?ダダダダダダイジョウブカ?」
気味が悪くなるほどゲスい笑顔を見せる菱沼が、
この時の俺にとってその笑顔がどれだけ恐ろしいかったか…。
「どうした、じゃないっすよ‼何当たり前のようにサボってるんすか⁉」
あくまでも一応上司である俺の胸ぐらを当然かのように掴む菱沼。
待って、落ちる落ちる落ちる、ここから落ちたら俺、怪我だけじゃ済まねぇって。
「ほら、資料まとめるだけが俺らの仕事じゃな__」
「あ゛?」
「ハイ、スミマセンデシタ。」
「はぁ…、疲れた。無駄に体力を使わせないで下さいっす。」
俺も疲れたよ。今のでどっと疲れた。
てかなんか俺への当たり強くない?え、元々だっけ?
皆にはめちゃ優しいのに、え?俺何か悪い事した?うーん…、心当たりがないな…。
んな事よりも、なんでそんなに機嫌悪いn…あぁ、こいつ今日で五撤目だったか…。
…マジごめんね、フエラムネ買うから…。コワイよその目、睨むのやめてくんね?コワイ。
██████、
あと28日。
オチが無かった
驚くほど雑だけどごめんね
菱沼さんって院長にだけ当たり強いイメージある
奇病患者が送る一ヶ月 三日目
短くてごめんね
[梓視点]
「ねぇ輝夜!先生に、ドッキリ仕掛けちゃおうよっ‼」
「…え?」
「ドッキリ内容はそうだなぁ…先生の嫌いなものをあげるとか!
どんな反応するかなぁー。」
私が先生の反応を勝手に想像して楽しんでいると、
「ま、待ってよ。なんで急にドッキリ?」
輝夜は若干戸惑ったように私に聞いてくる。
「やってみたいなって思ったから。」
「ちなみに先生って…あの人…?」
「うん、灰山先生の方。驚いてくれるなら誰でもいいけど。」
「そ、そっか。いやでも…やめたほうg__」
「よぉし!そうなったら先生の苦手なものを聞き込みしないとっ!」
私は輝夜の言葉を最後まで聞かずに、部屋を飛び出した。
「んー、でも誰に聞こうかなぁー…。」
色んな人の顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。
この中から先生の嫌いなものを知ってそうな人かぁ…。
うーーん、誰だろうなぁ…。
「まぁとりあえず全員に聞いていこっか!よし、レッツゴー‼」
「待ってってば!ちょ、あず‼」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれから数時間経っちゃった…。
色んな人に聞いて回ったけど…、先生の嫌いなものを知ってる人が全っ然いない!
皆知らないって言ってて、もう困っちゃう。
あー…、もうすぐ日が沈んじゃうよぉ…。
「ハァ…ハァ…も、もういんじゃない?俺、疲れたんだけど…。」
「でもまだ誰にも教えてもらってないもん!輝夜ももうひと踏ん張り!」
「やぁ、君達。さっきからグルグル走り回って、どうしたんだい?」
後ろから声がして、私達は振り返る。
そこには春日居さんがどこか面白そうな顔をして車椅子に座っていた。
「あ、そうだ!春日居さんなら先生の嫌いなもの、知ってるよね!」
私は食い気味に春日居さんに問うと、彼は不思議そうな顔を見せた。
「え?先生…?」
「ほらあず、迷惑かけてるじゃないk_」
「あぁぁ…、灰山君のかい?確かに彼はいじりがいがある、もちろん知ってるよ。」
「えぇ…この人も…?」
輝夜が若干引いたような声をあげてるけど、まぁよく聞こえないしいいや。
春日居さんはそう言うと、ちょいちょいと手招きして、私に耳打ちをした。
「あの人の嫌いなものはね…____」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私は先生を探してウロチョロとしていた。
もうどっぷりと暗くなって、院内も静か。
すると、どこかから話し声のようなものが聞こえる。
誰だろうなって思いつつ、声を辿って歩いていくと、そこには灰山先生がいた。
やっと見つけた!
私はこっそりと先生の後ろまで向かう。
「あぁ、うん…、うん、ありがとう。」
先生は空に浮かんでいる月を見上げながら電話をしていた。
とっても…、幸せそうな顔で。
誰と電話してるんだろ…、友達かなぁ?
「……、うん、明日。そう、いつもの所。…分かった、じゃあ、切るね。」
私がしばらく少し遠くから先生を見つめていると、先生は電話を切り、振り返る。
「お、どうした?あず。言ってくれりゃあ良かったのに。」
先生はさっきとは違う、いつもの笑顔を見せ、私の頭を撫でてきた。
革手袋越しでも分かる温かさを持っていてどこか安心する先生の大きな手。
「そうだ!これ、プレゼント!」
私は説明なんてものはせずに、先生に小さな箱を渡す。
「マジ⁉やったぁ!あんがと、大切に貰っておくよ!」
中に先生が嫌いなものが入ってるなんて知らずに、先生は嬉しそうに受け取ってくれた。
そんな風に喜ばれたら、ちょっと罪悪感が押し寄せちゃう。
「んじゃ、今日はもう遅いから早く寝ろよ、おやすみ。」
「うん…。…あーあ、行っちゃった…。」
開けてもらえなかったなぁ…。あれじゃあ、どんな反応してくれるのか分かんない。
…まぁいっか、明日別の先生に聞こっと。
---
[灰山視点]
「プレゼントって言ってたけど…一体何が入ってんだ?
誕生日って訳でもねぇのに…。」
俺はあずから貰った小さな箱を見ながら言う。
せっかく貰ったし…開けてみるか!
いざ蓋を開けると、
その中には俺の大嫌いなソレがおぞましい数で入っていた。
「ヒュッ」
思わず俺は息を飲んでしまう。
マジかあいつ…嫌がらせか…?いや、多分ただの好奇心だろ…。
まぁ…まだあいつも子供だし…、ん待て。
誰が俺の嫌いなもの教えた?あいつに教えてn…春日居かぁぁ‼‼
どうせあいつぐらいだろ…。明日、あずと春日居さんにデコピンしよ…。
はぁ…今日も疲れた…。今日はさっさと寝て休むか…。
俺は医務室のドアを開けようとした。
しかしドアを開ける前にふと立ち止まり、考える。
「電話…、聞かれてたかな……?」
██████、
あと27日。
平和だねぇ…
ちな、しばらくはずっと平和だお()
奇病患者が送る一ヶ月 四日目
皆優しい
皆愛ちてる()
[シエル視点]
「それで、どうして女子ばっかなの?」
私がどれだけ考えても答えのかけらも浮かんでこないこの疑問を口にすると、
「どうしてって…、女子会するからに決まってるでしょ‼」
梓はまるで分からない方が不思議といった口ぶりで言う。
私一度も女子会するなんて聞いてないんだけど?
「希乃さんと、月美さん、駑倉さんには断られたんでしたっけ?」
私の苦笑いを見向きもせずに綝さんがつまらなさそうに言った。
「うん、私とあずで誘ったんだけど無理だった。ざーんねん。」
冬華が続いて返事をする。
あぁ…、まぁ確かにあの三人なら断りそうだね…。
「さっき、お母さんがわたしのレシピでクッキーを焼いてくれたから遠慮せず食べてね!」
佐々木さんは机の上に置いてあるクッキーを指差しながら、楽しそうに言う。
そういうなら頂こうかな…。この人のって全部美味しいし…。
「あ、じゃあ私お茶淹れてくるねー!」
冬華さんもトテトテと言う足音をたてながら部屋の奥まで行く。
そんなに長居したら怒られるかもしんないんだけど…。
にしても女子会ねぇ…、意外とやった事ないな…。
…うん、まぁたまにはいいか。
仕事サボってるけど、大丈夫でしょ。
多分、ね!
---
[灰山視点]
「あ゛ぁ゛ぁ゛…、疲れたっす…。」
パソコンを打つ音が部屋に響く中、
菱沼はポツリと呟き、蓄積している疲労を顔に浮かべていた。
昨日は残業も何も無かったからよく眠れたと思うんだけどなぁ…。
昨夜は眠れなかったんだろうか?
「まだ始まったばかりだろー、頑張れって!」
そんなことは微塵も声にも顔にも出さずに、
俺は良かれと思い彼の肩を叩き、励ましてやる。
「ところでアイツはどこっすか?朝から見ないんすけど…。」
俺の励ましには触れもせず、鬼のような目をして俺を睨んできた。
「あー…シエルは今、女子会でもしてるんじゃねぇの?」
「女子会っすかぁ?なんで急に…。」
菱沼が俺の目を覗き込む。
「それは流石に知らねぇけど、
綝が女子会で地下室に行ってくるって言ってたからさぁ。」
「あぁ、それなら翠ちゃんも、さっき梓くんと冬華くんに誘われていたよ。」
俺が自分のオフィスチェアを座りながらぐるぐると回転させながら言うと、
黶伊もニッと笑いながら続けて言う。
「そうなんすか…、………………。」
菱沼は神経質らしく眉まゆをきらめかす。
「心配なのか?」
「いや…、人目につかない場所にいるって思うと、何かあったらどうしようって思ったんすよ。
せめて目が届く範囲にいてくれたら安心出来るんすけどねぇー…。」
そういうの、心配してるって言うんだよな…。
「…さて…、すまねぇが、俺今から用事あるんだ。」
俺は自分の腕時計を確認してから席を立つ。
「え、今からっすか?」
「うん。絶対行かないといけねぇ。」
「ちょ、誰の所に行くんすか!あと何時に帰って来るかも言うっす!」
「俺は子供かよ…。知り合いの所に行くだけ。
十時までには帰るつもりだけど、俺の分の晩飯はいいよ。」
流石の俺も、菱沼の過保護さに苦笑いをしてしまう。
「出来るだけ早く帰って来るっすよ!夜は危ないんすから!」
「だから俺は子供かよッ!俺、お前よりも年上なんだけど⁉」
「ふふ、気を付けて。」
黶伊はいつも通りの微笑みを浮かべてくれる。
俺も彼に微笑みを返し、頷く。
「あ、あとこれ。やるよ。」
俺は菱沼の手に、この間買ったフエラムネを渡すと、
「えっ⁉良いんすか⁉」
菱沼は食い気味でフエラムネを受け取り、顔一面に満悦らしい笑みを浮かべる。
さっきの過保護は一体何処へ行ったのやら…。これもまた苦笑してしまう。
お前のフエラムネ好きは逆に病気なんじゃねぇか…?
「……君も策士だねぇ…。」
菱沼の姿を見ながら黶伊が
俺の心まで覗き見るような目で、乾いた笑顔を見せた。
「んー?何の事だー?」
「ラムネはブドウ糖を多く含んでいる。
ブドウ糖が疲労の回復、集中力の向上、眠気覚ましにも使える事は有名だ。
要するに『俺の分の仕事も任せた』って言う事を遠回しに言ってるのでは?」
黶伊にまるで辞書のような説明をされ、
「ハッハッハ、まさかー。そんなんじゃねぇって。」
俺は冗談を聞くように返事をする。
「…本当は?」
「正解ッッッ‼んじゃ、頑張って!」
黶伊は俺の返事を聞くなり、少し困ったように笑うが、
俺は精一杯の笑顔で医務室を出た。
「ハッ!なんで灰山サンがジブンの好物知ってるんすか⁉」
「……そもそも隠す気あったのかい?」
---
[シエル視点]
「…紫苑センセイ、今何してるかな…。」
他愛のない話をすると言う謎の女子会の最中、翠さんが静かに呟く。
「あら、わたし達に気を遣わずに戻ってもいいのよ?無理させちゃ悪いからね。」
「今なら多分センセイ達の医務室にいるだろうから、会いに行ってあげたら喜ぶんじゃない?」
私も佐々木さんの意見に賛同する。
どうせ、院長が仕事を真面目にやってる訳ないから、
あの二人が代わりに仕事をこなしてるんだろうな…。
もしも菱沼さん一人だったら私を呼びに来るだろうし…。
「えぇ、じゃあそうするわ。」
「おっけー、また一緒に話そうねー!」
彼女は梓さんの言葉に会釈で返事をし、足早に歩いて行った。
彼女も可愛い所あるじゃん。
院長がもうサボってるって考えて…、
今翠さんが紫苑さんのお迎えに行った…。
あの人の事だし一旦仕事を中断して翠さんを優先するだろうね。
……あ、じゃあ結局菱沼さんが一人になるのか。
こりゃあマズイ。
「わ、私ももう抜けるよ。良い息抜きになった。ありがとー。」
「はーい!どーいたしまして!バイバーイ!」
引き続き悪気の欠片もないような明るい笑顔で手を振ってくれる梓さんに、
私も手を振り返し、彼女の後を追うように歩いた。
なんとか、なんとか書けたお
短いけど許してちょ
にしてもよく頑張った自分
さぁそこの君も、自分を褒めろ((
奇病患者が送る一ヶ月 五日目
ちょっと期間空いてすまん!
さほど長くないから、読んでくれたらうれち
「今日は線香花火でもしようかなー。」
俺がふと、そんなことを言うと
「いや、あの…、仕事してほしいっす。」
菱沼はいつも通り、ジトっと睨んできた。
そんな目で俺を見るなよ…悲しくなるじゃん…。
「もう冬でしょ?何で今更…。」
心底どうでもよさそうな菱沼とは違い、シエルは少しだけ食いついた。
「昨日出かけた時に線香花火とか色々買ってみたんだよ。」
「そんなの買ってる暇があったら、さっさと帰ってきてほしかったんすけどね。」
菱沼がボソッと何か言うが、よく聞こえない。
「そうそう!ちなみに昨日の夕飯は奮発して焼肉にしましたー!」
シエルは昨日をなぞるように思い出して、幸せそうな笑顔を見せる。
「はぁ⁉待って、それ聞いてない‼お前らズルいぞ!」
俺は思わず立ち上がり二人に向けて指を指す。
「ズルくないもーん。ちゃんと私達医者組で夜な夜な焼肉しましたよー。」
「えーー、ズルいーー‼最近俺もう全然焼肉食えてねぇじゃんかぁ!」
「知らないっすよ。というか、この間に関しては灰山サンが体調崩すから悪いんすよ。」
半べそをかく俺にお構いなく菱沼は仕方ないと言わんばかりの口ぶりで言った。
「いや、ちょっとは遠慮ぐらいしろよ。」
病人の前で焼肉食うってどうなのよ。せめて俺が寝た後とかなら良いのに目の前でって。
あれは誰がどう見ても嫌がらせじゃんか。
「おや…?花火の入った袋なんて持ってどうしたんだい?」
俺達が雑談を続けていると黶伊が部屋に帰ってきた。
「お、おかえり。忘れ物か?」
俺は、自身の机に向かう黶伊を目で追うと、
「あぁ、少し手帳を置いてきてしまってね…。それでその花火はどうするんだい?」
黶伊は俺に笑顔を返してくる。
「今夜やろっかなって思ってさ。沢山買って来たから、黶伊にも分けようか?」
「へぇ…、いいのかい?じゃあありがたく頂くよ。
それじゃあ翠ちゃんが待ってるから、もう僕は行くよ。またね。」
黶伊はいくつかの線香花火を貰い、早々に部屋を出た。
あいつも忙しい奴だなぁ…。
「…まぁ確かに線香花火なんてやった事ない患者も多いので、今回は許すっすよ。」
ふいに菱沼がそう告げる。
「…?あぁー…、いや、ほぼ俺の好奇心。」
菱沼がそう言うことが珍しいと思うも、俺はつい口を滑らす。
あ…、やべ。これ言わない方が良かったんじゃ…。
「アハハ、院長ってば正直だねぇ~。」
内心焦る俺を、シエルは面白そうに言う。こいつ…。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…、なぁんで今更急に花火しようなんてなるんすか…?」
菱沼は大きなため息を吐き俺に問う。
いや、もう噓吐いても仕方がねぇ…、ここは正直に言おう!
「いやぁ…俺、こういうのやった事無くて。
いつか家族とやりたいって、昔思ってたの思いだしたから…。
その…、なんかすまん…。」
俺が噓偽りなく話すと、菱沼がいつも以上にだらしない顔を見せた。
何その顔。
「…じゃあ今から灰山サンの家族呼ぶんすか?」
「それは無理だよ…。だって…、ほら、向こうも忙しいし、遠いしさ。」
「じゃあ家族とは出来ないじゃないっすか。」
「え?俺らって家族みたいなもんじゃん。」
違うのか?…俺はいつも皆とは家族と思って接してるけど…。
その方が患者の身になったとしても良い。
何せ患者の中には家族のいない人だっているんだから。
「はぁーー……。マジでアナタと話してると疲れるっす…。」
心底面倒くさそうに、だるそうに菱沼が言う。
「ひどくね?」
そんなため息吐くなよ…。幸せ逃げるぞ?
「あっははは!家族かぁ、いいじゃん!おままごとみたいで!」
シエルは菱沼とは違い、ケラケラと笑いながら言う。
「ままごとなんすね…。…はぁ…、今回だけっすよ…。」
菱沼が静かにツッコむが、シエルは腹を抱えて笑うだけだった。
「お、おう…。今日は、ちゃんと休めよ。」
俺はそう言い、睡眠薬の入ったお茶を差し出した。
---
今日は患者達に知らせたため、ある程度の患者は外にいた。
とは言え、流石に全員ではない。
興味があって、その上万が一の場合に危険がない患者のみが参加してくれた。
本当は全員でやりたいんだけど…、いつか、いつか皆の奇病が治ったら全員でしよう。
俺のグループにシエルのグループ…、あと黶伊と翠のグループの三つのグループに分かれた。
線香花火はもう渡しておいたし、他のグループは良い感じにやってるだろ。
ちなみに菱沼はぐっすりと眠っている。しっかりと薬が効いたようだ。
勝手に睡眠薬を入れたけど、まぁ多分バレてないだろ。
シエルが菱沼の顔に落書きをしていたが、止めれなかった。うん…、ごめん。
俺のグループではグミちゃんに晃と冬華の合計四人だ。
綝が少し不服そうな顔をしていたが、じゃんけんでそうなったから仕方がない。
綝に対して晃は冬華と一緒になれて嬉しそう。
「ほらこれ、三本ずつな。」
俺は彼らに線香花火をそれぞれに渡して、ろうそくにマッチの火をつける。
「ねぇ、どうやって使うの?」
グミちゃんがそう言い、俺が渡した三本の線香花火を不思議そうに見つめていた。
あぁー…グミはまだ小さいから俺と一緒でしたこと無いのか…。
「それじゃあ一緒にやろうk」
俺が言い終える前に、グミは線香花火を粉々にしてしまった。
「………うわぁぁぁん‼グミのがぁぁぁ‼」
彼女は顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙をいくつも流していた。
「大丈夫大丈夫、まだ沢山あるから。
ほらほらぁー、俺と一緒にしようぜー!」
「グスッ、うぅぅ………。」
泣きじゃくる彼女の頭を、彼女の奇病耐性の革手袋に付け替え撫でてやる。
彼女の奇病は|点器物有機物破壊症《てんきぶつゆうきぶつはかいしょう》。
この奇病名はシエルが付けたんだっけ………。
結論から言えば、正体不明で尚且つ危険すぎる奇病。
その名の通り有機物に触れると、さっきの線香花火のように壊れてしまう。
有機物ってなるとヒトも壊せる。当然有機物となれば、地球も例外ではない。
この子には悪いが、この奇病を患ったのが他でもないこの子で良かった。
純粋な子じゃなかったら、今頃どうなっていた事か…。
いや…、そもそも奇病が発症する理由は二つしかない。
一つは遺伝。奇妙な事に、遺伝する奇病は数多くある。
遺伝するには条件があって、それは親が治らないとされた奇病が突然治る事。
これは…、俺のモルモット達で調べて得た結果だから確かとは言いづらい…。
二つはその時の精神状態や気持ちによって発症する。
これは防ぎようがない。いくら努力しても嫌なものは嫌って思うもんだ。
だが稀に絶対に奇病にかからない体を持つ者もいるそうだ。
菱沼はそれ。正直言ってめっちゃ珍しい。天職だと思う。
一度だけ、本当にそうなのか試そうとしたが断られた。
まぁ、だから奇病にかかるってのは、精々運命としか言えない。
…そもそも誰がかかったからどう、なんて、俺が勝手に作った言い訳か。
運命に抗おうと思うほど、強い人間はそういない。
自分の運命が分かってたら、話は別だけど。
『花火、きれいだね😆』
「そうだねぇー!あ、落ちちゃった。」
『アキも落ちたー😭』
晃と冬華は交互にそんな事を話していた。
晃も器用だな…、線香花火持ちながら紙に文字書いて…。
それと仲良いな⁉距離ちかk…アッ………、うん、なるほど。
それ以上は何も思わないよう、俺は自分が持つ線香花火に視線を向ける。
「これ本当に最後まで落ちねぇのか…?」
「ねーえ、最後まで火がきたら、どうなっちゃうの?」
グミは純粋な目で俺に問う。
「んー…、確か最後まで落ちなければ願いが叶うとか言われてるかな。」
まぁ、それが本当かなんて俺が知ってる訳ないが…。
でも、線香花火を最後まで見れたら綺麗なのは確かだろう。
最後の散り菊って言われてるやつは、松葉よりも激しすぎず綺麗。
ちなみに線香花火は蕾、牡丹、松葉、柳、散り菊の順番で火が散るから、
飽きずに楽しめるのが線香花火の良さ。
「おねがい叶うの?」
「うん。何願う?」
「うーん…、皆を笑顔にしたい‼」
彼女は、ここには眩しすぎるぐらいの笑顔を見せて言った。
お、おう…、ここにいてこんなに純粋な子いなかったぞ…?
「院長は?」
「俺も皆が幸せになってくれたら、それでいいかな。」
「グミと一緒?」
「ああ、一緒。」
「えっへへへ…。」
俺が答えると、グミは嬉しそうにはにかんでいた。
…どうか純粋なまま育ちますように。
その時、天空に大きな花火が上がった。
お、もうそんな時間か。
「わーー!きれいー‼どうして大きい花火も咲いたの?」
「それはなぁー、今日が王様の誕生日だから、そのお祝いなんだ。」
「よくさ、花火みたいに死にたいって言うじゃん。」
「そうなの?」
俺の小さな呟きに、グミは意味も分かっていないように問う。
「…いや、やっぱいいや。」
…花火は最期の最期で、街を照らす花として綺麗に咲き、あっけなく散る。
確かに、最期には綺麗で派手で死ねるのは本望だ。
だってそれで名前も知らない何千人を照らす事が出来るのだから。
誰かを照らす犠牲の光となれるのならば、俺はそれで良いと思う。
でも俺は…ろうそくみたいに、たった数人を照らすだけの光で良かった。
ろうそくみたいに数時間もしつこく粘って、辺りを少しだけ照らす。
俺は聖人ではないから、名前も知らない誰かも照らそうとまでは思えない。
俺は優しくないから、知ってる人だけで良いから助けたい。
きっとどうでもいい事かもしれない。
誰かを照らせてるならそれだけで良いのかもしれない。
どちらも意味がないのかもしれない。
はたまた、どちらも意味が分からないかもしれない。
それでも…、
「あっ!また上がった!」
『すごい‼きれい‼✨』
「今の結構大きかったね!」
冬華は嬉しそうに花火を指差し、晃も幸せそうに笑顔を見せる。
二人の隣でグミは俺に向けて言った。
「そうだな!」
俺もグミに満面の笑みで返す。
今はまだ、幸せな時間に長く浸っていたかった。
████ま█、
あと25日。
花火したぁい
奇病患者が送る一ヶ月 六日目
諸事情により、一部を勝手に変更されて頂きました。
報告や相談もせずに変更してしまった事を、深くお詫び申し上げます。
尚、作中にも大きく関わる事のため、これ以上年齢を若くする事は出来ません。
我ながら、ご希望通りに執筆が出来なかった事、申し訳なく存じます。
ご了承賜りますようお願い申し上げます。
「緊急事態だっ‼」
珍しく黶伊が取り乱して、バタバタと医務室に入ってきた。
「どうしたんすか…⁉」
そんな姿を見て戸惑う俺達を代表して菱沼が言う。
「緊急事態とか…この病院ではいつも通りが緊急事態でしょ。」
シエルがそんな事を言うが、黶伊の耳には届かず、彼は続けた。
「大変なんだっ…‼朝、目覚めたら…、翠ちゃんが…‼」
最悪な事態が頭をよぎる。
「ま、まさか…、もしかして…‼」
「あぁ、いないんだ…!院内を探し回ったけど、どこにもいない…‼」
まずい…、これはまずい…。
混乱する頭の中でまた一つ嫌な事に気付く。
「危険だ……危ない、外は駄目だ。絶対に街にだけは。
このままじゃ、もしかしたら…。一刻も早く見つけないと…‼」
「灰山さん…?大丈夫?」
「シエルと菱沼は院内をよく調べてくれ…。黶伊は病院裏を中心に頼む。
俺は街の近くまで行ってみる。あそこにだけは…。」
「分かった、じゃあ見つかり次第、連絡するよ…‼」
黶伊はそう言い、医務室を飛び出して行った。
焦りで胸を締め付けながら、俺も黶伊の後を追うように飛び出した。
「あっ、怪我しないように気を付けるんすよっ⁉」
「…変なの…。」
「さっさとジブン達も探すっすよ!」
「はいはい、分かった分かった。」
---
[黶伊視点]
僕はあの人に言われた通り、病院裏を調べていた。
この病院裏は、墓場となっていて、ここで亡くなった人達を埋葬しているそうだ。
だが残念ながら、僕がそこまで気にしていないと言うこともあり、
この四年間でここへ来たことは数えるほどしかなかった。
一体、翠ちゃんは何処へ行ってしまったんだ…。
独りになった途端、不安や心配が徐々に募っていく。
ふと顔をあげると、不自然な小道が見えた。
草木が覆い茂ってしまい、獣道すら出来ていないが明らかに人が通った足跡が見える。
もしかして…、この奥に行ってしまったのか…?
こんな道があったことに驚きだが、今はそんな時間なんてない。
僕は迷いもせずに小さく細い道を進んだ。
---
[灰山視点]
俺は翠と関わった事は無い。一度たりともと言っても過言ではないだろう。
自分でも職務放棄なんじゃないか、って思う事も多々あるがこれにも事情はある。
まず俺は翠が八歳の時、強制的に回収した。
見た感じ異変は特に無かったが、俺の勘がこいつはマズイぞって言った。
案の定調べてみたら奇病持ち。
|鉱石涙腺病《あらがねるいせんびょう》…、って言うその時に初めて見つかったもの。
名前の通り涙が鉱石になる。ちょっと変わってるが、別の意味で危険。
その時は、念のため俺が看護等をしていた訳だが…、
翠の性格上、どうも扱いが難しかった。全く懐いてくれなかったのだ。
でもまぁ、あの時は丁度仕事も山積みで困り果てて、
俺が患者達の事をかなり大雑把に管理してたから、結局悪いのは俺なんだよな。
その時から既に菱沼と黶伊はいたが…。
菱沼に患者を任せるには危なすぎる。絶対にやめたほうがいい。
奇病に一般人を加えたら、患者になる可能性は極めて高い。
とは言え、黶伊に任せるのも色々あって抵抗はしたが、
経験せずして事はわからぬ、百聞は一見に如かずか…、って思って翠を任せた。
そもそも黶伊も奇病持ち。
…天使病とは、知っているだろうか。
これはかなり有名だろうから、説明は大まかに片付けよう。
天使病とは、患者の背中に生えた羽が栄養を奪い、患者を死に追いやる病だ。
黶伊はその奇病の持ち主のため、今でも天使のような羽がよく目立つ。
ファンタジーみたいな奇病だったのか、本好きの翠にはよく響いたそうで、
彼には懐いてくれた。
当然ながら、俺は嫉妬なんてものを抱くほどの余裕はなかったため、
何かを思った訳ではないが、強いて言うなら喜びを感じた。
成長や彼らの変化に、心底喜びを感じた。
それからは翠の事は全て黶伊に任せたが、嫌がる素振りは見せなかった。
多分、なんだかんだ気に入ったのかななんて思ったが、もう俺には知る由もない。
俺は重たい瞼を開ける。どれぐらい意識を失っていただろうか…。
いったたた…、頭がすげぇ痛いんだけど…。
どうやら俺は石につまずき転んだそうで、少し高めの崖から落ち、
頭を打ったみたいだ。血は…、多分大丈夫だろう…。
あぁ…、クッソ…、こういう時に限って端末機器置いてきた…!
まださほど病院から離れてはいないだろうが、
これじゃあ今どの辺りにいるか分からないな…。
生憎、ここの周辺に目印になるものは無く、ましては広すぎる。
街がそれほどざわざわとしてなかったから、翠が街に行った可能性は低いだろう。
…今はもう街の声すら聞こえねぇ…。聞こえるのは鳥のさえずりぐらいか…。
参ったな…。本当にどこかが分からない。でもここで待ってても仕方ねぇよな。
俺は自力で帰る事を決意し、痛む足を引きずりながら歩き出した。
---
[黶伊視点]
スマホを確認すると、翠ちゃんを探し始めて、もう四〇分も経ったようだ。
僕もかなり歩いたが、周りの様子が変わったようには見えないね…。
どれだけ歩いても、ずっと森の中で、同じ場所を延々と歩いているようだった。
本当にこの先にいるのだろうか…?
とは言え、ここから引き返す事は出来ない。
ここで引き返せば、僕は一生後悔するだろう。
突然、辺りが日光により眩しくなった。
木々や草木が開け、その平野のような場所に、
ポツンと小屋のようなものが建っていた。
物置だろうか…?
僕は静かに小屋の戸を押すと、ギィっという音を立てて戸が開く。
中には翠ちゃんが、小さなスツールに座っていた。
「翠ちゃん?大丈夫かい…?」
息はある。どうやら眠っているようだった。
近くにこの子がよく読む本が落ちているから…、
きっと本を読んでいた途中で眠ってしまったのだろう。
「ここにいたんだね、翠ちゃん。心配しちゃった。」
僕は聞こえてない事を知っていながら、あえてそう口にした。
スヤスヤと眠る翠ちゃんをお姫様抱っこで持ち上げる。
僕はスマホを取り出し、あの人に電話した。
「翠ちゃん、見つけたよ。」
「くぁwせdrftgyふじこlp⁉」
「えぇっと…、少し落ち着いてくれないかい?」
「怪我とかッしてないっすか⁉大丈夫っすか⁉」
「あぁ、無傷だったよ。今からそっちに戻るね。」
「分かったっす‼気を付けるんすよ⁉道中に何がるか分」
さて、翠ちゃんを起こさないようにしながら帰ろうか。
---
[灰山視点]
「いってぇぇぇぇぇぇぇ‼‼‼もう少し優しく出来ねぇ⁉」
俺が菱沼に怪我を着々と手当てされていると、
不意に消毒が染みて、考えられないほどの痛みを指の先まで感じる。
「仕方ないっすよ…。というか、なんでこんなに大怪我してるんすか⁉」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「全く聞いてないね。」
翠を膝で寝かせている黶伊が言う。
「マジか。あーー…、ほら、転んだ!」
「転んだだけでこんな大怪我しないっすよ⁉」
俺の言葉に菱沼がすかさずツッコむ。
えぇー…、間違えてはないんだけどなぁ…。
「足に腕に頭って…。まぁ確かに転ぶだけじゃこんな怪我しないよね…。」
シエルも若干苦笑いを見せた。
うーん…とは言え崖から落ちたとか言ったら、絶対怒られるじゃん。
「まぁ、翠が無事で良かったな‼」
俺が誤魔化すように言うと、
「灰山サンが怪我してちゃ意味ないっすよ。」
菱沼は安定の返しをする。
駄目だったか…。残念!
でも、この怪我じゃあと三日ぐらいは安静にしておかないといけないよな…。
まぁ…、さほど困んねぇだろうし良いか‼
████ま█、
あと24日。
ごめん、今回はマジで酷かったかもしれない。
いつも通り誤字脱字はご割愛なんだけど…、
結構急いで書いたから、出来は最悪だね。
マジでごめんなさい。
ゆーるしってちょ((反省の色が見えない
あと、やっといつも忘れてた[灰山視点]の文字を入れました。
本当にすみません。以前までずっと読みづらかったと思います。
てかなんでそれだけ忘れてるんだっていう感じっすよね笑
ハッハー()
奇病患者が送る一ヶ月 七日目
以前、翠ちゃんの保護を一年遅くしたのですが、
ちょっと言い方が悪かったみたいなので、こちらで説明させて頂きます!
えっとですね、まず奇病病院の創立が四年前なんすよ。
で、現在の翠ちゃんの年齢は十二歳。
創立して間もないぐらいに保護されたのなら、八歳が最低年齢になる…。
要するに年齢と年が合わなくなったって訳っす。
これ以上若くするなら、創立を五年に変える必要等があったので、
ある意味作中に大きく関わってしまうんです。
なんか、誤解を招くような言い方をしてすみませんでした‼
定期的に意味不明な発言をすると思うので、
言ってもらえればこうやって説明を補います!
何かあればまた気軽にどうぞ‼
[灰山視点]
「いって!」
稲妻が走ったような痛みが、全身を駆け抜け、思わず俺は声をあげる。
「大丈夫っすか?」
心配そうに菱沼は俺の目線まで身を屈めた。
「あぁ、ちょっと足ぶつけただけだから、大丈夫!」
俺はまさか心配されるとは思ってなかったため、慌てて涼しい顔を見せてみる。
「怪我人なんだから気をつけなよー?」
シエルも続けて言った。
お前らが俺に心配するなんて驚天動地だな…。
「応、あんがとな。」
そんな事は口に出さずに礼を言うと、菱沼は安心したようにため息をつく。
「…あ、そういやシエルってやっぱ外人?」
俺がふと問うと、シエルは若干嫌そうな顔をした。
何その顔。
「急に何…?」
「いやぁ、なんとなく思ってさ。」
「変なの。…まぁ院長が適当に思ったように捉えたら?」
彼女はそう言うと、面倒くさそうにあしらった。
そんな嫌だったか?
まぁ、お言葉に甘えてそう捉えよう。
「んー…、『シエル』だからフランスか。フランス語でシエルは空だったっけ?」
「へぇー…そうなんっすね。」
「『空』って由来は希望とか、自由、無限の可能性を意味する事が多い。
あー、そう思ったら、やっぱシエルにぴったりの名前だな‼」
「うえぇ…、やめてよ…。ちょっと気持ち悪いんだけど。」
俺が得意気にニヤリと笑うと、シエルは決まり悪げに苦笑する。
「灰山サンってそう言うのに詳しいっすよね。
意外と博識って言うか…、一見馬鹿なんすけど。」
「どいつもこいつも失礼だな…。
まぁ俺は暇だったから、昔はよく調べてたんだよ。」
「人の名前の由来を?」
「違う。それは昔、患者の名前に空って子がいたから知ってただけ。」
「でもフランス語分かるってカッコイイっすよね。」
「フフフ…、これでも俺は英語とイタリア語、カタロニア語
あとスコットランド・ゲール語も話せるぜ‼」
褒められた事に鼻を高くしていると、シエルは呆れたような笑いを見せた。
シエルに代わり、菱沼が口を開く。
「変なところで凄いっすね…。よく海外行ってたんすか?」
「え?うーん…、まぁ短期留学があったからボチボチかな…。」
「院長、意外と真面目だよねぇー。」
「意外って…、そんなに意外か?」
俺がそう言うと、二人はうんうんと頷く。
やめろ、虚しくなるだろうよ。
俺は昔から中途半端に色々とかじってたからなぁ…。
なんとなく興味が出たら、少しだけやってみて…、
ある程度出来るようになったら、また別の事を始めて…みたいな。
だからこそ、こうやって俺が医者を専門としてやっている事が、
自分で言うのもなんだけど凄いと思う。
昔は、色々挑戦するのが楽しかったなぁ…。
褒めてもらったり、喜んでもらえるのが、とびきり嬉しかった。
まぁ、今でも笑顔を見たいからこの仕事を続けてるんだけど…。
でもやっぱ、歳を重ねると褒められる事が無くなった。
褒められる……、か…。
不意に頭蓋に亀裂が入るかと思うような激しい痛みが俺を襲う。
思わぬ痛みに俺は顔を歪めてしまい、それを隠す事が出来なかった。
俺は菱沼達に気付かれぬように、顔を伏せて頭を抱える。
痛い…、痛い。これはきっと傷の痛みじゃない…。
ただの頭痛だ…。薬の副作用だろうか……。
痛みでろくに目も開けられず、
机の上に置いてあるはずの頭痛薬を手探りで探す。
だが、何も見ていない状況では当然、そう簡単に見つけることが出来ず、
俺は医務室を飛び出した。
壁に体を預けながら、俺は死ぬ物狂いで進んだ。
---
[菱沼視点]
ジブンがフエラムネを隠れて食べていると、突然灰山サンが部屋を出た。
「どこ行くんすか?」
そう聞いたものの、灰山サンには届かなかったのか、彼は振り向きもしなかった。
顔色がかなり悪かったように見えたが、…一瞬だったから分からない。
大丈夫だろうか…。
「…なんか顔色悪かったよね…。」
シエルサンが呟くようにポツリと言い、
ジブンは思わず、心の高ぶりと焦りを抑えきれない乱れた声で、
「そうっすよね‼」
と、つい食い気味で言ってしまう。
「そういえばさ、院長って昔からあんな感じだったの?」
シエルサンが珈琲を飲みながら訊ねてきた。
「あんな感じって…、どんな感じっすか?」
「おっかないって言うか…、変に元気なところ。」
「…元気が一番の薬っすよ。」
ジブンが彼女の問いから適当にはぐらかす。
「っそ。」
シエルサンもあえてそれ以上は触れてこず、医務室に沈黙が流れる。
「………。」
「…………。」
「…昔はもう少し明るかった気がするっす。」
「え、アレよりまだ明るかったの?」
「そうっすよ。そこらの男児よりも元気だったっす。」
ジブンは片手で頬を抑え、呆れるように唇だけで笑う。
「へぇー…。ねぇ、聞いていい?あなた達のこと。」
「ジブン達は、兄弟なんすよ。血の繋がってない、ここだけの兄弟っす。」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
今から十二年前…、要するにジブンが十歳だった時、兄を亡くした。
性格や顔はあまり似ていなかったけれど、
仲が良く、まるで親友みたいに子供時代を過ごしていた事を、
今でも昨日のことのように思い出す。
だが、それを引き裂くように、突如として現れた兄の死。
どこか儚く、それでも美しくも見えた兄の死。
兄の死は、正体不明の病によるものだった。
そしてその時、初めて“奇病”というものを知った。
あれほど、ジブンが“病”に興味を持った事は無く、
それからと言うもの兄のような奇病の人を助けるべく、ジブンは医者を目指し始めた。
しかし、そう簡単に医者になる事は出来なかった。
なぜなら、十六の時に父が亡くなり、母だけでは、
医学部の学費どころか受験料すらも出せる余裕がなくなってしまったのだ。
医者の道を諦めた二年後、ある日の出来事に目を疑った。
街の一隅にある森の中で、一つの病院が出来たのだ。
それは“奇病病院”と言う形で、世界で初めて創立されたもの。
ジブンはこれこそ望んでいたものだと思い、すぐに入職を希望した。
幸い、創立したばかりで人手不足だったため、
ジブンでも楽に入職することができた。
この病院を作った張本人でここの院長である、灰山と名乗る青年。
その青年は、街ではよく名を広めている有名人だった。
人当たりも良く、親思い、それだけでなく頭も良かったらしい。
よくその話は耳にしていた。
なぜなら、彼はこの街で一つしかない大きな病院で働いていたからだ。
逆に、知らない者の方が少ないと言ってもいいだろう。
だが彼は病院を辞職後、忽然と姿を消した。
何故辞職したとか、そう言った話は聞いたことが無かったが、
まさかジブンとこの人がこんな所で出会うとは思ってもみなかった。
それにしても、実際に会ってみると、印象がかなり違い驚いた。
想像していたよりも元気で、声も大きく、ジブンとはまるで違う。
どこか人懐っこい性格で、年上には今でも思えない。
表も裏もなさそうな人。
ただ一つ、意味深だったとすれば、
彼は「街の人達には、絶対に俺の事を話さないでくれ」と言ったことぐらいだ。
ジブンが入職してすぐに言われた言葉だった。
その時はさほど何も思っていなかったが、
次第に、街との関係を恐れたのか、
ジブン達医者を住み込みで働くと言う形に変えてしまった。
その形になった途端、ジブンや黶伊サン以外の医者が着々と辞めていった。
住み込みにするということは、自分の家族と会う機会も少なくなる。
きっとそれが嫌だったのだろう。ソレに関してはまだ納得する。
しかし、何故街をそこまで拒むのか…、それがジブンには理解が出来なかった。
そもそも人との関わりを断とうとしているのか、何度も考える日々。
だが答えに辿り着くことは出来ないまま、何度目かの夜は明けた。
でもある日、彼は言った。
「へぇ、お前って兄いたんだ!なんか意外だな…。
今、お兄さん元気にしてる?」
「…亡くなったんすよ、もうずっと前に。奇病に侵されて。」
「…ッごめん…!知らず知らずに踏み込んで…。」
「いいっすよ。ジブンだって、もう踏ん切りは付けたつもりっすから。」
「そっか…、すげぇな…。
…あ、じゃあさ!俺の事、兄弟って思ってくれて良いんだぜ‼」
「…は?」
「ここで俺らは住んでるんだ。ここが家、なら一緒に住んでる俺らは家族じゃん!
もちろん嫌ならいいんだけど…。ほら、やっぱ寂しいだろ?独りって。」
否定は出来なかった。確かに一人は寂しい、辛い。
一人になると、突然周りの声がよく聞こえ、その上不安が頭の中を飛び交う。
存外、家族も悪くないんじゃないか。
彼はきっと人との関係を拒んでいる訳ではない。
断言は当然出来ないが、そうなんじゃないかと確信に近いものを思ってしまう。
彼も何らかの理由があって孤独を求めたが、不意に孤独が辛くなったんじゃないか。
そして、何よりも
“兄弟”
その言葉を聞いた時、美しい世界を見た気がした。
楽しかったあの日々をもう一度。
辛かった事を洗い流す事は出来ない。
でもいつまでも苦しんでほしいとは、きっと兄も思っていない。
兄が今もジブンを見てくれているなら、楽しんでいる姿を見ていてほしい。
ジブンは、兄に笑っていてほしいから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ジブンから話せるのはこれぐらいっすかね。」
「へぇー…。お兄さんいたのは、私も初耳なんだけど。」
「そりゃあ言ってないんすから…、当たり前っす。」
ジブンがそう言うと、シエルサンは途端にとびっきりの笑顔を見せて言った。
「じゃあ、私は菱沼さんのお姉さんね!」
突然の事だったから、理解するのに時間がかかってしまう。
「…は?」
ようやく出せた言葉は、それだけ。
ジブンの返事が不満だったのか、彼女は頬を膨らませた。
「何その反応…。もう少し喜んでよー。
こんなに可愛い人がお姉ちゃんになるんだからー。」
驚くほどの棒読み。
「毛ほども思ってない事を言わないでほしいっす…。」
オブラートに包み隠さずに言うと、彼女は失礼な、とだけ言った。
「それじゃ、私患者さんの所に行ってくるねー。」
「あ、気を付けるんすよ!」
…兄だけじゃなく、姉……。姉か…。
「大家族っすね…、ジブン達。」
---
[灰山視点]
吐いた所で、気分はよくならなかった。
酸っぱい匂いが周囲を包み、
体の中では込み上げてきた胃液が鼻につんときて苦しい。
再び吐き気が喉元までせり上がってきて、一層苦しくなる。
俺はしばらくしてからトイレを出た。
ふと顔を上げた時、
目の前には右腕に血が滲んだ包帯を巻いている少女が立っていたことに気付く。
「わっ、五月‼どうした?」
俺が驚きを隠せずに聞くと、
「いえ、お手洗いに来ただけであなたに用があった訳ではありません。」
興奮も震えもなければ、熱心さの欠片もないような淡々とした言葉。
それには悪気なんてものはなかった。
「あぁ、そっか!ごめんごめん!」
慌てて体を避けると、
五月はそれ以上何も言わず俯いたまま中へ入っていった。
解離性消失障害。
先天性無痛無汗症と言う大まかに言えば感覚を失う病と、
失感情症と言う感情を失う病が合わさって出来たようなもの。
それだけでなく色素性乾皮症の症状も見られ、外へ出る事も許されない。
五月の奇病は、精神的苦痛を与えるようなものだった。
彼女自身に感情はなくとも、この始末はどうなのだろう。
薬が出来なきゃ、俺達にはどうしようもない。
でも…、これじゃ意味がない。
そりゃあ褒めるもんも、褒めれねぇよな…。
…五月は治したいと願っているのだろうか。
努力家で、優しい彼女の本当の姿や願いを、俺は知ることができるだろうか。
明日にでも…、聞いてみよう。どうにかして、彼女の口から答えを聞きたい。
治したいと願っているのなら、俺は彼女の奇病を治す事ができるだろう。
…その答えを聞ければの話だが。
████ま█、
あと23日。
はーい、勝手に設定の追加ー。すみませーーん。
圧倒的に自分好みの設定を追加。血の繋がってない兄弟て、俺好きやん。
勝手に過去編ぽいの書いて、自分満足。お腹一杯((
自分知らない、ストーリーがぐちゃぐちゃとか自分知らない。
ちゃんとしたストーリーってそもそもなんだ?(哲学)
今回は前よりも少し不穏に近づいたって感じかな!
本当は別の内容(テーマ)だったんだけど、急変更。
院長に嘔吐させたいって思った((クズ
本当はねー、占いの話だったの。
それで、院長が五月ちゃんと、奨ちゃんを占うみたいな感じだった(大まか)
でも自分占い興味無いからタロットカードの意味がよく分からんくてさ、
諦めちった☆()
まぁ、素人が占いの話書いちゃあ玄人に申し訳ないよね!
ハッハッハ!
前回は温かいメッセージを沢山頂き、ありがとうございました!
沢山慰めてくれて、本当に嬉しかったです。
元気出るッ‼ヌオォォォォォォォォ‼
ここまでモチベーションを上げてもらえると、頑張るしかないよね‼
次回も、ぜひ読んでくれるとうれぴぃです。
奇病患者が送る一ヶ月 八日目
「菱沼、包帯変えてくんねー?」
「自分で出来ないんすか…?」
「頭に巻くのは、一人じゃ難しいんだよ。」
「やったげなよー。可哀想でしょー?」
「本当だよー、俺可哀想ー。」
「一ミクロンも思ってないっすよね。ハァ…、分かったっすよ…。」
菱沼はそう言うと、俺の頭に巻かれた包帯を慣れた手つきで変え始めた。
「お前も慣れたよなー。昔はミイラにされるのかってぐらい酷かったのに。」
「お互い様っすよ。」
彼は鼻で笑い、サージカルテープで頭に巻かれた包帯を止める。
おぉ…結構速かったな…。過去一速かったんじゃね。
思うだけで口にはせず、いつも通り薬指の指輪に触れようとした。
その時、違和感を覚えてしまう。
「…あれ?なぁ、俺の指輪知らね?」
「指輪ー?私知らないよ?…え、指輪?」
「ジブンも知らないっす。………指輪⁉」
「何だお前ら…、何か言いたげな顔しやがって…。」
「院長って、既婚者だったっけ…?」
「独身だよ。」
チクリと刺さる言葉に、つい頬を膨らませてしまう。
こいつ、絶対分かってる癖に聞きやがって…。
「ならなんで指輪なんて持ってるんすか…。」
「ファッションだよッ‼‼」
俺は耳まで赤い血がのぼるのを感じ、
その上、こんな事でムキになる俺が情けなくも感じてしまう。
「にしても指輪、どこに置いたっけなぁ…。」
これ以上恥ずかしくなるのは勘弁だから、
どうにかして話を逸らす。ついでに目も逸らす。
「ファッションッッ…!~~ッ‼」
「おい、菱沼。それ以上笑うな。ラムネ燃やすぞ。」
「え、やめてっす。」
「ラムネって燃えるの…?」
「あぁー…、仕方ねぇ。俺今から指輪探してくる。」
俺は乱暴に頭をかくと、二人は若干鼻で笑いながら口を開いた。
「いってらっす。指輪売ってるとこ探しておくっすね。」
「泣いて帰ってきても私慰めないからねー。」
「なんで見つからない前提なんだよ…。」
今日は、たしか別館三階と別館一階のキッチン。
あと別館二階の廊下だけ通ったな。
もしかしたらその辺りにあるかもしれない。
順番に回って探そう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まずは別館の三階。ここは俺達医者の部屋となっている。
西方向の三つの部屋の扉は、手前から菱沼、シエル、黶伊。
北方向の二つの部屋の扉は、手前から俺、……空き部屋だ。
まぁ、誰かの部屋に俺の指輪がある事はないだろうし、
俺の部屋だけ確認でいいか。
…せっかくだ、皆の部屋も見て回ろうか!
あいつら、ちゃんと整理整頓してるかなー?
俺はそんな事を思いながら、まず菱沼の部屋のドアノブに手をかける。
いざ、オープン‼
あぁ…普通の部屋、以外の感想がないな…。
一人暮らしって感じがする部屋。ワンルームだから一層そう思う。
何か面白いものねぇのかよぉ…。
俺はタンスの中や、机の下、それにベッドの下も見たが、特に何もない。
「あるのはフエラムネぐらいか…。」
段ボールの中にあるおびただしい数のラムネには、それ以上手を付けず、
俺は菱沼の部屋を出た。
次はシエルの部屋だ!
…じょ、女性の部屋に入るのは、気が引けるな…。
やめておくか…?
いや、…んー…、いや、いや…、いや、…いいや入ろう!
なんかヤバそうだったら、見なかった事にしたらいい‼
よっし、んじゃあ|オニヴァァ《レッツゴォ》!
おぉぉぉぉーー‼シャレオツーー!
オッッシャンティーっだなぁー‼
え、これ本当に菱沼の部屋と同じ広さなのかよ。
この部屋だけ増築でもされてんのか?
なんか、こういうのって海外の部屋をモデルにしてるのかな…?
部屋のセンスは、俺無いから…、よく分かんねぇけど……。
アッ………。クローゼットには触れないでおこう…。
いい部屋だった!
俺はそのままシエルの部屋を後にして、黶伊の部屋に向かった。
なんだかんだ言って、黶伊の部屋ってどんな感じだろう…。
これでアイドルとかのグッズがあったら、ギャップ萌えってヤツだな‼
…ギャップ萌えって、そもそもなんだっけ…?
まぁ、いいや!どーーん‼
黶伊の部屋は、ベッド以外には何も置いていない。
うわぁぁ……、言っちゃわりぃんだけど部屋が死んでる…。
殺し屋の部屋かよ…、あ、殺し屋だったか…。
確か、十二歳まで殺し屋だったっけ?
スゲェよなぁ…、殺し屋とか本当にいたんだ、ってあん時心底思った。
グッズは、探すまでもなくねぇな。絶対ない。
…ベッド以外本当に何も置いてねぇもんこの部屋。
微かに俺はため息をついて黶伊の部屋を出た。
まぁいいか、とりあえず指輪を探そう。
俺の目的は指輪だろ。何期待してんだ俺。
俺はそのまま自分の部屋に向かった。
一瞬、開ける事をためらったが、どうしようもなく戸を開く。
自分の部屋は、俺が一番分かっているはずなのに、
俺はどこかで自分の部屋と思っていない。
この配置も、デザインも、自分じゃない誰かのものにも見える。
俺の部屋にはベッドは無く、
確か幼い頃使っていた勉強机と無数の本棚しか無かった。
本棚には、医学書や学生の頃にとった賞等が飾っていて、
俺の趣味で集めたものは一つも無かった。
娯楽になるようなものはなく、あるはずの窓も本棚で隠されていて見えない。
淡々と部屋の中で指輪を探すも、当然と言っていいのか、
指輪らしきものは見つからなかった。
それにしても…、埃っぽいな…。
基本この部屋に来ることはないから気にならなかったけど、
何年も掃除していなかったから、近いうちに掃除しないとな…。
…いや、もういいか…。どうせ、来ることはもうないだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次は…、別館一階のキッチン。
ここの下の階に姫がいる。それで上の階が患者の部屋だ。
正直言って、ここに来ることは飯の時しかないけど、
飯作る時に指輪を外したかもしんねぇから、ちゃんと探そう。
んーー…、無い。シンクも食器棚もゴミ箱の中だって見たのに無い。
本当、どこやったんだろ…。
別にあの指輪に思い入れがある訳じゃないんだけど…、
でも大切なものというか…、なんというか…。
だって、貰い物なんだから、大切にしたい。
…そういやあいつ元気にしてるかな…。
昔、俺の誕生日にあの指輪買ってくれたんだっけ。
しかも右手の薬指に付けろ付けろってうるさかったから付けてたけど、
なんでかずっと忘れてたな…。
もしかしたらあいつのお陰で、俺は医者になれたのかもしんねぇのに。
今度会いに行こうか…いや、流石に迷惑だろう。
連絡先を交換している訳でも、あれから会ったこともない。
学生の頃の友達、として全てが終わっている。
異性だからといって、特別何かを互いに思っていた訳でもない。
互いに、きっと何も思っていなかった。
多分あいつは今頃結婚でもして、幸せな家庭を築いている事だろう。
お節介だったけど、他人を大切に出来る良い人だったから。
右手の薬指の指輪は、『現実』を意味する。
言わば、夢が叶うみたいなものだ。
そして、『心の安定』も意味している。
俺がこの仕事に就けたのも、続けているのも、きっとあの指輪のお陰。
だからこそ、大切なものだった。
こう考えてみたら、十分思い入れは合ったんじゃないかって思う。
…思い出に浸っている暇はない。
今日も仕事はあるんだから、早く見つけよう。
あまり時間をかけたら、見つけるのが難しくなるかもしれない。
俺はそれ以上の思考を止め、二階への階段を上った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここは、さっきも言った通り患者の部屋だ。
現在の患者数は医者を抜いて十二人。
年齢的に綝を医者とカウントしていいかは微妙だが、
今回は省いておいた。
ちなみに、綝の部屋はここの階。
医者では綝だけが患者と同じ階で、これまた少し不服そうだったが、
より患者と近い立場でいれるため、
仲良くなれるかもしれないと当時は張り切っていた。
とはいえ、そう簡単にはいかず、あまり関係は良好ではないそうだ。
だが最近は女子会があった事もあり、ある程度距離は近くなったらしい。
綝と歳が近い子は少ないし、いたとしても交友関係をあまり好まない。
まさか女子会をきっかけにするとは思っていなかったが、
これを機に翠や莉華と仲良くなってほしい。
…晃とは、最近恋バナをするようになったと言っていた。
なんというか…、うん、良かったな。
気を取り直して、さっさと指輪を探そう。
今日はまだ患者達の部屋に入っていないから、
部屋の中にあることはないだろう。
だが念のため、患者に聞いて回ろう。
何か手がかりが得られるかもしれない。
「お!丁度良い所に春日居さん!」
ふと目の前に、生まれたての小鹿のように足をプルプルさせた
春日居さんが見え、俺は声をかける。
ん…?なんで立ってんだ…?
「や、やぁ…!悪いが少し手伝ってくれないか?
良ければ肩を貸してくれると嬉しいんだが…。」
「…車椅子は?」
「せっかくだし久しぶりに歩いてみようと思ってね。
くるあ椅子?だったかな、あれは部屋の中さ!」
ありえないほどのドヤ顔を見せる春日居さん。
お前はどういう気持ちでその顔をしてるんだ?
あと、くるあ椅子ってなんだ。…え?車、車って言いづらいのか?
「車椅子で部屋を出てから、廊下で立つ練習するじゃ駄目だったのか?」
「…確かにそれが良かったかもしれないね‼」
俺がひきつった顔で笑うと、春日居さんは一度考える素振りを見せてから言った。
輝かしい笑顔に腹が立つ。なんだこいつ。
四年過ごしてもこいつの考えていることが分からねぇ……。
俺でも流石に頭を抱えるが、放っておく訳にもいかないため、肩を貸してやる。
「ハハハ、すまないね。」
「一生懸命にやってんのはいいけどさぁ…、無理しない程度じゃねえと…。
怪我したら意味ねぇだろ?」
「怪我をしてる人に言われても、何も思わないかな…。
ところで『いっしょおけんめえ』って何だい?
聞いたことある気はするんだが……いや、無いね。知らないや。」
「…。」
何も言えない…。
一生懸命の意味は置いといて、
確かに怪我人が怪我するな、なんて言っても…うん、そこは認めよう。
ただ会話することもなく、俺は春日居さんを彼の部屋まで連れていく。
「あ、俺の指輪見てない?」
ふと思い出し、訊ねると、
「…指輪?君がよく薬指にはめてるアレの事かい?」
春日居さんは、俺が彼の質問を無視した事には気にも留めず、
言ってくれる。
「そうそう。あの、銀色のキラキラした奴。」
俺が記憶を指でなぞるように言うと、
彼も顎に指をあて、また考える素振りを見せた。
「そういえば、久我…晃だったかな。
その人が指輪のようなもの、持っていた気がするよ。」
「本当か⁉んー…、俺が落とした後に拾ってくれたのかな…?」
「まぁそんなとこだよね。うん、自分にはよくわからないけど。」
「そう言われると心配だけど…、俺は晃を探してくるよ。」
淀んだ牛乳色の素肌をした春日居さんは、微笑が口角に浮かべながら、
俺に軽く手を振ってくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
晃を探して、早一時間。
…こういう時に限って、まるで見つからない。
あぁぁぁぁぁぁ…、駄目だ…。疲れた。
その時、どたどたと、慌ただしい足音が聞こえ、思わず顔を上げる。
「うおぉぉぉぉ⁉ちょッ、待っ‼‼」
目の前には、ただ何かが突っ込んでくるだけが分かって、
そのまま俺はその何かにぶつかった。
「いったたた…。」
床に頭、当たんなくて良かった…。
そんな吞気なことを考えながら、起き上がる。
俺の腹に乗るサラサラとした長めの黒髪。
小柄な体系。可愛らしいフリフリとした服。
それを見た瞬間、それが誰かを瞬時に理解した。
「あ、晃⁉大丈夫か?」
俺がそう声をかけると、彼は慌てて起き上がった。
この間は夜だったから、あまり見えなかったが、
口に付けてある黒色の防音マイクがよく目立つ。
『センセー‼どおしたの?🤔』
「え、あー…、えと、聞きたいことがあんだけど…いい?」
『あ!その前に、これ見て~‼』
彼はそう言うと、見覚えのある指輪を左手の薬指にはめた手を見せてきた。
多分指輪と言えば左手薬指っていうイメージがあったんだろうけど…、
いや、自覚は無いんだ。晃はきっと意味なんて知らない。
俺も気にしない。よし、気にしない。
「…その、…それ俺のなんだけど…。」
『えっ⁉そうなの⁉😲』
驚いたように目を丸くして彼が言う。
「どこで拾ったんだ?」
『階段の近くに落ちてたよ‼』
「…そっか。拾ってくれてありがとうな。
でも落し物はちゃんと俺達に預けるように言ったろ?」
『ごめんなさい…😞』
彼は申し訳なさそうに眉を八の字にしていた。
ざ、罪悪感が凄い…。
俺はまた自分の頭をガシガシと掻いて、若干困ったが、
俺が彼を子猫を撫でるように優しく触れると、
晃は頭を一撫でされて、気持ちよさそうに目を細めた。
こういう顔を見ると、一層申し訳なく感じる…。
「…しばらく貸してやるよ。」
俺はやっと立ち上がり、振り返らずに医務室に向かった。
一瞬ぱぁっと明るい顔を晃は見えた気がする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいま。」
「おかえりっす。見つからなかったみたいっすね!」
「おお~。」
菱沼とシエルは、嬉しそうに立ち上がった。
なんでこいつらは嬉しそうなんだよ…。
「…ほら、見ろよあれ。」
俺は二人を無視して、ベランダを開けて裏庭を眺める。
俺の言う通り、二人もベランダに出てきた。
裏庭にあるブランコに、晃と冬華は腰かけていた。
「あの二人何してるんっすか?」
「うーん…、愛の告白?」
「は?ごめん、何言ってるの?」
シエルは辛辣に返してくる。そう言うのも、無理はねぇか。
「…俺らには見守ることしか出来ねぇよ。」
外が綺麗だ。風が吹く。
俺の指輪も、いい仕事をしてるもんだ。
あのまま貸しててもいいか、なんて思ってしまう。
それじゃあ駄目なんだけど。
変えないといけない。終止符を打たなければいけない。
今のまま、変化がない暮らしを続けられない。
「皆、幸せになれたらいいのにな……。」
俺の独り言は風に流され、誰にも拾われず消えた。
████まで、
あと22日。
誤字脱字はご割愛。
クオリティもご割愛。
晃君と冬華ちゃん、いいね…。
恋愛って正直難しいんだけど、見ててニコニコしちゃう。
あと、つむぎさんには許可すら取ってなかったので、ここで謝ります。
本当にすみません。晃君となんか勝手に…ね。
相談の一つや二つすればいいものを、何も言わずに決めちゃってすみません。
何かと自分は相談せずに話を決めてしまう。
…次回もよろしゅうございます。
いつになるか分からんけど()
奇病患者が送る一ヶ月 九日目
…自分ってやけにシエルさん視点を使うよな…。
え?理由?それは単純だよ。
なんか扱いやs((黙れ
[シエル視点]
「…あれ、灰山さんは?」
医務室の扉を開けると、いつものうるさい声が聞こえず、つい聞いてしまう。
別に気になる訳じゃないんだけど、いないと逆に気持ち悪い。
「あぁ…、そこにいるっすよ。」
菱沼さんは慣れたように指を指す。
私は菱沼さんの指の先を見ると、
灰山さんの机の近くに布団が丸まったような何かがあった。
「何それ?」
「…あれっすよ。」
彼がそう言うと、丁度雷が鳴り響き、私も理解してしまう。
あぁ…なるほどね…。
「最近の乙女でも、雷怖いって子少ないけど。」
「そうっすよね…。」
私達が二人で会話していると、不意に灰山さんが布団から顔を出した。
「こ、こここここ怖くねぇし。さささささ寒いだけだし。」
分かりやすい嘘を吐いてる。全く…、大人げない。
「そーっすか、そーっすか。」
相変わらず、この人は慣れてるなぁ…。
私も急激にどうでもよくなって、お気に入りのカップにコーヒーを入れた。
菱沼さんは灰山さんをいじって遊んでる。
本当仲良いな、この人達…。
「灰山先生!…あったまっているんですか?」
急に綝さんが医務室の扉を乱暴に開け、
布団に丸まっている灰山さんにずんずんと近づいていった。
wow、積極的。
「おぉ…、綝か…。いや、うん、そんな感じ。」
「そうなんですね。じゃあ自分も!」
彼女はそう言うと、灰山さんの布団に入り、
しばらくしてから彼と同じように顔を出した。
絵面はまぁまぁ可愛らしい。
…あともう一人入ったら団子みたい。
「ハハハ、仲良しっすね。ジブンも入っていいっすか?」
ゑ、あなたが?
って言いそうになったが、必死にその言葉を飲み込む。
「嫌です。死んでもごめんです。」
「ヴッ………。」
私の代わりに綝さんから辛辣な言葉を言われ、菱沼さんがノックダウン。
そんなに傷つくなら最初から言わなければいいのに…。
「ちょ、綝⁉大丈夫か菱沼ぁ‼」
ゴロゴロゴロ…。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼‼」
雷の音にびっくりしたのか、灰山さんが大音量で悲鳴をあげる。
鼓膜破れたらどうすんのよ…。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ‼‼灰山先生ぇ⁉
大丈夫ですか、一体何にやられたんですかぁぁぁ⁉」
灰山さんの悲鳴に、それよりもまた甲高い声で悲鳴をあげる綝さん。
あぁ…なんてカオスな空間。まるで地獄絵図よ…。
ここにいる私が可哀想。
「ん?何これ。」
灰山さんが放棄した仕事をこなすために、自分のデスクに目を向けると、
一つのクリアファイルに気がつく。
すると、その声に気が付いたのか、さっきの出来事がまるで嘘だったかのように、
灰山さんがむくりと立ち上がって、
「あー、それは患者のカルテだよ。」
私のデスクに置いてあったクリアファイルを開いた。
確かに、そこには患者さんの素性が詳しく書かれている。
「へぇ…。」
思わず私も声を漏らして感心しちゃう。
あの灰山さんがそんなものを作ったなんて…、考えられない。
「はぁぁ…。にしても、今日は生憎の大雨だな…。」
私がカルテを熱心に読んでいると、ふと灰山さんが言った。
「今日、何か用事でもあったの?」
「うーん…、用事っていうか…。この薬が切れたんだよ。」
彼は自身のデスクの上に置いていた、オレンジ色の錠剤の入った小瓶を
チャラチャラと揺らして見せてくる。
「…何の薬?」
「別に大したことねぇよ。…ただの持病の薬。」
「持病ぉ?ふぅん…。あ、もしかして灰山さんも奇病とか?」
私がケラケラと笑いながら聞くと、
「そりゃあ四年もここにいるんだ。俺も奇病にぐらいかかるよ。」
彼の想像もしていなかった言葉に、思わず目を見開いてしまう。
「え、…そうなの?」
「言ってなかったっけ?てっきり菱沼が話してるって思ってた。」
灰山さんは、くだらない話をするように笑う。
「わ、笑い事じゃないでしょ…。」
「大丈夫だって。本当大したことないんだもん。」
本当にそうなんだろうか…。
そんな疑いを持ちながら、私は彼の顔ただジッと見つめる。
「そんな見んなよ…。お前も心配性だなぁ…。」
「だって、心配になるでしょう?
奇病なんて…。あなたに死んだりされちゃ、私達困るのよ…?」
「俺の奇病はそんなに重くないって。」
彼は最後の錠剤を飲み、私の言葉にひきつった笑顔を見せてきた。
何よその顔。せっかく心配してあげてるのに…。
「ちなみにどんな奇病?」
心配と好奇心で訊ねると、灰山さんは少し罰が悪そうな顔をする。
「んあー…、…。」
「あぁ、言いたくなかったら別に言わなくてもいいの。
好奇心で聞いただけだから…。」
「いや、大丈夫。簡単に言えば、『冷え性』だな!」
聞き間違えかと思って、数秒フリーズしてしまう。
え、今なんて言った?
「ひ、冷え性?」
「うん、冷え性。」
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
思わずため息が出ちゃう。本当、心配して損した。
いや、勝手に心配してたのは私なんだけど…。
「だから言ったろ?大したことねぇって。」
「あなたの事だから、嘘吐くと思ってたのよ…。」
「ひっでぇなぁ…。」
「冷え性って、本当に冷え性なの?」
「応。体がずっと冷たいし、しょっちゅう頭痛くてさ。
肩凝りも酷いし、耳鳴りもマジで止まんねぇんだよ。」
「ふぅん…。」
私はそう言い、どれぐらい体が冷たいのか気になったため、
彼の体に手を伸ばした。
「ッ‼」
触れようとした瞬間、私の手は彼の手によって強く追い払われてしまう。
あまりに想像していなかったから、
私の口から「へ?」という間抜けな声が漏れる。
「ご、ごめんッ‼大丈夫か?ちょっとびっくりして…。」
私の声で正気に戻ったのか、途端に彼は心底申し訳なさそうな顔で、
私の手を革手袋の上から優しく触れてくれた。
「大丈夫だけど…。」
「あぁー、もしかしたらまた雷落ちるかもしんないから、
地下室に行ってくるな。んじゃ!」
「あ!待って下さいぃ‼」
逃げるように灰山さんは医務室を出て、綝さんは彼を追う。
医務室には、私と、倒れている菱沼さんだけが取り残され、
シンという沈黙が流れる。
あの反応。どこかで見たことがあった。
まるであの子みたいな反応。
体に触れると、いけないみたいな反応。
そんなところも、まるで彼女のようだ。
私があの日抱いた異変は、間違っていなかったのだろうか…。
「…やっぱ雷、怖いんだ。」
誤字脱字、クオリティはご割愛‼
とりあえず10話まであげたいって思った!()
明日、やっと10話あげます!多分ねタブンネ‼((なんだこいつ
やっぱり書くのは難P。
ファンレくれたら嬉P。
奇病患者が送る一ヶ月 十日目
ちゃんと、あげたお。
今日の天気はどんよりとした曇りで、気温はそれなり。
「ん、あれ?おーいシエル。」
「何ー?」
「睡眠薬って、もう無かったっけ?」
「あー、昨日丁度なくなっちゃった。」
「マジか、んー…了解。」
「そう言えば、いつもより睡眠薬の減りが早いんだけど…、なんでか知らない?」
シエルは不思議そうな顔で問うと、
「あ、それ、ジブンがこの間落としたからっす。」
さっきまで防犯カメラの確認をしていた菱沼が答えた。
「えー⁉昨日私、眠れなくてめっちゃ困ったんだから気を付けてよー?」
「いや、俺からしたら、正しい用量で正しく服用して欲しいんだけど。」
まるで呆れたような口ぶりの彼女に、俺はさらに呆れるように言う。
「ハハ、流石奇病もどきって言われるだけあるっすね。」
「うっさい。
そんな事より菱沼さん、落としたなら睡眠薬のおつかい言って来てよ。」
「えー、嫌っすよ。街まで行くのに疲れるっす。」
「運動運動、頑張ってー。」
菱沼とシエルのやり取りをある程度聞き流す。こいつらも仲良いなぁ…。
「あぁ…いや、精神安定剤も少なくなってきたし、俺が行ってくるよ。」
オレは二人の間に入るように話に加わる。
「またそうやって菱沼さんを甘やかす…。
そんなんだから菱沼さんが成長しないんだよ?」
「まだ菱沼は子供だから良いんだよ。こういう時は甘えろって、子供達。」
「少なくとも私は子供じゃない。
というか、菱沼さんはただでさえごぼうみたいなんだから…。」
「確かに、筋肉は無いし体力も無いのに身長だけは高いけどさ。
俺は嫌だって時にそれをやってほしくないんだよ。」
「そういうのを甘やかすって言うんでしょ?このチビ!」
「なッ、誰がチビだ!俺はまだ伸びるんだよ‼」
「バーカバーカ、この中学生‼
あなたと菱沼さんでお子様コンビとしてやっておきなよ。」
「だーかーら!中学生じゃねぇって!せめて高校生にしろ‼」
「あの…、灰山サンだけならともかく、
いい加減ジブンを子供扱いするの止めてほしいっす。」
菱沼は、俺達の見苦しい言い合いに若干苦笑いしていた。
---
あの後、結局俺が行くこととなった。
本当はさっさと行かせてほしかったんだけど、なんて言ったら怒られるだろう。
いつもとは違う真っ黒の深いフードがある服を着て、
若干早歩きで、俺は街を歩く。
街は、森とは違い、よく賑わっていた。
人の笑い声に話し声、遠くからは微かに泣き声や怒鳴り声が聞こえる。
俺は四年前から、その時からこの空気が嫌いだった。息が詰まるような、この空気が。
昔は好きだったのに、今では嫌いでしかない。時間とは、怖いものだ。
俺はフードを深くかぶり直し、目的地を目指して歩き出す。
やっぱり人目が気になるな…、さっきからジロジロと見られている。
見ない顔だとか、森の方から来たとか。
ひそひそと話するにはいいけど、
せめてもう少し聞こえにくいように言ってほしいな…。
その時、運悪く丁度、強い向か風が吹く。
まずい…、そう思った頃にはもう遅かった。
「おい…、あれ、灰山君じゃないか…?」
誰かがそう言うと、辺りは瞬く間にわっと、一層賑わった。
「灰山さん!久しぶりー!」
「一体今までどこに行ってたんだよー。」
「おやまぁ士門君、見ないうちに大きくなって…。」
「おにぃしゃーーん、元気だったぁ?」
「でもさっき森から出てきたわよね…?大丈夫かしら…?」
「灰山士門って…、あの?うわぁ…、生きてたんだ!スゲェ‼」
「お前がいなくて寂しかったんだぜー?」
「森の噂はどうなんだ…、やっぱり嘘なのか…?」
「俺らの事、覚えてる?ほら、あん時にお前に助けてもらった…」
それぞれが俺の周りを囲い、一気に話し出す。
あぁぁ…、もう無理だ、うるさい…、頭が割れる……‼
まるであの日々に戻ったようだ。今じゃもう思い返したくない、日々。
胃は捻り上げられたかのように、キリリと痛んだ。
こんなんじゃ、胃がいくつあっても足りない。
俺は賑やかな人々の話し声にどうしても耐え切れず、耳を塞ごうとした。
「ねぇ、お母さんは元気?」
途端にそんな声が一つ聞こえた。
俺は一寸だけ、息をすると言う事を忘れた。
しかしすぐに呼吸の存在に気づき、思いっきり息を吸おうとする。
でも、いつもより、うまく吸えなかった。
声は出ず、膝はしきりに震えて立っていられない俺に、
彼らは心配を覚えたのか、また周囲は一層不穏な空気を漂わせる。
不意に誰かに腕を引っ張られ、やっと人目が付かない場所まで走る事ができた。
良かった…、…本当に良かった…。
俺は腕を引っ張ってくれた人にお礼を言おうと、顔を上げる。
そいつの顔を見るなり、俺は思わず目を丸くしてしまう。
「天童…‼」
そいつは俺が名前を呼ぶと、彼はどこか怒ったような表情を見せた。
「はぁ…。本当にお前は能天気だな…。
あんな風になるんだから、一目は避けろって言ったばかりだろ?」
天童は静かに怒りながら俺の胸ぐらを掴む。
「ごめんッ!ごめんってば‼話してっ!マジ、で、苦しいからッ、!」
俺が息も絶え絶えで足をバタバタしながら必死にそう言うと、
天童は俺に睨みを利かせてから、なんとか下ろしてもらえた。
死ぬかと思った……‼俺、何回胸ぐら掴まれんだよ…!
「行くぞ、どうせ薬だろ。」
彼はそう言うと、俺の事なんて見向きもせず、つかつかと歩いて行った。
---
そこはこの街に一個しかない、大きな病院だった。
天童はそこで医者…いや院長として働いている。
相変わらず中は綺麗で、俺も昔ここで働いていた頃が懐かしい。
俺達の住むあの奇病病院も、ここを真似して造ったんだよな…。
「それで、何の薬が欲しい?」
「あぁー…えっと、いつも通り睡眠薬と、あと精神安定剤を多めに欲しいな…。」
「……ほら、これでいいだろ。」
彼は睡眠薬の小瓶一つと精神安定剤の小瓶を二つを俺に投げる。
うお、あぶねぇな。反射的にキャッチはしたけど、下手したら割れるかもしんねぇのに…。
「分かってるだろうが、桃色の錠剤は精神安定剤で薄紫色は睡眠薬だぞ。
間違えるなよ。」
「応。…あとさ。」
「分かってる。これだろ?何に使うかは知らんが、扱いには気を付けろよ。」
俺の言葉を遮り、天童はまた小瓶を投げてくる。
俺は念のため中身を確認すると、小瓶の中には確かに朱色の錠剤だった。
「さっすが、いつもありがとな。」
「……顔色悪いけど、ちゃんと食事とって寝てるか?」
天童は俺の顔を覗き込むように見る。
「え?あぁ…、うん。」
「くま…、出来てるぞ。」
「は⁉マジかよっ‼えー…噓だろぉぉ…?」
「忙しいのも分かるが、お前からちゃんとしないと乱れんぞ。」
俺がかなり傷付いているのを横目に見ながら、彼はコーヒーを淹れ飲み始める。
「そういや、どう?仕事の方は。天童も病院長になってもうじき二ヶ月だろ?」
「…そこそこだよ。」
「にしてもスゲェよな!院長になる、とか!」
「まさか、お前の代わりだろ。」
天童は鼻で笑い、まるで自傷するような物言いで言う。
「んなことねぇって、全部お前の実力じゃんか。
俺よりも天童の方が仕事出来るし…、それが認められたんだろ?」
「掟破りが何を言ってんだよ。」
「…掟破りって言い方、どうにかなんねぇ?」
「事実だろ。本来医者ってのは早くても26歳からなれるもんだ。
でもお前は医科大学を飛び級で学び、医師免許を取得。
前期研修も1年で済ませ、結果お前は22から医者になった。
本来は有り得ないはずなんだ。だがそれをやってのけたお前が何を言うんだ。」
「いやほら、俺の年って確か医者になる確率が低かったじゃん!埋め合わせだろ!」
「………………。」
「…天童?」
「…オレの気持ち、考えたことあるか…?」
「え?」
彼は静かだが激しく怒りを持つような口調で言い、
思わず俺も、マヌケな声が出てしまう。
「ずっとお前よりも努力したのに…‼
それでもお前とオレは似た者同士だって思っていた!
スタートラインも、全部同じだったはずなのに!
お前よりもまだ優れていたオレがお前に置いていかれたんだ!
オレがあの日何を思ったのか、お前は一度でも考えた事はあるか⁉」
我慢のならない憤激を抱くような声で、彼は言う。
彼の顔は、どことなく殺気が漂っている。
「……ッ、ごめん。安易な発言だったな…。」
俺が自身の発言を謝ると、
天童は目を見張り、サーっと顔色が青ざめていく。
「あ…す、すまん…!最近残業続きなもんだから、ついカッとなって…。」
「大丈夫大丈夫。そういう事もあるよ。忙しいところ悪かったな。もう帰るよ。」
---
「んじゃ、今日はありがとな。」
俺はそう言い、帰ろうとすると
「なぁ。」
不意に彼の口からそんな声が聞こえ、思わず振り返る。
「どうした?」
「また明日にでも、飯行かないか?」
予想もしなかった言葉に、俺は思わず目を見開く。
「…へ?飯?」
「あぁ、随分と行っていなかっただろ?
だからたまにはどうかなと思ってな…。」
「…明日か。分かった、用がなかったら行くよ!」
「ぜひとも来てほしい。お前に会いたいって言う奴がいるんだ。」
会いたい、という言葉がよく耳に残った。
誰だ。街の人か?それとも彼の医者仲間だろうか。
「俺に…?」
「そうだ。…あぁ、変な奴じゃない。お前も知ってる奴だ。」
「…分かった。念のため、連絡先だけ教えてくんね?」
「お、おおおお俺のか⁉」
「当たり前だろ…。もしも無理だったらそれで伝えれるだろ?」
「あぁ…、そういうことか…。分かった。」
天童は頷くと、メモ切れに電話番号を書いて、それを俺に渡してきた。
「ありがと、出来るだけ行けるようにするよ。」
俺は、再び帰ろうとする。
「お前、たしか奇病病院って言うやつ、やってるんだろ?」
不意に独り言のように小さな声が聞こえ、俺はまた足が止まってしまう。
それはこいつにだけ教えたこと。
奇病病院の事を教えたのは、天童だけだった。
奇病病院と言うものを否定しなかった有一の友人。
だからこそ誰かの口から『奇病病院』と言う言葉を聞くと、胸がどきんとなる。
「…応。」
上手く笑えず、睨むような形になってしまった。
だが彼は目を合わさず、
「オレも手伝おうか?何人かそっちに派遣する事も出来るが…。」
彼に似合わないおどおどとした口調で言ってくる。
「せっかくだけど、いいよ、大丈夫。」
俺は彼の誘いを断り、次はちゃんと笑って見せた。
断られた途端、天童は予想外だったのか顔をあげてまた口を開く。
「オレだって一医者だ、戦力にならない訳じゃない。だから__」
「お前も立派な院長様なんだから、そっちで頑張れよ。
お前はお前で俺は俺、全然違うんだ。それぞれの適した場ってもんがある。
それに、それじゃあ街の皆に秘密にしてる意味がねぇだろ?」
「そもそも、悪い事をしてる訳じゃないんだ。内密にする必要はないだろう?」
「いや、奇病を気味悪がる人がいるのは事実だ。この街にも必ずいる。
患者だってロボットじゃない。そういうの、結構傷つくんだよ。」
「………。」
「その上、あんまり患者に刺激を与えちゃまずいからさ。ごめんな。」
「いや…、分かった。でも、何か手を貸せる事があれば必ず言えよ。
お前に死なれちゃ、皆が困るんだから。」
天童はそう言うと、一つの紙切れを渡してきた。
「ハハハ、死なねぇって!まぁもしもの時は、葬儀に出てくれよ?じゃ、またな!」
俺は天童にその場逃れの事を言い、
先ほどの紙切れに、自分の連絡先を書いて彼に渡してから、
俺の居場所である奇病病院に向かった。
---
天童淳一。
俺と同い年だから…、27歳。
彼は高校の時からの同級生だった。
高校卒業後は同じ医科大学を進んだ仲。数少ない信頼できる友達。
しかし、俺とはまるで真逆のような人。
彼の家は大豪邸で、言わば金持ち。
教育熱心な親を持ち、完璧になるために必死で頑張っていた姿は俺も見てきた。
当然俺よりも勉強は出来るし、何から何まで天童の方が優れていた。
彼が言った事は自意識過剰でもなく、紛れもない事実だった。
勉強もできて、努力もできて、金持ちで、それなりにモテて、あと優しい。
俺が持っていないものを全部持っているようにも思える。
だからこそ、俺は彼が「似た者同士」と言った事が何故かが理解できなかった。
…分からない事を考えても仕方がないか…。
俺は、過ぎた事じゃなく、目の前にいる患者と向き合おう。
きっと、そんな所も真反対なんだろう。
それ以上は何も思わず、ただ黙々と足を進めた。
████まで、
あと20日。
いつも通り誤字脱字はご割愛‼
やっと十話出せた…。
あれから、長かったな…。
参照笑⇓
https://tanpen.net/blog/4fec5caf-fe30-4a14-bf08-fe81db1e9a36/
奇病患者が送る一ヶ月 十一日目
凄く短い。
「さてと…、俺皆を起こしてくるわ。」
六時半頃、
俺がそう言いながら立ち上がると、三人は顔を上げた。
「あぁ、もうそんな時間かい?
なら僕も翠ちゃんを起こしに行こうかな…。」
「お、じゃあ一緒に行こうぜ!」
今日は一人じゃないことにちょっと嬉しくなって、
俺が黶伊の肩を組むと、黶伊は何も言わずに俺の手をどけた。
…やめろよ…。傷つくじゃん…。
「オッケー、いってらっしゃーい。
あ、今日の朝ご飯フレンチトーストが良いなー。」
「了解。あと菱沼、顔洗ってこい。」
「…ッス…。」
相変わらず、菱沼は朝に弱いな…。低血圧か?…薬出してやるか。
---
「皆起きてるかなー。」
「フフ…、どうだろうね…。」
俺達は適当に会話しながら、患者の部屋に向かっていた。
だが、医務室から患者の部屋まではさほど離れておらず、
当然というか、すぐ着いてしまう。
「じゃあ、また。」
「応!」
「さぁてと…、おはよー。起きてるー?」
そう言い、目の前にある扉をノックする。
しかしいつもはあるはずの返事がない。
不思議に思いつつドアノブに手をかけると、
丁度その時ポケットに入っていた端末機器が鳴る。
「もしもし…。」
『あ、すまない。今大丈夫だったか?』
「おー、天童じゃん。大丈夫だけど…、どうしたんだ?」
『今日行けるか、確認がしたくてな…。』
「んー、今の所多分行けると思う。」
『そうか…。なら良かった。朝からすまなかったな。』
「いや、大丈夫。」
『昼にまた連絡する。…それじゃあ切るぞ。』
「応。」
天童は電話越しにそう言い、通話を切った。
仕事の途中…と言えばなんか違うような気もするけど、まぁいい。
それにしても、中々五月の部屋から物音がしない。
声が聞こえて起きると思ってたんだけどな…。
「…おーい…、入るぞー?」
不安の気持ちが抑えられず、それ以上は待たず扉を開ける。
「五月?だいじょう___」
その現状を見た途端、持っていた端末機器を落としてしまった。
俺は無意識に息を呑む。
彼女は天井に縄を括り付けて、その縄の結び目の輪に首を吊っていた。
彼女の体は重力に逆らわずに垂れ下がっているばかり。
急いで彼女の首を締め付ける縄を取り外す。
だが、やはり間に合ってなどいなかった。
魂の入れ物は白く、冷たく、まるで枯れた花のように見える。
でもどこか笑っているようにも見える彼女の表情。
湿っぽい臭いを放っているものの背中と膝裏に腕を回し、
自分に引き寄せて抱き上げる。
冷たい体はピクリとも動かない。
「…気付けなくて…、ごめん……。」
聞こえるはずもないのに、つい俺の口から震える声が出てくる。
四年経っても、人の死には慣れなかった。
「灰山先生ー?私の部屋からでも声が聞こえてましたよぉ…って、
どうしたんですか?」
ふと聞きなれた声が聞こえ、俺は振り返る。
「……綝、誰か呼___」
「え、え?ど、どどど、どうしたんですか⁉
ちょ、誰かー⁉誰かこっち来てくださぁい‼‼」
彼女は俺の言葉を遮り、早々に部屋を出ていってしまった。
…俺も、行こう。少なくとも今は感傷に浸ってる場合ではない。
あまり時間をかけては、体が腐ってしまう。
出来る事なら、故人の体はこれ以上傷つけずにそのまま還したい。
それがきっと、残された俺のやるべき事だろうから。
---
あの後、菱沼達の所に戻ると、医務室は騒然とした。
菱沼は椅子から転げ落ち、シエルは持っていた資料を全部床に落として、
正直言って朝から騒がしいとさえ思う。
ただ、強いて言うなら…、笑えなかった。
いつもは笑えていたかもしれない。
でも今日だけは笑えなかった。
…違う。笑いたくなかった。
俺だけが幸せな想いをしているようで、怖かった。
どうして、ここまで俺は弱くなったのかな…。
すぐに誰かのせいにして、今じゃ責任を恐れている。
過去と今を比べて、今の方がマシだとどこかで決めつけてる。
時間が過ぎ去ること、…変化を恐れている。
本当、俺は最低だ。
ただ呆然と立っていたって、そんなことじゃ意味がないのに。
俺は、五月の体を埋め終え、薪を切って、括り付けて簡単な墓を作る。
素朴な墓はただ静寂と立っている。
「聞いたよ。亡くなってしまったようだね。」
「…黶伊…。……うん。」
「それで、また作っていたのかい?」
「…うん。」
「君も物好きだね…。それにしても、彼女の死は呆気なかったね…。
自害を選んだのは、もう何人目だろうか。」
「十六人目。」
「へぇ…。……彼女とは何か関係でもあったのかい?」
「…いいや、ただの患者と医者だよ。誰であってもそれは同じことだ。」
「じゃあどうして君は泣いているんだい?」
「え、…?」
黶伊の言葉を聞き、慌てて自分の目をこする。
手が濡れてる……。
ようやく自分が泣いていたことに気づき、涙を拭う。
「気づいてなかったのかい?」
「あぁ…、教えてくれてありがとうな。
あのままだったら、菱沼に笑われてたかもしんねぇ。」
俺は彼の顔を見て、笑ってみせる。
「君は、人を大切にしているみたいだね。」
俺が立ち上がると同時に、黶伊がそんなことを独り言のように言った。
彼の顔は、まるで何かを悟っているかのように憂鬱げに見える。
「誰かに嫌な気持ちをしてほしくない、それだけだよ。」
俺はそう言い、立ち去ろうとした。
これ以上、そこにいたら彼女は嫌がるだろうと思って。
「でも__」
ふと声が聞こえ、足を止める。
「___死んだら何も意味がないだろう…?」
誰かに向けた、どこか弱々しい声色。
「…そうだな。胸に刻んでおくよ、その言葉。」
それだけを言い残して、俺はまた足を進めた。
---
五月は感情が無かった。
それは本当にそうだったのだろうか。
どこかで苦しいと思っていたのではないか。
ただそれを表現する言葉が分からなかっただけではないか。
今更どうしようもできないことを永遠と考え、
また患者を救えない自分にため息をつく。
俺はひび割れた端末機器を取り出し、電話をかける。
「…あ、天童か?」
『あぁ…、どうした?昼までまだ時間があるが…。』
「あのさ…、申し訳ないんだけど今日行けなくなって…。」
『…そうか、分かった。』
「本当ごめん…!」
『いや、いいんだ。でも、近いうちに行こう。』
「応、分かった。それじゃ、頑張れよ。」
『…。』
しばらく経つと、無機質な音が耳を通る。
そもそも俺の行動には、全て意味がないかもしれない。
全部無意味なのかもしれない。
ここで投げ出すことも出来た。
これからは自分のしたいことを率先してやることだって出来た。
でも、きっとそれは誰も望んでないと思う。
結局また俺の行動は誰かのためだと思っている。
そうやって責任逃れをいつまでも続けていた。
そもそも俺は、自分のための意志を持つことが苦手だから。
明日は上手くできるだろうか。
████まで、
あと19日。
誤字脱字、クオリティはご割愛。
支離滅裂。
本当はもう少し長くする予定であった。
でも、院長のトーンが暗いと書きづらくてしょうがない。
だからやむを得ず短くした。
自分はとりあえず終わらせることを目的としてるから、
低クオリティなのは本当にごめんね。
奇病患者が送る一ヶ月 十二日目
「ってことで…今日から保護をする事になった、
伊澤小里君だ。」
「よろしくお願いします。」
スポーツ刈りに学校の体操服を着た少年はそう言い、律儀に頭を下げる。
「よろしくねーっ‼」
「あず、名前も言わないと分からないだろ。」
「へぇ…新しい子かい…。はしめまじ、…はめじまいで…、ん?
まぁいいや。よろしくね。」
「………。」
「わしは明蘭じゃ!よろしくなのじゃ!」
「あら~、皆が急にここに来たと思ったら、これはびっくりしたわぁ。
よろしくね、伊澤さん。わたしは佐々木麻衣子よ。」
「初めまして。私は冬華、よろしくね。」
『アキはアキだよ~~~!一緒にがんばろーねー!』
皆も久しぶりの新しい患者に興奮しているのか、こぞって自己紹介を始めている。
一斉に話したら聞こえないだろうに、
伊澤君は一人一人の話をしっかりと聞いている。
いつもは顔を出さない患者さんも、
新しい患者が来た時は必ず顔を出してくれる。
きっとそれは彼らなりの気遣いなんだろう。
「…奨は行かなくていいのか?」
俺がふと訊ねると、銀色の髪の少女は俺の声にビクッとする。
「私が行ったら、皆の迷惑になるから…。」
彼女は微かに俯き震えながら、地下室を出てしまった。
遠慮が出来て優しいんだけど、やっぱり人付き合いは得意じゃなさそうだ。
「…あ、あと、めいr…希乃ちゃん。」
「断る‼」
大きな声で、はっきりと言うギザ歯の少女。
アホ毛がどことなくブンブンと回っているが…、風だろうか…?
「まだ何も言ってないんだけど…。」
「キサマらの考えている事は、どうせロクデモナイ事ばかりじゃからな!」
「そうは言ってもなぁ…。
薬を飲まないと、制御出来るもんも出来ないっていうか…。」
「知らん。」
彼女はそう言い、そっぽ向いた。
目の色が若干赤くなっていたし…、しょうがない。
時間を置いてからもう一度試そう。
「灰山サン、灰山サン。」
物陰からちょいちょいと俺を手で招く菱沼。その姿がどこか滑稽だ。
「どうした?」
「伊澤サンの事っすけど、詳しく聞いてもいいっすか?」
「あれ、説明してなかったっけ?」
「全くもってしてないっす。」
目つきの悪いクマの出来た目で鋭く俺を睨む。
マスクで口が見えないから、余計に怖く見える。
「あぁー…、ごめんごめん!」
流石に俺も、これには冷や汗が出てしまう。
何せ、もう説明したもんだって思ってたから。
「えっと、あいつの奇病は同世代迫害症候群。
症候群って言ってる通り、意外と珍しくはないんだが…、
ちょっと面倒な奇病でな…。」
「何かあるんすか?」
「うん…。まぁ簡単に言えばこの奇病は、
患者と同じ年齢の人に酷く嫌われるものだ。」
「うわ…、確かに嫌っすね…。」
菱沼は顔を歪めて言い、言葉を続ける。
「でも面倒って言うほどっすか?それに入院沙汰には思えないんすけど…。」
「“嫌われる”系統の奇病は奇病と判断されにくい。
人間の感情は不思議なもんだからな。気まぐれに人をいじめる事もあるから、
奇病と分からず放置してしまうケースが多い奇病なんだ。」
俺の言葉に顔をしかめる菱沼の眉間のしわを、俺は指でぐりぐりと押し、
ついでに菱沼のポケットに入っているフエラムネを拝借する。
「あ、ちょ。」
「そんで、入院なのは、色々あって保護したから。
大きな理由は父親の再婚相手の子供が同い年だったかららしい。」
「本人はやっぱり自分の体質に気付いてたんすね…。
ちなみに父親って離婚なんすか?」
「いや、元の母親は行方不明だってさ。」
「行方不明っすか⁉一体何が…。」
「そこまでは知らねぇかな。流石に俺も踏み込みづらかった。」
俺はさっきのフエラムネを口に含む。
甘い。俺には少し早かったかもしれない味だ…。
「教えてくれてありがとうっす。」
「応。またカルテ作るから、詳しい説明はそっち見てくれ。
じゃあ、俺は準備があるから行くわ。」
目の前の長い階段に少し嫌な気持ちを抱きながら、俺は足を動かし上り始める。
まずは、部屋の掃除からだろう。てか、部屋の空き…あったっけ…。
…五月の部屋だけか。
亡くなった翌日に使うのは、気が引けるが…、これ以上部屋の空きはない。
こういう時のために、もう一つ別館を造ってもらうべきだった。
これは失態だな…。
「灰山サン。」
途端に声が聞こえ、思わず階段を踏み外しそうになってしまう。
「っぶね……、…どうした?」
俺は平静を装うように、清々しい顔をして振り返る。
だが菱沼は俺を見ずに俯いていた。
しばらく待ってみるが、それでも俯いたままだったため、
階段を降りて、菱沼の顔がよく見えるように屈む。
「わっ、どどどうしたんすか⁉」
ようやく俺に気付いたのか、声をあげて後ずさりをする菱沼。
「どうしたもこうしたも、お前が俺を呼び止めたんだろ?」
「そうでしたっすね…。ハハハ…。」
「で、なんだ?何か言いたかったんだろ?」
俺が話を戻すと、菱沼は明らかに目を逸らして慌てるように口を開いた。
「あー、いや、もういいっす!忘れたっす!」
「なんだよ、お前ー…。じゃ、次はもう知らねぇからな。」
「っす。」
俺はそれだけ聞いて、次は振り返りもせずに長い階段を上った。
「…まだ昨日の事も傷ついてる癖に、
なんであんなに元気でいれるんすかね…。」
「さ、馬鹿だからじゃない?」
「うわぁッ‼‼シエルサンッ⁉いつの間にそこにいたんすか⁉⁉」
「『灰山サン、灰山サン』ってとこから。」
「……。」
---
部屋の中は、まだ死臭が漂っていた。
市販の消臭剤だけでは、流石に匂いはとれないか……。
それにしても、ここまで匂いがこびりついていると、
五月が亡くなってかなり時間が経っていた事が分かる。
死亡推定時刻までは分からない。
俺が最後に目撃したのは一昨々日…いや、その前だろうか。
彼女自身、部屋から出ないことはよくある事だったから、
問題ないと思っていた自分を恨みたい。
やっぱり…、見回りの時間を増やす事が最適解かな…。
菱沼達には悪いが、見回りを任せる訳にはいかない。
…いや、いっそ任せた方が効率的にいいだろうか。
………………。
仕方がない、あいつらにも任せよう。
流石に、俺も心配しすぎだろう…。
そろそろ俺もあいつらの事を信用しなければ。
今夜から、夜の見回りを任せてみよう。
匂い…、マシになったかな…。
患者の部屋には窓がないから換気は出来ないし、
ドアを開けてたら他の部屋にも匂いが移るかもしれない。
死臭は、皆嫌がるだろうし…、俺がどうにかしなければ。
アルカリ性が無理なら、酸性の塩素系消臭剤…、どこにやったかな…。
仕方ない、取りに行くか…。
俺は一人で重たい空気を吐き、三階に向かう。
彼女は最期に…、何か思ったのだろうか。
彼女の両親と同じように首を吊った。
遺書もなければ、伝言があった訳でもない。
誰も、何かを残さなかった。
皆、自殺する前日は必ず俺の目の前には現れない。
ここに来たこと、酷く後悔していたかもしれない。
やはり俺には早かったのだろうか…。
どうしようもなく、もう一度ため息をつき、顔を上げる。
ここしか、消臭剤は無いよな…。
そこは、俺の部屋の隣。
五つの南京錠に、それぞれの鍵を差し、一つずつ開けていく。
重たいドアノブに手をかけて、ギィっと扉を開けて速やかに部屋に入る。
部屋の中に入ると同時に、目の前のベランダから日が差し込んできて、
酷く眩しく思い、カーテンを閉める。
多少は暗いが、これぐらいでもよく見えるだろう。
部屋の中はフローラル系の香水の匂いが充満している。
クローゼットに入っているまだ未開封の消臭剤を二つ取り出す。
塩素系だから置いている間は部屋を開ける事は出来ない。
まぁでも二日も経てば匂いは消えるだろうし、
二日だけ菱沼の部屋で我慢してもらおう。
何せ俺の部屋にはベッドはないし、黶伊の部屋は入らない方が身のため。
シエルの部屋は…オシャレすぎて、逆に居心地が悪いかもしれない。
消去法で菱沼の部屋が一番の安置だろう。フエラムネ以外は問題ない。
「…暑くない?ちょっとだけ下げておくね。」
俺はベッドに入っている彼女の隣に座り、エアコンのリモコンで温度を下げる。
しかし彼女は布団に潜ったまま、何も言葉を発さない。
「寒…。」
微かにそんな言葉が自分の口から漏れてしまう。
布団に入った白い固体を交換し、
サイドテーブルに置いているスプレーを周囲に吹きかける。
「…ゆっくり、休んでね。必ず治すからさ。」
当然と言うべきか、また返事は来ない。
いつも通りの姿に少し安心し、
部屋を出て、五つの南京錠をしっかりと閉める。
…さっさと終わらせて、皆の所に戻ろう。
---
俺が部屋の掃除を終え、地下室への階段を黙々と降りると、
微かに声が聞こえてくる。
やっぱりまだあそこで遊んでたか。
「あ、灰山サン。」
菱沼が階段を降りる俺に気付き、少し嬉しそうな顔をした。
「どうした?何かあったのか?」
「いいから早く来るっす!伊澤君が面白いことするみたいっすよ。」
「え!マジ⁉見たい見たい‼」
俺は菱沼の言うことに興味をそそられ、駆け足で地下室に入る。
地下室の中には中央に伊澤君、
その周りをシエル、あず、輝夜、冬華、グミが囲っている。
姫は眠くなったのか昼寝をし、綝は少し離れた所にいた。
他の患者達は自分の部屋に帰ってしまったみたいだ。
何故、綝が離れた所にいるのか不信に思いつつ、
俺は静かに菱沼の隣で彼らを見る。
「じゃあ、伊澤さん。どうぞ‼」
シエルはそう楽しそうに言う。伊澤君も頷き、一つ深呼吸をした。
すると、両手と頭を床につけ、ピンと足を床に垂直にする。
まさにそれはプロ顔負けの完璧な三点倒立。
それから彼は大声で、
「ジャックオランタン‼」
と叫んだ。
真剣な表情だったこともあり、その見た目がシュールすぎて、
耐えていた笑いが抑えきれず膝から崩れ落ちて笑ってしまう。
「ぶはッ!アッハハハハッッッ‼待ッ、ハハハハッッ‼‼
アハハッゲホッゲホッ‼‼‼」
「ちょッ、灰山サン⁉誰か水頼むっす‼」
「フッ、アハハッ、待って、本当ッ!クフッ、アハハハハッッッ‼」
「アハハハハッ、ヤバすぎ!私もそれ好きなんだけどっ‼
フフフッ、アハハッ‼」
冬華も俺と同じように笑う。
『えっ⁉だれか、こっちにもお水‼😲』
「あー、面白かった!ククッ、アハハハッ…‼」
「灰山サン、ツボに入りすぎっすよ…。」
本当面白かった。まだ腹いてぇ。
菱沼は若干引くような顔をしながら、俺の背中をさすってくれる。
「本当、さいっこー。貴方面白いね。」
冬華も続いて言った。
どうやら俺達以外に笑った者はいないらしい。
あれだけ面白かったのに、もったいない。
「笑ってくれて良かったです。自分は皆さんに笑っていてほしいので。」
伊澤君はそう言うと、姫が作ったであろうクッキーを一口食べる。
はぁー…、結構落ち着いてきたかな。
「あ、そうだ。菱沼。」
「え、なんすか?」
「伊澤君の部屋なんだけどさ…、五月の部屋にする予定なんだ。」
「…なんだか腑に落ちないっすけど、仕方ない事っすよね…。
それで、それがどうしたんすか?」
菱沼は暗い顔をしたが、すぐにいつも通りの顔色に戻る。
「五月の部屋、死臭を今消臭剤で消してるんだけど…、
二日だけお前の部屋で寝かしてやってくんねぇか?」
「えぇ⁉嫌っすよ、ジブンの部屋散らかってるっす‼」
「頼むよ~、ほら、この通り‼」
俺はそう言い、頭を下げて手を合わせる。
正直ダメもとだけど、そうでもしないと困ってしまう。
「はぁ…、分かったっすよ…。」
「本当⁉うわーー、ありがとな‼」
菱沼は若干嫌そうな顔を見せていたが、
しょうがないと言わんばかりの態度でそう言ってくれた。
いやぁー、そう言ってくれるって思ってたぜ‼
何せ菱沼は押しに弱いからな‼
「…。でも灰山サンの部屋じゃ駄目だったんすか?」
「…俺の部屋、ベッド無いんだよぉ。あと埃っぽいっていうか…。」
「はぁ⁉なんでベッドが無いんすか⁉」
「ま、まぁ、その話は今度でも良いだろ‼それじゃ頼んだぜ‼」
俺は菱沼の返事を待たずに、急いで地下室を出る。
それを深掘りされたら、気まずいったらありゃしない。
さて、まだ俺には仕事があるし、
あとあいつらはしばらくあそこにいるんだろうし、
俺が代わりに仕事終わらせてやるか。
日頃の感謝も込めて、たまにはやらないとな‼
今夜から見回りも任せるつもりだし、これぐらいやってやんねぇと。
よっしゃー!久々に盛大に笑えたし、とびっきり頑張るぞー‼
████まで、
きっとあと18日。
前半と後半の温度差半端ないね。
まだギリギリほわほわ回。
あと、なんとか多分全員出せた気がする‼
希乃ちゃんと奨ちゃんの奇病説明できちょらんけどね‼
難しい‼やっぱり難しいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。
…徐々に書き方が雑になっている気がする…。
し、知らね‼自分知らん‼
初めて見た人が読んでも分からんよなぁ…、この書き方。
登場人物の詳しいことは下記リンクから飛んでね()
https://tanpen.net/event/a36d776d-8963-4357-b4d2-0523fc9257db/list/read
消臭剤の話、めっちゃ調べたせいで、検索履歴が凄いことなった。
消臭剤って色々あるんだね。初めて知った。
アルカリ性に酸性て、なんか久しぶりに聞いた笑
理科の化学苦手なんだよなぁぁぁ((
あと死臭とかも調べたから、親に心配されそう。
兄にも聞いたりしたからびっくりされたわ。
…ファンレ、君に時間があったらほぴぃな。
最後まで読んでくれてありがとね。
奇病患者が送る一ヶ月 十七日目
重要なのだけ書く、という素晴らしい事に気がついた((((
どうでもいいかもしれんが、スマホに切り替えてからアザイ先生の漢字が出てこんくて困る
あと誤字多くなるかもやけど許してくれメンス
警報のような音がけたたましく院内に響いた。
まだ早朝だと言うのに、俺達の間でそんな言葉が出てくる訳もなく、
緊迫した空気の中、俺は医務室を飛び出した。
そこにいたのは、二人…いや、一人と一つという方が正しい。
今にも泣きそうな程真っ青な顔をした晃が、
力の入っていない冬華の体を抱きかかえていた。
---
「不運だったっすよね…。」
菱沼は静かにそう言った。
不運だった、確かに俺達はそう言う事しかできない。
失った命が戻るはずないのだから。
今朝、冬華が息を引き取っていた。
死亡推定時刻は、大まかではあるが、夜明け前だと判断。
原因はただの薬の過剰摂取だった。
どうして、ここまでして問題が増えていくのか…。
俺は頭を抱える。
こういうものを事前に防ぐには、
患者の全てを縛らなければいけない。
食事の時間も遊びの時間も、薬を服用する時間さえも。
俺はあくまでも自由でいてほしかった。
でもその考えかいけなかったのだろうか。
どうしたらいいんだ?
どうしたら彼女達を救える?
もう《《アレ》》しかないのか?
なんで、なんでだ、どうして俺がこんな___…
「元気出して。」
ふと声が聞こえ我に返る。
目線を落とすと、そこには不安そうな顔をしたグミが俺の白衣を引っ張っていた。
「……あぁ…、そう、だよな。俺がしっかりしないと……。」
「ねぇ、大丈夫?今日は休んで良いんだよ?」
「え、な…なんだよ急に…。シエルらしくねぇな…。いつもは仕事しろって言ってる癖にどうした?変なものでも食ったか?」
俺は動揺が拭いきれないままそんなことを言うと、菱沼とシエルは互いに目を合わせて罰が悪そうな顔をする。
すると、さっきまで面倒くさそうに聞いていた黶伊が大きなため息を吐いた。
「君は毎朝自分を鏡で見ないのかい?」
「え、…へ?」
「君のその目だよ。翠ちゃんを除いた全員が、心配してることぐらい把握してくれ。」
「目…?そんな俺、疲れた目、してるか?」
「正しくは、目元の隈だね。どんどん酷くなっている。もう少し君は自分の事を理解してほしい。正直言って、倒れたりでもされたら面倒だ。」
「………ッ!」
まさかそんなに言われるまで酷いとは、思ってもいなかった。
グミは話が分からなかなったのか、気まずくなったのか、扉を開けたまま医務室を出た。
「ちょ、そんな言い方…!」
「誰も言わないからだろう?馬鹿らしい。仲良しごっこは勘弁願いたいね。」
「だから…!」
「いッ…!!!」
「は?灰山サン?ちょ、大丈夫っすか!?」
猛烈な頭の痛みが襲ってくる。
まるで誰かに締め付けられているような、かと思えばズキズキとするような痛み。
くっそ、いてぇ…!もう何も考えたくない…!
これまでも何度か頭痛はあったが、今までとじゃ比にならないぐらいだ。
「だ…__!?___!!」
「_____!!!!そ___!」
皆の声が聞こえない。
何か言ってるのは分かるのに、何も聞こえない。
視界さえもぼやけてきた。
いくら薬の副作用でも、こんな酷い事あったか…?
普通なら慣れてくるはず、…あー駄目だ、頭が回らなくなってきた。
死ぬのか?こんなとこで、?
あぁ…、もういっそ…このまま……___…
---
晃がここに来たのは三年程前だっただろうか。
有名なミュージカルの子役として華やいでいた人生を、
奇病という得体の知れない何かによって塗りつぶされた彼。
当然当時の彼は、そんなこともあり酷く落ち込んでいた。
何せ声を出すことを許されず、治療法は声帯の切除。
もう一度舞台にたつことを望む彼にとって、それは致命的であった。
当然彼も断固拒否って訳で、俺もそれに何か言う事はなかったが…、
どう声をかけるべきか分からなかった事をよく覚えている。
そんな時に彼に光を与えたのが冬華だった。
病院という慣れない生活の中、彼女が真っ先に話しかけてくれたそうだ。
そんな状態で話しかけてくれたら、そりゃあ惚れるのも無理もない。
それからは、いつ見ても晃は冬華と一緒にいたな。
三年間と言う時間は、この子達からしたら長かっただろう。
その長い関係が、途絶えたのだ。
それがどれだけ辛い事か、俺もよく分かる。
全てが分かる訳ではないが、俺も、何度も失ってきた。
あの日の線香花火が今や懐かしいとさえ思う。
冬華は、限られた命の中、輝けただろうか。
彼女の明るい笑顔が脳裏にちらついてやまない。
…本当に楽しかったのかな…?
彼女は、最期まで自身の奇病の事を話さなかった。
そんな患者は少なくはないが、そんな患者ほど命に関わるものが多い。
それの自覚をしたくないから言わないのか、はたまた諦めているからなのか、俺には知る由もないのだろう。
もしも生きていたら、彼女は…、いや、やめよう。
こんなの虚しいだけだ。
もうこんな思いをするのはごめんだった。
なら俺のすべきことは決まりきっている。
誰かを救うためには、誰かが犠牲になる。
それがこの世界の|理《ことわり》か何かなのだろう。
腹を括れ、俺。
俺にはもう、この病院以外何も残っていない。
家族も、友達も、恋人も、何もかも、…
もう…、
…遅いんだよ。
---
ふと、目が覚める。どれぐらい寝ていたのか、空はもう茜色に染まっていた。
重い体を起こし、いつもの癖で目を擦る。
「やっと起きたっすか…。もう目が覚めないかと思ったっすよ…!」
菱沼が本当に安心したようなため息をついた。
「ハハ…、ゴキブリみてぇな生命力だな…俺。」
どうやらここは医務室のソファのようだ。
あぁ…まぁ俺の部屋ベッドがねぇから運べなかったんだろうな…。
辺りを見回すが、シエルも黶伊もいなかった。
「今日はもう、休んで下さいっす。」
「…やだ。」
「わがまま言わないっす!」
まるで子供扱いだな…。俺これでも年上なんだけど。
「じゃあ、晃にだけ会いに行っていいか?ホント頼む!一生のお願い!!」
俺がお願いと言わんばかりに手を合わせると、菱沼は頭を乱暴に掻いた。
「分かったっす。でもそれが終わったらすぐ休めっす。」
流石菱沼、押しに弱いな。
---
「晃!」
俺がそう声をかけると、晃はいつもより無理しているような顔で振り向いた。
『センセー!たおれたって聞いたけど大丈夫だったの?』
紙に書かれた文はいつもと変わらない口調。
「おう、大したことねぇよ。心配してくれてありがとな。」
そう言ってギュッと抱きしめると、嬉しそうなのに泣きそうな、変な顔をしている。
人は、誰かに触れると安心するそうだ。
人の体温、言葉、匂い、全てが安心材料。
医者は、患者を安心させるのも仕事のうちだ。
誰かがそう言っていた。
なら俺は、やはり医者なんて向いていなかったのだろう。
「晃、もしも奇病が治るなら、どんな形でも治したいか?」
俺の言葉に彼はどういうこと、と問うような顔をする。
「彼女がいなくなった今でも、彼女にお前の声を聞かせることができなくても、お前はお前の奇病を治したいか?」
そう言い直すと、彼の体は少しだけ震えている気がした。
「難しく考えなくてもいいよ。脅したかった訳じゃない。ただお前が望むことを、俺にも聞かせてほしい。」
10秒ほど沈黙が流れ、次第に晃が頷いた。
その答えに俺はホッとする。
そっか、それだけを言い俺は立ち上がる。
白衣のポケットに入った錠剤の瓶を取り出し、
そこから薄紫色の錠剤を1つ晃に渡す。
「治したかったら、これ飲んで。」
「その錠剤って…!」
菱沼が最後まで言葉を言う前に、晃はわざわざ後ろを向いて錠剤を飲んだ。
その瞬間晃は力を失ったように倒れてしまった。
「おわ、薬効くの早いな…!」
俺がそう言って、晃の体を起こすと、菱沼はとびっきりでかい声で言った。
「いや!何、睡眠薬なんて飲ませてるんすか!?」
「そうしねぇと、怪しいんだよ。」
「怪しいって…」
「んな事より、ほら。この紙に、起きたら医務室に来いって書いて、晃の部屋に置いてきてくれ。ついでに晃もベッドに寝かせてきて。」
「はぁ!?」
「じゃあ、俺は言われた通り、休もうかなー。」
「あ、ちょ!!」
菱沼は慌てたように晃を抱きかかえる。
ま、あとは言った通りにやってくれるだろう。
…もう取り返しはつかないぞ、俺。
█が██ま█、
あと13日。
そういやここの医者仕事多くないって思ったそこのあなた!!()
ここでの仕事言っちゃおうかね!
それは……
患者の経過観察を毎日書いてまとめてます
え?意外としょうもない?
ばッ、おま、分かってねぇなぁ!
こういうコツコツしたのが大切ってもんよ?
いつ誰が死ぬか分かんねえんだから!(((
次はこの後日の話やね!
多分これからも誰かが死ぬ日とか重点的に書くと思うよ?
うん!精神的苦痛半端ねえ!鬱回続く!
てか元々考えてた内容からめちゃ変わりそー笑
奇病患者が送る一ヶ月 十八日目
「お、来たか。」
晃はいつもと変わらない様子で、医務室に顔を覗かせる。
そんな姿に安堵を持つと共に、何とも表現しがたい気持ちを抱く。
「さて、早速だけどコッチだ。」
俺はそう言って、医務室の部屋から左手にある部屋に彼を招く。
「ここは、訳ありの防音室。
色々あって、絶対音が漏れないように造ってもらってるんだ。」
彼はなるほどと言わんばかりの顔を見せる。
『それで、アキは何したらいいの?🤔』
「あー…、それはな__」
「___お前の声、聞かせてほしい。」
俺が真剣な顔をしてそう言うと、彼は驚いたように目を丸くする。
驚くのも無理はないか…。
『でもでも!そんな事したらセンセーが…。』
「大丈夫!昨日の薬はお前の奇病を治すためのものだったんだからな!」
『え、そうなの?』
「おうよ。ホントはもっと早くに渡したかったんだけど、まだ開発途中でさ…。だからあんな感じで副作用が結構キツかったんだよ。」
彼は納得したのか、感心したように頷く。
しかしまだ不安そうにしているため、俺は革手袋もはめずに両手で彼の髪をワシャワシャと撫でる。
「難しく考えんなっつってんだろ?大丈夫大丈夫!」
俺が元気な声でそう言うと、一瞬彼は何処か迷った顔をしたが、決心したのか恐る恐る防音マイクを取る。
「…やっぱ、その方が似合ってるよ。」
俺が微笑むと彼は、照れたように顔を赤くしはにかむ。
「声は、出るか?」
『(;ŏ﹏ŏ)』
「まぁ、もう何年も声出してねぇもんな…。」
『(。>﹏<。)』
「…恥ずかしいのか?」
『(。˃ ᵕ ˂ *)ウンウン』
「そ、そうか…。」
どうしたものか…。治ったことを確認しておかなければ、危険だ。
…あ、そうだ。
「じゃあ、俺のモルモットのタロウと、この台本を貸す。
台本を全部声に出して読み終わった時、タロウが生きていたら電話を鳴らして俺が出てくるのを待ってくれ。
死んでいたら俺が出た後、すぐに電話を切ってほしい。」
『分かった!』
「じゃあ、俺はいつまでも待ってるから、急がなくていいぞ。
それと、俺が戻るのも遅いだろうから、その間は他の台本もそこに置いてる。リハビリと思ってやっててくれ。」
そう言って、出ようとした時彼はぴょんぴょんと跳ねながら手招きしてきた。
不思議に思いながら彼の目の前まで行き、しゃがむ。
「どうし__」
『センセー、偉い偉い!ずっと頑張って、偉い!』
彼はそう言って、しゃがんでいる俺の頭を撫でてきた。
俺はその言葉と行動に、一瞬思考が停止してしまう。
「…………え…、?」
『ほらっ!帰った帰った!!』
無理やりドアまで追いやられてしまい、俺は呆気なく部屋から出てきてしまった。
…褒められたのなんて…、いつぶりだろうか。
---
ただ行く宛もなく、どこか懐かしい匂いのする方へ黙々と歩く。
徐々に匂いが濃くなり、つい|檸檬《レモン》でも舐めたように顔をしかめてしまう。
すると匂いの元凶がとうとう視野に入る。
そこには黶伊がいた。
「はぁ……。」
彼の首筋に太い血管が浮き出て、弱々しく煙を吐き出す。
「コラ。黶伊、院内の敷地内は禁煙。何回言えばいいんだ?」
俺は彼が吸っていた煙草を取り、リンゴを押し潰すように強く握る。
煙草は俺の強耐熱性革手袋の中でジュウッとなり、火が消えた。
「ありゃ…、取られちゃった。」
「当たり前だろ?煙草は体に悪い。」
「とか言って、君も喫煙者だったりしない?」
「ねぇよ。煙草ほど不味いもんは無い。」
「フーン…。」
彼は不貞腐れたような顔をしたまま退屈そうにため息を吐く。
「それで?なんでお前は拗ねてんの?」
「拗ねてない。」
「嘘付け。この時間に独りで煙草吸ってんだからなんかあったんだろ。
翠と喧嘩でもしたのか?」
俺が考察混じりに問うと、黶伊はさっきよりも大きなため息を吐いた。
「喧嘩…じゃないけど、昨日の事で少しね…。」
「昨日?」
聞き返すと、彼は小さく頷く。
「昨日、僕が君に言った事だよ。謝ってくるまで説教をするって言われてね。」
「へぇ…、翠が…。」
俺は、静かに患者の変化に嬉しくなってしまう。
まさか翠が黶伊に…。黶伊もやるもんだ。
「…キツく言ってすまなかったね。」
「いいよ。俺はあれだけ言ってくんねぇと休まねぇ頑固者だからな。あんがとさん。」
「…言われなくても休んでくれ。またああなるのは困る。」
「おうよ。何せ菱沼にしばらくは仕事禁止令が出されちまったんだもん。お前らに甘えて、休ませてもらうよ。」
「それが出されていなくても休んでほしいけどね…。」
黶伊は困ったように頭を抱えるような仕草を見せた。
「さーて、俺はもう行こっかな!あっ、もう煙草吸うなよ!!」
「ハハ、努力させてもらうよ。」
「抱え込むのが辛くなったらいつでも相談しろよ。そんじゃ!」
俺はそれだけ言い残してそそくさと歩いて行った。
「……それは…、…いや、そうだね…。」
---
晃、大丈夫かな…。
ちゃんと奇病は取れているだろうか。
俺は墓地の近くのブランコに腰をおろして、彼からの電話を待っていた。
目の前に佇む墓地を横目に、少し考え込む。
残りの患者は10人を超える。
患者…というよりは奇病持ちと言った方が良いか。
もう、俺はどうしたら良いのか。
腹を括ったはずなのに、やっぱり何処かで否定したい。
微かに顔を上げると、渡り廊下から春日居と綝がいるのが見える。
綝は俺に気づいたのか、嬉しそうに大きく手を振ってきた。
俺も軽く手を振り返すと、綝が何か叫んでいる気がした。
残念ながら何を言ってるのかは聞こえないが。
そうだ、と思い白衣のポケットから|端末機器《スマホ》を取り出す。
慣れた手付きで電話をかける。
「もしもし…?」
『はい、恢復荘のは___』
「俺、だけど…。」
『え…?えっとすみません、どなたでしょうか…?』
「あぁー、もう…。ほら俺!灰山士門!」
『な…!ま、本当に士門なのか!?』
「そうだって言ってるじゃんか…。」
『それで、どうしたんだ?』
若干明るいトーンの声が聞こえる。
そんなに俺から電話がかかると嬉しいか…?
「まぁ、ちょっと話したい事があってさ。」
---
[綝視点]
渡り廊下から灰山先生が見えて、飛んでちゃった。
「はぁいやま先生ぇーー!!!」
そう言って灰山先生の胸まで飛び込もうとしたら、先生が電話をしていることに気づく。
先生に嫌われるのは嫌だから、静かに近づく。
すると彼はありがとうと、小さな声で言った。
まぁ、私は気が利くので当たり前です!
「あー、うん、分かった。じゃあまた__え、あぁ…わ、分かったって!」
彼はなんだか適当に、そう締めようとしていた。
でもどうやら電話の相手は、面倒な人か相当長話な人なのか、中々電話を切ろうとしないみたい。
なんだかいつもと違う灰山先生が見れて嬉しい。
誰と電話してるんだろう…。
なんだか懐かしい感じだ。
何が懐かしいのかは自分でも分からないんだけど、この雰囲気懐かしい。
んー…いや、“懐かしい”訳じゃない気がする。
どちらかといえば、“憧れていた”とかの方がしっくりくる。
…いや、もういいや。よく分からない。
今はただこの時間が続いてくれたらそれでいい。
すると、先生は頭を乱暴に搔いて、半ば強引に電話を切った。
「いやー…、ありがとな!気ぃつかってくれて!」
「私は偉いので、当然です!」
私が誇り高く胸を張って言うと、先生はそうだな、なんて言って頭を撫でてくれる。
革手袋の上からでも分かる、先生の温かい大きな手。
つい、エヘヘと声を出して喜んでしまう。
「ここで何してたんですか?」
誰に電話をしていたのか、なんて聞けもせずそんな風に聞いてみる。
「ん?あぁ、いつも通りの事だよ。」
「お墓参りですか?」
「そ、流石分かってるな。」
先生はそう言って、静かに手を合わせた。
手を合わせた先のお墓が、一体誰のものかは知らないけれども、きっと昔の患者さんのなんだろう。
私も先生の真似して手を合わせる。
随分と長い間、先生は手を合わせていた。
「ごめんな、せっかく晃と仲良くなったばっかだってのに。」
ふと先生が優しい声で言う。
「良いんです。患者さんと仲良くなることもお医者さんのお仕事なんだって思えば、張りきれちゃいます!」
「そう言ってくれたら、俺も頑張れちゃうな!」
灰山先生がとっても明るい笑顔を見せてくれる。
やっぱり、笑ってくれる方が良いのです!
「あっ!春日居さん置いてきたんでした!!」
途端にその事を思い出し、思わず口に出してしまう。
「おいおい…。何話してたのかはしらねぇけど、アイツ放っておくと面倒くせぇぞ?」
灰山先生は呆れたように笑った。
「そ、それじゃ!またあとで、ですッ!!」
慌ててその場の別れを告げ、思いっきり病院の扉を開き、そのまま春日居さんの元を急いだ。
---
慌ただしく綝が去ったのをしっかりと見て、彼女が開けた扉を閉める。
まったく、アイツは何度言ったら扉を丁寧に扱ってくれんのかね…。
すると、待ちに待った電話のコール音が聞こえる。
画面に晃に渡した端末機器の電話番号が表示されている事を確認してから、電話に出る。
「もしもーし?」
『………。』
晃は切りも喋りもせず、何故か沈黙を貫く。
「…おーい…?どうしたー?」
『………。』
念のため聞き返すが、まだ彼は沈黙を貫く。
もしかして電話が繋がっていない…?
そう思って画面を確認するが、当然繋がっている。
「……晃さーん…?」
『………。』
どうしようもなく、電車電話は切らないまま俺は彼がいる部屋まで向かう。
…あー、なるほど…?
「もしかして…、まだ恥ずかしい?」『………!』
「んー、じゃあ“YES”なら壁を1回叩いて、“NO”なら2回。」
俺がそう言い終えると同時に、すぐに壁を叩く音が1回だけ聞こえる。
「お前は照れ屋だなぁ…。どうだった?声の調子。良かったら1回、あんまりだったら2回な。」
すると、2回壁が叩かれる音がした。
俺は階段を駆け上がる。途中、梓がいたため小さく手を振っておいた。
「まぁ、当然だよな…。お前の昔の事務所にはもう連絡はつけてあるから、それから調子を戻したらいいよ。焦んなくても、お前の実力は確かだ。」
『………!?』
「ハハハッ、気づかなかったろ?」
医務室の左手をすぐに曲がり、声をかける菱沼を無視して防音部屋の扉を開ける。
晃は驚いた様子で振り返った。
「ただーいま。そんでお疲れ。」
俺は、端末機器を握りしめる彼の頭を軽く撫でる。
体力は学生の頃のようにはいかないため、流石に息が上がってしまう。
「…〜…ッ、………!」
彼は怒ったように俺をポカポカと叩いてきた。若干痛い。
あ、そうだ、と思い白衣のポケットから小さな小瓶のキーホルダーのようなものを取り出す。
「これ、お守りだ。」
そう言って彼に渡すと、彼は嬉しそうな顔で明るい笑顔になる。
小瓶の中の白い砂は、部屋の光に当てられて不自然な程綺麗に見える。
「今夜は、お別れ会だな。」
---
月は雲に隠れ、夜風が肌寒くなってくる。
今の季節なんて忘れた。
もう、何月なのかすら覚えていない。
医務室のカレンダーは、2年程前のままだった。
いつまでも、そのままでいたい。
変わらない日々を過ごしていたい。
きっと叶わない夢。
今更、どうだってよかったが。
晃は盛大なお別れ会の後、すぐに事務所の方へ帰した。
彼自身、疲れているだろうが、あんまり長くここにいたら出ていくのご名頃惜しくなるかもしれない。
そう思って、すぐに帰した。
いつも通り、ここには帰って来ない事を約束して。
楽しそうな顔が見れて、良かった。
俺は小さく安堵のため息を吐く。
これが、《《最後》》かもな…。
彼の事は、彼がここに来る前から知っていた。
俺自身、これでも劇には興味があったから。
元々彼が入っている事務所自体が、相当名高いこともあり、趣味の範囲で舞台を観に来た際、何度か彼を目にする事があった。
彼の奇病が発症したあのオーディション、
行きたかったけどチケットが取れなくて行けなかった事をよく覚えている。
彼が《《最後》》にならない事を祈り、俺は部屋に戻る。
医務室には誰もいなかった。
全員、患者の付き合いで忙しいようだ。
俺はただ無心で、足を進める。
そして、目的の場所で足を止める。
俺の部屋の隣、物置と称している部屋は、いつになく静かだ。
2つの南京錠を外し、ドアの鍵も外し、重たい扉を半ば強引に開ける。
扉が空いた途端、思わずむせ返るほどの匂いが辺りを包む。
匂いが院内に充満するのを避けるため、中に入ってすぐに扉を閉める。
何も、怪しい場所ではないのだ。
この匂いは、ただの香水の匂い。
扉の鍵は、特に意味はない。
ただ誰かがここの迷い込む事を防ぐためだ。
オシャレなカーテンがかかったベランダの近くにあるダブルベッド。
そのベッドには、まるで誰かがいるように山になっている。
誰かが布団に丸まっているように。
もちろん、《《誰か》》はいるのだ。
「今日は調子どう?」
俺が尋ねるが、その人は何も言わない。
俺は黙って、その人を踏まないようベッドに腰かける。
その人は、ずっと俺達を見てきたのだろう。
「……おやすみ。」
この病院の、一番最初の患者がそこに。
█が██まで、
あと12日。
奇病患者が送る一ヶ月 十九日目
死ぬ程余談だけど、自分縦読み対応で書いてるんだよね。
…いや本当それだけ。
ふと目が覚めた。
香水の匂いが鼻をさす。
知らないうちに寝ていたのか…、それだけ思い、部屋を出る。
慣れた手付きで鍵を閉め、階段の反対方向へと足を進めた。
ここの廊下を左手に進めば風呂場がある。
香水の匂いを落とすため、シャワーを浴びてから医務室に向かおう。
---
「おはよ。」
「あー、おはようござっす。」
俺は静かに扉を開けいつも通り挨拶をする。
菱沼は相変わらずラムネをこっそり頬張っているが、シエルと黶伊の姿は見当たらない。
もはや、今ではその事の方が多い。
彼らは俺の知らない所で忙しそうだ。
「なぁー、菱沼ぁー。」
俺は暇なので、新聞を読んでいる菱沼にダル絡みをする。
「なんすか…?」
「そんな嫌そうな顔をあからさまにすんなよ…。」
「元々こんな顔っすよ。」
そうだったかな?ここ来てすぐの菱沼はまだ初々しくて可愛らしかったけど。
「まぁいいや。菱沼ー、仕事禁止令解除してくんねー?」
そう、俺が話したかった本題はこっちだ。
いくらなんでも、いざ仕事をやらないと落ち着かない。何よりも暇。とにかく暇。
「駄目っすよ。まだ昨日の今日じゃないっすか。というか灰山さんは仕事してほしい時にしてくれないっすけどね。」
「頼む!もうサボんないからさ!な?」
「駄目っす。」
チッ、押しが効かねぇか…。
「ハァー…、マジかよぉ………。」
「一体何が嫌なんすか…。患者さんと話してたらいいじゃないっすか。」
「だぁってぇ…、お前ら全部やってんじゃん…!食事も洗濯も皿洗いも、本当に全部!!俺がやる隙も与えてくんねぇ!」
コイツらは仕事が早い。その上丁寧にこなす。
俺の病院のはずなのに、俺よりも院長やってる。
俺がいつも頼りない奴みたいじゃんか。
「そんな嫌っすか?」
困ったように菱沼はこっちを見る。
「なんか俺がいなくても、病院が続くって感じがして嫌だ!!」
菱沼は大きなため息をついて、頭を乱暴にガシガシと掻いた。
「………仕方ないっすね…。じゃあ1週間だけ我慢してくださいっす。」
「えぇー!1週間もあんのかよぉ!せ、せめてあと3日!!」
俺が手を合わせてお願いしていると、黶伊が医務室に入ってきた。
「おや、また駄々をこねてるのかい?」
「あぁー、仕事禁止令をあと3日で解除してくれって言ってくるんすよ。」
「黶伊ぃぃ!!!なぁ、良いだろぉ?」
俺はどうしようもなく黶伊に縋る。
きっと黶伊なら許してくれる、と信じて。
「3日…か。まぁ、それぐらいなら良いんじゃない?」
「マジ!?やったぁ!!!!!!」
思わず俺は拳をあげて喜んでしまう。
「当然、それまでは安静にすることが約束だね。」
「良かったんすか?この人約束守らないっすよ?」
サラッと菱沼が失礼な発言をするが、今の俺は気持ちが良いので見逃してやろう。
「良いんだよ。守らなかったら、それに見合う代償を払ってもらえば良い。」
黶伊はそうニヒルの笑みを見せ、彼の机の上に置いてあったファイルを取り、去っていった。
………え、こわ…。
---
「やぁ、今日も1人なんだね?」
なんとか菱沼からもぎ取った仕事の花の水やりの最中、ふと春日居が声をかけてきた。
「あぁ…、まぁな。どうした?こんな所で。」
春日居から話しかけられる事は少ないが、春日居が一人で外にでている事が珍しい。
「いや?何個か質問がしたくってね。」
「へぇ…、お前が?珍しいな。」
質問…?どうにも腑に落ちない。
そして、彼の不自然なぎこちない笑顔にも、少し引っかかってしまう。
「君の隣の部屋、一体何があるんだい?」
「あの部屋か?」
「あぁ、よく入っている割には鍵が多いから、気になっちゃって。」
「……お前ってさ、馬鹿だよな?」
「うん、ばかだよ?」
「だよな、安心した…。」
「ハハハ、よく分からないけど良かったね?」
「…お前、もしかして綝に聞いて来いって言われた?」
春日居は酷く驚いたように目を丸くして、次第に楽しそうに笑った。
「さっすがだねぇッ!!これが…、なんだい?“いッとち”?ってやつかい?」
「…“一敗塗地”な。意味はまぁ合ってるけど、分からないなら使うな…。略してるみたいになってんぞ。」
やっぱりな…。春日居がそんな頭良さそうな質問なんてしてこないんだよ。
せいぜい春日居からの質問なんて、夕飯何?か、何してるの?とか、あれ何?なんだよ。
「全く、綝も油断ならねぇな…。」
俺は頭を抱える。すると、春日居は不思議そうな顔をした。
「んー…もしかして最近何かあったのかな?」
「あぁ…、まぁ最近多いんだよ。あいつらが、なんか探ってる事。」
「探る?」
「何を探してんのかはしらねぇけどな。
ただ好奇心か、俺の弱みでも握りてぇのか…。」
つい春日居相手だと、不満をこぼしてしまう。
事実、最近彼らの様子がおかしい。
やけに俺の書いたカルテを読むし、その上俺を仕事…いや仕事場所から遠ざける。
俺の疲れを心配してくれているのかもしれねぇが、だとしたら何かおかしい。
上手く言葉に直す事が出来ないが、彼らの不自然さは明らかだった。
「んーー………、ただの気のせいじゃないのかい?」
「…だったら良いんだけどなぁ……。」
思わずため息が漏れ出てしまうと同時に、持っていたジョウロを地面に落としてしまう。
幸い水は入っていなかった。ジョウロを正しく花壇の近くに置きなおして顔を上げる。
「さて、そろそろ中に戻るか。雲行きが怪しい。」
「そうだね。」
俺は春日居の同意の声を聞き、彼の車椅子を押してやる。
「てか、お前最近話すの上手くなったよな。」
「そうだろう?沢山お話してれんしゅーしているんだ。」
若干変な部分はあるが、誇らしげに言った。
「お前が近いうち、無事に社会復帰してくれる可能性が出てきて嬉しいよ。」
「うん。」
「………。」
「…………。」
「………。」
珍しく沈黙が流れる。
とはいえ、あまり変に口を滑らせたら、綝に言うかもしれないと思い、どうも会話が思いつかない。
こいつもこいつで、何を考えているのか分からない。
「ねぇ、灰山君。」
意外にも春日居が沈黙を破る。
「なんだ…?」
「もし自分が奇病なんて持たずに生まれてきていたら、もっと君と、対等にいれたんだろうか。」
「……、は?」
あんまりにも真面目な話すぎて、逆に俺の理解が追いつかなくなった。
「いいや?私もこればっかりは何も考えてないんだ。」
春日居は俺の顔を面白そうに見て笑ってくる。
でも次第に、ふと淋しそうに笑う。
本当にこいつは、何も考えてないのか?
心では全て分かっているのではないか?
どうしようもない疑問を押し殺して、ただ車椅子を押した。
「ところで君は質問に答えてくれないのかい?」
「…………。」
どう言えばいいのか、迷ってしまう。
「まぁー、無理して答えなくっても良いんだよ。」
「………俺は…、今のままでも、お前と対等だって思ってるよ。これでも四年の付き合いだし…。」
気付いた時には答えていた。素直で嘘偽りない言葉が口から出ていた。
でも本当にこれが患者にかける言葉なのか。失礼なんじゃないか。
そんな不安が徐々に募っていく中、春日居は驚きでなのか数秒固まった後、さっきよりも面白そうに笑った。
え、え…!?何か間違った事言ったか!?
「アッㇵハハハㇵㇵッ!!!うげぇぼ、ゲボッゲホッ!!!」
焦り散らかして、咳き込む春日居に声をかける余裕もなく、ただ懸命に背中をさする。
「ㇵーーーー……。いや、自分はね、その質問じゃなくて、君の部屋の隣の空き部屋みたいな部屋の質問の事でさ…。ん?空き部屋みたいな置き部屋?あれ?」
自分で言った事がややこしくなって、混乱してるぞこいつ…。
てかなんだよ、そっちの事かよ…。
「それは…、まぁ……、んんー………。
ガチで9.5割は物置きなんだよなぁ……。」
「なんだ、そうなのかい?」
「お恥ずかしい事ながら。階段だから降りれるかー?」
「あぁ、もちろん。」
先に車椅子を上の階に運び、その後に春日居に肩を貸して階段を上ってもらう。
やっぱ、もうそろそろキツいな…。主に腰が。
「君も歳なんだから、これ階段じゃなくて、エスヵベーターにすれば良いのに。」
エスカレータかエレベーターどっちだよ。いやどちらにせよ、中々無茶なお願いだけど。
「そういえば君は、どうしてこの病院をつくったの?」
階段を上っている最中、いつも通りの微笑みを浮かべながら聞いてきた。
「……お前、本当は全部分かってたりしない?」
彼の質問があまりにもアレだったのて、さっき思っていた疑問をつい投げかけるが、
彼は黙々と階段を上りながら、どうだろうとだけ言った。
肩を借りているとはいえ、ふらつきが少なくなっている。
患者の成長だ。嬉しい事だな。
なんとか上りきり、また車椅子で押してやる。
「それじゃ、ここまで来たらもう良いよな?」
そう、春日居を彼の部屋の前で止まって尋ねる。
「あぁ、助かったよ。階段はまだ一人じゃ上れないからね。」
「おう、それじゃ。」
俺はヒラヒラと手を振って、三階への階段に足を進めた時、
「…強いて言うなら、…私は君を分かったつもりではいるよ。」
春日居はこちらに顔を向けないまま、言った。
「でもあの人にそう言ったら、まだ全然君の事分かってないって言われちゃった。だから、君のそぉだん相手にぐらいにならなるよ。これでも四年の付き合い、なんだろ?」
最後に俺が言った言葉をそっくりそのまま返されて、何処か恥ずかしい気がする。
「…うん。」
そう返事をする事だけで、もう精一杯だった。
---
また昨日と同じように、例の部屋の扉の前で足を止める。
……あれ?
そう思ったと同時にポケットから電話のコール音が響く。
あまり見覚えの無い電話番号だったが、特に躊躇はせず、電話に出る。
「あー、はい?………え、ァ…!あぁ…
そうですか!!…ぅす、分かりました。ありがとうございます…!」
具体的にどんな内容か、なんて事は改めて言う必要はないが、ニヤけが止まらない。
そっかぁー…、うん、良かったなぁ…、晃。
いやいや、今日はもう休もう。
そう思い、その部屋を後にして自分の部屋に入る。
こっちはあっちと比べて、鍵は普通の鍵一個だけ。
とはいえまぁ…、やっぱりこの部屋は好きじゃないな。
今更掃除をする気にはなれないが、埃っぽいにも程がある。
『そういえば君は、どうしてこの病院をつくったの?』
椅子に腰かけた途端、その言葉が脳裏にちらつく。
あー、駄目だ。やっぱりこの部屋は落ち着かない。
少しは感傷に浸れて、気が紛れると思ったが、まさに逆効果。
……何でだったっけ…。俺がここ造ったの。
ここは奇病病院。
人々を脅かす奇妙な病気である“奇病”というものを治す事を目的とした病院。
やることは普通の病院と同じで、症状を訴える人に治療薬を出したりするだけ。
俺が昔働いていた街の病院を参考にして試行錯誤をしながらこの病院をつくった。
しかし、奇病というものは様々で、中には危なっかしい奇病もあった。
そんな奇病を持っている人には、この病院で入院をしてもらう。
中には奇病を気味悪がられて行き場の失った人達を保護する事だってある。
患者のためなら何でもするような、そんな病院のはずだった。
患者を助けたい…、本当にそれが俺の願いなのだろうか。
そうだとすれば、もうこの病院に患者はいないはずだ。
患者を助けるだけが願いじゃない。
俺は何か探していたんだ。
確か……彼女の奇病の…、治療法を。
薬のせいだろうか、よく思い出せない。
思い出せない、思い出したくない。
思わぬ頭痛で、頭を強く抑える。
その時、急に人影を感じ顔を上げる。
気の…せいか…。
本当に俺疲れてんのかな…。
そこにある人影を横に、目を閉じる。
きっと明日には忘れているだろう。
█が██まで、
あと11日。
ただ春日居さんと仲良くしてほしいなーって。
ただこんな会話してほしいなーって。
もうホント、それだけっす。
奇病患者が送る一ヶ月 二十日目
[菱沼視点]
鍵を拾ったっす。いくつも、ジャラジャラと鍵がついてるの。
なんかコレ、すっげえ大切なヤツなんじゃないか。
どうしようかと少し迷い、ただどこの鍵なのかが気になってしまい、その鍵を白衣のポケットに入れる。
これは確認っす。ただの確認っす。
そんな時、急に医務室の扉が開く。
「お、今日も早いな。」
「あぁ…灰山サンっすか。まだ5時っすけど、どうしたんすか?」
時計の針は5時を少し過ぎていた。
灰山サンは最近、早くても6時半程に医務室に入ってくる。
それまでにはもう起きているだろうけど、最近はずっと来るのが遅い。
別に困る事はないんすけど…。
「いやー、まぁちょっとな。」
彼はいつも出かける時には着ない、ちゃんとしたよそいきの服を身に纏っていた。
ん…?もしかして…
「出張っすか?」
「……、おう。」
こんのド阿呆。
「仕事禁止令は?忘れたんすか?」
「いやぁ…、忘れてはないけどよぉ…。」
彼はどこか言いづらそうにはにかむ。
「あと3日って言ったのはどこの誰っすか。」
「だってお前らに出張任したら不安でしかねぇだろ!?」
「なっ!?失礼っすね!!」
「お前もシエルも迷子になるだろうし、とはいえ黶伊に任しても患者が不安になるじゃん!?」
めちゃくちゃ失礼な事をスラスラと並べている。
あとジブンは迷子にならないっす。
「禁止令はごめんだけどさ…、まぁもう行くよ。かなり遠い場所なんだ。」
「ハァァ…、じゃあジブンも行くっす。」
「おいおい…、綝と同じ事いうなよ…。」
灰山サンは呆れたように頭を掻いて、すぐに口を開いた。
「患者だってロボットじゃない。あんまり患者に刺激を与えちゃまずいんだ。それはお前もよく分かってんだろ?」
「まぁ…、分かってるっすけど……。」
「出張を求めるって事は、酷い奇病が多い。見た目も中身もな。それを見てお前らが離れてほしくねぇんだよ。……あいつらみたいに。」
懐かしむような寂しい目を見せる。
“あいつら”とは、昔ここで一緒に働いていた人達の事だろう。
確かに彼らが離れていったのは違いないが、ジブンは離れる事は何があってもないのに。
「あと、患者に薬渡して、はい、さようならって訳じゃねぇんだぜ?ちゃんと症状を見て、患者と家族の話をそれぞれ聞いて、ある程度のケアをして終わるんだ。これでも俺は正規の医者なんだよ。こういうのは俺に任せとけって。」
そう言って灰山サンはいくつか薬を持って、医務室を出て行った。
もちろん、その通りだとは思うけど…。
ジブンも彼の後を追って医務室を出る。
丁度後ろ姿が見えてきた頃、急に灰山サンがグリンと振り返った。
「そうだ、菱沼。鍵がたくさんついてるやつ探していてくんね?昨日から見つかんなくて困ってるんだよ。」
それを聞いた途端、白衣の右ポケットが急に重くなった気がした。
「へぁ!?ぁぁ〜〜…、わかかかったっす!!!」
思わず声も裏返ってしまう。
今鍵を渡せば良いものを、渡せない。
どこの鍵か気になるから。
裏返る声を気に留めることもなく、彼は歩いて行った。
「どうしようっす……。」
---
[灰山視点]
電車に揺られ、少しだけ睡魔に襲われる。
今回向かう所は、奇病病院からかなり離れ、都市部に近い場所。
都市部に行くのは、もう何年前だろうか。
今更、どうだっていいが。
結局、何も食べずに来てしまった。
朝食を抜くなんて、医者の癖に情けない。
嘲笑だけして、すぐ窓に視線を移す。
蜷局を巻いた蛇のように揺れ動く様は、なんとも久しぶりだった。
汽車はけたたましい音を立てながら、躊躇もせずに進んでいく。
そういえば最近、病院に誰かが訪れる事が一層少なくなった。
今月は一回やそこらしかなかったっけ。
困る事は無いが、同時に価値を見失いつつある。
「寂しいな…。」
ふと、つい声に出す。
声に出すと良いなんて聞くが、声に出したらもっと虚しくなるだけじゃないか。
時間は無いのだ。
皆の今後の事だって考えないと。
家族のいない患者は、孤児院かどこかに預ければ良いだろうか。
宛は探せばすぐに見つかる。
成人を超えていたら、リハビリがてらに別の病院に送るべきだな。
……あとは、
医者の皆はどうしたいだろうか…。
あぁー…、もう止めだ止め。
ただでさえ頭が痛ぇのにもっと痛くなる。
________………
……………
寝てたのか…、俺。
大きくあくびをし、体も大きく反らして伸びる。
なんだ、もう着くじゃねぇか…。
ナイスタイミング、俺!
寝過ごしでもしたらどれだけ大変か…。
懐中時計の針が丁度7時になろうとしていたぐらいに、俺は汽車を降りた。
今回の出張は、少しばかり特殊だった。
通常、奇病発病者の身内または本人から電話がかかってくるのだが、
今回は珍しく近辺に住む人からだった。
とは言え、まぁ最悪な依頼とも言えるな。
何やらその奇病の人はもう何十年そこに住んでいるか分からないらしいが、何年経っても変わらない姿が気味悪いからどうにかしてほしいとのこと。
迷惑はかけてねぇし困らないだろって言ったが…、聞く耳もなし。全く、ヤになるねぇ…。
さてと…この家か。
駅から数十分、青紫の屋根の家はここぐらいだ。
見た目はどこも変じゃねぇな…。
庭の手入れもされてるし…、立派な|芍薬《しゃくやく》もお出迎えしてくれてる。
芍薬…ねぇ…。それもまぁ…、丁寧に紫色とは…。
今じゃ珍しい、インターホンで呼び出すタイプか…。
とは言え、正直本で見たことはあるが、使い方までは分からない。
変に間違える訳にはいかないため、扉をノックする。
しばらくすると扉の向こうから、足音が聞こえてくる。
「…何か?」
扉を少しだけ開けて、心配になる程白い肌をした12歳程度の子供が顔を覗かせる。
「あぁ…、えと、実はこの辺りの人から頼まれて…、奇病を扱ってる病院から来た者です。」
久しぶりの出張だということもあり、喉がカラカラだ。
「…出て行って、って言ってもあなたは聞かないんでしょう?とりあえず入って。」
少女はそう言うと、扉を少し開けたまま、背中の蝶の羽を見せ、奥の部屋まで歩いていった。
綺麗な羽だ。
見た目としては、確かに不気味かもしれないが、黶伊の羽に見慣れてしまっているからどういうこともない。
言われるがまま部屋に入ると、微かに花の匂いがキツく感じた。
この匂いも芍薬だろうか…。
それに、さっきの彼女の言葉に少し違和感を感じた。
まるで分かっていたかのような口ぶりに聞こえたのは、ただの俺の考えすぎだろうか。
「座って。」
淡々とした口調を見せたまま、ふわりと肩までの髪が揺れる。
俺は静かに座って、口を開いた。
「えっととりあえず名前を聞いてもいい、ですか?」
「…|蝶水《ちよみ》|仁佳《ひとか》よ。奇病を取るなら、さっさとした方が良いわ。」
「え、…あぁ…、じゃあ遠慮なく失礼します。」
言われた通り、俺は彼女の腕を右手の甲で触れる。
「………。」
淡々とした彼女の口調に加え、どこか慣れているような雰囲気。
何故だろうか、始めて会う感じがしなかった。
彼女は黙って俺の手を見ているだけで、何か言ってくる事はなかった。
「あ、熱かったら言って下さいね。」
「…じゃあ、もう熱い。」
そう言われて、慌てて手を離す。
30秒も触らなかったが、奇病は取れただろうか。
そう心配するのもつかの間で、彼女の蝶の羽がパキパキと形を崩していく。
その様子にしばらくは感心しているものの、ふと我に返り慌てて紙を取り出す。
「えっと…蝶水さん。失礼です、けど…年齢は?」
「…さぁ、数えるのも面倒になってしまったわ。」
…これ以上は踏み込まない方が良いか…。
「分かる範囲で良いんで、ご自身の奇病の説明をしてもらっていいですか?」
もう奇病は取ってしまったから、意味がないが…。
知らない事ほどの恐怖はない。
「見ての通り、皮膚を突き破って羽が生えてくるのよ。羽の鱗粉は有毒。鱗粉に触れた時間と私からあなたに対する好感度…まぁそれが大きければ大きい程、有毒になっていくのよ。…ハァ…、何度口にしても不気味なもの…。」
なるほど、だから急かすように言ったのか…。
逆を返せば、鱗粉にさえ触らなければ良いということか。
「あの羽って触ってたらどうなったんですか?」
些細な疑問を投げかけると、少しだけ面倒くさそうにため息を漏らした。
「先から蝶が分裂して、鱗粉を振りまく。」
「蝶が分裂?」
「えぇ…。その分裂した蝶で人を傷つけてしまったら、傷つけた分私の寿命に換算される。」
「………。」
「そんな羨ましそうな顔で見ないでちょうだい。全くもってキラキラとしたものじゃないわ…。」
「え、いや…、別に羨ましいとか…って訳じゃ…。」
「大切な人達を傷つけた挙げ句、今も私は生きてる。あなたなら分かるでしょう?遺される側の気持ち。」
確かに、よく分かってるつもりだ。
ただ、この人の場合は俺とは違う“罪悪感”があったのだろうと思うと、どうも返事を返す事が出来なかった。
「分裂した蝶を食べて、定期的に来る羽の生え変わりの痛みに悶えて、私だけ老いない姿に孤独感を覚える。そんな暮らしも50年ぐらい繰り返せば………ハァ…。」
彼女はため息を吐くと、静かに飲みかけのハーブティを口にする。
「………?」
「あなたが来て、10日も経てばまた羽が生えてくる。もう…何度繰り返したんだか…。」
「……ずっと頑張ってるんですね…。」
どう言えば良いのかも分からずそんな言葉を口にすると、彼女は微かに笑った。
「こんな事、中々話せないから、つい話しちゃう。」
「聞いた話だと、中々の人間不信って聞いてたんですけど…。」
「人間不信…?まぁ、間違ってはいないけれど…。私はただ、奇病のせいでその人が死ぬ姿を見たくないだけ。」
上手く言葉が出ず、目を反らしてしまう。
ほのかに甘い匂いが香る。
「あなたと話すのは良い。あなたは死ぬけど、それでも形は違えど必ず同じ姿で私の前に現れる。フフ、おかしいのはどっちなのかしらね。」
含みのある怪しげな笑いを見せてくると、すぐに立ち上がって窓の前に立った。
彼女の言葉が頭の中をグルグルと回る。
しかし、脳内で乱反射するばかりで、それを理解しようとはしなかった。
彼女の戯言か、法螺話か、あるいは幻覚か、はたまた真実か。
「私、この街から引っ越そうと思う。それで、あなたの住む街に行こうかな…。」
「俺の…?」
「えぇ、それであなたの生い立ちを見てあげる。」
顔は見えないが、確かに彼女が笑っているのが分かった。
俺も立ち上がり、少しだけ彼女に近づいた。
「…俺はそんなに有名じゃないんで、歴史展に乗ってないですよ。」
「そういう事じゃないんだけど…、まぁいいわ。もう帰ったらどう?この後雨が降るけど。」
不意に彼女が振り返り、宝石のような瞳と目が合う。
「あー…じゃあそうさせてもらいます。」
このまま長居する訳にもいかないため、慌てて荷物をまとめる。
「…引っ越すよりも、あなたの病院について行った方が良さそうね…。」
「俺の病院なんて、もう何も残らないですよ。よく分からないけど…あなた奇病が再発するんですっけ?その様子も見たいのは山々ですけど、残念ながらその時にはもう俺はいないと思いますよ。」
「知ってるわ、ちょっとした冗談よ。あなたはもう、受け入れているのね。」
どこか寂しげに微笑む姿を見ていられず、顔を伏せて言う。
「受け入れてなんかないですよ。ただ止めたんです、足掻く事を。」
「…そう。それも大事な一つの選択肢よ。」
彼女は一体どんな顔をしてそう言ったのか、俺には分からなかった。
荷物をまとめ上げ、立ち上がる。
「それじゃあ失礼しました。あと、これ。」
そう言って、彼女の手に、液体の入った注射器と何錠か入ってある小瓶を渡した。
彼女は不思議そうに目を見開き、交互に俺の顔を見た。
「錠剤の方が奇病の症状を抑えるものです。で、もう片方が一応奇病を取る液体です。…ワンチャン治ると思いますよ。」
「………へぇ…、今回はそんなのが出来たのね……。ありがとう。」
「…いえ。じゃあ、お大事に。」
それだけを言い残して、彼女の家を出た。
---
長い電車旅も終え、重たい足を精一杯前に出す。
何故かは分からないが、どっと疲れた。
仕方がないか…、しばらくは出張もしていなかったもの。
次第に森の木が開け、病院が見えてきた。
夕暮れ時の赤い空が、奇病病院を包む。
少しだけ寄り道をしたせいで、帰るのが遅くなったな…。
こればっかりは反省しないと……。
すると、病院の前に綝がいる事に気がつく。
彼女も俺がいる事に気づいたのか、全速力で走ってきた。
その勢いのまま、俺に抱きついてくる。
なんか、前もこんな事あったな…。
「灰山先生ーーーー!!!!!!もう探しましたよーーーー!!!!」
「ハハハ、ごめんごめん。ちょっと出張行ってたんだよ。」
「もー、私も行きたかったんですけどー…。」
「だーかーらー、綝にはまだ早いの。」
「私、もう立派なレディですよ!?子供扱いしないで下さい!!」
彼女は怒ったかのように頰を膨らませていた。
俺はその姿に子供らしい可愛らしさを感じるも、これ言えば怒る気がして彼女の頭を撫でてやる。
「はいはい、そうだな。…それじゃ、俺はもう休むよ。」
「え、…今からですか?もうすぐ夕食の時間ですよ?」
心配するような彼女の顔には少し驚いたが、すぐに笑って続ける。
「大丈夫だよ。歩き疲れただけ。部屋で仮眠をとるだけだから心配すんな。」
「うぅ…、分かりました…。じゃあ、明日は一緒に遊んで下さいね!」
「おう、ごめんな。それじゃあおやすみ。」
---
[菱沼視点]
数時間前______…
昼食を済ました後、ジブンはすぐにある場所に向かった。
ジブンが最も気になっていた、灰山サンの隣の部屋。
何故かここだけが厳重に鍵をかけられており、灰山サンだけが知るこの部屋の奥。
微かに甘ったるい香水の匂いがする。
拾った鍵を手に持ち、慎重に南京錠の鍵を開ける。
一つ目の鍵は…、開いた。
やっぱりこのキーホルダーは、ここの部屋の鍵だったんだ。
そのまま着々と南京錠を開けていく。
あとは部屋の鍵を開けるだけ、だったのに何故か最後の鍵と鍵穴が合わない。
鍵の形からして、きっとどこかの部屋の鍵なのは確かなはず。
もしかして…、そう思って灰山サンの部屋の鍵穴に刺してみる。
ゆっくりと鍵を回すと、次第にガチャリと音がした。
周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。
一つ深呼吸をして、部屋に入ってみた。
本棚ばかり並んだ、薄暗い部屋。
部屋に入ってすぐ、机が見える。
扉を閉めて、その机に向かう。
その机の上は、意外とすっきりとしており、医務室の彼の机とは大違いだ。
本棚よりも先に、まずこっちを調べてみよう。
引き出しを開けて、その中に入っている本やカルテをパラパラと見る作業を繰り返す。
意外と楽しいもので、懐かしいものを見つけると、つい読み込んでしまう。
ある程度してから、少し気になるものを見つけた。
灰山サンの直筆で書かれた、日記のようなものだった。
「これは……?」
「あぁ…、それは奇病の経過観察を書いたやつだよ。」
誰もいないはずなのに後ろから声がして、ジブンでも心配するほどの速さで後ろに振り返る。
そこには出張に行ったはずの灰山サンがいた。
「えっ!?え、え!?なんでいるんすか!?」
「出張から帰って来たから。」
驚いて尻餅をつくジブンに若干苦笑いをして彼はそう言うと、着ていたよそ行きのコートをコートハンガーにかけた。
「…………。」
「それ、見たかったら見てもいいよ。何も面白い事は書いてないけどな。」
「え、あぁ…、じゃあ見るっす。」
怒られると思っていたけど…、意外な対応にも少し驚いてしまう。
黙々と読み進める。
そこには何の奇病かが言及されていないものの説明が|連連《つらつら》と並べられていた。
「なーんか、新鮮だなー…。俺の部屋に誰かいるとか。」
ふと灰山サンが本棚を眺めながら呟く。
「そういえば、今日の出張はどうだったんすか?」
なんとなく気になって、ジブンがそう尋ねると、灰山サンはうーん…と唸る。
そんな難しい質問はしてないんすけど。
それほど変わった人だったのだろうか。
「まぁ、不思議な人だったよ。少なくともお前らに行かせなくて正解だった。」
「なんすか、それ…。」
「別に嫌味でもなんでもねぇよ。ただ本当に俺が行かないといけなかったんだと思う。」
彼は難しい顔をして、出張で持って行った荷物を淡々と片付けていく。
何を言ってるのか、理解出来なかった。
絶対に灰山サンじゃないといけない、なんてことはないはずだ。
よく分からないが、今回は手応えでもあったのだろうか。
読んでいた日記も読み終わり、元あった引き出しに直すと、灰山サンがこっちを見てはにかんだ。
「どうだった?結構自信作なんだけど。」
「経過観察に自信作とかあるんすか…。何の奇病だろうって思っただけっすよ。」
「…なんか微妙な感想だなー…。」
「そんな事言われても困るっすよ…。」
一つ会話も終え、また別の引き出しを開ける。
特にめぼしいものは無い。
コピー紙だったり、昔の患者のカルテだったり、そんなものしかない。
「そういや、お前は何探してるんだ?」
わざわざジブンの近くまで来て、彼は尋ねてくる。
「そりゃあ、ただの好奇心で入ったんすから、何も探してないっすよ。」
ドヤ顔混じりにそう答えると、彼は「なんで誇り高そうに言ってんだよ。」と困った顔でため息を吐いた。
「ところで、鍵返してくんね?」
「ギクッ。」
忘れてくれてると思ってたのに……!!
それに肝心の隣の部屋が見れていない。
「なんだ?それとも隣の部屋がそんなに見たいのか?」
「なんで分かるんすか!?」
まるでジブンの心を盗み見たように言われ、冷や汗が止まらない。
「分かるも何も、この部屋に入る前に隣の部屋見たら南京錠が全部外されてるんだから、そう思うだろ…。」
しまったぁぁ………!!!!
その事忘れてたっす………!!!!
…ハァー、仕方ないっす。
「チェ…、じゃあ返してあげるっす。」
「なんでそんな渋々なんだよ…。」
そりゃあ渋々になるっすよ。
見たいもの見れないんすから。
「めぼしいもの無いっすねー…。隣の部屋開けてくれないっすか?」
「んー、嫌っす嫌っすー。」
「ジブンのこと馬鹿にしたような喋り方やめてほしいっす。」
そんなやり取りをしているうちに、下からいい匂いが香ってきた。
「ほら、部屋は開けておくから行けよ。」
「いいんすか?」
「俺はその間に仮眠取りたいから。早く行け。」
なんかジブンにだけ当たりが強いんすよね、この人。
部屋も開けてくれるとのことなので、黙って、彼の部屋を出た。
---
夕食から戻って来ると、本当に灰山サン寝てたっす。
器用に硬そうな木の椅子で寝てるっす…。
そういえばベッドが無いと言っていた事を思い出し、周囲を見渡す。
本当に無いんすね……。
にしても、こんなに本棚があったら仕掛けがあるんじゃないかって思ってしまう。
あの…、本を取ろうとしたら本棚が横に動くやつ。
ちょっとした好奇心で、分厚い本をグイっと引っ張ってみる。
……………。
何も起こらない。
気を取り直して、また引き出しの中を漁る作業に耽る。
でもどれだけ漁っても、大したものは入っていない。
大学の参考書だったり、医療系の分厚い本だったり、英語で何書いてるのかも分からない本だったりと、種類は様々。
本当に灰山サン、こんな本読んでたんすか?
雰囲気とかで買ったんじゃないんすか?
雰囲気で買うにしては値段の高い本ばっかっすけど。
しかも、本の紙が読まれすぎたのか、かなり擦られた跡があるのが若干腹が立つ。
何真面目に読んでるんすか。
すると、見覚えのないカルテを目にする。
________
████
████ (██) █
◇奇病
・|突発性《トッパツセイ》|身体《シンタイ》|静止《セイシ》|白雪姫《シラユキヒメ》|脱力《ダツリョク》症候群
白雪姫のように眠ってしまった状態になってしまうもの。
心臓の動きも静止してしまうため、生きてるのかが分からない。
傍から見れば急死の状況に近いため、これが奇病なのかすらも判断ができていない。
前例はいくつもあるが、謎が多いばかりで治療薬は発見されていないため、この奇病になったもので治った者はいない。
名前の通り、急にこの奇病になってしまうため防ぐといったことができない。
◇████
█████████████████████████。
██████████████████。
████████████████████。
████████████████████████████████。
(████████████████████████████。)
█████████████。████████████████████████████████████████████。
________
ほぼ文字が黒く塗りつぶされている。
突発性身体静止白雪姫脱力症候群…?
これでもジブンは創立当初から働いているため、ここにいた患者の奇病なら少しは覚えているはず。
それに関わらず、この奇病名は聞いた事がない。
奇病名の考案は、今では医者が交代で考えているが、当初は灰山サンが考えてくれていた。
この名前の付け方は灰山サンに違いないはず。
一体誰の奇病なんだろう…。
ジブンはそれを写真に撮る。
もしかしたら、2人なら知っているかもしれない。
カルテだったり色々なものを元の場所に直し、次は本棚を漁ろうとした時、
むくりと灰山サンが起きた。
「おはようっす。」
「おう。…引き出しはもう終わったのか?」
「はいっす。」
彼は伸びをしながら、近づいてくる。
ジブンはそれを横目に見ながら、適当に本を手にする。
「本棚の本には何も書いてないと思うぞ。ここにあるのは全部医学のもんとか、昔使ってた参考書、懐かしい高校の教科書とかだし。」
ここにも参考書があるのか…。
灰山サンの意外な真面目さに感心してしまう。
さっき手にした本をパラパラと読むと、確かに難しそうな話が書いてある。
「な?変な本だったろ?」
彼はそうはにかみながら、ジブンが持っていた本を適当に本棚に直した。
「それじゃあ、質問していいっすか?」
「とうとう俺に聞くのか…。まぁ、良いけど。」
若干複雑そうな顔をしている灰山サンを気にも留めず、話を続ける。
「彼女とは何か血縁関係があるんすか?」
「…彼女って?」
「久我サンよりも前に急に治った子っす。あの…、火傷の女の子。」
「あー…、いや、血縁関係は無いと思うけど?」
「そーっすか…。」
「……さては、シエルから聞いたのか。」
「ギクッ…。」
なんでこの人、無駄に鋭いんすか。
掠れた口笛を吹きながらそっぽを向いていると、彼から大きなため息が聞こえた。
恐る恐る目を合わせると、明らかに嫌そうで面倒くさそうに睨みつけている灰山サンが視野に入る。
「やっぱ何か探してるじゃん。」
「いや、待ってほしいっす。誤解っす。頼むっす。」
「…もう良いよ。……おやすみ。」
彼はそれだけを言い残して部屋を出た。
明らかに不機嫌そうだったっす。
……え?え?え!?
これ、なんか、謝ったほうが良いっすか!?
慌ただしく後を追うように部屋を出る。
幸か不幸か、廊下は薄暗さを見せるだけで誰一人としていなかった。
……………いや、もう本当どうしようっす。
---
[灰山視点]
また、いつもの部屋に入る。
しっかりと扉の鍵を閉め、頭を扉に当てたまま少しだけしゃがみ込む。
今日は本当に疲れた。
扉の向こうから菱沼の声がする。
ドンドンと扉を叩く音には触れず、ベッドの隣の椅子に向かう。
「今日は、満月みたいだよ。」
返事もしない彼女に声を掛ける。
ふと昨日の人影を思い出した。
あぁ…、もしかして俺の事見に来てくれたの?
…そんな訳ないか。
それだけの理由じゃないんだろう。
きっと何かを伝えに来たのだ。
…きっと、夢から覚めろ、そう言いに来たんだろう。
もう、あと10日。
寂しさを覚え、静かに目を閉じた。
長過ぎるッッッ!!!
さて、なんとなくお気づきの方も多いと思うけど、もう終わりが近い!!
あと十話ちょいぐらいかな。
いやぁー…、一部すっ飛ばしたし、何人か出番少ないけど…苦笑
あの…、出番ないのは本当ごめん。
タイミングが中々出来んって言う言い訳をせめて聞いてください…!!
あと、今回でてきた蝶の方は、お優しいリア友にお借りしました!!
本当は話し方、もっとキツい感じだったんだけど…まぁもろ事情で勝手に柔らかくさせた。
理由はもう言ってる!!読め!((
奇病患者が送る一ヶ月 二十一日目
ホントに最悪。
書いてた奴が消えてさ、焦ったのよ軽く。
でも自動保存あるから大丈夫!って思って見に行ってあったのよ。
コピーして貼っつけたら、あーらなんていうことでしょう。
何故か書いてた前半の文が全部消えてるじゃないですか。
あーーー……最悪、死にたい。
でも死なないもん。
どれだけ嫌な事あっても頑張るから、せめてガチャの爆死だけは勘弁して()
「なぁー…、姫ぇぇ…。」
「あら…どうしたの?そんなしょげしょげした顔してたら皆を笑顔に出来ないわよ?」
佐々木さんが人魚のように舞いながら、療養ポット越しに俺を慰めてくれる。
「はぁぁぁ………、もう何も考えずに生きたい……。」
ため息混じりにそう零すと、彼女は困ったような顔を見せて言った。
「んー…もしかして何かあったのかしら?」
「…まぁ一応なぁ…。……姫はここの生活楽しいか?」
「もちろん、楽しいに決まってるわよ?外に出られないのは残念だけど、皆が会いに来てくれるから!退屈なんてしてないわ!」
そう楽しげに笑う彼女を俺はしばらく黙って見つめ、次第に目を逸らしてしまう。
「そっか……。」
「……元気無いの?」
「うーん…色々あったからな…。」
「何に悩んでるの?…やっぱり話したくない?」
彼女は俺と同じ目線まで来て俺を子どものように優しく問いかけてくれる。
しかし俺は今、彼女の姿をまともに見れる気がしなかった。
「何に悩んでるかも分かんないんだ…。もう腹を括って、決心は付いた。でもそれが本当に正しいのかが分からない。…皆がどうしたいのかも分かんなくてさ。」
そう言って俺が自分の腕に顔を埋めるように俯くと、前からうーんと唸る声が聞こえた。
それもそうだ。一体何の話をしているのかすらも分からないはずなのだから。
「わたし達はただここで幸せに暮らせていたら良いんだけど……。」
幸せ……。今彼女の不自由な生活は本当に幸せだろうか。
遠慮してるだけじゃないのか。
本当の家族と過ごすのが幸せに決まってる。
偽物でも満足出来るのは、本当の家族が相当な愚図の時だけだ。
「いつまで、ここで笑っていられるのかな…。」
ふと声が漏れるが、今更それを気に留める事はなかった。
彼女も何かを察していたのか、深堀りはしないまま、「そうね…。」とだけ言う。
彼女の淡くも綺麗に輝く瞳を、俺は見ていられなかった。
それでも彼女の所に来たのは、やはり母と姿を重ねていたからだと思う。
また、この姿を失うのが怖い。
信用してくれていた患者を失うのが怖い。
だから俺はこんな事をしてまで、患者を助けてきたのだろう。
患者の死を、悔やんできたんだろう。
これまで、皆を見てきた俺なら分かるはず。
彼らの今後は、本来俺が決めるべきではないのだ。
ただ、出来る限りの用意をすれば良いのだ。
「悪い、邪魔したな。」
なんとか考えもまとまり、立ち上がると、佐々木さんは「あら」と声を上げて続ける。
「もう行くの?わたしはあなたと話すの、好きだけど…。」
「そう言ってくれるだけでも嬉しいよ。ありがとな。」
「そう…。」
彼女は心配そうに眉を八の字にしたまま言う。
そんな彼女を見て、俺は驚きを隠せないがすぐに笑って言った。
「大丈夫。また来るよ。」
それだけを残して、俺は地下室を出た。
コツコツと階段をのぼる。
姫の奇病は、どうしようか。
この病院で最もと言っても良いほどの難易度だろう。
少しの衝撃も与えてはいけないのだ。
つまり、触れてはいけないということと同じなんだろう。
階段を上った先に、人影がある事に気付く。
目線の低さに誰かが検討ついてしまう。
「や、元気かい?」
車椅子に座った春日居がヒラヒラと手を振っていた。
「春日居…、どうしたこんなとこで。落ちたらとうしようもならねぇぞ…?」
「怖い事を言わないでくれ、ただ君を探してたんだよ。ほら、コレ。」
そう言って彼が渡してきたのは一冊の童話の本だった。
「…は?」
「も〜、君は忘れんぼぅだねぇ…。君が以前貸してくれた本だよ。フリガナが無かったけど、ギリギリ読めるとこと可愛らしいイラストだけ見て読んでたんだ。」
「あー……、んな事もあったっけ。まぁわざわざありがとな。」
「どぅいたィまして。」
そんな読み方をして面白かったのかと思ったけど、正直何も考えてなさそうだから聞かないでおいた。
「それで、それだけか?部屋まで送ろうか?」
「そうだね…、じゃあ頼もうかな。」
俺は、また彼の車椅子を押す。
少しの間、沈黙が流れた。
ふと春日居が「ねぇ」と言う。
俺は自然と彼の話を聞く体勢になった。
「最近、君は困った顔を見せるのが多くなったね。」
「……そうか?」
「あぁ、私が言うんだもの。それとも、私がまた用もないのにきんきゅー用のブザーでも鳴らしたら良いのかい?」
「ハハハッ、それは勘弁してくれよ。にしてもえらく懐かしいな…。」
「そうだね、今月は長く感じる。」
「…嬉しい事だよ。」
「少なくとも君にとったら、だろう?」
「……ありもしない推測か?やめてくれ、俺を困らせるのは。」
「ハハッ、すまないね。おちょゥ゙ってしまった。」
素直に謝られるのも、正直困る。
とは言えまぁ適当にはぐらかされるよりもマシか。
「……。」
「ここまでで良いよ。」
春日居がそう言って止めたのは、まだ階段を越えただけだった。
「え、ここで良いのか?」
「あぁ、ありがとう。」
「…おう、じゃあな。」
そう言って振り返った時、
「ねぇ。」
と、声がした。
「どうした?」
と俺が聞き返すと、彼は笑いながら言う。
「明日、少し話そうか。」
その笑顔は曇がなく、彼が最初に来た時と同じ笑顔だった。
彼はそれ以上には何も言わず、俺に背中を見せて進んでいく。
あの曇りのない笑顔だったのにも関わらず、何故彼の背中から哀愁が見えてしまったのか、俺には分からなかった。
もう、あと9日。
寂しさを覚え、静かに目を閉じた。
最近長かったので、短いです。
まぁたまには良いよね。
もう9日ってはや…、おっそいなッッ!?!?
てか、本当は晃君って退院させる気なかったんですよね。
最初書いた大まかな一日のストーリー見てても、誰かが退院とかホントないんですよ笑
前の自分は、全員殺す気やったんか。
小さい事ではあるんですが、意外と伏線は残してるんです。
この話の真相が分かるような書き方とか。
意外と工夫してねじ込んでるんです。
気が向いたら、読み直してみたらどうですか?
自分は何度も読み返して頑張って繋げたりしてますけど、よく馬鹿らしい間違いとか見つけてどうしようもなくなってます。
書き直すのもなぁ……みたいな感じで。
例えば…?
ハハッ、それを聞くのはちょっと野暮じゃないですか?
……灰山から春日居さんの呼び方、とか…。
最初さん付けやったのに……!!
もしもどれだけ見返しても呼び捨てだったら、多分書き直してる()
奇病患者が送る一ヶ月 二十二日目
[菱沼視点]
早朝、灰山サンはどこかへ行ってしまった。
今回はよそ行きの服じゃなかったから、外には出かけていないだろう。
とは言え、病院内は意外にも広いし、探すのも疲れるから、わざわざ探す気になれなかった。
「疲れたっすねぇ…。」
「まだ何もしてないでしょ?」
朝からため息を漏らしてしまうジブンに、シエルサンが苦笑いを向けてくる。
「今日も薬の…ってあれ…。」
「どうしたんっすか?」
シエルサンが途中で言葉を止め、彼女の目線を辿る。
しかしそこは灰山サンの机があるだけで、何もなかった。
「最近院長が完成したって言ってた薬どこ行ったの?」
一瞬何のことか分からなかったが、記憶を遡り続けるとなんとなく何の事を指しているのか気付く。
「あぁ…、あの注射器っすか?」
ジブンが念の為そう尋ねると、シエルサンはうんうんと頷いた。
確かに、どこ行ったんだろう。
いつの間にか出来ていた、若干気味が悪かった注射器。
灰山サンに聞いたら、革新的な薬が出来たとしか言ってくれなかった。
量産はまだできないけど、効果は確かだってめちゃくちゃはしゃいでたやつ…。
何か不具合でもあったのだろうか。
「ジブンは知らないっすよ。あの人の事なんて、分からないっす。」
「あっはは、何?喧嘩でもしたの?一昨日は話してたじゃん。」
「喧嘩じゃないっす。」
「はいはい、2人揃って子供だねぇ。」
シエルサンは人の気持ちを考えずにケラケラと笑ってくる。
ホントに喧嘩じゃないんす。
ふと立ち上がってベランダに出たシエルサンが「お」と声を上げて、
「院長いた。」
と続ける。
なんでわざわざコッチ向くんすか。
ため息をデスクに置きざりにし、ジブンもベランダに出る。
肝心の灰山サンは、丁度医務室から見えるブランコに腰をかけていた。
そして、隣のブランコには春日居サンがいた。
ここでは珍しい組み合わせではない。
「何の話してるんだろうねぇ…。」
シエルサンが小さく呟く。
灰山サンはブランコを漕いで、どこかヘラヘラとした様子で笑っている。
安心したような、心地が良さそうな顔。
ジブンにはもう何年も見せてくれない顔だったのは確かだ。
「どうせ、他愛もないような話っすよ。明日の夕食の話じゃないっすか?」
ジブンの気を紛らわせるように、そう答えると、シエルサンは「ふーん」と返すだけだった。
聞いておいて、なんすかその返事、とは言わなかった。
彼女がすぐに口を開いたから。
「私は、なんか大切な話してるんだと思うよ。なんとなくだけど。」
いつもとは違う、真面目で真っ直ぐした目。
しかし、その目もジブンに向けられた物ではない。
「大切な話っすか…。ジブンはどうせ、頼られない同僚なんでしょうね。」
皮肉混じりにそんな事を言うと、彼女は首を横に振る。
「あの人は頼らないんじゃなくて、怖がってるのよ。」
次の目は、明らかにジブンに向けられた物だった。
その目をしばらくは見つめていたものの、次第に馬鹿らしくなって医務室に戻る。
「なんすか、それ。」
それだけを言い残して、足早に医務室を出た。
一体、灰山サンは何に恐れてるって言うんすか。
どうせ根拠もない、法螺話だと割り切って足を進めていく。
ジブンが頼れない人間ならそう言ってくれた方が嬉しいっすよ。
目元が熱くなるのを感じて、階段の所で座り込む。
今更、この生活はもう長く続かないのだろうと思ってしまった。
なんだかもうすぐ終わってしまうような気がした。
灰山サンが全部抱えたまま、呆気なく終わる気がしたのだ。
終わらないでほしい、苦しむぐらいなら楽しい時間を一生繰り返したい。
でも、叶わなくて良い。
灰山サンはそれを望んでいないから。
誰もが望んでいないものを、ジブンは望んでしまったのだ。
そんな自分さえが恐ろしい。
永遠に続けばと少しでも考えてしまった事に、後悔のみが残る。
でも本当に、この時間が続けばどうなる?
誰も死なない、幸せな日々が待っているのではないか?
皆が望んでいる未来があるのでは?
無慈悲に進んでいく時計の針を、止めることが出来たのなら?
そこまで考えて、ジブンは思考を止めた。
もしかしたら、灰山サンはそれを恐れたのかもしれない。
それを少しでも考えてしまう事を。
進む他無いのだ。
患者の死を受け止めなければいけない。
必ず、繋げなければいけない。
他でもない、ジブンが。
---
[灰山視点]
医務室からの視線が無くなった後、俺は体を大きく前のめりに倒し、緊張を紛らわせるように手を組む。
「……なぁ春日居、…お前は全部を受け止めてくれるか?」
声は掠れる程しか出ず、喉はカラカラだった。
春日居はさっきまで足が地に離れない程度に漕いでいたブランコを止め、「もちろん。」とだけ返事をしてくれた。
俺がしばらくゆっくりと深呼吸をしていると、春日居は続けて、
「私と君はもう長い付き合いだ。これを…そうだね、トモダチって言うんじゃないかな?」
なんて使い慣れたような言葉づかいを見せてくれる。
俺も緊張が解けたように小さく笑ってしまう。
ありがとうと俺が言うと、春日居は曇りのない笑顔のまま頷いた。
「俺さ、ずっと前から奇病を患ってるんだよ。」
落ち着いて、世間話でもするかのように言葉を吐く。
「それは皆知ってるさ。」
春日居もいつもの調子で笑ってくれる。
緊張なんて、もうどこにも無かった。
「その奇病が、引くほど|質《たち》悪いんだよ。まぁ俺からしたら良かったんだけど。」
「へぇ、どんな奇病だい?」
「どんな奇病だと思う?」
「ハハハ、君も|質《たち》悪いじゃないか。」
「んな事言うなよ。クイズにした方が、面白いだろ?」
まさか、奇病の話をここまで気軽に話せる時が来るなんて、思ってもいなかった。
春日居はしばらく、うーんと唸り、次第に俺の顔をジッと見てきた。
「そうだねぇ…。君の事だから、きっと素敵な奇病なんだと思うよ?」
その言葉に、俺は目を丸くしてしまう。
素敵、なんて一度も思った事が無かった。
…それでも悪い気はせず、頬が緩んだ。
「そうだと、俺は嬉しいよ。」
なんて、俺が嬉しさを隠せずに答えると、春日居も微笑みを見せて口を開く。
「答え合わせはしてくれないのかい?」
「足し算も未だに分からない奴が、正解出来ると思うか?」
「ハハハ、確かにねぇ!」
「おいおい…、ただの冗談だよ。自虐しないでくれ…。」
くだらないような会話を交互に続けて、次第に沈黙が訪れる。
その沈黙でさえも、息苦しいとは思わなかった。
「俺の奇病はさ…、______」
今までそれを言おうとするだけで、喉につっかえていた言葉も不思議と口に出せた。
喉の渇きもいつの間にか潤っていて、気持ちにも余裕が出来たまま笑顔でいる事が出来た。
俺の話を、春日居は静かに聞いてくれていた。
相槌を打つだけで、否定も肯定もしない。
それが丁度良かったまである。
ガラクタみたいに転がりグチャグチャになった気持ちを、ありのままに伝えることが出来た。
自分の奇病の事を話し終えた後も、しばらく春日居は何も言わずに俺の顔を見てくれた。
話してくれてありがとうと、聞こえてくるような笑顔。
その沈黙に、なんと言えば良いのか分からないという迷いはどこにも見えなかった。
春日居は次第に口を開く。
「やっぱり灰山君は、笑顔が良いよ。」
さっき俺が話していた事とは的外れな言葉に、俺は「なんだよそれ。」と笑ってしまう。
「話聞いてたか?」
と続けて聞くと、春日居はもちろんと頷く。
「何せ、私の勝ちだったしね。」
「え、何が?」
「ほら、私の答えが正しかったじゃないか。」
春日居の言葉に一瞬戸惑うが、すぐに意味が分かり、嬉しさと気恥ずかしさが込み上げてくる。
「ありがとな。」
あと、八日。時期に来てしまう事に、不安と恐怖を抱きつつ、皆の将来に期待を胸に忍ばせた。
更新まですっごく長かったね、ごめんね。
一応生きてます。風邪ひいたけど。
前も言った気がするけど、予定通りには進んでいません!
でもなんとか、最後には繋げれそうです!
今年中に描き終えれるかなぁ…苦笑
奇病患者が送る一ヶ月 二十三日目
書き途中だったんで、空き時間でなんとか完成。
空は、雲一つない、快晴だった。憎らしくなるほど綺麗で、吸い込まれそうな程魅力がある。
残り、7日…って言ってもまだ俺は信じれなかった。
革手袋を取り、露わになった右手には、大きな火傷痕が残っている。
いっそ、これが全部夢で、あの愛おしい日々に戻ったら良いのに。
でも、ここで過ごした日々だって悪くなかった。
俺からしたら幸せで、苦しい事もあるけど人間味があって、大切な仲間に囲まれて。
その時、丁度木々の葉が風に揺れる。
寒い、とは思うが、身体の中心は暖かく感じる。
「あ、灰山先生!」
聞き慣れた元気な声が聞こえ、後ろを振り返ると、当然そこには綝がいた。
「おぅ、なんか久しぶりだな。」
「灰山先生が遊ぶって言ったのにずぅっと遊んでくれないからですぅー。」
綝は唇を尖らせ、皮肉そうに言う。
そういえばそうだ。
忘れていた事にごめんごめんと謝ると、綝はすぐに幸せそうに笑った。
---
昼下がりの廊下は心地の良い風を迎え入れる。
俺は綝と、どうでもいいような下らない話をしていた。
俺が見ないうちに何があったとか、最近寒くなってきたとか、それぐらいどうでもいい話。
次第に空は赤く染まり、時間が経っている事を知らせてくれる。
「…なぁ綝。生きたい?」
長い会話の末、俺がやっとそれを尋ねると、彼女はどこか悲しそうな声色を見せて、
「治るんですか?」
なんて呟いた。
「それは分かんねぇよ。気持ちの話。」
もっと喜んだ顔をしてほしかった、なんて、誰にも向け難い嘲笑するような気持ちを抑える。
「…こんな場所を離れて、幸せになって、もっと世界を見たい?」
綝は静かに沈黙を見せた。
俺と目を合わせようとすらしない。
何が嫌なのか、何を求めているのか、俺には分からなかった。
期待を捨てた矢先、綝は俯いたまま首を横に振った。
「私は、灰山先生との未来が見たいです。」
「…なんだよ、それ。」
思いもしなかった答えに、俺はその言葉を絞り出した。
続けて、俺はまた口を開く。
「このままじゃ、どうせ奇病が重症化して、きっといなくなる。どちらにしても、お前はここを離れる。死ぬんだよ、俺と生きたところで、結局。」
「私も人間ですもん!そりゃあ死んじゃいますよ。」
「今じゃ、遅延の注射も効かなくなった。…、俺じゃ想像も付かない程、お前は辛くて苦しんでるんだろ?」
「…。」
俺の問いに、彼女はまた沈黙を貫いた。
せめて本当の事を言って欲しかった。
でも俺はそれを伝える権利を持っていない。
俺も、彼女に何度も嘘を吐いて、何度も質問に答えなかったから。
「なぁ…、生きたいって…、言ってくれよ……。」
情けない程震える声で、ただ俯いてしまう。
俺はただそれを望んでいた。生きたいと、願ってほしかった。
でも、案外それは難しいものだ。
俺は、失うことが怖いだけ。失うことには、慣れなかった。
「嫌ですよ、私も灰山先生には幸せになってほしい。おんなじ気持ちです。」
綝は微笑むように優しく答えた。
俺が望む回答をしなかった。でも俺を突き放さなかった。
「……俺はもう無理だよ。俺より綝の方が長く生きれる。俺よりも、たった一分でも良いから、笑ってくれさえすれば、俺は幸せなんだ。」
言葉をこぼす度、喉が焼けたように痛かった。
彼女も何故か声を震えて言った。
「私たちのせいで灰山先生は死ぬんですか…?」
「違う、お前達のためなら俺は死んでもいいって言ってるんだよ…!」
「私達はそんな事頼んでない!!」
彼女の言葉に俺は思わず顔を上げる。
彼女は、苦しそうに噛み締めて、涙をこぼしているばかりだった。
「私は…、私達は灰山先生と一緒にここで過ごせていたら幸せでしたよ…?私達の幸せを、否定しないで下さい…。」
綝は涙を擦るように拭う。
彼女に触れようとした右手は動きを止める。
俺に、それをする資格がないのでは、そう感じたからだ。
俺の左手が彼女の頭を撫でる。
「……あったかい手ですね。」
彼女ははにかむような顔を見せて、俺の腕を力なく掴む。
俺の手の自由を彼女に任せていると、次第に手は彼女の頬に触れ、彼女も心地よさそうにすり寄ってくる。
俺は吐き出そうとした言葉を飲み込み、ただ彼女の姿を見ていた。
そんな俺を見つめ返し、綝は口を開ける。
「…灰山先生。私のこと、どんな形になっても愛してくれますか?」
彼女の目に、涙は無かった。
ただ申し訳なさそうに眉を下げ、誤魔化すように笑っていた。
「…はは、どうした?随分大人びた事言って…。」
「…………そう、でしたね。ごめんなさい。」
「…もちろん、愛してる、大好きだよ、今までもこれからも。」
彼女の目を見て、俺の口は勝手にそう告げていた。
無意識で、何も考えずに、でもそれは嘘では無い。
俺はここが大好きだ。
ここで過ごす皆、患者の皆が大好きで、俺なりの愛を注いできた。
でも、それは間違えていた。
答え方が、これまでの生き様が。
綝は一瞬歯を食いしばり、これまで見たことがないほど悲しそうな顔を浮かべていた。
だがすぐに彼女はいつも見る明るい笑顔を見せ、
「ふふっ、ありがとうございます!」
なんて言った。
俺は何も言えなかった。
理解していた癖に、何も行動しなかった。
「…もう、行きますね!部屋の掃除がしたいので!」
綝は俺の返事を待たず、早々にその場を去って行った。
俺の胸は、ただひたすらにザワザワとし続けている。
結局、こうなるのか。
まだそうとは言い切れないが、決まったようなものだ。
また、俺は幸せが壊れる音を聞かなければいけない。
空はすでに闇を抱え、雲が野次のようにこちらを見に来ていた。
小さく舌打ちを漏らし、俺の足は外へと向く。
あと7日。
もう何か行動を起こすだけ無駄なのかもしれない。
“仲間”を増やすか、“夢”を願うか。
たったそれだけの言葉でも、重さは確かに違った。
どういう形であれ、俺が望む方へ進むべきだ。
…明日には晴れるだろうか。
やっと投稿。
この辺りは書いてて楽しいので頑張らなくては…。
にしても短いな…。
終わりが見えてきて、嬉しい。
奇病患者が送る一ヶ月 二十四日目
土砂降りの空は、俺たちに容赦はなく、ここから離れようとしなかった。
雨の音が頭の中で乱反射を続ける。
俺は、今朝出来たばかりの墓に手を合わせていた。
綺麗だった白い花は、雨に打たれ続けたせいか、元気が無い。
いつまで、俺はこうしているのだろう。
幸せを謳い、願う事が、それほど許されない事なのか?
どうしようもない疑問を目の前の墓に投げかけ、知らず知らずにため息が溢れた。
こんな白い花でさえ、俺を笑っているように感じる。
違う。俺のせいだ。
何故、俺は何かのせいにしようとする。
被害者面を続ける。
くだらない飯事の一環でしかないのだろう。
終わりにするのだ。もう何度も決意してきた。
犠牲は少ない方が良い、それはその通りだ。
それでも寂しいと思ってしまう俺は、まだ成長が出来ていないのだろうか。
俺は…、どうしたい?
「灰山君。」
声がする方には、今は見たくなかった顔がいた。
「…どうした?」
いつもの笑顔も貼り付けず、一度彼を見た目線もすぐに墓に戻した。
春日居は子ども用の傘を持ち、俺の身体を雨から凌ぐ。
「…………。」
共に、何かを話すことはなかった。
春日居は傘を渡す以外の用はないのだろう。
下手に慰められる訳でもなく、ただ静かに待ってくれている事が嬉しかった。
本当にそれだけで、それ以外の事は何も考えていなかった。
緇縫綝は死んだ。それだけだ。
分かってた、昨日。
もう死ぬ気でいるんだって、あいつが部屋に帰った時に気づいてた。
だから舌打ちをしたんだ、また救えなかった、無力な自分に。
あの後、身を挺してまで止めれば良かったのか?
違うだろ。生も死も、己が決めることだ。
それでも生きてほしいから抗った。全部、無意味だっただけで、結局何も変わってない。
人はいずれ燃えるのだ。灰になって、埋められる。
俺はそれが怖い。嫌だ嫌だと駄々を捏ねて、身内の葬儀も開かず、誤魔化している。
知っているのだ。もう誰もいないと。
「奇病ってなんだろうね。」
ふと、春日居が独り言のように呟いた。
「え…。」
俺が顔を上げると、春日居は腰を下ろして目線を合わせてくれる。
そして、俺の右手を掴んだ。
「なんでもないさ。それより、きっと自分も、君に生かされるんだろう?」
そう柔らかく微笑みながら、右手の皮手袋を勝手に取られる。
俺の口からはまた、間抜けな声が漏れた。
右手の火傷跡が露わになり、思わず力が入ってしまう。
「温かいね、心地良い。」
されるがままの右手は、春日居の首元に置かれていた。
本当に?熱くないのか?体温は高い方…いや十分高いのだが、熱くないのか?
「私は、灰山君には死んでほしくない。でもそれが叶わない事を教えてくれた。だから、私は最後に1つだけ|お願い《わがまま》を聞いてほしい。」
そう微笑むように笑った。心なしか、己の体温も普通になった気がした。
「……分かった。」
そう俺が言えば、嬉しそうに笑ってくれる。
「灰山さーーーん!!」
ふと上から声がし、顔を上げれば、シエルがベランダから手を振っていた。
なんだ?と疑問を、抱いていると、彼女が続けて言った。
「お客さん来てるからー、早くーー!!」
---
慌てて医務室に戻ると、菱沼の椅子に座らされている客がいた。
そいつは確かに俺が知ってる人だった。
「天童!?」
「…急に来て悪かったな…。」
「なんで…、なんで…!?来るなって、あれだけ…っ!!」
「面と向かって話がしたかった。それ以外何も無い。」
「……俺から話す事なんて何も…。」
「それでも良い。無理に踏み込むつもりはない、ただ世間話でもと思っただけだ。ほら、茶菓子も持ってきた。」
「え……!?」
「どうする?迷惑じゃなければ別の部屋が良いんだが…、いや別にここでも構わないけど……。」
「う…、うぅ……。」
「…さては部屋が無いのか…?」
「うぐっ…。」
まさにその通りだ。茶菓子が好きなメーカーで、しかも新しい味もいくつかあるし、最近食べる機会も無かったから、話をするのは良いのだ……
が、どの部屋も客人と話す用に整えてはいない。
こんなところ、患者以外来ることがないからだ。
「…整理整頓ぐらいはしてくれ。じゃあここでも良いか?」
「あーっ!!いや!診察室とか!」
「……まぁ、色々言いたい事はあるが、話せたらどこでも構わない。折角だ、案内を頼めるか?」
「あ…、お、おう…。」
医務室から診察室に向かう間、天童は一言も発さなかった。
一部の患者達がチラチラとこっちを見ていたが、それに見向きせず真っ直ぐ歩いてくれた。
多分、己の目つきの悪さを理解しているんだろう。
正直その方が助かる。
診察室に入ると、天童は医者側の椅子に座った。
…お前がそっち座るんだ、と思ってしまう。
いや、まぁ癖っていうのもあるか…。
なんて堂々と足を組んでいる奴に思っても、何も変わらないんだが。
「で、天童は何しにここへ来たんだよ。」
俺があえてぶっきらぼうにそう言うと、彼は持ってきた茶菓子を一つつまむ。
そして、うーーーーん…、と唸る。
やけに長い沈黙。まさか本当に話しに来ただけなのか?
「あと、何日だ。」
咀嚼を終えた彼が最初に口にしたのは、それだった。
思わず体が固まる。それと同時に、いつ言ったっけと疑問が募る。
「え、…っと……?」
「もうすぐだろう、お前が死ぬの。」
「待って待って、なんで知ってるんだよ…。」
夢でも見ているようで流石に笑ってしまう。
そんな夏休みの最終日を聞くみたいに言うものか?
「お前に色々あるのと同じで、こっちにも色々あるんだよ馬鹿。」
「はぁ…!?本当にどういう事だ…??」
「質問に答えろ、アホウドリ。」
「………六日。」
誤魔化し続けるのは無理と判断し、俺は自分でも自覚したくなかったことを頭から自覚する。
虚無感やら嫌悪感やらが押し寄せてきた気がした。
「…馬鹿が。」
天童の呆れたような子供らしい悪口が刺さる。
だって、と言い訳しようとすると彼は手でそれを止めた。
「薬はどうやって作った。何を使用した。」
「え?お前なんで奇病の薬も知ってんの!?」
「根拠はなかったが、見事にカミングアウトしてくれたな。それの材料はあるか?」
彼の言葉に頬を膨らませてしまう。引っかかるだろ、普通。
「材料はあるよ…。でも1個だけ手に入れるの面倒なんだよ……。」
「それで構わない。今回は無理そうだが、次回で全部変えてやるから覚悟しておけ。」
「………。」
こいつは本当に何の話をしているんだ。
とうとう疲労で頭でもおかしくなったか?
ただ不思議と、天童なら叶えてくれそうだと思った。
この後、まだ菱沼達にも言えてない自分の奇病の事も溢してしまったのは、言うまでもない。
死ぬまであと六日。
近いうちに菱沼達と話をしておくべきだ、そう思った。
隠し通すつもりだった気持ちは一体どこへいったのか、自分でも分からない。
でもその前に、彼らに託すべき日が来る。
いけるかもしれない…!!!!
ハッピーエンドがやっと見えてきた!!!
頼むぞ天童!!!自分はお前に全部託すかんな!!!
でも恐らくもう後日談にしか出ない()
次はやっと彼らです。
灰山メインじゃないので、すっげぇ雑になりそう。
でも今回も中々雑だった。
長らく待たせてすいません。ハピエン見えてきたんで頑張ります。