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目次
雪中眠る君達へ。
史実を参考にしていますが、フィクションです。ナチスドイツが起こした人権侵害及び戦争犯罪は許されぬものであり、擁護する意図は一切ありません。ですが、戦場にいた兵士および民間人は一人の人間であったことを忘れないでくれたら幸いです。
凍てつく大気に息を吐けば、白くなって消えていく。僕たちもこんな存在なのだろうか。そんな事を思いながら歩く。歩いて歩いて・・・。僕は白銀の世界で、小銃片手に歩いていた・・・・。
---
懐かしい・・・・僕の若いころの記憶だ。
「お父様~。お客さんですよー。」
可愛い娘が安楽椅子に座った老いて微動だにしない僕に声をかけてきた。お客さんか・・・・。
「明日にしてくれ。もう少しで面白い友人が出てくるんだ・・・・。」
---
真冬のウクライナはやはり寒い。この凍えるを通り越して最早凍ってしまいそうな寒さは、孤独に歩く僕の心を折るには十分すぎた。
「ああ・・・・アルノルト・・・・・オットー・・・・・ビットマン・・・・・。」
いるはずもない仲間の名前を呼びながら猛吹雪が大地を襲う中、私の愛銃Kar98ボルトアクション小銃を杖代わりに足元に刺して歩いた。猛吹雪が終われば、銃弾と砲弾の鉄の暴風がここを襲うだろう。だから、この猛吹雪の中でも歩かなくてはならない。そんな中であった。雪を踏みつける足音が耳に入った。ハッとそっちを見ると、不審な影がスクリーンの様に吹雪の中で映ったのが一瞬見えた。
「誰だ?!」
Kar98を震えた手で向けると、そいつは急にこっちに猛進してきた。一瞬、思考が停止した。敵兵?!銃火器が無くって突っ込んできたのか?!ナイフかピッケルで殺るきか?!だが、そのすべての予想が外れた。
「味方だぁ!!」
そいつの肩に積もった雪と共に抱き着いてきたのだ。一瞬視界が暗転し、天地が入れ替わったように転げた。その時頭をぶつけたが、雪のせいであんまり痛くは無い。
「や、やめろ・・・・。僕には男と付き合う趣味は無い・・・・・。」
「ッハ・・・・・ご、ごめんなさい・・・・。」
顔に付いた雪を払うと、そこにいたのは、ドイツ国防軍の制服を身にまとった少年兵であった。
「所属部隊、姓名、階級を名乗ってくれないか?」
「ハ!!第72歩兵師団105擲弾兵大隊、第2中隊第3小隊クルト・アーノルト軍曹です。」
「私はオイゲン・オット少尉だ。第3中隊第一小隊、第二分隊長をしていた・・・。」
「していた・・・とは?」
「壊滅したんだ。敵機の機関砲にミンチにされたり、砲撃で吹っ飛ばされたり・・・。」
「うちも同じです・・・。」
ここで一人でいるのはまずいという訳で、行動を共にすることにした。銃声は恐ろしい程に止んでいたが、暴風と雪が地面にやはり自分たちに打ち付けていた。
「こりゃぁ、今日中に雪は止まないな・・・・。」
鉛色の空を見上げながら歩いていると何かに躓き、雪と共に何かの溝に転げ落ちて頭を打ちつけた。雪で滑ってしまったらしい。
「・・・・・ッテ・・・・。何だ此処・・・。」
「オイゲンさん!!」
クルトが走ってくる音が頭上からした。
「気を付けろ・・・・。滑りやすいぞ・・・。」
溝の壁に体制を立て直そうともたれかかっていたら、クルトも頭から落ちてきた。
「だぁから気を付けろと言ったんだ。」
「でも、オイゲンさんだって落ちたじゃないですか・・・・。」
「うっさいなぁ!!」
「しかし、この溝、何でしょうね・・・・。」
周りを見渡したが、人3、4人が入れるくらいの歩兵哨(要は小さい塹壕)らしい。溝の上には、ドイツの方向に積まれた土嚢が見えた。
「オイゲンさん、後ろ!!」
その声に何かと振り向くと、割れた誰かの頭蓋骨が転がっている。
「ハァ・・・・?!」
足がすくんだ。何でこんなところに白骨が?!
その答えは、その横にあった雪に埋まっているボロボロの軍隊手帳に有った。
「ユーリー・マルトフ・・・?」
「コイツ、律儀に毎日日記付けてやがる。」
「あ、自分も日記よくつけてます。ところで彼は、どんなことが書いてあるんですか?」
横から首を突っ込んできた。
「どけって・・・・。僕は少しロシア語が読めんだ。ええっと・・・。ソ連兵らしいな。1941年の10月30日から記録が途絶えている。コイツは・・・此処で3年近く前に死んでいるんだ。」
「へぇ・・・。独ソ戦開始初期ですね・・。」
「お前はその時軍にいたか?」
僕は「いない」と答えるかと思ったよ。こんな今、少年である彼をあの時から戦争にいかせることなど考えられないからだ。
「いました。フランス戦にもいたし、ポーランド戦役の時にもいましたよ?」
「それはおかしい。だって志願兵だとしても見た目からして君はじゅうろ・・・・・。」
その時、ガバっと口を強く抑えられ、
「秘密ですよ・・・・・・。」
と優しい顔で言い、抑えを解いた。流石に少し驚いたが、何が言いたいか分かった。
「はぁ、君、年齢詐称して軍隊に入っただろう。誰にも言わないから理由を言いなさい。理由無く、軍隊に少年が入隊するのはスパイと思われても仕方ないぞ。最悪銃殺刑だ。」
「ハイッ。『誰にも言わない』と言っている人は大体誰かに言います。よって言いません。」
「信用無いなぁ・・・・。」
「信用できそうなんで言っておきますね。スパイだとか言って殺されたらたまらないし。・・・・・・・・・身寄りが無いんですよ、自分。父は不況のせいで過労に鬱で自殺して、母親はその後、自分を放って何処かへ行ってしまいました。何日も家で待っていましたが誰もこなくなり、路上生活者になっちまったんですよ。あの時は飯はゴミ箱を漁って食いつないでいましたよ。そんな生活していたから、『軍隊に入ったら飯タダじゃないか』って思って年齢詐称した身分証作って入隊して暮らしていました。まぁ、それなりに良い飯食わしてもらいましたが、戦場に追いやられちまった訳ですが・・・・・。だから自分の部隊が自分の故郷なんです。」
「へぇ、すごいな人生を生きているんだな。」
と適当に返した。だが、僕は知っている。こう言う奴がかなりいる事を。
---
下が騒がしいと思って向かうと、追い出した男の客人が何故か居間で紅茶を飲んでいた。娘と一緒に。誰だ?
「あ、お父さん。この人、お父さんに用事があるみたいだよ。」
「あの・・・・明日って言ったよね?で、君は誰だ?」
そう言ってそこにいた男を睨むと、その男は立ってこっちに早足で近づいてきた。
「あなたが元ドイツ国防軍兵士のオイゲン・オットさんですね?」
「あの、先にこっちの質問に答えてくれない?答えたらこっちも答えるから。」
「さぁて・・・・・。それよりも見せたいものが・・・・・。」
「質問答えて・・・・。」
その男がポケットから黒い手帳を差し出してきた。
「これは・・・・軍隊手帳・・?」
名前の欄には、オスヴァルト・キュルペ・・・・・・。聞き覚えがある。
---
白骨の死体は、歩哨の外に埋め、雪をかき分けながら何かないか散策した。それで見つかったのは、PM1910重機関銃、バラライカPPh-41マシンガンとその弾薬箱。外に出ても凍え死ぬか、銃砲撃で死ぬだけなので、とりあえずここで応戦することとした。
「雪の中にありましたが、使えますかね?」
クルトが少し不安な表情をこっちに向けた。
「錆びた弾は無かったから多分使えるだろう。まぁ、ソ連製を信用しろって。」
「でも、その機関銃・・・・水冷式ですよね?水は・・・・。」
「雪でも入れとけ!!」
僕は、銃達にグリースを差した。銃は好きだ。ウィンチェスターの猟銃を持って狩りをしていた子供の時を思い出すからだ。銃床の木の質感、冷たいボルト、あらゆる所が好きだ。銃が唯一の友達だったから、銃のそれぞれの特性を知って、『仲良くなる・・・・』と言えば語弊があるな。扱いに慣れ、調節するんだ。そうして練習して初めて使えるようになる。ここまでやっていたら、銃の一つ一つに愛着が湧くもんだ。この凍てつく世界では、銃が凍って使えなくなることもあるので寒冷地での銃使用は細心の注意を払っている。その凍てつく世界に一つ、何かの影が見えた。
「おい、機関銃貸せ!!」
PM1910重機関銃を整備していたクルトに体当たりして機関銃を奪うと、その方向に回して引き金を引いた。銃口からズルフラッシュが眩しく点滅して、そこから次々と銃弾が発射され、そいつの足元に水柱と言うか、雪の柱が大量に打ち上がった。右肩に射撃の反動がかかり、ずっとボクサーに叩かれている気分だ。そのせいで機関銃の反動を制御できずに中々当たらん。だが撃ちまくった。
「な、なにしやがるーぅ!!」
その時、撃たれている奴が流暢なドイツ語怒鳴ってきたのだ。
「はぁ?!」
「ドイツ兵じゃぁ!!」
そいつは、自発的に塹壕に入ってきた。
「いやぁ、酷い事する兄さん達もいるもんだぜぇ。」
嫌味気味にそいつは壁にもたれかかって喋ってくる。
「それは本当にすまん。」
「同士討ちとかシャレにならんからなぁ。」
よくよく見るとコイツ、銃はルガー拳銃しか持ってなく、ヘルメットもしてない軟弱な装備。戦車兵だったらしい。戦車兵はチームプレーの兵科だ。何故一人でいるのだろうか?疑問になって、
「何故戦車兵が一人でうろついていたんだ?」
と聞くと、はぁ、とため息をついた。
「敵の対戦車ライフル撃たれて弾薬が誘爆、戦車が吹き飛んだんですよぉ。でも自分は運よく爆風だけ受けて吹っ飛ばされただけでした。車内は地獄の一言でしたよ。思い出しただけで吐き気がしてきましたぁ・・・・・。なんせ、焼けた内臓と血がそこら辺に転がっていたんですよ・・・・。しかもしっかり焼けたのじゃなくてミディアムなのぉ。」
「そ、そこまでにしてください・・・・・。」
その声で振り向くと、クルトの顔が青ざめているのが分かった。歴戦の少年兵とはいえ流石に年齢相応の精神の持ち主らしく、グロテスクには耐性がないらしい。
「で、戦車での持ち場は何なんだ?」
「通信兵でしたぁ。だから、機関銃も撃ちますよ。」
「へぇ・・・。じゃぁ、名前は?」
そいつは少し間を開けた。
「オスヴァルト・キュルペです。階級は上等兵。」
「じゃぁ、僕達の中では一番下っ端だな。」
「えぇ・・・・・。」
---
「この人の手帳の日記の最後の方に、あなたの名前と同一の人物が書いているんですよ。」
その男は淡々と話してきた。
「良くここまでたどり着いたな。これは・・・・・僕だ。」
そう言うと、急に感情を露わにする様にこっちへ一気に近づいてきた。
「あなたは、この人の死をどう思っていましたか?」
この男は何を聞こうとしている?だが、この感じからどっかの記者と分かった。
「死は死だ。僕は何十、何百の人の死ぬ瞬間を見てきた。そのなかの一人でしかない。だが・・・。」
何百の死を見た僕は、そう答えるのが精いっぱいだった。当たり前だ。久々に戦友に合った気がしたからだ。だが、その記者は、言葉を遮った。
「死者一人一人そう大切ではないと・・・・?死者に対して何も感じないとは、如何なものでしょうか?」
その瞬間、僕の全てを逆なでされた気がした。戦友を使って何を聞こうとしている?何がしたい?
「何が聞きたい?君は死者の事を興味本位で聞きたいだけか?それとも、ナチスの手先として僕を冷笑しに来たのか?確かに、歴史上そう見られても仕方ないかもしれない。だが、あそこにいたのは人だ。兵士を夢も思いも無い操り人形とでも君は思っているのかね?それは大間違いだ。彼は戦友だった。それをどう見つけたか知らないが、何も知らずに記憶を土足で踏み荒らされた気分だ。帰ってくれ。」
どうやら僕は血が上ってしまったらしい。そいつは、荷物をまとめて玄関へ向かった。
「それ、凍土の中で見つかったらしいですよ・・・・・・・。」
---
翌日。雪が小康状態となったが、何故か霧のような物が発生していた。確実に敵が来る。そう思って、僕、クルトはKar98、通信手だったオスヴァルトは自分を撃った機関銃を握っていた。さっきから、様々な銃の射撃音が太陽の方から聞こえる。
「クソ、来るなら来やがれ・・・・・。」
どことなく誰かが言った。未だに誰が言ったか知らないが、確かに耳に入った。薄氷の様な張り詰めた緊張と沈黙が戦場に広がった。この、広大な大地に。雪と霧で視界不良。さぁ、どっから来る?そう思った時、真正面に映った人影が見えた。複数。持っている銃は明らかに自分達のと違う。
--- バン!! ---
クルトが撃った。その瞬間一人、雪原に倒れた。その時聞えたのはロシア訛りの叫び声。ソ連兵だ!!その時、震えていた照準が固まった。緊張・・・いや、殺意。一発、確かに撃った。一人また倒れる。残存兵はPPh-41らしき短機関銃を構えてきたが、もう遅い。オスヴァルトの機関銃によって一掃された。
「クルト、よくソ連兵ってわかったな。」
そうぼやくと、クルトの口元が緩んだ。
「えへへ・・・・・ソ連兵の足音、ですよ・・・・。」
そう言われた時であった。鉛色の空で何かが金属の様な鋭い光を放つ物が落下してくるのが見えた。思わず、塹壕の中でしゃがんだ。その数秒後だろうか、前日から積もった雪を全て空へ巻き上げて、それが爆発した。 その時に体に響くように揺れに揺れ、頭上に小石や鉄片が落ちてきてヘルメットに当たって頭に響いた。余韻も何も、まだ終わらぬ間に銃声と叫び声が少し向こうから聞こえた。
「クソ、来るぞ!!」
すぐさま小銃を手に取ってその方向に向けた。雪の情景に火炎が踊るように立っている。だが、それを気にも留めずに津波の如く突っ込んでくる歩兵に乱射した。撃って、ボルトを引いて装填、また撃って・・・・・。こっちにも何発も銃弾が飛んできて、甲高い音を立ててかすれて飛んでいく。塹壕へ潜り込みたいという気持ちを必死に抑えて、銃を握った。だが、いくら倒しても突っ込んでくる。恐怖でたまらない。射撃距離が縮まっていく。その時、塹壕に立てかけていたPPh-41に手をかけた。勿論、乱射した。ドミノの様になぎ倒されていき、雪に血潮が染み込んでいくのが見えた。人を殺める時にいつも思う。人間なんてこんなもんか、と。そんな事を思っていると強風が、フッと吹いた気がした。それは、死体たちを覆い隠すように雪を落としていく。消えろと言う様に。
「しかし、味方の砲撃の中で突っ込んでくるなんて正気の沙汰じゃないですよ・・・・。」
そう、機関銃に熱さましで雪をかけていたオスヴァルトが独り言のように呟いた。
「当たり前ですよ・・・・。彼らは故郷を侵攻された挙句、ゲリラ狩りと称して故郷を燃やされて灰にされたんですから・・・・・。狂いますよ。自分達も、戦争犯罪だろうがゲリラに殺されたくないし、生き残りたくて死に物狂いでゲリラを見つけようとします。狂気の連鎖ですよ戦争なんて。でも、守りたいものがあるから・・・・・・自分は闘います。」
「そっか・・・・・。」
この時、自分が燃やしたスラブ人の家を思い出した。自らが起こした業火は、あの一家の全てを焼いた。ああ、この感覚は何なのだろう?
---
「お父さん、怒る気持ちは分かるよ?でもさ、あの人はね、本気で追っていたんだって。遺品が出てきた人がどんな人だったかって、雑誌に記事で出したかったらしいよ。」
夕飯を娘と一緒に食べている時にそう言われた。
「僕はね、今日、久々に戦友に会ったよ。一緒に銃を握って生きるか死ぬか、そんな体験を共にしたよ。そこは感謝している。でもね、その戦友を使って何か、自分の聞きたいことを言わせようとしたことに怒っているんだ。」
「そう・・・・・・・。」
---
僕らに休む暇などなかった。重砲の雨から、機関銃と迫撃砲の洗礼を浴びさせられたのだ。銃口のマズルフラッシュを狙って確実でなくとも射撃を加えてきた。だが、幸か不幸か、雪の中で目標を見つけられずに戦場の恐怖の象徴、対地攻撃機は姿を見せなかった。
「撃て、撃て!!撃ち返せ!!」
そんな怒号が銃声と叫び声の中で響き渡る。その中、オスヴァルトの冷徹無比、正確な弾幕は心強かった。そんな訳で昼と朝の見分けは霧のせいで見分けがつかないが、腕時計が示した時間は12時39分、腕時計が正しかったら昼過ぎまでに3人でこの陣地を死守している事になるな。そんな状況で流石に攻めあぐねたらしく攻撃がやんだ。
「飯食いたい。」
急に当直でKar98を握って立っていたクルトが何か言いだした。
「まぁ、10時間くらい飯食ってないからな・・・。」
「じゃぁ、良いですね!!」
「いや、誰が見張りするんだ?」
「じゃぁ、俺がしましょう。」
オスヴァルトが組んでいた足を上げて、置いていた機関銃を握った。
「ん、頼もうか。」
今日のご飯は携帯食の高カロリーチョコレート。腹が減っていて一気にガツガツと食っては水で流して呑み込む。
「オイゲンさん、ご飯は逃げていきませんよ。」
クルトが子供を見るよな目線を向けてきた。
「うっせぇ。」
僕はぶっきらぼうにそう言うと、チョコ棒を握りしめて右上を見ると、オスヴァルトが何か霧の向こう側を神妙に見つめている。
「どした?」
何か気になっているようだ。
「何か・・・また光った・・・・?」
するとクルトが反射的に立ち、オスヴァルトの方向へ走り出し、何かを言おうと口を開けた。まさか?!
「伏せろ!!」
一瞬、何かの閃光が見えた。それは、何かを貫き、消えていく。その長い長い一瞬が終わると、オスヴァルトは倒れた。あんぐりと口を開け、目を開けたまま。額には穴が開いていて、そこから熱く赤い血が蛇口を捻ったように周囲を覆った。
「うう・・・・こんなの・・・・・あんまりです・・・。」
「クソ、狙撃兵だ!!」
あいつは、狙撃銃のスコープが反射した光を見ていたのか・・・・・。何故もっと僕は早く気づけなかった?そんな疑問が頭によぎる。だが、敵は感傷に浸る暇もくれなかった。何かの叫び声と共にソ連兵が突っ込んできたのだ。
「オズワルドさん、機関銃頼みます!!」
また狙撃兵に殺される・・・・。そんな考えもよぎったが、この状況では使うしかなかった。
「弾幕を食らいやがれ、クソッタレが!!」
そんな叫びと共に、機関銃を撃ちまくった。マズルフラッシュの点滅と、銃声と叫び声が混じり、血が広がる。地獄だ。間違いなく。肩に積もった雪など気をを遣う余裕もなく、気づくこともない。その瞬間であった。僕の右からソ連兵が襲ってきたのだ。この霧に紛れて、しかも機関銃の死角からやってきたのだ。すぐさま、PPh-41を握ろうとしたが、遅かった。そいつが持っていたスコップに頭を叩かれ、鈍い音が自分の体に響いた。
---
自分は、テレビをつけた。何か見たいと思ったからだ。今は便利になったもんだ。技術も発達して、数秒で何時間、何年もかかって見つけた景色を見れるようになり、数秒で世界にニュースが配信される。そんな世界でも戦争は終わらんもんだ。そんな事を考えて、電源ボタンを押した自分は言葉を失った。そこには、大破、炎上するレーダー施設、雪降る中に飛ぶ戦闘機、攻撃ヘリが写っていた。場所はウクライナ。自分がいたあの場所だ。僕の記憶が一瞬にして全てテレビに映ったかのような気分だった。
---
目を覚ますと、クルトがピッケルでソ連兵と殴り合っていた。僕は、手探りですぐに近くのPPh-41を手に取ってクルトとソ連兵の揉み合いの距離が開いたその瞬間、数発どてっぱらにぶち込んだ。そいつは急に切れた糸人形の様に崩れた。
「オイゲンさん!!」
「クルト、大丈夫か!!」
二人で抱きしめ合った。言っておく。僕に男と付き合う趣味は無い。
「オイゲンさん・・・・・。頭と頬から血が出てます・・・・・。」
「へ?!」
手で顔を触ると、手が血だらけになった。寒さが傷口をより痛くさせる。まぁ、かすり傷っぽいので放置だな・・・・。痛いけど。
「取り合えず、いったん敵を退けれたな。」
「そうですね・・・・。」
良かった・・・・。また死ななかった。オスヴァルトは死んでしまったが、僕は生き残ったことを噛みしめたかった。悲しみは感じたが、泣けなかった。今までの戦場で流し過ぎたせいだろうか?人の顔をした化け物となってしまったからだろうか。何故か、今の自分には『化け物』と言う言葉がしっくりくる気がする。何十人も人を殺したのだから。
「笑えんな・・・・・。」
ふと、後ろを見た。すると、誰かがひざまずく様にうごめいていた。目をこすったが真実であった。そいつは、殺したはずのソ連兵。まだ生きていたのか?!そいつが手にしていたのは手りゅう弾。何かが起るその予兆にクルトは感づいていた様に僕に何かを言って、僕を引っ張ろうと手を伸ばした。
だが、何もかもが遅かった。一瞬視界が白い光に包まれて、自分の体の感覚が消えていった。
「・・・・・・・大丈夫か!!」
と言ったと思う。耳鳴りのせいで聞えないのだ。目の前が真っ暗だ。感覚からして、手足は残ったらしい。砂利が目が痛いが、目を手でこすって開けた。炭化して真っ黒になった二つの死体がまず目に入った。そして、木の部分だけが黒焦げになった無残なKar98が転がっている。辺りには変に焦げた火薬の匂いと、臭い肉を焼いたような臭いがした。油のような何かが皮膚にくっついて不快であった。昨日、一緒にいた仲間は一日で皆いなくなった。何なんだ?また、僕を独りにさせるのか?何かを叫びながら僕は泣き崩れた。何かがはじけた気もした。そんな中、空にはソ連軍対地攻撃機のエンジン音が響いていた。ソ連製のエンジン音が何故か何も感じない。この時、死んでもよかったとでも思ったのだろうか。だが、泣く物がなくなったらしく、喉も乾き、疲れ果てた。その時、ふと思い立った。
「せめて、クルト、オスヴァルト、・・・・・ここで眠る君たちへ・・・。これが君達にサヨナラを言わなきゃな・・・・。また、いつかここへ来るから・・・。待ってろ・・・。その間まで死なないいように悪あがきするよ・・・・・。」
彼らをスコップで掘った穴に入れた。一人で掘ったので少々窮屈だが許してくれ。埋め終えると、彼らが持っていた遺品と共にKar98などの銃を銃口を下にしてその盛り土に刺した。引き金に識別票を掛け、その上にヘルメットや帽子をかぶせた。まだ、彼らの遺品には温もりがあった。
「サヨナラ・・・・・。」
そう言葉を零して、彼らの前で敬礼をした。風が一段、強く吹いた。寒い、寒い空気を含んで。
「また、猛吹雪が始まる・・・・・。」
そう言って、僕はここを後にした。その後、走っていた味方戦車に保護され、鋼鉄の棺の中でこの包囲網を突破した。
---
その映像をずっと眺めながら感傷に浸っていた時であった。例の記者がやってきた。菓子折りを持っているらしい。
「昨日は・・・・自分の不手際で申し訳ございませんでした・・・・。」
頭をぺこぺこと下げていた。だが、僕は許すはずもなく怒鳴った。
「帰ってくれ!!」
だが、この記者は折れなかった。僕は渋々彼を入れ、紅茶を出した。因みに娘は今日はパートでいない。
「それで、何でその記事を出そうと?」
そうぶっきらぼうに聞くと、
「私は、祖父がウクライナの戦場で死にました。私には、あそこは80年前と変わらないように見えるんです。地獄であることに。だから・・・あなたたちが命を懸けた何かに触れたいと思いました。それは、今の出来事にも通じることがあると思います・・・・・。」
と言った。彼の本音を初めて聞いた気がした。
「分かった。僕の見たすべてを語る・・・・・。話そう、今も雪の中に眠る彼らの記憶を・・・。」
ウクライナの歴史ほど、『安寧』『平和』と言う言葉からほど遠い物はありません。でもいつか、ウクライナに平和が訪れる事を願うばかり・・・・。
『雪中眠る君達へ。』予告編~雪中のウクライナから~
史実を参考にしています。
我が故郷ウクライナ。肥沃な土地に恵まれ、小麦畑が一面に広がる農業の楽園とも言える所であった。だから昔から争いの絶えぬ土地だ。そして、今も続く騒乱に俺は身を投じている。ここは、掩体壕の中だ。中には、古今東西多種多様な兵器が立てかけられていた。外を見ると、雪解けのせいで地表は泥だらけだ。この状況ではロシア軍の連中の得意技の戦車による陣地突破は不可能、ウクライナ軍は戦線維持で手いっぱい、よってウクライナの戦場は今、膠着状態だ。この膠着状態を打破しようと双方が躍起になっているが、それは、無防備な歩兵が突っ込むことを意味している。この塹壕の外には数え切れないほどの地雷と死体が横たわっているだろう。
「定期便がそろそろ来ますよ。」
そんな事を誰かが言った。俺は近くにあったショットガンを手に取った。空は快晴。敵も味方も、よく見えるだろうな。敵にバレないために、皆が伏せて物陰へ退避する。さぁ、今日も来るのか?
・・・・・・・・無言の広がる空に、無機質な羽音が響いた。その方向を見ると、ドローンが見えた。そう、定期便とはドローンである。そいつは爆弾を吊り下げており、緩降下しながらこっちに向かってくる。
「距離、500ヤード、400、300・・・・200・・・100・・75・・・」
そいつとの距離を囁きの様に言いながら照準を効果と共に下げていく。こっちの陣地から目と鼻の先の距離まで接近して来た時、引き金を引いた。すると、銃身が急に白煙を上げ、無音の空を切り裂く様に大きな音を立て、それと共にドローンは上空で爆弾と共に爆散した。ドローンを撃ち落とすのは、殺し合いと言うよりかはクレー射撃に近い。なぜならこれがここの日常だから。これが2年も続いている。ここは、娯楽も無く、死体だけが積み上がる消耗戦で陰湿な戦場だ。だが、引くわけにはいかない。引けば、民間人が今以上に死ぬ。だから戦う。俺らの戦いが戦史に載らずとも。だが、兵士も人間。飯が食えればそれで良いという訳ではないのだ。娯楽が無ければ生きていけない。俺の場合、本が読みたくてたまらなかった。だから、暇ありゃすれば軍隊手帳でも読んでいた。そんな時である。信じがたいことにボロボロのノートか何かがこっちに飛んできた。何故か俺の前にボトっと落ちてくる。最初はロシア軍のビラか何かかと思ったが、拾ってみてみると、それは古い古い、それも独ソ戦時のドイツ国防軍軍隊手帳であった。持ち主は・・・・
「クルト・アーノルト・・・・?」
中を読むと、それはドイツ語で書かれた日誌らしい。持ち主の記録は・・・・1,944年の2月ごろに途絶えている。俺は、すぐさま翻訳作業にかかった。廃れたそれを、何故か読みたくなったのだ。俺は、辞書とペンを片手に、もう片手に銃器を握って今も日常を送っている・・・・のかもしれない。
本編、「雪中眠る君達へ。」是非一度!!
硫黄匂う飛行場
腐った卵、そう形容するしかない臭いが島を覆っていた。ここは硫黄島。名前の通り、硫黄の取れる島である。俺は島の中部にある元山飛行場の搭乗員待機室・・・・という名のバラック小屋の中に敷いた茣蓙で将棋を指していた。静かな小屋の中で駒を強く置く打音が響く。
「王手、歩取り。」
そう俺が言うと、
「くぅぅ・・・・。」
飛行帽とゴーグルを頭に掛けたまま将棋の相手をしている高城が頭を掻きながら唸りを上げた。この感じ、長考するな。その間は暇なので俺は窓から茶碗をひっくり返したような形の噴煙を上げる摺鉢山を眺めた。その時、何故か既視感と懐かしさがよぎった。
---
一九四二年、ミッドウェー島攻略失敗後、帝国海軍はオーストラリア方面に作戦海域を移し、オーストラリアとアメリカを分断しようとガダルカナル島に飛行場を建設したがそれをアメリカ軍に奪取され、それにより日本はこの海域における制空権を喪失した。その周辺の海域、空域を巡って日米は一年にも及ぶ血生臭い戦闘を繰り広げた。その戦闘において重要な役割を果たした基地があった。その名は、
--- ラバウル航空基地 ---
数多のエースを輩出した基地であった共に飛行機乗りに地獄と揶揄された基地であった。その基地に輸送船でトラックから人員補充としてやってきた一人に俺がいた。
「これが天下のラバウル基地・・・・。」
船から降りて、基地へトラックの荷台に乗せられてやって来た時に俺はそう零した。このラバウル基地は湾岸の周りに沿て飛行場が設営されており、海岸以外は起伏が激しい山脈に囲まれている。そして、湾の縁に突き出た標高250mの活火山、花吹山がトレードマークであった。その噴煙は、基地に帰る搭乗員たちに安心感を与えたという。その翌日、早くも新調した機体に思いを胸に出撃した。その任務は、ガダルカナル周辺の哨戒であった事をよく覚えている。因みに機種は最新型の零戦32型。この日、ここの戦闘が今までに無い何かであった事を察することになった。その日の零戦は太陽の光を反射して白く、美しかった。
---
『緊急発進!!緊急発進!!敵艦載機と思わしき編隊群が南西から接近中!!八幡空襲部隊戦闘機隊は直ちに発進せよ!!』
スピーカーから無機質な声が聞えたと共に搭乗員待機室から流れ出る様に戦闘機に皆が駆け込んだ。
将棋を打っていた高城は、
「この勝負、お預けですね。」
と、走りながらにっこりとした顔を向けてきた。
「ああ、勝負が終わんないのは気持ちが悪い。帰ってきて決着つけるぞ。」
そう俺は言い残して、駐機場にある零戦に飛び乗った。飛び乗ったのを見て、整備兵がエンジンを点火させる。すると機体は大きく震え、プロペラが大きく回転を始めた。その時、逃れるように整備兵が走って兵舎の方へ走った。いつもの風景だ。
「壊したら許さんぞ!!」
発進しようとした時、そんな事を整備兵に叫ばれた。
「当たり前だぁ!!」
そう返すと、優しい笑みを浮かべて彼らは白い帽子を振って見送ってくれた。空には、入道雲が横たわり、先に飛び立った零戦がキラキラと光り、あの時と同じく美しかった。
三十分ぐらい飛んだだろうか。その間ずっと周りをチラチラと見渡していたその時である。右下、入道雲の切れ間、海面の光に混じって何かが不自然に、それも大量に光った。その機体の色は暗い紺。敵機だ!!近くの空母からやってきた爆撃機編隊だろう。すぐさま横に並んでいた僚機に指文字を振ると、全機が一気に増槽を投棄、急降下して敵編隊にシャチの様に食いついた。固い座席に押さえつけられて苦しいが、冷静を保ちつつ目標を吟味する。他の味方機は爆撃機隊を狙うらしい。その時、まだ俺達に気付かない間抜けを見つけた。編隊先頭のF6Fグラマン戦闘機である。
「そのまま・・・・・そのまま・・・・・。」
電影照準器から映し出されるオレンジ色の照準からはみ出るまでソイツは気が付かなかったらしい。射撃をするその瞬間まで水平に悠々飛行していた。気が付いて機銃の射線から退避しようとした時には十三mm機関銃と二十mm機関砲によって尾翼を吹っ飛ばされ、そのまま海へダイブしていった。その時、奴から焦燥と衝撃、憎しみ・・・・そんな視線を向けられた気がした。
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美しいと思っていた空はこの日、一変した。次々と四方八方から撃たれまくって逃げるのが精いっぱいだった。今までやってきた空戦の相手と言えばグアム島にいた戦闘機数機との交戦だとか、偶に飛んでくる偵察機だったからだ。何度も死にかけたし、十二.七mm機関銃弾が首筋を掠ったあの瞬間は本当に恐怖であったし、帰還後の機体の風穴にはあと数センチずれていたらバラバラになっていたと思われるものもあった。だがその中で特に衝撃的だったのは新聞に「軍神」と載るほどのエースパイロットがこの日、落ちたことであった。その日の夕飯にはいるはずもないパイロットの席に御馳走が置いてあったことを今も思い出しては静かに涙を流した。
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数機が火を吹いたりキリモミ(急回転しつつ落ちていく事。)を起こして急降下する零戦を追い越して落下していった。すると爆撃機は編隊の形を急いで変えるように分散し、戦闘機はすぐさま零戦を追いかけた。敵機はF6F。こっちよりも時速五十キロメートル程優速の為、追いかけられたならまず死ぬだろう。あ、十二.七mm機関銃食らってるやつが一人。ただでさえ八幡空襲隊は飛行機が少ないのにやられるのは不味い。そう思って最大速度でそっちへ向かおうと操縦桿を振ったその時であった。後ろから重いエンジン音が聞えた。それは、間違いなくF6Fだ!!ハッと後ろを見ると二機で追っかけてきている。俺は操縦桿を引いた。急降下による加速を使って上昇をかけるのだ。さぁ、零戦五二型丙(零戦の重武装タイプ。武装は二十mm機関砲二門、十三ミリ三門)とはいえ零戦は零戦。時速三百五十キロ以下なら圧倒的な旋回性能で戦闘機同士の格闘戦を制する事が可能だ。さぁ、乗ってくるか?
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ああ、あれから何日が経っただろう。毎日が戦場で、毎日黒焦げの敵も味方もわからない死体を眺めて、朝元気に期待に乗ったと思ったら、夕方には潮風に乗った遺品が砂浜にあるだけで、何の為に君たちは死んだのか?そんな誰も答えてくれぬ疑問をずっと考えて考えて・・・・・。毎日死体の遺品整理をやっていると、不思議と復讐心が湧き、その復讐心を燃やして空戦をやっていた。
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敵機は二機で袋叩きにしようと思ったらしく、一機は上へ上り、もう一機は追っかけてきやがった。F6Fの発動機は二千馬力級の為、上昇力はそっちの方が上だが、こっちは急降下時のエネルギーを持っているから互角だ。だが、一対一ならともかく今は一対二。まずいと思ったその時、太陽の光を遮るように上ったF6Fが無理な上昇による失速でフラッと右に寄ってきた。そこは、俺の機体の目の前である。俺は棚から牡丹餅的な幸運を逃さない。この闘いに全力を振り絞るかのように電影照準器は、小さく、四角いガラスにオレンジ色の照準を浮かび上がらせた。射線に入ったその時、反射的に全ての火力をぶつけた。二十mmを翼の付け根に当たった思えば、その翼が吹き飛んで、機体は海中に落ちてった。それを見つめていると、復讐に燃える後ろにいた方のF6Fが十二.七mm機関銃弾を浴びせてきた。それは、シャワーの様な閃光弾であった。その、乱射とも思える機関銃弾を右に左に逃げながら避けていた時、撃ってきている敵の顔が見えた。その顔は涙と思わしき光る何かを流し、ぐしゃぐしゃな顔だ。俺は射線から逃れるためにダイブして急降下をかけて難を逃れようと自分の股に立っている操縦桿を大きく右に振った後に倒すと、機体が反転して急降下を起こした。コクピット内部の天地が動き回る。何発のも機関銃弾が自分の機体を掠めた。まだ追っかけてくるみたいだ。
「いい加減、引き返してくれんかな?」
そんな事を言ったって引き返してくれるはずもなく、敵の機関銃が焼き付くんじゃないかと思ってしまう程撃ってくる。・・・・・・その杞憂は現実となった。急に機銃掃射が終わったのだ。多分だが、機関銃が焼き付きか、撃ちすぎてジャム(弾詰まり)が発生したのだろうか。だが俺にはそんな事を考えたり気にする必要はない。その、巡ってきた幸運を手に掴むのみだ目の前に獲物を見つけた鷹の様に襲い掛かる。機関銃の一斉射でマトモな思考を失った敵機はあっけなくまた、海の中に消えてった。俺は、その姿を見ずにすぐに上昇した。まだ、味方は空戦中。まだ弾数には余裕があ余裕があるから、味方の援護と爆撃機隊の漸減(こっちの方が任務)をやるのだ。だが、点けた無線からは決していい報告ばかりではない事から、上空の戦いは優勢ではないと察した。上では、太陽を背に戦闘機が入り乱れている。一方の爆撃機隊は幾つか穴が開いているが、やはり戦闘機にかかりきりで爆撃機編隊を崩せていない。俺は数秒の判断で爆撃機を狙う事にした。爆撃機を狙ったら、戦闘機隊の幾らかはこっちに食いついて味方機にも余裕が生まれるだろうからだ。隠れつつ接近して下から撃ち上げてやろうと考えた。ややかかった雲の中に息を潜め、その瞬間を待った。上を通ったたった数秒を俺は見逃さずに、零戦に気付かずに飛ぶ敵機に向かって・・・・・・操縦桿を引いて射撃ボタンを押して機関銃弾を撃ち込みまくると、それに敵編隊も反応して爆撃機の後ろについてある機銃の雨霰にあった。皆必死にこっちに撃ってくるが、編隊内部に入り込んだ戦闘機は暴れまわれる。特に、護衛の戦闘機がいない状況だとな・・・!!零戦の小回りを生かして編隊後部に回り込んでは何機も銃砲で蹴散らしてやった。
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君たちの死は無駄ではなかったのだろうか?君たちの守ろうとしたものは守れているのか?そんな事を漠然と考えたが、答えは今だ見つからない。だが、この戦争が終われば必ず分かるはずであり、その未来はここよりも勝とうが負けようか幾分かよい未来のはずだ。何故なら、君たちが命を懸けて死んでも守ろうとした未来なのだから。
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だが、弾薬と気力が付きかけたその隙を突かれた。気が付けば、俺は袋叩きに会っていた。もう、逃げ道も塞がれ、落ちるしかないとも一瞬思ったが、俺は戦闘機乗り。死ぬまでに一機でも道連れに。そう思って絶対絶命の空戦に身を投げた。愛機も、この時は一番調子が良かったと思う。それはまるで死地に征く事を知ってなお抗う戦士の様に・・・・・。下を見ると、硫黄島の飛行場は爆炎に包まれ、対空砲弾がさかんに炸裂して必死の抵抗をやっていた。戦闘機隊も負けてはいられぬ。「八幡部隊」・・・・・南太平洋最後の航空隊。その名に恥じぬ戦いを。そう思って、何倍もの敵機に格闘戦を仕掛けた。一機、また一機と屍が海底に落ちていく。だが、抗い続けた運命は余りにも悲惨であった。エンジンが急に黒いオイルや燃料をぶちまけたかと思えば、零戦のエンジンがプスっと止まった。目の前の風防は真っ黒い液体で汚れ、エンジンは黒い煙をまき散らした。それを見逃してくれるはずなく、落とされた。俺は、燃え逝く機体の中で静かに、静かに人生の幕を閉じたのだった。
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海の中は・・・・・・皆の眠るところは、傷を温かく包み、静かに奈落へ落とされていく。意外と、優しい所なんだな・・・・・深海は・・・・・・。高城・・・・整備兵のおじさん・・・・・生きているだろうか。それと、少しは泣いてくれると嬉しいなぁ・・・・・。
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椰子の木の生い茂る場所に、一機だけぽつんと零戦がいた。緑の塗装が長時間飛行と潮風で剥げたその姿は、戦士と言うよりも傷ついた化け物の様な雰囲気を醸し出している。ここは・・・・ここは・・・・・。
ユーザー名:一般人なのかも―
作品名:硫黄匂う飛行場
こだわり:空戦シーンの感情描写
要望:特になし(何をこういうのって書けばいいのか分かりません・・・・・・。すいません・・・。)