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目次
『俺には好きな人がいる。その人は死んだ。お前は正直よく似てる。俺はその人を忘れることはないだろう。それでもいいか? 俺はお前にその人を重ねるぞ』と言われましたが、俺は好きなので構いません!
世の魔術師には、いくつかの種類がある。
たとえば俺のように、魔術を用いて討伐するしか能が無い魔術師もいれば、トールのように武力もさることながら、魔術の研究に秀でいている者もいる。
「ラピス。まだ一昨日の報告書が出ていない」
俺が病室で手に貼った湿布をはがそうとしていると、トールがやってきた。
一昨日は、まさにここに入院するきっかけになった魔獣討伐があった。
「あ、悪い」
俺はへらりと笑う。ここ、魔術師が集う魔術師の塔においては、この程度の怪我で入院治療になる方が、劣っているといえる。
「すぐに書くよ」
「……怪我はもういいのか?」
「全然平気だよ。いやぁ悪いな、報告書遅れて」
俺とトールは同じ班なので、俺の報告書が遅れれば、トールだって連帯責任だ。
俺はトールが好きなので、そんな目には遭わせたくない。
「……」
トールは翡翠色の瞳で俺を見ている。無表情でなにを考えているかよくわからないが、仕事に真面目なのはわかる。今は、時空操作魔術の論文を書いているところだったはずだ。それを報告書を取りに来るなんて言う雑用をさせられて、きっと内心では嫌だろう。
――俺とトールは、付き合っている。俺は、トールの恋人だ。
ただ、ちょっとした条件付きである。
『俺には好きな人がいる。その人は死んだ。お前は正直よく似てる。俺はその人を忘れることはないだろう。それでもいいか? 俺はお前にその人を重ねるぞ』
俺が告白した時に言われたセリフだ。正直胸が痛くなったけれど、俺はいつか忘れさせられるんじゃないかと期待したし、それでも構わないくらいトールのことが好きだった。
「な、なぁ? それよりさ」
「――大丈夫なら、あとでまた取りに来るから書いておけ」
俺が話しかけようとしたら、トールは出て行ってしまった。俺はしょんぼりして布団を見る。実は一昨日、ちょっと焦って早めに倒してしまったのもそうだが、来週の水曜日に、トールの誕生日がある。その日に、一緒に遊園地に行こうと、半年前に俺達は約束した。
魔術師の塔の仕事は激務であるから、俺は必死に、苦手な書類仕事もかろうじて得意な討伐の仕事も片付けている。たった一日のお休みを作り出すために、もう半年の間、入院以外では、一度も休んでいない。でもそれも、来週のためだ。
こうして火曜日が訪れた。
なんとか一日の仕事を終えて夕暮れになった時だった。
「悪いんだけど、明日急な魔獣討伐を頼めるかな?」
そこへ俺とトールの師匠であるワーク様が入ってきた。
俺は言葉に窮した。明日は、遊園地に行く日だ。
「そ、その……」
「都合が悪いのか? だったら代わりに俺が行く」
トールが言った。トールが一緒じゃなかったら、遊園地に意味は無い。トールは半年前の約束など覚えていないのだろう。明日が自分の誕生日であることすら、きっと忘れているんだろう。
「……いや、平気です。俺が行きます」
こうして水曜日、俺は魔獣の群を討伐した。水曜日の深夜に戻ると、トールがまだ研究室にいた。せめて言葉だけでもと思って、俺はトールを見る。
「なぁ、トール」
「なんだ?」
「お誕生日、おめでとう」
「プレゼントは?」
「え」
そこまで考えていなかった俺は、焦って顔を上げる。するとこちらを見てから、ため息をついてトールが立ち上がった。
「今日はここまでで切り上げる。俺の部屋に来るか?」
「い、いく!」
これは、夜のお誘いだ。俺は嬉しくなって、俺の方がプレゼントを貰えた気になってしまった。魔導観覧車にはのりたかったが、それは来年だっていい。
こうしてトールの部屋へと行く。
寝室に直行したので、俺はいそいそと服を脱いだ。トールはローブを脱いで、シャツの首元を緩めている。二人で寝台に入ると、すぐに押し倒された。
「っ、ン……ぁ……」
いつもより――ということはないか、いつも通り性急に、あまり慣らすでもなくトールは俺に突っ込んできた。トールのものが反応しているだけでも俺は嬉しいから、多少の痛みはなんとも思わない。
「ぁ……あ……っ、んッ」
奥深くまで貫かれて、体を揺さぶられる。腰をつかまれた俺は、必死で息をした。
正直、気持ちいいかと言われるとよくわからない。でも、心は満たされる。
トールも、こうしている時だけは、誰かに俺を重ねているにしろ、ある程度は俺を見てくれていると思うからだ。
「んぅ……っ、ぁ……」
俺の感じる場所を突き上げて、トールが内部に放った。俺も淡泊な方だから、その刺激で十分で、白濁とした液を出した。
ずるりとトールが陰茎を引き抜く。俺はぐったりと体をシーツに預け、生理的な涙が浮かんだ目をトールへと向ける。ずっとここのところ疲れていたから、猛烈な眠気に襲われたけれど、それはトールも同じはずだ。
「……すぐ、帰るから」
俺はそう言うのが精一杯で、今にも瞼が落ちそうだった。
すると不意にトールが、俺の頭を撫でた。
「そうか」
トールはずるいと思う。こういうふとした時の優しさが好きすぎて、俺はどうしてもトールを嫌いになれない。愛している。
そのトールが、意識不明になったのは、三日後のことだった。
俺は病室で目を閉じているトールを見て、呆然としていた。
すると隣にワーク様が立った。
「どういうことなんですか!?」
「時空操作魔術の研究をしている他の魔術師が自白したよ。トールを妬んでいたから、自分側の論文で、過去に魔獣を送り込む術式は完成していたから、それを用いて幼少時のトールを殺害したって。そう遠くない内に、こちらの体は透けるように消えるはずだよ」
「えっ……?」
俺が目を見開くと、ワーク様が目を眇めた。
「放たれたのは魔狼だから、今の時代でなら一瞬で討伐できても、当時のトールには無理だ。勿論君にもね。君達が魔術師の塔に来る前の時間軸で事件は起きたみたいだから。花欧歴1810年の8月20日20時30分」
「助けられないんですか!?」
「今、こちらにあるのは、精神のみの逆行、つまり僕が僕の過去の体に入り込んで討伐することとなるけれど、それは魔術協定で禁止されている未来の改変にあたる。たとえ相手が未来を操作したとしても、それは変わらない」
「だけど――」
「魔術連盟の理事として、僕には無理だよ。最悪だな。これでもしトールが研究していて草稿まで出来ていた実体を保持した時空移動術が連盟に認められていたら、いいや、トールの体が消える前にそれが認められれば、こちらから人を送り込むこともできるけどね。ただし現状では、知見が少なすぎる。実体を伴った場合、移動した魔術師にどんな影響が出るかわからない以上、被害者が増えるだけの結果になる可能性も高い」
ワーク様はそう言うと、トールを見る。
「僕はトールに期待していたし、我が子のように思っているよ。それは君のことだって同じだ、ラピス。連盟とは僕も交渉はする。せめて精神のみの逆行だけでも認められたら、手が打てるかも知れないからね」
そのままワーク様は歩き去った。
残された俺は、呆然とした後で、ハッとしてトールの研究室まで走った。
トールの論文は、あとは実証実験のみで、理論は完成していると知っていたからだ。
俺は、どうなってもいい。トールを助けられるなら、この体がどうなろうと構わない。当時の俺に倒せないのなら、トールの理論を元に、この体で助けに行けばいい。
俺は論文を取り出して、術式を頭にたたき込む。
そして禁術といったたぐいの高度な魔術を使う際に使用する、結界がある地下へと向かい、魔法陣の上に、強く杖をついた。
「――ん」
次に気がつくと、俺は日の光の下、草原に寝ていた。
体を起こすと、遠くに領主の館が見え、近くの看板にはワイゼル伯爵領と書かれていた。トールはワイゼル伯爵家の次男だと話していたから、ここはトールの実家の土地のようだ。
おずおずと起き上がった俺は、きょろきょろしながら街へと向かう。
そこに売られていた新聞の日付を見て、今が、俺とトールが十三歳の年だと理解した。十三歳の頃の俺は、まだ村で生活をしていたから、なるほどここにはいないだろうし、魔狼を倒すなんて絶対的に無理だ。
「あと半年後にことが起きるのか……」
呟いてから俺は、まずはトールの実家へと向かうことにした。
トールの実家はさすがは伯爵家といった感じであり、護衛もしっかりしていた。だが魔術師の塔で学んだ俺にはどうということもなく、記憶操作魔術の初歩で暗示をかけて、俺は新しいトールの専任の護衛という立場におさまった。
「お前が俺の新しい護衛か? ルイといったか?」
挨拶に向かうと、トールは分厚い本を見ていた。顔を上げると、うさんくさそうに俺を見る。へらりと笑って、俺は頷いた。ルイは俺の偽名である。
「そうです。宜しくお願いします!」
「必要最低限のことをしてくれれば良いし、勉強の邪魔になるからあまり話しかけないでくれ」
なんともトールらしい返答だった。
しかし十三歳のトールは愛らしい。俺は、最初に言われた言葉など無視した。トールを助けた後の自分の体がどうなるのか不明なのもあったし、人生でトールとこうして一緒にいられるのはこれが最後かもしれないという思いもあって、ひたすらにトールを構い倒した。
「ほら、トール様! お星様の形のケーキ!」
「ケーキ? 不審物の毒味をするのはお前の仕事だとして、何故ルイが料理を作るんだ?」
「食べさせたいからです!」
「何故?」
「だって今日は、お誕生日でしょう?」
俺が満面の笑みを浮かべてそう言うと、虚を突かれたように目を丸くしてから、トールが頬を染めた。かわいい。
見ているとトールは勉強三昧で、子供らしいことは何一つしていなかった。
だから俺が構うと鬱陶しそうにしながらも、ちょっとずつ喜んでくれていたらしい。
「食べましょう!」
「……ああ」
二人でケーキを食べていると、トールが言った。
「ルイ」
「はい!」
「ルイはその……好きな人とかはいないのか?」
「トール様です!」
「っ、そういうことではなくて……恋人というか」
「……そうですね」
それもまた俺から見ればトールだが、今のトールは十三歳なので、さすがにその子に欲情したりはしない。俺は苦笑した。
「トール様は大人になったら、きちんと恋人を大切にして下さいね」
「俺は……その……俺が、大人になるのを、ルイは待っていてくれないか?」
「そうできたらいいんですけどね。それよりちゃんと、遊園地に連れていってあげたり、抱くときは優しく丁寧に甘く抱いたりですね」
「抱く?」
「あーっと、ちょっとトール様には早いお話でした!」
「? どういうことだ?」
トールは純情だ。そこもまた、かわいい。
こうして、トールが襲撃される日が訪れた。この日は両親と兄妹は出払っていた。
使用人達はいるが、それでも護衛の数もいつもより手薄だ。
ガタン、と、外の扉が破壊される音がした時、俺はトールとともにいた。
「なにごとだ?」
「トール様、大丈夫です。俺がいますから」
「だが――」
「ねぇ、トール様。約束して下さい。俺のこと、忘れないって」
「なにを言ってるんだ。俺がルイを忘れるわけがないだろう」
それだけで、その言葉と約束だけで、俺には十分すぎた。
俺は杖を軽く振り、トールを眠らせる。
そしてフードをしっかりとかぶり、手袋を嵌めて、杖を握りしめた。
あとは、魔狼を倒すだけ。
その仕事は、俺には非常に易かった。
「そんなことじゃないかと思ってはいたんだよ」
そこに声が響いてきた。コツンコツンと靴の踵の音を響かせてやってきたのは、ワーク様だった。
「っ」
「安心するといい。無事に連盟の許可が下りたから、僕自身は僕の体に精神だけ逆行移動してここに来てる。目的は、君と同じだと思うけど、どうかな?」
「ワーク様……っ、その……すみません、俺、どうしても……」
俺が俯くと、俺の頭をポンポンと叩くようにワーク様が撫でた。
「本当に謝ってほしいね。言ったよね? 僕にとってはラピスも同じように大切な弟子だと。僕は危うく、二人の愛弟子を喪うところだった」
「……」
「まず良い報告からだよ。ここから見れば未来において、無事にトールは意識を取り戻した。もう三ヶ月になる。そして代わりに、君がいなくなった。トールは君の体が無事に戻ってこれるようにと、寝食も忘れて時間操作魔術を完成させたよ」
「! トールは無事なんですね!?」
「そうだね、君のおかげで。そして君の体は貴重な時間操作魔術の実体を伴う移動をした被検体でもあるから、君個人へのおとがめもなしだ。さぁ、トールのことは僕が後を処理するから、一刻も早くラピスはラピスに戻るといい。君の名前は、僕が記憶している限り、ルイではないはずだよ」
「はい!」
「トールにはルイは死んだと伝えておくからね」
俺は頷き、それから一度振り返った。最後に十三歳のトールにお別れの言葉をいいたかったようにも思ったが、未来で無事ならば、いいだろう。死人は挨拶などしないのだし。
こうして魔法陣を展開し、俺は光に包まれた。
「っ」
「ラピス!!」
全身が気だるい。そう思って目を開けると、真正面にトールの顔が入ってきた。
「トール、無事でよかった」
「こっちのセリフだ! 馬鹿が」
感情を露わにしているトールというのも珍しい。上半身を起こした俺を、隣からトールが抱きしめた。
「俺のために、なんてことを」
「トールが無事ならそれでいいんだよ」
「いいわけがないだろう。目を覚ました俺が、お前がいなくなったと聞いて、どれほど、どれほど心配したか――っ、この、馬鹿!」
「ほ、褒めてくれとは言わないけど、そんな……」
俺は引きつった顔で笑った。勝手に論文を使ったからフラれるかもと言う覚悟もあったが、だとしてもトールが無事ならばそれでいい。
「遊園地ならいくらでも連れていってやる」
「え?」
「――前回だって忘れていたわけじゃないんだ。ただ、お前の体調がまだ悪いんじゃないかと思って、それで変わろうとしただけで」
「トール?」
「優しく丁寧に甘く抱けばいいんだったか?」
「あっ、え、あ……」
「これからはいくらでもそうしてやる。というより、お前がいつも疲れきっている様子ですぐに寝るから俺は我慢していたんだよ!」
「えっ」
「馬鹿だなぁ、本当に。いいや、俺が馬鹿なんだ。とっくに俺は、重ねてなんていなくて、お前を愛してた。でもな、その重ねていた相手が……ルイがお前だったとはな」
「!」
「お前は俺の初恋の相手だ。お前が言ったんだろ、忘れるなと。俺は確かに約束した」
その言葉を聞いて、俺は驚いて目を見開いた。
それから俺は、何度も検査をされ、やっと本日解放された。
「はぁ、なんだか自分の部屋が懐かしいよ、俺」
「そうか。俺もお前がお前の部屋にいる光景を見られて幸せすぎる」
ついてきてくれたトールの言葉に、俺は苦笑した。最近のトールは、完全に過保護としかいいようがない。
「トール? 俺はもう大丈夫だよ?」
「俺が大丈夫じゃないんだ。俺は二度も喪うところだった」
「喪いそうになったのは俺なんですけど……」
俺がそう言うと、トールが正面から俺を抱きしめた。ぎゅっと力がこもった腕の感触に、俺は思わず赤面する。おずおずと俺は腕を回し返した。
「キスしてもいいか?」
「うん……」
俺が目を伏せると、柔らかな唇の感触が降ってきた。トールの舌が俺の口腔へと忍び込んでくる。ねっとりと舌を絡め取られる内、俺の息はすぐに上がった。
トールがそのまま俺をゆっくりと押し倒した。
俺が見上げていると、今までとは違い、トールが俺の服を脱がせ始めた。いつも自分で脱いでいたから、逆に緊張してしまう。
一糸まとわぬ姿になった俺の、左の乳頭に吸い付くと、トールが甘く噛んだ。
「んっ」
今まで胸へと愛撫された記憶がないため、俺はさらに緊張してしまう。
もう一方の手では俺の右胸の突起を弾きつつ、何度もじっくりとトールが俺の体を開いていく。その内、体がじっとりと汗ばんだ頃、俺の陰茎は反応を見せた。
「ぁ、ぁっ……ね、ねぇ、トール? な、なぁ? もう……」
焦れったい。早く欲しい。
「優しく丁寧に甘く抱いていいんだろう? お前が言ったんだ」
「もうそれを繰り返すのやめてよ、恥ずかしいだろ!」
「何度でも繰り返してやる」
「トールの意地悪!」
思わず叫んだ直後、トールが香油を手に取り、指に絡めた。そして俺の窄まりから指を一本挿入する。くちゅりと音がしたと思ったら、それが少しして二本に増える。浅い箇所を抜き差しされ、軽く指を折り曲げられた時、俺の体がピクンと跳ねた。
「あっ、そ、そこ嫌だ……」
「お前は前から快楽をこわがるよな」
「だって、自分じゃなくなるみたいで……」
「だから俺も手加減していたんだ」
「ひゃっ、ぁ……あア! ああっ、待って、トール、そ、そこ嫌だ、いや、あっ」
「聞かない。許さない」
「あっ、ああっ、ダメ、出ちゃう、まって、出そ……ンん――っ」
俺が手でトールの体を押し返そうとしても、研究職のくせにびくともしない。俺の方が筋肉があるように思えるのに、現実は残酷で、昔からトールの方が体力はあった。俺なんて筋トレをしてやっと体を維持しているのに、それでも腰回りは全然細くて、食べないとすぐ痩せてしまうと言うのに、トールは違う。胸板がまずもう厚い。
「っは」
結局放ってしまって、俺が肩で息をしていると、トールが指を引き抜いた。
そして俺の息が落ち着くのを待ってから、陰茎を挿入してきた。
「んぅ……あぁ……あッ、熱い……んン」
体がどろどろに蕩けてしまいそうな感覚がする。じっくりと慣らされていたからなのか、痛みがないという部分以上に、交わっている箇所が気持ちよすぎて、頭が馬鹿になりそうだ。
「あ、あ、あ」
ぐっと雁首まで進められ、少しだけ動かれる。その内に抽送が始まり、浅く引き抜いてはより奥深くまで暴かれ始める。
「あっ、ン――っ、ぁ……あ、あ、ひゃっ、う、うあ……待っ、体変になる」
根元まで挿入された状態で動きを止められた時、俺は思わず髪を振り乱して泣いた。気持ちよすぎてそれが辛い。こんなのは知らない。
「だめ、だめ、イく、やぁああっ、イってる、イっ、待って、イっちゃった、あ、あ……」
「待つとするか」
「ひゃぁっ……やぁ、ずっとイってる、ン――っ、ダメこれぇっ」
ドライの波に飲み込まれてしまい、俺は咽び泣く。そもそもドライ自体、人生で数えるほどしか経験がないのだけれど、今回は初めて経験するほどに絶頂感が長く、ずっと快楽が全身に響いてくる。足の指先を丸めて、その漣に耐えようとするのに、それが上手くいかない。
「ひゃっ、うあああ――!!」
そこへ追い打ちをかけるように、強くトールが突き上げた。中に射精されたとわかった直後、あんまりにも強い快楽に、俺の意識はブツンと途切れた。
――事後。
起きると俺は、トールに腕枕をされていた。
「大丈夫か?」
「う、うん……っ、喉渇いてて……」
「ほら」
するとそばにあったグラスを、トールが取ってくれた。なんとか体を起こして、俺は水を飲む。そしてグラスを置いた時、トールに引っ張り込まれて、また寝台に入った。ぎゅうぎゅうと俺を抱きしめているトールは、それから苦笑した。
「優しく丁寧に甘く、か」
「だからそれ言うのやめてくれよ!」
「いや、俺には無理だったと思ってな。ラピスを見ていたら、余裕が途中から消えていた」
「俺にはいつも余裕なんてないんですけど!?」
思わずそう告げると、トールが喉で笑う。
「なぁ、ラピス」
「なに?」
「俺は……お前に酷い態度を取っていたという自覚がある。ごめんな」
「トール……えっ、ぜ、全然! 全然!! 俺がトールを好きだっただけだし」
「俺だってお前が好きだ。だから、これから、それを帳消しにするくらい、お前に優しくするのを許してくれ。罪滅ぼしになるかはわからないが、少なくとも俺の自己満足にはなる」
「そんなの俺にとっては嬉しいだけじゃん!」
俺が思わずそう言うと、トールが俺を抱きしめたままで囁いた。
「一つだけ分かって欲しいことは、最初こそ俺は、まぁお前本人だったわけだが、ルイとラピスを重ねていた。でもな? 本当にとっくにラピスのことのほうが大切になっていたんだよ。俺が好きなのは、ルイじゃなく、ラピスだ」
「トール……」
「ただ、勉強以外なにも無かった俺に、ルイだけが子供らしいことを、様々な感情を教えてくれたのも事実だ。あの当時の俺は、ルイに救われたんだ。つまり、お前に」
トールはそう言って顔を離すと、俺の額に口づけた。
「俺はもう、お前を絶対に手放さない。だから、俺のそばにいてくれ」
俺は少し考えてから、笑顔で頷いた。
「勿論! こちらこそ宜しくお願いします!」
――世の魔術師には、いくつかの種類がある。そしてそのいずれにも、恋をする権利というものはある。俺は今、こうしてトールのそばにいられて幸せだ。
(終)
恋は人を惑わせる。
ある日、それはいつもと同じ青空で、白い雲が浮かんでいて、本当に平凡で平穏な、普段であればなんとなく過ぎ去っていくような、そんな日だった。
帰宅が遅くなったルイスは、はぁっと溜息をつき、今日の王立学院の宿題は量が多すぎると思いながら帰宅した。両親と兄はまだ帰っていない。優秀な兄は、既に騎士団で働いていて、ルイスもまた将来は騎士または魔術師になることを嘱望されているが、本当は戦うこともあまり好きではない。とはいえ、騎士団長の息子だ。世間体もあるし、家族に怒られるのも嫌だったから、なんとなく今日だって学院の宿題をこなす。
「あ」
その時、ふとルイスは思い出した。昨日兄が、物置に何かをしまっていたことを。
兄は善良なので、あまり隠しモノをしたりしないのだが、する時は挙動不審になるから、すぐに分かる。ルイスは好奇心を抑えきれず、物置に入った。黴臭い。そこにあった箱を開けてみると、中には――俗に言うエロ本が入っていた。少なくともエロ本だとルイスは思った。だが実際には、ワンピース姿の女性の写真集であり、エロ本ではないが、胸が強調されているので、ルイスの認識が完全に間違いということもない。ルイスはその本を捲ることに必死になった。時間を忘れた。
『きゃぁぁぁあ』
母親の悲鳴が聞こえてきたのは、どれほど経過してからのことだったのだろう。ハッとしたルイスは、物置の僅かに開いている戸から、外を窺う。そして目を見開いた。血溜まりの中に、父の首が落ちている。そこにはすぐに、母の首も加わった。
『なっ』
そこに兄の声が響いてきた。父がくれた腕時計を見れば、時刻は午後五時。兄がいつも帰宅する時間だ。
『どうしますか、ワルツ様』
『殺せ』
そこへ、冷ややかな声が響いた。地を這うような低い声とは、こういう音を示すのだろうかと、瞬時に背筋に怖気が走ったルイスは、両腕で体を抱く。
『まだ子供ですが』
『子供は将来仇討ちをするからと、全員殺せというのが殿下の指示だ』
『はい』
ワルツと呼ばれた男は、黒い髪をしており、鋭い切れ長の眼をしていた。その瞳にはなにも映ってはおらず、ただ血溜まりを見下ろしている。直後、そこに兄の首も加わった。ワルツが、すいっと物置を見たのはその直後のことである。
――気づかれた。
――僕も殺される。
――いいや、殺されても構わない。家族を殺害した奴らなんか、絶対に許せない。
――殺してやる。
――それこそ、仇討ちがしたい。
そんな感情が廻ったルイスは、目が合ったワルツをまじまじと見た。するとワルツは目を眇めてから、またすいっと顔を逸らした。
『隊長? いかがなさいましたか?』
『別に。撤収するぞ』
こうして――ワルツと呼ばれた男と、大勢の部下達が出て行った。しん、っと家の中が静まりかえる。ルイスは、ほっと息をついてから、震える体で戸を開ける。そして、血溜まりの中にある三つの頭部を見た。次第にルイスの瞳からは、光が消えていき、そこには言い知れぬ暗い闇が宿る。
『――復讐してやる』
これが、ルイスが十歳の頃の記憶だ。
その後、騎士団長夫妻と後継者が殺害されたというニュースは、王国中を駆け巡った。そしてその日から、次男の行方が知れないという話も、それは同様だった。
ルイスはといえば、父が嘗て一度招いたことのある老人を探して、貧民街へと訪れていた。ルイスの父は、そこに住まう情報屋と懇意にしていた。目印の林檎が載る樽を見たルイスは、それを片手にとって、奥の扉をノックする。
『ああ、ここへ来たのか。ルイス様』
嗄れた老人の声がした。顔を見せる前に名を呼ばれて、一瞬ルイスは怯んだが、意識を切り替え、扉を開ける。すると目深にローブをかぶった老人が、手を差し出した。枯れ木のような指をしている彼の掌に、ルイスは林檎を載せる。
『どんな情報をお求めで?』
『俺の家族を殺した奴らを、倒す方法が知りたい』
『率直に言って、なにも出来ない陽の下を歩くガキに、出来ることなんざぁないですよ』
『なんでもいい、なにか、なにかないか?』
『――なんとかしたいんなら、まずは口の利き方を改めろ、坊主』
『っ』
『王宮に行って貴族として生きることが、まだ叶う。だが、それを捨てても復讐したいというのであれば……犯人達に見当はついているからな。お前に暗殺術を仕込んでやる』
これが、ルイスの新たなる第一歩となった。情報屋は、暗い目をしているルイスを見て、それが闇に近しいと感じ、いい殺し屋――捨て駒になるだろうと内心で考えていた。
こうしてルイスは、暗殺術を仕込まれ、実戦訓練として、情報屋をトップとした犯罪組織の仕事を請け負い、頭角を現す。しかし顔を見せないローブ姿のルイスは、寡黙で、誰とも打ち解けない。ローブの下の瞳は、どんどん暗さを増していく。
葛藤がなかったわけではない。結局の所己は人殺しであり、それはワルツと呼ばれたあの男と同じではないかと考える。だから、殺し屋として情報屋のもとで働く際、最後の仕事は決めていた。ルイスは、情報屋の首を刎ねた。そしてゆっくりと路地裏を歩き、久しぶりに太陽の下、街中へと出た。
現在、騎士団長は王弟殿下が務めている。副団長は、ワルツだ。冷静沈着で、冷徹に任務をこなすと評判の、優秀な右腕。それがワルツの評価だ。記憶をただせば、父達が殺害された時にも、『殿下』という言葉が出た。犯人は、情報屋も教えてくれたが、彼らである。騎士団長の位ほしさに、ルイスの家族は暗殺された――と、ルイスは考えていた。
――騎士団の団員は、常に募集されている。
この王国は平和で、身分差別もあまりない。だから、平民だと偽り、ルイスは独学で魔術を身につけたとして、騎士団へと入った。受け取った紫紺のローブを羽織り、シャツの首元のリボンを締め直す。騎士団の装束は、ゆったりとしたローブに慣れていたルイスには、少し堅苦しく思えた。
「ん?」
その時、不思議そうな声が聞こえた。ルイスが顔を向けると、そこにはワルツが立っていた。復讐の対象だ。ルイスは殺気を抑えることに躍起になりながら、上辺だけは頭を下げる。
「先日から魔術師部隊でお世話になっているルイスと申します」
名乗ったルイスを、まじまじと見ているワルツ。その切れ長の瞳が、どのような感情の色をしているのだろうかと、チラリとルイスは見上げた。ワルツは長身で、二十代後半の外見だ。ルイスより五つは年上のようだが、実年齢は調べても分からなかった。現在ルイスは、二十三歳である。
「――ルイス、ルイスか……そうか」
ぽつりぽつりと呟いたワルツの目は、値踏みするように冷徹だった。圧倒的な威圧感がある。長身だからではないだろう。何人もを手にかけてきた目だ。自分と同じ、死臭が染みついた空気がある。
「励むように」
そう言うとワルツは立ち去った。頭を暫くの間下げていたルイスは、それから背中を見送った。
――以降、ルイスはワルツの監視をした。そんなある日。ワルツが王宮の庭園に入って出てこない。入るところから見ていたが、他に人の気配もない。ワルツが一人でいるのならば、好機かもしれないと判断し、ルイスは何食わぬ顔で庭園へと入る。すると巨木の幹に背を預けているワルツが、白いものを抱いていた。片手には、ナイフを持っている。
「誰だ」
そこへ低い声がかかった。一瞬で気づかれたことに、気配を消すのが甘かった己を呪いつつ、ここは素直に出て、疑いを晴らすべきだと考える。
「魔術師部隊の者です。なにをなさっておいでなのですか?」
「――ああ」
虚ろな目を、ワルツが白いものに向ける。よく見れば、そこには仔猫がのっていた。前足の部分が紅色に染まっている。歩けないだろう。
「猫を保護したんですか?」
「――いいや。もうじき冬が来る。この足では、この猫は生きてはいけないだろう。治る前に雪が降る。だから……可哀想だから、殺してやるかと思ってな」
それを聞いたルイスは、思わず眉間に皺を寄せた。嘆息してから歩み寄り、杖を前に持つ。
「治癒魔術の心得があります」
「なに?」
するとワルツが驚いた顔をした。そして、猫とルイスを交互に見る。その時には、ルイスは思わず治癒魔術を使用していた。何故なのか、猫の死を見たくはなかった。元来のルイスは、死を忌み嫌う。依頼や実力磨きに人を暗殺するのと、無意味な殺生は、意味が違う。治せるものは、治す。それはルイスの数少ない偽善心だった。偽善だが、やらないよりマシだと、ルイスは判断した。
「……」
「治りましたよ」
ルイスが声をかけると、ニャアと鳴いて、猫が庭園の奥の茂みへと消えた。
「難易度が高く、一日に一度しか使えない上に、魔力の消費量が大きい治癒魔術を……猫に、か。そうか……」
ぽつりと、ワルツが言った。ルイスは我に返って、顔を背ける。
「――猫が、きちんと今後餌をとり育つか心配だ。ルイスだったな?」
名前を覚えられていたこと、顔と一致されていたことに、ルイスは驚く。
「明日もここへ、この時間に。俺も都合があえば、ここへ来る。餌の用意を」
「……畏まりました」
頷いたルイスは、だがこれもまた好機だと考える。二人きりになれば、それだけ首を刎ねる機会も増えることだろう。
こうしてルイスは、毎日休憩時間でもある午後四時に、庭園へと行くようになった。六割ほどの確率で、ワルツも顔を見せる。やはりワルツの方は、多忙らしい。猫は、ワルツによく懐いていて、餌を与えるルイスよりも、ワルツの膝の上を好む。
そんなある日のことだった。ワルツが不意に、唇の両端を持ち上げて、ニッと笑った。
「ワルツ副団長、どうかなさいましたか?」
「俺が笑っては変か? それと……ずっと言おうと思っていたんだが、呼び捨てで構わないぞ」
「そういうわけには」
「ルイス、今日、夜は空いているか?」
唐突な問いに、飛んで火に入る夏の虫とはこのことだと、ルイスは考える。
「ええ」
「食事に行かないか?」
だが、何故食事に誘われたのか、意図はいまいち掴めなかった。何故、笑っているのかも分からない。とにかく、普段は冷徹な人物だ。命令が下れば、なんでも成す。しかしこれは、好機だ。
「お供させて下さい」
「敬語じゃなくていい」
「そういうわけには」
「そればかりだな。では、待ち合わせをしよう。街外れのシチュー屋を知っているか?」
ルイスの脳裏には、王都全域の地図がたたき込まれている。
「位置は分かりますが、入ったことはありません」
「だったら、俺が最初に連れていくんだな」
何故なのか、ワルツは誇らしそうにそう言った。それから二人で庭園を出る。ワルツが歩いて行く。暫くの間見守っていると、無表情に戻ったワルツは、部下になにか指示を出していた。だが、すいっとルイスを見ると、不意に満面の笑みを浮かべた。ルイスは奇っ怪なモノを見てしまったと思ったが、それはワルツの直属の部下達も同様だったようで、その場に沈黙が降り、それからすぐに困惑のざわめきが起きた。ルイスは顔を背けて、立ち去ることに決める。視線が痛い。あまり目立つことは、仇討ちに支障が出るからしたくないというのに。
――夕暮れ時、ルイスは待ち合わせをしているシチュー屋へと向かった。すると既にワルツが来ていた。そしてルイスが扉を開けると、とても嬉しそうに微笑んだ。
こんな表情もするのか、と、そう思った時、ドクンとルイスの胸が一度激しく啼いた。そして気づけば、ドクンドクンと心臓の音がうるさくなっていた。まるで、こんなのは、親しい間柄のようではないかと考えてしまう。冷や汗が浮かんでくる。殺害する相手と親しくなってどうする? と、理性が囁いた。いいや、これは油断させるためにすぎない、と、理性は続いてまた嘯く。
「来てくれてよかった。この店は、キノコのシチューが絶品なんだ」
「お待たせしました。では、それを」
「ああ、絶品なんだ」
微笑したワルツの顔に、ルイスは惹きつけられる。何故なのか、見入ってしまった。嫌な汗が再び浮かんでくる。
「緊張しているのか? 表情が硬いぞ」
「……っ、その」
「慣れてくれ。これが、俺だ」
注文を手際よくワルツが終える。運ばれてきた水のグラスを傾けながら、ルイスは気を取り直して隙を探したが、ワルツにはどこにも隙が無かった。
この日から、時折庭園で約束をし、二人で食事をするようになった。
「はぁ……」
ルイスはその日、悩ましげな吐息を吐いた。どんどんワルツと、二人の時間が増えていく。先日など、騎士団の寮の部屋へ来ないかと誘われて固辞した。
「どうしたんだよ? 美人に溜息は似合わないぞ」
そこへ声がかかった。ルイスは顔を向ける。そこには、ルイスは名前を把握していなかったが、シモが緩いことで評判のちゃらっとした男がいて、へらりと笑うと、ルイスの頬に手を伸ばした。振り払おうとルイスが手を持ち上げる。だが、その直前。
「俺のルイスになにか用か?」
ぐいっとルイスは気配なく腰を抱き寄せられた。するとちゃらっとした男が真っ青になる。その場に殺気が溢れかえった。それにはルイスまで怖気が走る。ぎょっとして低い声の下方角を見れば、そこにはワルツの姿があり、射殺すような眼光を男に向けていた。
「とっとと鍛錬に戻れ」
「は、はい!」
男が走り去る。するとワルツが、より強くルイスの腰を抱く。そして耳元で囁く。
「大丈夫だったか?」
「ッ」
カッとルイスは赤面した。耳に触れた吐息と、もう聞き馴染んだ声音に、ゾクリとした。こんなのは、おかしい。
「ワ、ワルツ副団長、誰かに見られたら――」
「ん? みんながこちらを注視しているが」
「!」
その言葉に、慌てて周囲を見れば、ぎょっとした顔をしている騎士団の者だらけだった。
「俺には都合がいい。ルイスが俺のモノだと周知出来るからな」
「なっ……ど、どういう意味ですか……?」
「ああ、まだ伝えていなかったな。とっくに気づいているかと思っていたんだが」
「なにを、でしょうか?」
「俺は……ルイスが好きだ。結婚して欲しい」
ルイスはそれを聞いて唖然としてから、さらに赤面してしまった。この王国では、同性婚が認められている。だが――……と、ルイスの瞳に陰りが差す。確かに夢想すれば、ワルツとの結婚生活はきっと楽しく穏やかで心が躍るだろうが、そんな未来は来ない。何故ならば、この手でワルツを殺すのだから。
けれど――自分に果たして、それが出来るのだろうか?
力量という意味ではない。今、ルイスは自身の鼓動が煩い理由に、気づきつつあった。
◆◇◆
――仔猫を、本当に殺そうと思っていた。その方が、辛い思いをしないと、本当に考えていた。それをあっさりと治したルイスを見た時、ワルツは当初困惑していた。顔にこそ出さなかったが、内心では動揺していた。魔術師という者は、プライドが高い者が多い。人間相手ですら、めったに治癒魔術を使ったりはしない。頭を下げて、お願いするような存在だ。それだけ、魔力持ちは貴重だ。
それを、猫を心配そうな目で見て、自分に抗議する顔をして、あっさりと治したルイス。そんなルイスの姿を見た瞬間に、ワルツの心は激しく揺れた。
ああ、優しいんだな、と。
殺すことばかり考えていた自分とは、根底が違う。その瞬間、ワルツは自分の心も癒やされたように感じた。控えめな笑顔を猫に向けたルイスが、あまりにも神々しく思えた。
また、会いたいと思った。何故そう思ったのかは、その時点では不明瞭だったが、ワルツは己の直感を疑わないたちだ。餌を口実に、次の約束を取り付ける。実際に猫が心配でもあったが、無性にルイスに会いたいと思っていた。
その後は、忙しい仕事の合間を縫って、庭園へといく。そしてルイスの姿を見つけると、胸が満ちる、その繰り返しとなった。
「……」
ある日、どうしても書類が片付かず、ワルツは執務室で王弟殿下の手伝いをしていた。ただ、窓から見える庭園を、チラチラと見てしまう。
「どうかしたのかい?」
すると王弟殿下が、苦笑交じりに声をかけた。
「いいえ」
「嘘。言いなさい」
「――……最近、気になる者がいるのです」
「気になる? どういった趣旨で? 間者かい?」
「いえ、あれは光の者……では、ないでしょうが、心根は優しい」
「光の者ではない?」
「ええ。常に私の隙を探し、殺気を抑えています。肢体から考えても、接近戦の技量もあるようです。刺客かと考えていたのですが……その割に、様子を窺っているのか手を出してくることは、まだ……」
「疑っているから、気になっている……というわけではなさそうだけれどね?」
王弟殿下の鋭い問いかけに、ワルツは唾液を嚥下する。
「その者のそばにいると……胸が温かくなるといいますか……」
「ふぅん。ドキドキしたりは?」
「……確かに心音は早くなりますが」
「それ、恋じゃないの?」
その指摘に、ワルツ自身もそうではないかと考えていたので、何も答えが見つからない。ワルツは、男も女も抱いたことはあったが、恋はしたことがなかった。
「どうしたいの? それで」
「私を狙っているのであれば、倒す自信がありますので、放置し……その……」
「その?」
「これからも……また、会いたいと」
「へぇ。愛してるんだねぇ。殺されてもいいくらい好きなんだ?」
「私が負ける青写真は描けません」
「そうだね。君を倒せる者は、そうは多くはない。ただ、恋は人を惑わせるからね。きちんと素性はこちらで調べておくよ。その者の名前は?」
「ルイスといいます。魔術師として、騎士団に所属しています」
王弟殿下は、微笑しながら頷いた。
この日、ワルツはその後は無言で仕事をかたづけた。
そして、翌日。
「ねぇ、ワルツ」
「はい」
「ルイスくんのことなんだけどね」
「はい」
「――前騎士団長の次男。ご子息だ。大発見だよ。出生時の魔力色と、騎士団への登録魔力色が一致したから間違いない。貴族は出生時に登録が義務づけられているからね」
「っ」
それを聞いて、ワルツは思い出した。
そうだ、あの日。あの、物置の中にいた子供。成長していれば、丁度ルイスと同じ年頃だ。自分とは五歳程度離れていたはずだ。当時からワルツは大人びていたため、既に十五歳で隊長職にあった。抜擢したのは、王弟殿下である。
「なるほど、復讐、ですか」
「そうだろうね。どうするの? 私は殺しておくことを勧めるけれどね? なにせ、脱税と横領をしていた前騎士団長の次男だ。奴隷売買にも手を染めていた。鬼畜の血が流れていると私は思うけれど」
「――猶予を。あの者が、本当に私を手にかけるか、見極めたい」
「ほう」
「いいえ。手にかけさせません。復讐心を、私が消し去ります」
「やっぱり、恋じゃない」
そんなやりとりがあった。ワルツはその翌日、今まで通り、ルイスを食事に誘った。
「ルイス、寮の部屋に来ないか?」
人目がある場所を避けようと思い、ワルツはそう言った。するときょとんとした後、ルイスが戸惑うような表情に変わり、ぶんぶんと首を振る。その姿が愛らしい。
「いいえ。恐れ多いので」
その言葉を聞いた時、はたとワルツは思った。夜の誘いだと誤解されたようだと気がついたのである。
「――その、他意はないんだ。ただ、少し話がしたかった。それだけだからな」
「い、いつか!」
戸惑っている頬の朱いルイスは、とても暗殺者には見えなかった。
さて、その数日後である。
なんとルイスに手を出そうとした男がいた。殺意がわいたワルツは、思わずルイスを抱き寄せる。するとルイスが真っ赤になった。本当に、愛らしい。愛おしい。愛している。
そう思ったら、もう我慢が出来なくなった。自分の心まで癒やしてくれたルイスを、この手で光の下へと取り戻したくなる。己だって後ろめたい仕事をする事はあるが、それでも自分の信じる正道を歩んでいるつもりだ。暗殺や復讐のように、未来のない暗い仕事はしていない。それだけを考えながら、生きていくのはきっと辛い。
ルイスを、助けたい。
そう強く思い、ワルツは自分の思考に微苦笑してから、より強くルイスを抱き寄せた。
◆◇◆
その日から、暇さえあれば、ワルツはルイスのそばにいるようになった。なってしまった。これは暗殺には都合がいいのだが、人目を気にせず抱き寄せられ、愛の言葉を囁かれると、はっきりいってルイスは照れてしまって、自分の方が隙だらけになってしまう。
「ルイス、今日こそ私の求愛に答えてくれないか?」
「……ワルツ副団長」
この日、ルイスは聞いて確認することにした。
「ほ、本当に俺のことが好きなんですか……?」
「ああ、何度も告げたとおりだ」
「……、……」
もう、ルイスも己がワルツに恋をしている自覚があった。だが、手を下さないわけにはいかない。葛藤が押し寄せてくる。恋に現を抜かしている場合ではない。
けれど――一度くらい、好きな相手と体を重ねてみるのは、いいのではないか。
最近、ルイスの中には、この考えが浮かぶ。朱い顔をしたルイスが、チラリとワルツを見上げる。
「今日……ワルツ副団長の夜のご予定は?」
「特に。ルイスのためならば、空けるが? どうかしたか? ん?」
微笑しているワルツを見て、唾液を嚥下してから、ルイスは決意をした。
「まだ……寮のお部屋に伺ってもいいというお話は、有効ですか?」
「!」
するとワルツが目を見開いた。それから、実に嬉しそうに破顔した。
「勿論だ。ただ、何もせずにはきっと帰せない」
「……魔導具シャワーを、浴びてから行きます」
ルイスはそれだけ告げると、我ながら恥ずかしくなってしまい、走った。そして仕事が終わるまで、終始そわそわしてから、勤務終了後に自分の寮の部屋へと戻り、魔導具シャワーを浴びて、全身を清めた。泡で念入りに、体を洗う。
今日、自分は、ワルツ副団長に抱かれるの、か、と、ガチガチに緊張しながら、何度も体を洗った。
そして私服に着替えて、ワルツの部屋へと向かう。
控えめにノックをすると、低音の声で、『入ってくれ』と声が返ってきた。
いよいよ緊張しながら中へと入る。
すると優しい顔をしたワルツが出迎え、両腕ですぐにルイスを抱きしめた。その温もりに、もう殺すのなどきっと無理だと思いながら――ならば、ああ、猫を殺そうとしていたのはきっと正解で、己のことも物置にいたのに気づいていたのだから見逃さずに殺してくれたらよかったじゃないかと考える。
その時顎を持ち上げられて、唇に唇で触れられた。次第に口づけは深さを増していき、舌を絡め取られて、口腔を嬲られる。口が離れた頃には、ルイスは必死で息をしていた。
こうして情事が始まった。
「愛している。ずっと、ルイスが欲しかったんだ」
「ンぁ……」
ワルツの巨大な剛直が、ルイスの窄まりから押し入ってくる。十分に解された内壁だが、それでもまだきつい。擦るように抽送され、それは次第に深度を増していく。
「あ、あ、あ」
ワルツが動く度に、ルイスの口からは嬌声が零れる。
「んぁ……は……っひゃ、ぁぁ……あ!」
膝をつき、猫のような体勢になったルイスの腰を掴み、バックからワルツが貫いている。次第にその動きは早さを増していき、肌と肌がぶつかる音が響き始める。
「あ、ぁ……あア! ひゃっ……深い、ぁ……ああ!」
ワルツの巨大な陰茎が何度も、ルイスの中を暴く。そしてじっとりとルイスの肌が汗ばみ、髪が肌に張り付いてきた頃、ワルツが掠れた声で言った。
「出すぞ」
ワルツはそう言って一際強く打ち付けながら、ルイスの前を手で扱く。
「ンあ――!」
その衝撃で、ルイスは射精し、ぐったりとベッドに沈み込んだ。
――気持ちがよかった。
事後、そう考えながらルイスは、隣に寝転んだワルツの顔を見る。ワルツはルイスの体を手際よく清めてから、魔導具シャワーを浴びて出てきたところだ。
「ルイス、動けるか? 無理をさせたな」
「平気です」
実際、体は重いが、ワルツと一つになれたことが嬉しくて、その歓喜の感情が勝り、ルイスは平気だと思った。するとルイスの髪を撫でたワルツが、ふと窓の外を見た。
「では、少し外に出ないか? 夜の庭園にも興味がある」
「はい」
頷き、ルイスは外へと出た。二人で手を繋いで歩く。ルイスは、己の服にいくつも隠してあるナイフや暗器のことを後ろめたく思いながらも、手を離せないでいた。
たどり着いたのは、最初の猫と会った巨木の前。
二人で立ち止まる。するとワルツが、真っ直ぐに前を見たままで言った。
「ルイス」
「なんです?」
「まだ、私を殺すつもりか?」
優しく柔らかい声だった。だが、ルイスはその声に飛び退いた。距離を取る。すると幹を背に、ゆったりとワルツが振り返る。真正面から対峙したルイスは、咄嗟にナイフを取り出しながら、気づかれていたことを悟り、険しい顔をする。
「ご存じだったんですね、全て」
「そうなるな」
「俺に愛を囁いたのも、俺を抱いたのも、全ては俺を抹殺するためですか?」
「それは、違う。ルイス、俺は、ルイスと本当に共に生きたい。二人で、日の下を歩みたい。だから、これからも一緒に居て欲しい」
「あんたに日の下を歩く権利なんてない。人殺しが。っは、俺も大概そうだけどな、あんたみたいな鬼畜……絶対に俺、は」
ルイスがナイフを振りかぶる。
しかしその表情には、悲愴が宿っている。とても悲しそうな瞳、震えている手。
ああ、ダメだ、と。ルイスは観念した。やっぱり、殺すのはもう無理だ。つい、からんとナイフを取り落とす。すると一歩前へとワルツが出てきたので、ルイスは後ずさった。しかしワルツが距離を詰めてくる。途中でナイフを拾ったワルツは、それを片手でくるりと回した。久しぶりにルイスは、無表情のワルツを見た。
ワルツが地を蹴る。
ルイスは覚悟した。もう――これでいい。愛する人の手にかかって死ねるのだから、それは幸せなことだ。本当はとっくに鬼籍に入っているはずだった命だ。そして自分は大勢を手にかけた。静かに双眸を伏せたルイスが、俯く。ワルツが走る気配がした。
ナイフを刺される痛みとは、一体どんな感じなのだろうか。
「!」
だが直後、予想外のことが起きたものだから、ルイスは信じられなくて目を見開いた。ぎゅっと自分を抱きしめる逞しい腕、先ほど知った体温、石鹸の良い香り、これ、は。
ルイスは、ワルツに抱きしめられていた。
「なっ」
「愛している。だから、俺と共に生きてくれ。暗殺を諦めてくれ」
「……っ、でも、俺はもう戻れない。もう、俺はたくさんの罪を犯して……」
「それは仕事だったとはいえ、俺もまた同じことだ。たとえば、ルイスの家族を俺は殺めた。きっとルイスは知らないだろうが、ルイスのご両親は罪人だが、それが露見する前に体裁を整えた。とはいえ、ルイスの兄を殺害する必要は無かった。たとえ、禍根が残るとしても」
「罪人……?」
ルイスが目を丸くすると、ワルツが頷き、真実をルイスに語って聞かせる。ルイスは目眩を覚えた。それじゃあ、今までの自分の人生は――無意味だ。復讐は、無意味だ。正しいのは、ワルツ達であり……もう、知っている。ワルツはこういう嘘をつく人間ではない。同時に、真実を無意味に秘匿することもしない。
「……そう……だったのか。ハハ、なぁ、ワルツ副団長。俺は……俺の人生は、無意味だったんだな。そもそも副団長を暗殺しようとしたなんて、大罪人だ。この場で、手を下してくれ。ああ、本当に俺は、無意味だったんだなぁ……」
「そんなことはない。俺は、ルイスに救われた」
「俺……に?」
「猫を癒やしてくれた時、俺の心も同時に癒やされた気がした。それから俺は――おまえに恋をした。ルイス、大切にする。だから、一緒に生きよう」
ワルツの腕に、より力がこもる。すると、ルイスの双眸から、ぽろぽろと涙が溢れた。そして気づくと、ごく小さく頷いていた。
――翌日、ルイスは王弟殿下に呼び出された。執務室に入ると、ワルツの姿もあった。
「やぁ、ルイスくん。君の生家の伯爵家の爵位を戻しておいたから、今日から君は貴族籍に戻るように。もう、後ろめたいことはやめるんでしょう? 過去は忘れて、堂々と生きればいいよ。たまぁに、私が暗い仕事をお願いする場合は在るかも知れないけれど、その指揮は大体はワルツがするから、安心だ。いやぁ、頼りになる凄腕だと聞いているけど――やっぱり恋は人を惑わせるね」
つらつらと笑顔で王弟殿下が語った。
最初、ルイスは何を言われているのか分からなかった。てっきり、処罰が下るのだろうと考えて入室したため、肩から力が抜ける。代わりに、冷や汗が出てきた。
「ワルツの実家は侯爵家だし、やっぱり挙式は貴族同士の方が釣り合いがとれるとされるからね、一般的に」
「――へ?」
今、挙式と言わなかっただろうかと、ルイスはパチパチと瞬きをしながら首を激しく捻る。
「うん? ワルツに頼まれて、既に王都大聖堂での式の予約は終わってるよ?」
「――はい?」
「結婚するんだよね? おめでとう」
「え、えっ」
驚愕してルイスはワルツを見る。ワルツは仕事中だからなのか、無表情に近い。
「はい、これ。婚姻届。それと、伴侶がいる騎士団員には寮じゃなく一軒家を貸しているから、そこの鍵。もうワルツには渡してあるし、婚姻届もワルツのサインは終わってる」
「……、……」
「あと、指輪はワルツが特注すると言うから、なんとか式に間に合うように王宮からもお願いしたから安心してね」
「は?」
「それと肖像画も欲しいらしくて、宮廷画家を手配したから、そちらの対応もお願いね」
「え、ええと……」
「既に全騎士に君達が無事に結婚することになったと通達してあるよ。きっとお祝いされるだろうから、素直に喜びなさい。もっとも君達が相思相愛だというのは、特にワルツが溺愛しているというのは、最初から周知の事実だったから驚いた人は少なかったけどね」
何が起きているのか、ルイスには理解が追いつかない。完全に外堀が埋まっている。
その時、書類仕事を終えた様子で、羽根ペンを置いたワルツが立ち上がり、ルイスの隣に立った。そして不意にルイスをギュッと抱きすくめる。そうして耳元で囁いた。
「いやか?」
この声に、ルイスは弱い。
「いやだと言っても、もう離さない。愛している」
ワルツの声音に、ルイスは頬を染めて額をワルツの胸板に押しつける。それから――少しして勢いよく顔を上げた。
「式はいつなんですか?」
「半年後だ」
「それ、準備間に合うのか……?」
「これから忙しくなるな」
「なにを他人事みたいに……っ、人生の一大事だ! はぁ。肖像画なんて後回し!」
「そうだな、招待客のリストはここに用意してあるが」
どうやら仕事ではなく、リスト作りをしていた様子のワルツを見て、ルイスは脱力しそうになる。そんなルイスをぎゅーっとワルツが抱きしめる。
「絶対に逃がさない」
「……逃げないから」
二人がそんなやりとりをしていると、王弟殿下が「痴話喧嘩は、羨ましいね」などと感想を述べた。
このようにして、一つの恋が成就し、暗い道から、闇堕ちしていた一人――ルイスが日の下へと舞い戻り、そのルイスの存在に光堕ちしていたワルツと結ばれることになった。その後生涯、ワルツは愛妻家として名を馳せ、冷徹という噂が次第に払拭されるのだが、それはまた別のお話である。
―― 終 ――