秘密犯罪組織、dawn ride______
これは、通称【暁】と呼ばれる者たちの物語。
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目次
秘密犯罪組織【dawn ride】
えーー、はい、周です。
ちょっとBL要素含むかな……?含まないかな……?くらいの内容となってます。
⚠️暴力表現めちゃ入ります
マフィアストーリーの案、リクエストでいただきました!
周りの住宅と比べ少し大きな一軒家____いや、暴力団が住むような屋敷の一室。
紅く染まった|絨毯《カーペット》に既に生き絶えた死体の数々が無造作に転がっている。
壁、床、天井に至るまでそこらじゅうに血が飛び散り、鉄のような匂いが辺りに漂っている。
「はは、よっわ」
「血ぃ、臭…」
「ちょっと、そんな事言ったらカワイソーじゃんw」
合わせて三人の男女が返り血にべっとりと濡れたスーツを纏って《《愉快そうに》》死体を見下ろしている。
黒髪に赤くメッシュが入った短髪の男。
肩上までの金髪に赤のヘアピンを挿した女。
淡い緑をベースに長髪を|靡かせる《なびかせる》女。
どれも若く、いくら年上に見積もっても18__19そこらだろう。
「え、コレ何人くらいいる?」
声が高い、金髪の女が言った。
その問いかけに対して、20……25くらい?と返したのは一見無口で冷静沈着な黒髪の男だ。
二人の会話に長髪の大人しそうな女が
「これを三人で殺ったんだね」
と続けた。
床に転がる死体。
自分達が息の根を止めたその無惨な姿を目の前に、このような会話をできるのは容易いことではない。
《《普通ならば》》自身が殺したという事実を受け入れきれずに自殺___または出頭。それから逃亡。
殺人という行為が『罪』にあたると日頃から社会、そして世間に叩き込まれてきた人間ならば正気を保つことはできない。
刑事ドラマなどの殺人犯がよくやることは、死体遺棄、殺人の|隠蔽《いんぺい》、|偽装工作《アリバイ作り》などだろうが、現実はそう冷静になれないものだ。
それをこうも淡々と、作業のようにこなすこの者達は一体何者なのだろうか。
狭い一室は20人ほどの死体で埋め尽くされ、足を置く場所も限られている。
「うっわ、…扉の真前まで死体転がってんだけど。」
「《《上》》歩いて行ったら」
「えぇ、汚れるよ?」
「…………まぁ、しょうがないねっ」
死体の数々を乗り越え、踏み越しながら扉まで辿り着く。
まだ成長しきっていない華奢な身体とは言え、三人の足と体重が乗ると、既に原型をとどめていないもげた足や腕は歪み、射抜かれた本体や胴体が軋む。
死に切れていないのか、踏まれたとわかると呻き声をあげ起き上がろうともがく者も2、3人ばかりいたが容赦もなしに頭部を踏まれ鼻の骨は微塵に折られ、時が経てば息ができなくなっていた。
「____っま“て、」
三人が部屋を出て行こうとする間際。
不意に倒れ込んでいた一つの身体が起き上がり三つの影に向かって声を捻り出した。
一向の足が止まり、そして部屋の中を見渡す。
「まだ生きてる奴いたの。」
「死んだふりでもしとけばいいのに」
「すぐに楽にさしたげる、っと」
ぱんっ、と乾いた銃声の音が響き、紅く染まりきった絨毯にまた華が咲いた。
「_______三人とも」
部屋から続く長い廊下の奥にもう一つの影が見えた。
黒髪の男とよく似た顔の、笑顔が妙に人を惹きつけるような、薄紅色の髪をした男だ。
その影を捉えた瞬間、三人の顔がふっとほころんだ。
「お疲れ、そっちはもう片付いたの?」
薄紅色の髪の男が言った。見た目からして変声期は経ているはずだが女のような、男にしては高い声だった。
「ばっちり」
黒髪の男が答える。
手応えなかったね、と長髪の女が付け加え金髪の女が頷く。
世間話をするように、一通り話終えてから
「帰るぞ」
と薄紅色の髪の男は踵を返した。
その様子を見て、少し微笑んだ。
_______________YES BOSS.
続く
彼等の御上【dawn ride】
「はぁ〜…ついたついた」
先程の屋敷よりもはるかに大きい邸を前に、空を見上げる。
空は白み、夜が明けはじめていた。
彼等の仕事は基本、真夜中、人々が寝静まった際に行われる。
銃声、人の断末魔が近所に響くからだ。
「なんか…みんな血生臭いんだけど、w」
先程まで返り血に濡れたスーツを着ていたからだろう。
着替えたからと言え四人の周りは異様な匂いが漂って、鼻が曲がりそうだ。
「え、本当?」
「全然わからん」
「慣れた、w」
慣れた、と答える三人。毎週毎日のように人を殺める仕事を承っているのだから。
「……こわ、」
こわ、と呟く薄紅色の髪の男も当然この匂いにはなれている。
それもそうだろう、この三人を束ねるのがこの男なのだから。
秘密犯罪組織____通称マフィア。
彼等は俗にいうマフィアという者達だった。
『犯罪組織【dawn ride】』 、界隈では【|朱坏《アカツキ》】と呼ばれる。
マフィア界では|BOSS《首領》、|UNDERBOSS《副首領》、|CAPO《幹部》、そして|soldier《平構成員》に役職が分かれている。
そしてBOSSの上に立つのが、|BIG BOSS《総首領》である。
首領、及び総首領のことを名指しで呼ぶことは副首領、幹部を除き禁止されている。
平構成員らは『 BOSS』そして『|御上《ごうえ》』と呼ばなければならない。
この国は北勢力【|North《ノース》】と南勢力【|South《サウス》】で対立していた。
殺人はもちろん、密輸売買や薬物取引、強姦殺人などなんでもアリなSouth。
それに対して、犯す犯罪は殺人のみ。殺人技を極めたものが集うNorth。
二大勢力ははるか昔から対立していて、度々小さな抗争が起こる。
勢力同士が隣接する場所は金網鉄線が貼られ、容易には乗り越えて進入してくることはできない。
彼等、朱坏はNorthの一族だ。
密輸売買、薬物、強姦などを強く嫌い、殺人技を極め北総本部___BIG BOSSに貢献する。
朱坏はその戦果や腕前から、総本部直々の配下として認められていた。
BOSS:加羅
UNDERBOSS:周
CAPO:瑠衣、寺
soldier:総勢100名程度
そしてこの北勢力組織等を束ねるBIG BOSS。
彼等のが受け持つ仕事は御上_____つまりBIG BOSSからの命令だ。
御上の命令は絶対だ。
この界隈で、裏切り行為や御上の命令への抵抗は厳しく取り締まれている。
今、彼等が立つこの邸は御上が生活している。
普通の組織ならば立ち入ることは許されない。
この邸に立ち入ることができるのは直々の配下のみ許されている。
「あ〜…さっき仕事終わったばっかなのに、」
薄紅色の髪の男が文句を呟く。
「休憩ほしい、」
「それな、?」
「まぁまぁw」
ぶつぶつと文句を垂れながらも、裏戸口に立っている護衛のものに目で合図をし扉を開ける。
そこには__________
続く。
彼等の御上 〜2〜【dawn ride】
扉を開けた瞬間、数百の御上の護衛が此方に銃を向けた。
此方に銃を向ける動作を確認して、薄紅色の髪の男を守るように三人が前に出て護衛等に銃を突き出す。
それに戸惑うこともなく、一寸の狂い見せず、一列、一列と並び、此方に迫ってくる。
「___へぇ、」
よくできる護衛だな、と感嘆の声を漏らす薄紅色の髪の男。
その声を聞くや、銃を構え直し陣形を組む護衛等。
「御上の呼び出しだよ、通せ。」
そう声をかけても道を開ける事がない護衛等に一言突き放った。
「|你想被杀吗《 殺 さ れ た い か》」
どすのきいた低く重い声だった。
それを聞いた護衛は銃を下ろし、さっと道を開けた。
「|打扰一下《失礼しました》」
中国の言葉で会話をする彼等。
Northの総首領は中国が出身で、その護衛も中国のものが多い。
そのため、中国語を用いる他、通訳を通して会話をするのだ。
あいた道を通り、奥の間へと招かれた一向。
薄紅色の髪の男は御上と直接会話をしたことが数回ある。
その他三人は姿を見たことはもちろん、声を聞いたことさえない。
しかし流石は組織のエリート、三人とも緊張や動揺を微塵も顔に出さない。
薄紅色の髪の男がドアの中心を
とん、とんとん、とん、
のリズムで3回叩くと中から一人の護衛が出てきた。
護衛に持っていた銃、小刀、手榴弾を預ける。
扉を開けた先には金で飾られた屏風と、中国風の豪華な部屋が広がっていた。
彼等の背後には御上の護衛がぴったりとつき、胸ポケットからすぐに拳銃を取り出せるよう各自で合図をしているのが横目で見えた。
(抜かりないな…)
『|我很高兴见到你《よく来たな》』
『加羅、周、寺、瑠衣』
御上のその言葉を聞いた瞬間、その場にいた全員が顔を伏せた。
薄紅色の髪をした男_____加羅が静かな声色で返すと、御上が微笑を浮かべた。
その御上の顔に少し焦りを覚えたのは、きっと気の所為だ。
「|那你今天为什么打电话给我们?《今日はなぜ僕らを?》」
顔を伏せたままそう問うと思いもしない言葉が返ってきた。
三人は席を外せ、と。
不思議に思いつつも、三人に向けて出ていくよう顎で指示をする。
微に驚いた顔をした三人だが、小さく頷いてから護衛と共に部屋を出ていった。
『|我有一个请求《お前等に新しい仕事だ》』
御上が彼の顎を持ち、半ば強制的に目線を合わせる。
御上の目には光が見えず、百獣の王が獲物を捕らえた時のような目をしていた。
背筋が凍り、首筋を冷や汗がつたってゆく。
少し間をあけて、御上が口を開けた。
『_____________。』
続く。
彼等の仕事【dawn ride】
〔なんだったんだろ、〕
〔急に出てけとか、〕
〔ちょっと焦った〕
長髪の女_____彼女の名は寺といった。
朱坏の副首領であり、加羅の右腕として日々仕事を支えている。
寺を囲うように立つ二人は、周と瑠衣。
彼等も寺とともに朱坏の仕事を表立って実行する。
扉から少し外れた場所にあったソファに腰掛け、加羅が出てくるのを待つ。
御上の護衛の者が数人、影から此方をこそこそと監視している。
三人は声を出さず、自身らで定めた指の動きで会話をしていた。
〔いざというときは?〕
瑠衣が寺に問う。
〔いつも通り。〕
〔了解〕
彼等は常に最悪のパターンを想定して動く。
最悪のパターン___裏切り行為や、仲間及び幹部らの拉致監禁など。
そのような事態が起こった場合、彼等は二手に分かれる。
加羅と瑠衣、寺と周のペア。
まずは加羅と周が仲間の救助。そして寺と瑠衣はその場に居残り、敵の数を把握してから戦闘に入る。
無線を使い、お互いの位置情報を確認し合いながら俊敏かつ効率的にその状況を打開する策を考えるのは副首領・寺の仕事だ。
瑠衣は朱坏屈指の格闘技使い手だった。
基本、拳銃などは使わず小刀やナイフを片手に、首を狙って格闘技で締める。
そんな殺し方が得意な彼は、抗争の際も前線に置かれ仲間の先陣を切る事が多い。
単体で仕事を受け持つこともあり、本人曰く
「格闘技だと血が付いても洗うだけでいいから楽。拳銃とか使い方よく知らないし」
だそう。
周はCPや情報を操るのが得意だった。
よく諜報員____スパイの中に紛れ、South方の情報を握って本部に報告している。
得意分野は情報操作だけでなく、敵方の尋問、拷問なども担当している。
戦闘は得意分野ではないが、小柄で身のこなしがよく、囮などに使われる事も多い。
寺は言わずもがな、加羅の補佐をしている。
大抵ひとりで行動し、身体能力が非常に優れているため殺人や暗殺はお手の物。
加羅の命令には絶対の信頼を置いていて、加羅からも一目置かれている実力だ。
South方と思われる行商人との交流がある際は、首領と偽って会議に臨むこともある。
しばらく指で会話をしていると、扉が静かに開き、護衛と共に加羅が出てきた。
ソファから腰をあげ、加羅のところへ向かう。
「え、待っててくれたのか」
先程加羅に殺されたいか、と脅された者等は加羅をみるなり警戒しだした。
待ったでしょ?と申し訳なさげに聞いてくるが特に退屈でもなかった。
「全然」
そっか、と加羅が返す。
護衛から先程預けた拳銃を返される。
弾丸は全て抜かれていた。本当に抜かりがないな。これでもNorthの人間だけど。
気にしない様子の加羅が踵を返すのに続いて、三人が歩き出す。
護衛たちは先程と同じように道を開け、深々と礼をしている。
と、背後から
「………不要再来了」
加羅が振り返るより先に、寺が拳銃を抜きその言葉を発した者の額に銃口を当てていた。
寺はその者の後頭部をぐっと掴み、自身の顔に引き寄せ
「|如果你下次再说什么,我就杀了你。《次、何か言ったら殺す。》」
と周りに聞こえない声で呟いた。
不要再来了_____訳すと、二度とくるな。
先程の加羅の行いが気に入らなかったのだろう。
「ただの戯言だろ、そこら辺にしとけ。」
加羅の一声によって寺は銃口を男の額から放し、内ポケットへ仕舞い込んだ。
「帰るよ」
続く。
護衛との関係【dawn ride】
彼等が自身の屋敷へ帰り着いたのは午前10:30すぎの頃だった。
「ただいま〜」
加羅がそう玄関先で言うと平構成員の者が扉を開け、彼等を出迎える。
出迎えると言っても執事やメイドといったようなものではない。
ただ玄関で稀に来る《《|客《刺客》》》を接待すれば良いのだ。
もちろん、彼等にとって《《大切な客》》は加羅は寺などが直々に出迎えるが。
玄関から続く階段を上がると、その先にあるのが各幹部の部屋だ。
手前から順に、周、瑠衣、寺、加羅となっている。
そしてその奥にあるのが彼等が仕事の会議や作戦を決める際に使う、すこし大きめの部屋となっている。
「皆、お疲れんとこ悪いんだけどさ、部屋戻る前にちょっと話しておきたいことある。」
加羅が皆に声をかける。
「重要?」
瑠衣が問う。
「ん〜、まぁ、ちょっとだけ」
そう加羅が返すと、三人から了解。と言う返事が返ってくる。
普通であれば、仕事から帰って処理をしたらすぐに自室で寝入る者が大半だ。
特に彼等の場合、御上直々の配下ということもあり他の組織と比べ仕事量が倍程多い。
深夜からの仕事を多く受け持つ彼等には、昼の時間に少しでも睡眠をとっておく必要があるのだが………
BOSSからの頼みならば皆こころよく受け入れるのだった。
首領、副首領、幹部が部屋に揃う。
重要な会議などは全てこの面子で行われる。
「で、何の話?」
「………………」
周が聞くが、加羅は口を閉じ目を伏せたまま何も言わない。
「気付いた?今日の。」
2分ほど間をあけてから静かに呟いた。
しかしそれだけ聞かれても三人は何の事だか全くわからない。
何の話?と寺が問う。
「俺に『不要再来了』っつった奴。」
先程、御上の邸で加羅に楯突いた者のことだろう。
あんなことがあったのは初めてではない。
御上に気に入られた|彼等《朱坏》とは違い、己の殺人技が御上に認められなかった、言うなれば『落ちこぼれ』が護衛に降級されるのだ。
認められなかった事を腹いせに、朱坏を嫌う者など大勢いる。
しかし、加羅が気にかけていた問題はそれではなかった。
「あいつさ、多分、Southの人間だわ。」
「…………はぁ?」
「御上が見逃すわけないだろ」
周と瑠衣が聞き返す。
それもそうだ。御上はNorthの人間の生い立ちから全て調べ尽くして資料にまとめている。
朱坏の者も、そのほかの組織の人間も、North側であれば全員。
用心深い御上が、Southの人間を見逃すはずがないのだ。
先程から黙って静かに聞いていた寺が口を開いた。
「___《《元》》、Southの人間だったら?」
「おっ、寺ビンゴ〜」
加羅が陽気にこたえる。
SouthとNorthには、どちらの人間か一目でわかるよう『S』と『N』の字が鎖骨のあたりに刺青として彫られている。
片方から乗り変えた人間は、その字の上から新しくまた刺青を入れるのだ。
加羅の言い分だと、礼をした際にSの字の上に彫られたNが見えたのだろう。
そのようなことは滅多にない。
一度組織を裏切った人間は、習性からもう一度裏切る事が殆どだからだ。
御上がSouthを裏切って乗り換えてきた人間をNorthに、しかも自身の護衛につけるとは思えない。
しかし加羅は言った。
「見えたんだよね、SとNが。」
四人の間に、微な緊張が走った。
NorthとSouth【dawn ride】
張り付いた空気。
その一言に気圧されるように寺と瑠衣が俯く。
周は状況が飲み込めていないのか、視線を三人に泳がせている。
「なに、そんなにヤバい事なの、?」
その場の空気に耐えきれなくなった周が呟く。
「…………いや、俺もよくわからん」
俯いていた瑠衣が不意に顔をあげ、静かに周と目を合わせる。
周が喉を鳴らす。
「ま、そんな固くなんないでさ。座ってよ」
重い雰囲気の三人に加羅は微笑を浮かべ、そこにあるソファを指さす。
おずおずとソファに腰をかける三人。
加羅は自身の机に寄りかかり、子供に語りかけるように話し始めた。
「んじゃ…両組織の関係を、どこから話そうか。」
---
NorthとSouthは、元は同じ組織の一環だった。
今から70年ほど前のこの国では一つの膨大な組織がマフィア界の『王』として躍動していた。
その組織の名は【|飛龍《フェイロン》】
主に中国の者が集った犯罪組織だ。
非常に残虐性が高く容赦ないことで知られており、他国のマフィアであれば躊躇する警官殺しを平然とすると言われている。
飛龍の総首領は『|暁東《シャオドン》』といった。
暁東には、二人の息子、言うなれば跡取りがいたという。
それが今のNorth総首領____|泰然《タイラン》・South総首領____|雲嵐《ウンラン》だ。
二人が成長するにつれ、二人の間には大きな《《マフィアとしての考え方》》に違いができた。
暁東の「己の欲望を叶える為にはあらゆる手を使う」という考えを継いだのは、雲嵐の方だった。
泰然にはその考えを理解することはできなかったのだ。
暁東が死ぬ間際、彼は跡取りに雲嵐を指名した。
雲嵐の《《やり方》》についていく事ができなかった泰然は、自身の支持者らを引き連れ、【飛龍】から逃亡した。
その時点で、【飛龍】は内部分裂。
泰然派の者と、雲嵐派の者にわかれたのだった。
それが今のNorthとSouthだ。
泰然と雲嵐はお互いがお互いを強く嫌っている。
また、その幹部らも相手方の組織の者を見て見ぬふりはできない。
---
「____と、まぁ、僕が知ってるのはこんなもん。」
はぁ、と小さく溜息をついた後にくだらないよね。と加羅が付け足した。
苦笑を浮かべる。
「だからさ、それのなにが……」
「気づかない?」
寺が周の言葉を遮った。
窓の外を向いているまま、寺が続ける。
「こっちの総首領の考え方が、変わりつつあるんだよ。」
長い沈黙が続く。
窓から目線を逸らし、髪をかきあげたあと、自身の鎖骨のあたりを撫でる。
瑠衣がさっ、と目を背けた。
「寺は…すごいね」
瑠衣が呟く。
「もうわかったよ、総首領は______」
「Southと同盟を結ぼうとしてるんだろ。」
続く。
秘密【dawn ride】
「ん、瑠衣せ〜かいっ!!」
瑠衣の言葉をまってたかのように、加羅が笑顔を見せる。
そしてすぐに顔を戻し、全員に目線を向けた。
「近々、色々大変になると思うけど、まぁ……お前らならついて来れるよな。」
「もし、朱坏がどうなっても私等は加羅についてくよ。」
「うん、ありがと。」
他二人が微笑を浮かべて深く頷いた。
心なしか、目尻と鼻先が熱くなる。
込み上げてくるものをぐっと抑えるかのように、天井の一点を見つめる加羅。
加羅が悲しそうな笑顔を見せる。
しばらくして加羅がパン、と手を打った。
それを合図に三人が立ち上がる。
目を伏せ固く手を繋ぐ。
「朱坏は不滅。己の命の灯火が消える時まで。」
『共にあらんことを。』
目を開け全員と目を合わせる。
約束を交わしたあの日から、僕らは家族だ。
命を落としてでも僕を守ろうと、ついてきてくれようとする三人を僕も全力で守ろう。
そう、自分自身に誓うのだった。
---
「あ〜〜っ……」
周は今、一人で街中の路地をほっつき歩いていた。
「んだよ、同盟とか…わけわかんない」
今まで朱坏は、Northの為だけに人を殺してきた。
もしも本当に総首領が同盟を組もうとしているのならば。
今更、足を洗えと言うのか。
このさきどうすればいいのか。
朱坏はどうなる?
この血に汚れた自分自身の思いを、誰にぶつければいいのか。
「はぁ____」
「周ーーーー!!!」
不意に誰かが名前を呼んだ。
後ろを振り向く。
そこにいたのは、同じ大学の同期だった。
「えっと、……誰だっけ」
もちろん名前なんて覚えていない。
周はそれこそ一般学校の生徒という扱いになっていたが、学校には行かず、Northが設立した殺人技を習得するための施設へ通っていたのだ。
「えっ!覚えてねぇの!?………んーー、まぁいいやw」
話がどんどん進んでいく。
「周……周サン?はさ、今何してたの?」
「あー、勉強の息抜きにちょっと。」
へー!と感嘆の声を漏らす彼と目が合う。
「俺全然勉強してないよ。」
血に濡れた仕事を受け持つ自分でも、普通の人と普通の会話ができる。
ただ、こういう場面で嘘をつかなければならない事は、きっとこれからずっとだろう。
しばらく名前も知らない同期とたわいもない会話をした後、そこの小道で見つけた花屋から蒼い朝顔の鉢を一つ、買って帰った。
---
「ただいま」
階段を上がり、自室に戻ろうとするとちょうど部屋から出てきた寺と目があった。
「おかえり__ん?その朝顔どうしたの?」
少し間を開け寺が声をかけてくる。
どう返答しようか、すこし迷う。
「ちょっと外出てて。綺麗だったから買ってきた。」
そう素直に返すと、微笑を浮かべて寺が聞き返してくる。
「どうして朝顔?」
特にこれといった理由はないよ。
「んーーー」
秘密。
戯れ【dawn ride】
にゃぁ、と路地裏に猫の声が響く。
薄暗い路地裏で瑠衣は猫と戯れていた。
「腹減ってない?」
幼子に話しかけるように優しく語りかける瑠衣。
仕事で埋もれる日々の中で、ここに来て猫と戯れることが彼の娯楽となっていた。
猫の頭を優しく撫でてやると、自身の脚に頬を擦り寄せてくる。
「大変な事になったな……」
そう愚痴をこぼすと、こちらを見上げてくるそれは愛しいものだ。
先程まで緊張で固まっていた表情がふっと崩れる。
このまま下を向くと何かが溢れてきてしまいそうで天を仰ぐ。
微に枯れる声を隠すように鼻を啜る。
猫を抱き抱えると鼻のあたりを舐めてきた。
舌はザリザリしていて少しこそばゆかった。
「もうちょい奥まで行ってみようか」
もう少し先まで続く路地裏の奥に行こうと、猫を抱き抱えたまま立ち上がる。
すると、猫がピクっと耳を動かし僕の背後へ向いた。
「…………タイミングが、悪いな。」
僕が振り返った先には、10人程のマフィア達が銃やらナイフやらを持ってこちらを睨め付けていた。
猫が威嚇をし始める。
この猫まで巻き添えにするのは避けたい。
猫を塀の上に下ろし、路地の先へ逃す。
途端、男達がナイフを持ってかかってくる。
どれも無茶苦茶に腕を振り回すばかりで擦りもしない、気を失わす程度に腹に強打を入れていく。
「|你在舔吗《舐めてるのか》ッ!!」
狭い路地裏に怒号が響く。
「うるせぇな、人語喋れよ雑魚。」
相手の足の内が空いた隙に深くしゃがみ込み、足首に蹴りを入れるとばたばたと姿勢を崩していく塵共。
ただそいつら背後には、今か今かと撃つタイミングを伺っている者達が構えている。
「___ッ!?」
本当に一瞬の油断だった。
目を目の前の奴らから背けた瞬間。
首に手を掛けられ数人のがたいの良い男に手足を掴まれる。
「くっそ、が………」
抵抗するが、もともと細身の彼は力で勝てるはずもなかった。
白い布で口と鼻を塞がれる。
しばらくもがいていたが、手足は拘束されていた。
彼の意識は、そこで途絶えた。
---
「瑠衣ってばヤバい時も全く電話かけて来ないんだよ。」
加羅は右腕である周に瑠衣の愚痴をこぼしていた。
それに寺も同意する。
「それにさ____」
PLEEEE. PLEEEE…….
続く加羅の言葉を遮って、広い部屋に着信音が響きわたった。
続く
宣戦布告【dawn ride】
PLEEEE. PLEEEE…….
続く加羅の言葉を遮って、広い部屋に着信音が響きわたった。
内ポケットから携帯を取り出すカラ。
その画面には『瑠衣』とだけ表示されている。
「やっと素直になったかな?w」
いじるように加羅が着信音を止め、電話に応じる。
「もしもーし、今ちょうど君の話をしてたとこ_____」
「|首席《首領か》?」
小さい画面から漏れ出した声は明らかに、瑠衣のものではなかった。
カラの顔から笑顔が消え、そのうちに寺も険悪な空気に圧されていた。
「誰、お前」
どすの効いた声を捻り出すように呟く。
「【朱坏】首領………か。」
「は?誰もそんなこと聞いてねぇよ。お前は誰かっつってんだけど」
_________これ瑠衣の携帯だろ」
静かに怒りを湛えた声で会話をする加羅。
寺は、電話から漏れ出す声を静かに聞いていた。
すこし間を開けてから電話の向こうが言った。
どうせSouth側の人間だろう。
「【朱坏】幹部、瑠衣はこちらが拉致した。」
続けて男が言った。
二人の顔が曇る。
「お前の左腕として働いているらしいが、BOSSに従順な《《良い幹部》》だそうだな。」
加羅の顔が歪んでいく。
「あ“……?」
今にも男を殺しに行きそうな加羅を他所目に、男は有る事無い事を話し続ける。
「お前の《《躾》》がよく効いているんだろう、我々の言うことに心よく従ってくれたぞ」
嘲笑うかのような声で続ける男。
画面の先ではさぞ幸せそうな顔をしているんだろう。
「……で、俺は何をすれば言い訳」
「お前一人でこいつを助けに来い。」
この男の思惑なんてとうにわかっていた。
瑠衣を餌にして俺を誘き寄せ、あわよくば殺すつもりなんだろう。
仲間を取れば俺が絶対に現れると。
そう思っているんだろう。
すると電話の向こうから聞き慣れた怒声が聞こえた。
「………加羅!!こいつは___」
瑠衣の声が聞こえる。
しかしその声は、どすっ、という鈍い音と共に消え去った。
咳き込む音、笑い声が聞こえる。
そこにいるんだろ。
「とんだ邪魔が入ったな。」
「…で?」
腹の底から沸々と湧き上がる怒りを抑え、一呼吸おいて尋ねる。
「妙に素直だな。」
口角をあげる相手の顔がよく浮かぶ。
まだ顔も知らない人間の事を殺したいと、そう思うのは、きっともう俺らが尋常じゃないからだ。
唇をぐっと噛み締める。
首領が落ち着いてなくてどうすんだ、自身に語りかける。
それでも湧き上がるそれを完全には抑えられずに。
______詰まる言葉を捻り出すように声を出す。
「あぁ、それから……今、瑠衣の事触った奴。」
「喜べよ。初めに殺してやる。」
ドS【dawn ride】
「んだよ『躾』って。俺がLOUISのこと束縛してるみてーじゃん。」
きも、と悪態を吐く加羅。
先程の周囲を飲み込む雰囲気も剣幕も、とうに消え去っていた。
「いや、言うて間違ってないよ?」
おちょくるようにそう言う寺。
それに対し強く反対する。
「してねぇし!そんなこと言ったらお前だって周のこと束縛してんじゃん。」
「周は可愛いの範疇超えてるからしょうがない。」
真顔。即答。
寺から溢れる周への愛にたじろぐ。
「周は世界一…いや宇宙一可愛いから。」
「は、?」
「いや、だから聞いてた?」
「は、???」
「だから!!周は!!宇宙1!!可愛いかr______」
ギィ、と扉が開く。
「……何言ってんの、」
引き攣った顔でそう呟いたのは周だった。(続く?)
---
少し蒸し暑い窓の外は、はらはらと雨が降り始めていた。
その後、三人で軽く話し合う。
寺、周は加羅が一人で乗り込みにいくことに強く反対した。
「別に加羅じゃなくていいじゃん」
周が声を荒げる。
それでも加羅は頷くことはない。
ただ目の前に広がる敵組織の資料の山と、煙草の吸い殻を見つめているだけだった。
「私が行こうか」
相手が加羅達にとって雑魚と言えども、雑魚が100集まればそれなりの規模になるだろう。
たかが塵共の集まり。されど塵共。
向こうには瑠衣がいるが、今はきっと使い物にならない。
その中に一人で乗り込むのは自殺行為と言っても過言ではなかった。
加羅の身の危険を案じたのか、寺がそう提案する。
が、加羅はその案を受け入れようとはしなかった。
「相手は加羅の顔知らないんでしょ?なら私が行ったってバレない。」
そう説得しようとするが、やはり加羅は頑なに拒否を続けた。
折れた寺が小さく溜息をつく。
「……つーかさぁ、何回拉致されたら気が済むんだよあいつw」
呆れるように鼻で笑う加羅だったが、明らかに顔が笑っていない。
内心相当キレているだろう。
「あ〜、着いてきてくれようとすんのはうれしいんだけど、」
血ィ昇って二人の事も殺っちゃうかもしんないからさっ♡
---
はは、ドSかよw
|あんた《首領》になら殺されてもいいよ、なんて。
死ぬ時は四人で死のうとか。
最後まで一緒だよとか。
来世でもまた会おうねとか。
大好きだったよ、とか。
あいしてるよ、とか。
そんな、|あんた達《朱坏》染まりきったような事言えないから。
これからもあんたに忠誠を。
続く。
インフェルノ【dawn ride】
しばらくして加羅が邸を出ていった。
彼は銃などといった物をあまり使わずに、自身の拳やら身体やらを使ってなぶり殺す方が性に合ってるらしい。
日頃から捨て身で敵陣まで突っ込んでいくから、腕の立つ敵と当たればやれ「肋骨イったわ」だの「腕折れたかも」だの、打撲痕や切り傷だらけ。そんな風に負傷して帰ってくる。
次の日は高熱を出して寝込むのだ。
その看病をするのは大体、周や寺。
瑠衣は加羅に代わってそこら辺を片付けに行ってるものだから。
今回も、派手な武器なんていらねぇよ、と彼は言ったが万が一の事があると迷惑なのはこっちだ。
しかも残っているのは女子組二人。
加羅と瑠衣、二人を向こうまでわざわざ回収しにいかなければいけないのだ。
彼のお気に入りの銃を腰裏に、無線の小型通信機器を襟の裏側に忍ばせておいた。
きっと使わないだろうが。
「まぁ、重症で帰ってきても今度こそは看病してやらないけど」
そうブツブツと呟く周。
その手には救急箱や数々の治療薬などを握っている。
加羅が好きなカステラも用意しといてやるか。
瑠衣の好きなプリンにするか。
はたまた両方用意しておくか。
寺といつ買いに行こうか。
そんな事を考えていた。
---
空は暗く染まっていた。
先程まで辺りを照らしていた太陽の光は、ちかちかと今にも消えそうな頼りない電灯の灯りに変わっていた。
脳裏に浮かぶのはひたすらに瑠衣の顔。
電話を掛けてきたあの男の声が蘇る度に虫唾が走る。
風の流れる方へ身をまかすようにただただ脚を早める。
---
「ここか、」
10分ほど走った場所。
相手の本拠地____瑠衣が拉致されている場所の目星は大体ついていた。
携帯に残った相手のIDの痕跡から、周に発信場所の特定を頼むとすぐに結果が出た。
廃工場。
「へぇ……Southってこんな汚ねえ場所が好みなんだ」
「趣味悪っ」
閉じ掛けのシャッターの前でそう吐くと中から物音が聞こえた。
ビンゴかな。
楔が打ち込まれているシャッターを半ば強引に押し上げると、鈍い音がして楔が外れた。
中にはもう一つ大きな扉があった。
「扉何個も付けんだったらもう岩盤にしろよw」
頑丈そうな、けれども幾つか細かなヒビが入った、重い扉だった。
罠の可能性もあるため、少し距離をとり利き腕とは反対の腕でドアノブを引く。
途端______
爆発音と共にガラスの破片や小さな瓦礫が降ってきた。
「おっと……、」
突然の事驚きながら側にあった棚の横へ移動する。
壊れて中にひしゃげた扉を蹴り飛ばす。
一階は特に何も見当たらない。
爆発はただ加羅のような侵入者をビビらす為のちょっとした仕掛けだったのだろう。
上を見上げる。
瞬間、刃渡り15㎝程の小刀が頬を掠った。
つぅっ、と紅い水が頬をつたる。
「まさか、本当に一人で来るとは。」
加羅が後ろを振り返るより先に、ごっ、という鈍い音が響いた。
ドM【dawn ride】
⚠️若干性的な表現を含みます。
どれほど気を失っていただろうか。
瞼の合間から差し込む光に、うっすらと目を開く。
蛍光灯の光だ。
薄暗いものだったが、先程まで暗幕の闇の中にいた加羅の目を眩ませるには十分だ。
頭部がずきずきと痛む。
出血が酷い。意識は以前と朦朧としていた。
状況を確認しようと手を動かすが、手首は手錠によって壁に繋がれていた。
扉の外から、二、三人の話し声が聞こえる。
男。それから_____女の声だ。
周でも寺でもない。瑠衣でも。知らない人間の声が遠方から聞こえる。
「…………から殺し……てって……のよ!!!」
「………だろ、俺だって………だったんだぞ!!?」
言い争う声だ。
しばらく沈黙が続いた。
「…………わ、……が始末…る」
静かな声でそう放った女。
音からしてこちらに向かってきているようだ。
(まずいな、)
身の危険を悟った加羅は、かろうじて届く襟元から無線通信機を取り出した。
ドアが軋んだ。
加羅は無線通信機を足下に落とし蹴り上げ、側にあったベッドの下へ滑り込ませた。
目を伏せ、息を殺す。あたかも気絶しているように。
束の間、若い女が部屋に入ってきた。
「起きているんでしょう?」
女の声は奇妙な程に猫撫で声だった。
「バレた?」
もちろん、と近づいてくる。
壁にもたれている加羅の腰を跨ぐようにしゃがむ女。
加羅の胸あたりに片手を置き、もう片方を首に回してくる。
「ねぇ……私と楽しいこと、しない?」
誘う様な、甘ったるい声でそう語りかけてくる。
加羅は口角をあげ女に言った。
「《《良く》》させてあげるからさ、|これ《手錠》とってよ。」
女が満足気な笑みを浮かべた。両手が自由になる。
待て、ができない女。それに応えるように腰に手を回す。
かちゃ、という音と共に小型銃が後頭部に当てられる。
「だまされたでしょ______」
女が言い切る前に半ば強引に床に押し倒すと、彼女は呆然とした表情を見せた。
「ねぇ、そんな事言って」
俺に何されてもいいの?
---
「へぇ、……こういうことされたら喜んじゃうんだ?」
腰裏から取り出した銃を女の額に当てる。
顔面こそ引き攣っているものの、その顔は嬉しそうに見えた。
「答えろ。瑠衣をどこにやった?」
口を固く閉ざすような素振りを見せた女に対して、銃の引き金を引く。
「ばーん」
というのは嘘。引く動作をしただけだ。それだけで彼女の顔は青ざめていく。
「ッ………さ、んかいの、倉庫に…」
先程自身にかけられていた手錠を女の手に移す。
諦めたのか、何の抵抗もなしに。
身体で俺の事を釣ろうとした羊ちゃん。
残念、俺は《《そういう事》》に興味ないから。
「じゃ……|それ《手錠》外してくれてありがとうね。」
「ドMちゃん。」
雨が降ってきましたね。【dawn ride】
薄暗い倉庫から、幾つかの声が漏れていた。
嘲笑するかの様な声。
「おいおい、何へばってんだよぉ」
「ッ、………」
腹から込み上げてくる声にならない声を抑え込む。
電話越しに聞こえた加羅の声を最後まで聞き終えることなく、意識を手放した瑠衣。
痛みで放した|それ《意識》は再び同じ痛みで目を覚ました。
四方八方から降りかかる拳、そして蹴り。
普段の戦闘ならば、身が自由であるために受け身を取ることなど容易いが、今はそうではなかった。
手首は後ろで結ばれていてどうもがいても解けそうにない。
瑠衣には、ただひたすらに身体を丸めていることが今できる精一杯の身を守る術だった。
「お前ら、に蹴られたって……痒くもないな」
___死ぬかな。
不利な状況で相手を煽った事に今更後悔する。
それでも最後まで『煽り通せ』とうちの首領が仰るんでね。
微笑を浮かべしっかりと目を合わせばーか、と付け足す。
あぁ、やっぱり言わなきゃよかった。
もう遅い。と自分自身に語りかける。
再度脚を振り上げる姿が目に映った。
ぎゅ、と目を固く結ぶ。
しかし振り下ろされた脚は、瑠衣の腹部を強蹴りするすんでで誰かによって止められた。
「やめろ、これ以上やったら死ぬ。」
瞑った瞳をぼんやりと開ける。
「『殺すな』とのBOSSからの命令だ。」
その言葉を聞いて脚を戻す男達。
チッ、と舌打ちが聞こえたのは多分気の所為だろう。
舌打ちをしたいのはこっちだ。
くそが。
「今晩は。朱坏ファミリー幹部、瑠衣くん。」
静かな声で男はそう言った。
見覚えはない。知らない。けれどどこか、懐かしいような声色だった。
「_____雨が、降ってきましたね。」
「………雨、?」
鉄格子の窓から外をみやると、確かに水滴が窓を打っていた。
「知っていますか?
この世には一見なんの変哲もない言葉に、深い意味が隠れていることがあるそうですよ。」
意味がわからない。思わず首を傾げた。
微笑を浮かべ周りの男達を見渡す彼。
「この青年は私が引き受けよう。お前らは下に降りろ。《《侵入者》》だ。」
男達の眉がぴく、と動く。
「ここは俺らがBOSS直々に仰せ使った。」
侵入者_____加羅だろうか。
そうだといいな、なんて。
さすがに一人で乗り込んでくることなんてないだろう。
そう考え込んでいると、不意に銃声が頭に響いた。
それは男達の一人が撃ったものだった。
予期していない出来事だったからか、耳がキィんと叫んでいる。
「どけ!!|その男《瑠衣》は俺らが始末する!!」
瑠衣の前に立ち塞がる彼に向かって、男達が一斉に銃を構えた。
「死ね____________」
乾いた銃声の音が、三つ鳴った。
耳を塞いだ瑠衣でも、その音は脳天にまで響いた。
「………死ね?誰に向かって口聞いてんだ。」
「朱坏ファミリー首領が直々に会いにきてやってんだぞ。頭下げろよ愚民どもが。」
男達は声を上げる間も無く、そのばに倒れ込んだ。
赤い血が床を染めてゆく。
「遅くなったね。瑠衣。」
たった1日程度会ってないだけなのに。懐かしい声だ。
「遅い、w」
先ほどと同じ笑顔を向ける彼は。紛れもない、頼れる、忠誠を誓った首領で。
込み上げるものは胸にしまっておくとしよう。
「ねぇ瑠衣。雨が、降ってきたね。」
その言葉の意味なんて、とっくに気づいてたよ。
「………しばらく止まなそうだな。」
カッコつけるようにそういうんだ。
飛び降り【dawn ride】
すこし薄暗く湿っぽい部屋は、眠りを誘うには最適だった。
雨はいつしか止み窓から光が差し込んでいる。
「さて、ここからどう逃げる?」
加羅が話しかけてくる。
今にも眠りそうになっていた瑠衣はすこし返答が遅れた。
疲れからか、身体がだるい。
蹴られた箇所が今更、ずきずきと痛む。
「……窓から、飛び降りるとか?w」
徐々にひどくなる痛みを隠すように、冗談で言ってみる。
不意に立ち上がった加羅は、窓の格子を揺さぶっていた。
「なにしてんの、」
真顔で格子をゆする加羅。
「うーん」
少し唸った後は黒い手袋をはめ始めた。
何をするのか聞く間も無く、加羅は窓に一発、拳を打ちつけた。
その瞬間、甲高い音がして格子と共にガラスが外へ散っていった。
…………野生のゴリラいるんだけど。
あれ、うちの首領って前世ゴリラだったりする?
え?
「…やば」
やっと捻り出した言葉はただその一言に尽きるだろう。
それ以外に表せる言葉は、俺には見つからなかった。
「__これで出れるね♡」
「…………………………やば、」
加羅に手を引かれ、窓の外を見下ろす。
ここは三階。上手く受身を取れなければ首の骨を折って死ぬだろう。
「冗談で言ってる?」
「なんで?瑠衣が先に言ったんだよ。」
だめだこれ。
まぁどうせ階段で降りようとしても死ぬんだ。
肋骨やら色々折れてるらしい。
さっきっから歩くたびに身体が軋んで悲鳴を上げているのがわかった。
「……あぁ、もう。わかったよ」
首領が不敵な笑みを浮かべる。
はい、人生終了のお知らせ。
皆さんお疲れ様でした。
---
「死ぬときは?」
「ばか、一緒に決まってんだろ。」
死んでもいいかなんて。そんなことを思う自分に嫌気がさした。
人生初の自殺未遂。
二人で手を取り窓に脚をかける。
死ぬか、運よく生きるか。
『せーのっ』
二人の掛け声で一緒に飛び降りた。
堕ちるところまで堕ちた僕等。
もう______後戻りなんてできないよ。
死ぬときは四人で。
二人を残していってしまうことになるけれど。
神様。
もしも僕等にまだチャンスがあるのなら。
生きて償わせて。
今まで手にかけてきた命ははかり切れない。
こんなところで死んだら、きっと一生夢に見る。失礼だろう。
全てを終わらせたとき、僕等は四人で。
手を取り合うんだ。
僕が最後に聞いたのは、自身の名前を呼ぶ瑠衣の声だった。
コーヒー【dawn ride】
すこし汚れたソファに腰をかけながらコーヒーを啜る。
コーヒーを淹れるのは苦手だ。
水の量とか、豆の種類とか、よくわからないし。
対して瑠衣はコーヒーを淹れるのが得意だ。
うちより年下のはずなんだけどな。
……しょうがないからコーヒーは自分で淹れることにした。
「まっず、」
やっぱり自分で淹れたコーヒーは苦かった。
「あれ、周。こんなとこにいたの。」
ちょうどいいところに寺が通りかかった。
この周特製クソまずコーヒーを飲ませやるか。
「これ、飲んでみ?まじ…あの…うまい、」
その言葉を聞いて寺が顔を顰めた。あきらかに疑っている顔だ。
「誰が淹れた?」
「うち」
みるみる顔が歪んでいく。
まぁまぁいいから、と半ば強制的にコーヒーを押し付ける。
しぶしぶ受け取った寺は少しだけ口に含んだ。
「……………………に、」
「に?」
「___にっが…」
「wwww」
口に合わなかったようだ。
確かにまずい。そして苦い。それは否めない。
「新しいコーヒー淹れてw」
そう笑いながら頼むと、快く受け入れてくれた。
瑠衣もそうだが、うちは寺の淹れてくれるコーヒーが好きだ。
彼女オリジナルのブレンドでとても香りがいい。
甘いのが好きなうちにも、うちにあったブレンドをしてくれる。
「はい、どうぞ。」
「ん。いただきま_____」
チチチチチチッ……
耳に付けていた小型の通信機器が鋭い音を上げた。
これは__そう。首領と繋がっている。
何かあったのだろうか。
音声を再生する。
『起きているんでしょう?』
「!」
雑音と共に女の声が聞こえてきた。
気持ち悪い声だ。聞いていて不快になる。
『ねぇ……私と楽しいこと、しない?』
South方は敵を殺すとなると女の身体を使ってくる。と聞いた事がある。
なるほど、やはりそういう戦法で加羅を堕としにくるのか。
これは侮ってたな。
女に疎い加羅のことだから、流石に嵌まることはないだろうが。
『良くさせてあげるからさ、手錠とってよ。』
………ノリノリかよ。
「どうする」
指示を寺に煽る。
「ったく、これじゃコーヒーが冷める。」
かたん、とカップを机に置いたあと彼女がこう言った。
「行こう。報復の時間だ。」
手軽なライフルと通信機器を身に備え、二人は屋敷を後にした。
助け【dawn ride】
目が覚めたのは見覚えのある部屋だった。
明るい光が目に飛び込んでくる。
その強い刺激に顔を顰め、一旦目を閉じた。
数秒してから目を開ける。
「………ぅ、」
「目覚めた?」
そばにあった椅子に座りゆったりと本を片手にこちらをみているのは、幹部の瑠衣だ。
「ぉはよ、首領。3日も寝てたよ。」
「えぇ……本当?すまん、仕事全部押し付けた。」
「いいから」
本を閉じる彼。
立ち上がりコーヒーを淹れていた。
彼の身体にはところどころ傷の処置がされていて、頬からは血が滲んでいた。
「…周と寺は?」
そう訊ねると、手を止めずに彼は答えた。
「次の相手の情報入手しに昨日から出てる。多分すぐ戻ってくるとおも_____」
瑠衣が言い終える前に、階段を駆け上がる音が聞こえてきた。
「ほらね。」
ばんっ!とすごい音を立てて扉が開いた。
「首領…!」
「よかった、」
俺が起きたと聞き入れたからか、走って帰ってきたのだろう。
二人の額には汗が滲んでいた。
「座りなよ。」
瑠衣が椅子を二つ運んできて、指差した。
一つ呼吸を置いて、周が聞いてきた。
「………身体は?」
「あぁ、うん。大分楽。まだちょっと痛むけど。」
そう答えると、三人の顔が少し綻んだ。
「周すっごい心配してたもんね」
「っはぁ!?」
「うん、ずっと首領のこと話してた。」
「しっ、してないけど!!」
「でたよツンデレ。」
「違う!!」
「話変えて悪いんだけど、俺、どうやってここまで帰ってきた?」
あぁ、それは………と瑠衣が話しだした。
---
三日前。
「はぁ〜…なんで女子組が助けにいかなきゃいけないんよ。」
「まぁまぁw」
そう愚痴をこぼしながら足を早める二人。
発信機の通知を受けて、瑠衣と加羅がいるであろう場所へ向かっていた。
廃工場。
血の匂いと薬品の匂いが混ざって吐き気を催した。
「うぇ…きったな。早く回収して帰ろ。」
「そうだね。」
取り敢えず敷地内をぱぱっと見て回ることにした。
刹那、銃弾が周の真横を過ぎ去った。
後方からだ。
「後ろに二人、上に三人。」
「じゃ上は頼んだ。」
周にそう合図する。
周は爆弾を取り出しピンを抜くや否や、二階の窓に向かって放り投げた。
爆音がして、悲鳴と断末魔が降ってきた。
彼女がそうしている間に、寺は腰に下げていたライフルを構え二発撃った。
見事命中。後方から人が倒れる音が聞こえた。
「ナイス〜」
「まぁね」
ハイタッチを交わして二人また走り出した。