短編の中の短編
編集者:フェンリル
頭が爆発して前頭葉が見つからなくなった時に書いた小説を入れるところです。
つまり、特に共通点がない小説が入ってます。
気分が上がった時、爆下がりな時、平常運転の時などにどうぞ。
名前に深い意味はありません。ただ短編っていう名前にするのがいやだった駄々っ子の心境です。
温かい目で見守ってください。
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目次
あの夜、エレベーターに乗った話。
なんか書きたくなりました。
え、星屑さんの自主企画?いかなきゃ!
僕は今、エレベーターに乗っている。
赤い服のおばさんと、白い服の女の子と一緒に乗っている。
---
学校のいじめっ子たちに命令され、嫌々ながらも「幽霊がいる」と噂のマンションのエレベーターに乗ってみたわけだが…
「…ヤ……コ……イ…」
マジでいた。この赤い服のおばさん、一階まで降りてきたエレベーターに乗っていたのに、降りずに乗り続けている。ぶつぶつと小さな声で囁き続けていてぶっちゃけ気持ち悪い。
そして、白い服の女の子はというと…
「ねぇあんたどこ小?ああ向野小か、この周りそこぐらいしかないもんねぇ。あとさあとさ、ここのエレベーター狭くない?こんなとこに詰められたらやってらんないよねー!」
うるさい。おかっぱの髪を揺らしながらめっちゃ喋りかけてきて正直うざい。あと僕は沖田小学校出身である。
「うるさい…」
「えー?まあまあそんなとこ言わずに、もうちょっとだけ付き合ってよ!」
「…」
なんでこうなったんだろう。自然と僕の目が遠くを見つめる。
「ねぇ、どこ見てるの!」
「どこも見てないよ...」
「........イ......ッ...」
「あ、あのぉ」
「!!??....ボ.....ヒィ....」
だめだ、こりゃ。
話しかけたとたん、おばさんは弾かれたように座り込んでしまった。
「ねぇ、そんなおばさんはいいから私とおしゃべりしよーよー!」
「えー....」
少女はおばさんなんて意に介さぬように喋り続ける。
その時、おばさんが顔をあげた。
血まみれの顔...などではなく、涙に濡れた顔。それは余りにも人間らしいもので...
恐怖に満ちた瞳は、まっすぐこちらを見ていた。
まるで、幽霊を見ているような瞳だった。
僕は幽霊ではないとすると、おばさんが怖がっているのは...
「ねぇ、何を見てるのってば」
この、女の子。
明るい声が逆に僕の体をその場に縫い止めた。
息が、できない。
ポーン...キュウカイデゴザイマス
無機質な声に、金縛りが一瞬で解ける。
よろめいた僕を押し退けるように、おばさんが前に飛び出した。
その横顔は、やはり恐怖で歪んでいる。
その顔に僕の体が自然に動く。開ききったエレベーターの外へ手を伸ばして...
ゴン、と。
壁にぶつかった。
「っ!?...なんで、なんでっ」
足掻くように見えない壁を叩いてもびくともしない。そんな僕を嘲笑うかのように、声が響いた。
「ねぇ、なにしてるの?」
おばさんの目には、《《あり得ないものを見るような》》色が一杯に広がっていた。
僕の後ろにいるのは、いったい《《ナニ》》?
ポーン...シタヘマイリマス
最後とばかりにいっぱいに伸ばした手を、エレベーターの扉が無慈悲に遮る。
.....ああ、いじめっ子たちに怒られちゃうな。
最期に考えたのは、そんなどうでもいいようなことだけだった。
---
男の子は、私の目の前でしゃがみこんでしまった。
こちらを睨み付けているものの、顔には隠しようがない悲壮感がにじみ出ていた。
まるで、すべてが終わったとでも言うような顔。
おかしなことを思ってしまった。そもそも《《私たち》》は始まってなんかいないというのに。
もっと言えば、私たちはすでに《《終わっている》》というのに。
もしかしたら彼は気づいていないのかもしれない。
自分が、もう死んでいることに。
ちょっと前、このマンションの最上階から男の子が落ちて亡くなった。
警察は事故と処理したが、この子がいじめられていたことは結局バレることはなかった。
この子は、自殺したのだ。
日に日に希薄になっていく「自分」を目の当たりにして。
殴られても笑っている自分が怖くて。
肝試しなんかに尻込みしてしまう自分が嫌で。
この子はずっと肝試しを繰り返していた。
エレベーターで最上階までのぼって、飛び降りて、のぼって、落ちて、昇って、堕ちて…
この子は、どれだけの苦しみを抱えて生きてきたんだろう。
「…何、見てるんだよ」
「ん?どうしよっかなーってね」
「どうせ殺すんだろ?せめて一息にやってくれ。」
男の子は投げやりにつぶやくと目をつぶった。どうにも達観しすぎていて可愛げがない。《《四十年》》も生きてたら当然だろうが…
まあ、そんなことは気にしない。私のように《《三百年も》》生きてたらほとんどのことがどうでも良くなるからね。
「だーっ、もう!殺すならはやく殺せって言ってんだろ!なに焦らしてんだよ!」
「…いや、別に殺さないよ?だって…」
死んでるし。
その言葉で男の子の顔がどんなふうになるか考えただけで笑いが込み上げてくる。
愉悦に浸りながら、私はまっすぐにその子を見て告げた。
「だって、あんた死んでるでしょ?ねぇ、太郎くん?」
---
むかぁーしむかし、あるところに、はなこさんというおんなのこがいました。
はなこさんはとってもかわいかったので、おとこのこからこくはくされてばっかでした。
あるひ、それなりにかわいいおんなのこがうらやましがって、そのかおちょうだいといいました。もちろん、はなこさんはあげません。
おんなのこはおこって、はなこさんをといれにとじこめてしまいました。
だれもさがしにこない。だれもたすけてくれない。はなこさんは、ひとりでしにました。
それから、がっこうがすなになるくらいのじかんがながれても、はなこさんはひとりのままでした。
はなこさんは、おともだちをさがしました。
たろうくんというおとこのこをつれてきて、といれにいっしょにすみました。たわいないはなしをして、ときどきけんかもしました。でも、とてもたのしそうでした。
ふたりは、がっこうのみんなから「といれのはなこさん」と「といれのたろうくん」とよばれましたとさ。
めでたし、めでたし。
なっっっっっがかったぁ
ちなみにこれ、一部の人には話しましたけど1000文字ほどが一回消えてます。泣きました。
でも、それでトイレの花子さんと繋げることを思いつけたので、結果的にはよかったんでしょう!
たぶん!
最後の子はこれからもちょくちょくでてきます。フェンリルの短編=謎のナレーション とお考えください。
私の父さんは勇者だ
数学の授業中に問題そっちのけで考えてた話です。
気に入ってくれたらファンレターお願いします。
私の父さんは勇者だ。
別におとぎ話に出てくるような大層なものではない。国の外から|エサ《ニンゲン》を求めてやってくる魔物を倒して人々を守るだけの、用心棒のようなものだ。
でも、私は、おとぎ話に出てくるかっこよくてイケメンな勇者より、髭がじょりじょりしてていつも母さんに怒られてる勇者の父さんが好きだった。
そもそも、私が大好きな勇者のおとぎ話を毎晩読んでくれたのもまた、父さんだった。
「『勇者様の手で、世界は平和になりましたとさ』…クロエはこのお話が本当に好きなんだなぁ」
「うん!だって勇者様の絵がイケメンでかっこいいもん!」
「クロエ、お前の父さんもかっこいい勇者なんだぞ〜」
「うーん…似てない」
「うん、無邪気な一言が一番刺さるな」
父さんが白目をむいて倒れる真似をする。膝に乗っていた私もぱたりと父さんの上に寝転んで、きゃっきゃっと笑い声を上げた。
「でも…そうか、クロエは勇者をかっこいいと思うのか」
お父さんはなぜか、少し寂しそうだった。
「父さんは勇者が嫌いなの?」
「ああ、大嫌いだ…できれば今すぐにやめたい」
「なんで?」
「クロエ、お前も大人になればわかるよ」
当時6歳だった私には、父さんの真意は全くわからなかった。
---
私の父さんは勇者だ。
その肩書きのせいで、家にいることはほとんどない。大抵、国中を飛び回って魔物を倒していた。
だから、最初聞いた時はうまく頭に入って来なかった。
父さんが、死んだ。
魔物に襲われかけていた子供を庇って、魔物の餌食になったそうだ。父さんの体は無惨に食いちぎられ、帰ってきたのは左腕だけだった。
父さんの葬儀にはたくさんの人が押し寄せた。当然だ。父さんは勇者なのだ。国中を飛び回って、たくさんの人々を救っていたのだから。
…だけど。
父さんは、わたしたちを残して逝ってしまった。
涙は、出て来なかった。
なんで、私たちを置いていったの?
私たちよりもその子が大事だったの?
まだ、一緒にいたかったのに。
私は結局、最後まで泣かなかった。
…泣けなかった。
---
父さんが死んですぐ、私にも“勇者の資質”が宿った。
それは、魔物を殺す力。
それは、生物を殺す力。
それを求めて、たくさんの大人がこぞって会いに来る。
私に難しい話をして、最後には全員同じ言葉を吐く。
「私が庇護してやろう。お前の力をうまく使ってやれるぞ?」
吐き気がした。
そうして、誰の庇護にも入ることなく、私は勇者になった。
---
父さんは勇者だった。
父さんは、勇者が大嫌いだといった。
今なら、私にもわかる。
…勇者は、本当に大切な人を、本当に大切な時に守れない。
もし、国の反対側にいる時に家族が襲われたら?
もし、家族が病に倒れたら?
助けることはおろか、そばにいることだって出来やしない。
たった二人の家族より、大勢の民衆を救うのが勇者だ。
ああ、父さん。
私も、勇者は嫌いだ。
そんな本音を隠して、私は今日も力を振るう。
正義の笑みを貼り付けて。
そういえば…この時期、病んでたかも。
たった10秒の物語
読了時間10秒なわけないじゃないですか。
男ーーーグリード=シュライドは、田舎の男爵家の次男として産声を上げた。
いや、産声を上げたというのは正しくないのかもしれない。グリードは、生を受けたその瞬間から泣くことを知らなかったのだ。
そもそも彼には感情が欠落していた。彼は泣くことはもちろん、笑うことも、怒ることも、悲しむこともなかった。
両親は不気味がりながらも懸命に育てた。
グリードは、6歳の時に自分が異常であると気づいた。
同年代の男の子たちが「|剣《けん》を買ってもらった」と喜んだり、女の子たちが「小鳥が死んでしまった」と悲しんでいるのがどうしても理解できない。
…買ってもらったものだろうが剣は剣。学校の剣と同じなんの変哲もないものにどうしてそこまで楽しそうにできる?
…生きているものはいつか死ぬ。その「当たり前」に従っただけなのに、どうして泣く必要はあるんだ?
グリードは考えた。
そして、理解した。
彼らには、自分にはない指針がある。これは喜ぶべきものか悲しむべきものか、はたまた怒るべきものかをその場で迅速に決められる大きな指針が存在するのだ、と。
その日から、グリードは普通になった。
人が笑うべき時に笑い、怒るべき時に怒り、悲しむべき時に悲しむ息子を見て、両親は歓喜した。
「ああ、やっとまともになった」と。
だが、三つ上の兄はわかっていた。
|弟《グリード》は、ただ演じているだけなのだと。
周りの感情の動きを見てどんな時にどんな行動を《《するべきか》》を学習し、それを精巧になぞっているだけなのだと。
グリードは、兄が自分の演技に気づいていることを知っていた。
兄が何を知っていようが、何もできないことも知っていた。
彼は成長し、やがて現れた魔王を倒す勇者と世界に認められた。
普通の人は躊躇うような魔物の討伐も淡々とこなし、困っている人を救う|英雄《ヒーロー》として、グリードの名は瞬く間に広まっていった。
---
色が混ざり合った空間でふよふよと浮いている。
僕は、自分が誰か、ここが何処かも分からないまま、グリードという男の人生を見ていた。
………こいつは、なんなんだ?
気持ち悪い。
怖い。
恐ろしい。
グリードという男に恐怖を覚えた。
だが、僕が何を思おうが、グリードの人生は止まらない。
いつの間にか、グリードは魔王城にたどり着いた。
当たり前のように剣を構え、突進してくるグリードに、魔王はただ一言呟いた。
「可哀想に」
魔王の囁き声を拾った瞬間、見ていた僕の意識は浮上する。
まぶたの裏が真っ白になり、記憶の波が押し寄せる。
そうだ。
そうだった。
僕の名前はグリード=シュライド。
魔王になにか魔法でも施されたかは知らないが、どうやら一瞬の間に自分の人生を第三者の視点で見ていたらしい。
そんな分析を無意識にして現実逃避してしまうほど、僕は動揺していた。
……信じられない。今まで出会ったどんな魔物にも、こんなにドロついたものが胸の内にこびりつくことはなかった。
こんなの、初めてだ。
これが恐怖だと気づくことすらできないほど、怖い経験がなかったために、グリードは恐ろしいものにどう対処したらいいのかわからなかった。
自分が気持ち悪い。
自分が怖い。
自分が恐ろしい。
自分が憎い。自分が嫌いだ。自分が、自分が、自分が、自分が、自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が自分が……
気づいたら、自分の喉に剣を突き立てていた。
いつの間に刺したん っけ。ああそ だ、手に てい んだか たり前だ い なんで 死 こわ
そうして、グリードは死と共に旅立った。
魔王は繰り返した。
可哀想に。
かわいそうに。
カワイソウニ。
これは、とある哀れな男の人生のうち、たった10秒間を切り取った物語である。
---
あるおにーさんは、おそれることをしりませんでした。
それだけではありません。おにーさんは、たのしいものも、かなしいことも、おこるときも、なにもありませんでした。
おにーさんはきづきます。
ほんとーにこわいものは、じぶんなのだと。
けがをしても、めのまえでひとをころされても、すべてをうばいつくされても。
なにもおもわないし、なにもかんじない。
おにーさんは、はじめてこわいとかんじました。
こわいものは、なくしちゃえばこわくないです。
よかったね、おにーさん。
もうこわいものはないよ。
多分10秒ぐらいになると思う。全ては魔王がセリフの前にどんぐらい間を開けるかにかかっている。
なんでこんなんだしたんだろう。よく分からん。
クリスマスケーキは世界を二分する
クリスマス祝いの小説。カオス。
……|何処《どこ》かの時間、|何《いず》れかの場所、|何故《なぜ》存在するのかすら誰にもわからないナニカの上に、暗い部屋が浮かんでいた。
部屋の外から見るにただ一つだけ付いている陰気な扉を開くと、大きな企業の会議室に似た空間が広がっていた。
大きな長机に整然と並んだパイプ椅子。その一つ一つには、誰かが間違いなく座っている。
「ではこれより、世界行事連盟担当会議を始めます。理知的に、倫理的に、穏便にお願いします」
ーーーここに、奇妙な話し合いが開かれた。
---
「あのさぁ…今日、クリスマスだぜ?今日の担当本人が忙しくしてる中で、何話し合うってんだよ」
大あくびしながら主催者を睨むのは“こどもの日”担当のタンゴ。喧嘩っ早いのはいつも通りだが、今日はいつにも増してイラついているようだ。
「知らないわよ。脳筋がギャーピー騒いでる間に、パーティーの時間がどんどん削られてるわけなんだけど。アタシの時間を盗るなんて、いい度胸じゃないの」
ない胸を逸らして冷めた目を向けるのは、“ハロウィーン”担当のウィッチ。オレンジ色のふわふわした手袋に露出が多い服。派手なメイクを施した顔からは幼さが隠しきれていない。
「ぁあーん!?ガキが知ったような口聞くんじゃねぇよゴラァ!」
「これだから大人は頭硬いって言われるのよ。ああごめんなさい、あんたそもそも頭空っぽだったわね」
「テッメェ…!!」
爆発寸前の空気があたりを漂う。この二人、仲悪いんだよなぁ…
「まーまー、ガキでも頭空っぽでもどうしようもないんじゃなーい?とりあえず、煽るのは一旦やめよーな?」
「「お前が一番煽ってるだろ!」のよ!」
間伸びした独特な喋り方で火にガソリンをぶちまけたのは“十五夜”担当のカグヤだ。傍観していたが、そろそろと機会を見て止めに入る。
「はいストップ。話し合うのはそこじゃありませんよ〜」
「「「チッ……」」」
「二人はともかく、カグヤさん素が隠し切れてませんよ?」
思わず突っ込んでしまったが、こんなことでは流されない。平常心、平常心。
「さて、今回の議題は一つ。単純かつ複雑な問題です」
その言葉に全員の表情が引き締まる。それに満足しながら、大事な大事な言葉の先を続ける。
「議題はズバリ、“今年のクリスマスケーキ”です!」
……しばし、とは言い難い重めの沈黙が流れた。
あれ?
「……おいおい、そんなもんのために呼んだのか?最初っから決まってるだろうが」
「同意見ね。全員満場一致で決まるでしょうよ」
「絶対に「チョコレートケーキ「ショートケーキよね」だよな」
「だから言ったでしょう」
タンゴとウィッチは対立すると思ったよ。なんか疲れてきた。
「じゃあ、その二つのどっちかでーーー」
「いや、三つだンね」
口を挟んできたのは“ひな祭り”担当のボンボリだ。これ以上選択肢を増やして欲しくないなぁ……
「こんなものは自明の理ーーーフルーツたっぷりのタルトだ」
「「むむむ………!?」」
揺れてる。
「ぐぅ…負けるものか!俺様はチョコレートで祝うんだ!」
「そ、そうよ!アタシは意見を曲げる気はないんだからね!」
突っぱねないでよ、できれば納得して欲しかったよ。
バチバチ火花を散らし合って牽制し合う3人。他の担当たちも言い分はあるようだが、あそこの戦いに飛び込みたくはないようで沈黙を貫いている。
助けてよ、カグヤ……!と一縷の望みを胸にチラリとそちらに目を向けると。
「愉快な3人だねー」
全然愉快じゃないよ?
そんなカグヤのつぶやきも聞こえないようで、3人はお互いを睨み合っている。譲る気は一切なさそうだ。
ここまでくると僕にもどうにもできないのに……!た、たすけてぇ!
「やっほぅみんなぁ!どうもぅ、今日は大忙しなサンタくんだよぅ」
ーーーー救いは、最後にやってきた。
急に扉が開いて、部屋の中に光が溢れた。照らされた部屋が一瞬で明るく楽しい雰囲気に染まる。
彼の真っ赤な衣装と帽子、あるはずが生えてない髭、のんびりした口調。
それは間違いなく、彼だった。
「ちょっとぅ、みんなどこにいるかと思ったらぁ、こんなとこにいたんだねぇ!探したんだよぉ?」
そののんびりした口調のまま、彼ーーー“クリスマス”担当、サンタクロースは背負った大きな袋を下ろした。色はもちろん真っ白だ。
袋からこれまた大きな箱を慎重に取り出す。みんなが見ている前で、彼は言った。
「メリークリスマス!今年も、クリスマスプレゼントを持ってきたよぉ!」
勢いよく、箱の蓋を開けた。
中にあったのはーーーー
「こ、これは!」
ミックスケーキ!
「クリスマスケーキはいろんな人が食べるんだぁ。色んな好みがあるのは、当たり前だよぅ?
ならさぁ……別に、好きなものを食べたらいいんじゃないのぉ?」
---
そこからはもう会議なんて忘れて、みんなが大騒ぎした。タンゴが酔っ払ってウィッチとダンスを始めたり、そこにカグヤが対抗して和風の舞を始めたりして喝采が湧き上がる。みんな、とても楽しそうだ。
「どぉ?ちゃぁんと、まとまったでしょぅ?」
「ああ……完璧だよ」
それを側から見ていた僕に、サンタが話しかけてきた。自慢げな声に思わず苦笑が漏れる。
「今日は忙しかったんじゃないの?」
「そうだけどぉ…七面鳥フレンズの危機ならぁ、仕事なんてちょちょいのちょい、だよぉ」
「七面鳥フレンズって」
確かにそうだけど、響きが良くないな。そうぼやいた僕ーーー“感謝祭”担当のサンクスの口元には、笑顔が溢れていて。
そんな僕を、サンタは心底嬉しそうに眺めていた。
「……なにさ」
「ううん、なんでもないよぉ?それよりも」
彼は、褒められた子供のような誇らしげな顔で言った。
「メリークリスマス!」
---
クリスマスイブのよる、サンタさんはとってもいそがしそうです。
かれは、だいすきなこどもたちのえがおのためにがんばります。
かれは、ひとりのしんゆうのえがおのためにがんばります。
かれは、じぶんがまんぞくするためにがんばります。
そうしてかれは、きょうもがんばります。
くろうばかりしているしんゆうをえがおにするために、かれはサンタクロースでいつづけるのです。
めっちゃ遅くなってすみません。
感謝祭ってなんだこれしらんって方はWikipediaで検索。オールスター感謝祭ではありません。
恋の一歩目はおしること共に
クリスマスがあるなら正月もあっていいだろ?
「じゅ、準備おっけーですか…?」
私の確認の一言に、いいよー、はやくー、と小さな声が上がる。
「で、では音頭は私が。……あけましておめでとうございます!」
そんな私ーー“正月”のネンガの小さな声で、新年が明けた。明けてしまった。
---
「「「おめでとう」ぉぉぉぉ」なのよ!」
新年一発目の弱音は、先輩方の陽気な声に吹っ飛ばされて去年に飛んでった。多分。
「あの、これ一応会議の名目なのn」
「「飲み会に決まってんだろ」でしょ」
“感謝祭”のサンクス先輩が何か言っているが、みんなお酒を注ぎ合うのに夢中で一蹴されている。協調性とは、と膝をついている先輩の姿がなんだか物悲しい。ああ、せっかく袴なのに。そんなに膝をつくと埃がつく。
…あ、あれ?それよりこれ会議なんですか?思いっきり食べ物持ってきちゃいました…どうしましょう…
「なぁーに辛気臭い顔してんのよ!ほらネンガちゃん、酒酒!よこしなさい!」
吹っ飛ばされたはずの弱音がブーメランみたいにくるくる回りながら心の臓に刺さり込んで幻の血反吐を吐いているところに、“ハロウィン”のウィッチ先輩が絡んできた。すでに息が酒臭い。
…この先輩、明らかにロリなんですよね。お酒飲める年齢なんでしょうか…というか、実際の年はいくつなのでしょうか…
「おっ!おめーも飲んでるかあ!つーか、おめー飲んでいいのかよ?だって見た目完全にロリじゃ」
「だまれぃ!」
あ、聞かなくてよかった。
すごくいいタイミングで“こどもの日”のタンゴ先輩が来てくれた。ウィッチ先輩のハイキックが直撃したようで、タンゴ先輩はもんどり打って倒れこんでしまった。
…ほ、ほんとに聞かなくてよかった…タンゴ先輩、ご愁傷様です…
今度は口喧嘩を始めた二人。それを呆れたような目で眺めながらとっくりに注がれたお酒をあおる一人の男がいた。
否、それは人ではない。
盛り上がった筋肉を包む赤い肌。
つりあがった金色の眼。
そして、その男の象徴とも言える、男の頭に生えた鋭い角。
男ーーー“節分”のアカオニ先輩は、名前通り鬼だった。
…今日は青い|甚平《じんべい》を着ていますね。そんな先輩も男前で素敵です…!
いかつい顔だが、まさに|漢《おとこ》と言った感じだ。好き。2mを超える上背はチビの私からしたら憧れだ。好き。全てを悟ったような達観した言動。好きっ。
つまり、端的に言えば。
私はアカオニ先輩に恋をしていた。
そして去年、私は決めたのだ。
…正月になったら、こっ、ここっ、告白しましょう…!!
と。
…と言っても、いざその日が来たら緊張するものです…どうしましょう…やめましょうか…
また弱音を吐きそうな心に鞭打つ。今日は、今日だけはやめてはいけないのだ。
今日、やめてしまえば。
今日、諦めてしまえば。
…もう、告白なんてできなくなる気がするのです…
故に、今日はもう弱音は吐かない。
強くなるのだ。
そう、まるで先輩のように。
---
「…せっ、先輩っ!」
アカオニ先輩の前に立つだけで、足が震える。
大好きなアカオニ先輩の近くにいられて嬉しい反面、これからしようとしていることに恐怖が湧き上がる。
…断られたらどうしましょう…?
そんな言葉も振り切って、動かぬ口を叱咤して、一番言いたいことを出す為に言葉を紡ぐ。
「あ、あかおにしぇんぱいっ…」
「どうした」
「その…」
「…」
「わ、わたしっ…」
「おう」
頭がごっちゃになって、涙がこぼれそうになるのを慌てて堰き止める。
言わなきゃ。
言わなきゃ。
言わなきゃっ…!!!
「お、おしるこ食べませんか…?」
…やっっっぱり無理ぃぃぃぃっっ…!!
わ、私にはやっぱり無理です…告白なんてできません…
一度止めた涙がブワッと溢れそうになった、その時だった。
「ああ、いただこう」
…アカオニ先輩、今なんと言いました…?
「へ…?」
「…?」
お互い、少し驚いたような間抜け顔で見つめ合う。
数秒視線を追いかけてから、ようやく私はおしるこのことだと理解した。
「…は、はいっ!今持ってきますっ!」
私が持ってきた食べ物の中におしるこがあったはず。
今年は小豆の出来も白玉の出来も良くて、過去最高傑作なのだ。できるだけ熱々の状態で届けたいところだ。
そんな考えを胸に走り出した私の目尻に、涙はもうない。
好きな人と話ができた。
それだけで、今年の戦果は十分だ。
鼻歌交じりで、私は跳ねるように駆けていった。
---
とあるところに、とてもいちずなおんなのこがいました。
そのこは、すきなひとにこくはくすることができませんでした。
でも、おんなのこはおもったほどかなしくありませんでした。
だいすきなひととはなすのは、それほどたのしかったのですから。
それに、おんなのこのゆうきはすこしもむだではありませんでした。
だいすきなひとが、あまいものがだいすきだとしるのは、まださきのことです。
お正月ってイツダッケ???
食べ物ばっかやんと思う方もいると思います。その通りです。
俺の情熱はいつだって食べ物から始まるのさぁ!
これが王道のファンタジー
俺が王道を書くわけない!
「フレア!俺のことはいいから進め!止まるなぁっっ…!!」
その言葉を最後に、魔術師のジェイドが炎に包まれた。これでパーティーは俺一人となってしまった。
国王から直々に命を受けて、勇者である俺を筆頭にトップクラスの実力者で編成されたこの四人のパーティーは、ただ一つの目的のために集められた。
そう、魔王を倒すためである。
俺の出身の国は魔物の被害が激しく、これまでもギリギリの均衡を保っていた。
だが、最近になって発生する魔物の数が急増しており、死傷者も増えてきた。
これに危機感を示した国王は、占い師に収束させる方法を乞うた。
“はるか北に住む魔王を止めよ。さすれば災厄は落ち着くだろう”
これを聞いた国王が、魔王を討伐しようとするのは自然なことだった。
そして組まれたパーティーで、山を越え谷を越え、人間が通るべきではないところも力を合わせて通った。
喧嘩もしたし、故郷の思い出に花を咲かせることもあった。そしてそれを繰り返すたび、俺たちの絆はより強固になった。
そして、今に至る。
「あいつらっ…!!!」
仲間はもういない。
剣士のクリスは、魔王城のトラップにはまった俺を助ける代わりに奈落の底に堕ちた。
聖女のロザリーは、襲ってきた大量のアンデッドを浄化する大魔法を使った代償に動けなくなった。
そして、ジェイド。優れた魔術師だったが、突如襲ってきた炎から俺を逃すために、自ら炎に飛び込んでいった。
全員、俺を助けるために死んだ。
なら、俺がみんなの分まで宿願を果たす。
仲間を|喪《うしな》って、泣いている場合ではないのだ。
決意を胸に、魔王の間へと繋がる扉を開けた。
その先にあったのはーーーー
「テメェェェェェェェ」
「あんだとゴラァァァァァァ」
ボロボロの魔王とボロボロの四天王最強の姿だった。
……は?
「はぁっ……いいや、お前が間違ってる!我が正しい!たーだーしーいーっ!!」
「うるせぇぞクソ魔王が!俺様が正しいことがどうしてわからないのだ!」
「わかるかボケェっ!!!」
えっと……喧嘩?
戸惑う俺を他所に、闘いは熾烈を極めてゆく。
魔王が叫ぶと同時に隕石のような大きさの炎球を出す。
四天王最強も対抗するように尖った氷を何本も浮かべる。
「しゃらくせぁっっ!!」
「おのれぇっ!!」
そして、投げた。
極大の炎と、大量の氷。
ぶつかり合うと、何が起こるだろうか。
…そう、水蒸気爆発である。
「ちょぉっとやめろぉぉぉぉ!!!」
自分の命の危機を感じ取ってようやく体が動いた。二人が放った極大魔法に手をかざす。
それだけで、《《魔法がかき消えた》》。
これこそ、俺が勇者たり得る理由。世界に認められた証である“|無効《ディスペル》”だ。魔法やそれの類は、俺の手にかかればどんなに危険な代物でも消すことができる。
いきなり目の前にあったはずの魔法が消えたことで、お互いの間抜け面を見つめること約3秒。
「……テメェ何しやがった!?」
「俺様のセリフだゴラァァァ」
「とりあえず止まれお前ら!俺を無視すんじゃねぇぇ!」
---
「ごめん。ちょっと周りが見えていなかった」
「お主は常になんも見てないだろうが節穴」
「ア゛ァ゛?」
「お前ら喧嘩すんな?」
「「スミマセン」」
魔王も四天王最強も、意外とあっさり話を聞いてくれた。なぜか客間に案内してお茶も淹れてくれたし。
「…で、なんで喧嘩してたの?」
「いやぁ、圧倒的な方向性の違いで…」
「致し方なく…」
…まさか、人の国を攻めるか否かで揉めているとか?
あるいは、世界の主権を獲りあっているとか?
恐ろしい想像に背筋が凍る俺をものともせず、魔王は告げた。
「えっとね、“カレーはナンかご飯か”って話で…」
クソどうでもいい話だった。
つーか、なんでそれで殺し合う?俺が言うことじゃないけど、もっと他に話すべきことあるだろ?
「|魔王《コイツ》が夕食はカレーにしようと言った時、ナンを取り出してな…
カレーはご飯であろう?
と言ったらズタズタに否定されて。
それでどつきあってたらそのまま…成り行きであるな」
こいつらの成り行きこっわ。
「いや、あの日はナンにしたい気分だったんだよ」
「それでもあそこまで言うことはないだろう?」
「あんだと?」
「やるか?」
「お前ら一旦離れろ?」
こいつらの言い分もわかる。
好みは個人個人だが、馬鹿にされたらそりゃ怒るよな。
ただ、な。
俺も言いたいことができてしまった。
「お前ら、結局何が好きなの?」
「え…ナンだよ?」
「ご飯である」
「そうじゃなくて」
こいつらはただ視野が狭くなっているだけだ。
だから、本質が見えなくなっている。
「お前らが好きなのは、ナンでもご飯でもなく、“カレー”だ。そうだろ?」
「っ!?それはっ…」
「ぬ…」
俺の言葉に、二人とも目を見張る。
「カレーが好きなら、お前らは仲間じゃねーか。なら、食べ方なんかにとらわれず仲良くしろよ」
仲間内で派閥ができるのは仕方ない。考え方は十人十色だ。
だけど、それで争ってしまうのは本末転倒だ。
大事なのは、“仲間である”ということ。
それを教えてくれたのは、死んだ仲間達だった。
「ッ……」
溢れてくる涙を堪える。
まだだ、まだ泣いてはいけない。
まだ俺にはやることがある。
…そこまで考えて気づいた。
否、気づいてしまった。
俺、何してんだ?
「そうだよ!元はと言えば、我らは同志!」
「真実はいつも足元にあるものだな!」
ひしっと抱き合う二人をよそに、俺は首をかしげる。
記憶を遡って、遡って、遡って…
「そうじゃん!俺、魔王討伐しなきゃじゃん!」
「え、我?」
「そう、お前!お前を倒さなきゃ魔物がっ…!」
俺が自分に言い聞かせるように言葉にした瞬間、魔王の顔色が変わった。
「…え、まじ?魔物被害でかい?」
「とてつもなく」
「…どんぐらい前から?」
「えーと、だいたい2年前ぐらい」
「…なぁ、俺らどんぐらい喧嘩してた?」
「知るかボケ」
俺の悪態に、魔王と四天王筆頭が顔を見合わせる。
そして、同時に叫んだ。
「「仕事、溜まってるッッッッ!?」」
そこからの二人の動きは早かった。
配下を呼び集めて何事か命じると、そろって魔王城の外へすっ飛んでいく。
目についた魔物を片っ端から倒しながら、勝手についてきた俺に説明してくれた。
曰く、魔物は魔王が生み出しているわけではなく、普通に魔王も攻撃される。
曰く、魔物には巣があり、そこを壊すと魔物が生まれなくなる。
だが曰く、魔物の巣は無数にある上に一定時間で再び蘇るため、定期的に壊す必要があるらしいこと。
まああれだ、ゴキブリみたいなもんだ、と話す魔王。彼と四天王最強を主軸に魔物の巣の掃討を行なっていたそうだ。
なんだ。
魔王も悪いやつじゃないじゃないか。
「いやぁ、まさか喧嘩始めてから二年半も経ってると思わなかった。時の流れは早いな〜」
…ちょっとアホだけど悪いやつじゃないじゃないか。
---
その後、魔王軍と一緒に魔物の巣を壊しまくった。
「魔王様と兄貴が戦う中に下手に割り込んだら消し飛ぶから、誰も入れないよう必死だったんだよな。
痛くしちまってごめんな?」
戦いながら他の四天王に謝られた。魔王軍も対魔物に特化した精鋭軍団らしい。マジでゴキブリ退治のエキスパートっぽいな。
「実を言うと、魔王城って入るのは楽だけど出られない感じなんだぜ?
あの炎の砂漠とか、すげぇ凝ってデザインしたんだよ。俺の最高傑作だよなぁ、あれが。」
ボゴゴォ、と土の壁で魔物をハエ叩きに叩かれるハエよろしくぶっ潰しながら魔族の修道士がどうだった?と嬉しそうに言う。
「ギギーギギー!(人間の食い物は美味いよな〜!)」
下級兵でさえ、俺に好意的に接してくる。
……なんだ、普通にいい奴らじゃん。
やがて、見える範囲の魔物の巣は消え去った。
達成感に包まれる俺に、魔王が大事なことを伝えてくれた。
「あ、そういえば君の仲間たちどうしたの?トラップ入ったなら探さなきゃ〜」
…ん?
---
「お前らっ…!!」
「「「フレア…!生きてたか…!」」」
牢の中から俺ーーーフレアの名を呼ぶ仲間たち。五体満足のようで安心した。
「すまんべ…おいら、魔王様のご友人だとは気づかなかったんだべ…」
「気にしない気にしない!ありがとなぁ、2年も留守を守ってもらって」
「大丈夫だべ!」
すまなそうな看守を横目に、俺は離れてからのことを話す。半信半疑だった仲間達も、最後にはちゃんと納得してくれた。
なんだー、全然平和じゃん、と笑顔で言い合う俺たちに、魔王がそっと耳打ってきた。
「…パラスディーン」
「ん?」
「だから、パラスディーン」
「え?」
「いや、名乗ってなかったでしょ?」
そういえば、魔王の名前も聞いてなかったし、俺も名乗っていなかった。ようやく当たり前のことに気がついた俺に、魔王がうやうやしく礼をする。
「改めて。今代の魔王、アルデバラン=パラスディーン・フォン・グスタフだよ!パラスディーンが名前ね」
「なげぇな…。人間の勇者、グランテリア・エレナ・スーベント・ギルフィンフレア。一応、ギルフィンフレアが名前。」
「お前こそ、めちゃくちゃ言いづらいじゃん…」
「ふはっ、俺もそう思うよ」
「「…よろしく」」
その言葉は、人間と魔族の交流の合図として、二人のクソ長い名前と共に歴史に残ることになった。
---
あまりにもながくふかい、しゅぞくのみぞがありました。
それをうめたのは、ちがうしゅぞくのふたり。
ひとりは、こどもっぽいけどこころやさしいまおうさま。
もうひとりは、まおうをたおしにきた、なかまおもいなゆうしゃさま。
れきしがかわるのは、ほんのいっしゅん。
だれにもわからない、ささいなきっかけ。
それを、にんげんも、まぞくも、こうよびます。
ーーーうんめい、と。
カレー、美味しいよね。
実は、ご飯vsナンvsサフランライスっていう案もあったんですけど、僕がサフランライスのことそんなに知らないのでやめました。
豆は投げるものではなく食うものだ
これ、シリーズ化しようか迷ってる。
さてどうするかな…
ま、五話以上持ったら別の箱作るわ
「食べ物を粗末にしてはいけない」
「めっちゃ急だね?」
【感謝祭】担当、あるいは季節担当の影の参謀、稀にパシリとも呼ばれるこの僕サンクスは、同僚のアカオニから節分の出し物について相談を受けていた。
筋骨隆々の見た目と合わない可愛らしいカフェに集まった僕への第一声が上である。本当に急なのだ。
「食べ物を粗末にしてはいけない。オレはそう気づいた。」
僕なら確実に頼まないようなすさまじい大きさのパフェ。アカオニは、それを細いスプーンでガリガリ開拓しながら、重々しく繰り返した。
「ならば、豆を投げるのも本来避けるべきではないだろうか…?」
「う、うん…そう、なのかな?」
「そうだ」
「アッハイ」
節分を根本から否定する正論を堂々と述べるアカオニ。彼の眼はなぜか据わっていた。
「例年通り、豆を投げることはやめようと思う。
そして、節分について、俺に一案があるのだが…採用してくれるとありがたい」
---
「っというわけでっ!
{☆節分対抗☆ドッジボール大会}の開会を宣言するよぉっ!」
「「「Hoooooooooooo!!!!」」」
「投げる部分しか残ってないよっ!?」
“クリスマス”担当で僕の親友のキリストののんびりした絶叫(?)が、2月3日にこだました。
僕のツッコミは、誰にも拾われることなく、二月の冷たい風に乗って青い空へと舞い上がっていったとさ。
そんなこんなで開催したドッチボール大会。事前に行った予選大会で八名を選抜し、準決勝の3v3で残った3人が決勝戦進出、三つ巴で戦うといった流れだ。
そして当日、決勝戦敗退した観客達の前に現れた6人は、やはりな、というべき予想通りのメンツだった。
まず、タンゴとウィッチ。まあこの二人はもともと優勝候補だった。タンゴは毎年でっかい鯉のぼりをブン回してるし、ウィッチはハロウィン当日に一日中踊り明かしていた。そりゃ体力もつくだろう。
ただ。
「あァん?なんでオメーがここに…」
「それはこっちのセリフよ!あんたなんかガタイいいだけの壁でしょうが!」
「あんだと!?オメーだってガキだろが!」
いつも通り、やいのやいの言い合っている。今日も平和だなぁ、としみじみ感じた。
アカオニも出場だ。ボールを一度奪ってからは彼の独壇場だったらしい。怖い。
「…む?」
ただ、彼も驚くような出場者が一人。それは…
「ひわわ…人がいっぱいです…」
まさかのネンガ。見た目からしてか弱そうだが、何か球技の心得でもあったのだろうか。ど素人の僕もぜひご教授願いたい。
そして、コイツは絶対入るだろうな、と思っていたやつが一人。
「やァやァみんなッ!元気そうで何よりだッ!鍛えてるかッ!」
“体育の日”担当のプロテインだ。お手本のような熱血漢で、常に汗をかいている。それでも全く臭くないのが不思議ないいやつだ。
「タンゴ少年ッ!鍛えてるかッ!」
「おう!…ところで俺は少年じゃねーぞ?」
タンゴとは、筋肉仲間として一緒にジムに行ったり、おススメのサウナを紹介しあったりと仲良くやっているようだ。
その調子でウィッチとも仲良くしてもらえないかな?
そして、最後の一人。たぶんみんなにとって一番意外だったと思うのが…
「サンクスが勝ち残るとは思わなかったよねぇ。ほんと、びっくらこいちゃったよぉ」
僕だった。
いや、僕もよくわかっていない。ただひたすらにボールから逃げてたらいつのまにか最後の一人になっていた。
一回もボールに触れずに勝った僕は、果たして勝ったと言えるのか?
キリスト
(始まった瞬間に「やっほーぅ」と飛び出して行って自分からボールの弾道に入って退場、ほぼ最初から試合を観戦していた)
に聞いてみたところ。
「まぁ…大丈夫っしょぉ!」
超不安。
ともかく、この6人で、大会の幕は開かれた。
---
ギュンッッッッッッ
咄嗟に首を逸らす。ついさっきまで僕の肩があったところを、アカオニが投げたボールがすっ飛んでいった。風圧が首にあたってチリチリする。
大会でも逃げ続ける僕と、積極的に攻める5人。試合の面白さとしてはいかがなものかと思うものの、僕は一度もボールに触れることもなく決勝の3人に残った。
そして、ここからはもう命懸けである。
決勝戦に残ったアカオニとタンゴは目くばせし合うと、僕を集中的に狙い始めたのだ。
同盟を組むのはアリとは言ったが、これは流石の僕もキツい。
アカオニが投げる自動車のようなボールを避けると、無理な体勢になった僕の視覚から正確なボールが脇腹を狙ってくる。身をひねって避けるのも一苦労だ。ヒュンッと音もそこそこに飛んでくるからなお怖い。
「サンクスおいっ!お前も少しは投げ返せよっ!」
「むりぃぃぃぃぃぃっっっっ!」
タンゴが叫びながら頭上数mまで飛び上がる。ほぼ頭上から垂直に落ちてくるボールを避けながらボールではなく絶叫を投げ返した。
そのままタンゴは物理法則のままに引っ張られ場外。くそぉぉぉぉ、の一言で、僕とアカオニの一騎討ちになったことを悟った。
ほんとに無理じゃないかな?
とりあえず、手に入ったボールを投げてみる。ひょろひょろと浮いたボールはあっさりとアカオニにキャッチされた。そのまま投げる体勢になるアカオニに身構える。
そのまま、投げた。
無造作に。
世界から、音が消えた。
ゆっくりになる世界で、ボールが目の前に迫る。
あ、死ぬ。
…なわけないッッッッッッ!!!
投げるフォームを見た瞬間から、次の一球はヤバいとはわかっていた。
僕はあらかじめ、球の軌道を推測して避けられるよう最小限の動きをシミュレーションしていたのだ。
ただ…想定していたより少し速い。間に合うか?
いつもは使わない筋肉を総動員して、上半身を全力で捻る。
そのまま、ふっと弾道から抜けた。
刹那。
体が浮いた。
地面に背中から着地しながら、僕は気づいた。
僕、ボールの風圧で吹っ飛ばされたんだ。
あの速度、この体勢からもう一度避けるのは不可能。負けた。
そう、確信した時。
「俺の負けだ」
…へ?
「最初に、こうすると決めていた。オレの全力をサンクスが避けられたら、俺の負けを認めると」
オレが下手に本気を出すと味方まで巻き込むからな、と冗談か本気かわからないセリフを残して悠々とコートから出ていった。
会場が歓声で沸く中、僕だけは腰が抜けて動けないまま、ぽけっとアカオニを見つめていた。
---
【行事@仁ch掲示板】
ここは行事担当者が雑談するスレです。
互いを尊重し、不快な思いをさせないよう心がけましょう。
隣の名無し:
今日のドッチボールやば
名無しの権兵衛:
ソレナ٩( ᐛ )و
来週の名無しは:
タンゴは…もうあれは人間じゃない
来週の名無しは:
空中でボールを投げるという人外技w
名無しの権兵衛:
ネンガがスナイパーに見えたの俺だけ?
来週の名無しは:
本当にスナイパーだろあれはww
隣の名無し:
プロテインは漢だった
来週の名無しは:
ウィッチのフェイクに撃沈しとったけどナ
来週の名無しは:
良くも悪くも純粋だからなプロテインは
隣の名無し:
そのウィッチもアカオニにやられたがな!
隣の名無し:
やっぱしシンプルな力が強い
来週の名無しは:
アカオニのボール速すぎww
隣の名無し:
あれ音速超えてたってマジスカ
名無しの権兵衛:
まじっぽい。“数学の日”が言ってた
名無しの権兵衛:
あんなに興奮したスウちゃんは久しぶり
来週の名無しは:
Σ(゚д゚lll)ダニィ!?
隣の名無し:
それを避けるサンクスってなんなん?
名無しの権兵衛:
つーかあの人、ボール全部避けてたw
来週の名無しは:
_:(´ཀ`」 ∠):gkbr
隣の名無し:
とりま全員人外認定って事でオーケー?
来週の名無しは:
もちろん
名無しの権兵衛:
おっけい
2chっぽくしてみた。2ch行ったことない俺が初めて訪ねて見よう見まねで真似したんでちょい拙い。
なにこれってとこあったらスマヌ
【自主企画】 お花見
俺史上初、歌い手二次創作です。
イメージはアニメの台本です。
自主企画投げるぜー!
テイヤッ(ノ゚∀゚)ノ ⌒ オレノハナシ
なろ屋「というわけで!今日は外でお花見っ!」
三月、満開の桜の下。
おー!と騒ぐ僕たちを、晴れ渡った青い空が見下ろしていた。少し呆れているようにも思えるのはご愛嬌だ。
せっかくのぽかぽか陽気なので、各自で食べ物を持ち寄り、近所の桜の下でお花見でもしようと思ったんだけど…
かもめ「そらねこ、お前はナニを持ってきたんだ…?」
のっき「スイートポテトじゃないですか?黒いですけど」
KAITO「いや、卵焼きだろ?黒いけど」
そらねこ「三色団子だよ!ほら、まん丸で美味しそうでしょ?」
サムライ翔「どちらかというと一色団子やn」
そらねこ「あ、翔さん食べたいの?」
サムライ翔「エーナンデー?」
見ての通り、わいわいやっている。
のっき「なーろきゅんっ!そんな遠い目してどうしたんですか?」
なろ屋「タノシソウダナーって思ってただけだよ」
のっき「じゃあなろきゅんも混ざりましょ!はい、あーん」
なろ屋「パクリ…ん、美味しい!」
のっき「よかったです!」
のきがにこにこしながら口元に寄せた二口目の卵焼きをまた頬張る。美味しい。やっぱりのきは料理がうまいな…
のっき「ふふふ、美味しそうでなによりです!」
そらねこ「なろさんなろさん、僕のも食べてみましょ?」
なろ屋「そらちゃん怖いよ?」
かもめ「兄弟、腕に味噌汁こぼしてんぞー」
KAITO「サムライが暴れたのが悪いー」
サムライ翔「ゲホッ…は、俺か!?」
三色団子(?)の苦味にのたうち回っていた翔ちゃんもどうにか立ち直ったようで、かいにゃんとギャーギャー言い合っている。
KAITO「なんだとアホサムライ!」
サムライ翔「なんや厨二病!」
KAITO「ふふふこの俺の右腕にかかればお前なぞ…はぁっ!」
サムライ翔「そんなんなんも起こるわけ…」
ポカスカ喧嘩が始まるかと思った、その時。
ポタッ
ポタッ
めろぱか「………え?」
ザァァァァァァァァァァァ
KAITO「…まずい俺の右腕が」
サムライ翔「んなこと言ってる場合か!とにかくさっさと撤収せな!」
--- ---
かもめ「まさか大雨になるとはな…」
KAITO「ふふふこれも俺の右腕の力」
サムライ翔「お前は少し黙れ?」
そらねこ「お花見中止寂しい…」
そらちゃんの猫耳がぺたんと下がる。確かに、せっかくのお花見なのに雨が降ってしまっては中止にせざるを得ない。こんなことなら、天気予報を詳しく調べておけば…
なろ屋「ごめん、僕の下調べ不足だ…」
かもめ「お前は悪くないだろ?謝るなって」
KAITO「そう、雨を降らせたのは俺の右腕だからな!気に病むことはない!」
サムライ翔「そうや、なろっちが気にすることないで!」
そらねこ「なろさんは悪くないよ!」
みんながそれぞれのやり方で慰めてくれるのが嬉しくて、思わず顔がほころぶ。だけど…
なろ屋「…あれ、のきは?」
…のきがいないことに気づいた。え、置いてきぼり?
かもめ「え、あいつ木の下に置いてきたか!?」
サムライ翔「いや荷物持ってついて来てたはず…」
そらねこ「とりあえず、見に行ってみよう!」
びしょ濡れで外にいたら風邪をひいてしまう。雨に打たれながら悲しそうな顔をしたのきが、なぜか段ボール箱に入っている情景が浮かんだ。
いてもたってもいられなくなり、雨の中に飛び出していこうとするとーーー
のっき「あれ、みなさんどうしたんですか?」
かもめ「にょきを!びっくりした…」
そらねこ「木の下に置いて来ちゃったかと思った…」
のっき「いえ、実は…」
--- ---
めろぱか「かんぱーい!」
僕たちは今、先ほどの桜の木の下で再びお花見を始めている。のきが借りて来てくれたもののおかげだ。
のっき「最近はこんなおっきな傘が売ってるんですよ〜!」
サムライ翔「もうそこまでの大きさやと、傘というよりビーチパラソルやな」
そらねこ「すごい!10人ぐらいで相合傘出来そう!」
なろ屋「傘持つ人大変じゃない!?」
そんなやりとりを経て、今僕たちの頭上には大きな傘が開いている。透明なので、桜もばっちり見えるのがいい。
なろ屋「のき」
のっき「? どうしました?」
なろ屋「ありがとう」
のっき「…どういたしまして!」
サムライ翔「なんや、ストーカー組2人で何話してんのー?」
のっき「ふふ、この先一週間のなろきゅんの予定を聞き出そうとしているところです!」
なろ屋「そんな話してなくない!?」
かもめ「誰か通報しろw」
さらさらと降る雨の中、満開に咲いた桜の下で、僕たちは思い思いの話に花を咲かせていた。
来年の春も、また6人でお花見できることを願いながら。
一人称把握のため初期からアニメ全視聴した結果。
うん、こんなんはまらないわけなくない?
まだまだにわか程度の知識ですが、本降り目指して頑張ります。
勇者と魔王のノンファンタジー
こちら、「これが王道のファンタジー」の続編となっております。読んでなくても話は通じますが、もうぜんっっぜん続編要素ないんですが、読んでくれたら吠えて喜びます。
とりあえずこれを開いてくれた喜びに。わおーん。
「ねぇ勇者」
「なんだ魔王」
「人間世界には無人運転ってものがあるよね?」
「おー、あるな」
「我思った。全部無人になったらさ、もうそれって人間いないんだから人間世界じゃないんじゃ?」
「…確かに。じゃあなんて名前になるんだ?」
「…無人世界?」
「大変わかりやすい。ところでさ魔王」
「なーに?」
「…お前、なんで俺の家に勝手に上がってんの?」
「なんかお前に会いたくなっちゃった!」
「そのセリフを言っていいのは美少女だけなんだよぉぉぉぉ」
勇者と魔王の取っ組み合いが始まったところで少々説明を。はい、失礼致します。
時は30XX年。あなた方がお住まいの世界とはまた別の、モンスターが蔓延る世界にて、魔王と勇者が生まれました。
そしてなんだかんだあって戦い、なんだかんだあって仲良くなりました。
そして魔王と人間は敵同士ではなくなりましたが…
「馬鹿野郎!アパートで火球投げんな!」
「えー、先に関節キメてきたのお前だよ?」
「それとこれとは話が別だ、部屋が燃えたらどうする!」
喧嘩するほど仲がいいという言葉がありますが、それにしても喧嘩が多い。困ったものです。
「あー、カーテンが…買い直す余裕ねーわ…」
「王様、報酬ほとんどくれなかったしねー」
「あんのクソジジィ…」
王は魔王討伐の報酬を理屈をこねくりまわして減らしたようです。その額まさかの銀貨十枚。ちょっと豪華な食事一食分と言ったところでしょうか。
「…勇者がさ」
「ん?どうした魔王」
「もしも勇者が我を倒せなかったら、王様はどうしたんだろーね」
「さあな。俺らが弱かったってことにして新たな勇者を集うんじゃねーか?」
「…なんか、人間も無人運転みたいだね」
「急だな」
「だって、無人運転してる車が事故おこしたら、制作者のプログラムのミスでも車のせいにできるじゃん?【車のバグです】って」
「…そうだな」
「でも、事故おこさないのは当たり前じゃん?」
「うん」
「人間も、失敗したらどんな事情があってもその人のせいになっちゃうんだよね。失敗しなくても、褒められるわけではないし」
「…」
「ねぇ、人間は何のために失敗を恐れるの?」
「…さあな。俺は何のためとか意識したことなかったし」
「変なの」
「…ただ、俺が失敗したら仲間が死ぬ。それが嫌だったってだけだ」
「…ふーん」
「…あーもー!暗い話はやめだ、やめ!今日はカレーの出来がよかったからな、特別に食わせてやるよ」
「ッ本当!?やったー!」
魔王はパッと笑顔になって、意気揚々とカレー皿を並べ始めました。相変わらずカレーに目がないようです。
ボロいアパートに魔王と勇者が2人、カレーを食べています。2人とも幸せそうです。
「ところでさ」
「どうした勇者」
「無人世界のことなんだけど」
「おう」
「真に無人なら人間の言葉で名前を考える必要はないんじゃないか?
だって、誰もいないじゃん」
「…確かにそうだな」
敵同士の運命を持った2人は、たわいない話をずっと続けましたとさ。
めでたし、めでたし。
「ところでさ、お前は誰なん?」
気にしないでください。ナレーションです。
…作者側に限りなく近いナレーションです。
「メタいね」
「メタいな」
ごめんなさい
ごめんなさい。
私はずっと嘘をついてました。
私の本当の年齢は84歳です。
昔からの友達が動けなくなったり、病気になったりしてどんどんいなくなっていくのが寂しくて、ここへ流れつきました。
みなさんの小説を読むのが楽しくて、気づけば私も子供の頃作家になりたいと思っていたなと感慨に耽っていました。
いつしか私もまた物を書くようになり、若い方たちとの交流が楽しくなっていきました。
ただ、私ももう年でしたので、みなさんが私を受け入れてくれるか疑問に思ってしまい、年齢を偽ることにしました。
ですが、もう限界です。流行を追いかけたり、話についていくのに疲れました。
データは消さず、活動休止になろうと思います。短い間でしたが、本当にありがとうございました。
…的な嘘をついてみたわけなんだがどうだろう。
今日はエイプリルフールフルフラフープだ。
いや、俺中学三年生ですし?現役の受験生ですし?
流行なんてはなから気にしたことないし?
話を引っ掻き回す担当だし?
むしろ陰キャだから誰とも話さないしっ!?
↑だめだろ
嘘に騙されまくって来たこの俺が逆に騙してやろうってわけさ!
騙されたか?騙されたよなぁ!?
…頼むから騙されたと言ってくれ。
騙してごめんて…
トラックに轢かれた俺は生きている
投稿!!!!!
サボってて!!!!!
…すんませんっしたあああああ!!!!!
「トキワぁ!おめぇ意外といけるクチじゃねーか!」
「まぁな、昔っから酒には強かったんだよ」
月が輝く夜の話である。
仕事を終えた俺は同期と共に居酒屋でグビグビと酒を飲み干していた。
同期は俺が酒を飲めると思っていなかったらしいが、よく言われることだ。女か男かわからないなよっこい見た目にでかくて厚いメガネ。
オレンジジュースを隅でちびちび飲んでそうなやつとしか言いようがない。俺だってそう思う。
「ぐっはぁ、あちぃ…」
「そういう気候だからなぁ。だからこそ冷えたビールが最高に美味いんだろうが」
「そうだけどよぉ、あちぃもんはあちぃじゃねーか!」
「俺にどうしろと…」
狼狽する俺に、同期はさらにたたみかける。
「そうだ!トキワ、なんか不思議な話してくれよ!」
「は、はぁ?」
「納涼といえばのお決まりだろ?いっちょ、この世のものとは思えないような話、聞かせてくれよ!」
「…この世のものとは思えない話、か」
そういえば、全く怖くはないだろうが、一つ不思議な話を知っている。まさに、この世のものとは思えないような、そんな話だ。
「…ふん、いいぜ。ちびるなよ?」
「あー、それなら一旦便所行ってくるわ」
「そこは嘘でもイキって欲しかった…」
---
あれはほんの一ヶ月前だったかな。俺は会社から家に帰ろうと家路を急いでいた。前々から目をつけていたゲームのイベントがその日、最終日だった。俺らのチームはかなりいいところまで来ていて、この最終日が踏ん張りどころだったんだ。
雑念まみれの頭で急いでいると、突然パッと目の前が赤く光った。ちらりと前を向いたら、赤信号が我が物顔で光っていた。道路に飛び出す寸前だったんだ。危なかったな、人生終了寸前だったぜ。
俺は自殺志願者ではないので、ちゃんと足を止める。ほっと息をついた。
その俺の横を、当たり前のように小さな子供が走って行った。その先はもちろん、横断歩道。信号はバッチリ赤。
ブオロロ、と音がする。見る必要すらなかった。馬鹿でかい鉄のかたまり、トラックだ。しかもかなりでかいやつ。
…はは、典型的なピンチってやつだよな。横断歩道に飛び出た子供に、スピード出して走ってくるトラック。俺はああいうの助けるやつって馬鹿だと思ってたんだ。|英雄《ヒーロー》気取りかよ、って。
でも、その場では頭では考えられないもんなんだな。俺は走り出した。走り出してしまった。
子供を突き飛ばして、俺も逃げようとしたけど間に合わなかった。トラックって馬鹿でかいのに速いんだよ。
よくある展開だった。目の前にトラックが迫ってくる。
あ。
俺、死ぬわ。
…って思ったんだけどさ。
俺は死ななかったんだ。
世界が灰色になって、全部が動きを止めて。世界にたった1人俺だけになったみたいだった。
…時間停止?ああ、お前そーゆーの詳しかったよな。うん、そんな感じ。マジで時間止まってた。
まあ、案の定だが俺は焦った。ナニコレって。
そしたらさ?
「あ、あの」
キョロキョロ見回してた俺の後ろから声が聞こえた。可愛い女の子が頭の中に浮かぶような声だった。俺は、これあれか、ハーレムイベントかって現実逃避気味に振り返る。
ほんとに美少女だった。
「嘘やん」
俺は何気なく呟く。人間の脳ってショートすると語彙力無くなるってことを痛感したね。
…いや、俺の語彙力がないわけではないし?別に俺の元々のステータスの問題ではないし?うるさいぞ?
まあまあ、それについてはあとで話すとして。
女の子は俺が振り向いたら、やっと気づいた、ってほっとしてた。ごめんて。
で、結論から言おう。
女の子は女神様でした。俺が死ぬはずじゃない時に死んじゃったもんで生き返らせに来たらしい。そりゃ時も止められるわな。女神だし。
まあ、生き返らせてくれるならありがたい。仕事だって頑張ってたし、ゲームイベントも参加しなきゃ。俺に断る選択肢はなかった。
お願いしますっつった俺に、女神様は言った。
「それでは、貴方が道路に飛び込む前に時を戻します。今度は、死なないでくださいね?」
---
「マジもんの不思議な話キタ」
「ずっとマジだよ俺は」
一気に話した俺はビールで喉を潤す。ホップの苦味が心地よく喉を滑り落ちる感覚に、ほう、と息を吐いた。
「え、それでお前はただ生き返ったのか?女神様なんて滅多に会えるもんじゃねぇんだから、彼氏いるか聞けよ」
「女神様への不敬ぱねぇな。そもそも、俺まだ話終わってねぇよ」
「は」
「ああ、この話にはまだ続きがあるんだ…」
---
「時間を戻す?生き返るって、そゆこと?」
生き返らせようとする女神を遮り、俺は聞き返した。
「え、ええ。いくら女神でも死んだものは生き返らせることはできないので。生き返る前に戻して死を回避させる、という方法を取らせていただきます」
それがどうかしましたか?と聞き返す女神を放置して俺は考える。
なるほど、合理的だ。俺を生き返らせるのではなく、俺が死んだという事実を消すという、時間停止の応用。神ならではの発想だ。
…ただ、な。
「女神様。俺が生き返ったら…その子は、死にますか?」
俺はそっと、俺に突き飛ばされて地面に倒れ込んでいる子供を指差した。
女神は、ゆっくりと首を縦に振った。
なら、俺のすることは決まっている。
俺は、生き返りを断ることにした。
俺は、長い間仕事を頑張ってキャリアを積んだ。
俺は、ゲームでかなりの地位にいた。
俺は、まだ手放したくはないものがあった。
…だけど、この子の命と変えられるようなものは、何一つなかった。
俺の答えに目を剥いた女神は、世界の|理《ことわり》が、|輪廻《りんね》の輪が、とむうむう唸っていたが、やがてため息をついて俺を見た。
女神は可愛く言った。
めんどくさい!異世界にぶっ飛ばしてしまえーっ!と。
---
「…は?」
「びっくりするよな、唐突なキャラ変って心臓に悪い」
「そうじゃねぇだろ」
同僚は目をまん丸に見開きながら言った。
「《《じゃあ、トキワは別の世界から来たのか?》》」
「まあな」
俺は、目の前の同僚ーーー赤髪に金眼、額に見事なツノが生えた|鬼族《オーガ》に頷いた。
犬耳が生えた店員さんが、お待たせしました〜、と追加で頼んだビールを運んでくる。
店員さんの肩越しから見える店の出口からは、馬車ならぬ竜車がガラガラと道を通るのが見えた。
今俺がいる世界は、元の世界とは似ても似つかぬ、剣と魔法のファンタジー世界だった。
ギルドが会社のように存在し、国王も宰相も傲慢に振る舞い、冒険者が日銭を稼ぐために、蔓延る魔物をめったぎりにしている、そんな世界。
俺は、その世界の小さな町のギルドの前で倒れ込んでいるのが発見され、なんやかんやあってそこで働くことになった。
最初はどこの出自ともわからぬ俺に辛く当たる奴もいたが、俺が自分の能力を発揮し始めると揃って口をつぐんだ。
この世界は識字率が低く、計算ができるものは重宝される。長年の職場経験で培った情報処理能力を持つ俺ははギルドの職員たちには喉から出るほど欲しい人材だったのだ。
転生者にはお決まり装備らしい「翻訳機能」でコミュニケーションにも事欠かない。俺は、ちゃんと自分の居場所を見つけることができたのだ。
「へぇ…世の中には不思議な話があるんだな」
「俺の話を信じるのか?」
「まあ、信じられないような話だな」
だが、と同僚は続ける。
「酒の美味さがわかるやつに悪い奴はいない!だから俺は信じる!」
…まったく、こいつには敵わないな。
おら、じゃんじゃん飲めー、とビールのジョッキをぐりぐり押し付けてくる同僚に苦笑いする。
ライトノベルの主人公はおろか、モブにすらなれない転生者の男。
それをーーーこの世界で月と呼ばれる、夜空に浮かぶ赤い水晶体は静かに見下ろしていた。
※筆者はビールが飲めません。悪人です。
ちなみに伏線は張りまくってます。一番の力作は「この世のものとは思えない話」。最初の構想では怖い話だったんですが、文字通り「この世界のものではない話」というのもいいなと思って変えました。
俺が数えたら、上のを抜いて六つあります。全部見つけたやつは…褒めます。
解説欲しかったらその旨をファンレターでお送りください。作ります\\\\٩( 'ω' )و ////
【曲パロ】少女レイ
リックエッスト。
カン、と冷ややかな音が教室に響いた。
俺の目の前には|玲綺《たまき》の机。木の模様が色濃く残るそれの上には、真っ赤な花瓶が置いてある。
生けてあるのは、菊の花。
置いたのは、俺。
ふう、と緊張のため息が漏れる。
置いた。置いてしまった。これで俺は引き返せない。|玲綺《たまき》には嫌われるだろう。きっと、二度と口を聞いてもらえない。
でも、仕方ないよね。
君が悪いんだから。
口元を歪める俺の耳に、声が滑り込んできた。
「…キミハトモダチ」
---
「っ”!?っは…はぁ…げほっ……」
じっとりと気持ち悪い汗が背中を流れる。額に張り付いたべたべたの髪を荒くはらって、俺はゆっくり体を起こした。
まただ。またこの夢だ。毎日見る、嫌な夢。毎夜毎夜花瓶を置いて、耳元にあの声がぬるりと入るところまでがワンセット。
「…っあ…ぃ、行かなきゃ…」
半ば夢の中にいるような状態で、ぽつりと呟いた。
汗で濡れた服を取り替え、朝食も食べずに家を出た。気遣わしげな母の見送りが今は鬱陶しい。自転車のペダルに足をかけ、ゆっくりと漕ぎ出す。毎日乗っているそれは、大した抵抗もなくするりと車輪を回した。
俺の家の隣にある桃色の一軒家が、妙に大きく見える。《《今日も》》、俺はその家の前を通らないよう、遠回りなルートを選んでハンドルを切った。
ーーーあの家の前を通ったら、まだ、線香の匂いがするから。
---
--- 九月。それは、学生にとっての節目です。 ---
--- あるものは、恋をしたり別れたり。 ---
--- あるものは、友との絆を確かめたり。 ---
--- 大小の差はあれど、変化が訪れます。 ---
--- そして、九月というのは。 ---
--- いじめられっ子が負ける日でもあり。 ---
--- いじめっ子が|標的《ターゲット》を変える日でもあります。 ---
--- そして、とあるクラスでは。 ---
--- 気弱な女の子が、次の|標的《ターゲット》になりました。 ---
--- 白羽の矢がわりの真っ赤な花瓶。 ---
--- 置いたのは、彼女の親友でした。 ---
--- いじめる側を選んだ、親友《《だった》》子でした。 ---
---
「……っとと」
突然吹いて来た強い風にあおられて、自転車はあっという間にバランスを崩した。慌てて足をブレーキがわりに止めようとするも、コンマ1秒遅い。なんとか自転車が倒れるのを防いだものの、ザリザリと嫌な音を立てて片足が地面を擦った。
コンクリートで破れたのだろうか。
ズボンに切れ目が入って血が滲んでいた。
じくじくと傷が痛む。ぶわっと流れ出た血がズボンに赤い花を咲かせた。
ーーー|玲綺《たまき》は、もっと痛かっただろうな。
俺は自転車を立て直してまた漕ぎ出した。
無視したのは、足の痛みではなく胸の痛みだったと思う。
---
--- ある夏の日のことです。 ---
--- 親友は、教室の前で足を止めました。 ---
--- 女の子の悲鳴が聞こえたからです。 ---
--- 中では、いじめっ子が誰かを囲んでいました。 ---
--- 中にいたのは|玲綺《たまき》でした。 ---
--- |玲綺《たまき》は、今にも泣きそうでした。 ---
--- 突然、いじめっ子がナイフを取り出しました。 ---
--- 身をよじる|玲綺《たまき》を押さえつけて。 ---
--- いじめっ子は、|玲綺《たまき》のスカートを。 ---
--- びりりと、破りました。 ---
--- その姿は、まるで。 ---
--- 獲物に爪を突き立てる獣のようでした。 ---
--- 親友は、たまらずその場から逃げ出しました。 ---
--- |玲綺《たまき》の高い悲鳴が、夏の空気を裂きました。 ---
--- ある夏の、美しい青空の日のことです。 ---
---
自転車は、俺に従って迷いなく一点を目指して進む。どこまでも素直に、どこまでも真っ直ぐに。
道の脇に公園が見えた。見覚えのある公園だった。
あの子と遊んだ、あの公園。砂場の砂が細かくて、トンネルが作りにくかったっけ。ブランコの座るところも小さくて、落ちそうだ落ちそうだときゃあきゃあ笑い合っていた。
幼い頃の憧憬がよみがえり、目が自然と公園を追いかける。だが、今乗っている自転車は俺の意向に反して、真っ直ぐに公園のそばを通り過ぎた。
自転車はやっぱり真っ直ぐに走った。
まるで、俺を逃さないと言わんばかりに。
---
--- 幼い|玲綺《たまき》は、幼い親友とよく遊んでいました。 ---
--- 「ねぇレイちゃん、あそぼ!」 ---
--- 「っわたしのなまえはれいじゃないもん」 ---
--- 「だって…読めないんだもん」 ---
--- 「わたしのなまえはた・ま・き!」 ---
--- 「レイちゃんのほうが、かわいいよ!」 ---
--- 幼い|玲綺《たまき》は、レイと呼ばれるのが嫌でした。 ---
--- 幽霊みたいだからです。 ---
--- でも、可愛いと言われた|玲綺《たまき》は。 ---
--- はにかみながら、にっこりと笑いました。 ---
---
ーーー着いた。
キキキ、と小さなブレーキ音と共に自転車は動きを止めた。
到着したのは、踏切だった。威圧的な遮断機が、ちょうどカンカンカンと騒音を振り撒きながらバーを下ろしたところだった。
そして、踏切の脇にはぽつんと花束が捧げられていた。
ここは、|玲綺《たまき》が死んだところだ。
俺は、|玲綺《たまき》を追い詰めたいわけじゃなかった。
ただ、また俺を見て欲しかっただけなんだ。
ただ、俺を頼って欲しかっただけなんだ。
ただ、また友達になりたかっただけなんだ。
幼い頃は一緒によく遊んでくれたのに。笑って話してくれたのに。君は俺のものだったのに。
今は俺に見向きもしなくなって。笑顔は知らないやつに向けて。誰かのものになって。
俺がピンチを救うヒーローになればまた振り返ってくれると信じてた。ピンチを作り上げるために苦手ないじめっ子たちに取り入って、そそのかして、次の|標的《ターゲット》を|玲綺《たまき》にするよう仕向けた。
あとは、|玲綺《たまき》が俺に話しかけるだけだった。
君が助けを求めるなら、何を犠牲にしても助けたのに。
なんでだよ。
なんで勝手に死んじゃうんだよ。
「なんでッ…?」
俯いた俺を尻目に、俺の声は遮断機の向こう側へとゆっくり流れていって消えた。
その時だった。
「…アハハ」
あの子の声が、聞こえた気がした。
いや、気がしたんじゃない。聞こえる。
あの子の笑い声が、確かに。
顔を上げると、さっきまではいなかったはずのものがあった。
スカートがビリビリに破れた制服。
踏切の向こう側の景色が薄く透けた体。
そして、カバンについているキーホルダーは。
幼い俺と買った、お揃いのもの。
遮断機を挟んで、|俺《コノヨ》と|玲綺《アノヨ》が出会った。
|玲綺《たまき》は、ゆっくりと微笑んだ。こっちに来てと言われた気がして、俺は思わず叫ぶ。
「レイちゃんっ!!」
その時にはもう、俺の足は動き出していた。自転車を乱暴に倒し、《《遮断機を超え》》、|玲綺《たまき》に駆け寄る。
「レイちゃん…会いたかった…!!」
そのまま抱きしめようとする俺を遮るように、|玲綺《たまき》はサッと手を動かした。
そして、俺を指差して、動きを止めた。
え
なんで
ゆびさして
なんで
ずっと
わらってるの
あれ
でんしゃ
まぶしい
ーーーぐちゃり。
---
--- 女の子は、彼を見下ろしていました。 ---
--- 彼《《だったもの》》を見下ろしていました。 ---
--- 彼は、結局最後まで謝りませんでした。 ---
--- ただ身勝手に、彼女を求めただけでした。 ---
--- 昔から、そうでした。 ---
--- 女の子を自分のものと決めつけて。 ---
--- 危険があれば見捨てて。 ---
--- すぐに、何食わぬ顔で戻って来て。 ---
--- 女の子は、ずっと ---
--- 彼に、本当の意味で親友になって欲しかった。 ---
--- 肉塊となった《《親友》》を抱きしめて、 ---
--- 女の子は、笑いました。 ---
--- 頬を、一筋の涙がこぼれ落ちました。 ---
…うーん
いいやR18じゃなくて。
遅くなり大変申し訳ございませんでした。
読んでくれた皆々様、もしよければファンレターぶん投げていただけるとぼっち狼が頑張るぼっち狼に進化できます。何卒。
「メンヘラ彼女」
メンヘラとヤンデレって見分けつかない。
俺が一度どっちにもなってみるべきだろうか。
「つーくん今日も遅かったね。どこ行ってたの?」
恋人の|希空《のあ》はそう聞いて来た。包丁を持って。
つーくんこと僕、|星野《ほしの》|月兎《つきと》は内心またかと思う。毎回彼女は僕を疑う時に包丁を持ち出してくるのだ。ワンパターンすぎる。せめて次はカッターにしてくれないだろうか。
とはいえこの状況で答えないのは馬鹿のすることだ。なんか答えなきゃだけど、こっちもワンパターンじゃつまらないよな。
「聞いてる?
…やっぱアタシなんてどうでもいいんだ。アタシがどんなにつーくんを想っても、つーくんは答えてくれないんだね」
僕が気の利いた返事を捻り出そうと沈黙していると、|希空《のあ》は病的な笑顔で|捲《まく》し立てながら僕ににじりよってきた。ドロリとした|独占欲《アイジョウ》が瞳の中でうぞうぞしてる。
「ごめんね、システムおかしくなって残業してた」
「前浮気したときもそうだったよね?」
ごもっとも。僕には前科がある。それも結構な回数。帰りが遅いことに違和感を覚えるのも当たり前だろう。
「いや、今日は本当に仕事だったんだよ」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃない。少なくともーーー」
そう言いながら素早く距離を詰め、さりげなく包丁を持つ手を押し下げながら抱きしめた。
「君を愛してることは、嘘じゃないよ」
「…つーくぅん…」
|希空《のあ》の声が柔らかくなり、甘えるように頭を擦り付けて来た。優しくそれを撫でながら包丁を奪う。もう慣れた。
「じゃ、これはもう片付けるね」
「うんっ!」
|希空《のあ》は大きく頷くとトテトテと自分の部屋に戻って行った。
危なかった。
危うく、《《浮気がバレるところだった》》。
「ーーーってことがあってね。危なかったんだ」
「彼女さんメンヘラなんでしょぉ?そんなの実在してるなんてウケるんですけどぉ」
カナコは、全くウケてなさそうな顔でこっちを見た。
今の浮気相手であるカナコは可愛いが、時々愛とはまた違った黒い欲を向けてくることがある。どんな欲なのかは目も向けたくない。ほっとこう。
「それよりぃ、ホテルいこうよぉ」
「ああ、どこにしようか」
僕は携帯を取り出して、近くのホテルを検索し始めた。途中、|希空《のあ》から数回の電話が来たが無視する。電話に出たら、|希空《のあ》がどっからか持って来た|逆探知機《ぎゃくたんちき》で居場所が知られてしまう。
一応、出張の名目で抜けて来たからそれは困るのだ。
ついでにパスワードを変えておく。週3のペースで帰る僕は一般的に異常なのだろうが、念の為というやつだ。
全ては、彼女にバレないためである。
「つきとくぅん、まだぁ?」
可愛らしく口を尖らせるカナコに笑いかけながらぶるぶると震え続ける携帯の電源をぶちりと落として、カナコと腕を組む。
豊満な胸の感触を楽しみながら近くのタクシーを呼ぼうと手を挙げた。
---
「じゃーねぇ。お金ありがとぉ!」
僕のお金を大事そうに握りしめてカナコは去っていった。金のつながりとはいえなんだかあっけない。お金ってそんなに魅力的だろうか。
そう思いながら今日も今日とて跡をつける。これをやめれば疑われないような時間に帰れるのだろうが、それでもやめられない。
「…お」
来た。
カナコの前には僕の倍ほどの体躯の男が立っている。カナコはにっこりと笑いながら男にお金を差し出した。さきほど僕があげた、お金を。
男とカナコは二言三言言葉を交わして、腕を組んでどこかに歩いて行った。行き先は多分ホテルかな。
体力すごいなぁ、カナコは。
はぁ、とため息をついて|踵《きびす》を返す。この先を見ても対して面白いことはない。
行く先は僕の恋人である|希空《のあ》のところ。《《希空につけているGPS》》の位置がずんずんこちらへ近づいて来てる。おそらく標的は僕ではなくカナコだろう。どっから嗅ぎつけたのかな?
何はともあれ、ここで突っ立ってるのはまずい。僕は近くの路地に隠れて、恋人が現れるのを待った。少し待つとGPSの通りに姿を見せる。
相変わらずのゴスロリツインテスタイル。ここまで地雷系ファッションだと逆張りを期待してしまうレベルだ。
「…やるか」
多分|希空《のあ》はなんらかの形でカナコのことを知って嫉妬で周りが見えなくなっている。僕が浮気しているという確固たる証拠はないと思うが、状況的にはほぼ確定。
浮気している瞬間を抑えて確信を得ようという|魂胆《こんたん》か。|希空《のあ》の考えが手に取るようにわかった。
ここで出し抜く方法は一つ。舞台は整った。
「それっ」
「ひゃっ!?つーくん!?」
気づかすに僕を追い越した|希空《のあ》の後ろからばふっとバックハグをかましてやった。いや、そんな幽霊を見たような目で見られても。
「なんで…」
「出張が意外と早く切り上がってね。予定が大幅に繰り上がったんだ」
それとも、と魂が抜けたような顔をしている|希空《愛する人》を甘く見つめ返す。
「僕が早く帰って来ちゃまずかった?」
|希空《のあ》の顔が嘘のようにとろけた。首が取れそうなほど首を振る最愛にいい子だと囁いて、頭を撫でてやる。嬉しそうな彼女を見て、僕は完全に出し抜けたと確信した。
そのはずだった。
---
一つのメールから全ては崩れた。
家で、妙に帰りが遅い|希空《のあ》からのメールを受け取った。あの子も浮気してるのかな、とか思いながらメールを開封する。件名は、「ねぇ」。
「カナコっていうんだね、この人。
|早く来てね《殺しちゃうよ》?」
ーーーーーあ。
そんな文章と共に、二枚の写真が添付されていた。一枚目は地図だ。ここから15分ほどの深い山に赤いピンが立っている。
そして、二枚目が。
縛られ、猿ぐつわをかまされた女。
顔は見覚えがある。
間違いなくカナコだ。
僕はかばんを引っ掴んで車に乗り込んだ。
最初から警察に行くという選択肢はない。誰かに相談する必要も無さそうだ。
行く先ははっきりと決まっている。
山は車でもぎりぎり入れた。入り口にはロープが貼られていない。不用心だなと思いながらも迷いなく先へ進む。
ピンが示していた場所には、黒いワゴン車があった。写真の背景はおそらくこの車。そんなに遠くに入っていないだろう。
よく耳を澄ますと、かすかに女の金切り声が聞こえる気がした。それを頼りに、草をかき分けて歩く。
数分歩いていると、突然視界が開けた。
月明かりが2人を照らしていた。
縛られて涙目になっているのがカナコ。そしてその後ろで黒い服にハンマーという物騒な格好をしている|希空《のあ》。誰がどう見たって通報案件だ。
「つーくんの負けだよ?」
助けてぇと叫ぶカナコを蹴り飛ばして黙らせながら|希空《のあ》は微笑んだ。かくれんぼの鬼をしていた子供が、他の子供達を見つけたときのようだった。
だから、僕は同じようにするだけだ。
「ああ」
「すごいな、こんなに早いとは思わなかったよ」
「でしょ?つーくんったら、またセキュリティ厳しくしたから大変だったのー!」
「バレないために必死だったからなぁ」
「でもでも、アタシの愛の方が強かったってこと!」
「そうだな、今回は完敗だよ」
すごいねと頭を撫でると|希空《のあ》は顔を蕩けさせた。今にも抱きついてきそうだが、まだことが終わっていないので我慢しているようだ。帰ったら今日は寝れないだろうな。
まだ撫でながらカナコの方を見やると、目を輝かせ僕を見ていた。僕が地雷女をうまく止めたのだとでも思ったんだろう。
可哀想に。
「で、《《こいつ》》どうすんの?」
「もう用済みだから捨てちゃっていい?」
「うん、君の好きにしていいよ」
やったー、とくるくる回りながら喜ぶ彼女をカナコが混乱した目で見ている。まだこの状況を理解してないのか。|頭の悪い《バカな》女というのは困ったものだ。
「…っえ、つきとくん…??早くぅ、縄ほどいてぇ…??」
ぐるぐると焦点が定まらない目で僕を見てくる。何か言葉を返そうと口を開いた、が。
「|テメェ勝手に口開いてんじゃねぇよ《ころすぞ》」
彼女は容赦なく、ハンマーを振り下ろした。
耳をつんざくような悲鳴が山に響いた。どうやら手を潰されたらしいが、それにしても不快だ。ばさばさと鳥が逃げるほどの金切り声に僕は思わず耳を押さえた。
「うるさいなぁ。早く終わらせて帰ろう、|希空《のあ》」
「うんっ!…じゃあ、見ててね?」
アナタが浮気したから、この人は死ぬんだよ?
にっこりと笑ったままの|希空《カノジョ》の声が聞こえた。
|希空《のあ》はまたハンマーを持ち上げて。
そして、無作為に振り下ろす。
肩に当たる。
持ち上げる。
振り下ろす。
足に当たる。
持ち上げる。
振り下ろす。
肩に当たる。
肉が潰れる。
骨が折れる。
声が漏れる。
血が流れる。
頭に当たる。
人間が死ぬ。
終わり、とばかりに彼女はハンマーを振った。びちゃりと血飛沫が舞い、鉄臭い匂いがあたりに充満する。
「…帰ろっか、つーくん?」
「ああ、帰ろうか」
---
【速報です。山内県河野原市XX山中で身元不明の遺体が発見されました。遺体は損壊が激しく、警察は殺人事件と死体遺棄事件として捜査をするとのことです。】
数日後、朝のニュースであの女のことが報道されていた。発見も思ったより遅かったし、まず僕たちが関連づけられることはないだろう。朝っぱらから見たいニュースではないが。
これが流れるたびにあの光景が蘇るのはイマイチだ。ご飯が美味しく無くなる。
「つーくん、なに考えてるのー?」
「ん、君のご飯は今日も美味しいなって」
「えへへ、そうかな?」
口元をだらしなく緩ませながらテキパキと料理を運ぶ様はまさに良妻だ。顔も可愛いし、あの欠点がなければ普通にモテてただろう。
実際僕も彼女の容姿に惹かれて付き合い始めた。今までずっとくっついたり別れたりと長続きしなかったから、どうせすぐ別れるんだろうなと思っていた。
なのに。
僕に馴れ馴れしく接して、挙げ句の果てに|希空《のあ》に別れてくれと詰め寄った女はあっさりと殺された。
呼び出されて見せられた血まみれの|肉塊《ニンゲン》に絶句していた僕に、|希空《のあ》は微笑んだ。
「|つーくん《ダイスキナヒト》が大好きだから、やっちゃった!」
その時、僕は初めて思えたんだ。
ああ、愛されてるなって。
僕は、こうして初めて誰かに愛されたと確信できた。
それから俺は彼女に愛されてることを自覚するために、何度も浮気を繰り返した。相手が確実に殺されるとわかっていながら、何度も何度も声をかけた。
全ては、愛されるために。
彼女は彼女で僕のどこに惹かれたのかわからないが、くっついて離れない。僕たちは誰よりも、何よりも、最高に相性のいいカップルだ。
【警察は情報提供を求めています。情報提供はこちらまで。090ーXXXXーXXXまでーーー】
ブツリ。
さっきからうるさいテレビを消す。あの女のことで煩わされたくない。なんという名前だったか、カナタ、カヤコ、タナカだったっけ。
《《そんなことも今となってはどうでもいい》》。
《《今はただ、愛する人と一緒にいたい》》。
「つーくん、大好きだよ」
「うん、僕も愛してるよ」
僕たちは今、幸せだ。
最初PG12の予定だった。通報されるのは勘弁なんで一応R18にしておく。
でももうちょいグロくてもよかったな。ブレーキききすぎたか〜
虐
【ーATTENTION!ー】
下記の小説は俺の師匠の星屑師匠(二重?)のネタ帳をこっそり覗いた悪い弟子が不遜にもぺろりといただいて書いたものとなっております。
誤字脱字に文章の書き方や名前のセンス、そしてもちろん放送禁止用語や言葉の意味の違いなど、なんじゃこれポイントがありましたら何卒俺をしばいてください。
{ーーー ここで速報です}
{|屋名町《やなちょう》殺人事件について、新たな情報が入ってきました}
{|屋名《やな》|警察署《けいさつしょ》が、先日発見された|遺体《いたい》をこれまでに起こった二件の殺人事件と|同一犯《どういつはん》によるものだと正式に発表しました}
{これを受け、警視庁は一連の事件を“連続殺人事件”と見なし、犯人の|逮捕《たいほ》に向け慎重な捜査を行っていく|模様《もよう》です}
{繰り返します ーーー}
プツリ
テレビの音が消えると、窓の外で降り続ける雨の音が|一層《いっそう》大きくなった気がした。うるさくて仕方ないけれど、このまま殺人事件のニュースばかりの番組を|延々《えんえん》見続けるのも気が|滅入《めい》る。
ぐだりとテレビの前に寝転がっている私の姿の方が、まあ、見ただけで気が|滅入《めい》りそうだけど。
ごろりと寝返りを打てば、フローリングの床に散らばったまっさらな宿題が目に入った。白さが|眩《まぶ》しくて、思わず|眉《まゆ》が|歪《ゆが》む。リビングの机から何かの|拍子《ひょうし》に落ちたんだろうけど気づかなかった。
そんなにテレビの音、大きかったっけ。
「…宿題、しなきゃ」
これが、“|小倉《おぐら》 |杏《あん》”の何も変わらない|日常《にちじょう》だ。
---
|漠然《ばくぜん》と死にたいと思い始めたのはいつからだったろうか。
幼稚園で、名前があんこみたいだからとあだ名がおばあちゃんに決まった時か。
家で、おばあちゃんの息が弱まっていく|様《さま》を見届けた時か。
はたまた。
中学で、|面《めん》と向かって悪口を言われても涙が出なくなった時か。
思い当たる機会はいくつかあるものの、未だ“|漠然《ばくぜん》”の|域《いき》で踏みとどまれているのは間違いなく、
「|杏《あん》ちゃ、何ぼーっとしてんだにゃー?」
…後ろからの声に我にかえればもう授業は終わっていて、クラス中が笑いと|喧騒《けんそう》に溢れていた。
そして、座っている私の背中をつんつんとつつくのは、後ろの席の|尾崎《おざき》。私の背中のつつき心地が気に入ったらしく、こうしてつつき回しては私をからかって遊んでいる。
先ほどの言葉を続けると、私が今ここで生きているのは少なからず尾崎のおかげだ。この女が私を|此《こ》の|世《よ》の|淵《ふち》からにゃーにゃー言いながら引っ張り戻しているのだと思う。
多分、そんな感じ。
「あ、もしや|杏《あん》ちゃも事件のことが気がかりかにゃー?そうだよねぇ、現場はここら辺ばっかだもんねぇ」
「気になってはいるけど…みんなは気になってるってより、なんかこう、ビビってるっていうか」
「あ、にゃーもそれ分かる!にゃーのにゃにゃにゃアンテナがにゃにゃっとにゃーんってしてるにゃー」
「にゃーの大渋滞じゃん」
「まーまー冗談はともかく、そりゃビビる気持ちもわかるけどちょっちビビりすぎな気もするんだにゃー」
ビビる気持ちのカケラも無さそうな尾崎の顔に少しだけ気が抜けた。尾崎にはもうちょっと|危機感《ききかん》を持って欲しいな。
「むー…にゃにゃっ!にゃーの天才的な検索センスで何とも|興味深《きょーみぶか》い記事を見つけたにゃー!」
「尾崎のバカ、スマホバレたら|没収《ぼっしゅう》だよ」
「何事もチャレンジだにゃー!
…ふむ?書き込みを見るに不審人物の目撃情報が集まってるらしいにゃー。お、地図みっけたにゃ!」
「私|庇《かば》わないからね…?」
そう言いつつも尾崎のスマホをのぞいてしまうのは人間の好奇心の悪いところである。地図は|屋名町《やなちょう》のところまでズームされており、不審者情報を示すと思われる赤いピンは学校に|程近《ほどちか》い住宅街に集中していた。
「おっそろしいにゃー…にゃーは当分ここは避けて通るにゃー。|杏《あん》ちゃはどうするにゃ?」
尾崎は、にやりと笑った。
「むしろ、突っ込んでいくかにゃー?」
「…突っ込んでいくなんて危ないじゃん」
「ま、そーだよにゃー」
「ちゃんと下調べするよ」
「およ?なんだかあらぬ方向に?」
---
その二日後。
私は|件《くだん》の住宅街のど真ん中に立っていた。
下調べすると尾崎に言ったものの、情報をまとめるのはそれほど手がかからなかった。何せ、すべての情報が気持ちが悪いほど一致していたのだ。
黒フードの背が高いやつが走っていた、と。
下調べが手詰まりになったあたりでヤケクソになって現場に|突撃《とつげき》してしまったのは間違いなく私が悪い。ただ、いくら|目撃情報《もくげきじょうほう》が多いと言ってもそう都合よくいるわけではなかった。
そもそも、あのにゃーの|権化《ごんげ》みたいな尾崎が探してきた情報という時点で|信憑性《しんぴょうせい》がアレなのであって…あれ、私はどうしてこんなところにいるんだっけ。
あれ。
なんで私は殺人犯を追ってるんだっけ????
考えれば考えるほど自分の行動が|意味不明《いみふめい》に感じられる。何してんだろう、私。
なんだか面倒くさくなってしまって、私は|踵《きびす》を返す。いいや。帰ろう。
家に帰って、また日常に戻ろう。
これはちょっとしたバグみたいなものだったんだ。
そう、ただの、バグ。
すぐ直ってしまう。
…かぁん、と鉄の音が聞こえた気がした。
その時にはもう、私の目の前は真っ暗になっていた。
そんなこんなで、コンクリートの部屋で目が覚めたのがたった今だ。
きいきいと頭の上でランプが揺れている。虫などはいないし、かなりじめじめとしているのでおそらく地下室だろう。
|案外《あんがい》|気絶《きぜつ》とは時間を感じさせないもので、ここに一瞬でワープしてきたような気分だ。違いと言えば、明らかな|後頭部《こうとうぶ》の痛み。これ血が出てるんじゃないだろうか。くも|膜下《まっか》|出血《しゅっけつ》、だったか?痛そうだから嫌だな。
ああ、それと。
違いはもう一つ。
木製の椅子に、きつく|縛《しば》られていること。
足は一本ずつ椅子の脚に縄でぐるぐる巻きになっていて、手は椅子の|肘掛《ひじか》けに、これまたぐるぐる巻き。なんともご|丁寧《ていねい》な|扱《あつか》いだ。
そして、目の前には冷たそうな地面に黒フードが座り込んでいた。
どうやら私は運良く、あるいは運悪く出会ってしまったようだ。
|巷《ちまた》を騒がせる、殺人犯に。
自然と体に力が入り、少し過剰とも思えるような縄がぎしりときしむ。途端、黒フードが顔を上げた。
ガバリ、という効果音がつきそうなほど激しく顔を上げたせいでフードが取れてしまっている。ランプの光の元に|晒《さら》された顔は、私の声を掠れさせるのには十分だった。
「ぉ、ざき?」
「お、意識ははっきりしてんのにゃー。|杏《あん》ちゃ、さすがだにゃー!」
目の前に縛られた人間がいるというのに、尾崎は何も変わらない気が抜けた顔でにゃーにゃーしていた。
信じられないし、信じたくない。
だけど、これは誰の目にも明らかだろう。
「…一応言うよ。|縄《なわ》、|解《ほど》いて」
「ふふふ、やだにゃー」
尾崎はあっけなく認めた。
私を|縛《しば》った張本人だと、あっさりと。
「それにそれに。
天才|杏《あん》ちゃはもう《《にゃーが殺人犯だとわかっちゃってる》》とみたにゃー。
つまりっここで|杏《あん》ちゃの縄を解いちゃうと!か弱いにゃーはみすみす|杏《あん》ちゃを逃がし、にゃんという間に|檻《おり》の中、というわけなんだにゃー」
「今のはもう自白じゃないの?」
「?そうだにゃー?|親愛《しんあい》なる|杏《あん》ちゃには全てを話せると思っているにゃー!」
それに、と尾崎が続けた。
「|杏《あん》ちゃが知ったとて、ここから出られるとでも思ってるのかにゃー?」
にゃははウケると笑いながら、尾崎は黒い服の内側をごそごそと探る。まるで友達に話すような口調だから|勘違《かんちが》いしてしまいそうだけど、私たちはあくまでも殺人犯と次の|死体候補《したいこうほ》だ。私に息をする以外の行動は許されていない。
だけど、これも人間の好奇心の悪い癖なのか。
私は|迂闊《うかつ》にも、聞いてしまった。
「ねぇ」
「んー?なんだにゃー?」
「なんで、人殺しちゃったの?」
「にゃー、改めてそう聞かれるとよくわかんないにゃー」
目的のものが見つかったのか、尾崎は服を軽く整えてこちらに近づいてきた。どうやら近くで答えを聞かせてくれるらしい。
「それはにゃー…」
ぶつっ。
「とりあえず、|杏《あん》ちゃが逃げる気を無くすまで考えさせてほしーにゃー!」
そう言って、尾崎は|躊躇《ちゅうちょ》なく私の腕にカッターを突き立てた。
あ
赤い
いた 今 さ え、 かいの とまん い あ ああ あああああ あああああ ああ
「あ、ああ、ああああああああ???」
「あは、|杏《あん》ちゃが壊れたロボットみたくなっちゃったにゃー」
ぐちゅり。
あ
ああああ
ああああああああああ
「あ“あ”あああ”あ“ああ“あ“あ”あ“」
ずぷり。
あが
ぎあ あああぐあ ああうああああがあああががががががああああぎぎいあ
「にゃはは、面白いにゃー」
「今度こそ長く|保《も》つように頑張るんだにゃー!」
---
「おはよーにゃ、|杏《あん》ちゃ!はいここでクイズです、今日は|監禁《かんきん》何日目かにゃー?」
あ ああ ああああ あ
「ぶぶー、|残念《ざんねん》|無念《むねん》にゃー。正解はぁ…【わかんにゃい】だにゃー!もう|杏《あん》ちゃを捕まえた日は忘れちゃったにゃー」
あああ あ ああ ああああ
「にゃ!今日はついにほっぺの皮を|剥《は》がしていくにゃー!手の皮も足の皮も綺麗に|剥《は》げたからチャレンジにゃ!
調子に乗ったにゃーは誰にも止められないにゃー!」
あ あああ ああああああ
「お、なんだか元気になったにゃー?これはにゃんとも|縁起《えんぎ》が良い、今日の皮も綺麗に|剥《は》げそうだにゃー」
ああああ ああああああ あ あ
「にゃー、それにしても腕の皮はいくら待っても治らないにゃー。|自然治癒力《しぜんちゆりょく》だったか、仕事してんのかぁ?どうなんだよぅ、うりうり」
あ ああああ ああ”あああ“ああああ”ああ
「おーおー、元気になったにゃ!」
あ ああ あああ あ
「…ね、|杏《あん》ちゃ。今死ぬの怖い?」
あ ああ あ
「イエスとな。そりゃそうだにゃ」
あああ あああ あああ
「助けて欲しいかにゃ?いくら天才的なにゃーでも傷は治せないにゃー」
ああ あああああ
「|杏《あん》ちゃは変わったにゃ。前は|如何《いか》にも生に興味はないでーす、って|澄《す》まし顔だったのに、今はすっかり生を|渇望《かつぼう》するようになって…尾崎、感激だにゃー!」
あああ ああ
「|杏《あん》ちゃは忘れちゃったかもしれないけど、最初の質問に答える時がきたにゃ。
多分、その目が嫌いなんだにゃ。」
あ あ
「その、死を恐れない自分に酔っぱらった、死ぬ覚悟もない癖にしょーもない冗談に引っかかって殺人犯に会いに行っちゃうようなお前の、すっかすかのぺらっぺらなその目が、《《心底大っっっっっ嫌い》》」
ああ あああ ああああ
「だからね?みんなに生きる素晴らしさを思い出して欲しかったんだと思うんだにゃ。
みんなに。
本気で。
本心から。
生きたい、って思ってもらってから。
お望み通りに殺してあげるのにゃー。
さて、|杏《あん》ちゃはどの|段階《レベル》かにゃ?」
あ“あ
「…にゃに言ってるかわかんにゃーい。はい、|雑談《ざつだん》タイムは終わったのではぎはぎ始めるにゃー」
あ あああ あああああ ああああ ああ
「|焦《あせ》ってるかにゃ?いいよー、もっともっと|焦《あせ》って欲しいにゃ」
ああああああああ ああああああああああ
「もっと、生きたいと思ってにゃー」
ぐりゅ。
みぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢ。
あああ ああ ああああ ああ あああ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”あ“あ”あ”あ“あ”
パチン
{ーーー ここで速報です}
{|屋名町《やなちょう》殺人事件について、新たな情報が入ってきました}
{二日前に山中から発見された|遺体《いたい》の身元が判明しました}
{遺体は【小倉 杏】さん 14歳です}
{これで本件の被害者は4人目となりました。また、未成年が被害者となったことで警察の捜査能力を疑問視する声が上がっています}
{繰り返します ーーー}
尾崎
「えー、本日は晴天なりぃ。どもども!みんな大好き尾崎だにゃー!
まず、この話はどんな事件もモチーフにしていにゃいにゃー!
どんな事件も模倣していない、にゃーだけの大切な思い出をせっかく話したのに、どっかの知らないやつの真似っこ、とか言われるのは
スーパー不快だにゃ。
にゃーも信念持って殺してるんだにゃー。だから、にゃーの記録は誰の真似でもないことを知ってて欲しいにゃー!
そしてっにゃーのかっこいい姿に心打たれちゃった、ってお友達はぜひぜひお手紙送って欲しいのにゃ!
そうしたら!
迎えにいくにゃー!!」