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目次
【氷解の魔法使い】PROLOGUE
炎の閃光が放たれた。
雷が落ちるような轟音がした。
発生地点は、千年続く由緒正しい魔法学園の中庭。
その北側、地面から十数メートルの空中。
炎の光は樹齢何百年という大木達を神速で切り株に変える。
草花を焼き、庭の中央にある禁庫の扉へと、まっすぐ進んでいく。
黒いローブを身につけ、風の精霊を従えた炎の魔法使いが空中から扉を見下ろしている。
炎が扉を壊すまで瞬きする暇もないだろう。
冷めた表情でその時を待つ。
(…………なんだ、あれ)
炎使いは目を見開いた。
驚きを隠せない紅い瞳に、人影が映っている。
人影は人ではなかった。
若い女の銅像だ。
数秒前は庭の別の場所にあったはずの物だ。
しかし、今は禁庫の扉の前に立ち、常人には不可能な速さで防御魔法を展開している。
(ああ、無理だな)
失敗を悟り、炎使いは顔をしかめた。
そしてまた目を見開いた。
銅像が、だんだん人間の姿になっていく。
その白銀の髪が、三重に重ねられた衣が、荘厳なオーラが、風になびいた。
彼女の防御魔法はとてつもない炎の閃光から禁庫を守った。
明らかに老練の魔法使いだ。
「ロア様、これは何事でしょうか!?」
学園の教員の一人が熱さと焦げ臭さに耐えながら駆けつけ、老練の魔法使いロアにたずねた。
ロアは応えず、自分の左腕を庇う仕草をした。
左腕に、岩のひび割れのような傷ができている。
「そんな、ロア様、腕が」
うろたえる教員に、ロアは微笑んで言う。
「ええ、彼にやられました。あと三百年くらいは銅像として学園を守っていくつもりが、これでは百年持つかどうか……それより見てください」
示されて、教員は炎使いを見上げた。
驚愕の色が浮かんだ。
教員の反応にロアはますます笑みを深める。
「久々の侵入者、とんでもない攻撃、誰かと思ったら少年ですよ」
炎使いの少年は恐ろしいほど静かだ。
身じろぎもせず、二人を見つめている。
紅い瞳だけが無限の熱をたたえ、風の精霊が少年を護るように浮かんでいる。
ロアが大声で言う。
「中等部三年A組の生徒にしましょう! もし貴方が十四歳の浮浪児で……この禁庫の中にある、死者蘇生の魔導具が欲しいのならね」
「「は?」」
Ⅰ「紅」
二週間前の授業中だった。
静かな教室を、ものすごい“爆音”が貫いた。
比較的平和な我が国にあるまじき物騒な振動が、お腹の底を叩き、心臓を脈打たせる。
すぐに教頭先生が駆けつけて、「中庭に不審者が出ました。全員、落ち着いて速やかに避難しなさい」と言うなり、移動魔法でフッと消えた。
私は当然、避難指示に背いた。
(発動音からして、第三階位以上の高位魔術ね。侵入者は相当強い魔法使い。見ないと損)
避難する中等部三年A組の列からそっと離れ、逆方向の廊下を静音魔法で駆け抜ける。
(もし侵入者に見つかって、その攻撃にかすりでもしたなら、そうなったら、最悪だけれど)
どうしてか、普段より頭がすっきりしていたし、体も身軽に感じられた。
空気を滑るように進み、誰もいない教室に入る。それから中庭側の窓に寄り、気配を探る。
庭園は、北から中央に向かって、大きく斜めに焼きえぐられていた。
今朝まで咲き誇っていたサツキやハナミズキの姿はなく、池の水は干上がり、石畳は黒く炭化している。
(炎属性の仕業ね……いた、あれだ)
焼きえぐられた大木の切り口。
淡い銀色の光と熱気が渦を巻き、空気を震わせている。
その中心に浮かぶ、黒い人影。
闇色のローブはぶかぶかで、フードを目深に被っている。
体型が分かりづらい。
この状態だと顎しか見えない。
でも今日の私は、運良く絶妙な位置に立っていた。
わずかに体勢を変えただけで、丁度、フードの内側を覗き込める。
鼻から下、口元の辺りが見えた。
肌は黒に近い褐色。
顔の角度からすると、相手は、私がいる場所とは、どうやら違う方向を見ている。
こちらに気づく気配はない。
それでも念のため、退避魔法の発動準備を続けておく。
未来の一流魔導士たるもの、決して油断を許さない。
(……それにしても、想像よりずっと若い。まさか、私と同じくらいの歳じゃない?)
その思った瞬間、少年の横顔が露わになり、体温が一気に跳ね上がった。
彼の瞳は、太陽をそのまま閉じ込めたような紅玉色をしている。
黒く焼け焦げた空間から、燦々と私を照らす。
汗が頬を伝って落ちた。
制服のシャツがべたりと張り付く。
確信した。
(さっきの魔法を、この人が撃っ…………)
「チカゼ、お待たせ。行こうか」
思考が二週間前から現在、茜色の放課後に切り替わった。
私は中等部校舎の玄関で、一人ぼんやりと過去を振り返っていた。