加筆修正&書き溜め中。
4月13日から連載再開予定。
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目次
【氷解の魔法使い】PROLOGUE
炎の閃光が放たれた。
雷が落ちるような轟音がした。
発生地点は、千年続く由緒正しい魔法学園の中庭。
その北側、地面から十数メートルの空中。
炎の光は樹齢何百年という大木達を神速で切り株に変える。
草花を焼き、庭の中央にある禁庫の扉へと、まっすぐ進んでいく。
黒いローブを身につけ、風の精霊を従えた炎の魔法使いが空中から扉を見下ろしている。
炎が扉を壊すまで瞬きする暇もないだろう。
冷めた表情でその時を待つ。
(…………なんだ、あれ)
炎使いは目を見開いた。
驚きを隠せない紅い瞳に、人影が映っている。
人影は人ではなかった。
若い女の銅像だ。
数秒前は庭の別の場所にあったはずの物だ。
しかし、今は禁庫の扉の前に立ち、常人には不可能な速さで防御魔法を展開している。
(ああ、無理だな)
失敗を悟り、炎使いは顔をしかめた。
そしてまた目を見開いた。
銅像が、だんだん人間の姿になっていく。
その白銀の髪が、三重に重ねられた衣が、荘厳なオーラが、風になびいた。
彼女の防御魔法はとてつもない炎の閃光から禁庫を守った。
明らかに老練の魔法使いだ。
「ロア様、これは何事でしょうか!?」
学園の教員の一人が熱さと焦げ臭さに耐えながら駆けつけ、老練の魔法使いロアにたずねた。
ロアは応えず、自分の左腕を庇う仕草をした。
左腕に、岩のひび割れのような傷ができている。
「そんな、ロア様、腕が」
うろたえる教員に、ロアは微笑んで言う。
「ええ、彼にやられました。あと三百年くらいは銅像として学園を守っていくつもりが、これでは百年持つかどうか……それより見てください」
示されて、教員は炎使いを見上げた。
驚愕の色が浮かんだ。
教員の反応にロアはますます笑みを深める。
「久々の侵入者、とんでもない攻撃、誰かと思ったら少年ですよ」
炎使いの少年は恐ろしいほど静かだ。
身じろぎもせず、二人を見つめている。
紅い瞳だけが無限の熱をたたえ、風の精霊が少年を護るように浮かんでいる。
ロアが大声で言う。
「中等部三年A組の生徒にしましょう! もし貴方が十四歳の浮浪児で……この禁庫の中にある、死者蘇生の魔導具が欲しいのならね」
「「は?」」
Ⅰ「発端」
誰かのあくびが伝染した。
教室に差し込む朝の陽光は、漂う埃の粒をきらきらと浮き彫りにする。
眩しさが、覚醒しきらない頭には無機質だ。
どこか現実味を欠いている。
チカゼは昨日配られた紙をこっそり取り出して眺めた。
定期試験の総合結果。
クラス順位、二位。
優秀者の集うA組での二位は、学年次席を意味する輝かしい数字だが、
(また負けた)
彼女の性質上、到底満足できない。
全体的に点数が落ちていた。
実技重視科目である“魔技”が最も低い。
ここ一年半、魔法の出力が安定しない。
得体の知れない焦燥が、腹の底でくすぶっている。
ふと視線を感じた。
左隣、蒼い瞳と目が合う。
白皙の少年……シュウの表情がパッと輝いた。
嬉しそうに微笑んでいる。
チカゼには、何が面白いのか理解不能だ。
首席の許婚を睨み返そうとする。
が、何故だか力が抜けた。
「ま、いいか」という妥協の言葉がこぼれ、成績表を持つ指先が緩む。
(……いいえ、良くない!)
再び成績表を握りしめた。
次席に甘んじるつもりなど毛頭ない。
“王子スマイル”に毒気を抜かれかけた思考を叩き起こす。
終わった試験の結果を引きずるようになっている。
そんな自分自身が、何より自尊心を削っていく。
(時間の無駄)
漠然とした不安を断ち切るように成績表をクシャリと丸めた。
…………その直後。
鼓膜を直接突き刺すような凄まじい爆音が、教室を貫く。
校舎を揺らす物騒な振動に、心臓が脈打つ。
室内外から悲鳴が上がった。
チカゼの中で、何かがやっと目覚めたような閃きがあった。
すぐに教頭が駆けつけ、
「中庭に不審者です。全員、落ち着いて避難しなさい」
と言うなり、移動魔法で姿を消した。
行動力のあるマイペース・チカゼ、指示に背くことを決意。
まずはクラスメイトと同じように廊下に出る。
中等部三年A組の列の、最後尾に並ぶ。
前の男子が怪訝そうな顔をした。
「あの、チカゼさん……シュウ君は一番前にいるけど」
「うん。いいの。私は忘れ物を取りに行く予定だから」
「え?」
「まだ皆に言わないでね、すぐ追いつくから」
やがて、そこからそっと離脱。
逆方向の廊下を歩きだした。
Ⅱ「紅」
(発動音からして、第三階位以上の高位魔術ね。侵入者は相当強い魔法使い。見なきゃ損)
見つかれば大怪我では済まないかもしれない。
最悪の事態すら天秤にかかっている。
それでも迷わず静音魔法を展開し、無人の廊下を駆け抜けた。
四階の窓から三階のベランダへと軽やかに飛び降りる。
中庭を広く見下ろせる二年D組の教室を、最短経路で目指す。
(なんだか調子良いな)
不思議なほど頭が冴え渡り、四肢がバネのように動く。
そのまま風の如く目的地へ滑り込み、中庭側の窓に寄って気配を探る。
中庭は、北から中央に向かって斜めに抉られていた。
巨大な爪で引き裂かれたように、一直線の暗い焼け跡ができている。
今朝まで咲き誇っていたハナミズキは消し飛び、干上がった池の底では石畳が炭化していた。
その破壊の爪痕の開始点。
淡い銀光と熱気が渦巻く中心に、一人の人影が浮かんでいる。
(間違いなく炎属性の特級ね)
闇色のローブはぶかぶか、フードを目深に被っている。
体型が判然とせず、見えるのは褐色の顎のラインのみ。
だが、選んだ場所は絶好の観測地点だった。
わずかに体勢を変えただけで、丁度、フードの内側を覗き込める。
相手がこちらに気づく気配はない。
退避魔法の発動準備を続けながら、慎重に観察する。
(……若い、想像よりずっと若い!)
まさかと思った瞬間、少年の横顔が露わになる。
体温が一気に跳ね上がった。
彼の瞳は、燃え盛る太陽をそのまま閉じ込めたような、苛烈な紅玉色。
焼き尽くした漆黒の空間で、その双眸だけが、燦々とすべてを照らす。
頬を汗が伝う。
制服のシャツが肌に張り付く。
チカゼは息をすることさえ忘れ、その光景を魂に刻みつけた。
恐ろしいほどの破壊。
一切の濁りがないその純粋な魔力に、戦慄にも似た確信が胸を突く。
(み、見た目通りの年齢なら天才よ。あれほどの高位魔術を撃っ……)
「チカゼ、お待たせ。行こうか」
不意に名前を呼ばれた。
遠い意識の淵から引き戻された。
思考が二週間前から現在、茜色の放課後へと切り替わる。
チカゼは中等部校舎の玄関で、一人ぼんやりと“庭園事件”を反芻していた。
Ⅲ「蒼」
花壇に咲く花の香りが、灰色のローブの隙間を心地良く通り抜けていく。
我に返り、声がした方へ目を向ける。
見慣れた顔が困ったように微笑んでいる。
シュウは続けて「珍しいな」と言った。
憂いを帯びた蒼い瞳が、真っ直ぐとチカゼを見上げる。
その長い黒髪は上品に束ねられていて、さらさらと風に揺れた。
チカゼは澄ました態度で問う。
「……珍しいって、何が?」
シュウは自然な所作で許嫁の手を取る。
彼の、ひんやりとした掌が触れた。
あの時から残っていた焦げるような熱も、すうっと引いていく。
「顔、赤いよ。また熱心に魔法の構成図でも反芻してた?」
彼のからかうような声が、すぐ耳元で鼓膜を揺らす。
こちらの顔を覗き込むようにして、楽しげに目を細めている。
「別に、ただの考え事よ」
チカゼは鬱陶しそうに、繋いだ手の甲を一瞥した。
(なぜ私は、許嫁を受け入れたのだったかしら?)
学生寮へと続く並木道には、長い影が伸びている。
並んで歩くと、ローブ同士が触れあう。
布の感触は柔らかいはずなのに、冷たい水に沈むような重さがあった。
二週間前、あの中庭にいた“紅”。
あの少年が何者だったのか。
あの日以来、チカゼは執念深く情報を漁った。
しかし、公的な記録はどれも“犯人確保”という事務的な幕引きで塗りつぶされていた。
ニュースの隅に追いやられた記事は、インクの無駄と思えるほど中身がない。
職員室へ足を運んでも、教師たちの口は重く、まるで最初から存在しなかったかのように扱われている。
(でも、シュウなら……。“氷晶家”なら、何か掴んでいるはず)
チカゼは隣を歩くシュウを、盗み見るように視界に入れた。
手入れの行き届いた鞄を涼しげに携える、“完璧な御曹司”。
「ねえ。例の、庭園事件のことなんだけど」
あえて事務的な口調を選んで切り出す。
シュウは「なーに?」と無邪気に眉を上げる。
「あれ、結局『不審者』の正体は分からずじまいなの?」
聞くと、シュウは足を止め、赤紫に翳る空を仰いだ。
チカゼは構わず畳み掛ける。
「あんなに派手な高位魔術を撃ち込んでおいて、足取りが掴めないなんて不自然じゃない。報道規制にも程があると思うのよ」
彼女の指摘に呼応するかのように、風の音が遠のいていく。