神を殺した主人公が、自分の好きなままに世界をぶっ壊す!
「絶対に、一発殴ってやる」
長きにわたる封印から解き放たれ、自由になった俺。俺は広い世界を楽しむために行動を開始する。
その先に、世界の根幹に関わるものがあるとは知らずに。
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目次
序 封印からの解放、解放のための縛り
3周年記念。明日から毎日朝と夜の7時に投稿予定。
「『|焼き尽くせ《フラウロス》』!」
「――消えろ」
俺の言葉に従って炎が現れ、目の前の相手――邪神を包み込む。が、それはすぐに霧散した。現象になる前の状態――『邪気』と呼ばれるエネルギーに還る。
「『|奪え《シャックス》』」
邪神に邪気を取り込まれる前に奪い返す。
「チッ」
舌打ちし、邪神を睨みつけた。
ずっと前からこれの繰り返しだ。俺が邪術を発動し、邪神が分解して、俺が奪い返す。
邪術の発動に使った邪気のほとんどは回収できるが、奪い返す時に消費する。そのため、時間が経てば経つほど俺が不利になっていく。
邪気を固めて仮初の剣を作り、大きく踏み込んだ。地面が砕け、瓦礫が舞う。
邪神は動かず、剣を一瞥するだけ。邪神に刃が迫る。
なぜ抵抗しないのかは分からないが、ようやくまともに一撃入れられそうだ。
そう思ったのも束の間、次の瞬間には俺の手から剣の重さが消えていた。
邪神が拳を振りかぶる。俺は剣を振ろうとした体勢のまま。加えてこの至近距離。
防げない。避けられない。
「『|奪《シャッ》――」
せめて剣に使った邪気は取り戻そうと、邪術の名前を唱えた。その途中で拳が腹部にクリーンヒット。
「――がっ」
息が漏れ、体が吹っ飛ぶ。
ここは荒野。俺の体を受け止めてくれるものなどない。
落ち着け。体勢を立て直せ。
なんとか頭を上に、足を下にして着地できた。
勢いを殺し切れず、体が後ろに引きずられた。
「くそっ」
最初の距離に戻された。遠距離じゃ勝ち目がないってのに。
逃げるという選択肢はない。逃げたところで、どうせすぐ見つかる。隠れる場所などないからだ。
とにかく前に出ろ。
「『|癒やせ《マルバス》』」
踏み込み、邪術で傷を治す。これでダメージはなくなった。さっきと同じように戦える。
邪神が近づいて見える。このまま拳を突き出せば、勢いがそのまま攻撃力になるだろう。
俺は左の拳を振りかぶり、邪神は防御のために腕を交差させた。
俺の口角が上がる。まんまと引っかかった。
――右手を左腰の辺りに伸ばし、剣を引き抜いた。
後半歩もない至近距離。邪神はとっさに後ろに引こうとするが、もう遅い。
確かな手応えと共に、邪神の腕が宙を舞った。血飛沫が飛び散り、地面を赤く汚す。
交錯。
俺は剣を振って血を払い、邪神を振り返った。
「答えろ」
掠れた声だった。
俺は追撃せず、黙って続きを促す。
「なぜ、俺の力を欲す?」
「決まってるだろ?」
小さく息を吐き、続きを口にした。俺が地獄の住人を皆殺しにした理由を。生まれた時からの夢を。
「外を見たいからだ!」
吠える。
邪神が一瞬で距離を詰め、俺に殴りかかってきた。手にした剣で防ぐが、とっさのことでうまく力が入らない。
歯を食いしばって、邪神の力を受け止めた。足が地面にめり込み、体が後ろに下がる。
初めての邪神からの攻撃に、冷や汗が溢れた。
このままじゃ押し切られる。受け流せ。
邪神の拳が地面を穿ったのと、俺の剣が半ばから折れたのは、ほとんど同時だった。
「一つ、約束してくれ」
邪神が俺の耳元でささやく。
「俺の力を受け継ぐということは、俺の役目も受け継ぐということ。最低限で良い。世界の維持管理を行ってほしい」
「分かった」
俺は、間髪入れずに答えた。そんなこと、お前を倒すと決めた時から覚悟していたさ。
「それと、これは約束に関係ない個人的な頼みだが……聞いてくれなくても構わない」
「聞こう」
俺をここから解放してくれる恩人の頼みだ。聞くのが筋だろう。
「主神を――俺の弟を頼む」
邪神は俺の返事を聞かず、俺を突き飛ばした。
もう一度拳を握りしめ、俺に向かってくる。ゆっくりと、わざとらしく。全然本気じゃない。
俺も折れた剣を邪神に向け、踏み込む。
邪神の拳を半身になって躱し、剣を邪神の胸元へ突き刺した。
邪神から血が溢れるが、それには目もやらずに邪術を発動した。
「『|奪え《シャックス》』」
邪神から、世界へ接続する権利を奪う。
俺以外、誰もいない地獄の空を見上げた。
赤い月が、俺の影を作っている。
この月を見るのも、これで最後か。
無垢なる者が住まう人間界。
魔に魅入られた者、魔の力を御す者が住まう魔界。
そして、邪に属する者が封じられた地獄。
遥か昔に起きた、邪神と主神が争った大戦。その大戦で邪神についた者たちを、創造神が地獄に封じた。
それから、どれだけの時間が経ったか。
「開け『|世界支配《キマリス》』」
邪神の力と、地獄の住人を倒して集めた力。それらを併用し、神を殺した俺は外に出た。
息を吸って、吐く。地獄の空気と違い、空気が軽くて動きやすい。今考えてみると、地獄には邪気が満ちていて、四六時中動きが阻害されていたのかもしれない。
数回深呼吸した俺は、邪術を使おうとした。
「『|飛行《アンドレアルフス》』……ん?」
が、発動しない。これは、邪術の発動が阻害されているというより――。
「……最悪だ」
邪気そのものが抑えられている。十中八九、主神の仕業だ。
「決めた」
俺の自由な生活を邪魔してくれるとは。こちとら、何百年、何千年と自由を望み続けたんだ。
それに、邪神との約束も果たしたい。
「絶対に、一発殴ってやる」
主神を殴ることを、心に決めた。
邪神の頼み事とは真逆のことだが、殺すわけでもない。一発ぐらい、別に良いだろう。
1-1 銀髪の少女
邪神と約束し、あんな物騒な宣言をしたわけだが、当分主神のもとに行く気はない。
せっかく解放されたんだ、今を楽しまなきゃ損だろう。
「ん?」
目に入る場所に、人間の街があった。何か、楽しそうな気配がする。祭りでもやっているのだろうか。
「行くか」
俺が人間界で初めて訪れる場所は、あの街にしよう。
足を一歩踏み出す。枯れて乾いた木の枝が、音を立てて折れた。
俺が出たところは、色の悪い雑草が茂る草原だ。草原の中で見つけた木の枝。なかなか珍しいものだな。
踏みつけてもすぐ元に戻る雑草にイライラしながら、俺は人間の街を目指した。
道の半分まで来たところで、街の場所をもう一度確認しておく。大きい建造物だから大丈夫だろうが、念の為。
「はー」
街の立派な外壁に、感嘆の声が漏れる。外壁の高さは俺の身長の六、七倍はあった。賊の侵入を防ぐためにしては、過剰な高さにも見える。
結構な数の人間が、街の入り口らしきところに並んでいた。どうやら、かなりにぎわっているらしい。
がぜん楽しみになってきた。
俺は足を早め、街へ急ぐ。歩いている間も、一つの疑問が頭の中に渦巻いていた。
――地獄の入り口のすぐそばに、なんで街なんか作ったんだろうな。
と、大変なことに気がついた。
街の入り口では、街に入る者の身分を衛兵が確認している。
俺は身分証を持っていない。
俺の身分を証明してくれる人もいない。
身分の保証をしてもらうために払う金もない。
「詰んだ」
かくなる上は、不法侵入――!
壁を登る。目立つため不採用。
商人の荷物に紛れる。荷物は厳しく確認されていて厳しそうだ。条件次第で採用。
誰かが騒ぎを起こしてくれれば、その混乱に乗じて中に入れるのに。まあ、都合よく騒ぎを起こすやつなんて、そうそういない――
「止まれ!」
いた。
いかにも悪人のような顔を歪ませて、男が衛兵に突っかかっている。おおかた、入れてもらえなくて逆上したというところか。
まあ良い。突然怒鳴り始めた男に、周囲は軽くパニックになっている。衛兵がこの騒動を収める隙に、俺は中に入らせてもらうとしようか。
気配を殺せ。俺は空気だ。空気は意思を持たない。呼吸もしない。音も出さない。
壁に沿って、じりじりと街の中へ足を進める。
いける。誰も俺を見ていない。
後、もう少し――。
「あら?」
侵入に成功する寸前、街の中から俺に声をかけた人間がいた。鈴を転がすような透き通った声。たぶん美人だ。
油の切れかけた機械のようなぎこちない動きで、俺は声のした方を向く。残念ながら、フード付きの白いローブのせいで顔は見えなかった。
「初めまして、よね?」
まずい。侵入がばれた。顔も見られている。始末するか?
俺の沈黙を肯定と捉えたか、彼女は話を続けた。
「あなたの名前、良ければ教えてくれない?」
名前? あー、名前。しっかし、名前ね。
困った。俺には名乗る名前がない。
俺の頭が高速で回転する。『|名付け《フォルネウス》』を使いたいところだが、今は使えない。
たっぷり五秒。体感時間で十分考えた俺は、口を開いた。
「ノル」
「ノル!」
彼女は目を輝かせる。
「そう言うおま……あー、あなたは?」
初対面の相手にお前と言うのは失礼かと、途中で言い直す。
俺が彼女に名前を聞くと、彼女は一瞬だけ言葉に困った。
「……ティナって呼んで」
「分かった。ところで、今日は祭りでもあるのか? 街がにぎやかな気がするが」
ティナは「祭り?」と首を傾げ、数秒考え込み、ポンと手を打った。
「リアムの帰還ね。今回は街道沿いの魔獣を一掃したんだって」
「待て、魔獣?」
それがあの高い外壁の理由か。魔獣の侵入を防ぐためだとしたら納得がいく。
地獄では、人間界は安全な場所だと聞いていたが、数百年経てば変わることもあるだろう。
「うん。あなた、それも知らないでここに来たの?」
会話がうまくできるようになってきたからか、ティナの声が大きくなってきた。目立つのは嫌だな。
「ああ。通りかかったから入ってみただけさ」
「嘘」
「ほんとだよ。……なあ、場所を変えないか?」
正直言って、ティナの格好と声は目立つ。辺りを通る人からちらちらと好奇の視線が向けられているのが、気になってしょうがない。
ティナも辺りを見回し、俺たちが目立っていることに気づいたようだった。
「そうしましょう」
ティナが俺を連れて行ったのは、古い喫茶店だった。
店主が俺たちに会釈する。俺もなんとなく会釈を返し、空いていたテーブルに座った。客は俺たちしかいないから、席は選び放題なんだが。
「話の続きね」
注文した紅茶を飲みながら、ティナが言った。残念ながら、俺の紅茶はなしだ。金がない。
「十年ぐらい前に魔獣が現れたのは知ってるわよね? さすがに」
知らない、と言いたかったが、それでは話が進まない。俺は黙ったまま先を促した。
「ここは対魔獣の最前線、クライス。魔獣が湧き出てくる森を監視する役目があるの」
ティナは紅茶で口の中を湿らせ、話を続けた。
「当然、この街には腕自慢がたくさん集まってくる。その中でも、リアムは飛び抜けて強いの」
なるほどね。だから、リアムが帰ってくるというだけでこの熱狂。
「ん?」
――何か、妙な気配。人間以外の存在のもの――魔獣か? でも、小さな違和感がある。
「っ、なんで……」
ティナが勢いよく立ち上がり、紅茶を一気に飲み干す。
「用事ができたわ。残念ながら、私はここまで」
店主に向けて、硬貨を弾く。
「最後に一つだけ。逃げた方が良いわよ」
そう言い残して、ティナは走り去った。
フードが取れ、ティナの顔があらわになる。美しい銀髪だった。碧眼は焦りで揺れている。
実は、俺は地獄で何度か魔獣と戦ったことがある。負けることはなかったが、苦戦はした。ただの人間が魔獣に敵うとは思えない。
「くそっ」
俺もティナの後を追って立ち上がり、店を飛び出した。扉が音を立てて閉まり、出入りを知らせるベルが虚しく鳴る。
1-2 世界の不具合
――店の外には、悪夢のような光景が広がっていた。
好き勝手に暴れ回る魔獣。
逃げ惑う人々。
天高く吹き飛ばされる鎧。
魔獣の数が多すぎる。最悪、世界が滅ぶほどに。
そもそも、魔獣とは何なのか。俺は、世界の不具合が具現化したものだと理解している。魔獣が多ければ多いほど世界の綻びは大きいし、倒せば倒すほど世界の修復は進む。
とにかく、少しでも魔獣の数を減らさなければならない。
魔獣と対峙し、腰を抜かす人間を見た。横から突っ込み、速度を殺さず殴り飛ばす。
――妙だ。魔獣にしては、手応えが軽い。
魔獣は、邪術も使っていない今の俺が簡単に殺せる相手ではなかったはず。
魔獣を掴み、他の個体の元へ放り投げる。魔獣同士は、ぶつかって行動不能に陥った。
――弱い。
家の屋根に上り、助走をつける。助走の勢いを保ち、大きく跳躍した。鳥型の魔獣を地面に叩き落とす。
――弱い。
目の前の魔獣を殴りつけた。簡単に風穴が開く。
――弱すぎる。
本当に、これが魔獣なのか? 今まで俺が戦ったどの存在よりも、この魔獣たちは弱い。
『権限』。
もしこれが本物の魔獣なら、浄化後世界のエネルギーとして使われるはず。
邪神の権限を起動し、死後の扱いについて調べた。
「はぁ……」
結果を見て、俺はため息をつく。
――魔獣ではなかった。
何者かが人工的に作り出した存在。魔獣に似せて作られ、生まれた時から破綻している|怪物《モンスター》。それが、今回襲ってきた存在の正体だ。
「醜い」
だってそうだろう。殺傷力に特化した体で生まれ、誰かを傷つけるよう強制される。俺なら断固願い下げだね。
「消えろ」
俺は、醜いものをずっと視界に収めていたくはないんだ。
足を伸ばし、体重を前にかける。反対の足も同様に。
腕を上げ、軽く肘を曲げて、肩の後ろに回し、反対の手で引っ張る。
よし、準備運動はばっちりだ。
邪神の権限で消し去ることもできるが、生身の戦闘能力も確認しておきたい。ここは空気の重さが違うからな。
手頃な場所にあった頭を鷲掴みにし、俺は走り出した。走りながら、首をねじ切る。胴体とは永遠にお別れだ。
残った頭を手の中でもてあそび、上に向かって投げた。上空のモンスターに命中し、頭とモンスター両方が落ちてくる。不要な頭を蹴り飛ばし、落ちてきたモンスターの翼を掴む。
「一緒に空の旅行としゃれ込もうぜ?」
断ったらどうなるか分かるよな? と圧をかけると、モンスターはすぐに飛び立ってくれた。
「ははは! こりゃ楽だ!」
今まで飛行は移動手段の一つと割り切っていたが、いやはや。わざわざ地面を蹴って飛び上がらなくても空を取れるのは、魅力的だ。生物が空に進出した理由がよく分かるね。
「墜ちろ!」
モンスターの翼を掴んだまま、体を前後に揺らす。合わせて翼を掴まれているモンスターも揺れるが、耐えろ。
足先が、近くを飛ぶモンスターに当たる。進路をそちらに変更させながら、俺は一際大きく体を揺らした。
足をモンスターの体に引っ掛け、力を込める。モンスターの首がへし折れた。
死骸は下に落下し、真下にいたモンスターを下敷きにする。
「飽きた」
モンスターの上に飛び乗る。空を飛んでいるという感じはあまりしないが、やはりこれが一番楽だ。
俺を攻撃しようと近寄ってきた魔獣を蹴り落とす。
「お、当たった」
モンスター同士が頭から衝突する。首が折れ、二体とも死んだ。
鳥型のモンスターの上を移動しながら、辺りのモンスターを殺していく。
次第に、鳥型のモンスターが俺から距離を取るようになった。が、その程度で俺から逃げられると思うな。この距離なら――まだジャンプで届く。
鳥型のモンスターが逃げるのを追って、俺は街の上空を駆けた。
――徐々に人間の数が増えていく。避難民だろうか。
モンスターは人間がいる方に引き寄せられる性質があるようで、避難民に殺到していた。
避難民の周りをまた別の人間が取り囲む。ある者は剣を持ち、またある者は盾を持ち、手を組んで神に祈る者もいた。
その中で、一つだけ知った顔を見つける。ティナだ。
白いローブを脱ぎ、黒いワンピースに身を包んでいる。目を閉じ、手を組んで、必死に何かに祈っているようだった。
モンスターはティナの前で右往左往している。試しにその辺のモンスターを投げつけると、モンスターは弾き飛ばされると同時に黒く焦げた。
それに加え、この不快な感覚。嫌いなヤツの気配を全身で感じる。主神の力に間違いない。
相手の体内に作用するタイプの術かな。俺が近づけば、継続的にダメージを受けるだろう。
取り敢えず、ティナには祈りをやめてもらいたい。そのためには、モンスターを消せば良いだろう。
対象はモンスター。範囲は……この街全域で良いか。
「消えろ」
俺がその言葉を唱えた瞬間、空を飛んでいたものも、ティナの前で右往左往していたものも、剣士を殺そうとしていたものも、等しく消え去った。モンスターの体が分解され、エネルギーに還る。
だが、やはり――。
「残るか」
俺が使う邪気や、世界を構成するエネルギー。それらとは違うエネルギーであるため、モンスターのエネルギーはこの場に留まった。
後で浄化しなければならない。
まあ、今はティナと話そう。
「よう!」
俺が声をかけると、ティナは目を開けて俺を見た。祈りのために組まれた手は変わらない。
「魔獣から逃げてきた方でしょうか。それならこちらに」
どうやら、俺だと気づいていないようだ。
「いいや、その必要はないね」
見ろ、と俺は辺りを指し示した。
「え? 嘘……」
驚きのあまり、ティナは祈りを中断して呆然と座り込む。
これ幸いと、俺はティナに近寄った。
「クリス! 魔獣が……」
避難民を魔獣から守っていた剣士の一人が、ティナに駆け寄る。ティナの近くにいる俺を訝しげな目で見た。
「こちらは?」
「ノルさんです」
ティナに名前のみの簡素な紹介をしてもらい、手を差し出す。
「ノルだ、よろしく」
剣士は一瞬だけ逡巡した後、俺に向かって手を差し出した。
「リアムだ。こちらこそよろしく」
リアム。ティナの話によれば、最近帰還した街の英雄。街がにぎやかになった理由でもある。
「ところで、ノルは……あー、いきなり呼び捨てにして済まない、俺のことはリアムで良いから」
「構わないさ。分かった、リアム」
「ノルは、どうやってここに? さっきまで魔獣がうじゃうじゃいて、避難民が近寄れるようなところじゃなかったが」
俺の背筋に冷や汗が伝う。どうしよう。何も考えずにモンスターを追って来てしまった。
「俺も剣士だからさ」
邪神の権限発動! 生まれろ、剣!
俺は懐から取り出したように見せかけて、手の中に短剣を生成した。到底実戦で使えるようなものではないが、ごまかすだけなら十分なはず。
「あいにく、メインの方は折れちまった」
軽く左手で頭をかく。
「……すごいな。言っちゃあ悪いが、その程度の武器でここまで無傷で来られるとは」
「まあ、運動には自信があるもんでね」
セーフ、か? 「戦闘の途中でメインの剣を失い、サブの短剣を使って必死に魔獣から逃げ延びた身体能力の高い剣士」という設定で通せたか?
「それで、一つ聞きたいことがある」
リアムが話題を変える。俺は少し身構えた。
「さっき、戦っていた魔獣が急に消えた。何か心当たりはないか?」
何を隠そう俺の仕業だ。が、それをそのまま言えば、せっかく押し通した設定がなかったことになってしまう。
ここは知らないフリを――無関係の第三者のフリをさせてもらおう。
「そう! 俺もそれを聞きたかったんだ! 実はさっきの話には続きがあってな、さすがの俺でも逃げ切るのは難しく、魔獣にやられかけたんだ。もう駄目かと思ったその時――ってやつさ」
口がよく回る。一から十まで全てが出任せだが、設定に合わせたストーリーを作ることのなんと楽しいことか。
特に、これが命に関わらない駆け引きだというのが良い。地獄にいた頃は、誰かとの会話全てが駆け引きの一部だった。失敗すれば即死の。
「まあ、お前がそれを聞いてくるっていうなら、知らないんだろうな」
わざとらしく肩を落としてみせる。
「悪いな。しかし、魔獣が一斉に消えたということは、魔獣より遥かに強い存在がこの街にいるということ……ノルも気をつけろよ?」
「ああ、分かった」
俺だけどな。
さて、リアムはすっかり俺を信用してくれたようだ。俺がほっと胸を撫で下ろしていると、
「あれー? モドキが全部消えてる」
この場の惨状にそぐわぬ、少女の明るい声が響いた。
こげ茶色の上下に、また同じ色の帽子。所々に金色の糸で刺繍がしてある。
皆がぼろぼろの中、少女だけがほつれすらない服を着ている。少女は、ひどく浮いていた。
「モドキ、か」
モンスターが魔獣に似ていることから付けたのだろうが、良い呼び名だ。俺はモンスターの方が気に入っているが。
「うーん、いらないやつも残ってるなあ……」
少女が顎に手を当て、悩む仕草をした。
おもむろに口を開く。
「死んじゃえ」
その言葉と同時に、辺りを鮮血が彩った。乾き始めた血の上に、明るい色の血が広がる。
鈍い音を立てて、避難民が地に倒れ伏した。それから、ある程度腕に覚えがある連中も。
「……魔法」
俺たち三人と少女しかいない中、ティナが掠れた声で呟いた。
「だぁいせいかい!」
少女が顔に喜色を浮かべて叫ぶ。
「目的は何だ!?」
リアムが俺とティナの前に出て、剣を抜いた。
魔法を使うのは魔界のやつらだけだ。わざわざ人間界に来ている以上、目的は――
「侵略、ってやつだね」
少女は、あっさり答えた。
「くっ! 俺がお前を止める!」
「私も協力しましょう」
リアムが脚に力を込め、ティナが祈りの手を組む。
「あはは、自分の世界を守ろうとするのは結構。だけど、本当にみんな守る必要がある人たちかな? 例えば後ろの彼とか、ね」
少女がリアムとティナの心を揺さぶりにかかる。
俺は動かない。どちらにつくべきか、考えあぐねていた。
ティナたちと一緒に人間界を守る。
少女の側に付き、人間界を侵略する手伝いをする。
どちらの味方もせず、全てを敵に回す。
どうなっても俺に不利益は発生しない。
「そういえば、つい最近地獄の封印が解けたらしいね?」
「まさか……」
ティナが息を呑む。
そうか。俺は地獄から出てきた。つまり、邪神の勢力。だから、主神の敵、つまり主神に祈るティナの敵なのか。
「まあいいや。全員来てもらうよ」
少女が薄く笑みを浮かべ、
「眠って」
俺たちは意識を失った。抵抗すらできずに。
1-3 クリスとティナ
意識がゆるやかに浮上する。休息を取っている体に覚醒を命じ、俺は体を起こした。
こつ、と靴が床を打つ音が響く。
――目覚めて最初に目に入ったのは、白い壁だった。ずっと見ていれば頭が痛くなってきそうな白。
視線を動かすと、天井や床も白いのが分かった。
「んぅ……」
俺の横で寝ていたティナを起こす。
ティナは目をゴシゴシ擦った。
「おはようございます……」
ぱちぱちと瞬きし、目を開く。その瞬間、ティナの纏う空気が一気に変わった。
俺の顔を見て、即座にリアムを起こしにかかる。
「起きてください」
ティナの声で、リアムは飛び起きた。ティナを抱えて後ろに下がる。
「君は……」
リアムが話そうとしたところに、
『おっはよーございまーす!』
少女の声が割って入った。何らかの機材、または魔法を用いているようで、姿は見えない。
『いやぁ、さすが邪神を倒した存在! 私も魔法には自信があるんだけどな……すぐ目が覚めてしまったようで!』
邪神を倒した、という言葉に、リアムとティナが目を丸くする。
『そして英雄サマと聖女サマ、これからよろしく!』
英雄……リアムが英雄と呼ばれるのには納得がいく。街全体がにぎわっていたしな。
聖女。ティナが聖女か。確かに、あの主神への祈りは堂に入っていた。
「で、用件は?」
いつもなら無駄話に付き合っているところだが、今は違う。少女の使う魔法に、俺はまんまとやられた。|抵抗《レジスト》できなかったのだ。ふざけていると取り返しが付かなくなる。
それに、なんとなくコイツの声を聞いているといらつく。
『もっとゆっくりしても良いんだよ? まあ、話が早いのはこっちとしても嬉しいけどさ』
少女がぶつぶつと文句を垂れる。
『さて、人間界を襲っていたモドキ……キミたちの言うところの魔獣は、私たちがけしかけていたというのはみんな知ってるよね?』
リアムとティナが険しい顔でうなずく。俺は知らなかったが、それっぽい顔をしてうなずいておいた。
『キミたち人間は、その理由を人間界の侵略のためだと考えてるみたいだけど……違うよ』
少女が断定する。
『全ては、こうして「適合者」を探すためさ』
適合者といっても、そんなに特別な存在じゃないんだけどね、と少女が付け加える。
『ここは魔界だ。キミたちは、ここにいるだけで魔力を取り込む。抗うことはできない』
ティナが顔面蒼白になる。
『何日か経ったら、私たちの仲間の出来上がりさ。私たちの目的とか、そういうものについては、仲間になった後に話そうか』
ふむ。魔界の戦力の増強が目的か。一体何と戦うつもりなのやら。
『何か質問ある?』
質問を求める少女に対し、リアムが吼える。
「ふざけるな! 俺は絶対に屈しない!」
『あっそ。どこまでそれが続くか、見ものだね』
少女は冷たい声で言った。
『さ、キミたちはここから出られないこと以外は自由。何か欲しいものがあれば、適当に言ってね。用意するから』
それまで弾丸のように話していた少女の声がしなくなった。
静寂が耳を刺す。
重たい沈黙の中、ティナがおずおずと口を開いた。
「地獄の封印が解けて……邪神を倒した? 説明、お願いしても良いですか?」
「説明も何も……そのままだよ。それと、ここには俺とリアム、そして敵しかいない。『聖女』を演じるのをやめても良いんじゃないか?」
ティナの碧眼が揺れる。ちょうど、喫茶店を飛び出した時のように。
「っ、何を言って……」
初対面の俺相手の時と、民衆や親しいリアムが相手の時。それぞれで言葉遣いや雰囲気が異なっていた。普通は、初対面の人間や不特定多数の人間を相手にする時に敬語になるものなんだけどな。
「……それは俺も気になっていたことだ。論点をずらすのはやめてもらおうか」
ありゃ。論点ずらしと認識されたか。
「地獄に封印されていた奴は全員俺が喰った。外に出るためにな。邪神だって例外じゃない」
リアムとティナが息を呑む。俺に圧倒されたように。
「っ、クリス、こいつは危険だ」
リアムがティナに声をかける。
「なあ、ずっと思ってたけど、『クリス』って、どういうことだ?」
これは純粋な疑問。クリスもティナも愛称なんだろうが、なぜ使い分ける必要がある?
「初対面の時から、あなたが信用できなかったからよ」
信用ねぇ……。それにしては、モンスターの襲撃を察知して知らせてくれたりと、優しいところもあったみたいだが。
俺は思ったことを口に出さずに飲み込んだ。これ以上場を乱すべきではない。
「邪神の使徒ノル。あなたを、主神の使徒――聖女の名の下に滅ぼします」
ティナが瞳を燃え上がらせる。リアムが剣を抜いた。没収されていなかったのか。
いずれこうなることは予想していたが、早すぎる。
リアムとティナを転がすのは簡単だ。戦闘開始と同時に踏み込んで、手刀を叩き込めば良い。
『あ、一つ言い忘れてた』
少女の声が、張り詰めた空気に割り込む。
『よっぽど派手にやらなければ、けんかはご自由にどーぞ』
けんか。そう言われると、今から起ころうとしているものが幼稚なものに見えてくる。
『あだっ!』
少女が声を上げる。
『うちのダイナが失礼した。研究所内で暴れるのはやめてくれ』
ダイナと呼ばれた少女の代わりに、落ち着いた声の男が俺たちに声を届ける。
「やるか?」
先ほどの言葉をまるっと無視し、ティナに問いかける。
『あ!? 本ッ当にやめてください! 君が全力を出せばここはすぐ崩壊してしまう!』
男が必死に訴える。
今話したいのは、お前じゃない。というか、俺がそう簡単に全力を出せないと知っているから、ここにティナたちと一緒にぶち込んだんだろうが。
俺は男の声を努めて意識から排除し、ティナの目を見据えた。
ティナはしばらく悩み――やがて、口を開いた。
「今はやめておきます。あなたが本気を出せば、私如き一撃でしょうから」
「賢明だ」
リアムは俺たちの会話に入ってこなかった。
リアムを横目で見る。リアムは口を開こうとしては閉じていた。会話に入るタイミングが掴めないのだろう。
ただ力があるだけのガキに何か言われるのも嫌だ。
「今は協力しましょう。……リアム? どうしましたか?」
ティナが会話に入ってこないリアムに声をかける。リアムは体を震わせた。
「あ、ああ……正直気に食わないが、戦うのはここから脱出してからでも良いだろう」
リアムが返事を絞り出す。
「聖女クリスティーナの名にかけて、ここに存在する魔法使い及び魔獣を滅ぼします」
クリスティーナ。クリス。ティナ。なるほどね。
主神の勢力はずいぶんと魔法に関する存在を敵視しているようだ。自分が創った世界の存在だろうに。
「まずは」
ティナが跪き、主神に祈りを捧げる。
待て――俺も対象に入っているならまずい!
「ぐっ!」
主神の力が俺を侵す。邪気が俺には扱えない純粋なエネルギーになっていく。存在が消えていく感覚。
「魔界の魔力から身を守る加護を――大丈夫ですか!?」
苦しんでのたうち回る俺を見て、ティナが駆け寄る。
「それを、解いて、くれ……うっ!」
「加護ですか?」
ティナが祈るのをやめると、俺に流れ込んでくる主神の力は収まった。
「ごめんなさい。あなたが邪神に類する者なら、こうなることも考えておかなければなりませんでした」
ティナが俺に頭を下げ、リアムのみに加護を授けた。
「どうする?」
リアムが言った。何について言っているのか分からないが、会話の流れからして脱出方法についてだろう。
「壊そう」
邪術が使えれば一発だ。まだ解析が完了していない魔界由来の物質でできているため、邪神の権限は使えない。
「今は無理だが」
今の俺が邪術を使うための条件がある。夜になることだ。月さえ出ていれば、たとえ室内だろうとどうとでもなる。
月が昇るまで後少し。具体的に言えば二時間。なんとなくそんな気がする。
「よし、部屋の調査を済ませてしまおうか」
リアムがそう言い、部屋の中を歩き始めた。靴が床を叩く音が、規則的に響く。
真っ白なベッド、何を置くか分からない白いシェルフ、天井全体に設置された照明。病的なほど「白」で埋め尽くされた白い部屋。
だが、いくら探しても出入り口は見当たらなかった。
出入り口が魔法で隠されているのか、それとも出入りは魔法で行うのか。魔法を使えない俺たちがここから出るには、やはり部屋を破壊するしかないようだ。
「さ、出るまでゆっくりしよう」
月が昇るまでほんの少し。仮眠を取ってから、脱出といこうじゃないか。