『ナツが来た』の外伝。
トウヤたちの日常を少しのぞいてみましょう。
続きを読む
閲覧設定
名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
晴れ時々涙
「はくしゅ!ぶえー…。」
ずびっと鼻をすする音。その音は、ぼくの方からした。
「トウヤなみだ目だー。」
「うるさい。」
四月。春がとうとう訪れてしまった。
「そういや、オレら今年から二年生だよ!」
「…うん。」
ずびっ。
「ははは、ハナタレだー。」
アキは余裕そうに高らかに笑っている。
ぼくは両穴から鼻水をたらし、呼吸もままならないまま。
「ゔー…花粉なんてなけりゃいいのに…。」
「まぁまぁそう言わずに。」
アキはクスクス笑っている。
「そういや、トウヤの親戚のお兄さん、今年来るんだっけ?」
「うん。」
「オレにも会わせてよ!」
「いいけど…あ、そういや、明日いっしょに花見しようって話になっててさ、アキも来いよ。」
ずびっ。
「え、いいの?やったー!」
アキはりょううでをあげてよろこぶしぐさをした。
桜にも負けない満面の笑みを浮かべて…。
ずびっ。
「…いったん、鼻かんだらどうだ。オレ袋持ってるけど。」
「…いや、まだ早い。このまま帰る。」
「そっか。」
ずびっ。
…早く、春が終わりますように…。
「ただいま。」
ずびっ。
帰ってきたわが家。げんかん前のくつたちはみんな整列して、まさに掃除をした直後の様だった。
ぼくはいつもよりもしんちょうにくつをぬぎ、ていねいにそろえる。
「あらトウヤ、おかえり。」
ふくれたお腹の母さんは、ぼくにやさしく言った。
「掃除なら手伝ったのに。母さんはあまり無理しないでよ。」
「ふふ、トウヤったらやさしいのね。でも、妊婦は動くことも大切だってテレビでやってたのよ。」
母さんはそのまま台所へと移動する。
母さんは今、お腹の中に女の子を持っている。
今は六ヶ月目。今年の八月に出産予定で、七月のどこかで入院する。
母さんには赤ちゃんもあるし、じっとしてほしいけど…。
元から母さんは、元気がありあまっているようだった。
「今日は天気もいいし、七輪でサンマも焼こうか。」
「七輪ぐらいならぼくが出すよ。」
「あら、ありがとうね。」
ぼくは外に出て、くらから七輪を引きずり出した。
年々使われたあとがある古びた七輪は、まさに達人のたたずまいをしていた。
すると母さんも外に出て、締めたサンマを持ってきて、火をつけた。
ぼくはかがんでうちわであおぎ、母さんは洗濯物を取り込みに。
パタパタとやっているうちに、大きなけむりが飛んでいった。
「あ、おいしそー。」
どこからか声がした。アキだった。
だけどアキのとなりに誰かがいる。ハルにぃちゃんだった。
「よっ。」
「なんでハルにぃもいるのさ。」
「いて悪かったかよ。」
ハルにぃはふてくされた顔をして、七輪はアキがやりたいというので代わった。
ハルにぃにぼくは近づく。
「トウヤ、今年から二年生だな。頑張れよー。」
「ハルにぃもね。今年から三年生でしょ?」
「うーん、俺はぶっちゃけ二年生のままでいいっていうか。」
「ぼく、ハルにぃががんばるところ見たいなー。」
「うっしゃぁ!ぜってぇ公立受かってみせるぜ!」
ハルにぃはそう言って、七輪に近づいてじっとした。どこががんばるだろう。
「あら、アキくんもありがとねぇ。」
母さんがそういうと、アキはにっかりと照れくさそうに笑った。
---
「うおー!うまそ〜。」
美しいこげ目がついたサンマは、まさしく黒曜で作られた刀のようにたたずんでいた。
いただきますの声を終え、ぼくはサンマの目をくり抜き、口に入れた。
ぎゅっと詰まったうまみが、はじけとぶようにひろがり、ますますご飯が進みそう。
「明日のお花見楽しみだな!」
となりにはアキ。
明日お花見に行くという話で、ついでにアキも同行することになった。
そしてそのままアキは、しっかりお泊まりを決めている。
時計は七時のくせに、空は朝のように明るい。
「だね。」
春はあけぼのとは、まさしくそうだと感じる。
まぁ、今は夕方なんだけど。
「トウヤ〜、ハルにぃちゃんとお風呂入るか〜?」
ハルにぃはちゃわんを片手に言った。
「なんかやだ。」
くっ…とハルにぃは落ちこんだ様だった。アキがハルにぃのせなかをちょいちょいとさすっている。
「まぁ、トウヤも二年生だものね。」
母さんはクスッと笑って言った。
「てか姉さん聞いてよ。ハルったら勉強全然しないのよ?」
ハルにぃのとこのおばさんはそう言ってグチをはく。
「なんだよおかあ、まだ春休み明けじゃあるまいしいいじゃんか。」
ハルにぃはそれに対抗して反論する。
「まあ、そうなの〜。でも、やる気になればいいんじゃない?」
母さんは和やかに話す。
「もー姉さんったら!ハルほんと驚くほど宿題を溜め込んでたんだから!全く、トウヤくんみたいな子だったらよかったのに…。」
「ゔっ…。」
ハルにぃは自分の母さんにそう言われたのがショックだったのか、ゆかに倒れこんでしまった。
「春休みの宿題とか、全く手ェつけてないやろ。」
「…はい。」
ハルにぃは傷心している様だった。
「ハルにぃがんばー。」
「…うし!頑張るかぁー!」
ハルにぃにぼくがそういうと、ハルにぃはそのまま宿題を持って移動してしまった。
「全く、トウヤくんには弱いんだから。」
「仲が良くていいじゃない。」
「うーん、そうね。」
母さんたちはそう話して笑っていた。
「トウヤって愛されてるな〜。」
「アキ、うるさい。」
---
朝の5時。朝焼けは美しいうすべにいろで、うぐいすやらが美しい歌を唄っている。
「トウヤ!おはよう!」
ぼくより早起きなアキは、朝イチなのに元気な声を出した。
「おはよー。」
今日は花見をする。もちろん、そのためにいろいろ用意をしておいている。
まずは箱ティッシュ。次にビニール袋。そして花粉対策の薬だ。
眠くなくから薬はあまり使いたくないけど…花見という危険行為をするから仕方ない。
「トウヤ大荷物だな。」
「これくらいないとフツーにしぬ。」
そうこうしているとハルにぃが起きてきた。
「あ、トウヤとアキくん。もう起きてたか。」
「おはよーございます!」
「おはよー。」
「さっすがトウヤ。花粉症の鏡みたいな荷物だ。」
ハルにぃは朝起きて一番にぼくをあおる。
「うるさい。ぼくは花粉症じゃないし。」
「きのう鼻水たらしてたのにー。」
うるさいと言いながら話していると、母さんからご飯だよと呼びかけられた。
朝食を終え、荷物を背負い、電車に乗る。
「楽しみだね。」
アキはうれしそうに言った。
「ふふ。あとそろそろで眠くなるよ〜。」
母さんがそういうと、ぼくとアキははーいと返事をした。
しだいにまぶたが重くなり、意識が遠のく。
''イーハトーヴ''から出る時は、いつもこうなのだ。
ただ、ぼくは楽しみで仕方なかった。
ずびっ。
少しずつ…近づいて…い……る………。
---
「着いたよ。」
お母さんの声。
目を覚ますと窓にはたくさんの満開の桜があった。
「アキ、すっげーぞ。」
ぼくがそういうと、アキはゆっくりまぶたをあげた。
「すっげぇ…!」
アキは窓に体を向け、席に乗り出し、景色をながめた。
【次は〜、『|菜乃花《なのか》』、『菜乃花』〜】
菜乃花。そこはイーハトーヴからしか行けない、不思議な場所。
あと原理はわからないけど、春の時にしか行けない。
「うっひょ〜!今年も絶景ですなぁ。」
ハルにぃははしゃいで窓をなめるようにながめている。
やがて電車は止まり、ぼくたちは下車した。
「帰る時はこちらを鳴らしてください。」
駅員さんは切符売り場のベルを指さしながらそう言い、駅の小屋の中にはいった。
駅の中まで桜の花びらが落ちている。
駅を出ると、そこに一面の色づいた桜が広がっていた。
「はくしゅ。ゔー…。」
とてもきれいですてきな景色だが、花粉はただならぬ量をただよっているように感じる…。
「ははっ、花粉にやられてるねぇ。」
ハルにぃがぼくをからかってきた。
「ゔるさい…ずびっ。」
…行く前に薬飲んでおきゃよかった…。
「ふふ、早く行きましょ。」
「姉さんって意外とせっかちよね。」
母さんはそう言い、まっすぐ桜並木のほうへ向かって行く。
そのすきをみて、ぼくは水を口にふくみ、薬を一じょう飲んだ。
ずびっ。
点々とある家は、生活感があるのに、なぜか誰一人として居ないように感じた。
「なんで誰も居ないんだろー?」
アキがそう問いかけると、
「まぁ、ゴーストタウンってヤツじゃねぇの?」
ハルにぃはそう答えた。
暖かい日差し、軽い色合いの空。
とてもすてきな風景で花も咲き乱れているのに、
小鳥の声は聞こえないし、よくよく見れば虫もいない。
ここにいるのはまさしく、ぼくらと花粉だけだった。
ずびっ。
「トウヤ、大変そうだな…。」
アキはそう言ってきた。
「はー!うんめぇ!」
場所選びが決まって、ぼくらは花見を楽しんだ。
おにぎりをほおばりながら、ハルにぃがうなる。
「早起きした甲斐があったわぁ。」
母さんはやわらかい笑顔で言う。
「もー、妊婦さんなのに姉さんは頑張りすぎよ。」
おばさんがややあきれたように言っても、母さんはふふっと笑っている。
一面に咲いた桜が、ぶぁっと散り、辺りを漂い、おおい尽くす。
光が当たって反射して、ガラスの様にかがやいていた。
「来年は赤ちゃんと一緒に来れるといいわねぇ。」
母さんがそういうと、みんなそうだねとこうていした。
ふと地面を見ると、辺りの草は枯れることを知らないかのごとく、
うつくしい黄緑色で風になびかれている。
かつてこの街はどんな人がいたんだろう。
生き物はどんな生き物がいるかな。
ずびっ。
「お花見、楽しいねー!」
アキはうれしそうに笑っている。
さむがりのクリスマス
とく…とく…とく…。
とく…とく…とく…。
時計の針の音は絶えず鳴り、頑張ってずっと働き続けてるんだぞと言わんばかりに主張してくる。
次第に音がだんだん大きくなってきてる気がするけど、気のせいだろうか。
いつも通りの灰色の壁と薄暗い黄色の灯りは、冬休みに入ってもおんなじだ。
明日は、クリスマスイブである。…少し、何か期待してしまう僕がいる。
今更寂しがり屋になっても、父さんと母さんはうちに帰ってこない。
そして、サンタクロースも___。
いつも思い出すのは、父さんと母さんがいた最後のクリスマスの日。
あの頃はまだ8歳だった。父さんからはぬいぐるみを、母さんからはマフラーをもらった。
あれから2年、今もそれらはある。変わったところは、埃をかぶってすすけてきたことぐらい。
もう少しだけ素直になれたら…
僕はもう少し変われたのだろうか…?
クリスマスイブ。
すっかり冷え込んだ空気はすっかり部屋を満たして、僕の体から水分をじんわり奪ってくる。
ついにかさかさして、かゆくなって、暖かそうな赤色になった。
冬休みになっても何もすることがない。
友達なんているわけもないし、家族もいない。
そもそも生きるだけでも精一杯なのに、楽しむ余裕がない。
僕は一体なんなんだろ?
どうして、どうして…なんだろ?
思考を巡らせていると、いつものコンビニの前にやってきた。
定員さんはサンタの帽子をかぶっていて、だけど店の中にいるお客さんたちは、みんな目もくれてなかった。
さっさと商品を手に取って、僕はそそくさと店を後にした。
弁当の味は、あんまりしなかった。
---
いつものレンガの地面を歩いて、ふとデパートのショーケースを覗いた。
かっこいい人気のロボの横に、
Merry Christmasと書かれたポップ。
縁起がいい日なのにも関わらず、僕はどうしてかもどかしくなってくる。
子供連れとかカップルとかがデパートへとどんどん入っていくのを見て、僕はどうしてか怖くなって、その場を後にすることにした。
気づいたらうちにいた。
あんなにめっぽう怖くなるほどになるとは思わなかったし、そんな自分に僕は切り傷のひとつでも付けてやろうかとも考えてしまった。
クリスマスは、どんなイベントだったか。
そもそも____。過ごすことすら、ままならなかった。
---
小さなブランケットを膝にかけ、ついでに布団も背中にかけ…。
お湯は沸かせないので、自販機で買ったアツアツのコーヒーを冷ましながらテレビを見た。
クリスマス特集とやらで、いろいろなものが紹介されたり、芸人の人が面白おかしくやり取りしたりしていた。
「たのしそうでいいなぁ。僕も、こんなことできたらな。ね?母さん…。」
がらんとした部屋。使われるのが少なくなった椅子と机。
掃除が面倒になって、いつしか綺麗だったこの場所は薄汚い埃の棲家と化していた。
今日ぐらい、掃除しておけばよかったと、少し後悔する。
だって…サンタがやってくるかもしれないから。
朝。クリスマスだ。
昨日ベッドの横にはほったらかしていたぬいぐるみを埃を取り払って置いておいた。
ついでにマフラーも埃を払って畳んで置いた。
部屋の中はいつもどうりで、トクベツなことはなーんにもなかった。
ただの平日なんだよ。
きっと、これからも、ずぅーっと。
…ずぅーっと…?
ちいさなハナミズキ
「ただいーまー!」
ふんわりとしたほっぺが柔らかく揺れ、赤く染められている。
まだ1メートルにも達しない小さな体の持ち主が、お菓子の入った袋をブンブン振り回している。
「ハル、買って来たぞ。父さんと一緒につくろうな。」
平たい顔の人が、俺にそう話しかける。
「うん!」と元気よく言ったものの、どこかぼーっとする。
暖かくて、だけど冷たくて、ここにいたら全部飲み込まれそうで____。
まばゆい光がちょうど顔に当たっている。
じんわり目を覚ますと、ぐちゃぐちゃに絡まった布団の上で、俺はだらしなく落ちていた。
「……ゆめ…」
いつもよりぐぅっと重たい体はびくともしてくれず、またまぶたもつられて重くなってゆく。
「ハルー!あんたぁ寝坊するよ!さっさと起き!」
「…へーい。」
気だるい体をよっこいしょと動かして、俺は起き上がる。
かちゃっとドアを開けて、真っ先に洗面所へ。
ぴゃっと顔を濡らし、濡れた服をまとめて脱ぎ捨て、学ランへと着替えた。
そろそろ2年生にもなるのに、未だ制服に着られている感じがしてこそばゆい。
ちゃっと飯を済まそうとした時、皿の上の小さなハンバーグに目が付く。
「ハル?どうした?」
かぁさんが不安そうに聞く。
「ちょっと寝ぼけてるだけ。」
俺はハンバーグをそっと箸で突いて、でも躊躇って、葉野菜に手をつけた。
しゃもしゃもと口の中でシワクチャになる葉野菜を咀嚼しながら、ハンバーグをじっと見つめた。
俺はハンバーグが大好きで、大嫌いだ。
もし俺がハンバーグが好きじゃなかったら、きっとだなんて都合のいいことを考える。
でもやっぱり、あの時俺が大人だったら____。
「ただいまー!」
ふんっとランドセルを床に置き、俺はガシャガシャと蓋を開け中身を取り出した。
少しヨレヨレの紙を取り出して、おかぁの方へとまっすぐ突き出した。
「じゃん!100てん!」
全部に真っ赤な丸がついて、綺麗な紙が出来上がっている。
「わーっ、ハルはすごいねぇ。」
おかぁは優しく言う。
「じゃあ、今日の晩御飯はハルの好きなものにしようね。」
「よっっしゃぁああ!」
我が家では満点を取ると、晩飯に好きな物が食べられると言うルールがある。
俺はそれがたまらなく楽しみで、いつも必死に勉強しては満点をとって頑張っていた。
だけど、今日は少しバグが起きたんだ。
「ねぇーっ、かーさんー!これじゃない!ちがう!」
楽しみにしていた晩御飯で、それは起きた。
俺は晩飯にハンバーグを頼んだ。
だが、何かの間違いで麻婆豆腐が出された。
「ごめん、ごめんねハル…また明日つくったげるから。」
「いやだ!今日がいい!絶対今日がいい!!」
俺は大人気なく駄々をこねてこねまくる。
もうそろそろ一才にもなる弟が、不思議そうにこっちを見てくる。
「うぁあああああああ…」
俺は大声を出して大きく泣いた。
だけど決しておかぁにも物を殴らないようにして、ただ床をドシドシと叩いていた。
「こぅらハル。そんなに泣かない。明日でいいだろ?」
「やだやだぁ…今日がよかったー…」
決して下がらない俺に、おとぉははぁっとため息を漏らす。
「…買って来てやるから機嫌なおせ。母さんの手作りはまた明日な。2日連続ハンバーグだ。いいだろ?」
そう言いおとぉは俺を咎める。
「…うん。」
俺は素直にそう言って、席に直った。
「ぱぁぱ。」
すると弟のハルガがおとぉに寄って行った。
「お、ハルガも来るか?」
おとぉは優しい声でハルガの手を繋ぐ。
「行くー!」
「それじゃあ行ってくるよ。あ、ハルも来るかい?」
おとぉはそう聞いてくる。
「…別にいい。」
「そう。じゃあ、行って来ます。」
そう言いおとぉは出かけて行った。
この時、俺がついて行けば、俺がだだをこねなければ。
スーパーの前で鳴り響く救急車の音。
血に塗れたビニール袋に、後ろをガリっとやられた赤子の姿。
その赤子を守るように抱えて、胎児のように包まった男があった。
「…うそでしょ、嘘でしょ…?」
隣にいるおかぁはそう言って涙をポロポロ流す。
俺は何が起きているのか、理解できなかった。
必死で涙を流す母親の横で、その子供は呆然とグロい現実を見つめている。
引き裂かれた赤いカーペットに、なぜか涙が流れない。
自分が何か悪いことをしたのか、罪を探すのにただ必死だった。
「こりゃひどいなぁ。」
「頭の血が凄いな。」
「うわぁ、やばいねこれは。」
野次馬たちの心無い声があたりにきっかり響く。
なぜだか悲しいと思えなかった。
---
「ハルー、ちゃっちゃと食べ。遅刻するで。」
あの日以来、おかぁは厳しくなった。
好き嫌いも許さなくなって、勉強をしないとちゃんと怒るようになっていた。
ひにひにおとぉに似てくる母親を前に、もう2度とおとぉが来ないと知って、ずっと悲しくなった。
「いつか、絶対蘇る。」遊戯王の死者蘇生のカードを持って、病院でずっとおとぉの手を握ったのを思い出した。
血がすっかり抜けて、あの時の平べったい顔とは程遠くて、悲しくなって涙がこぼれそうになる。
急いであくびをして、俺はドアを開けた。
「行って来ます。」
夏休みも中盤に差し掛かった頃、兄弟のような2人が、並んでゲームをしていた。
チュドーンとなるテレビの音と共に、トウヤが倒れ込んだ。
「よわいねートウヤー。」
ハルが少しおちょくったようにトウヤに言う。
「次は勝つ…」
負けじとトウヤは立ち上がりコントローラを手にした。
「ところでさハルにぃ。宿題は?」
「ぎくっ」
トウヤはすかさず聞き、ハルはひどく動揺する。
「どこまで終わってるのぉ?もう中盤だよ?ハルにぃちゃーん?」
「…」
ハルはそのまま黙り込み、スッとゲームを始めあっという間にトウヤを倒してしまった。
「あっ!」
「…俺のハートを痛みつけた罰だぜ。」
だが反抗虚しく、ハルはトドメを刺された。
「罰って、やってない自分が悪いでしょ。」
「うっ」
ハルは夏バテみたいに倒れた。
トウヤはそんなハルを心配することはなかった。