弟と差別され、両親の冤罪により学校を辞めさせられた少女・夜魅。
そんな彼女を保護し、また彼女の病気“ナルコレプシー”に気づいたのは、千月と名乗る少年だった。
千月と暮らし始め、夜魅は生まれて初めて「大切な人」を知る――。
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目次
純情ナルコレプシー 0 プロローグ
荷物を詰めた鞄を持って、私は家を出た。
近所の人は夕ご飯の時間で、幸せそうな団らんの声がする。
学校を辞めさせられて今日でちょうど1年になる。だから両親は、またお祝いに|明亜《めいあ》とディナーに行った。
じゃあ、その幸せを彩るために、私も消えなくちゃね。
あいつらも、出費が1人分減って嬉しいんだろうから。
私は両親に愛されていた。
けれど、生理が来たり、胸がふくらみ始めてから、食事の雑な日が増えた。幼少期は好きに髪を伸ばせなかった。
男の子がよかったんだって。
中学校に入ったあたり、お母さんが妊娠した。赤ちゃんの性別が男だと分かった時の喜びようといったら。馬鹿みたいで。
その日から私は好きな服を着れた。髪を伸ばせた。
それは、放置だった。
食事は犬みたいに部屋の隅で、明亜の残飯を食べさせられた。
明亜はよく食べた。そのせいで私の食事は実質中学校の給食だけになった。
高校に入ってすぐバイトを始めたけれど、いつのまにかお給料が消えてて、代わりに明亜のプルバックカーやヒーローの変身グッズが増えていた。私のお年玉も明亜に注ぎ込まれていたみたいだった。
馬鹿らしくなってバイトを辞めた。
そうだ、その辺りだ。私の身体がおかしくなったのは。
授業中、突然眠くなって居眠りすることが増えた。突然、身体に力が入らなくなったりもした。
居眠りが常習的になってきたその年の11月あたり、私は――自分の口をビールの缶につけさせられた。
「飲酒、ですか……。|夜魅《よるみ》さんはいつも居眠りしている不真面目な生徒ですし、学校としても弁護できません」
ビール缶の口から私の唾液が検出され、私は飲酒をした不良生徒として退学処分になった。
「これからはあのゴミの分の学費を払わなくて済むわね!あなた、明亜、今日は奮発してディナーに行くわよ!」
もう私のことを夜魅と呼ばず、代わりにゴミと呼ぶようになった母の声は、耳にこびりついて離れない。
私は忘れもしない。その声と、その夜真っ暗なキッチンで生ゴミの袋からあさり出した、人参の皮の味を。
無一文な私は、きらきらして活気のある商店街で1番優しいおばちゃんが営むパン屋さんに入り、防犯カメラとおばちゃんの死角でチョココロネを盗った。明亜なら、言えば2つでも3つでも買ってもらえる代物だ。
なるべく自然を装って店を出て、アパート街に逃げた。路地裏みたいなとこを通って、行き止まりでチョココロネを食べた。
甘い。吐きそうなくらい、くどく甘い。
涙が出てくる。ぽろぽろ。
なんでこうなったんだろう。
虚しい。
時計はもう8時半をまわっていた。
その瞬間――言い表しようのない眠気が、私を襲った。
今――?
私に突っ込ませる気など、身体にあるわけがない。
食べかけのチョココロネを持ったまま、私は行き止まりに倒れた。
だめ、寝ちゃう……。
---
ぷつん、と、何かを突き破るような音が聞こえた。
純情ナルコレプシー 1 貴方と出会った日
私は、ふと目を覚ました。
ここどこ――?
そこは知らない家の布団の中だった。
ちょっと不安になったけど、でも、布団がふかふかしてて快適。
寒い季節だし、出たくないなぁ……。
ころんと、壁側に転がった。
全然眠くないや。
「目、覚ました?」
背後から声がした。
私ははっとして振り返った。
子供だった。11,2歳だろうか。男の子だ。
「大丈夫?もう眠くない?」
「だ、だいじょうぶ……それより、貴方は?」
「俺?」
細い指で自分を指差した少年は私を見ている。
綺麗な目――。
「俺は|千月《ちづき》。千の月って書いて、千月」
「ちづき……くん……」
「君の名前は?」
「私の名前は|香森《かもり》 |夜魅《よるみ》、夜に魅了されるって書くの」
「……素敵な名前だね」
千月と名乗った少年は微笑んだ。
そこで私は我に返った。
「あっ!」
跳び起きた。
「なに?」
「私、助けてもらったうえに、寝かせてもらって……」
「あぁ、大丈夫だよ。ゆっくり休んでて」
千月くんは微笑んだ。
「荷物って……」
「今、持ってくるね」
そう言って千月くんは部屋を出た。
……一旦整理しよう。私、外で寝ちゃって、それを千月くんに助けてもらって……。
何度もそう整理しても、頭がごちゃついたままだ。
「これだけで合ってる?」
千月くんが戻ってきて、私の鞄を渡してくれた。
「うん……ありがとう」
「中身盗られてたりしない?」
「大丈夫みたい」
中身を確認して私は言った。
スマホを取り出して開くと、時計は夜の9時半前を指していた。
「あ――」
母親からの通知があった。
私は、それを見て、胸が苦しくなるのを感じた。通知をスライドして、電源を切った。
「……やっぱ、分かっててもキツいな」
「別居してる」
千月くんは、当然のように言った。
「別居……」
親御さんの姿が見えないので訊くと、そう答えたのだ。
「なんか、母さんに“一緒に居ると危ない”みたいなこと言われて……」
「へぇ……」
言いつつ、先ほど届いた母親からのメールを思い出した。
『出てったならなんで財布置いて行かなかったんだよ』
千月くんも、お母さんと別々に暮らしている。
けれど、彼のお母さんは、千月くんを愛してくれていて、だから別居という選択を提案した。
私は……家族に愛されなくて、自分から逃げてきた。
表面上は同じ状態なのに、ずっと、千月くんの方が……。
「羨ましいなぁ……っ」
涙が、出てしまった。
「――え」
千月くんは動揺していた。
そりゃそうだよな。家族との愛を潤滑に保てていた人からしたら、別居は辛いことなのだろう。
「……なんか訳ありなコだと思ってたけど、やっぱ、」
想像以上だったか。
千月くんは私をそっと抱きしめた。背中をさすってくれた。
「俺でよければ、話してくれない?」
気づいたら、全部話してしまっていた。
昔から男の子らしくさせられていたこと。
それでも一応愛されていたこと。
明亜が生まれて、自分はいらない子になったこと。
そのうち、学校や家で突然眠るようになったこと。
母親に飲酒の濡れ衣を着せられ、退学をさせられたこと。
話している間、千月くんは何も言わず聞いてくれた。
「それで……家出してきたの」
「そっか。辛かったね、よく頑張ったね」
なぜだか千月くんの小さな身体は、すごく温かくて安心できた。
だからなのかもしれない、また眠くなって、今日何度目かの眠りについてしまった。