八階建てのビルに突如転移した人々。彼らの歩める道は一つ、「今日が終わるまでにビルの一回から脱出すること」だった。成功報酬は、生きること。失敗すれば、、、もう、お分かりだろう?
作者が見た「夢」をもとにした、脱出ゲーム型タイムリミットサスペンス。
諸注意
・グロテスク要素、トラウマ要素を含みます。苦手な方は閲覧をお控えください。
・作者は脱出ゲーム系の漫画やコンテンツに詳しくないので、一部演出、トリック、キャラクターが他人の空似になっている可能性があります。そういったときはやさしく指摘していただけると嬉しいです。
・企画で募集したキャラクターについて、多少動かし方や文脈のイメージが違う場合がございます。ご了承ください。キャラの特徴からあまりにも大きく外れた言動がある場合は、ご連絡いただきたいです。
・作者が用意したキャラクターは稀に、実在の人物、キャラクターの概念などをモチーフの一部に取り入れている場合があります。モチーフ欄に記載はしませんが、悪気はございません。あくまでリスペクトですので、お気づきになられた場合生暖かい目で見守ってくださるとうれしいです。
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目次
ep.1 はじまりの前、 又はおわり
---
--- ー 生きること。それは宇宙の神秘。数多の奇跡の上に成り立っている。 ー ---
--- ー のうのう、のうのうと、そこにある事が当然のように扱ってはいけない。 ー ---
--- ー ある日突然、ぷつりと潰える。儚く美しい。差出人のいない、貴重な贈り物。 ー ---
--- それはもう、君たちには到底勿体無いくらいに、ね。 ---
---
スーパー、薬局、100均、それより上はオフィスのようになっている八階建ての小さめのビル。その最上階、八階のフロアの中にたくさんの人がいた。スーツを着た大人、制服の学生、派手な服装の若者、、、中には少しだが、幼い子供や外国籍の者もいた。彼らはみな目覚めたばかりのようだ。
一人だけ、笑みを浮かべて立つ者がいた。そいつが口を開く。
「おはようございます。現在時刻は朝7時45分となっております。突然ですが皆さんは、今日が終わるまでにこのビルから出なければいけません。行動開始は8時になります。まずは詳細をご確認ください♪」
戸惑う人々の脳内に、あるイメージと音声が投影された。きっとあの男の仕業だ。
それはこんなものだった。
---
<詳しいご説明>
・今日が終わり明日になる時間、つまり今日の24時までに、一回にある出口からこのビルを出てください。
・階層の移動手段は、階段をお使いになってください。階を降りるだけでなく、上ることも可能です。
・皆様の脳内にタイマー、自身の状態、自身が今いる場所が表示されますので、良ければご参考になさってください。
・他の方に一定の距離まで近づくと、その方の状態などをのぞくことができます。是非ご活用ください。
・建物内にある物資は、自由に使っていただいて結構です。建物内の物資に関して、法に触れるような行為はしないでください。
・時間は進みますが、タイムオーバーとなるまで日は暮れませんのでご安心ください。
・19時になった時点で一度、チェックの時間を設けます。それまでに、三階以下にいらっしゃってください。私が皆様を確認して回ります。19時~19時10分までは階層を移動しないでください。チェックポイントを待たずに脱出なさっても結構です。
・下記の状況が発生した場合、私は一切責任を負いません。
ルール違反が確認された場合
途中この建物の中で、貴方の身に何かあった場合
建物内にいる方が、19時のチェックまでに三階以下のフロアにいない場合
24時までにビルを出られなかった場合
・この案内はいつでも好きな時にご覧になれます。
・どうかお気をつけてお過ごしください。
---
ひそひそとした話し声はだんだんとざわめきに変わり、パニックを巻き起こした。
「一体何なんだ!?」「ふざけるな!!」「本当なのか!?」「早く出なきゃ!!」「待って、まだ移動しちゃだめだ!!」
いろいろな声が飛び交い、階段へ、エレベーターへといくらかの人が向かう。
しかし、階段へ駆け込んだ人の流れに急ブレーキがかかった。
先頭で階段に足をかけた人の体が、ぐしゃり、と潰れたのだ。
うしろから来た人は急に止まれず、さらに階段に近かった数人を押す。その人もまたよろけて倒れこみ、階段に足をついた瞬間、肉塊と化すのであった。
一方、ガラス張りで中身が見えるエレベーターにも人がなだれ込む。「1」のボタンを押し、扉が閉まる。
その瞬間、エレベーター中に血しぶきが飛び散り中が見えなくなった。叫び声が耳をつく。
あの男が、言った。彼はゲームマスターのようなものなのだろうか?
「だ~から言ったじゃん、移動は8時になってから。階の移動は階段だけ。ってさ?今はまだ8時になってないんだから」
僕らはここから、出られるのだろうか。
--- 【生存人数 287人/300人】 ---
--- 【現在時刻 7:52:28 タイムオーバーまであと 16:07:32】 ---
-1635文字-
永く赤い一日 キャラクターリスト(最終更新2/25)
本作に登場するキャラクターのリストです。作中で表示される基本ステータス、ストーリーからなる備考を掲載します。(ネタバレにならない範囲内なのでご安心を)
情報公開済み、または本編に登場済みのキャラクターを随時追加していきます。記載済みのキャラクターの追加情報も登場次第追記していきますので、是非お見逃しなく。
6/14 公開、「ゲームマスター」追加
6/21 「だるまさんがころんだ」追加
6/28 「左手に夢を」「ラッキーアイテム」「朱に交われば」追加
7/2 内容を一部修正
7/6 「藪に潜むは」追加、「だるまさんがころんだ」「朱に交われば」情報追記
7/8 「迷宮迷夢」追加
7/17 「幕開きのおくりもの」追加
7/22 「骨屑との約束」追加、中途半端になっていたのでいろいろ修正
8/13 「終わりを告ぐ鐘」追加、「ラッキーアイテム」情報追記
9/5 「アノードコモン」追加、「藪に潜むは」情報追記
10/5 「雨は止まねど」追加、「迷宮迷夢」「骨屑との約束」情報追記、最終更新日をタイトルに記載開始
11/7 「天までとどけ」「身をつくしてから」追加、「骨屑との約束」情報追記
11/30 「はりつく形代」追加、「左手に夢を」情報追記
12/19 「はりつく形代」情報追記、「幕開きのおくりもの」情報一部変更
12/27 「はりつく形代」年齢が間違っていたので訂正
2025/1/11 「ゲームマスター」「身をつくしてから」情報追記
2/5 「幕開きのおくりもの」「アノードコモン」情報一部変更
2/25 「スーパーノヴァ」追加、「終わりを告ぐ鐘」「身をつくしてから」情報追記
「ゲームマスター」
名前 : ???(現在名前は不明)
年齢 : ???(見た目は二十代ほど)
身長 : 173
性別 : 男
一人称 : おれ
容姿 : 濃い山吹色でボリュームのある無造作なショートヘアに、カラフルなメッシュが入っている。つり目がちで、笑っているように目じりが細い。瞳の色は赤。服装はビビッドカラーを取り入れたストリートファッション。派手な色合いのパーカー、スウェット、スニーカー。
備考 : 人が叫びおののくさまを見ても、まったく動じない。かなりの楽天家のようだ。
どうやらゲームマスターのような立場にいるらしい。この騒ぎは、彼が仕組んだものなのだろうか。
「過去」に対する執着や思い入れが希薄。
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「だるまさんがころんだ」
名前 : 横田 達磨(よこた たつま)
年齢 : 22
身長 : 174
性別 : 男
一人称 : 僕
容姿 : 深朱色でストレート、少し短めのショートヘア。瞳は左目は黒、右目は白。白無地半袖Tシャツの上に、薄い紅色の半袖シャツをボタンを開けて着ている。小豆色の長袖ズボンに、白靴下と黒いサンダル。
備考 : 勇気を出してゲームマスターに質問していた。正義感が強いようだ。
自分が何故こんな目に遭わなければいけないのか、疑問を持っている。
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「左手に夢を」
名前 : 空間 清李(あきま すがり)
年齢 : 16
身長 : 156
性別 : 女
一人称 : 私
容姿 : 焦げ茶色の、控えめなウェーブのかかった短めロングヘア。頭の下側でお団子を2つ作り、ハーフアップにしている。前髪は眉にかかるくらいのシースルーぱっつんで、左側に一筋パステルパープルのメッシュが入っている。瞳の色は明るい茶色。第一ボタンの開いた白い半袖ワイシャツ、赤いリボン、2回ほど巻いた赤茶色のチェックスカート、白いニーハイソックス、茶色いローファー。
備考 : スマホを回収され、かなり焦燥していた。スマホをとても大事にしているようだ。推しがいるらしい。
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「ラッキーアイテム」
名前 : 佐久里 幸吉(さくり ゆきち)
年齢 : 20
身長 : 170
性別 : 男
一人称 : 僕
容姿 : 薄いヨモギ色の落ち着いたショートカット。前髪は無造作で、横髪を抑えるような感じで両側に2つ、白いヘアピンをつけている。瞳の色は鮮やかな黄緑。ぱっちりでややたれ目がち。黄緑がかった白色で真ん中に黒いラインの入っているワイシャツに若竹色で白いラインの入ったニットベスト、その上にヒモとチャックの白いグラスグリーンのパーカーを軽く羽織っている。裾を少し折りたたんだ薄いカーキの長ズボン。白いくるぶしソックス、黒いスニーカー。
備考 : 自分を信じて即座に行動していた。かなりの運とポジティブの持ち主のようだ。少し自分の考えを過信しがちなようだ。
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「朱に交われば」
名前 : 荒木 爛雅(あらき らんが)
年齢 : 18
身長 : 167
性別 : 男
一人称 : 自分
容姿 : 黒に近い灰色の髪で、紅く太いメッシュが何本か入っている。無造作で軽やかなショートカット、襟足が少し長い。無造作な前髪を右手側に流している。瞳の色は珊瑚色。やや伏し目がち。黒いチョーカー、萌え袖で黒いダークグレーのワイシャツ、淡いオレンジの袖なしパーカーを開いて着ている。両方の二の腕あたりにシャツの上から、淡いオレンジ色の腕章(?)をつけている。深紅色でゆったりめの七分丈カーゴパンツ、黒いクシュっとしたソックス、淡いオレンジ色と黒の厚底スニーカー。
備考 : 偶然居合わせた幸吉に助けをもらっていた。少し流されやすい性格のようだ。どうやら目覚める前に、不思議な夢を見ていたらしい。
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「藪に潜むは」
名前 : 藪蛇 実(やぶた みこと)
年齢 : 23
身長 : 178
性別 : 男
一人称 : 俺
容姿 : 黒緑色の髪。整髪料を付けた、さわやかな刈り上げのショートカット。少し釣り目気味。瞳の色は黒緑色。白い長袖の下着の上に、ゆったりとした半袖で蛇と植物の柄の黒いシャツを着ている。右耳に黒い丸ピアスを一つ、左と右の人差し指に指輪をつけている。暗緑色で細めのカーゴパンツ。白い靴下に黒いサンダル。
備考 : 少し口調が悪いようだ。めいとは高校の同級生だったらしい。他人の気持ちを感じるのが苦手なようだ。
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「迷宮迷夢」
名前 : 遠坂 めい(とおさか めい)
年齢 : 23
身長 : 155
性別 : 女
一人称 : わたし
容姿 : 黒髪で、ぼさぼさしている腰までのロング。瞳の色は黒。白いブラウスの上に、紺色のカーディガンを着ている。カーキ色のロングスカート、茶色のブーツ。黒縁の眼鏡をかけている。
備考 : 何故かイラついているようだ。実とは高校の同級生だったらしい。実には呆れているようだ。
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「幕開きのおくりもの」
名前 : 祀酒 みき(まつさか みき)
年齢 : 16
身長 : 155
性別 : 女
一人称 : 私
容姿 : 黒髪ストレート、長めのボブ。前髪は無造作。髪の両側に赤くて細いリボンの髪飾りを結んである。茶色い瞳で、伏し目がち。白いブラウスに赤いスカート、灰色の薄手カーディガン。白いニーハイソックスに、茶色いローファー。
備考 : 内気だが、周りの状況を見て判断し行動する勇気があるようだ。
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「骨屑との約束」
名前 : 流尾 契(はやお けい)
年齢 : 32
身長 : 173
性別 : 男
一人称 : 僕
容姿 : 濡羽色でさっぱりとしたセンター分けのストレートマッシュヘア。長方形の黒縁眼鏡をかけている。瞳は高麗納戸色。水色で袖を肘までまくったワイシャツに、紺色のタータンチェックのネクタイ。黒いベルト、黒いスラックス。ゴツめで銀色の腕時計を左手にしている。
備考 : 危機的な状況でも、他人とコミュニケーションをとっていた。フレンドリーで積極的な者のようだ。歴史が好きらしい。
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「終わりを告ぐ鐘」
名前 : 終町 脱奈(しゅうまち つな)
年齢 : 12
身長 : 161
性別 : 女
一人称 : ボク
容姿 : ゆったりとした赤いロングヘア。前髪が毛先にかけて黒くなっている。瞳は左目が青緑色、右が青色。瞳に十字架のような模様が見える。白いワイシャツに黒いパーカー。頭に黒いカチューシャ、首に水色の石がついたペンダントをつけている。
備考 : 悠々と先頭を眺めていた。他人に流されにくい者のようだ。過去、彼女の友人に何かあったらしい。
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「アノードコモン」
名前 : 鷹樹 蓮(たかぎ れん)
年齢 : 38
身長 : 189
性別 : 男
一人称 : ワタクシ
容姿 : 少し癖っ毛の黒髪ショートヘア。縁のない丸眼鏡をかけている。白い長袖ワイシャツに黒いジーンズ。両手に白い軍手をはめている。
備考 : 脱奈と鉢合わせ、落ち着かない様子だった。女性が苦手なようだ。頭痛持ちらしい。
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「雨は止まねど」
名前 : 雨水 日向(うすい ひゅうが)
年齢 : 22
身長 : 186
性別 : 男
一人称 : 俺
容姿 : Tシャツの上にパーカーのフードを頭に深くかぶっている。十字架のペンダントを首にかけている。黒くゆったりしたズボンに黒いスニーカー。フードで髪や顔などはほぼ見えない。
備考 : 真剣にあたりを分析していた。とても冷静な者のようだ。周りを心配する優しさも持っているようだ。
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「天までとどけ」
名前 : 天王寺 歩夢(てんのうじ あゆむ)
年齢 : 5
身長 : 95
性別 : 男
一人称 : あゆ、あゆむ
容姿 : 床に届きそうなほどの藍色ストレートロング。前髪は真ん中で分け、耳に掛けている。瞳は紺色。水色の半袖パーカーに紺色の薄手カーディガンを着ている。黒の長ズボン。両手に身長の半分ぐらいの大きさの狐とコアラのぬいぐるみを抱えている。
備考 : 他の者よりだいぶ幼い。狐とコアラのぬいぐるみを、とても大切にしているようだ。
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「身をつくしてから」
名前 : 失無 香貝(しつむ こうがい)
年齢 : 25
身長 : 155
性別 : 男
一人称 : 俺
容姿 : 髪は暗い海老色のマッシュパーマ。瞳の色は漆黒。釣り目。ゆったりしたハイネックの長袖Tシャツに黒とミルクティブラウンのマウンテンパーカー。ダークグレーのデーパートパンツを履いている。パーカーのフードをしっかりとかぶっている。腰に黒いバッグを提げている。
備考 : 見た目や雰囲気は近寄りがたいが、思いやりのある人物のようだ。家族を失ったことがあるらしい。
---
「はりつく形代」
名前 : 御野々 宮司(みやの きゅうじ)
年齢 : 22
身長 : 181
性別 : 男
一人称 : オレ
容姿 : 髪は濃い灰色の無造作なショートカット。少し癖があるのか、ところどころ跳ねている。前髪で左目が隠れていて、両端に一筋ずつ藤紫色のメッシュが入っている。瞳は桑の実色。第一ボタンを開けた白いワイシャツに黒いジージャンを羽織っている。深紫色のジーンズ、黒いスニーカー。
備考 : 考え込む癖があるようだ。どうやら妹がいるらしい。妹のことをとても大切に思っているようだ。
---
「スーパーノヴァ」
名前 : 赤星 キラ(せきぼし きら)
年齢 : 18
身長 : 169
性別 : 男
一人称 : 俺
容姿 : 明るい金髪のストレートショートカット。左手側のサイドの髪に、赤いヘアピンを付けている。瞳は赤色でぱっちりしている。黒いスウェットズボンに黒いパーカー、赤いスニーカーを着ている。
備考 : 他人に積極的に声をかけていた。困っている人を助けることが得意なようだ。
ep.2 はじめのいっぽ
<前回までに起きたこと>
ある朝目覚めると、人々は見慣れぬビルの中にいた。とある少年が言った。「皆さんは今日が終わるまでに、このビルから出なければいけません」
八階建てのビルから出る。
造作もないこと、だろうか?
否。
ゲームのように決められたルール。そこから一歩でも踏み外れれば、命はない。下でどんなものが待ち受けていようと、到底分かったものではない。今日が終わるまでに出られなければ、、、、、なおさらだ。
僕らはここから、出られるのだろうか。
--- 【現在時刻 7:50:54】 ---
---
side 横田 達磨(よこた たつま)
詳細を読み終えて。実感や納得などみじんもないまま、周りを見渡す。
いつかに来たことは、ないはず。オフィスだろうか?デスクに物はあるが、不自然なほど整っている。
体を動かしてみる。いつもと、何かが違う。やはりこれは夢、、、?
訳が分からず考え込んでいたら、突然叫び声が聞こえた。生卵を幾つも叩き割ったような音が響く。ふとエレベーターを見たら、中が分からない程に赤く染まっていた。
おぞましく、引き込まれるような、赤。ずっしりと暗く、痛いほど鮮やかに流れる。
夢なわけが、なかった。
目を逸らせど、彫り込んだようにじんじんと赤色が痛む。
今までないほど濃い、血の匂いがする。生々しい。胸がむかむかする。
人が、死んだ、、、?なぜ今?銃声はしなかった。どうやって?僕はどうなる?
先ほど僕らに詳細を見せた青年が、再び話し始めた。
「だ~から言ったじゃん、移動は8時になってから。階の移動は階段だけ。ってさ?今はまだ8時になってないんだから」
風邪を引いた子供を慰め撫でるように、死者をあざけり骨の破片を蹴飛ばす。
そうだ、あいつは確かに言っていた。
--- 『行動開始は8時になります。』 ---
--- 『階層の移動手段は、階段をお使いになってください。』 ---
少し移動すると、階段あたりに血だまりが見えた。現在時刻は7時、、55分だ。
肉塊はおそらく、パニックになり階段やエレベーターで下ろうとした者だろう。
だからと言って急にこれは、、、流石に理不尽すぎる。
とはいえ、なんとなくどういう事なのか分かってきた。
階段だけを使い、1階まで下りる。
詳細に書いてあることを少しでも破れば、命はない。
24時までにここから出られなくても、終わり。
、、、納得してしまいそうな、自分が怖い。
僕は、死んでしまうんだろうか?そもそも何故あいつは僕らをここに呼び込んだ?何でこんなことに巻き込まれなければいけない?
忘れていた。人が、死んでいるんだ。今すぐ警察に電話しなくては。
、、、ない。携帯がどこにも。ポケットに入れたはず。落としたか?
焦っているのは他も同じようで、どこかから少女の甲高い声が聞こえた。
「あぁっ、スマホがない!私のスマホ、、、!!なんで!?」
あいつが、けたけたと笑う。やはりあいつのせいだったのか。
「あ、気づいた~?電子機器は、すべて預からせてもらったよ。ちょっと辛抱しててね」
外部との連絡手段が断たれてしまった。抜け目がない。
流石に許せなくなってきて、僕はあいつに言った。
「いったいこの騒ぎは何なんですか!!あなたは何者だ!?こんなことして何が、、、」
「あっ、あと20秒で8時ですよ!皆様ご準備を!!」
遮られた。ここまで意地が悪いとは、、、、
一層強くなるざわめきに紛れて、あいつが僕に囁いた。
「、、、無傷でいられるだけ、ありがたいと思っとけよ?」
聞くものを押さえつける、重苦しい声。喉元を大きな手で掴まれているような感覚。
さっきとはまるで違う雰囲気をまとっている。本当に、同一人物か、、、?
「んじゃっ、いってらっしゃい!」
ぱぁっ、と表情が変わり、「あれは夢だ」と言わんばかりにあいつが微笑んだ。
--- ポーーーン、、、 ---
ふと頭の中で、音が鳴る。
--- 『8時になりました。階層の移動を解禁します。お気をつけてお過ごしください』 ---
--- 【生存人数 285/300人】 ---
--- 【現在時刻 8:00:07 タイムオーバーまであと 15:59:53】 ---
-1534文字-
ep.3 出る杭、沈む杭
<前回までに起きたこと>
ある朝目覚めると、人々は見慣れぬビルの中にいた。とある少年が言った。「皆さんは今日が終わるまでに、このビルから出なければいけません」
絶たれた外部との連絡。少年の機嫌次第で潰えるかもしれない、数多の命。
僕らは、最後になるかもしれない一歩を踏み出すのだ。
--- 【現在時刻 7:59:12】 ---
---
side 空間 清李(あきま すがり)
ポケットの深さをひたと感じ、ショックで叫んでしまった。
ない。私のスマホがない。なんで?
いつもと違う、とは思っていた。スカートからくる重さの偏りが、なくなっている。恐怖と焦りが暴れだした。
無くした?どこかに落ちてる?
ちょっと遠くにいるのん気そうな男の人が、喋りだした。
「あ、気づいた~?電子機器は、すべて預からせてもらったよ。ちょっと辛抱しててね」
預かられた?スマホを?、、、なんで?
電話もできない。LINEもできない。あ、会話についていけなくなっちゃう。好きな先輩のSNSも見られない。夕方は推しの配信。今までずっと皆勤賞だったのに。
不安を鎮めなきゃ。音楽でも、、、聴けない。写真も、見られない。体の左側が、左手が、ソワソワする。右手も、落ち着かない。もしかして、見られている?集中すべきものがなくなって、周りの風景が嫌にまとわりつく。
どうしよう。どうしよう。
--- ポーーーン、、、 ---
--- 『8時になりました。階層の移動を解禁します。お気をつけてお過ごしください。』 ---
まるで自分がそう思っているかのような、不思議な響き方。何だろう。
と思ったら、大勢の人が一斉に階段を下り始めた。
あ、そうだ。ここから出なきゃ、いけないんだ。
鞄にあったカードケースを、せめてもの慰めと落ち着かない手のため左に握る。遅れないようにしないと。急ぎ足で階段に向かった。
---
side 横田 達磨(よこた たつま)
さっき移動したからか、人の波に押されるようにして階段へ運ばれていく。待ってくれ。まだ何もわかってない。これもあいつの計算のうちか?
、、、かといって、人の波に抗う術はない。一度諦めて、階段を降りることにした。
---
side 佐久里 幸吉(さくり ゆきち)
あれよあれよと、フロアから人がいなくなってゆく。まずい、出遅れた?? いや、あの人は『建物内にあるものは法に触れなければ自由に使っていい』と言っていた。何もないうちに、使えそうなものを集めてみよう。僕はつくづく、ラッキーだなぁ。
そばにあるデスクを覗いていると、突然誰かの声が聞こえた。
「、、、やべ、出遅れた、、、?? ふあぁ、、何でこんなに眠いんだろ、はやく行かないと、、、」
近くにいた青年のものらしい。彼が、目をこすってふらりと立ち上がる。
、、、そういえば。ポケットに、まだ開けていない缶コーヒーがある。
あんな状態じゃ、階段を下りるのだって難しそうだ。助けないと。そう思い、缶コーヒーを出して話しかけた。
「あの、、、眠いんでしたら、これどうぞ。焦らなくても大丈夫ですよ?」
青年が『まだ寝ぼけてるのか、自分?』とでも言いたげに、きょとんとする。
申し訳ない、、
「、、、あ、すいません!余計なおせっかいですよね!?」
青年が、微笑んだ。
「いやいやいや、ぜんぜん!! ほんとにいいんですか?」
なんだろう、すごくいい人だ。一人でいるのも心細いし、彼が心配だ。
ここはひとつ、彼と一緒に動いてみてもいいかもしれない。
彼がコーヒーを飲み終わるのを待って、僕は彼に話しかけた。
「あの、よかったら一緒に行動しませんか?すぐに出発しなくても、必要なものを集めてからでも出発できますし、その、何より二人でなら心強い」
そういったらまた彼は、きょと~んと目をしばたかせた。
「え、、、?確かに、そうかも、、、ありがとうございます!自分でよければぜひ!」
そうだ、自己紹介を忘れていた。
「あ、それで。僕の名前は、、、、」
少し近づいたら、彼が言った。
「さくり、ゆきち、さん、、、?」
え。シャツに名前でも書いてあったかな。ふと彼の方を見ると、彼の頭の上に、顔写真とステータスらしきものが表示されていた。
<荒木 爛雅(あらき らんが)>
年齢 : 18
健康状態 : 良好
特異症状 : Null
なるほど、ゲームマスターのような人が言っていたのはこういう事か。だから彼は、いや、爛雅さんは僕の名前を言ったのか。
「その通り。佐久里、幸吉です。荒木、爛雅さんですね?、、、名前も分かったことですし、少し使えるものを探しましょうか」
「えぇっ、人のものですよね、、、持って行っちゃっていいんですか、、、?」
彼がうろたえる。
、、、うん。やっぱりこの人、一人にしちゃだめだ。
「詳細に、法に触れなければ物は自由にどうぞと書いてありますし、ほら、これが人の物かどうかもわかりません。今の制度上、完全にクロになるのはいくら何でもおかしいでしょう?」
「た、確かに、、、すいません、失礼します!!」
彼は少しためらいながら、机の上に置いてあったガビョウの箱とカッターを取った。
?意外とチョイスが攻撃的だな、、、さっきから挙動不審だし。見れば見る程心配だ。
そういえば、先に階段を下って行った人たちはうまくやっているだろうか?
、、、答えは見に行かずとも分かった。
階段下から、命の消える音が聞こえる。誰かの人生にかかったブレーキのような叫び声が、階段を伝ってうわんと響く。
色がついているようで怖い。下の赤い空気が、こっちにも伝染していくのが分かる。
もしあの時、ぼくらが急いで階段を下っていたら、、、?
そんなこと考えちゃだめだ。だって今、僕らは生きてるんだから。ネガティブに考えたら、こともきっとネガティブな方へ行く。正しい選択をして、正しい行動をとった。とることができたんだ。幸せが、こみ上げてくる。
あぁ、僕はなんてラッキーなんだろう。
--- 【生存人数 280/300人】 ---
--- 【現在時刻 8:18:25 タイムオーバーまであと 15:41:35】 ---
-2412文字-
ep.4 重なりと分かれは共に
<前回までに起きたこと>
「皆さんは今日が終わるまでに、このビルから出なければいけません」
最後になるかもしれない一歩を踏みしめ、彼らはそれぞれの方向へ歩き出した。
先陣を切り進む者。波に流される者。誰かと肩を組む者。潜み備える者。
、、、その一歩が良いものだったかは、やがて嫌でも分かるだろう。
--- 【現在時刻 8:03:44】 ---
---
side 荒木 爛雅(あらき らんが)
なんでこんなに、眠いんだろう、、、?
夜眠れないのは、いつものことだったはず。なぜか今日は、眠気がいつもの数倍酷い。どうして、、、??
、、、あ。
ひとつ、思い当たる節がある。
夢を、見たんだった。
胸の中を誰かにえぐられて。空洞ができて。その中から、ずるずるとただれてゆく。
叫ぶと、声が血に変わって垂れ落ちてゆく。叫び声が止まらない。涙が、赤い。血だまりができてゆく。靴に染みる。足が重い。
声や涙すら枯れて、赤い水面に手をついたら。
絶望に溺れ、心も体もただれた人の、、、自分の顔が見えた。
『いかないで』
向こう側の自分が、儚げに揺らいでいた。 泣いて、笑っていた。
見慣れた腕が血だまりから、こっちに伸びる。
怖くて立ちあがり後ずさったら、水の中から引き上げられるように夢から醒めた。
それはそれは鮮やかに濁る、赤い夢だった。
いやに記憶に染みついている。洗っても取れないシミを残している。
なんで、思い出してしまったんだろう、、、?
忘れたい。思い出さないでくれ。視界を真っ赤に染めないでくれ。
はっ、と現実が見えた。8時を、、、過ぎている。皆が階段へ駆け出していくのが見える。行かなきゃ。でも、眠い。ふらふらする。どうしよう。
「あの、、、眠いんでしたら、これどうぞ」
目の前に、缶コーヒー。と、優しそうな誰かの顔。
待ってくれ。まだ現実がつかめてない。えっと、、、
「、、、あ、すいません!余計なおせっかいですよね!?」
、、、えっとつまりは。あの人は、自分が眠そうなのを気にかけてコーヒーをくれてる、、、?
本当か!?早く何か言わなくては、、、!
「いやいやいや、ぜんぜん!! ほんとにいいんですか?」
彼が微笑んだ。なんか自分、「面白い」って思われてる、、、?
彼から缶コーヒーを受け取って、眠気と嫌な気持ちから覚めたい一心で一気に飲んだ。
、、、飲んでから分かった。ブラックだ、、、。コーヒーの一気飲みは、するもんじゃないな、、、。
眠気が覚めてきた。今なら動けそうかな、、、?そう思い動き出そうとしたとき、彼が口を開いた。
「あの、よかったら一緒に行動しませんか?すぐに出発しなくても、必要なものを集めてからでも出発できますし、その、何より二人でなら心強い」
え?二人で、、、??確かに、単独行動じゃいけない理由はないし、安全なうちに使えるものを集めた方がいい。すごいなぁ、この人。
「え、、、?確かに、そうかも、、、ありがとうございます!自分でよければぜひ!」
「あ、それで。僕の名前は、、、」
彼がそう言って近づくと、彼の頭上にステータスみたいなものが現れていた。
<佐久里 幸吉(さくり ゆきち)>
年齢 : 20
健康状態 : 良好
特異症状 : Null
「さくり、ゆきち、さん、、、?」
このステータスが本当なら、彼の名前はそれだろう。彼が、いや、幸吉さんが驚いた顔で上を見る。どうやらステータスに気づいたらしい。少し戸惑って、口を開いた。
「その通り。佐久里、幸吉です。荒木、爛雅さんですね?、、、名前も分かったことですし、少し使えるものを探しましょうか」
えっ、それって泥棒では、、、!?流石にいけないのではと思い、言った。
「えぇっ、人のものですよね、、、持って行っちゃっていいんですか、、、?」
幸吉さんがまた、『あなたはやっぱり面白いなぁ』とでも言うように目を細める。なんか、恥ずかしい、、、。彼は言った。
「詳細に、法に触れなければ物は自由にどうぞと書いてありますし、ほら、これが人の物かどうかもわかりません。今の制度上、完全にクロになるのはいくら何でもおかしいでしょう?」
いや、、、確かに、、、。時間は有限だし。いつ死んでしまうかも分からない。怖くなってきた、、、、。
「た、確かに、、、すいません、失礼します!!」
近くにあったデスクから、とりあえず何かあったら対抗できそうなカッターと画鋲を手に取った。
もう少し探してみよう。幸吉さんも、またデスクをのぞき始めた。
役立ちそうな物が色々見つかった。周りを見ると、僕ら以外にも同じ考えの人が十数人いる。引き出しも調べてみようかな。幸吉さんは、、、何か考えているようだ。
ふいに引き出しを開けた一人の人が、その引き出しから飛び出した矢の雨に打たれた。
叫ぶ間もないようだ。肉をえぐる嫌な音と血が、そこら中に散った。
ヤマアラシのようになって、けいれんしながらまっすぐ倒れる。
道具集め、、、これくらいに、しておこうかな、、。
苦しいけど滅入ってはいけない。気を取り直して、荷物の整理にかかった。
---
side 横田 達磨(よこた たつま)
人の波に押されて、階段を下りていく。
あれ、ちょっと待て。
ビルの階段は、普通一続きになってるはず。もっとも何か仕掛けはあるはずだが、このまま下にうまく下りれば、階層などを通らずにでも一階まで一気に行けるのでは、、、?
、、、7階に着く。自分の考えが、いかに甘かったかに気付いた。
階段が、続いていない。次の段があるべきところには、床しかない。
つまりは。下の階に降りるには、少なくともフロアを探索せねばならない。フロアにはもちろん、仕掛けや危険がいっぱい。、、、ということか。そうだよな。あいつのことだ。それぐらい、造作もないか。まったく、意地悪にも程がある、、、何がしたいんだかさっぱりだ。
考えながら階段を下り終わると、人の流れが止まった。何だ?
前の方で見てみると、8階のような開けたフロアはなかった。
目の前に白い壁。同じ形、同じ色のドアが、二つある。
「7階のみなさ~ん、こ~んに~ちは~♪」
頭の中で、声が響く。あいつだ。随分とふざけてやがる、、、
「や~、ずいぶんと速足でご苦労様です。お好きな方のドアから、進んでいただいて構いませんよ」
ざわめきが起こる。どうしてこんな意地悪な事ができる、、、
いや、そもそも。
どうして僕は、こんなことに巻き込まれなきゃいけないんだ、、、?
---
side 藪蛇 実(やぶた みこと)
朝起きたら、知らない場所。チャラそうな奴がチャラくまとめて、、、何か知らんが、俺らはここから出ないと死ぬらしい。
正直、めんどくさい。なんだよそれ。普通だったら信じられねーぞ。色々見ちゃったからアレなんだが。
んで今度は、おんなじ二つのドア。好きな方から進め、と。不穏でしかない。
正直、開けたがる奴は誰もいないだろうな。予想通り、人混みが少しずつ後ろへ下がり始めた。
俺も少し下がって様子を見ようか。そう思いバックしたら、誰かと派手にぶつかった。
「おい、気を付けてくれよ、、、!?」
思わず俺はそう言った。癪に障ったので、少し声が大きくなってしまったか、、、?
「な、何よ、あなたが後ろ見ずにバックしたんでしょ!?」
何故かキレられた、、、驚いて振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。隠せなかった驚きが声に出る。
「お前、、、遠坂かよ!?」
目の前にいるのは。高校の時のクラスメイトだった。
彼女が、、、いや、遠坂が、驚いて顔をしかめる。
「っ!?そ、そんな言い方、し、しなくてもいいじゃない、、、。そうよ。わたしは遠坂。遠坂、めい。昔のクラスメイト。はい!終わり終わり、これでいいでしょ。さよなら。」
そのままぷいとそっぽを向いて、変な方向へ歩いて行った。
何だ、、?俺、憎まれてるのか、、、?
そういえば、最後会った時とは少し雰囲気が違う。髪も少しボサついている。なんつーか、、、くたびれてる、、、?
「おい待て、お前そっち何もねーぞ、、、!?」
心配や焦りが混ざる。取り敢えず、あいつに何があったのか気になる。遠坂の行く先へ走った。
--- 【生存人数 278/300人】 ---
--- 【現在時刻 8:32:13 タイムオーバーまであと 15:27:47】 ---
<自主企画にて参加いただいた初登場キャラ>
・遠坂 めい(とおさか めい) 甘味様
ありがとうございます!!これからも活躍しますので、読んでいただけると嬉しいです。
他のキャラクターも順次登場予定です。お楽しみに。
-3315文字-
ep.5 打たれるだけでは済まない
<前回までに起きたこと>
「皆さんは今日が終わるまでに、このビルから出なければいけません」
彼らの目の前に、二つのドアがある。
生きるために彼らは、前へ進む。生きるためには、進まなければならない。
たとえ進んだ先に、死が待っていようとも。
--- 【現在時刻 8:29:32】 ---
---
side 遠坂 めい(とおさか めい)
うるさい。眠い。頭が追い付いてない。
胃がキリキリする。なんなんだ、これ。
パニックに飲み込まれそうになりながら、なんとか状況をつかもうともがく。人の波にもまれて遠のく。その繰り返しだった。
後ろに下がってきた人混みに、押しつぶされそうだ。
待て。いや待て待て待て、ガチで押しつぶされる。近い、近い、、、!?
派手にぶつかった。だけで済んだのは、ラッキーだったのか、、、?
「おい、気を付けてくれよ、、、!?」
わたしとぶつかった奴が、声を荒らげた。いや、セルフ逆ギレ、、、何なんだ一体。ムカついてつい、言い返した。
「な、何よ、あなたが後ろ見ずにバックしたんでしょ!?」
奴が驚いて振り返る。、、、嘘でしょう、、、夢であって欲しい。
わたしとぶつかったのは、高校時代の同級生だった。気づくな。気づくんじゃない。
悲痛な願いもむなしく、彼は叫ぶ。
「お前、、、遠坂かよ!?」
あぁ、終わった、、、。もうだめだ。色々聞かれないうちに、立ち去らなくては。
「っ!?そ、そんな言い方、し、しなくてもいいじゃない、、、。そうよ。わたしは遠坂。遠坂、めい。昔のクラスメイト。はい!終わり終わり、これでいいでしょ。さよなら。」
いたたまれなくて、速足でその場を立ち去った。人混みもたまには役に立つみたいだ。あいつをうまく、撒くことができた。
何もないところに出た。壁しかない。、、、あいつに見つかるよりは、いいか。
あいつには絶対に、会いたくなかった。彼の中にいる「高校の時のわたし」と、ここにいる「今のわたし」は、天と地より遠い存在だ。自分でも分かる。
あいつは何も知らない。何があったのかも。「今のわたし」が、何者なのかも。きっと心配される。その良心が、かえって私をえぐり倒す。
「はぁ、、、いた。ごめん、俺なんか嫌な気持ちさせちゃった?」
嘘だろ、、、。見つかった。そもそも、嫌な気持にさせたと思ってて何でか分かってないならむやみに話しかけるなよ。そっとしとけそっと。、、、ほんとそういうとこやぞ昔から。
、、、これ以上逃げたって追い回されるだけだろう。会話してさっさと別れた方が楽そうだ。
「何でもない。、、、なんで追っかけてきたの?」
---
side 祀酒 みき(まつさか みき)
人だかりが後ろに下がって、私はいつの間にか前の方に来ていた。不安になるような涼しさが、頬を通り抜けてゆく。
前方には、白い壁に二つのドア。おんなじ形。
意地が悪い。開けたら何が起こるかわからない。でも開けなければきっと進めない。誰かに押し付け合って、もめて時間が過ぎる。これが狙いなんだろう、、、。
実際に、どこかからいがみ合う声が聞こえ始めた。
、、、こんなことを言っておいてなんだが、私も正直ドアを開けたくはない。
誰かがふと、右側のドアの前に立った。ドアノブを回して、奥に押している。
、、、、、何も、起こらない。さらに奥に押して、ドアの向こうに足を踏み入れた。
驚いた様子で彼がみんなの方を向き、声を上げた。
「いけます!フロアが、続いてます!」
嬉しさの滲んだざわめきが起こる。左のドアも、誰かによって開かれた。
「おい!左も進めるぞ!」
一気に雰囲気が明るくなる。どんよりした空気が、少しずつ晴れてゆく。
左のドアを開けた人が足を踏み込み、得意顔で話す。
「こっちはなんか暗いけど、スイッチがありそうだから点ければすす」
彼はそれ以上、言葉を発せなかった。
ドアの向こうに突っ込んだ左足から、ドアの向こうに引きずり込まれたのだ。
まるで落ちるように。
みじんの音もたてずに、左のドアが閉まった。
温まった空気が、一瞬にして元に戻った。いや、さらに恐怖に沈んだ気がする。
誰も、何も言わない。時間だけが、悠々と私たちをあざ笑っている。
「うぉあぁっ、、、!」
誰かが急に、右のドアを開けた男性をドアの奥へと突き飛ばした。
噓でしょ、、、さすがにそれは酷すぎる。気づいたら私は、ドアの向こうにいる男性のところへ走っていた。安全だなんてまだ分かっていないのに。
「大丈夫ですか、、、!?」
、、、ドアの向こうを覗くと、こちら側と同じカーペットが続いていた。突き飛ばされた人も無事みたいだ。
「いや、大丈夫ですよ、、、ありがとうございますホントに」
彼がお礼を言って立ち上がる。そんなに役に立つようなことはしてないはずだけど、、、おしゃべりな人なのか、また私に話しかけた。
「うわ、ステータス見えるのってなんか恥ずかしいですね、、、」
、、、確かに。今まではたくさんの人に目が行くからあまり気にならなかったけど、会話になると途端に気になりだす。
<流尾 契(はやお けい)>
年齢 : 32
健康状態 : 一時的な心拍数上昇
特異症状 : Null
顔写真も上に表示されている。私のもあるのかな、、、それは恥ずかしい。
なんだか訳もなくしみじみしていたら、急に契さんが大きな声を出した。
「あぁっ!?脱出!!忘れてました!僕たちドア塞いじゃってたみたいだ、、、。進めそうだし、どんどん行きましょうか」
あ、確かに。忘れてた、、、。残り時間もちゃくちゃくと減ってゆくばかり。なんか勝手に一緒に進むテイになってるけど、まぁいいか、、、
気を取り直して、ドアの向こうへ進むことにした。最前列だし、さっき以上に気を付けないと。
少し進んだところで、壁に突き当たった。目の前の光景に、恐怖と呆れが重なる。
さっきと同じようなドア。今度は、四つ。右端のドアだけが、真っ赤に塗られていた。
服を真っ赤に染めて叫ぶ未来の私たちの姿が、映っている気がした。
--- 【生存人数 277/300人】 ---
--- 【現在時刻 8:53:46 タイムオーバーまであと 15:06:14】 ---
自主企画へのご参加、ありがとうございました。応募いただいたキャラクターは順次登場いたします。お楽しみに。(応募者様の作品をご覧になりたい場合はURLへどうぞ)
https://tanpen.net/event/c53a8bc9-7c00-44ba-bd10-5a4e95598e36/list/read
-2451文字-
ep.6 ひらいて、むすんで
<前回までに起きたこと>
「選択」は、無慈悲に彼らを襲う。
「思い出」は、必ずしも幸せなこととは限らない。
「勇気」は、必ずしも勝利を招くとは限らない。
「未来」を手にするために、彼らには何ができるだろうか。
--- 【現在時刻 8:41:36】 ---
---
side 流尾 契(はやお けい)
二つのドアが目の前にある。え、これなんだろう。誰も開けないけど。まるで僕を生贄にするかのように、人混みが後ろに下がっている。
後ろでは、噂話に花を咲かせているのだろうか。「怖い」とか「嫌だ」とか聞こえる。ふと頭の中で、僕の心がこだました。
「このドアの向こうには、赤い怪物が棲んでいるんだよ。」
赤い目をぎらつかせ、牙も爪も絶望で染まっている。本能でひたひたになった脳が、飾り立てられた躯体をぐわんと動かす。そうして、残虐なルーチンワークを虚しく繰り返す。その足元はいつでも、赤く赤く彩られている。
、、、え、何考えてんだ僕。的外れが過ぎる。ファンタジーか。
鮮明な像が他の考え事をむさぼり食ってゆく。今の状況に集中しろよ、、、
どこかで見た、はずなんだけれど。そんなことを体験するような世界ではないし。
ともかく、誰もドアを開けなさそうだ。だったら僕が開けるしかないんではないか?前の方にいるし。
二つあるけど、、、自分に近いから右にしよう。ドアノブに手を掛けたら、どよめきが起こった。
「え、ドア開けるんだ、、、」「怖くねーのかな」
そんなにドアを開けるのが怖いのか、、、?まさか本当に怪物がいたりして。一気に開けてみようか。どうだろう。出てくるのかな、怪物?
、、、何も起こらない。下を見たら、今いるところと同じカーペットが続いているのが見えた。もう心配ない。足を踏み込む。何もない。白い壁も見える。
進める。
知らない間に、自分もドキドキしていたみたいだ。やった。やった。僕はやったんだ。勇者のような気持ちになりながら、固唾を飲んで見守る人々に躍起になって言った。
「いけます!フロアが、続いてます!」
ざわめきが起こる。一気に空気が明るくなった。僕のおかげ、なんだろうか?本当に勇者になったみたいで、少し恥ずかしくなってきた。右のドアも開かれたみたいだ。
なぁんだ。心配なかったじゃないか。赤い怪物なんていないんだ。
「怪物なんて失礼な、、、おれはいつでもここにいるよ」
脳髄の中。僕ですら分からないくらいの心の奥底から、声が響いた。
空気ががらりと冷たくなる。周りに目を向けたら、左側のドアを開けた人がドアの向こうへ引きずり込まれるところだった。
音もなく、ドアが閉まる。
いったいどれだけ、時間が経ったのだろう。30秒?1時間?時間では表せないほどに重い沈黙だったのは分かる。
ふと背後から叫び声が聞こえる。背中に物が当たる。それは僕を突いて飛ばす。素っ頓狂な声が喉から飛び出す。バランスが崩れる。立っていられなくなる。ぐわんと前に倒れる。
もしや、赤い怪物、、、? もう僕が手をつく場所は、無かったりして。
、、、めっちゃあった。浅いカーペットの床。取り敢えず、命はある、、、。
「大丈夫ですか、、、!?」
僕に時間を取り戻させてくれたのは、いまにも裏返りそうな一つの声だった。
---
side 佐久里 幸吉(さくり ゆきち)
荷物は整理した。時間は減ってゆく。そろそろ、降りようかな。
「荷物整理も終わりましたし、7階に行きましょうか。」
「はい、分かりました、、、!」
、、、爛雅さんは、無理していないだろうか?下ではもっと悲惨なことが起こっているのではないかと考えると、僕でも足がすくむ。
耐えろ。進め。自分のラッキーを信じるんだ。
「かっ、階段も!!慎重に、行きましょう、、、!!」
彼がしどろもどろに言った。、、、わざとやってるんだろうか?そう思うくらい、焦りや優しさが滲み出ている。
僕のラッキーで、何とかしてあげないと。
「そうですね。階段も、七階も。気を付けて進みましょう」
階段を降りきり少し歩いたところで、壁にぶち当たった。二つのドアがある。が、右のドアは開いていて、向こう側に人だかりが見える。
左側のドアは閉まっている。何のためにあるのだろう、、、?
開けたら、何か起こるのだろうか。別の場所に飛ばされる?
、、、もしかして、近道?だとしたら最高だ。閉まっている、って事はきっと誰も入っていない。早めに脱出する、またとないチャンスだ。きっとそうに違いない。僕のラッキーなら、きっと爛雅さんも信じてくれている。彼もきっと喜んでくれる。ドアノブに手をかけて、彼に話しかけた。
「爛雅さん、ここきっと近道ですよ。わざと怪しく見せかけて、進むのを止めているんですよ。きっと早く脱出できます。さ、行きま、、、」
「待って下さい」
急に止められた。どうしたんだろう?
「幸吉さん、気付かないんですか?引っ搔き跡」
、、、よく見てみたらドアの端に、引っ掻き傷と強く握った跡のような歪みがあった。
ここで何か無かった、訳がない。
心底驚いた。こんなに細かいところまで、爛雅さんは見ていたのか、、、
「す、凄いですね、、、ごめんなさい。左へ進むのはやめにしましょう。」
僕らは向きを変え、開いている右のドアをくぐった。
どこかから、舌打ちが聞こえる。
何だったんだ、今の。
自分の事しか見えなくなっているみたいだった。
僕の「ラッキー」がこの世の中の全てで、それで、
「ラッキー」の中に潜んでいる何かから、操られているようだった。
---
side 終町 脱奈(しゅうまち つな)
人ごみに流されてとりあえず階段を下って、正解だったかもな、、、
自分が後ろの方にいて、つくづく良かった。前の方にいてずんずん進む人たち、特に最前列の男性と少女は、まるで命を懸けてでもボクを守ってくれる勇者みたいに見えた。
なんだか気分が良くなって、すまし顔で気取って進んでみる。超~余裕。
「うぉ!?」
「だっ!!」
派手に誰かとぶつかった。せっかくいい気分で楽しんでたのに、、、と思ったら、相手がすぐに謝ってくる。
「あぁ、スイマセン、、、、ひっ!?じゃ、じゃぁワタクシは、い、急いでおりますので、、、っ」
そのまま相手は、人ごみの中とは思えないくらいのスピードで走り去っていった。
、、、何だろ、、、今の、、、?ボクの顔を見た途端、焦りだしたけど。何だあいつ。ボクの顔に血でも付いてるのかな、、、
変な反応をされて、なんだか気分が悪い。生憎このフロア、今進める所にはデスクや家具は見当たらない。せっかく当たり散らしてやろうと思ったのに。
向こうを見たら、ドアは四つあった。右端のドアだけ、赤い。
さっきからやけに静かだな、、、と思ってはいたが、よく見ると皆、「もう無理だ、終わりだ」と言わんばかりの滑稽な顔で向こうを覗いている。勇者に守られているのは、ボクだけじゃなさそうだ。
右から二番目のドアを開けた誰かさんが、赤黒い空間へ落ちるように入っていった。
ドアがしずしずと閉まる。またボクらは守られた。次の人はまだかな?
さ~て、勇者様はどう動くだろう?彼らの行く末を案じるのは、面白くて仕方がない。
--- 【生存人数 275/300人】 ---
--- 【現在時刻 9:04:02 タイムオーバーまであと 14:55:58】 ---
<自主企画にて参加いただいた初登場キャラ>
・終町 脱奈(しゅうまち つな) 恋町 魔離愛@Ilove🧣(如月 為千瓜)様
ありがとうございます!!これからも活躍しますので、読んでいただけると嬉しいです。
実はもう一人自主企画参加キャラが登場したのですが、ストーリーに名前が出るまでは秘密、ということにさせていただきます。誰か予想してみるのも楽しいかもしれませんね。
他のキャラクターも順次登場予定です。お楽しみに。
-2952文字-
ep.7 とまる心とながれる景色
<前回までに起きたこと>
「選択」を続けなければ、前に道はない。
「選択」を続けても、前に道があるとは限らない。
疲れて足を止めることは、きっと何の解決にもならない。
戻れないからこそ面白いかもしれないが、彼らにとっては大迷惑だったようだ。
--- 【現在時刻 9:00:12】 ---
---
side 鷹樹 蓮(たかぎ れん)
「うぉ!?」
「だっ!!」
誰かと派手にぶつかった、、、痛い。そういえばずっと、下しか見ていなかった気がする。
「あぁ、スイマセン、、、」
顔を上げると、ちょっと不機嫌そうな少女の顔が見えた、、、、、少女!?!?
「ひっ!?」
驚きすぎてとんでもない声が出てしまった、、、かといって抑えることは無理なんだけど、、、
「じゃ、じゃぁワタクシは、い、急いでおりますので、、、」
取り敢えず、急いでその場をあとにした。あ~、まただ、また。苦手なんだよな、女の人、、、かと言ってあんな不自然な反応で、、、情けなさすぎる。あの少女も不思議がっているに違いない。心臓がどくどくと鳴る音が、まだ聞こえている。そろそろ肋骨のキャパオーバーが心配でたまらないよ、、、。
暫くして。右から二番目のドアが開かれたのが見えた。あぁ、あの人たちはなんて勇敢なんだろうか、、、
いや、ちょっと待て。
もしかして自分も、あそこに立たなければいけない時が来るのではないか、、、?
自分一人なのだとしたら、嫌すぎる。
間違えたらまず、助からないだろう。正しい方を選んでも、もっと次を、もっと、とエゴにまみれた歓声と苦しみが襲ってくるだけだ。
そんな事ばかり考えていたから尚更、自分も、前に立つ人の事も心配でたまらなかった。
抵抗もできずにするりと、誰かがドアの向こうに呑まれていった。
---
side 横田 達磨(よこた たつま)
また一人の命が、得体の知れないドアの向こうに落ちていく。
僕らが此処にいるのは、何故なんだろうか。この人や僕は、何かをやらかしたのだろうか? だとしたら、どこかで読んだミステリー小説のようで納得がいく。、、、いや、やっぱりおかしい。僕は周りに細心の注意を払って生きてきたはずだし、懺悔するようなことは全くもって無い。
あいつは全知全能の神にでもなったつもり、なのだろうか、、、。だったら教えて欲しい。何故僕らがこんなことをさせられているのかを。僕らが死に直面しなければいけない理由を。
「ふふっ、、、キミだって、生きる理由が何かあるのかい?」
背中に蜂蜜を流されたような心地がする声。あいつが傍にいる、、、!?、、、いや、違うみたいだ。さっき頭の中に直接流れ込んできたようなものとも、違う。何というか、自分で自分に言い聞かせるときと、すごく似ている。
まるで、、、自分の心の奥底に、あいつが巣食っているみたいな響き方だった。
生きている意味、、、?馬鹿か。意味なんてなくても生きて、何が悪いんだ。
そうやって反論している事すら負け惜しみのようで、怖くてたまらなかった。
---
side 遠坂 めい(とおさか めい)
、、、一体いつになったら、わたしに会話のボールを渡してくれるんだろう。
「いや、、、だから俺心配なんだよ、遠坂のこと。高校でも色々あっただろ?な?えっとまず、、、髪伸びたな。ちょっと癖っ毛になったか?、、、もしかしてヘアスタイルだった、、、?あ、メガネ!!メガネ変えただろ!絶対そうだ!あとお前あれは続けてるのか?あの~あれだよあれ、、、まぁいいか、今何してんだ?」
最初に質問したのはわたしのはずなのに、いつの間にか実がわたしを問い詰めている。いや、これ問い詰めてるって言っちゃいけない気がする。質問が矢継ぎ早過ぎて、答える暇すらない、、、
高校でも、こんな事あったっけ。あの時もあいつ、上からベタベタ問い詰めてたな、、、
『おい遠坂!!お前美大諦めるってホントか!?』
『、、、はい?、、、いや、まぁ、そうだけど、、、藪蛇さん、わたしとそんなに話してるってわけでもないよね、、、?』
『話してなくたってなんだって!!心配だろ、急に誰かが「もうやめた」なんて言い出すの、、、まだ絶対間に合うし、ほら、文化祭の展示、すげーうまかっただろ!?俺その時、ポスターも描けばよかったのに、って思ったんだぞ?』
『はぁ、、、描いたよ?落選したの。写真あるから見とけば?もう描かないと思うし』
『ウッソ!?やった、ありがとな!!ってか、ぜってー諦めんなって!俺が応援してるから!!』
『、、、(いや、自虐で言ったんだけど、、、この人何なんだろうほんと、、、)』
、、、
ほんと、全く変わってないな。私とはまるで違う。こういう奴ほどしれっと成功するんだよな、、、
ただただ悔しくて忌々しくて、いたたまれなかった。
「チャンスなんじゃない?、、、ここでならあいつを見返せるかもしれない」
私にしてはだいぶ意地悪な名案が、頭にするりと流れてきた。
--- 【生存人数 274/300人】 ---
--- 【現在時刻 9:11:10 タイムオーバーまであと 14:48:50】 ---
<自主企画にて参加いただいた初登場キャラ>
・鷹樹 蓮(たかぎ れん) 🐾くらうん🐾様
ありがとうございます!!これからも活躍しますので、読んでいただけると嬉しいです。
前回名前が公開されなかった初登場キャラになっています。焦らしてしまいすみません!(前話の彼のセリフも是非探してみてくださいね)
他のキャラクターも順次登場予定です。お楽しみに。
-2013文字-
ep.8 肺の中は何色
※<前回までに起きたこと>を廃止いたしました。ご了承ください。
--- 【現在時刻 9:07:28】 ---
---
side 藪蛇 実(やぶた みこと)
ちゃんと食べてるのか?心配や悩みは?何かしたいことは?好きなことは続けてる?
心配でたまらない。とにかく心配でたまらない。遠坂はもともと大人しくて、みんなでワイワイってタイプじゃないけど、心の中ではきっと助けてくれる人を求めてたに違いない。自分から声をかけるのができないまま進んできたのか何なのかは知らないが、今の遠坂は絶対に間違った道にいる。どうにかして俺が助けてあげないと。
「遠坂、、、聞いてるか?」
「、、、、、うん、続けといて」
、、、うん、じゃなくてさ!? 俺が聞きたいのは、遠坂自身の事なんだよなぁ、、、
「はぁ、、、あのさぁ、さっきから。わたしを可哀そうな人みたいに見るのやめてくれないかな」
「は? いやいやいやいや、見てない。見てねーよ。俺は遠坂が、、、心配なだけ。それだけだ。」
、、、それだけなんだ、きっと。
「、、、もういいよ、それで。時間もないし行こう」
そう言う遠坂の目は、汚れた犬を見ているようだった。
---
side 祀酒 みき(まつさか みき)
どうしよう、どうしよう。いくら一つ目のドアで間違えなかったからいって、ここでも正しい方向を選べる保証はない。
「よしまぁ、、、、進みますか」
契さんが軽ーく呟いた。いやいや、正気か、、、!? 死ぬのが怖くないんだろうか? そもそも恐怖心が麻痺してしまっているとか、、、!?
「、、、何です、その恐怖と驚きと哀れみが詰まった視線、、、」
あ、バレた、、、やっぱりダメだって言おう、しっかり。
「あ、あの、、、」
「もしかして、、、こいつ危機感が足りなさすぎなんじゃないかって思ってますか」
ぎくっ、とした。図星も図星、ぐうの音も出ない。
「人が死ぬのには、職業柄慣れていますんで、、、」
契さんがため息交じりに言った。
「、、、え、それって、、、」
「あ、教師です。歴史の」
、、、? 歴史の教師、、、? 何故、、、
「いやあの、、、織田信長さんとかマリー・アントワネットさんとか、、、いろんな人の死に様を知っちゃうじゃないですか」
そういう事!? 死ぬっていうか、何というか、、、それだけで目の前で起こる死に対してまで耐性がつくものなのだろうか、、、
「確かに危機感が足りないかもしれません、けど、、、僕は被害者としてじゃなく勇者として死にたい」
契さんがなんともないように言った。背筋の、冷える心地がする。
「、、、人の先に立ちドアを開いた人は、歴史の教科書に載りました。風化させられることなく、いつまでも語り継がれた。
残虐な殺人事件が起きて人々の頭に刻まれるのは、大抵被害者ではなく犯人です。どぎついスポットライトが、犯人にあらゆるところから降り注ぐ。
、、、今の僕らは数多の人々の礎から成り立っていますが、、、その中で思い出してもらえるのは一つまみ。いや、それにも満ちません。
僕は歴史を心に刻んで、歴史を破り捨てて、、、そして歴史になりたい。生きてここを出るにも、途中で死ぬにも、僕は誰かに語られる人になりたいんですよ。
誰かの心に住み続けて、永遠の命を得る。細々と話が広がるだけでも、やがて大樹のように大きくなる。ありもしなかった花や実までおまけに貰って。そうして死んだ後も生き続けて、なんなら成長し続けて、ず~~っと歴史を見続ける。知り続ける。共にいる。、、、はぁ、素敵なことじゃないですか、これって。いいとこどりもいいところですよ、、、あっ、駄洒落みたいになってますね、ははっ」
、、、心臓は焦り暴れているのに、驚くほど寒気がする。死神と契約したかのような、そんな語り口。彼に感じていたまろやかな正義感は、とんだ幻だったみたいだ。
一番左のドアを開く契さんが見えた。
何故だろう。距離を置きたいはずなのに、不安が彼に守ってもらえと叫ぶ。
これも死神の、呪いなのだろうか?
「契さん、待って、、、!私も行きます」
キョトンとする彼は、とても死の危険に晒されているとは思えなかった。
---
side 雨水 日向(うすい ひゅうが)
最前列の二人は、誰にも主導権を渡さなかった。よくあんな行動ができるな、、、いろんな意味で。
ふと、大きなぬいぐるみを二つ抱えてぶつかりながら歩く、幼い子供が目に留まった。あんなに小さい奴も参加させられているのか、、、恥ずかしくてとても言葉に出せないが、他より小さい故にほとんどの人に気づかれず、ぶつかってよろけた後に心配そうにぬいぐるみを撫でている姿はいじらしくてたまらなかった。
、、、そう考えてみたら、後列で噂ばかりしている輩は何なんだろうか、、、?
「自分勝手だよねぇ、そこがまぁ面白いのだけれど」
かなり性格悪いこと言うな、こいつ、、、ん!?
「あ!気づいた~!!いひひっ」
、、、誰だよ。ガチで誰だよ。俺のすぐ右に、無邪気に笑顔で手を振る青年がいた。
服の色がだいぶ騒がしい。何より、刺すような赤い瞳が印象的だった。
「そっかぁ、あの時奥にいたからおれのことは見えてなかったんだね~、、、おれは皆をここに集めた張本人、って感じかな。あ、君の名前は「雨水日向」だよね?」
「そうだ。、、、ってか何だよお前、何してぇんだ、、、!?」
いや、お前の名前なんて誰も聞いてねぇよ、、、。
何かおかしい。油断なんて一ミリもしてなかったはずなのに、いつの間にか会ったこともない人にするりとペースを奪われていることに気づいた。
「え? いやぁ、別に何したいってわけじゃないんだけど、、、視察、みたいな? 現地に直接足を運んで、色々見て回る!楽しいよ、あっ君は参加者側か!?」
、、、テンションが高すぎる、、、返事する気力が削ぎ落ちてゆくのが分かるくらいだ。
「おっ、あの子だ!怒ってる? 、、、おれはこれで失礼するねっ」
主催者は笑いながら猛スピードで去った。いや、「消えた」の方が正しいのか、、、?
あいつにプレゼントされたみたいに、どっと疲れが押し寄せた。
、、、人混みをかき分けて、誰かがこちらへ来る。
と思ったらいきなり俺の手を握り、必死の形相で問いかけてきた。いや、怖ぇよ。
「あの、、、っ!! 今!あいつと、、、ゲームマスターと話してましたよね!?」
--- 【生存人数 274/300人】 ---
--- 【現在時刻 9:27:10 タイムオーバーまであと 14:32:50】 ---
<自主企画にて参加いただいた初登場キャラ>
・雨水 日向(うすい ひゅうが) 奏者ボカロファン様
ありがとうございます!!これからも活躍しますので、読んでいただけると嬉しいです。
また後半に次のキャラクターのヒントを隠させていただきました~(隠すといっていいほど隠している感じはないのですが、、、)良ければ探してみてください。
他のキャラクターも順次登場予定です。お楽しみに。
-2681文字-
ep.9 たからばこ
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--- 【現在時刻 9:20:04】 ---
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side 天王寺 歩夢(てんのうじ あゆむ)
どうしよう、前がほとんどみえない。
大きい人たちがきゅっとつまってうごいているのが、なみ打つかべみたいで中々すすめない。ぐらぐらとうごいて相手をおし返すかべは、あゆの背のなん倍もあるみたいだった。
、、、どっちに行けばいいのかも、もうわかんない、、、
「ぅあぁっ!」
誰かとぶつかったのかな、、、おもいっきりころんじゃった、、、
ひざがいたい、、、りょう手がふさがってるから、かおまで打つところだったと思うと、ぞくっ、とした。
そうだ、りょう手にいっぱい、大切なのをかかえてるんだった。
きつねさんと、こあらさん。あゆのせたけのはん分くらい。ふわふわで、かわいくて。あゆの大切なおともだち。
ころんだときに、下じきにしちゃったかな、、、あゆを守ってくれたんだとおもって、すごくうれしかった。
こんどはあゆが、しっかりしないとね。
「きつねさんっ、こあらさんっ、ごめんね。よ~しよし、、、」
二人についたホコリをはらって、しっかりなでて。さっきよりぎゅっとだきしめた。
すったひざはそのままにして、ぐんと立ちあがる。
ぐるぐるうずまく人のかべを、どうやってすすもうかな、、、
あゆにはこあらさんもきつねさんもついてる。二人にはあゆがついてる。
だいじょうぶだ、と気もちがかるくなった。
ぜったいに、手をはなさないからね。
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side 空間 清李(あきま すがり)
、、、まさか推しの顔を見飽きることになるなんて。今までの私だったら、きっとそんな可能性すら信じなかった。
普段の癖で集中がほとんど左手にいくのが恨めしい。写真一枚眺めるのに、こんなに疲れなくてもいいのに。
もうなんか度を通り越して、写真の中の推しがウィンクしているように見える、、、いや見えない。怖いだろそんなの。もちろん動いては欲しいけど。
綺麗なラインの流し目で、こっちをずっと見つめている宝石のような瞳。
みずみずしさをたたえ、じっと張り付いた桃色の唇。
風になびいている途中で、時間を閉じ込めたように潤む髪。
あの子のすべてが、私の宝物。
そのはずなのに。
私はあの子に、「動き」を求めていた。
あの子に足りないものなんてない。そのはずなのに。
、、、ダメだな、こんなこと考えてちゃ。まるで私がスマホなしじゃ生きていけない、って言ってるみたいじゃん。
人の波に流されるままだったから、前を向いたときはびっくりした。
さっきよりフロアが広い、、、というか、壁が半円を描いている。
その弧に沿って、ドアが、1、2、3、、、十個以上はあるみたいだ。
なんだっけ、周りで話されれてるのが正しいなら、確か「間違ったドアを通ると死ぬ」んだったっけ、、、?
、、、いやいやいや、こっわ。怖すぎる。後ろを振り返ると、奥に開け放たれたドアと通路があった。
え、死ぬかもしれないような所をよそ見しながら歩いてたって事、、、!?
なんでだか、どっかから物凄い視線を感じるし、、、
推しにくぎ付けになってる場合じゃないかも、これ。
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side 失無 香貝(しつむ こうがい)
嗚呼、最悪だ。
誰かの開いたドアの、その向こうに待っていた暗闇が。
いつかから俺の脳裏を静かに這いずり回るあの色。
焼け焦げて単純になった人の体の色と、怖いほどに重なった。
俺をつくるすべてが焼け落ちたあの時、何故俺だけが壊れなかったのだろう。
俺の「生」はいまや、単純な動作を繰り返す機械そっくりに果てていた。
、、、選択次第でたやすく死を迎えられてしまうこの場所に、今俺がいる。
その「理由」がおぼろげに見えた気がした。
そう考えると、この場所にいる奴らに少し同情してしまう。
「だぁ~から、疲れたんだって、、、遠坂だって体力無いだろ」
「命賭かってるかもしれないところで普通休憩する!? 先行くよもう、、、」
「ふぅむ、、、どのドアにしましょうかねぇ? どれが良い、とかあります?」
「えぇっ、また契さんが開けるんですか、、、!? 」
「、、、いや、いない、、、いない、はず、、、でもあの子ってやっぱり、、、」
きっとあいつらには、帰るべき場所があって、大切な何かを抱えて、、、
からっぽの俺よりは、だいぶ生き残りたいはずだ。
俺だって死にたくない訳では勿論ないけど、、、あいつらが生きる手助けをしてやるくらいなら、できるんではないだろうか。
少し恥ずかしいけど。それが俺にできる、精一杯の「人生」になる気がした。
--- 【生存人数 274/300人】 ---
--- 【現在時刻 9:45:26 タイムオーバーまであと 14:14:34】 ---
<自主企画にて参加いただいた初登場キャラ>
・天王寺 歩夢(てんのうじ あゆむ) 稲荷秋斗様
・失無 香貝(しつむ こうがい) ミルクティ様
ありがとうございます!!これからも活躍しますので、読んでいただけると嬉しいです。
歩夢くんは自主企画が始まって真っ先に応募してくださったキャラなんですよね。お待たせいたしました。
香貝くんはクロスオーバーの際番外編にて登場していたのですが”本編”初登場という形をとらせていただいております。時間がありましたらそちらも是非。
他のキャラクターも順次登場予定です。お楽しみに。
-1975文字-
ep.10 安堵は罪の上に
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--- 【現在時刻 9:39:17】 ---
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side 御野々 宮司(みやの きゅうじ)
、、、嘘だ。信じられない。
顔を上げた先、はるか遠くに見えた少女は。
死んだはずの自分の妹、、、|斎楽《せら》に瓜二つだった。
あの時確かに、棺の中に眠る彼女を見た。この目で。
そのはずなのに、、、何なんだあいつは?
手元を見るとき首を傾ける癖も、ハーフアップでまとめたお団子の位置も、洋服の着方や、ピンポイントでせわしない目の動かし方まで、、、
斎楽だ。斎楽にしか見えない。
信じてはいけないのだろうけど、それでも、、、込み上げてくる愛しさと嬉しさに、動き出さずにはいられなかった。
手を向こうに伸ばして、ぐいと踏み切って、、、
走りだそうとしたその時には、彼女はもう見えなくなっていた。
考え込む癖は直さないと、、、この癖のせいで、色んな事を損してる。
本当にどこへ行ったのだろう。それらしい人影も見当たらない。やはり、あれは幻だったのだろうか、、、
だとしたら、オレは約束破りじゃないか。
『あたしの幻なんか、見ないでね。』
、、、どうしてあんなことを言ったのかオレには見当もつかないけれど、でもあの時確かにオレは頷いた。
幻なんかではないと信じたい。信じてあげたい。兄ちゃん約束守ったぞ、そう言ってやりたいんだ。そう言ってやらないと、まるで斎楽との思い出まで、、、消えてしまうような気がしたから。
潮が満ちていくかのような焦りに押されて、人混みを掻き分けた。
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side 荒木 爛雅(あらき らんが)
危ないドアを通りそうになってから、|幸吉《ゆきち》さんはずっと考え込んでいるようだった。励ましてあげたいけど、、、余計なこと言って逆にしょぼくれさせてしまったらどうしよう。いや散々助けてもらったんだからこれくらいは、、、でも失敗したら逆に恩を仇で返すことに、、、
ずっと集中を反らしていたからか、僕らは四つのドアがある壁の間際まで来ていた。
これ、あと数秒でも考え込んでたら壁に激突してたな、、、
見れば一番左のドアからは、次々と人が流れ出ている。あっちに進めばいいのか。
その他の三つのドアに、入ってしまった人はいたのだろうか。
ふっ、と視線を右に向けて、ぎょっ、とした。
右端のドアだけは真っ赤に塗られていた。有彩色だからか、他のドアと違いてらてらと塗られたニスの質感が目立つ。
赤い。
その赤に、音や色が吸い込まれてゆくようだった。
正反対の方向に流れてゆく人々を、横目でじっと見ている。
ニスの艶にうっすらと映る何かには、少し見覚えがあった、、、何だったっけ。
その「何か」に、眩しい赤に、触れてみたい。そう強く感じて、体が前へ動く。
「あぁ、爛雅さん。どこ行くんです?」
ぐわん、と現実に引き戻される。
あ、、、そういえば、むやみに推測して気になる方へ行かない、って人に言ったばっかりだった。危ない危ない。あの時の幸吉さんの気持ちがもう完璧に分かった。
「、、、一番端の赤いドアが、気になりまして」
絞りだした言葉は、焦りと安堵でかすれていた。
「確かに異質ですね、、、危なそうですし開いている方に進みましょう」
何しろとんでもない事にならなくてよかった、、、。
そういえば僕らは後から来たけど、先頭にいる人たちは大丈夫なんだろうか?
幸吉さんに前を見るのを手伝ってもらおうかな。何ができるだろう。直接前に行くのはキツいし危険か、、、じゃあ肩車、、、いやダメに決まってるじゃないか。もっと何か他に方法は、、、
肩車しか思いつかない自分にほとほと呆れた。もういいや、諦めよう。
---
side 雨水 日向(うすい ひゅうが)
疲れた。とんでもなく疲れた。
俺の体力を誰かが削ぎ落そうとしているのだろうか、、、?
さっきとんでもないテンションの主催者かなんかに話しかけられて、そんですぐ後にそいつを追いかけるやけに興奮した奴に長々と問い詰められて。
本当に何なんだろう、俺は目立つような感じではないはずなんだが、、、
主催者はだいぶ意地が悪い。俺らの進む先には弧を描く壁と、それにぴっちりと張り付く、、、12の白いドアがあった。また通ってはいけないドアがいくつかあるんだろう。
これにはさすがに最前列の奴らも手を出し渋っているようで、刻々と過ごされてゆくだけの時間が数分ほど続いた。
「ぅ、うぁああぁぁ!!」
空気が突き破られたような感覚がして声の方を向くと。男が気を乱しているのだろうか、現世から逃れるかのごとく逃げ惑い、左から4番目のドアへ自ら飛び込んでいった。
ドアが閉まる。音もなく。その中へ飛び込んだ者の存在まで消したかのように。
そうだ。忘れていた。確かにここは非現実的で、残酷な場所なんだ。
いついつああなっても、決しておかしくない。周りの奴らも、俺だって。
そう考えたら、急に焦りが湧き出してきた。
それは皆同じだったのだろう、一瞬にしてフロアがパニックへと陥った。
--- 【生存人数 273/300人】 ---
--- 【現在時刻 10:03:10 タイムオーバーまであと 13:56:50】 ---
-2158文字-
ep.11 あなたは希望
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--- 【現在時刻 10:03:10】 ---
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side 横田 達磨(よこた たつま)
一人の男性が気を乱したのをきっかけに、波紋はずんずんと広がった。今じゃろくに会話もできないくらいの音量で、狂いそうになりながら、、、いや、多分もう数人は気がふれてしまったのだろう、ともかく皆が皆手当たり次第に動き始めた。
「おい!! 邪魔だよお前ら!!!」
「やめて!押さないで!! 押さないでったら!!」
「嫌、嫌ぁぁ!」
「がはっ、ゔぅ、、、い、息が!助けてくれ!!」
ドアからとにかく離れようとする人々、それだけでは足らず階段をつまづきながら駆け上がる人々、、、
そして、あてずっぽうで目の前のドアになだれ込む人々。
押し合いへし合い、馬鹿みたいな騒ぎようだ。
人の流れに押されながらやっとのことでドアを開いて、周りにいる数人もろとも、暗闇に落ちてゆくのがほとんどだった。
僕はなんとか前方から抜け出して助かったけれど、あの中には逃げたい人だってきっと沢山いたんだろう。
自分が逃げたように感じて情けなくて、でも怖くて、、、周りがてんやわんやなのが相まってか、とんでもない気持ちになった。早くここから抜け出したい。一刻も早く。そうだ、ゲームマスター!どこにいるんだあいつは、そもそもこんなところに連れてこられたせいで僕らは大変な目に巻き込まれてるっていうのに。探さなければ。一刻も早く見つけて、それで、、、
「こ、こちらです!!」
正気を保った声が、りんと響く。
「このドア、通路が続いてます!」
見れば少女と男性が、左から数えて6番目のドアの向こうで必死に叫んでいた。
その声は広いフロアの隅々にまで、特に他のドアに躍起になっている人々には届かなかったけれど、近くにいた数人に、そのまた近くにいた数人に、、、と広がった。
それでも尚他のドアを開けてしまった人がいたのは心苦しくてたまらなかったけれど、僕を含め大勢の人がそのドアの向こうへ進む先を変えたみたいだ。
いや、狭い。何でこの通路だけこんなに進行方向に細長いんだ、、、? 人が2人横に並べば塞げてしまうくらいの横幅じゃないか。押されてけっつまづきそうになりながら、何とか前へ進んだ。
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side 御野々 宮司(みやの きゅうじ)
「あ、うぅ、、、やだ、、、やっ、、、」
聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。きっと|斎楽《せら》のものだろう。何かに抵抗しようとしている事だけははっきり分かる、、、だとしたらまずい!何か大変な事に巻き込まれているのだろう、早く助けてあげないと。小さな声がこの喧噪で聞こえるくらいなら、きっとすぐ近くにいる。近くに。
もう一度だって妹を失ったりしないんだ。
『にいちゃん、、、もうやめて。来ないでよ』
『馬鹿、大切な人が危ない時に見舞いに来ない兄ちゃんいるかよ。』
『それは言いすぎでしょ!? まぁありがとう、助かってるのいつも。自分以外の手のぬくもり、大切なものなんだなって気づけたんだし。』
『そんなこと言われたって何も出ないし、結局寂しいんじゃないか斎楽も。』
『、、、だからなの。だからもう来ないで。』
『は、、、?』
『つめたくなっていくあたしの手をね、もうにいちゃんに握らせたくないんだよ。にいちゃんのあったかさを感じるごとにね、あたしもにいちゃんも現実を突きつけられる。にいちゃんみたいなあったかい人には、あたしみたいなつめたい手、二度と触らせたくない。大切なものを、にいちゃんの手のぬくもりを、、、、、、この手で壊したくないんだよ』
『じゃあ、じゃあどうしろって言うんだ!?』
『う~んそうだなぁ、元気な頃のあたしの写真でも見といて』
『そんなの辛すぎるだろ!』
『ダメ? 元気なあたしの方がいいじゃん』
『今の事思い出してそれどころじゃなくなるだろ』
『そっかそっか、そういうタイプだもんね、、、ほんといい加減にしてよね、ははっ、、』
『は? 急になんだよ、、、?』
『、、、だったらさ、あたしの幻なんか、見ないでね。だって、、、、、、』
頭の中の斎楽は、そこで途切れた。ここから先は思い出さなくていい。今思い出していいものじゃない。とにかく探すんだ。今ここにいる斎楽を。
ああ、やっと見つかった。手遅れじゃなかった。ちゃんといる。その事に大きな安心が湧いて、情けないかな、涙が瞳に被った。
助けなければ意味がないのは分かっている。斎楽はどうしようもなくなった奴らに押されて、今にもドアのすぐ近くに来てしまいそうだ。
それでも懸命に、手を伸ばしていた。
何故だろうか、少しだけ不透明な気持ちが胸をかすめた。
いや、そんな事に気を取られている暇はない。
「おい!摑まれ!!」
ここにいる誰より狂った声で叫んだ。
「え、、、あぁ、ああ!はい!!」
、、、気づいてくれた。左手は数瞬宙を泳いだけれど、今しっかりオレの手と繋がる。
「こっち行くぞ!」
「はいっ!!」
ぎゅっと握られた左手は、恐ろしいほどに温かかった。
---
side 流尾 契(はやお けい)
嗚呼、死ぬかと思った、、、。
一番近くにあったドアに慌てて飛び込んだのが、幸運だったなぁ。
みきさんは大丈夫だろうか?
視線を移して、はっと胸を打たれた。
みきさんの表情は、視線は、ここにいる誰よりも、僕なんかよりもずっとずっと、まっすぐ前を貫いている。瞳の奥には、恐怖を覚悟で封じ込める程の力強い光が宿っていた。
最初に彼女の声を聴いたときは、今にもへし折れてしまいそうだな、とすら思ったくらいだったから。隣にあるりんとした存在が不思議で堪らなくて、それでちょっと恥ずかしいけれど、グッドサインを送ってあげたい気持ちになった。
、、、まぁそんな余裕も、僕がそんな偉そうにできる権利もはなから無いのだけれど。
「契さん」
「ひぁいっ!?」
急に話しかけられたからか、気が緩んで変な声を出してしまった。
「、、、びっ、びっくりしました、、、こちらをニヤニヤしながら凝視されていたので」
不思議なことに、その声にはもう先程のような勇敢さはなかった。
こうしている間にも足は前へと進む。通路が長く続いているのを見るあたり、もうすぐ階段に着くのだろうか?
先頭に立っているのには責任が伴うし何しろ怖い。けれど、今の僕はここで足を進めることを楽しんでいるみたいで安心した。
もし、もし仮に僕らが脱出できたとしたら。
何をしようかな、、、取り敢えずビールが飲みたい。頑張ったんだから、ちょっと贅沢しても構わないよなぁ。クッションに寝転んでくつろぐだけで、今までの数倍いい日になりそうだ。
みきさんや他の人とも、もし機会があれば話したいな。その時は、こんな事があったね、ドキドキしたね、あの時はありがとう、なんて笑えるのだろうか。
そんな思いが、自分の中に無かった「脱出への希望」が、少しだけ芽生えているのを、どう捉えたらいいのかは分からなかった。
随分と歩いた気がする。見れば通路は突然終わっていて、突き当りには一つの白いドアがあった。「30」という数字が、小さく痛々しげに彫られている。
「契さん、、、」
みきさんがこちらを見て言った。何を伝えたいのかはもう分かっている。
「えぇ。進みましょうか」
ドアノブに手をかけて、ぐいと前に押す。さっきとは違って、手が少しだけ震えていた。
開けたカーペットのフロアが見える。何かで塞がれているけれど、階段も見える。嗚呼、今までの頑張りは無駄じゃなかったんだ。
ドアに目を移すと、彫られている数字は「29」に変わっていた。
--- 【生存人数 249/300人】 ---
--- 【現在時刻 10:15:31 タイムオーバーまであと 13:44:29】 ---
-3217文字-
ep.12 思い出のマーチ
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--- 【現在時刻 10:15:31】 ---
---
side 祀酒 みき(まつさか みき)
|契《けい》さんがドアを開けて少しすると、ドアが小さく、がりっ、と不快な音を立てた。
見れば最初「30」と刻んであった数字は、いつの間にか「29」になっていた。
、、、自然に、数字が変わっているのだろうか?
何ともざらっとした気持ちでドアを見つめたら、またドアから、がりっ、と音がして、数字は「28」に変わっていた。
「こ、これってもしやカウントダウン、、、!?」
そう言う私のざらつく気持ちと焦りを察してくれたようで、契さんは落ち着く声で語りかけてくれた。
「そう、みたいですね、、、。ペースは普通のものより遅いようですが、恐らく0になれば何か起こるのでしょう。皆さんにも早く出るように言っておいた方が良いかと。」
そう話す間にも嫌な音は数回鳴って、ドアの数字を着々と削っていた。
「皆さん!ドアの数字が0になる前にここから外へ!」
私たちは精一杯叫んだ。精一杯。それしかできる事がなかったから。一定のペースで数字の削れる不快な音に、かき消されてしまわないように。ただただ、目の前の命に向けて声を届けようとした。
何度も声がうわずった。掠れた。いがらんだ。その度に狂ってしまうような気がして、湧き出す恐怖をとにかくあらん限りの大声で塗りこめた。私も契さんも、訳が分からなくなっていた。
そんな私たちには、ものすごい勢いで流れる人々が、雄大な川の水一粒一粒のように見えた。
「僕らは邪魔にならないところで案内し続けましょう!」
「はい!!」
--- 22 ---
「このフロア、もしかして終わりが近いのか、、、!よしいける、僕ならいける。待ってろよ、ゲームマスター!!」
--- 19 ---
「いつの間にか前の方にいるじゃん、、、うおぉ、押される押される!自分で走るからさ、痛くしないでよね!?」
「ウザ絡み、押し問答と来て今度は走らなきゃいけないのか、、、どこまで疲れなきゃいけないんだよ俺!!」
--- 16 ---
「あーもう、、、早く行けよ!! ほら、とろとろしてると死ぬかもしれないんだぞ!? 俺も出るからまずはお前らが早く!」
--- 14 ---
「|爛雅《らんが》さんっ? あれ、爛雅さん!! どこにいるんです!?」
「いやあの、すぐ隣ですけど!?」
「ああそんなところに。すいません、走りましょう。」
「えっ、、、あぁそっか、なんか急いでるんでした!ありがとうございます!!」
--- 10 ---
「きつねさんっ!こあらさんっ!だいじょうぶだよ、、、あとちょっとみたい!あゆといっしょに、がんばろうねっ、、、!!」
--- 9 ---
「ひえぇ、すっすいません!? うぅ、頭痛ぇ、、、やっぱり人混みは苦手だ、猶更早くここを抜け出ないとですね。」
--- 7 ---
「おい遠坂!なんかもうすぐみたいだぞ!ほらっ!!」
「わ、分かった分かったって!、、、ホントだ、もうすぐ階段? あ、痛い!ちょっと、引っ張るのはナシでしょ!?」
「だってほら、早くしないと!?」
--- 5 ---
「早く出よう、|斎楽《せら》!手、離すんじゃないぞ!!」
「はいっ!、、、あ、あのっ」
「どうした?」
「、、、いえ、今は大丈夫です!」
--- 4 ---
「嘘、、、何よこれ!」
全ての人がドアから出た、、、と思っていたから、通路の奥から声が聞こえてきて一気に体が冷えた。
「パニックになって他の人たちといったん上の階に逃げて、静かになったなぁと思って下に降りたらなんで誰もいないの!?」
姿は見えないけれど、通路を通ってこちらに来ているのは分かった。
「こ、こちらに出口があります、早く!!」
私がそう叫ぶのと同時に、彼女の姿が見えた。安堵に泣きそうな表情をしている。
「あぁ、、、ありがとう!」
彼女がどんどん近づいて、こちら側に手を伸ばす。
「あ、早く!そうじゃないと、、、」
手遅れだった。
がりっ、と嫌な音が今までより一層大きく響いて、刻まれている数字が「0」になる。
ばんっっ、とオーバーな音を立ててドアが閉まった。今までは奇妙な程静かに閉まっていたというのに。
ドアの向こうにいる人は、もう助からないのだろう。ドアの前まで来たあの女の人の最期の顔が、驚き、喜び、そして少しの絶望が、脳の中に刷り込まれていて取れない。
はい、もう終わりですよ。過去のことなんか忘れて、さっさと進もうね。
そう嘲笑うゲームマスターの声が、聞こえた気がする。
---
side 御野々 宮司(みやの きゅうじ)
オレがあの時感じていた違和感は、やはり的中していた。
走り終わって、斎楽の、、、いや、彼女の頭上を見上げると、こう書いてあった。
<空間 清李(あきま すがり)>
年齢 : 16
健康状態 : 一時的な心拍数上昇、呼吸の乱れ
特異症状 : Null
「あ、あの、、、」
「もう分かってるよ。俺の人違いだ、すまなかった。」
「ああいえいえ、いいんです。偶然とはいえ助けてくれてありがとうございます」
「いや、その、、、、いいよ別に」
妙~に照れくさい。やめろ表情筋、ニヤニヤするんじゃない。今は違う。
「左手首にあざがあるじゃないか。強く握りすぎた、すまない」
恥ずかしいのを相手の身の心配で無理やり覆い隠した。
「あ、、、うそ、うそっ!?」
急に清李さんが焦り始めた。尋常じゃない焦りようだ。何ならドアの近くに連れていかれそうな時よりも激しいけんまくだった。
「ど、どうした?」
「わ、私の大切な写真が無い!!」
「写真!?」
聞けば彼女は好きなアーティストの写真を落としてしまったらしく、左手に何か持っていないと落ち着かないそうだ。
「いつからだ、、、オレが手をつかんだ時にはもう何も握ってなかったが。」
「じゃ、じゃああのドアの向こうに!探さなきゃ!!」
ドアの向こうって、さっき閉まったあのドアの向こうだろうか? だとしたら無謀すぎる。閉じたドアが開くかも分からないし、開いたとして先に待っているのが通路である保証もない。
「危なすぎる!自分で死にに行ってるようなもんだぞ!? 命より大事なものがあるか!!」
「分かったように言うのはやめて下さいっ!大事なものなんです、命と同じくらい!取り返さなきゃ、取り返さなきゃいけないんです!!」
彼女の声は周りを突き刺すように響いた。何故かこの階に留まったままの沢山の人々が、こっちを気にし始める。
「行かなきゃいけないんです!」
この少女、見た目は斎楽に瓜二つだが、中身は、、、すぐ取り乱す所や握った手の強さ、あたたかさは斎楽と似ても似つかなかった。
彼女のうわずる声に気がふれてしまったのか、喉から飛び出したのはこんな言葉だった。
「あぁもう分かった!! オレも一緒に行くからさ、心配だし、右手はつないでおいてもらうからな。絶対に離すなよ、オレの手」
「!! すいません、ありがとうございます!」
そうして何故か初めて会った少女と手をつなぎながら、さっき出てきたドアの向こうへと足を進めようとしていた。何してるんだろう、オレ、、、
「後悔しても知らないからな?」
「あの人のせいで後悔するんだったら、むしろ嬉しいくらいです」
彼女がいきなり、ずいっと前に出て勢いよくドアを引いた。
その奥に通路は無く、赤黒い空間が広がっていた。
「あっ、、、」
彼女が、清李さんが、ふっと振り返って、そう声を漏らした。
彼女の体が向こうへと傾いてゆく。
つないだ手のぬくもりが、強さが、だんだんと薄れて、、、しまいにはするりと、オレの手から抜け落ちた。
斎楽と最後に手をつないだときと、ぴったり重なった。
オレが手を伸ばした時にはもう、ドアが彼女の背を包みこもうとしていた。
音もなく、ドアが閉まる。
見えなくなった。
ああ、斎楽。違うあいつは斎楽じゃない、いや斎楽だ!斎楽!! 何故オレから何度も離れていくんだ、、、!? 「大好きだよ」と囁いたその顔に、別人とは思えなかったさっきまでの手のぬくもりに。何故オレは別れを告げなきゃならないんだ、何故あの時引き止められなかったんだ!?
「、、う、うぁああああぁぁぁっ!!!」
体の芯が保てなくなってゆく。床に手をついてはじめて、オレは泣いていたことに気づいた。
もう何をしていいのか、何を感じていいのか分からなくて、気づけば今まで感じたすべてが叫び声になっていた。
はい、もう終わりですよ。過去のことなんか忘れて、さっさと進もうね。
そう嘲笑うゲームマスターの声が、聞こえた気がする。
---
side 終町 脱奈(しゅうまち つな)
痛ましい叫び声がざわつきを破って、主人公に成り上がったみたいに反響する。
もしいつもと同じ状況だったらボクはそんなこと気にも留めないだろうし、なんならちょっと面白いな、くらいに思っていただろう。
でも今は違った。
声の理由を、この目で見てしまったから。
ドアに落ちる少女と、それを見て泣き叫ぶ青年。
それによく似た光景が、ボクの中に前からずっと佇んでいる。
無視しちゃいけない。無視なんてできない。
青年の痛みが分かる。それはもう、こっちまで痛み出すくらいに。どうしてくれるんだよあいつ。痛いのを思い出させられて、挙句あいつを助けたくなっちゃったじゃないか。
声を掛けるのはもう少し後にする。あんなにびいびい泣き叫んでいるんじゃこっちの声なんて聞こえるはずないし、何しろ邪魔だろう。声を掛ける側が恥ずかしい。
やることを持て余してきょろきょろとしているけれど、そういえば一向に階段から人が下りない。暑いから早くしてくれ。
と思ったら、階段はよく見ればガラスかなんかで遮られて通れないようになっていた。数人の人が「早う開けろ」とでも言うようにガラスを叩いている。、、、ちょっと楽しそうかもしれない。
「ありゃりゃ、通りたいからって割っちゃいけませんよ~」
いきなり場違いに朗らかな声が響いた。
「やぁ~、というわけで7階!おつかれさまでしたっ!まさかパニックが脱出の糸口になるとはねぇー、そんなん思いつかなかったよ、わくわくするね!! まぁ7階はチュートリアル的な感じで進んでまいりましたけども、階段を下りる準備はできてますかい?」
緊張感のないふざけた口調で放たれた言葉に、周りは一斉に沸き立った。
「チュートリアルってなんだよ!!」
「ゲームだとでも思ってるの!?」
「人が死んでるんだぞ、何人もの人が!」
確かにそうだ。チュートリアルでプレイヤーが死んだらゲームが破綻してる、、、。
「まぁまぁまぁ落ち着いて。そりゃまあご愛嬌ですよ、死にたくなかったら歯ぁ食いしばっとけ、ってトコなんですけどね、、、ともかくみんないいね、階段開けますよ!? 過去のことなんか忘れてさっさと進もうねっ!それじゃ行ってらっしゃい!!」
すらっ、と音がして、ガラスの壁が天井に引っ込んでゆく。
階段へ沢山の人が飛び込んだ。
過去のことなんか忘れてさっさと進もうね。
その言葉が地味に引っかかって、ボクが一歩先へ踏み出すのを留めていた。
何か嫌な空気が漂っている。
階段の下に待っている「未来」が、どうか残酷な「過去」になりませんように。
--- 【生存人数 241/300人】 ---
--- 【現在時刻 10:31:26 タイムオーバーまであと 13:28:34】 ---
-4755文字-
ep.13 赤色に誓って
※一部残酷な描写を含んでいるため、レーティングをR15に設定しております。苦手な方は閲覧をお控えください。
--- 【現在時刻 10:31:26】 ---
---
side 祀酒 みき(まつさか みき)
ぶわっ、と人の流れが押し寄せて、危うく転げ落ちそうになる。|契《けい》さんに引っ張られて、半ば浮くような形で十数段を下った。すねがじんと痛い。
「あぁー皆さん!! ちょっとストップ!」
急に契さんが大きな声を出して、踊り場近くで止まった。
先程のようにぐちゃぐちゃにはなったが、皆早めに動きを止めたてくれたおかげで押し出されずに済んだ。
「皆さん分かっているとは思いますが、ここから先いつ何があるかわかりません。くれぐれも身勝手な行動で他人を巻き込むことや、無理をして望まぬ結果に引きずり込まれることの無いようお願いします。冷静に行きましょう!、、、僕がこんな偉そうに言ってしまってなんかすいませんね!?」
そう契さんがまくしたてる。何だか普段とは違う雰囲気だった。ちょっと嬉しそうにも見える。、、、もしかして、調子に乗っているとか?
「契さん、大丈夫ですか、、、?」
私は何だかいたたまれず、契さんを見上げる。
「ええ、大丈夫ですよ。ちょっと前に進みたくなっちゃっただけ、前に進んでほしくなっちゃっただけです」
そう言って、遊園地の門をくぐる子供のような顔を視線の方に進めた。いまいち言葉の意味がうまく呑み込めない。
「、、、あ」
聞いたことのないくらい小さな、弱々しい声が聞こえた。契さんだ。さっきとは打って変わって、下を向いているかのような声色だった。
「みきさん、一つよろしいですか」
前を向いたまま、足を進めたままで私に話しかける。
「ええ」
「お願い、というか、僕のしょうもないわがままなんですけど、、、みきさん、何があっても前に進んで行きましょうね。僕ら一緒に、あるいは一人一人が。約束、ですよ」
私の前に、小指が差し出された。
どういう事だろう? さっきからやたらに理解が追い付かない。
あぁ分かった、指切りだ。そう思い手を差し出そうとしたときにはもう、契さんはぴっと手を引っ込めて恥ずかしげにはにかんでいた。
「すいませんねぇ、急に。えっへへ」
指切りについてはもどかしかったけれど、契さんの中で合点がついたんだ、私が掘り起こすのは失礼だと言い聞かせてやり過ごした。
ふと、目の前が階段ではなくなった。
「6階、ですか、、、」
喉から、ごく自然に声が流れる。
さっきの壁とドアに囲まれたフロアとは違い、かなり開放的な印象だった。大きい窓から差し込む光が、何も写さない空の青が、ここまでくると不自然で気持ち悪い。開放的で、むしろがらんとした印象。
そう、がらんとしている。進もうとする人が一人もいない。階段を下っているうちに落ち着いたのか何なのか、ひそひそとした声すらもまばらになっている。
「あれぇ、みんなもう進んでいいんだよ? どしたー?」
ゲームマスターのふざけ声すらむなしいフロアで数回跳ね回って、そして消えてゆく。
それに拗ねでもしたのか、それきりゲームマスターが声を発することはなくなった。
「これもしかして、僕らが進むの待ってる感じですかね、、、」
「え、えぇ!?」
だとしたら理不尽すぎる、、、!確かに先に足を進めてきたのは私たちだけれど、それは別にやりたくてやったわけでは、、、少なくとも私は、絶対にない。後ろにいる人たちに、ここ数か月感じていない程の怒りを覚えた。躍起になった声が、喉から勢いづいて走り出す。
「そんなの都合が良すぎます!ここはせめて自分のために動いても構いません」
「う~ん、乗ってみるのもいいんじゃないですかね。今まで他人のためにと思ってやってきたわけでもないのですから」
何も言えなくなってしまった。叫びたいのに、叫べる言葉がいっこうに見つからない。
「まぁ、動きたくないのでしたら僕が一人で行けばいい話ですね。失礼しました、、それでは進むとしますかっ」
口をうじうじさせている私を差し置いて、契さんは大きく伸びをした。そのままどんどん、私から離れてゆく。本当は引き止めるかついてゆくかしたいけれど、今の私にはそんな図々しさも無謀さもない。無性に腹が立つ。何をするでもなく、ばつの悪さに駆られて足を少し前にずらしただけ。
「ほぅほぅ、見たところ8階と同じようなつくりですかね? 見るからに怪しいといったわけでは」
カチッ
と、静けさを切り裂くような、小さくて鋭い音がした。
契さんの左足元の床数センチ四方が、少し下に沈み込んでいる。
ざっ、と血の気が引いてゆく。ああ、私があの時引き止めていれば。いや、今引き上げるしかない。体の重心が前へと傾く。
狐につままれたような顔をして、契さんがゆっくり振り返る。
前へ走る私の顔を見て、
笑った。
いたずらな目を細めて、「あ~あ、残念」とでも言いたげに頭を掻く。まるでいたずらがバレた子供のように。
次の瞬間、その笑顔は赤く染まっていた。
フロアの天井に空いたいくつもの小さな穴から、ものすごい速さの銃弾が契さんの頭へ飛び込んだのが見えてしまった。
ターゲットがぐしゃぐしゃになる程撃ち込まれた銃弾。
主を失い、赤い色を受け止めながら傾く体。
その当たった傍から滲みだして、
弾けるように、
花火のように、
こちらに手を伸ばすかのように、ほとばしる真っ赤な何か。
全てがゆっくりと、ゆっくりと、私にのしかかる。
嫌だ。こんなもの見たくない。目を閉じたい。逃げ出したい。のに、なのに。かつて人だった赤色は、ずんずん私に近づいてゆく。私の目は見開かれて、手は誰もいなくなった空中に差し伸べられているまま。
その左手がふと、ばしゃん、という音で赤色に染まった。
触れてしまった。
契さんの、一人の人間の「最後の形」に。
ぞっとするようなぬくみが肌にまとわりつく。
生きていた時のまま、いたずらな温度で垂れてゆく。
契さんと私の、最後の思い出。
そのぬくみすら消えはじめても、私はそこを動けなかった。
抱えきれなくなった赤色が、小指に絡みついて滴り落ちていた。
それはまるで、指切りでもするかのように。
--- 【生存人数 240/300人】 ---
--- 【現在時刻 10:39:53 タイムオーバーまであと 13:20:07】 ---
-2590文字-
ep.14 ふるえる音叉
※今回から各視点の最初に「現在地」を追加いたしました。
--- 【現在時刻 10:39:53】 ---
---
side 赤星 キラ(せきぼし きら) 現在地 6F
難しい事はあんまり分かんないけど、いまはあんま動いちゃあいけない。それだけは俺にも分かる。
誰かが必死に息を吸う音が聞こえる。涙にすらなれないぐしゃぐしゃの感情が、精一杯自分のぐしゃぐしゃをごまかそうとする音。聞いてるこっちまでぐしゃぐしゃしてくる音。
ここには何十、下手すれば何百人の人間がいるはずなのに、今はその音だけがフロアで生きていた。
もうここまでぐしゃぐしゃすると、ゲームマスターかなんかのぱやぱやした声ですら聞きたくなってくるなぁ。
「うっわ、みんな死んだかと思ったけど違ったんだね!?」
さっきの俺のちょっとした願いを聞き入れるかのように、ゲームマスターの声が響いた。、、、あんなこと思わなけりゃよかった。内容ヒドすぎ。
それにしても、、、なんでこんなぐしゃぐしゃした重い雰囲気になったんだろう?
ふと一番前の方に、左手だけ真っ赤になった女の子が震えているのが見えた。
胸の真ん中に、ズシン、と衝撃が走る。俺の全ての「きがかり」が、あの子に注がれる。
助けてあげなきゃ。
励ましてあげなきゃ。
元気づけてあげなきゃ。
絶対に。
小さい頃から、困った人の元気を取り戻すのが俺の得意技であり生きがいだった。
俺はようやく分かった一つの事すら無視して、何も分からなくなりながら彼女へと足を向ける。
「ねぇ君!大丈夫!?」
振り返るその瞳には、恐怖と驚き、そして悲しみがたっぷりと流れていた。
「う、、、」
そううめく彼女の腕が震える。待ってろよ、今俺がしっかりその震えを止めに行くから。
「っ来ないで!!」
「は!?」
聞いたことのない反応に、思わず強い声が出る。
「、、、来ないで、ください」
それは俺が生まれて初めて味わうもの。
無条件な悲しみを、俺の胸に深く深く刻んでゆく。
拒絶、だった。
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side 遠坂 めい(とおさか めい) 現在地 階段(7F→6F)
いまだに背筋の冷える心地が残っていた。べっとりした何かが背筋に付き纏っている。あぁ、何かが起こってしまうんだろうなぁ、私のせいで。、、、そんな気持ちだった。
なんて支離滅裂な感情なんだろう。でももう離れない。私がさっき思いついた「名案」とやらが、|実《みこと》をとんでもないものに変えてしまった。
実を盾にする。気づかれないように、こっそりと利用する。
火事場の馬鹿力というものなのか、それともどこかで読んだミステリー小説のカラクリだったか、、、そんなの知らないけれど、それはそれは気持ち悪い「名案」だった。そもそもそんな事、わたしの貧相なプライドですら許さいはず。
あんな奴に守ってもらうなんて、馬鹿馬鹿しい。あいつのことだから唐突にやらかして、逆に巻き添えを食らう可能性の方が高いのでは、、、?
「守ってもらうだなんて、そんな大袈裟な、、、。守るために使う。それだけでしょ」
あぁ、確かにそうだな。わたしは実を利用する。それだけ。用が済んだら、いつでも「さよなら」って言っていいんだ。
わたしの昔からの悩みが、一つ解決した気がした。
「ねぇ、実」
「おぅおぅ、何かあったのか?」
わたしから話しかけたからか、実は少し嬉しそうだった。
「やっぱり、、、わたし、怖いや」
実がぱっと目を見開いて、それからほろほろと微笑む。
「そっか。よし、任せとけよ」
「ありがとう。ごめんね」
自分で言っていて、気持ち悪かった。いや、さっき納得したはずでは? でもこの言葉は、とんだ嘘っぱち。わたしはできる限り誠実に生きてきた。わたしはこんな胡散臭い嘘つかない。つかないはず。そう、別人。嘘をついてるのはわたしじゃない。わたしだったらこんな事しない。じゃあ、わたしの中にいるのは誰?
「遠坂、怖くなったらいつでも俺の胸に飛び込んで来いよ?」
、、、は?
かくん、と音を立てて、頭の中に渦巻いていた全ての疑問がしょうもなくなった。いや何だよそのキザキャラ。調子に乗りやがって。後でギャン泣きしても知らんぞ。
ちょっとだけ、気持ちが楽になった。意味もなく救われた気がする。別にそこまで利用しようとは思ってなかったのに。
「はは、何それ」
自然と笑顔が漏れてくる。愛想笑いじゃないのは、、、愛想でも笑ったのはいつぶりだろうか。どちらかと言うとこれも人をからかうような笑顔なのだけれど、それでも久しぶりの笑顔は顔に心に染み入った。
こいつの浅はかな優しさ。浅はかだからこそ、軽率にあやかっていい優しさ。どんなに自分勝手でも首を突っ込んでいい優しさ。
それがきっと、彼が分け隔て無く受け入れられる理由の一つなんだろう。
何というか、ホント、、、
つくづく、憎たらしいなぁ。
---
side 失無 香貝(しつむ こうがい) 現在地 7F
下に降りなかったのは間違いだっただろうか、、、? ほぼ何も聞こえてこない。むやみに降りるのは危ないかと思っていたけれど、この場合脱出が最優先なのかもしれないな。
そんな事で進むかどうか迷っていられたなら、だいぶ幸せだろう。
俺は今、大事な人がドアから戻ってこなくなってしまったであろう青年の前で、立ちすくんでしまっているのだった。
さっき「誰かが生きる手助けくらいならできる」とか言っていたんじゃないのか。いざ現状を前にしてみれば、何と情けない事だろうか。改めて自分に沸々と腹が立つ。
いつもならばこんな事にはならない。相手の気持ちも自分の気持ちも最小限にとどめて、なるべく相手の負担が少ないであろう行動をサポートする。それだけ。
でも今は、そんなこと到底できなかった。
自分の気持ちを、相手の気持ちを、最小限にとどめられない。
丁度良く見過ごすことが、できないのだ。
どう目を反らしても、俺の脳裏に焼き付いたものがあの青年の表情に共鳴する。浮かび上がる。飛び出す。埋めつくす。
とうとうその記憶は現実すら覆い隠して、俺を攫っていった。
『、、、俺の、俺の家はどこだよ!? 俺が遊びに行ってる間に何があったっていうんだ!?』
『あ、君が香貝くんだね。無事でよかった。、、、先輩、息子さんの安全確認できました、至急保護します』
『おい、何で俺の名前知ってんだ。誰だよオマエ。俺の家は、家族は、お客さんはどうなってんだよ?』
『あぁ、あたしは警察の者です。それで、君の家の、お店の事なんだけどね、、、ここじゃなくてさ、安全な建物の中で話そう?』
『ふざけんじゃねぇ、父さんと母さんと妹に会わせてくれよ!』
『まずは君の安全が先。さぁ、ここも寒いでしょ? まずあったまらないと』
『おい、はぐらかすんじゃねぇ! どうなってんだよこれ、なぁ!!』
『はいはい、揺らさない、、、はぁ、分かったよ。君の家、厳密に言うと一回の居酒屋さんでね、火事が起きたの。事件性はなかったみたいだけど、だいぶ酷かったんだよ。規模も、状況も、それから被害も』
『ふ、ふざけんな!! どうなってんだよ!』
『だから、今言ったでしょう。あのねぇ、もうお母さんには会えません。お父さんにも、妹ちゃんにも、お客さんにも。小学生でも分かるでしょ』
『なんだよそれ、おい、嘘だろ、、、!!』
『あっ、そっちに行かないで!やめなさい!危ないから!!』
『!!! と、父さん? 母さん、、?』
『う、真っ黒で赤くて生々しい、、、こんなに酷いとは。もうこれで分かったでしょう?』
『嫌だ、こんなの父さんと母さんじゃない!こんなの嫌だ!! う、うあぁぁぁぁっ!!!』
ふっ、と目の前が明るくなる。ここから先はもう思い出せない。
悲痛な泣き声、あまりにも大きな炭のかたまり、瓦礫をかき回して真っ黒になった両手、ガサガサした空気と無線の声、、、すべて鮮明に刻み込まれてある。そのすべてが、俺を忘れるな、俺すらも消し炭にするんじゃない、と悲痛な叫び声をあげている。
目の前で大切なものに「さよなら」と言われる悲しさ。怒り。絶望。
今目の前にうなだれている青年のその気持ちは、手に取るように分かる。
こういう時、どう声をかけてあげればいいのだろう。どうすればいいのだろう。
やっとのことで絞り切った曖昧な「答え」は、意外にもするりと声に出た。
「なぁ、悲しいのか」
「ねぇ、悲しいの?」
違和感のある響き方。確実に俺の声ではない。、、、いや、俺の声だけではない。
もう一つの声の方に頭を向けた。おびえた顔の少女が同じようにこちらを向いている。
「オ、オマエ誰だ、、、?」
「ア、アンタ誰、、、?」
鏡を見ているような、感覚がした。
--- 【生存人数 238/300人】 ---
--- 【現在時刻 10:56:24 タイムオーバーまであと 13:03:36】 ---
<自主企画にて参加いただいた初登場キャラ>
・赤星 キラ(せきぼし きら) 愛郁様
ありがとうございます!!これからも活躍しますので、読んでいただけると嬉しいです。
他のキャラクターも順次登場予定です。お楽しみに。
-3656文字-
ep.15 鎧に身支度
---
--- 【現在時刻 10:43:55】 ---
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side 祀酒 みき(まつさか みき) 現在地 6F
あぁ、どうしよう。酷いことを言ってしまった。
左手と頭の温度も底につき始めて、やっと正気が帰ってきた。
いくら床に危ないものが潜んでいるからって、ぬるい命の色に気が狂いそうになっていたからって、あんな大声ではね退ける必要はさらさらなかったはず。
現にあの青年は、自分で自分を押しつぶしそうな顔で俯いている。
今すぐに謝らなきゃ。あの人から奪ってしまった正気を、一刻でも早く返さなきゃ。
踏み出した足は震えているはずなのに、何故か前より遥かに軽くなっていた。
「あの、、、ごめんなさい」
私の声に、あの青年が顔を上げる。
目が合った瞬間、頭上に彼のものであろう文字が見えた。
<赤星 キラ(せきぼし きら)>
年齢:18
健康状態:良好
特異症状:Null
「さっきはあんなこと言ってしまってごめんなさい、あの、突然のことで脳の理解が追い付かないというか、びっくりしちゃって、なにせ、ねぇ」
信じられないくらいにするすると言葉が出てくる。中身のない言葉が。
「あ、、、ぇと、、、」
やっぱり困らせてる。よくない。
「だ、大丈夫か!?!?」
少年が急に表情を明るくさせ、今度の今度こそ、といった感じで走り寄ってくる。いや危ない、、、むしろ怖い。
「ずいぶん多めに掛かっちゃったみたいだけど、大丈夫? 気持ち悪かったりする? あ、ケガはしてない!? タイルにスイッチがある感じか、ムズいな、、、そうだ、怖かったよな。水いる?」
何というか、陽の気を真正面から浴びせかけられているみたいで、判断が追い付かない。流せ流せ、さっきまでやけに饒舌だっただろ、私。そう叱っても、パニックでうまく話せないことに変わりはなかった。
「あぁ、ごめんね、、、こんなこと言われるのもなんだろうけど、怖かったよな、きっと。、、一回下がろう、座ってもいいよ」
彼も落ち着きを取り戻して、私は背中を優しく支えてもらって。
そのまま赤星さんも私も何も言わず、ゆっくり、慎重にさっきの階段の方へ戻った。
「す、すいません、ありがとうございました。それと、ごめんなさい!」
人の少ない所に来るや否や、私はありったけの力を込めて赤星さんにお辞儀した。謝罪と感謝を込めて。振りかぶった横髪が、目に入りかけて痛い。
「いいよ、謝らないでも。顔、あげて。オレもびっくりさせちゃったな、、、」
ホッとするような、太陽のように暖かい声。なんで私、この人にあんな失礼な事しちゃったんだろう。
「ぃ、、ぃやっそんな゛っことは無いの゛で」
声がおかしい、鼻で息ができない。目頭が熱い、喉が苦しい。泣いてる。さっきの横髪のせい、、、じゃない。嘘でしょ、なんでこんな急に。視界がどんどん流れてゆく。ちゃんと前見て、進まなきゃいけないのに。強くなきゃいけないのに。恥ずかしいよ、こんな初対面の人の前で。
でも、私にはどうにも止められなかった。
「あぁ、ぅううあぁぁ、、!怖いよ、ずっと訳分がんない、、!! 契さん、契さぁん、、、!!」
赤星さんはもう、何も言わなかった。
私はいつもの癖かそれに甘えて、とりあえずそれっぽく泣かせてもらった。
それから少しして、赤星さんは前へと進んでいった。
去り際、下を向いていた私の肩に「もう大丈夫だな」とでも言うように優しく触れて。
私は、人に甘えてばっかりだ。
契さんに先に進めてもらって、赤星さんに励ましてもらって。
とりあえず生きながらえてる。
とりあえず。
契さんのような夢も、赤星さんのような明るさもない。
でも、何でか分からないけど、それでも生きたい。
死にたくない。
涙をぬぐい切れないまま、前を向く。視界全部が、夕立の後のように濡れている。
さっきまで感じてきた劣等感とか怖さとか焦りとか馬鹿馬鹿しさが、少なからずどっかへ流れてくれているような気がした。
生きたいなら何が何でも。
早々くたばるぐらいなら、甘えてでも。
前に、進まなきゃ。
約束、したんだから、、、。
---
side 鷹樹 蓮(たかぎ れん) 現在地 6F
さっきからずっと、頭が痛い。
人混みの薄い空気、慣れない環境、さっきから鼻をついている赤い匂い。それに不似合いな、雲一つない青空。
色々ありすぎて気持ち悪い。胃もたれまでしてきそうだ。朝ご飯、食べてないのになぁ。
ただこの階に下ってから、ちょっとだけ頭痛がましになっている気がする。前のフロアが狭苦しかったからか、ここはやけに開放的だ。窓も枠を挟んではいるものの、壁一面に天井からカーペットまでつま先をそろえるように並んでいる。
その向こうに広がる、雲一つない青々とした空。何故か気味悪くすら感じるのは、頭痛のせいだろうか。
、、、いや、こんな暢気にしている場合じゃない。時間は刻一刻と過ぎる。人混みの真ん中にいて進めも下がれもしないから、どうにか、どうにかして前に進んでもらわないと。
「ねーねー、おにーちゃん、ねーねー。」
いつの間にか隣には小さな小さな少女が居て、自分のズボンの裾は彼女に引っ張られていた。声を掛けられているのだろうか、、、? いや、そもそも怖い。滅茶苦茶怖い!
「ひぇ、、、!! あ、どうもスミマセン。」
反射的に体が彼女を引き離し、そのまま滑稽な姿勢で、前にいる人に思いっきりぶつかってしまった。
「ねね、おにーちゃん!」
彼女はさっきまで掴んでいた裾をまた持ち直そうと追いかけてくる。こちらもまた自動的に距離を取る。怖い。
この一連の流れ、磁石そっくりなんじゃ、、、
到底終わりそうにないので、何とか話を聞くことにした。早々に切り上げられる話だといいが。目線は合わせられそうにないので、とりあえずそれとなーく胴体を向ける。
「なんっ、なな、、、なんっでしょう?」
噛み噛みで、しかもどもりが酷い。相手だけでなく、自分にも参ってしまうくらいだ。
「あ、よかったぁ!ねーおにーちゃん、ニジカねー、お母さん、いなくなったの。探してたの。お母さん、どこー?」
「ひぇ、、?」
な、何を言っているんだろう、、、?
ええと、兎に角答えなきゃ。
「わ、ワタクシには、ちょっとあなたの、お、お母さまのコトは、分かっ、りません、、、」
彼女は澄み切った色の大きな目をさらに大きくする。どうか責めないでくれ。
「そっかぁ~、、、おにーちゃん、ありがと!!」
責められることはなく、彼女はさっきまで特大だった目を三日月のように変えて、花の咲くような雰囲気を残しどこかへと駆けていった。
綺麗な笑顔だ。
怖い。
体も口も、まだうまく動かせない。女性とはいえ、小さく純真な子供相手に何を固まってびくびくしているんだ、自分は。怖がられたら、変な人だと思われたらどうする? 嗚呼、動けよ。なんか言えよ。いったいこの38年間、自分は何をしてきた? 今まで必死に支障などない振りをしていたけれど、こんな場所じゃ隠せる筈もない。
得体の知れない何かへの恐怖が、もともとほんの少しだった女性への緊張にまとわりついて、皮を内側から剥いで着込んで、そのままぶくぶく、とんでもないスピードで膨らんでいる。変な色がついてゆく。
自分の中のものじゃないみたいだ。いや、自分の中の物じゃない。怖い。
気づけば。自分が動けなくなっているのは、人混みのせいでも、さっき駆けていった少女のせいでもなくなっていた。
--- 【生存人数 238/300人】 ---
--- 【現在時刻 10:55:32 タイムオーバーまであと 13:03:28】 ---
<自主企画にて参加いただいた初登場キャラ>
・颯星 虹翔(りゅうせい にじか) 猫宮めめ様
ありがとうございます!!これからも活躍しますので、読んでいただけると嬉しいです。
他のキャラクターも順次登場予定です、お楽しみに。
<お知らせとお詫び>
現在、自主企画に参加してくださったざらざら様の「花咲 未来」、海音様の「桜木 優斗」のページが閲覧できなくなっており、かつざらざら様、海音様と連絡が取れない状態となっております。こちら側としては応募内容のコピーが取れておらず、メインキャラクターとして必要な情報が著しく欠けている状態です。この状況を踏まえまして、大変申し訳ないのですが「花咲 未来」さん、「桜木 優斗」さんのメインキャラクターとしての参加を取り消させていただき、今後はメインキャラクター外での登場(キャラクターリストに詳細が掲載されません)とさせていただきます。こちら側の大きな不備によりこのような事態を招いてしまい、本当に申し訳ございません。
最大限の対処をして参ります。
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