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目次
第1話:私の彼は若頭(高校生)
「ヒッ……! ご、ごめんなさいッ!」
県立高校の廊下に、情けない悲鳴が響き渡った。
原因は、窓際に立つ一人の男。大塚大雅(17)。
173cmのガタイの良い体躯に、シワ一つない制服。そして、室内だというのに深くかけたサングラス。黙って立っているだけで、そこは放課後の教室ではなく「どこかの組の事務所」のような重苦しい空気に変わる。
大雅はただ、そこに立っていただけだった。しかし、うっかり肩が当たってしまった他クラスの男子生徒は、魂が抜けたような顔で後ずさっている。
「……おい」
大雅が低く、地響きのような声を出した。
(あ、今の「おい」は『大丈夫か?』って意味なんだけどな……)
本人の心中は、実はいたって穏やかだ。いや、むしろ困惑している。だが、生まれつきの強面と、父親譲りの「威圧オーラ」がそれを許さない。
「待たせた、大雅くん!」
その凍り付いた空気を切り裂いたのは、太陽のような明るい声だった。
小走りでやってきたのは、大雅の彼女、大島琥珀。155cmの小さな体が、大雅の大きな影にすっぽりと収まる。
「……琥珀か」
「うん! ノート提出してたら遅くなっちゃった。……って、あれ? またみんな怯えてる?」
琥珀は、ガタガタ震えている男子生徒と、無表情(サングラスで見えないが)で立ち尽くす彼氏を交互に見た。状況はすぐに理解できた。
「大雅くん、また怖い顔してたでしょ。睨んじゃダメだって言ったのに」
「……睨んでない。普通にしていただけだ」
「嘘だぁ。さっき、声が『地獄の底』から聞こえてきたよ?」
大雅はふいっと顔を背けた。実は、琥珀の可愛い制服姿を間近で見て、「照れ」を隠すために必死で表情を殺していただけなのだが、それが周囲には「獲物を定める殺し屋の目」に見えていたらしい。
大雅の独占欲が、ほんの少し顔を出す。
「……さっきの男、お前を見ていた」
「え? ああ、肩が当たっただけだよ」
「……気に入らん。俺以外の男が、お前に触れるのは……」
大雅がぐいっとサングラスの縁を下げ、鋭い眼光を周囲に飛ばし始める。廊下の温度がさらに2度下がった、その時。
「たぁ〜い〜がぁ〜。」
琥珀が、まるでお気に入りのぬいぐるみを嗜めるような、おっとりした、けれど逃げ場のないトーンで呼びかけた。
「……ッ!」
大雅の肩がビクッと跳ねる。
これが大塚家の男を無力化する魔法の言葉、「鎮圧ボイス」である。
「めっ、だよ。すぐ威嚇するの、やめなさい」
「……すまん。……悪かった」
さっきまでの若頭の風格はどこへやら。173cmの巨漢が、琥珀の前でしゅんとして「正座」しそうなほど小さくなっている。その様子を、少し離れた場所から眺めていた親友の晴翔が、ニヤニヤしながら近づいてきた。
「よっ、若頭。今日も絶好調に彼女に転がされてるな」
「晴翔……。……余計なことを言うな」
「はいはい。琥珀ちゃん、今日も大雅の猛獣使い(鎮圧)お疲れ様。こいつ、琥珀ちゃんが来るまで『今日のリップの色、いつもより赤いな……可愛いな……どうしよう、直視できない……』って小声で呟きながら壁睨んでたんだぜ?」
「は、晴翔ッ!! 貴様ッ!」
大雅の顔が、一瞬にして耳まで真っ赤に染まった。
サングラスで隠れてはいるが、その内側では純情な17歳の男子高校生が、羞恥心で爆発寸前になっている。
「えへへ、そうなの? 大雅くん、私のこと見ててくれたんだ」
「……っ。……うるさい。果物、食べに行くぞ。……行くんだよ」
照れ隠しに琥珀の手を(折れそうなものを扱うように、そっと)握り、足早に歩き出す大雅。その後ろ姿はやっぱり本職の人にしか見えないけれど、繋いだ手からは、彼の不器用な優しさが伝わっていた。
「……キスのコツ、家で練習してきたのに……」
「え? 何か言った? 大雅くん」
「……なんでもない! 行くぞ!」
今日も二人の周囲だけは、物騒で、そして最高に甘酸っぱい。
🔚
第2話:伝説の黒スーツ職質事件
大塚家のリビングには、異様な緊張感が漂っていた。
ソファに並んで座る二人の男。大雅と、その父・和正。
二人は今、黒い高級スーツに身を包み、漆黒のサングラスを装着している。和正が太い腕を組んで黙り込むと、そこは家庭のリビングではなく「広域指定暴力団の幹部会議」にしか見えない。
「……親父。これ、本当にやるのか」
「大雅、男には引けぬ時がある。……母さんと琥珀ちゃんが、あんなに楽しそうに選んでくれたんだ。着ないわけにはいかんだろう」
事の始まりは一時間前。
遊びに来ていた琥珀と大雅の母が、テレビの極道映画を見て盛り上がり、「二人ともガタイが良いから似合うはず!」とノリノリでスーツを買いに行かされたのだ。
「お待たせー! 二人とも、バッチリ決まってるじゃない!」
キッチンから現れた琥珀が、パチパチと手を叩く。その横では母が「あらあら、本物みたいねぇ」と、恐ろしいことを笑顔で言っている。
「大雅くん、すっごくかっこいい! ちょっと怖いけど……守られてる感じがする!」
「……そうか。琥珀が言うなら、悪くない」
琥珀に褒められた瞬間、大雅の口角がわずかに緩む。サングラスの奥では「琥珀に『かっこいい』って言われた……明日命日か?」と、純情な思考が駆け巡っていた。
「よし、じゃあこのままみんなで夕飯の買い出しに行きましょう!」
母の鶴の一言で、この「あまりにも仕上がりすぎた一行」は街へと繰り出すことになった。
日曜日の昼下がりのスーパー。
大雅と父・和正が並んで歩くと、まるでモーゼの十戒のように人の波が左右に割れる。
「(おい、見ろよあの二人……本物だろ……)」
「(警察呼んだほうがいいんじゃないか……?)」
周囲の囁き声も、大雅の耳には「琥珀とデート(買い出し)だ、何をカゴに入れれば喜ぶかな」という思考で遮断されていた。
「大雅、あそこのリンゴ、美味そうだぞ」
和正がドスの利いた声で指さす。店員が「ヒッ!」と声を上げ、差し出したカゴを落としそうになる。
「ああ。琥珀、果物が好きだからな。……全部買い占めるか?」
「大雅くん、一袋でいいよ! 買い占めなくていいから!」
そんな平和(?)なやり取りをしていた、その時だった。
「……前の二人組、ちょっと止まってくれるかな」
スーパーの入り口で、四人の警察官が壁を作るように立っていた。
その顔は真剣そのもの。一人はすでに無線に手をかけている。
「えー、こちら中央署。不審な二人組を発見。応援を要請する。繰り返す、応援を要請――」
「「…………っ。」」
大雅と和正が凍り付く。
一方で、状況を把握した琥珀と母は、背後で「くすくす」と笑いを堪えていた。
「君たち、悪いけど署までご同行願えるかな? 鞄の中身も見せてもらいたい」
「あ……いや、これは、その……」
和正が弁解しようと、愛想笑いを浮かべてサングラスを外した。
しかし、その「和正なりの笑顔」は、警察官の目には「不敵な笑みを浮かべ、正体を隠そうとする老練な幹部」にしか映らなかった。
「笑って誤魔化さない! 手を上げなさい!」
「お、落ち着いてください! この人たち、ただのコスプレ……じゃなくて、着せられてるだけなんです!」
琥珀が慌てて割って入る。
結局、警察官に囲まれたまま、大雅たちはスーパーの裏口で一時間近く身分証の確認と職務質問を受ける羽目になった。
---
一時間後。
ようやく解放された一行は、家路についていた。
大雅と父は、道端で肩を落として歩いている。
「……散々だったな、大雅」
「ああ。……警察官の人、最後の方は俺の生徒手帳見て『えっ、17歳!?』って三回聞き直してたしな」
トボトボと歩く二人の後ろで、琥珀が明るく声をかける。
「ごめんね大雅くん! でも、本当に似合ってたよ? 用心棒みたいで頼もしかった!」
「……用心棒、か」
大雅はふいっと前を向き、サングラスをかけ直した。
(琥珀の用心棒……。悪くない響きだ。次は職質されないように、もっと『善良な市民』のオーラを練習しないと……)
その横で、和正も「俺は次はトトロのTシャツを着て歩こうかな」と呟いている。
大塚家の男たちは、愛する女性たちの笑顔のために、今日もその「強面」と戦い続けるのであった
🔚
第3話:嫉妬のオーラは核兵器級
翌朝、学校の廊下は異様な熱気に包まれていた。
「聞いたか? 大塚のやつ、週末にガチの警察官に囲まれたらしいぜ……」
「やっぱりあいつ、本職のスカウト受けてるんじゃねーの?」
尾ひれが十枚くらいついた噂が飛び交う中、当の大雅は、地獄の番人のような顔で窓の外を睨んでいた。
(……職質された時の俺、情けなかったな。琥珀の前で警察に怯えるなんて……)
本人は反省会をしているだけなのだが、その深く沈んだオーラが、クラスメイトたちを震え上がらせていた。
「おい、大雅」
親友の晴翔が、いつもの調子で肩を叩く。
「お前の『職質デビュー』、もう全校生徒が知ってるぞ。おかげで廊下の渋滞が解消されて助かるわ」
「……黙れ、晴翔。俺はただ、市民の義務を果たしただけだ」
そこへ、少し困ったような顔で琥珀がやってきた。
「大雅くん、おはよ……うわ、今日一段とオーラが黒いよ?」
「琥珀……」
大雅の目が一瞬で潤む(サングラスで見えないが)。「ごめんな、昨日あんな目に遭わせて」と言いたいのだが、口から出たのは別の言葉だった。
「……さっき、あっちの廊下で他クラスの奴とお喋りしていただろ」
「えっ? ああ、隣のクラスの田中くんに、昨日の職質の真相を聞かれちゃって」
その瞬間、教室の空気がパキィィィィンと凍りついた。
大雅の背後から、黒い炎のような嫉妬心が立ち上る。
「……田中。……田中だと? どこのどいつだ、そいつは」
「えっ、大雅くん? 顔が、顔が怖いよ!」
「琥珀。……俺以外の男と、何秒話した。……なぜ笑った。……そいつ、そんなに面白いのか。……俺より、そいつの方がいいのか……っ!」
大雅の脳内では、すでに「田中」という見知らぬ男子が琥珀にプロポーズしている映像まで妄想が飛躍していた。
彼は嫉妬すると、無意識に殺気を放ちながらジリジリと距離を詰めるという、最高にタチの悪い癖がある。
「ヒィィッ! 大塚がキレたぞ! 誰か警察呼んで――あ、警察呼んだらまた職質になっちゃう!」
逃げ惑うクラスメイトたち。大雅は完全に「若頭モード」に入り、琥珀を壁際に追い詰めようとする。
「俺だけを……。俺だけを見ていればいいんだ、琥珀……」
低い、地の底を這うような独占欲の塊。
「…………。」
琥珀は一つ、大きくため息をついた。
そして、騒がしい教室の中で、凛とした、けれどどこか温かい声を響かせる。
「たぁ〜い〜がぁ〜。」
ドォォォォォン。
大雅の脳内に、衝撃が走る。
「……ッ!」
一瞬で殺気が消えた。大雅はまるで電池が切れたロボットのように動きを止め、その場に棒立ちになる。
「また嫉妬して暴走してる。田中くんはただのクラス委員だし、私は大雅くんが一番かっこいいって言ったでしょ?」
「……っ。……は、言った。……確かに、昨日言われた」
「じゃあ、嫉妬禁止。わかった?」
「……はい」
173cmの「若頭」が、155cmの彼女の前で借りてきた猫のように大人しくなる。
その光景を見ていた晴翔が、お腹を抱えて笑い出した。
「ハハハ! 記録更新だな! 今日は3秒で鎮圧かよ。お前、マジで琥珀ちゃんがいなかったら今頃独房だぞ」
「うるさい、晴翔! ……琥珀、さっきの『一番かっこいい』、もう一回言ってくれ」
「えっ、今!? 恥ずかしいよ……」
真っ赤になって照れる琥珀と、それをサングラス越しに必死で凝視する大雅。
恐怖の噂が広まる一方で、二人の世界だけは相変わらず平和で、どこまでも初々しい甘さに満ちていた。
🔚
第4話:大塚家へようこそ!
大雅の家の前で、琥珀はゴクリと唾を飲み込んだ。
目の前には、コンクリート打ちっぱなしの、どこか「要塞」を思わせる立派な一軒家。門には達筆すぎる字で『大塚』と書かれた表札。
「……琥珀。無理に入ることはないぞ。……怖ければ、今すぐ引き返しても……」
大雅がサングラスの奥で、不安そうに琥珀を気遣う。
(親父が変なことを言わないか……お袋が琥珀をいびらないか……俺の部屋の『キスのコツ・メモ』を見られたらどうしよう……)
彼の脳内は、国家機密を扱うスパイ並みの緊張感でパンク寸前だった。
「大丈夫だよ、大雅くん! お父さんもお母さんも、あんなに優しかったじゃない」
琥珀が笑ってインターホンを押すと、地響きのような足音が近づいてきた。
「おおお! よく来たな、琥珀ちゃん!!」
ガラッと扉が開いた瞬間、そこに立っていたのは「山から下りてきた熊」、あるいは「引退した伝説の組長」のような風格を持つ、父だった。
180cmを超える巨躯、浮き出た血管。黙っていれば誰もが道を譲るその顔面。
「ヒッ……!」
一瞬、琥珀の体が強張る。しかし。
「さあさあ、上がりなさい! 琥珀ちゃんの好きなメロンを買っておいたぞ! ほら、大雅! ぼーっとするな、エスコートだ!」
父がニカッと笑った瞬間、目尻が極端に下がり、凶悪な人相はどこへやら。そこには近所の子供に「トトロ!」と指をさされる、究極の癒やし系スマイルが降臨していた。
「……親父、近すぎる。……琥珀が困っているだろ」
大雅がムスッとして琥珀を背後に隠すが、和正はお構いなしだ。
「何を言うか! 息子が連れてきた天使だぞ! よし、まずは俺直伝の『紅茶の淹れ方(作法重視)』を――」
「あなた。……うるさいわよ。」
リビングの奥から、鈴の音を転がしたような、けれど絶対零度の声が響いた。
大雅と和正の肩が、同時に「ビクッ!」と跳ねる。
エプロン姿で現れたのは、大雅の母。おっとりとした美人だが、その瞳にはすべてを見透かすような鋭さがある。
「琥珀ちゃん、いらっしゃい。このむさ苦しい親子がごめんなさいね。……あなた、大雅。そこに座りなさい。」
「「……はい。」」
170cm超えの巨漢二人が、一言も発さずにリビングの床に「正座」した。
琥珀はその光景に、思わず目を丸くする。
「あら、大雅くん。お父さんとお揃いで正座してる……」
「……これが、大塚家の序列だ、琥珀。……俺たちは、お袋には勝てない」
大雅が消え入りそうな声で呟く。
その後、父がお手製のケーキ(見た目は岩のようだが、味は繊細)を運び、和やかな茶会が始まった。
和正は隙あらば大雅に「いいか、女子というのはな、指先の動き一つで――」と独自の恋愛哲学を吹き込もうとするが、そのたびに母の「あなた、何言ってるの(にっこり)」という一言で沈黙させられる。
「ふふっ。大雅くんの家族、すっごく仲良しなんだね」
琥珀が楽しそうに笑うと、大雅は耳まで赤くして視線を逸らした。
「……まあ、うるさいだけだ。……だが、琥珀が笑ってくれるなら、悪くない」
帰りがけ、玄関で和正が大雅の肩を叩き、ボソッと耳打ちした。
「大雅。……別れ際の『角度』だ。……忘れるなよ」
「…………わかってる」
大雅は意を決して、琥珀の手を取った。
父の教え通り、斜め45度の角度。心臓がうるさすぎて、もはやサングラスが曇りそうだ。
「琥珀。……今日は、来てくれてありがとう。……その、また、来いよ」
「うん! またね、大雅くん!」
結局、キスの「キ」の字も出せないまま、琥珀を送り出した大雅。
それを見守っていた両親の影。
「あなた、今の見た? 大雅のあのアプローチ」
「ああ……。……まだまだ修行が足りんな。よし、今夜はまた特訓だ!」
大塚家の夜は、愛と強面と、少しの勘違いで更けていくのであった。
🔚