キミの名前を描きたい。
編集者:颯凪榎
キミの名前を描きたい。シリーズをよろしくお願いします!
登場人物
名前 性別 年齢
世良小羽玖(せらこはく) 女子 中1
雲切惺空 (くもきりせいら) 男子 中1
小鳥遊穂希(たかなしほまれ) 女子 中1
對馬一颯 (つしまいぶき) 男子 中1
海勢頭瞬月(うみせどしづき) 男子 中1
爽凪夏颯 (さなかはやて) 男子 中1
小雀奏翔 (こすずめかなと) 男子 中1
大まかなあらすじ
主人公、世良小羽玖(せらこはく)は恋をしたことがない平凡な女の子。そして小羽玖の親友である小鳥遊穂希(たかなしほまれ)はクラスメイトの對馬一颯(つしまいぶき)に恋をしている。ある日、小羽玖と穂希の前に手の不自由な男の子、雲切惺空(くもきりせいら)に遭遇し、小羽玖は―。
こんにちは!作者の颯凪榎です。この小説はあまり上出来ではないですが、ぜひ見てもらえると嬉しいです!キミの名前を描きたい。をどうぞこれからもよろしくお願いします!
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目次
キミの名前を描きたい。1
君は君のままが一番輝いているんだよ。
「おっはよー!」
朝から緊張感と静けさに包まれていた教室が穂稀の声でぱっと明るくなる。
「おはよ、穂稀。朝から元気だねぇー。」
私がちょっと穂稀をからかうように言うと、穂稀は顔をしかめた。
「えーなに、その言い方。あ、褒めてるつもりか、そっかそっか、どーもありがとうございますぅ~。」
「いや、そっちの言い方の方がヤバいし。」
「そーかなー」
そんな変な会話をしながら私、世良小羽玖の親友、小鳥遊穂稀は私の前の席にどすん、と座った。すると鞄をいじっていた穂稀が「あ」と声を上げた。
「小羽玖~!ヤバいんだけど!体育のレポート出来てないのだが。」
穂稀はいつもそうだ。要するに忘れ物をよくするということ。ちょうど、私もレポート提出しようと思ってたとこだったし見せてあげるか。
「はい、これ私のレポート。参考になるか分からないけどいい?」
「おぉーさすが小羽玖!私のレポート様苦手なんだよね。」
「なんなの、レポート様ってww」
私の返事を聞きながら穂稀は私のレポートと自分のレポートに目を交互に向けながらシャーペンを走らせていた。
ふいに、穂稀の口が緩んでぽんと言葉が出た。
「小羽玖って好きな人とかいる?」
穂稀はこの質問をよく私にしてくる。男子のことを一回も好きになったことがない私には好きな人とかいないって毎回言ってるのになんでこんなに聞いてくるのだろう。 「だから、いないって毎回言ってるじゃん。」
「そっか、ちょっと相談してもいい?」
わざわざ聞かなくていいよって言おうとしたけどなかなか口からその言葉が出なかった。
「うん」
シンプルな返事で返した。そう言うことしか出来なかった。穂稀の目がいつもより真剣だった。私とじゃれているときには絶対に見せないようなすごく真剣な目。
「あのね、」
穂稀が話し始める。
「私、對馬君が好きなんだ。小羽玖は對馬君のこと、どう思う?」
對馬君っていうのは私達のクラスメイトだ。
「別に特別かっこいいとは思わないけど性格はいい方だと思うけどな。」
私は對馬一颯と同小だ。
「でも、一颯はいいと思うよ。」
「そう?」
「うん。一颯は性格神ってるから。顔はわかんないけど。」
私が何気なくそう言うと穂稀はなぜか目を輝かせた。
「おー!ようやく小羽玖にも男子の良さが分かってきたかー!よかったぁー。」
「え」
いや、良さが分かったとかそんなんじゃないんだけど。「ていうか、一颯のどこが良かったの?」
そうやって聞くと穂稀はちょっと頬を赤らめながら
「全部」
と言った。
なんか、恋ってえぐいな。
「あ、レポートさんきゅ。小羽玖マジ神。」「いや別にいいよ。一颯と頑張ってね。」
すると、穂稀はふふっと笑った。穂稀やっぱかわいいな、いけるよ一颯くらい、って言いたかったけどその言葉は口の中で止めておいた。
「小羽玖にも恋心が生まれるといいね。」
「はいはい、たぶん一生無理だけどね。」
私がテキトーに答えると「うわ」てちょっと引き気味にそういわれた。
「なんか悪いことでも?」
「いやいや、すみませんね、小羽玖さーん。」
なんか今日の穂稀テンションバグってるな。
「ま、いいけど。お互い頑張ろうね。」
そのお互いという言葉はぽん、と私の口から出ていた。 なんの意味も持たずに言ったつもりだった。はずなのに。「…」
「なに、なんか答え―」
え。なに、その顔。穂稀は少し強張った表情をしていた。私は小さい深呼吸をした。そして
「どうし―」
「ねぇ、」
私が言い終わらないうちに穂稀の口が動いていた。
何だろう、私の体内に恐怖からのざわめきがふつふつと湧き上がってくる。
「小羽玖は對馬君が好きなの?」
「へ」
何を、言っているのだろう。
「え、どういうこと、」
と私が驚いたように声をあげると穂稀は少し目を丸くした。
「いや、小羽玖がお互い頑張ろうって言ってたから、小羽玖も對馬君のことが好きなのかなぁーって」
「え、そんなことあるわけないじゃん!大体同小の人のこともう一回好きになるとか惚れるとかまずないから。大丈夫、私はずっと穂稀の恋を応援してるよ。」
「ホント?」
「うん」
私が力強くそう答えると穂稀の頬が少し緩んだ。
「よし、もうライバルはいなーい!神ー!」
穂稀が急に叫びだしたものだから思わず笑ってしまった。
「でも、クラスは4組まであるんだからさ、私が調べとくよ。一颯のことが好きな人と一颯自身が好きな人。穂稀の恋を応援できてるか私は全く分かんないけどそれでいい?」
「えー!そこまでしてくれんの。最高のキューピッドじゃん!さんきゅ」
「いやいや、それほどでも―」
穂稀は満面の笑みを浮かべていた。
「よろしくね、キューピッド小羽玖」
なんだ、そのあだ名は。
「どーぞよろしくお願いしますーww」
「ww」
私と穂稀は爆笑していた。
その時、教室のドアがガラッと開き、ドアの向こうに穂稀の大好きな人が立っていた。
「あ」
思わず声が出た。穂稀も無言になっている。そしてヤバいヤバいと言わんばかりに前髪を慌ててセットしている。「教室なんか静か、」
そうぶつぶつ言いながらその人、對馬一颯は穂稀の斜め前の席に座った。
私は穂稀にそっと耳打ちする。
「大丈夫?冷静にね。きっと行けるから。一回話しかけてみたら?私もずっとそばにいるから。」
私がそんな提案をすると穂稀が驚いたように声を上げた。「え、む、無理だよ、そんなの。」
「大丈夫、あいつはこっちからグイグイ行かないと駄目な奴だからさ。」
「うー、」
穂稀は悩むようなはずかしいような声を出しながら少しの間考えて
「小羽玖がいるから、頑張る」
と言ってくれた。
「おけ、チャンスを見計らっていくんだよ。」
そして一颯の様子をチラチラ見ながら私たちはいつものように話した。
ふいに、一颯が席を立った。こちらに向かってくる。
―まさか、こっちに来るつもり…。
穂稀も気づいているのか、息が荒かった。一颯に背を向けている穂稀と穂稀の方に体を向けている私では、私の方が一颯と先に目が合うはずだ。なんか、気まずい。私は穂希のキューピッドっぽく、
「穂稀、後ろを見て。」
と、穂希にそっと耳打ちをした。
穂稀は私に言われた通りに後ろを振り返る。一颯と穂稀の目が合った。
穂稀はフリーズしたままだ。一颯の口が動く。
「あ、小鳥遊さん、おはよ。小羽玖も。」
「あ、あの、お、おはよう。」
穂稀はそう答えた。
ちょっとぎこちなかったけどナイス!
「うん、おはよ。」
私はテキトーに答えておいた。よし、穂稀ガンバ!
「小鳥遊さん体育のレポート終わった?ていうか、提出って今日だっけ?」
あれ?
なんか、いつもの一颯と違うような…。
私の目には一颯と穂希が前から親友だったみたいに見えた。
でも、そんな違和感は穂希から漂ってくる緊張感にすぐに奪われてしまった。
一颯ってこんなにグイグイいく派だったっけ。チャンスだ、穂稀。
「へ、あ、終わったけどまだ提出してないよ。多分今日だと思う。」
ちょっと穂稀の言葉が自然になったのを見て頬が緩んだ。「ごめん、」
一颯が急に顔の前で手を合わせる。
「そのレポート見してくんないかな?いい?」
「え、あ、うん、もちろん。」
おぉ、そう来るか。
穂稀はちょっと慌て気味にファイルの中にあるしわ一つないきれいなレポートを一颯に差し出した。
「ありがと。俺プリントこんなに綺麗に保管したことないんだけど。」
そう言いながら一颯はにこやかに穂稀からのレポートを受け取った。その時、穂稀も笑っていた。いい感じ。
「でも、私馬鹿だから参考になるか分かんないよ?大丈夫?」
「いや、俺にレポートを見せてくれるだけで十分素敵な人間だと思うよ。」
へ、一颯なんか変わったな。絶対穂稀ヤバいじゃん。
「そうかな、でも、ありがと。」
って意外と普通だった。すご。
「小鳥遊さん、今日初めて話したけど、これからもよろしくね。」
「うん、こちらこそ。對馬君よろしく。」
穂稀はそういった。普通に。恋ってこんなに軽いものなのかな。
私が穂稀のキューピッドやらなくても行けるのでは?
「あ、一颯でいいよ。俺は小鳥遊さんのことなんて呼んだらいい?」
穂稀の顔がぶおっと赤くなるのが分かった。
「えー、普通に穂稀とか…。」
言ったー!すご。
「おっけ。穂稀よろしく。いい名前だね。」
一颯も攻めすぎ。
さて、私は二人の会話をずっと聞き耳立てながら聞くのもおかしいし、トイレにでも行くかー。あと、レポートもついでに提出してこよ。
ちょっと端が折れてるレポートを持って、私が席を立った時、「あ、あれ、小羽玖どこいくの?」穂稀に声をかけられた。
二人は話してていいよ、って言いたいけど二人という単語を使ってしまうのはどうなのか恋をしたことがない私には全く分かんないし、普通に
「ちょっとレポート提出すんのと、トイレ行ってくる。」と言っておいた。それを聞いて穂稀は少し心配そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。私は頑張れ、という気持ちを込めて笑った。
穂稀と一颯の恋が実りますように、心の中でそう願い続けた。
これからも続きます!次は穂希視点!
キミの名前を描きたい。2
君のこと
―「俺は小鳥遊さんのことなんて呼んだらいい?」
心臓の鼓動がはっきりと耳に伝わる。
對馬君いや、そういえば一颯君って呼んでって言われたか。
私、小鳥遊穂稀は大好きな人と絶賛おしゃべり中だ。こんなに話せると思ってなかったのに、親友の小羽玖が私のためにいろいろしてくれて一颯君と話せている。
小羽玖ってすごい。
小羽玖は一颯君と同小なんだって。といっても、小羽玖には恋心がないからあんまり私の気持ちを分かってくれないんだよね。
男子を一度も好きになったことがないなんて、私には想像できない。私には好きな人がいない時間が一瞬もないから。ぱっと見てすぐにその人を好きになっちゃう人だから、3股とか普通にしてたかな。
でも、今は私の前にいる對馬一颯君のことが大好きだ。
待って、なんかさっき問いかけてたよね私に。そうだ、名前のことだ。
やっぱりここは呼び捨てがいいな、なんて。
「えー、普通に穂稀とか…。」
究極にはずかった。
でも、小羽玖情報ではグイグイいかないと駄目なタイプらしい。らしいんだけど、一颯君も結構グイグイ派だからどうすればいいか分かんない。制服のスカートをぎゅっと手で握りしめている。
引かれて…ないかな?
「おっけ」
上の方から一颯君の声が聞こえた。ハッと顔をあげる。一颯君はニコニコしながら
「穂稀よろしく。いい名前だね。」
って。いい名前だねって、一颯君が。あぁ、ヤバいんだけど、いちいち発する言葉がかっこよすぎるのやめてくれませんか!
一颯君と見つめ合ってるとその顔がよりかっこよく見えてすぐに目をそらしてしまう。
―ガタッ。後ろから、椅子が床を引きずる音がした。
え、小羽玖?
小羽玖無しは無理だって。二人きりはちょっと気まずいかもだから。
「あ、あれ、小羽玖どこいくの?」
慌てて私がそういうと、
「ちょっとレポート提出すんのと、トイレ行ってくる。」
小羽玖と目が合う。
小羽玖のその目が私に頑張れ、と言っているように見えたから私も頑張るよ、という気持ちを込めて笑った。
そしたら、小羽玖も笑ってくれた。
さて、頑張るか!
一颯君ともっと仲良くなれるように。
気がつけば小羽玖は教室から出て行っていた。
教室には私と一颯君、それから陰キャの人が2人くらいいる。陰キャの人たちに聞かれてもあんまり広められないから大丈夫だよね。
「あのさ、」
一颯君は教室の啓示を眺めていた。
私がそうつぶやくと一颯君がこっちに目を向けた。
「小羽玖と同小なんだよね?」
「うん」
すぐに答えてくれた。やっぱり優しすぎ。
「あの」
「ねぇ」
話すタイミングが重なる。
「あ、ごめん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
聞きたいこと?なんだろう好きな食べ物とかそういう系?
「うん、なに?」
一颯君の顔から笑みが少し消えた気がした。
もっと大げさに言うと一颯君は少し緊張しているようにも見えた。
一颯君が息を吸う音が聞こえた。そして、私をまっすぐ見つめながら
「あのさ、」
と口を開いた。心臓の鼓動が早くなる。
え、なに。何を聞こうとしてるの?
「今日の放課後」
ほ、放課後?
「空いてる?」
「へ⁉」
私の口からぽろっと零れ落ちたその言葉は自分の声か分からないくらい変な声をしていた。
放課後空いてるって聞いてくるのは彼氏とかでしょ普通。
「あ、その」
思いもよらなかった質問にうまく返答ができない。
「あ、ごめんね、急にこんなこと聞いちゃって」
「あ、別に大丈夫…。」
大丈夫なんだけどどうしてそんなことを聞いてくるのかが不明でなんて答えたらいいのかよくわからない。
私が何も言えずにうずうずしていると
「いや、君と話してるのが楽しいから、放課後一緒に遊べないかな、なんて…。」
え⁉なにそれ、どゆこと⁉
「あ、あの」
「ごめん、急だったから全然断っても」
「断るわけないよ!あ、今日の放課後空いてるよ」
一颯君が私に気を使う必要はないし、断ったら私的に人間失格だからつい大きな声で断るわけない、って言っちゃった…。
「あ、そうなんだ、じゃ、あそぼ」
一颯君が口にしたあそぼという単語がやけに子供っぽく聞こえて可愛いな、って思ってしまった。
「じゃ、どこ行く?」
「え、ほかの子も一緒じゃないの?」
一颯君がいきなり私に今日どこ行くかの話を始めたから、4人くらいで行くのかな、と勝手に思っていた私にとってそれは思いもよらなことだった。
「え、2人で行くんじゃないの?」
え、今何て言った?2人だったらデートみたいじゃん。ていうか、デートじゃん。え、デート⁉
「え、いや、ちょ、無理だよ!」
頭の中にデートという単語が出てきたとたん私は叫んでいた。一颯君は目を丸くしていた。
「ダメ?」
もう、なんでそんな子供っぽく接してくるの?可愛すぎて死ぬからやめてほしいんですけど。
「あ、別に」
「よかった」
一颯君はにかっと笑った。可愛い。結局そのあとは2人で話し合い、最近オープンしたお店と図書館に行くことになった。
あー、楽しみだな、一颯君との初デート的なやつ。
「服はどうする?」
女の子の重要ポイント、服装について聞いた。
そういえば、一颯君の私服姿見てみたいかも。なんて。
「うーん、制服でもいいけど私服にしよっか」
「え、あ、うん」
一颯君の口から自然に放たれた私服という言葉が聞きなれなくて、なんだか特別な感じがした。
「穂稀の私服姿楽しみだな」
ふっと一颯君の口からそんな言葉が漏れた。
なに、言ってるの?
それは、まるで彼氏が言う言葉みたいじゃんか。
何も言えない私と一颯君の目が合う。
なんだろう、なんかいつもの一颯君と違うな。
ふっと小さく笑って再び下を向いた一颯君が一瞬満面の笑みに見えたのは、気のせいだったのだろうか。
―バン!
教室のドアが勢い良く開く音がした。
私と一颯君は同時にドアの方を向いた。
一颯君が
「あ、やべ」
と呟く。
「おは!一颯!ってなんでお前小鳥遊といんの?」
げ、私の体の中の声も叫ぶ。
一颯君は私の方を向き口パクでごめん、と言った後、その人に向かって言った。
「別に、特に意味はなく」
「は?お前、小鳥遊に気でもあんのか?」
ちょ、余計なこと言わないでよ。
でも、一颯君は嫌な顔一つせずに
「ちょ、何言ってるか分かんないんだけど」
と。
私の中は安心している気持と、少し悲しい気持ちになっている自分がいた。
「はぁ?」
その人物、海勢頭瞬月《うみせどしづき》君はどこか納得しない様子で自分の席に荷物をドン、と置いた。
その音からして鞄はものすごく重いようだ。
私の鞄は全然重くなかったのに、なにが、入っているんだろう。
もしかして、と心の中で不安が芽生え始める。
―忘れ物、したかな。
「一颯はちゃんと持ってきたよな?」
海勢頭くんのその言葉はまるで今の私の不安に答えるようで、私は聞き耳を立てていた。
「なにを」
一颯君が普通に答える。なんだろう、今日の時間割が書いてあるホワイトボードを見る、1時間目から―。
「絵の具」
「あ」
私がそのものの正体に気づき思わず声を出したタイミングと、海勢頭君がそのものの名前について声を出したタイミングが同時だった。
海勢頭君がいやらしい顔をする。
「なに?小鳥遊忘れたの?お前なら忘れそうって期待してたんだけどマジで当たったw」
海勢頭君はこのクラスで唯一苦手な男子だ。
なんでそんな意地悪な言い方するの、そう口に出して暗い気持ちを吐き出したいけどその言葉はのどの辺りで止まった。ここで海勢頭君に反論してしまうと大変なことになる。余計にヤバいことになる。
叫びたい気持ちを必死に抑えながら
「忘れちゃった…あはは」
と簡単に流しておいた。
でも今日の美術の時間で絵の具を忘れたら先生に殺されちゃう…。
正直言ってヤバい。一颯君の目の前で説教されるなんて嫌だな。いっつも忘れ物して先生に怒られてる海勢頭君だって持ってきているのに私は忘れている。なぜだ。
「おっつw残念、小鳥遊」
ウザい、マジでムカつく。
そんなきつい言葉が、心の中で私の本音がポンポンとポップコーンのようにはじける。
でも、一颯君がいるからちゃんとしないと、嫌われないように。
「小鳥遊は終わったなw先生に説教されるwおもろすぎ!」
はぁ、もう嫌だ。なんでそんなこと言われなきゃいけないの?
ほんと海勢頭君って意味が分からない。自分だっていつも説教されてるじゃん。
「小鳥遊wマジでお疲れ様」
私が動けず立ちすくんでうつむいているとふいに、誰かが叫んだ。
「瞬月ふざけんなよ!」
その声を聞いて一颯君の声だと一瞬で分かった。そして海勢頭君を睨みつけた。
「だいたいさぁ、人を馬鹿にするのってサイテーだと思うんだよね、個人の意見だけど」
「は、一颯何言ってんの」
へ、何て言ったの?私を…守ってくれた?でも、そんなことあるわけないよね。
「だから、これ以上穂稀を傷つけんなって言ってんだよ」
「へっ」
すかさず私の口から声が漏れる。ちょ、一颯君何言ってるの。一颯の衝撃的な発言に対し、海勢頭君はにまっと笑った。
その笑顔がまるで悪魔のようで、私の体に鳥肌が立った。
「おい、一颯こいつに気でもあるわけ?」
「は、」
「ちょ」
海勢頭君の発言に一颯君と私は同時に声を上げる。一颯君も目を丸くしていた。
「ふふっ」
隣から笑い声が聞こえた。背筋がぞくっとする。
「なぁ、一颯」
なんか、嫌な予感がする。
「こいつと付き合うのやめた方がいいよ」
海勢頭君が目を細めながら一颯君に告げた。なに、言ってるの。頭の理解が追い付かない。
「こいつ、マジでヤバいから。ていうか、一颯センス悪くね?小鳥遊選ぶとかw」
目の前の世界がぐにゃりと歪んだ。
目の前が真っ暗になる。なんで海勢頭君がそんなこと言うの、私だってこれでも性格良くしてる方なのに。
あの事件のこともちゃんと反省してるはずなのに。
その後はみんなと上手くやってたつもりなんだけど。
やっぱりダメな人は一生変われないのかな、ずっとみんなから嫌われてこの先も生きていくのかな。
スカートをぎゅっと握りしめた手に涙がぼたぼたと落ちる。
「ちょ」
「なぁ、」
一颯君の言葉をさえぎって海勢頭君は悪魔のように笑いながら
「一颯知ってんの?小鳥遊って3股してたらしいよwマジ酷すぎるから」
え、なんでそれを海勢頭君が知っているわけ?小羽玖にしか、言ってないはずなのに。そのことは一颯君に知られたくなかった。
私の変な恋心のことなんて。私だけの恋の感じ方なんて、誰にも―分からないんだから。
「だからさぁ、早く別れた方が―」
バン!私の耳に大きな衝撃音が聞こえた。ハッとして顔を上げる。
そこには自分の机に拳を突き立てた一颯君の姿があった。
一颯君の体が縦に大きく上下している。
「おい、瞬月お前…最低だな」
低く、全員の体を突き刺すようなその声は一颯君からの声だと思わなかった。
教室の空気が張り詰める。
「は、何言って―」
「お前さぁ、ふざけんのも大概にしろよ」
一颯君…。
「はぁ⁉何お前、小鳥遊と付き合ってたりでもすんの?」
海勢頭君はいやらしい顔をしてそう言う。
私は動けなかった。一颯君は私のことなんて気にしなくていいのに。
「穂稀はさぁ」
そこまで言って一颯君は私の方をちらっと見た。
座っている私の目と正面に立っている一颯君の目が線で結ばる。
そして子供っぽくニコッと笑った。
「瞬月、穂稀は―」
一颯君が大きく息を吸うのが分かった。
その時なぜか私の耳に自分の心臓の大きな鼓動がはっきりと伝わった。
そして一颯君は少し頬を赤く染めながらゆっくりとこう告げた。
「穂稀は俺の彼女だから。」
これからも続きます!次は一颯視点!
キミの名前を描きたい。3
君にずっと伝え続けたい。
「小鳥遊って3股してたらしいよwマジ酷すぎるから」
そういう瞬月の声はやけにウザく聞こえた。俺―對馬一颯は心の底から瞬月にムカついていた。なんで穂希の個人情報言わないといけないんだよ。マジで酷すぎる。瞬月には穂希のこと関係ないだろ。「だからさぁ、早く別れたほうが―」
―ゴン。俺の手から鈍い衝撃音が鳴った。気が付けば俺は自分の机に拳を手の感覚がなくなるくらい全力で俺の怒りを机にぶつけていた。息が、荒くなる。苦しい。必死の思いで瞬月に告げた。
「おい、瞬月お前…」
俺はゆっくりと空気を吸い込む。
「最低だな」
自分でも出したことのなような低い声が出た。瞬月は俺の言葉に驚いたのか口をパクパクさせていた。。慌てて何か言おうとした時、瞬月から言葉が発せられる。
「は、何言って―」
「お前さぁ、」
俺の口から次々に言葉が出る。今まで瞬月にどれだけの人がどれだけ苦しめられたか、穂希がどんなに嫌な思いをしているかを伝えたくて。
ただ、昔のように、穂希を守りたくて。
「ふざけんのも大概にしろよ」
「はぁ⁉」
瞬月が何言ってるか意味が分かりませんっていう感じで上擦った声を上げた。確かに、瞬月にこんな事を言うのは初めてかもしれない。でも、いずれ絶対言わないといけないことになる。あの事件のことが頭によぎる。この先ずっと頭から離れないあの事件が。その過去を思い出すのが嫌で俺は、穂希を見た。穂希も目を丸くしていた。
「穂希はさぁ」
目が合う。あぁ、やっぱ可愛い。穂希に惚れたあの瞬間を今でも覚えている。俺は笑った。穂希に愛をこめて。今、この瞬間に穂希に思いを伝えたい、と思い瞬月に告げた。
「瞬月、穂希は―」
俺の頬が熱くなるのを感じる。大きく息を吸って俺はこう告げる。そしてその言葉は俺の口からするすると出て行った。
「穂希は俺の彼女だから。」
「はへっ⁉」
穂希は咄嗟に変な声を出す。ちょ、ヤバ可愛すぎ。―ずっと、こういう関係を作りたかった。俺の長すぎる片思いはもう終わってほしかった。終わりにしてほしかった。―あの事件の頃から、俺は穂希に猛烈に片思いをしていた。
「ちょ、っと…」
穂希は涙に洗わされた大きな瞳で俺のことを見ていた。
「大丈夫?」
俺は小声で穂希に聞く。うん、と頷いた穂希の顔が可愛すぎて愛おしさが胸元に突き上げてきた。「っていうことだから、これ以上穂希に嫌な思いさせないで、瞬月。」
「は、なにそれ、小鳥遊と一颯が付き合ってんのキモいんだけど」
「それは瞬月個人の意見だし、そういう暴言を吐くのは俺だけにしてくれるかな、じゃ、俺ら教室出るから」
瞬月にそれだけ伝えて俺は穂希の手を引いて教室から出て行く。穂希の手からぬくもりを感じて、もっと触れていたいと思った。それと同時に穂希の細い手が俺の心を痛めつける。―あの事件のことを穂希が覚えていなくてよかった。忘れていてくれて。でも俺のことを―。幸い、廊下に人影はなかった。俺らは4階の階段に二人並んで腰を下ろす。俺は一息吸ってから
「あ、穂希、さっきはついごめんね」
と言った。隣に座っている穂希の顔を見ると熱湯をかけられたみたいに赤くて、目には涙がにじんでいた。手で涙をぬぐっている穂希が可愛くて、大好きな君に触れたくて、俺は穂希の手を握る。穂希が勢いよくこっちを向いた。その顔が可愛くて、愛おしくて、ずっと見ていたい。まって、可愛すぎる死にそう。―瞬月に告げたあの言葉、ずっと、現実にしたかった。片思いを終わらせたかった。あの時からずっと君に思いを伝えたかった。
「―俺」
「あ、あの!」
言葉のタイミングがぶつかる。穂希が涙を流しながら何かを必死に伝えようとしている。穂希の涙に濡れている顔はまるで天使のようだった。
「うん、なに穂希?」
穂希の大きな瞳が俺を捉えた。
「その、さっきは、あ、ありがとう」
「うん、全然大丈夫。それより穂希は大丈夫なの?」
俺は穂希が心配だった。どんな時もずっとそばにいた俺だからわかる。―なのに。
「うん」
穂希は小さく頷いた。
「そっか」
「海勢頭君はああいう子だもんね」
と、小さく笑いながらつぶやいている穂希が可愛すぎた。
読んでくれてありがとうございます!続きも書いていきます!この先、一颯と穂希は付き合うことになるのでしょうか⁉
キミの名前を描きたい。4
昔の―ように。
―「っへ⁉」
俺の体に誰かのぬくもりが触れていた。俺は気付かないうちに穂希を抱きしめていた。二人の身体の間には、空気の分子すら入れたくない気持ちで俺は穂希を強く抱きしめた。俺はの気持ちを穂希に受け取ってほしい。君を守りたい。君が―大好きだから。
―「ちょ、っと、いぶ…きくん」
俺の胸のあたりから彼女の苦しそうな声が聞こえ、俺はとっさに穂希の体から距離を置く。ちょ、待ってこの後どうしたらいいんだ⁉そ、そうだ、勝手に抱きしめたこと、謝らないと。
「あ、ご、ごめん。」
その声はぎこちなくて、正直言うととてもダサかった。恥ずかしすぎて穂希の顔を見ることができない。
「…」
それからずっと気まずい雰囲気の中、しばらくしても穂希の声が聞こえなくて俺はゆっくり顔を上げた。すると穂希は―。
「え」
俺の口からぽろっと言葉が出る。―穂希は心の染み入るような優しい笑顔で俺のことを見ていた。
「あ…」
いつまで経っても穂希は口元に笑みを刻んでいた。その顔は吸い込まれてしまうほど可愛かった。―そして、聞いていると思わず笑みが浮ぶほどかわいらしい声で俺の名前を呼んだのだ。
「一颯君。」
その声は小鳥のさえずりみたいに聞こえた。俺はそんな穂希に瞬き一つせずに、見惚れていた。あぁ、なんて穂希は可愛いのだろう。―あの頃の記憶が穂希の心の中にあったらいいのにな。
「私もね」
穂希は頬の辺りを紅潮させながら何かをゆっくりと告げようとする。穂希の手がぎゅっと握られた。
「え」
俺の体に再び誰かのぬくもりが伝わる。
「私も」
俺の顔の横で穂希の声が聞こえた。おそらく、今の状況を把握するのに5秒くらいはかかっただろう。俺は今―穂希に抱きしめられている。俺は耳まで熱湯をかけられたみたいに顔が熱くなった。でも穂希の体が震えていて俺もすかさず穂希の背中に手を回す。
「俺も」
穂希の言葉に重ねるように言葉を発する。
「一颯君が」
「穂希が」
お互いの名前を呼び合う。穂希…。いい、名前だな。彼女が俺を抱きしめる力がグン、と強くなる。
「私は…」
その今にも消えてしまいそうな声が微かに震えていた。あぁ、やっぱり君を守りたい。そばにいたい。俺は穂希の頭を優しくなでた。穂希の肩がビクッと上がる。穂希は俺から少しだけ離れ俺を―見た。至近距離で目が合って俺は穂希の可愛さに耐えきれず俺は少し目をそらした。
「あのね、」
穂希がゆっくりと告げる。俺ももう一度穂希を見た。長く黒いまつげが上下に動き、穂希の目が俺の心の的の中心を射抜いた。
その途端、俺の目に何かの細工がかかったように、俺の目には穂希しか見えなくなった。俺を見つめている綺麗で美しい目、天使のような微笑み。あぁ、なんて素敵な世界に俺は生まれてきたんだろう。宇宙で一番かわいい天使がいるようなこの世界に。そして、その天使に触れられる距離に俺がいること。これが、これこそが、キセキというやつだ。でも、一つだけ。足りないことが―ある。
「ねぇ、」
穂希が口を開き、鈴のなるような声で俺に語りかける。そして、頬をバラ色に染めながら俺の待ち望んでいた言葉を口にした。
「私は一颯君が、好き、だよ。」
俺の体の頭から足のつま先まで一気に熱が広がった。そしてもう一度優しく穂希を抱きしめる。―9年間、ずっと君に片思いしていた。ずっと、好きだった。君の―が欠けていて、君が俺を覚えていなかったのは正直言って辛かった、苦しかった。でも、俺は君を守り続けるよ。―昔の、ように。―深呼吸をしてから大好きな君にこう告げた。
「うん俺も。世界一好きだよ、君のこと。」
これからも続きます!次は瞬月視点!
キミの名前を描きたい。5
俺の知らない誰かさん。みんなの知らない瞬月さん。
「はぁ、うっざ」
「そういうのやめなさい。」
ちっ、黙れよ。
俺、海勢頭瞬月は俺の母親に激怒していた。
まったくどいつもこいつも。なんで俺に絡んでくんだよ。
俺のことは関係ないだろ。親に―なんか。
「瞬月、お弁当置いとくから」
「はいはい。」
俺はそう言ってテキトーに流す。
これって反抗期だよな、絶対。
「行ってきまーす」
ちょー小声でそう言いドアを勢い良く開け、急いで家の敷地から出た。
―この家にはあまりいたくないから。
家の前の道路に出て家の方を向く。
―あぁ、ほら、やっぱり。
これは、俺が小学生のころからずっと思っていたこと。
「なんで…」
ぼそっと言葉が零れ落ちる。
「なんで、でかいの」
毎朝、家を出るときに思う。
どうして、俺の家だけ特別に大きいのか。
別に普通はそこまで気にすることじゃない。
―なのに。
こんなに気になるのはきっと。
そこまで考えて頭を働かせるのをやめた。
これ以上想像を膨らますときっと、しんどくなる。
重い足を引きずりながら教室へと向かった。
学校ではお坊ちゃま風を演じないといけないんだっけ。
いつか母親にそう言われた記憶がある。
教室のドアに手をかける。でも、なかなか開くことができなかった。
―そのドアが黄ばんでいて所々錆びているところがあったから。
俺の家だったらこんなの、すぐに直すのにな。
はぁ、とため息をついて思いドアを開け始める。
ここからは嫌でも嬉しくてもどうしても、あのキャラを演じなくてはならない。
本当の俺ではない誰かさんの殻を被らないといけない。
そっか、最初はドアを勢い良く開けて存在感を出さないといけないって言われたな。
―バン!ドアの衝撃音が耳に聞こえる。
はぁ、何やってんだろ、俺。
教室の人全員がこっちを向いて、やべ、とか、あ、とかつぶやいている。俺がこんなキャラじゃなかったらみんなともっと仲良くなれた。はずなのに。
「おは!一颯!ってなんでお前小鳥遊といんの?」
真っ先に目に飛び込んできたのは一颯と話している小鳥遊の笑顔だった。
まだ途中ですが読んでいただけると嬉しいです!
キミの名前を描きたい。6
ありのままの俺
は、なんで一颯が小鳥遊と。
なんか今日は―運悪いな。
一颯は俺の親友(?)で、いつもは一人でいるのに今日はなぜか、小鳥遊といる。
意味が、分からない。
一颯は小鳥遊に何かをこそっと伝えてから俺の方を向いた。俺に向けられる鋭い視線が毎日、俺の心をぶすぶすとつらぬいていく。
そしてその度になんでこの世界で生きているんだろう、と思う。
死にたいと思う。
どうしてありのままの自分で生活してはいけないのか、それが俺の生まれた時からの疑問だった。だけど、そんな質問は親に出来なくて。
ずっと、苦しかった。今も、きっとこれからも。ずっと俺は周りの人たちに―本当の俺を知ってもらえないんだな。
「別に、特に意味はなく」
一颯が簡単にそう答えたものだから俺は少しだけ驚いた。
じゃあ、なんで小鳥遊といるんだよ。なんで、そんなにしれっと答えれんだよ。
人の、―気持ちも分かってないくせに。なんで。
次から次にわいてくる疑問に腹が立って俺は一颯をからかうように
「は?お前、小鳥遊に気でもあんのか?」
と言った。
でも、今、俺が発言した言葉が現実でないことを願う。
だって、小鳥遊を一番に思ってるのは―俺だから。
でも、こんな性格じゃ、きっと無理だ。クラスの問題児、いや、学年で一番の問題児と言われている俺と、学年トップクラスの可愛さを持つ彼女では釣り合うはずがない。
もちろん彼女も俺に気なんて全くないはずだ。
「ちょ、何言ってるか分かんないんだけど」
一颯はそう答える。
そう、だよな。俺の心の中なんて誰にも見えないんだから。―親にさえ。
「はぁ⁉」
簡単に、偉そうにそう答え、俺は一颯との会話を終えた。今日は、美術の絵の具が入ってるからやたらと鞄が重い。
―絵の具のセットは二つ入ってるから。俺と、良く忘れ物をする小鳥遊のために。
そう思っていても、今まで貸してあげられたことはない。
緊張するし、誰も俺に近寄ろうとしないから。
鞄をどすん、と机に置き席に座ろうとした。
でも、座れなかった。
もう一度、―小鳥遊の顔を見たい。
あの天使のような笑顔を見たいと思って小鳥遊の方を見ると小鳥遊は少し強張っているような、まるで何かを待っているような、そんな表情をしていた。
俺と小鳥遊の目は合わず、代わりに一颯と目がバチっと合った。俺は慌てて
「一颯はちゃんと持ってきたよな?」
と聞いた。そう、絵の具のことだ。絵の具、きっと小鳥遊は忘れてるだろうな、いや、持ってきてるかもしれない。そしたら、二つ持ってきた意味―ないじゃん。
「なにを」
一颯が答える。
一颯、性格いいもんな。教室に入ってきたときのあの小鳥遊の笑顔は過去一幸せそうだった。俺と話すときはいつも顔が引きつってるのに、なんで。
それは俺が―最低最悪なクズ野郎だから。
そんなこと分かってる。自分でも、はっきりと。
自分がしてることがどれだけ最低な事か分かるのに、直せないなんてもっと最低最悪で、俺は、俺はきっとずっとこのままダメな人生を送って、それで―。
そこまで考えて辞めた。一生変わらないようなことなんて俺はもう考えなくてよいのだと、もう俺は生きる意味がないのだと、そう思うことにした。
よし、今日、自殺しよう。死のう。死にたい。
俺が小鳥遊の彼氏になることができないのは百億年前から分かってる。
別に叶わないことが分かってる夢を追いかけなくてもよいのではないのか。
一颯に全てを取られてしまうのではないかと不安になる。
あの笑顔はまるで天使のようで本当に可愛くて。こんなクズの俺にはもったいなくて。
きっと小鳥遊は一颯のことが―好きで。
はぁ、もう無理だ。
俺にはきっと希望はない。神様も俺を応援してくれなかった。
信じることで救われるとか、そんなこと、やっぱり噓だったんだ。
俺は、俺なりに努力したのに。そうやって小鳥遊のことを考え始めると、泣きそうになる。
だから、もう忘れることにした。なにもかも。
「絵の具」
「あ」
俺の発言と同時に小鳥遊の口から声が漏れていた。
あぁ、ほら、やっぱり。忘れたんだろ。そのために俺は二つも持ってきてあげたんだ、なのに。
―でも、そんなこと、小鳥遊には言えなくて。
こうやって小鳥遊のために何かやってることも周りのみんなは知らないんだろうな、
きっとこの先誰も俺の努力を認めてくれない。
俺の本当の姿を見てもらえないんだろうな。
きっと―小鳥遊にも。
誰も分かってくれない。親にさえ。
小鳥遊の方を見る。小鳥遊は絶望感に満ち溢れた顔で俺のことを見ていた。少し小刻みに震えながら。
やっぱ、小鳥遊は俺のことが怖くて、近寄りたくなくて―
大嫌いなんだろうな。
もう、いいや。きっと俺に小鳥遊は振り向いてくれない。
いつもどうり、偉そうに、最低最悪な奴っぽく。小鳥遊を上目遣いに見て
「なに?小鳥遊忘れたの?お前なら忘れそうって期待してたんだけどマジで当たったw」
と。俺は正直言って泣きそうだった。なんで、こんなことしないといけないんだろう。
こんなことしてたら小鳥遊に嫌われる。
俺だってそんなこと最初から分かってる。
分かってるけど、そんな俺自身さえ、みんなには分かってもらえていない。
ただの問題児で絶対に近寄らないほうがいい最低最悪で人の気持ちを考えられない人間、と。
思われているんだろうな。
「忘れちゃった…あはは」
小鳥遊は俺にそう言った。はずだった。
―なんだろう、なんか、奇妙な違和感がした。
その声がまるで―俺に向けられた言葉だと感じなかった。
小鳥遊の視線は俺の方に向いているのに、ここにはいない誰かさんに言っているようで、俺なんか―いないみたいに聞こえた。
多分、さっきからマイナスのことばかり考えていたからだ。小鳥遊には振り向いてもらえないとかいう。
うん、きっとそうだ。
でもこの小鳥遊の言葉が俺の未来を左右する言葉だとはなんて今の俺には分かるはずがなかった。
本当は、俺が貸してあげるよ、って言いたい。
どうしても、言いたい。
だけど、そんなこと出来ない。
心の中ではそう思っているのに、俺の口からはその思いとは逆の言葉が出ていた。
「小鳥遊は終わったなw先生に説教されるwおもろすぎ!」
こんなんじゃ、ダメだ。
俺は性格を変えたいのに。これじゃまるで、俺には見えない、もう一人の自分みたいだ。
誰かに、制限されてるみたいに。俺の体を自分で操れない。
「小鳥遊wマジでお疲れ様」
俺の口からするするとひどい言葉が出てゆく。
残念ながら、俺はこれからずっと嫌われるんだ。この俺の発言を制限している、性格を変えろと言う、俺の人生を勝手に決めている―親のせいで。
―「瞬月ふざけんなよ!」俺の耳に届いたのは、そんな一颯の声だった。
「だいたいさぁ、人を馬鹿にするのってサイテーだと思うんだよね、個人の意見だけど」
あぁ、ほら、やっぱり。ほかの人は誰も知らない。俺が今こうやって思っているその感情も、顔に出しちゃいけないから。
一颯は今、俺のことを睨みつけている。一颯が俺を嫌っていることが分かる。分かってしまう。
一颯から俺に向けられている視線に、嫌悪が滲んでいたから。
でも、一颯からの視線や、一颯の発言より、なによりも目に飛び込んできたのは―。
「は、一颯何言ってんの」
俺は何事もなかったように、少しも傷ついていないみたいに振舞った。小鳥遊にダサいと思われないように。
―小鳥遊。好きだよ。
これが俺の言いたい言葉。
ずっと、そうだった。
―俺の気持ちは一生変わらない。
小鳥遊が、好きだ。
でも、俺がさっき一番気になったこと、あの、一颯が発言した時の、頬を桜色に染めている小鳥遊の顔。
それが、頭から離れない。
「だから、これ以上穂希を傷つけんなって言ってんだよ」
一颯は俺に対してそう言った。誰かさんが嫌な思いをするとか、そういうことを全く考えていないみたいに、しれっと。
意味、分かんない。
「へっ」
小鳥遊が一颯の発言に対して反応した。俺の発言に対しては何にも反応してくれない癖に。それも、一颯の時は少し頬を赤らめてるのに、俺の時は青ざめた顔して。この世の終わりが来たみたいな顔して。
穂希。一颯はそう言った。
俺は小鳥遊と呼ぶだけでドキドキしてしまうのに。なんで、一颯が小鳥遊の事呼び捨てにしてんだ。俺の一生の夢と言っても過言ではないような事を一颯は簡単に。
俺だって小鳥遊のこと下の名前で呼びたいのに。
ほんと、意味わかんねぇ。
グラウンドの隅にあるコンクリートの壁に寄りかかり、俺は絶望感に満ち溢れていた。
目の前には広大なグラウンドが広がっている。いつもは男子友達と走り回って薄々このグラウンド狭いなとか思っていたのに今は、ものすごく広く感じる。どこまでも続く草原のように。
―「おい、一颯こいつに気でもあるわけ?」
俺の中の悪魔がそう言った後の記憶はあまりない。
ただ頭には俺の方に向けられている小鳥遊の顔が浮かんでいた。
冷え切ったような青い顔、怯えている顔、俺のことが嫌いということをはっきりと主張しているあの顔が。それとその顔にはっきりと怒りが滲んでいたことも。
なんで、だろう。俺はこの先も小鳥遊に嫌われるのだろうか。うん、多分そう。
いや、絶対だ。さっきの小鳥遊の顔が答えだ。
「はぁ」自然とため息が漏れる。そんなため息と同時に目の奥が熱くなる。
こんなことには慣れているはずなのに。
今回だけはもう、我慢できない。
最愛の人に嫌われていることがその人に聞かなくてもはっきりと分かる。それは、俺が小鳥遊に心の底から嫌われているから。
残念ながらもう一颯にはとっくに負けているようだ。小鳥遊の行動と、その顔から。
そう思うとなぜか視界が歪んで目から透明な水が流れ落ちる。
一度流れ出した涙はもう止まらなくて、授業の始まりのチャイムが鳴ったのにも気づかなかった。
これからも続きます!
キミの名前を描きたい。7
「見た目だけで決めつけるのは酷いんじゃないかな。」
「は、お前、海勢頭をかばってんのか!」
本当にそうなのかな。
人の心は誰にも見えない。
「海勢頭授業さぼってんじゃんw」
黒板に大きく自習と書かれた教室では、海勢頭君が授業に参加しないことで愚痴を言っている男子や女子の声で埋もれていた。
「海勢頭君、どうしたんだろう。」
私は後ろの席にいる小羽玖にそっと耳打ちした。
「お腹痛いとかでトイレにでも行ったとか。そんな重大なことではないんじゃない?海勢頭君の事だし。」
「そ、っか」
いや、確かにさっきあんなに酷いこと言われたんだし。一颯君は私が一颯君の彼女だ宣言するし。ちょっと、衝撃的だったな。
「ね、一颯が守ってくれたんでしょ?穂稀を海勢頭君から。」
「う、ちょ、」
もう、はずいから変な声出たじゃんか!さっきまでの事、小羽玖に教えなかったら良かったかも。さすがにハグしたまでは言ってないけどね。言うわけないじゃん。
「確かにそうだけどさぁ、でも、うーん」
「おや?照れちゃってるのかな?」
なんか小羽玖変わってないか?
「そっそんなことない!ないない!うん、ないな、絶対」「ww」
そう、一颯君。私の大大大好きな人。
一颯君が海勢頭君から私を守ってくれたんだ。もうほんっとに好きだ。優しいし、運動できるし、私にとってはめっちゃカッコいいし。最っ高だ。
「海勢頭ってホント酷いよなぁ。口悪いし。」
男子が大きめの声でそう叫ぶ。
「それなー!」
それにつられて他の子も頷く。
確かに、酷いは酷いけど、悪口をいうのはダメなんじゃないかな。でもそんな思いは、次の言葉が張ってられると同時に、一瞬でどこかに行ってしまった。
「ほんとに、死んだらいいのに。」
私だって海勢頭君に散々辛い思いをさせられてきた。ほんとに毎回毎回。嫌になるほど見てきた海勢頭君の顔。もう、見たくない。
海勢頭君は最低最悪な人だから。
誰かがそう言った言葉に対しては笑いが起きた。
私の口からもふっと息が漏れる。
この言葉がどれだけ重いものか、全く気にしずに。
「あー、あっという間に休み時間だね~!」
小羽玖の声が聞こえて私はハッとした。
「なになに、寝ぼけてるのかな穂稀さんw」
「う、うん。だっ、だい、じょうぶ、だよ…」
あ、ヤバい。ホントにヤバい。死にそう。死んでもいい。
「あ、あれ?穂稀どうしたの?」
「…」
私はほぼ小羽玖の声が聞こえなくなっていた。
ほんとにやばい、これ。
あ、うわ。ちょ。何やってたんだ私。
「穂希見すぎ!見すぎだよ!」
耳元で小羽玖の注意の声が聞こえて、またハッとした。
「ご、ごめん。」
私が何気なくそう言うと小羽玖はにかっと笑って
「もー、恋する乙女は暇じゃないな~w」
なんてことを言う。は、恥ずかしいじゃん。
まぁ、そりゃ、ハグしちゃったからね。
「だって、はぐ…あっ、いや、なんでもない。」
「ん?はぐ?」
そうだ、忘れるところだった。小羽玖には一颯君とは、ハグしたこと伝えてないんだった。危な。
「だから、何でもないって!」
「ww」
顔がとてつもなく熱いことがはっきりと分かる。目玉焼きでも焼けそうだ。
あぁ、早く一颯君と話したいな。一颯君の声を聞きたい。
私は小羽玖から目をそらし、一颯君の横顔を眺める。クラスメイトの男子友達と楽しそうにじゃれ合っているその顔が愛おしかった。可愛くて、仕方がなかった。それに、たまに見せる真剣な顔も、とてつもなくカッコいい。
ふいに一颯君の瞳が私をとらえた。
「へっ⁉」
とっさに上擦った声を上げてしまい、隠すように両手で口元を覆っていると、
「穂稀どうした?」
って一颯君が言う。な、なんで大声でそんなこと言うの⁉「え、あ、そっ、その、な、」
私が一人でわちゃわちゃやってると、一颯君は私に近寄ってきて、今朝のように上から目線で私を見下ろしてきた。あぁ、カッコいいな、相変わらず。
一颯君は制服のズボンのポケットに手を突っ込んで、柔らかな笑顔を私に向けている。
「穂稀、どうかした?」
一颯君の口から私の名前が発せられる。
「なんでも、ないよ。」
私はそう答え、クラス中の視線から逃れようとした。でも、一颯君は全く諦めようとしないで、逆にもっと聞き出したいような雰囲気を身にまとっていた。
一颯君の目が同じ高さにある。至近距離で目が合う。
「へ」
私の口からは頼りない細い声が出ていた。
おそらく、今の状況を把握するのは困難だ。だって、一颯君が目の前にいるんだもん。恥ずかしくて目が合わせられない。
―手に、ぬくもりを感じた。
読んでくれてありがとうございます!
穂稀の気持ちは動いていくのでしょうか?
キミの名前を描きたい。8
最上級のぬくもりと、最大級の心配。
「キャー!」
「ヤバいって。」
クラスメイトのざわめきが耳に聞こえた。
クラス中の視線が私に向いている気配を感じた私は、手の方に視線を落とした。
「へっ⁉」
私の手の上に一颯君の手が重なっている。
衝撃的すぎて、口が動かない。
「穂稀、なんかあったらちゃんと俺に言えよ。」
「……」
口が震える、頭が回らない。
「穂稀?どうした?」
一颯君の声が遠い。耳が聞こえづらい。
ただ頭の中のどこかだけはフル回転していた。
なんだろう、この感じ。妙に複雑な気分だ。
幸せで、甘くて、どこか不愉快な、そんなほんとによく分からない気分だった。私の手に触れた一颯君の最上級のぬくもりが、眩暈がするほどに優しくて、呆れるほどにうるさかった。
「穂稀!穂稀っ!」
一颯君が私の肩をがっしりとつかんで前後に揺さぶる。
私の肩をつかむ一颯君の手にぐっと力が入る。
「穂稀っ!しっかりしろ!」
なんにも応答しない私に一颯君は最大級の心配をしてくれているみたいだ。そんなの、いらないのに。
心の中がざわざわしている。東京での帰宅ラッシュ時の駅みたいに。
この気持ちはうれしい、なのかな。不快、なのかな。今はただ、この空間から抜け出したい一心だった。
再び一颯君の手に力がこもる。
「穂稀っ、なぁ!聞こえるか?穂稀っ!お前は、俺の…俺の彼女だろ!」
彼女、という言葉が聞こえたとき、私の体のどこかでぷちっという音がした。まるで何かが限界に達して切れたみたいに。
「ほま…」
「ほっといてよ!」
私が急に立ち上がった拍子に、ガタンと椅子が音を立て、後ろの小羽玖の席にぶつかる。
「え……」
周りの空気が凍りつく。
がやがやしていた教室もしんと静まり返る。
穂稀、と小羽玖が私に何かを呼び掛けている。ただその声は私の右耳から入り左耳から抜けていった。
「は、なに、穂稀。冗談だろ。」
「名前……」
「は、なに笑」
「名前!馴れ馴れしく呼ばないで!」
「お前が穂稀って呼んでほしいって言ったんだろ。何言ってんの、バカかよ。」
「……っ!」
「お前は俺の彼女だろ。」
無理。彼女なんて絶対に無理。
「もう!うるさい!別に付き合ってないし、告白もされてないし、付き合いたいとも言ってないし!一颯君が勝手に彼女って決める権利ないでしょ!重いし、別に私……一颯君が好きとかじゃ、ない、し……!」
「はぁ⁉好きって言っただろうが、階段で二人で好きって言い会っただろうが!」
「……!」
なんでそのこと大声で言わなきゃいけないの。ほんとに酷い。重すぎる。
「ふっ、あれ、穂稀応答できないの?」
一颯君はいやらしい顔で私を見つめる。やけに、にやにやしながら。
なんだろう、悪魔みたい。
「そのあと穂稀とハグしたよなぁ……!笑笑」
「えぇー一颯まじ!」
「穂稀ちゃんってそんな軽い感じの子だったんだ……。」
一颯君の声にクラスメイトがざわざわしだす。これ、完全に引かれたな。
よし、今日、自殺しよう。死のう。死にたい。
「……は」
私からはかすれた声しか出ない。
そして目からどばどば透明な水が流れ落ちる。
「え、うわ。泣いてるし。こういう女俺無理なんだよね。すぐ泣く奴。」
「うわー、一颯言ってやんなよ笑まぁ、俺も確かに泣く奴は嫌い。」
心臓をなにか固いものでグサッっと刺されたように、激痛が走った。
「なぁ、穂稀、お前もう俺の彼女じゃないから。別れよ。」
「う、うん。」
何とか声を振り絞る。それで、一颯君はもう私から離れてくれると思った。はずだった。
「あ、あれ、もっと嫌とか言ってくれるかと思った。ひどいな結構。笑笑」
何だか知らないけどぷちっって人からなっちゃいけないような音が鳴った。
「だから、何?」
一颯君は私から離れて男子友達と話そうとしているところだった。
「は?」
相変わらず偉そうだなぁ。
「一颯君は私が別れるのが嫌とか言ったらうれしいの?」
「は、うれしいわけないじゃん。」
え、さっき言ったよね。
「何それ、自分勝手!酷いのはそっちでしょ?勝手に付き合ったことにして別れよって言って私がうんって言ったら嫌とか言ってくれると思ったって!なにそれ。」
一颯君に思っていることをぶつけているうちに涙が止まらなくなった。
「だいたい勝手なんだよ、一颯君は!人の気持ちも何にも考えてない。」
「は⁉何言ってんの自己中が!お前だってあの事件、覚えてるだろ?」
「あ、そういうとこだよ!酷いの。」
「え、覚えてだろ?」
「覚えてるに決まってんじゃん!わかってて言ったでしょ!ほんと無理そういうとこ。もう、嫌い……!」
あぁ、もうなんなの一颯君!酷いって。
「なぁなぁみんなあの事件って知ってるか?笑笑」
「え、知らない!おしえてー!おもろそう笑笑」
「え、いいよ、」
えまじでやめてっ!
「え、ちょっ、ちょ、やめてよ!」
「は⁉誰もお前の意見なんて聞いてないんだけど。黙っててくれますか?あ、もしかして黙ることできない?馬鹿だからね穂稀さんは。笑笑」
「あははははっ!」
「なにそれ、一颯笑笑」
顔が熱くなるのが分かる。ぐっと手を握りしめ、歩き出す。もう、トイレにでも行こうか。ここのクラスに嫌われたってなんともないや。世界は広いんだから。
背後から鋭い視線を感じる。もう、何も考えないことにして私は黄ばんだドアを開けて廊下に踏み出した。
顔は涙でぐちゃぐちゃだけど、それよりも心がぐちゃぐちゃだった。
しかし不幸なことに、だれかこちらへ向かってきているようだった。
涙を隠すように、目線を地面に向けて歩く。目からこぼれた涙が廊下にぽつぽつと落ちて染みていくのも、今は気にしてなどいられなかった。
前から、制服のズボンの布が擦れる音がする。そしてその音は次第に近くなり、廊下に向いている目にもちらっと人影が見えた時だった。
ふいに、ズボンの擦れる音がやんだ。それにつられて、私も立ち止まる。
気が付けば、私の右手首が誰かにつかまれていた。
もしかしたら、つかまれたときに足を止めていたのかもしれない。
おそるおそる顔を上げる。
私の手首をつかんでいる人は、目の端に写った。
「え……」
読んでくれてありがとうございます!
次は多分瞬月視点!
キミの名前を描きたい。9
君の笑顔の理由が俺でありますように。
重い足を引きずりながら、俺、海勢頭瞬月は教室へと続く階段を上っていた。
クラスに戻ったらどんなことを言われるだろう。
どんな目で見られるのだあろう。
小鳥遊にどう、思われるんだろう。
そんなどうしようもないことを考えていると、心が重くなり、今まで背負ってきた荷物が一つ、また一つと増えていく。
学年の教室が並ぶ階まで上がってきたとき、俺の教室、一年四組から人が出てきた。
なんでだろう、涙がこみ上げてくる。
手足が、震える。
全身に鳥肌が立つ。
その人は、小鳥遊だった。
小鳥遊は涙で目をいっぱいにしながらこちらに向かってきているようだった。
涙で、顔がぐちゃぐちゃになっている。
なんとか、してあげないと。
俺は気が付けば歩きだしていた。
なんて声をかけよう。
やっぱり、大丈夫とか、なのか。それとも、いつもどうりからかうのか。
でも、それは本当の俺じゃない。
小鳥遊には、小鳥遊だけでいいから、本当の俺を分かってほしい。本当の俺を見てほしい。本当の俺を……!
そんなことを考えていると、小鳥遊が横を通り過ぎるのが見えた。
俺は慌てて足を止める。
小鳥遊はそんな俺に気づいていないようで、俺は慌てて小鳥遊の手首をつかむ。
大事な時なのに、慌ててばっかだ。
小鳥遊の足が止まる。
「え……」
小鳥遊の第一声は驚いた声だった。
そりゃ、そうだよな。急にこんなことされるなんて思ってもいなかっただろうし。
小鳥遊が俺の方に振り向いた。
小鳥遊の涙に洗わされた大きな瞳が俺の心に突き刺さる。
全身に鳥肌が立って、世界から音が消える。
「なに……」
小鳥遊の一言で俺は目が覚めた。
口が震える。なにも、言えない。
いつも遠くから眺めていた彼女が目の前にいる。
多分、俺は今世界一幸せで世界一緊張しているだろう。
「用がないなら、私行くね。」
その言葉を聞いてハッとした。何か言えばよかった。なんて思った時には俺の手は小鳥遊に振り払われて、宙ぶらりんになっていた。
慌てて廊下を見渡す。
小鳥遊の背中が見えた。
とっさに俺は走り出していた。
俺はただ、小鳥遊に悲しい思いをさせたくないんだ。
もう、二度と、小鳥遊が泣いているを見たくない。
あの時、俺は小鳥遊を笑顔にするって決めたんだ。守るって、決めたんだ。
「まって!」
俺から発せられた声は俺の声だとは思えないくらいに掠れていた。
けれど、今はそんなこと気にしている場合じゃない。
「ちょっと、話したいことがあるんだ。」
そう言って二人きりの校舎裏に小鳥遊の手を引いて連れてきた。手が触れあっているのにも今は気にしてなどいられなかった。
「ごめん、急に。」
自分のした行動に反省点がいくつかあったので謝罪する。
「ううん、大丈夫。で、話って何。」
相変わらずいつもの俺に見せる青い顔をしていたが、俺は悲しくなどならなかった。
「なんで、泣いてたの。」
俺が一番気になったことを聞いた。すると、小鳥遊はもっと青い顔をして俺にこう言ったのだ。
「そんなこと聞いて、どうするの?また、どうせ、からかうんでしょ?ごめん、もう行くね……」
あぁ、やっぱりそう思われているのか。なら、本当の俺を教えないとな。
「君はまだ知らないだけなんだ。」
「なに、急に。」
なんでかはわからないけど、言葉がすらすらと出てくる。
「本当の……俺を。」
「……」
「分かってない、だけなんだ。」
「でも、海勢頭君は本当の性格を丸出しにしてるじゃん。思ったこと、全部軽く言っちゃうのが海勢頭君でしょ?」
それはもう一人の俺。悪魔がとりついた、他人に制限された俺。本当の俺は。
「嘘だよ……。」
「え……」
「そんなの、俺じゃない。」
「え、でも……いつもそうじゃん。」
もう、小鳥遊は分かってないな。
「俺は小鳥遊を笑顔にしたい。守りたい。」
「どういうこと……」
これからも、ずっと、一緒がいい。一緒にいたい。
君が感じる感動や喜びや幸せを、一緒に感じたい。
「あの事件から……」
「そのこと言わないで!もうやだ、嘘じゃん、私を守りたいだなんて。そんなことないでしょ。」
「分かってる。小鳥遊がこのことを言ったら怒ることも。とっくの前に分かり切ってるよ。」
「じゃあ、なんで……」
「俺は君から、一生分の勇気と生きる理由をくれたから。」
小鳥遊の目が大きく見開かれた。
「なにそれ。」
「一目惚れ、したんだ。君に、あの日、あの事件の日。」
本当に、そうだ。そうだったんだ。俺はあの日、君を大好きになった。ありのままの君を大好きになったんだ。
「……。」
「いままでの全ては、誤解だよ。本当の俺を、きっと誰も知らない。誰にも話さないでおこうと思ったけど、君がくれた勇気は君のために使いたかったから、俺は今からその誤解を全部解いてみせるよ。」
「そう、だったんだ。知らなかった。ごめん、今まで。」
なんで、君は謝るんだ。悪いのは本性を隠してた俺の方だろ。
「俺は……あの日見せた小鳥遊の全てが好きになったんだ。友達や人のために全力を尽くす君に。ありのままの君が俺は好きになった。あの事件が起こってから君はずっと猫を被ってただろう。俺はそれが嫌だった。だから、性格を変えてまでして、小鳥遊をありのままにさせたかったのに、それが間違いだったと気づいたころにはもう遅かった。」
自然と涙がこみ上げてくる。
小鳥遊への思いが一気に強くなる。
あぁ、やっぱり、好きだ。
キミの名前を描きたい。9を読んでくださりありがとうございます!
これからも、頑張って書いていくのでよろしくお願いします!
キミの名前を描きたい。10
大好きにさせてくれてありがとう。
「だけど、小鳥遊には、小鳥遊だけには本当の俺を知ってもらいたい。知っていて、ほしい。」
「……。」
「君が、好きだ。」
最後の言葉を噛み締めた途端、初めて純粋な涙が俺の頬を伝った。
泣いたのは、何年ぶりだろうか。きっと、あの事件の後は一度も泣いたことが無かったと思う。
人前で泣いたのは、多分これが初めて。
そんなことを考えると、なんだか急に恥ずかしくなってきて、小鳥遊から目をそらした。
「海勢頭君。」
しばらくの沈黙の後、まっすぐな小鳥遊の声が音の無くなった世界に響いた。
俺はまっすぐに小鳥遊の瞳を見つめる。
目が合った瞬間、何か見えない糸のようなものが俺と小鳥遊を繋いだような気がした。
「私、知らなかった。ありのままの海勢頭君を。」
涙が滲んで視界がぼやけているけれど、小鳥遊がはっきり俺の目を見てくれているということだけは、しっかりと分かった。
「教えてくれて、ありがとう。海勢頭君のほんとの気持ち、知れて、嬉しかった。本当に、ありがとう。」
「……っ!」
俺はそこで初めて、小鳥遊の笑顔を間近で見た。
俺がずっと憧れてた、あの眩しい笑顔が目の前にある。それは俺にとっての大きな夢で、今、この瞬間に、夢が叶った。そして、甘く、優しい声でこう言ったのだ。
「え、どうしたの?そんな驚いた顔して。」
「え、あ……いや、その。」
小鳥遊が俺を心配してくれている⁉幸せすぎて、現実を受け止められない。
「初めて笑ってくれたな、って。」
「当たり前でしょ?」
「え」
小鳥遊が世界一可愛い笑顔を俺に向けながら言う。
「海勢頭君の事、全く知らなかったし、むしろちょっと怖かったしね。」
「あぁ、ごめん……。」
やっぱり。怖かったんだ、俺。小鳥遊に怖い思いさせる男なんか最低だった。
「でも」
小鳥遊がまっすぐ芯のある声を発しながら再び俺の目を見つめる。
「私は、逆に尊敬してた。今までの性格が本当の性格だったならね。」
「尊敬……。」
小鳥遊の言葉を繰り返す。
「うん。思ったこと、素直に言えるのすごいなって思って。今だって、こうやってちゃんと思いを伝えてくれた。それが、本当にすごいと思う。」
「……。」
初めて、褒められた。
嬉しい。心の底からそう思えた。
人にすごいと認めてもらえること、それがこんなにも嬉しいことなんだって、幸せなことなんだって、初めて気づけた。
それは全部小鳥遊のおかげ。
「だから、ありがとう。海勢頭君。」
「こっちこそ、俺を変えてくれて、ありがとう。」
「ふふっ」
「な、なに。」
「大袈裟だなぁ、って思って。」
「大袈裟なんかじゃっ!」
こんな会話ができているのも、君が笑ってくれてるのも、君に出会えたことも、全部が奇跡だ。
「うん。何回も言うけど、ありがとう、海勢頭君。」
「変えてくれてありがとう。それと……」
もう一度、言っておこう。俺の気持ちを。
俺の、初恋を。
「それ、と?」
小鳥遊が俺から目を離さずに聞いてくる。
そんな可愛い顔で見られたら俺、死ぬって。
「それと―」
―キーンコーンカーンコーン
授業の始まりのチャイムが学校中に鳴り響く。
タイミング悪っ!
「うわっ!やば、授業遅れるー!」
「行こ。」
俺はとっさに小鳥遊の細い手首を掴んで走り出す。
「えぇっ!ちょ、海勢頭君!」
「いいから!」
二人そろって階段をのぼる。
俺はただ無心で小鳥遊の腕を引きながら猛スピードで走っていた。
ようやく自分たちの教室がある階まで上がってきたとき、俺の引いている小鳥遊の手に力が入った。
「ちょっと!」
「え、なに?」
俺たちは階段の途中で立ち止まっていた。
「あの!さっきの……続き、ほしいんです、けど……。」
えぇっ!なにそれ、可愛すぎでしょ⁉
「あぁ、それは……。」
「……」
俺より下の段にいる小鳥遊が真剣に俺のことを見ている。
俺もまっすぐ小鳥遊を見つめ返し、まっすぐな言葉を発した。
「それと、大好きにさせてくれて、ありがとう。」
「えっ」
「さっ、行こ。遅れる。てか、遅れてる。」
俺は再び歩き出す。
真っ赤になっている自分の顔を隠したいのと、これ以上小鳥遊の顔を見ているとマジで倒れるかもしれないから。
「あ、あのっ!」
振り向くと、そこには顔を桜色に染めながら目を涙でいっぱいにしている小鳥遊がいた。
「私に、一生分の勇気をくれて、ありがとう。」
キミの名前を描きたい。10を読んでくださりありがとうございます!
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キミの名前を描きたい。11
君さえいれば。
ガラッ。俺は教室のドアを慎重に開けた。今までとは違う、本当の俺で。
その音とともに、クラスの視線が俺に向く。
しかし、俺を見た瞬間にクラスに悪い空気が流れる。それは、重くて俺を全力で押し返している。まるで、見えない壁が俺の前に立ちはだかっているようだ。
いつもならこんなの平気なのに、なぜか今は涙がこぼれそうだ。なんだろう、苦しい。そう感じたのはこれが初めてだった。
「なぁ、海勢頭。」
クラスメイトの声が聞こえて俺ははっと気が付いた。
いつもなら、もっと態度を大きくしていただろう。もっとさっさと教室に入って席についていただろう。
でもなぜか、今は指示を聞かない体も、いつもなら自由を手に入れていた口も、全く動かない。
「お前、なんで授業さぼってんの笑」
思考が停止している。なにも考えられない。
きっと、変わらないといけないと思っているのだろう。ここでいつものような行動をしてしまうと、これから先もずっと変われないと。今が変わる時だ。俺の本当の姿を―
いや、本当に変わる時なのだろうか。
「ほんっと、馬鹿だよなぁ。」
馬鹿、その言葉を聞いた途端に俺の中で何かが壊れる音がした。
手を握り締める。掌に爪が食い込んでとてつもなく痛かった。でも、今はそんなの気にしていられなかった。
目には涙がこみ上げてきた。
今までとは違うのに。
違う俺なのに。
それをなんとか主張しないと分かってもらえない。今まで俺が散々してきた、親に言われてしてきた、誰かに操られてしてきた行動が今、全部自分に返ってきている。
全部、俺のせい。なのか、
親のせい、なのか。
それすらも分からないまま人生を過ごしてきた。
俺が本当はどんな人なのかも分かられずに。
やっぱり、今のままでいい。
今はまだ変わらなくていい。
俺の一番大事な人に、ありのままの俺を分かってもらえれてるんだったら、それでいい。
それが、一番いい。
大事な人、小鳥遊が分かってくれているなら、それが俺にとって一番幸せなことだから。もう、それでいいんだ。それだけで十分。だから、これ以上幸せにならなくていい。でも、これ以上辛くなりたくない。
このままでいいんだ。今のままでもう十分。
だから、神様がいるならお願いです。俺にこれ以上何も足さず、何も引かないでください。
小鳥遊だけは絶対に―
「海勢頭何泣いてんの笑泣き虫はモテないぜ?もうもともとモテてないか。海勢頭のこと好きになる奴なんてほんとに世界一頭悪いと思う笑笑」
グサッ。ほらまた。
俺の心に刺さった異物は何個目だろう。きっと、数えきれないほどある。
「笑笑」
「やば笑笑」
クラスに笑い声が飛び散る。
ほんとに、人の気持ち分かってんのか。
「ねぇ、人の気持ち分かってんの?」
一瞬心で思ったことを口に出してしまったのかと思った。
そのこえは俺の真後ろから聞こえてきた。
俺は後ろに振り返る。
―小鳥遊。
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