「――あれは…?」
高校2年生の高城湊斗(たかしろみなと)は、家に帰っている最中だった。
午後8時半。夕暮れで、真っ赤に染まった街の風景がガラリと変わり、街灯が太陽の代わりにこの街を照らしてくれている。
そんな夜遅いこの時間帯に、ふと公園を見ると、その街灯よりも強い光を放っている存在があった。
でもその光は、儚げな、そして少し寂しく、どこか悲しいような、弱い光を放っていた。
湊斗はそのような存在に目を惹かれ、自然と足が公園に向かっていた。
――そこには、ベンチに座っている一人の少女がいた。
なろう、カクヨムでも連載中!
R15は一応です。
温かい目で見てくれると幸いです。
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目次
第1話 少女を拾った
|高城湊斗《たかしろみなと》。高校2年生。
部活は軽音楽部に入っていたが、バンドメンバーが見つかった瞬間、すぐに辞めた。
冷たいわけじゃない。ただ、夢に対して本気だっただけだ。
「音楽で食べていく」――それが、湊斗の揺るがない目標だった。
だからこそ、部活という“枠”の中で終わらせるつもりはなかった。
時間に縛られて、限られたステージで満足してしまうことが、怖かったのだ。
勿論、最初から部活を馬鹿にしていたわけではない。
真剣に向き合って、最後に一緒に走った仲間に「これからも、続けないか?」と声をかける未来も想像していた。
けれど、思ったより早く、思い描いていた未来よりもずっと先に、仲間が集まってしまった。
でも後悔はしていない。
「大人になってもバンドを続けたい」ということをバンドメンバーに伝えたら、ラフな感じでOKをくれた。
こうやってゆったりバンドを続けて、でもたまには本気でやって、楽しんで、そういうバンドを湊斗は目指している。
そんなこんなで、湊斗のバンドは学校祭に向けて日々努力している。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
湊斗はバンド練習が終わり、家に帰っていた。
さっきまで明るかったのとは全然違い、住宅一つ一つが光を放っていた。
帰る途中に、少し大きい公園がある。
湊斗はいつもここで、好きな缶コーラを購入し、飲みながら帰っていたのだが、今日は違う。
今日はその公園のベンチに、少女が座っていたのだ。
普通だったらスルーしている。だけど、遠くからよく見てみると、湊斗と同じ高校の制服だった。
(俺と同じ制服…)
湊斗はそれを察し、そのベンチへと足を運んだ。
「なに…やってるんだ?」
沈黙。
前髪で目が隠れているからどこを見ているかわからない。
そして夜ということもあり、顔もあまり見えない。
だけど、その少女は悲しい思いをしていることだけはわかった。
腰まで長い、黒に近い藍色の髪。
手入れしていないのだろうか?あまりにもボサボサだ。
(流石にここで置いていくわけにもいかないしなぁ…)
湊斗は自動販売機まで足を運び、缶コーラを2本購入した。
その1本を少女の横に置き、ベンチに倒れこむように座った。
「俺も一緒にいていいか?」
本当はいたいわけじゃない。ただ単に少女をこんな時間に外に置いていけないと思っただけ。
でもその行動を否定されたらすぐ帰るつもりだった。
湊斗自身もバンド練習で疲れきっていて、早くも休みたかったからだ。
でもその少女は、湊斗の言った言葉をバレーのスパイクみたいに無言で弾き返した。
(俺も疲れてるし、こいつも無言だから、帰るか…)
そう湊斗は思い、ベンチを立とうとしたら少女が口を開いた。
「――私、家を追い出されたの。」
湊斗は「結局話すんかい」と脳内で突っ込みを入れ、ベンチに座りなおした。
歩きながら飲もうとした缶コーラを湊斗は開け、その少女の話を聞きながら飲んだ。
「なんで追い出されたんだ?」
「…わからない。」
少女も、湊斗がくれた缶コーラを開けて、その小さい口で飲み始めた。
湊斗は「ふーん」と相槌を打ち、缶コーラを飲み続けた。
それで、ふと疑問に思ったことをその少女に聞いてみた。
「今日はどうするんだ?」
少女は缶コーラを飲むのを一回止め、ベンチの背もたれにぐったりと身を預けた。
そして少し沈黙し、少女が言った。
「…わからない。」
(いや少し黙ったからなんか手でもあるのかと思ったじゃん。)
湊斗は、少女が缶コーラを飲むのを一回止めるのとは裏腹に、缶コーラを飲み干した。
そしてベンチから立ち上がり、自動販売機の横にあるごみ箱に缶を入れた。
「――なら…」
ごみ箱に入れて、ふっと振り返り、その少女に手をやった。
その瞬間、少し強い風が湊斗に降り注ぐ。
「…俺の家に来るか?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
湊斗はバンド練習が続いた影響で疲れていたこともあり、この状況を早く抜けて、休みたかったのだろう。
でも本当は助けたかっただけなのかもしれない。
明日も学校がある。公園の硬いベンチで寝泊りして、お風呂にも入らず、ご飯も食べず、ただ一人寂しく朝を待つなら、親に「あーだこーだ」言われるよりも家で寝泊りしたほうがまだマシだ。と湊斗は思ったのだろう。
そんな訳で、湊斗は自分の家に少女を連れ込んだ。
湊斗は靴を脱ぎ、「ただいまー」と大きな声で叫んだ。
その瞬間、エプロンをした母、|萌花《もえか》がキッチンから顔をひょこんと出した。
「あっ…あらまぁ……」
萌花は少女を見て、口元を押さえ、にやりと笑みを浮かべる。
「…湊斗?その子はだーれ?」
なぜか語尾にハートが付くような喋り方で湊斗に話しかける。
「あぁこいつ?こいつは…」
湊斗がそう説明すると、萌花は「お父さんー!!!湊斗が彼女を連れてきたわよ!」と大きな声でリビングに叫びながら走っていった。
湊斗は「はぁ」とため息をつき、リビングへ向かった。
第2話 名前は詩羽
「結城、詩羽…です……」
湊斗は事情をすべて話した。
帰る途中の公園のベンチで少女、詩羽が一人寂しく座っていたこと。そんな詩羽を放って置けなくて、自分も付き合ったこと。缶コーラを奢ったこと等々。
テーブルを湊斗、詩羽、父の広見、母の萌花で囲み、いつもの穏やかな高城家の空気は、すでになくなっていた。
「詩羽さんね。これからどうするんだい?親に連絡は?」
広見は詩羽に圧をかけるように問いかけた。
「親には……」
圧をかけられていることで少し怖がっているのか、詩羽は顔を下へ向ける。
湊斗は詩羽の状況を察し、「言いたくないのだろう」と解釈した。
「なぁ父さん、流石に今日くらいなら良くないか?もう時間も遅いし、疲れてるみたいだから休ませてあげようぜ。」
湊斗は広見に「察してくれ」と顔で訴えた。
広見は湊斗の頼みを断れず、でも泊まらせるわけにはいかなかった。
思春期の男子と女子が一つ屋根の下で眠ることは、広見にとってはありえないことだった。
広見にとっては不愉快でしかない。
仕事も今現在、忙しくなってきたころだって言うのに、トラブルに巻き込まれたりされたらたまったもんじゃない。
ボサボサの髪、湊斗と同じ高校の制服で、結構きっぱりしているのに、緩んでいるリボン…
明らかにこの少女はある問題に突っかかっている。
そして、我が息子にそんなことはないと思うが、性的な関係なのかも知れない。
あらゆる思考が広見の頭を駆け巡る。
その瞬間、リビングのドアがガチャリと開いた。
「んー、なにやってるん?」
そこには、目を擦り眠そうにしている姉、深雪が立っていた。
「深雪ちゃん?また寝てたの?」
深雪は萌花が質問しているのを、軽く返す感じでキッチンに向かった。
「うん。だって眠くなっちゃったから、明日1限からあるし。」
深雪はこう見えて大学生だ。
湊斗の2歳年上で、電車で数分の大学に通っている。
母譲りの美貌を受け継いで、小学、中学、高校、そして大学と、すべての学校でモテた。
そのせいで湊斗は、深雪に寄ってたかっている男子たちの駆除をしなくてはならなかったのだが、湊斗も湊斗で案外モテていたので、深雪の近くに居れば、男子避けの効果は抜群だった。
だが、外と家の中とでは全然違う。
服装からしてまず違う。
外出するときはモデルさんが着るような服を着用し、お嬢様のような振舞い方で周りを魅了する。
だが家では、ダボっと着る少しでかめのTシャツ、そしてボクサーパンツを着用。それだけ。
本人が言うには「大きめなTシャツでパンツは隠れるだろう」という理由でズボンは履かないらしい。実際、結構見えている。
深雪はコップに水を注ぎ、うがいを始めた。
「――んで、なんで知らない女子がうちの家にいるのー?」
深雪はキッチンのシンクに口に含んでいた水を吐き出し、そうテーブルを囲んでいたみんなに問いかけた。
「湊斗の彼女さん!詩羽ちゃんって言うんだ~」
萌花はさっきまで重かった空気を破壊するような、柔らかい声で深雪にそう伝えた。
だが、湊斗は萌花のことを必死に否定する。
「さっきちゃんと話したよね母さん…?彼女じゃないって!」
「あらあらまたそう言って~」
萌花と湊斗が仲良く話している隙に、深雪は詩羽に近づき、耳打ちをした。
「詩羽ちゃん、だっけ?ごめんね。うちの弟の彼女設定になっちゃって。」
詩羽は深雪の言葉を必死に否定するようにぶんぶんと顔を左右に振る。
「…いや……少しだけ…嬉しい…」
詩羽は湊斗と萌花のやり取りを見ながら、少し儚げな笑顔を見せた。
その瞬間、深雪はなにかを察した。
「ごめん湊斗。彼女ちゃん借りるね。」
「ちょっ深雪!まだ話は終わって…」
深雪は両手を合わせながら湊斗に謝った。
広見もそれに対して止めようとしたが、深雪は詩羽の手を取り、すぐにお風呂場に連れて行った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「詩羽ちゃん、なんで湊斗と一緒にうちに来たの?」
深雪も大体は察していた。
ボサボサな髪、制服はきっちりとされていない、おまけに公園に一人寂しくいる。
ここまでそろえば流石に誰でもわかる。
「親に捨てられたんでしょ?」
でも深雪は「家族喧嘩」とかそのような小さなことではなく、「親に捨てられた」と解釈した。
普通なら、家族喧嘩をして、親に「家を出てけ!」的なことを言われ、本当に出て行った。そう思うだろう。だけど深雪にはそれとは違うなにかを感じた。
その理由は二つ。
まず言葉数が少ないこと。
言葉数が少なければ家族と喧嘩することもできないだろう。まぁ家族の前だけ言葉数が増えるのであれば話は別だが。
だけど、ここまでボロボロだったら、家族の前でも言葉数が少ないのも頷ける。
親に暴力を振るわれて何も言えなくなったと結び付けれるからだ。
そして、
深雪は詩羽の制服の胸元にあるリボンを、強引に緩めた。
そこには、500円玉くらいの大きさもある痣があった。
「…ほらね。」
湊斗達以外には見えなかった、というより、詩羽は隠していた。
深雪は突然リビングに来たから、その時にちらりと見えてしまっていたのだ。
その時点で、大体のことは察した。
「湊斗には黙っておくけど、自分がつらいと感じたら自ら言うことだね。」
深雪が言ったところで何も変わらない。そのことに関しては深雪自身もわかっていた。
大学生だし、そしてモテてしまう。影響力はあるだろうけど、周りにはそんな現状をそらすような存在がいっぱいいる。
深雪が頑張って何か言ったところでこの問題が解決するわけではない。
時間が何もかもを流し、何事もなかったかのように普段の生活に戻る。
深雪自身が言うより、詩羽自身が行動を取らないと、この状況は打開できない。そう判断した。
「私…親に捨てられてない…です……」
深雪は「そう来るか」と頭を悩ませる。
「どうしてそんなこと思うの?」と聞こうとしたが、流石にこれ以上は首を突っ込む訳にはいかないと、深雪は悟った。
「んー、自分がそう思うならいいんじゃない?私がどうこう言う権利はないし…」
深雪は詩羽に背を向けながら手をあげ、お風呂場を出ようとした。
「流石に今の状態じゃあれだし、お風呂入りな。シャンプーとかは私の使っていいから。」
詩羽は深雪の行動に憧れを持ちながらも、少し戸惑い、お風呂にゆっくり入った。
「…さて、私も寝よっかな。」
深雪は階段をのぼりながら、ぽつりとつぶやく。
「私もブラコンなんだなぁ。」
どうも作者です。
短編ではなく長編になるのですが、お付き合いしてくれると嬉しいです。
そして、ファンレター?コメント?をくれると、励みになりますので、ぜひぜひ送ってください。
第3話 ありがとう
暴力的な描写が含まれています。
苦手な方はブラウザバックすることを推奨します。
詩羽は深雪のシャンプーを使い、頭を洗い、その他の部分も深雪の石鹸を使い洗っていく。
すべて石鹸で洗って、流す。
そして、あらかじめ深雪が入ろうとしていた湯船に詩羽は浸かる。
「あれ?これ、湊斗のお姉さんが入ろうとしてたんじゃないのか?」と考えるのが普通だが、詩羽には考える力はなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ねぇ、あれ…」
「うわっ、本当だ……」
部活に入ってない学校の生徒がカフェやカラオケに寄り道しながら帰る時間、詩羽も自分の家に帰っていた。
学校に行く前は多少髪がきれいだったものの、もうボロボロだった。
そんな詩羽の姿を見ながら、周りの人は声をかけようともせず、笑い話や嫌悪感を共感するように話し始める。
詩羽は周りの対応を見ていないかのように、鞄をギュッと持ち、下を向きながら歩いた。
そして、自分の家に着いた。
「…た、だいま……」
詩羽が玄関を開け、最初の一文字は大きく声を張って出したが、それ以降は声が強制的に小さくなった。
だが、最初の一文字で聞こえていると思うが、「おかえり」の一つも聞こえない。
詩羽はリビングのドアの前に行き、開けるかどうか戸惑うが、最終的にそのドアを開く。
そこには、詩羽の母親が、髪でぐちゃぐちゃな頭を押さえ、机に突っ伏していた。
リビングは、誰かが暴れたような感じだった。
皿の破片がところどころ床にあり、そして衣服は洗われずにそのままぐちゃぐちゃに置かれていて、空になったペットボトルもあちこちに散乱し、カーテンはビリビリに破かれていた。
そのようなリビングを見て、詩羽は唾を呑み、
「あぁ、まただ。」と脳内でつぶやく。
「…ねぇ、なんでまたいるの…?」
母親は詩羽がリビングに来たことを、髪の中から確認する。
それに怒りが増したのか、母親はゆっくりと立ち上がる。
「だ…だって、私は……」
詩羽は母親がゆっくり近づいてくるのを見ながら、泣きそうになる。
その瞬間、母親は詩羽にビンタを喰らわせる。
喰らった詩羽は腰を抜かし、その場で尻もちをつく。
母親は「ふぅ」と、ため息よりも重い息を吐き、落ち着きを見せる。
「…ねぇ、なんで被害者面みたく、涙を見せるの…?」
詩羽は泣きそうになっていたが、もう家に帰る時点で泣いていた。
本人自体は気づいていなかったし、周りにも前髪で顔が見えなかったため、気づきもしなかった。
でも、尻もちをついたときに髪が少し揺れて、顔がギリギリ見えるようになった。
「…え…?なんで…私……」
詩羽は母親に、こんな顔を見せてはならないと懸命に涙を拭うが、止まる気配はなかった。
母親はそんな詩羽のことを見て、ビンタではなく、手で硬い拳を作り、詩羽の顔面に勢いよく入れた。
「…ぐ、はっ…!」
詩羽は床に背中を叩きつける。
母親はそんなのをお構いなしに、次々と詩羽に硬い拳を入れていく。
「なん、で!あんた、が!ここ、に!いる、のよ!!!」
テンポよく、硬い拳が詩羽に当たる。
そして、母親の髪に水が滴り、拳へと当たった瞬間、母親は殴るのをやめた。
母親も泣いていた。
「…もう、帰ってこないで……」
母親はその場を立ち、自分の部屋へとゆっくり足を運んだ。
詩羽はその一言を聞き、何も考えずに家を出ようとした。
立とうとしたその瞬間、詩羽は胸元を手で抑えた。
痣ができていた。
頭が空白で、痛みも何もない中、立ち上がろうと足に力を入れたら、急に息ができなくなったのだ。
詩羽は、なんとか息をして、痛そうに手で胸を抑え、一生懸命歩きながら家を出た。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(あの後、湊斗と会った公園に行ったんだよね…)
詩羽は口まで湯船に浸かりながら、ぶくぶくと息を出す。
母親に暴力を振るわれて、染みて痛いはずだが、詩羽はなんとも痛がっていない。
沈黙が続く。
詩羽は、ふと自分の手を見た。
(…すごくふやけてる…流石にもう出ないと……)
お風呂から出て、体を拭き、事前に深雪によって用意されていた下着やパジャマを着る。
その下には付箋が貼ってあった。
「2階の突き当りの部屋で寝ること!」
多分深雪だろう。
詩羽はその付箋を取り、文字を見ながらその部屋へと移動する。
詩羽はその部屋のドアをノックもせずに開ける。
そこには、服を着替えている途中の湊斗がいた。
「…いや、え?」
湊斗は愕然としているが、詩羽はお構いなしに湊斗の部屋に入る。
「ちょいちょいちょいちょい…」
湊斗は詩羽のことを部屋から追い出そうとするが、詩羽は強引にベッドの上にちょこんと座る。
そして、湊斗にその付箋を見せる。
「…いや、姉さんかよ……」
綺麗な文字で深雪だってことは速攻で分かった。
それでも流石に湊斗は、なんで自分の部屋に連れてきたのか理由を聞きたかったから、深雪の部屋に行こうとした。
「だ、だめ…」
その瞬間、泣きそうな顔で湊斗の服の裾を掴んだ。
「いやっ、はっ!?」
湊斗はその手を振り払い、手で顔を隠す。
「ねぇ湊斗。」
「な、なんだよ…」
「なんで顔赤いの?」
「うるせぇ!!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
湊斗は、詩羽に一目惚れした。
最初に出会ったときは、長い髪で顔がほとんど隠れていて、その表情もよく見えなかった。
けれど、たった今、ふわりと香ったのは、深雪に譲ってもらったシャンプーや石鹸の香り。
それまで無臭だった詩羽の身体から、急に女の子らしい柔らかな香りが漂い始めた。
そしてようやく見えた、その顔。
あどけなさの残る、整った顔立ち。
誰だって、一目惚れするだろう。
まぁそんなこんなで、湊斗は急いで自分が使う敷布団を床に敷いた。
そして詩羽を自分のベッドで寝かせて、電気を消した。
「ねぇ湊斗…」
詩羽はベッドに仰向けの状態で湊斗に問いかけた。
「なにさ。」
湊斗は詩羽が寝ているベッドとは逆方向に寝返った。
「今日は、ありがとう。」
詩羽はそう言い、湊斗と同じく逆方向に寝返り、寝た。
湊斗は、口を押え、ギュッと体を丸くした。
湊斗は、心臓の音がうるさくて眠れなかった。
詩羽の「ありがとう」が、ずっと耳に残っていた。
第4話 ヒーロー
(――あれ、いない…)
朝日がカーテンから漏れていて、その光で起きた湊斗は、目を擦り、ベッドを見た。
そこには、昨日の夜までいた詩羽の姿がなかった。
寝ぼけていたのか、何も思わずに敷布団を片づけていると、湊斗のスマホが鳴った。
(……ん、誰だ…こんな朝っぱらから……)
湊斗は充電器をスマホから外し、ロック画面を見た。
詩羽だった。
「昨日は、ありがとう。」
(いや、どうやって俺の連絡先知ったんだよ…)
湊斗はそう呆れつつも、少し安心を見せるようにため息をついた。
敷布団を片づけ、口に手を当ててあくびをしながらも、リビングに向かった。
「あら湊斗、おはよ~」
「おはよ。母さん。」
湊斗はあくびをしながら、美味しそうな朝ごはんが乗っているテーブルを前に、椅子に座る。
「いただきます」と一言言い、箸を取った。
その瞬間、萌花は思い出したように湊斗に尋ねた。
「あれ?彼女ちゃんは?」
「いやだから、彼女じゃねぇって…」
湊斗は、寝起きだからか否定する力もなく、箸で目玉焼きの白身の部分を丁寧に割った。
そしてそれを食べながら、少し寂しく言った。
「詩羽は、もう帰ったらしい」
「あらそうなの?」
萌花は「だから玄関空いてたのか〜」と思い出したように言った瞬間、テレビのニュースが流れた。
「――年々、中学生、高校生の自殺が増えており、その原因は”いじめ”が多いとされております。」
湊斗はそのニュースを見ながら、白米を口の中に放り込んだ。
「”いじめ”、ねぇ…」
ニュースに目を取られながらもご飯を食べる湊斗に、一発の片手チョップがヒットした。
湊斗は箸をおき、頭を押さえながら「痛ってぇ…」とぽつりと言い、涙目になった。
「母さんの料理はちゃんと味わって食えよー」
「ちょっ父さん、痛い…」
「はい、お弁当!行ってらっしゃい、広見さん♡」
「あ、あぁ…いってきます…」
湊斗の言葉を無視するかのように、広見と萌花がイチャラブし出した。
(なんなんだよこいつら……)
湊斗は広見の一言で、しっかり味わって食べ、急いで学校へ行く準備を始めた。
バッグを持ち、部屋から急ぎ足で玄関へ行く。
だが、テレビがついていることに気づき、洗面台にいる萌花に聞く。
「母さーん?テレビ消すよー?」
「あぁ湊斗!ごめんお願ーい!」
湊斗はリモコンをテレビに向け、電源ボタンを押した。
「いじめられていると判断した場合は、しっかり助けを求めてくだ――」
いじめに関してのニュースがぷつりと途切れた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ぼーー」
「うわっ、湊斗が『ぼー』って言いながらぼーっとしてるよ…」
湊斗は、今朝のニュースで引っかかっていることがあった。
中高生の自殺、その多くの原因が“いじめ”であるとニュースで報道されていた。
何の気なしに聞いたその言葉が、頭から離れない。
昨日の詩羽のことが、どうしても気になっていた。
詩羽は「家を追い出された」と言っていたけれど、それだけじゃないんじゃないか…そんな気がしてならなかった。
(親に追い出された?……でも、それって理由がひとつじゃない可能性もあるよな)
(もしかして、学校でも何か……)
「ねぇ湊斗?次移動教室だけど…」
「あっ?あぁ、ごめん蓮…」
幼馴染の|神崎蓮《かんざきれん》に肩をポンと叩かれた瞬間、湊斗は意識を取り戻した。
「さっきからぼーっとして…なにかあったの?」
蓮はさっきの湊斗の言動を見て誰も声をかけない中、幼馴染だからなのか、普通になにかあったのかと聞く。
湊斗は「はぁ」とため息をつき、蓮に話し始める。
「いやさぁ、蓮?」
「なに?」
「同じ高校の制服を着ている女子が、公園に一人寂しくいたらどうする?」
蓮はその一言に「はぁ?」と返し、目を丸くした。
「まぁそういう反応するわな…」と湊斗は言い、次の授業の教科書類を持ち、歩き始める。
「ちょっと待ってよ〜」
蓮は湊斗の後ろにつき、少し笑うように言い始める。
「なに?そんな子に会ったの?」
「いや、会ったっていうか…」
湊斗は言うのを躊躇うが、蓮は顎に手をやり、真剣に考え始める。
「うーん、ボクならなにもしないなぁ…」
「え?なんでよ」
「だって湊斗はいつもバンド練習で帰りが遅いでしょ?だから、そんな時間に公園で一人寂しく女子がいたら、流石にスルーする。」
「いや、俺まだ遅い時間とか言ってないんだが…」
蓮は「幼馴染舐めるな」と笑いながら湊斗に言った。
「まぁでも、湊斗的にそういう子は放っておけないでしょ?昔からさ」
「いやまぁそうなんだよなぁ…」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
湊斗と蓮がまだ小学生だったときのころ。
蓮はいじめられていた。
「ね、ねぇ…やめてよ……ボク、なにもしてないじゃん…」
一人称は「ボク」。
周りの男子がこぞって「俺」や「オレ」と名乗る中、浮いていたのは明らかだった。
そして、
「いやマジで気持ち悪い。何その髪と服。キモ」
銀色で、肩まであるさらさらの髪。
母親に選んでもらったという、白いニットとベージュのワイドパンツ。
どこか中性的で、柔らかい印象の蓮の姿は、周囲の男子から「男子らしくない」と煙たがられた。
「もっとやれ!」
「服、汚しちまえよ!」
笑いながら、数人の男子が砂をかき集める。
それを蓮に浴びせようと、1人が大きく手を振りかぶった。
「やめろよ、お前ら!」
そのとき、一人の少年が蓮の前に立ちはだかった。
湊斗だった。
「っく…いてぇ……」
浴びせられた砂が、湊斗の顔に当たった。
けれど湊斗は怯まずに、両手を広げ、蓮の前に立ち続けた。
「なんだよこいつ…ヒーロー気取りか?」
「おら、やっちまえ!」
男たちが一斉に湊斗へ向かう。
殴る、蹴る、押し倒す。
それでも湊斗は、蓮の前から動かなかった。
「やめなさい!」
その時、鋭い声が校庭に響いた。
声を出したのは、深雪だった。
「ひっ……お、覚えてろよ!」
男子たちは高学年におびえたのか、顔をひきつらせながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「大丈夫?」
深雪は湊斗に手をやり、起き上がらせた。
「大丈夫だよ姉さん。それより、この子、俺が家まで送ってく。」
「わかった。気をつけてね。」
蓮は、声を出せずにいた。
今にも泣き出しそうな顔で、湊斗の背中を、じっと見つめていた。
湊斗は頭を掻き、そっぽを向き、一言言った。
「だい、じょうぶか?」
蓮はその一言に安心したのか、湊斗に泣きながら抱き着いた。
「怖かったよぉ!うわぁぁぁぁん!!!」
「ちょっ!…泣くなよな……」
湊斗は蓮を振りほどき、ポッケからティッシュを取り出し、蓮の涙と鼻水を拭いた。
「あんなやつら、もう関わるなよ」
「で、でも…」
湊斗は立ち上がり、蓮に手をやる。
「俺が、守ってやるからさ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それから湊斗と蓮は、こうやってずっと一緒にいる。
「ボクのこと助けてくれたし…」
「おい思い出させんな」
湊斗は、あの日と同じように、詩羽を守りたいと思っていた。
第5話 不透明
湊斗のバンドは4人組ポップバンド。
ボーカルとギター担当の湊斗、リードギター担当の黒瀬遥斗(くろせはると)、ベース担当で、唯一このバンドの女子、佐伯悠梨(さえきゆうり)、そしてドラム担当の有村楓真(ありむらふうま)。
大体は学校の中で出会った。
楓真は中学生からの付き合い。遥斗は休み時間にギターを持ってきていた。悠梨は路上ライブをしていた。
こんな感じで、湊斗が声をかけ、バンドを組むことになった。
そして、なんで文化祭に向けて練習しているのか。
実際、ライブハウスは近くにあるんだし、そこでライブをすればいいのではないか。
そう思うのが普通なのだが、バンドメンバー的にまだ湊斗らのバンドは流行っていないから、チケットノルマなどが達成しない場合が多い。
自腹で払えばいいという方法もあるのだが、あいにく湊斗達はお金はそこまでもっていない。
悠梨は路上ライブをしていたのだが、みんなで路上ライブするのも、機材運んだりとかするのがだるいらしい。
実際、今流行ってるバンドマンはこういう道をたどるのだろうが、一番近いところで湊斗達の腕前を披露するのが最適なのは”文化祭”だと気づいたのだ。
そして、噂によると”事務所の人が来る”可能性が高いと湊斗達は聞いていた。
普段そんなことはないが、湊斗の高校の先輩は、今現在流行っているバンドの卒業校である。
まぁだから、お遊びというか、軽い感じで事務所の人が見学に来るらしい。
自分たちでライブをするよりも、文化祭を見てくれる人が多い中で、しかも事務所の人も見に来る中で、自分の腕前を披露できるならそっちのほうがいいと、湊斗達は解釈したそうだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「よし!このまま行けば、文化祭までに間に合うね!」
楓真がパンと手を叩き、嬉しそうな顔で意気込んだ。
「あぁそうだな。」
湊斗もそれに応えるように、バッグから缶コーラを取り出し、椅子に座って缶コーラを飲み始めた。
それに反応するように、悠梨がベースをスタンドに置き、湊斗の隣に座った。
「本当、湊斗くんってかんかんのコーラ好きだよねー」
悠梨は、湊斗が飲んでいる缶コーラを物欲しそうに見ながら、そう言う。
湊斗もその目で察し、「あげねーぞ」と缶コーラを上にあげた。
「缶のほうが、ペットボトルより美味しく感じるんだよね」
「えぇそう?」
湊斗はその缶を見つめながら、説明を始めた。
「ペットボトルよりも冷たいっていうのと、あと普通に量がちょうどいいんだよなぁ」
「えー、量多かったらみんなで分けれるじゃん!」
「…悠梨は本当に欲しいんだな……」
湊斗は悠梨とそう話した後に、「ふぅ」とため息をつく。
その理由は、やっぱり詩羽だった。
蓮と相談したが、湊斗自身は「すべて解決」とまでは行かなかった。
実際、「蓮ならどうするか」としか聞いていなかったし、これから詩羽にどう接していけばいいのかとかは聞いていなかったから。
まぁ同じ高校とはいえ、今日会えなかったのだが。
それでも、バンドメンバーのみんなに相談するという考えは湊斗にはなかった。
そんなため息をつく湊斗に反応するように、楓真は話しかける。
「なぁ湊斗?今日、どうした?」
「んっ、え?」
湊斗は、缶コーラを手にしたまま一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに気まずそうに目を逸らした。
「…別に……」
「いや、明らかに今図星みたいな反応したよね」
楓真は笑いながら、ドラムスティックをバッグの中に入れる。
その時、ギターの弦を拭きながらずばりと最適解を遥斗が答えた。
「図星みたいな反応をするイコール、なにかあったとしか思えない。」
「話したほうが気が楽になると計算できる。」
遥斗の言う通りで、湊斗は蓮に相談した時は少しだけ荷が軽くなった気がした。
(まぁ話すくらいならいいか…)
「蓮にも話していることだし、相談するくらいならまだいいか」と湊斗は考え、またため息をついた。
「もし、もしさ。夜遅くに、同じ高校の制服を着ている女子が公園のベンチに座っていたら、どうする?」
みんなが蓮と同じように「はぁ?」と息を合わせて湊斗に返す。
そのみんなの反応に湊斗は笑いそうになるが、パッと表情を変えて、「どうする?」と聞き直す。
「一人寂しく公園にいたなら、なにか問題ごとを抱えていると計算できる。」
「俺もそう思うなぁ…」
「私も!私も!」
(やっぱそう思うよなぁ…)
湊斗は缶コーラを飲み干し、缶を近くのごみ箱の中に入れた。
「じゃあその問題ごとを抱えているかいないかわからないことにして、話しかけたりとか…」
湊斗のその一言をすぐに否定するかのように、みんなは「しない」と次々と言っていく。
湊斗は自分の行為を否定されたかのように思い、「えぇ…」とぽつりという。
「いやだって、話しかけたりしたらその問題ごとに首つっこむことになるじゃん」
「そうだよ!そうだよ!文化祭に向けて私たちは頑張ってるのに、そんな他人の問題を一緒に解決できる時間なんてないよね?」
「悠梨の言ってる通り。俺たちは常に練習で時間がないのに、そんな他人の問題を解決する時間はないと計算できる。」
「だよね…」
湊斗は「やっぱりか…」とため息をつく。
湊斗のため息を楓真は察したのか、口元を抑え、大きな声で言った。
「ま、まさか……話し…かけたのか…?」
湊斗は冷や汗をかくが、こくりとゆっくり頷く。
その瞬間に、スタジオ内が「えぇ!?」という声で埋め尽くされた。
「だってよ!気になるじゃん!」
「まぁ湊斗のそういう性格はわかるけどさ…」
「でも流石にあと少しで文化祭だよ!?湊斗くん!」
湊斗は必死に言い訳を並べるが、そんなのはお構いなしにみんなは否定し続ける。
そんな様子に呆れたのか、遥斗は手を顔に当てながら、はぁとため息をつく。
「でも、もうやってしまったことは変えられないと計算できる。」
遥斗はギターの弦を拭き終わり、バッグにギターを入れながら、そう言う。
楓真も下を向いてがっかりした表情を見せるが、悠梨はパチンと手を叩く。
「そうだよね!湊斗くんのそういう性格は前から変わらないし、もうやっちゃたから、私たちも手を加えよう!」
楓真は悠梨のその一言で、「…そうだな」とバッグを持った。
「ほら、早くしないとスタジオの時間が過ぎるぞ?」
「あぁそうだな。ごめんこんな俺だから…」
湊斗が悲しい顔でみんなに謝るが、楓真は湊斗の肩を力強く叩く。
「なぁに、心配すんな!俺らも手伝えることはするからさ!そうだろ?」
「うん!」
「楓真の言う通り。」
湊斗は、みんなの一言でぱぁっと明るくなり、「あぁ!」と大きな声で言った。
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「なぁ、マジでうぜぇんだよ」
詩羽と湊斗が初めて出会った公園。そこで静かに暴力を振るっている人がいた。
「私の湊斗を取りやがって…」
そう言った人は、地面にうずくまっている人を蹴り始めた。
無言で。
蹴られている人は地面にうずくまり、声を殺した。
数分蹴っていたが、はぁと息を吐き、蹴るのをやめた。
そしてその場をゆっくりと離れた。