春の桜みたいに儚くて、夜の桜みたいに切ない、そんな物語。
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目次 桜
桜の木の下で、君が笑っていた。
「奇麗だね。桜吹雪だ」
そう零して目を細めた。
やや強い風が桜を揺らし、スカートを翻し、髪を靡かせる。
「ああ。……奇麗だな」
僕はそう答えて、彼女と目を合わせた。
僕もつい、笑みを零した。
これは、僕と彼女の一年間の春の記憶である。
春の桜みたいに儚くて、夜の桜みたいに切ない、そんな物語。
よってらっしゃい、見てらっしゃい__気の利いたもてなしはできないけど、茶くらいは出すぜ。
一頁 初桜
始業式。みんな、なんだかんだで楽しそうにはしゃいで、クラス分けの掲示を見ている。
そんな学生たちを睨めつけながら登校しているヤツがいた__この僕だ。
ちなみに、睨めつけているのは、不機嫌半分、元々の目つきの悪さ半分。
「よっ、よがりん。そんなピリピリしてても、担任はトキ先生にゃなんねえぜ?」
そんな史上最恐の顔面になっているであろう僕に、場違いに明るい声をかけてきたのは、クソガキ……ではなく、幼馴染のなびきであった。
|中下《なかした》なびき。幼馴染。ボーイッシュでキュートでフレンドリーなガール。開口一番うざったいが、これでも僕の唯一の友達である。
「おはよ、なびき。朝からうっせーな」
「にゃはは、厳しー。どう、もうクラス分け見た?」
「いや、まだ。ていうか、それはお前もだろ? 掲示板向こうなんだから」
「んにゃ、僕の人脈ナメちゃいけねえよ? 友達に写メ送ってもらってある」
「すげえ無駄に友達働かせるじゃん」
僕のツッコミを無視して、なびきは「ほい、これ」とスマホの画面を見せてくる。
「僕とよがりん同じクラスだって! ね、ね、嬉しい?」
「おー、そうだな。うれしーうれしー」
親しげに肩を組んでくるなびきを軽くあしらって、
「ほら、とっとと歩け。昇降口混んでるから、万が一にも遅刻したくねえだろ?」
と歩き出す。なびきも慌てて駆け足で追いついてきた。
「おい、置いてくなし!」
桜が舞っていた。なびきが笑っていた。澄んだ空をバックに。
別に感傷なんてない。奇麗なんだろうな、と思うだけ。
僕はまだ気づきもしていない。
その景色を、きっとすぐに溶けてなくなる景色を、分不相応にも奇麗だと思うことになることは。
予感さえしていなかった。
二頁 友達
なびきとくだらないやりとりをしながら、階段を上り、教室に辿り着いた。
入口の真上に引っかけられている『3-B』という板が、窓から入り込んだ風に揺れた。
入ると、まともに座っているのは三分の一くらいだった。僕はそのことに少し安心する。
なびきは黒板に描かれた桜の絵を眺めてから、
「お、よがりん、座席表あるよ」
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四番 |遠藤《えんどう》えとみ
十二番 |烏野《からすの》|霞《かすみ》
十三番 |中下《なかした》なびき
二十九番 |染井《そめい》|園乃《そのの》
三十四番 |由良《ゆら》|夢見《ゆめみ》
三十五番 |吉野《よしの》よがり
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座席表に自分の名前を見つけ、離席してまで喋る人などいないので、大人しく席に座り筆箱を取り出す。
一番後ろの席なので、教室の中の様子がよく見渡せた。
ふと、前の席の女子が振り向いて、僕に笑いかける。
「あ、うち、由良夢見いいます。よく『夢見由良ちゃんやないの?』って言われるんですけど、『由良』が名字で『夢見』が名前」
関西のなまりのあるイントネーションで、彼女__由良夢見が話しかけてきた。
「僕は吉野よがりです。よがりは平仮名。たまに『え、女じゃなかったの?』って言われるんですが、見ての通り男です」
僕がそんな風に返すと、由良さんは小さく笑った。
「よがりくんな。よろしゅう」
「よろしくお願いします」
いきなり名前で呼ばれて照れかけたが、『よがり』を強調するような自己紹介をしたので当然かと思い直す。
教室の対角にいるなびきの方をを見てみると、あっちはあっちで前後の席で喋っているようだった。
さっき見た座席表の記憶を頼る限り、あそこの彼は、烏野霞だろう。
__「ところでかすみん、趣味とかある?」__
__「え、趣味かあ……あんまりないな。けど、料理とか得意だよ。手先だけは器用で。中下さんは?」__
__「んにゃ、僕はアニメとか色々……オタクな感じ。ていうか、僕の幼馴染も手先器用なんだけどさ、今度会わせてもいい? 気が合うかも。あいつ、友達僕しかいないからさ、仲良くしてやってよ」__
__「へえ、幼馴染いるんだ。……いいなあ」__
……自分の耳の良さが今だけは恨めしかった。
「ふふっ、あの子、彼女さん? 仲いいんやねえ」
「ただの幼馴染ですよ」
そう言いつつも、幼馴染が僕のことを自慢げに話しているのを見て、顔がどうしても緩んでしまう僕だった。
三頁 花客
「どうも、|常磐《ときわ》トキって言います。この度、3-Bの担任になりました! よろしくね。ふふっ、まあ私のことはみんな知ってるかな? 結構前からこの学校にいるし、自分で言っちゃうけど有名だから。ということで、高校生活最後の一年、思う存分楽しみましょうね!」
みんなの前に立って、トキ先生__常磐トキが朗らかにそう言った。
登校時になびきが名前を出していた、学校一の美人教師、みんなのカリスマである。
……なびきが『マジでトキ先生じゃん。よかったね、よがりん。美人教師と一年間一緒だよ』という目線をこっちに送ってきてとてもうざい。睨み返す。なびきはもう一度、気持ち悪い笑みを見せてから、すぐに前へ向き直った。
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高校三年生、初めての授業もつつがなく進み、昼休みになった。
僕は人のいないところを探して、パンを片手に席を立つ。
「よ、よがりん、進級早々ぼっち飯……? 僕はかすみんと食うけど、……自主的なぼっちだよね? 友達ができなかったわけじゃないよね? ならまだいいんだけど……」
というなびきの心底心配そうな声が脳内で再生され、舌打ちをひとつ残した。
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人が少ない場所を探して歩き回っていると、非常用の階段に辿り着いた。
__だが、そこにはひとりの女子生徒がいた。
「なあに、もう襲いに来たの? 全く、最近の子は気が早いんだから__変態ばっかりね。私が相手してあげるわ、どんなプレイがお好み?」
「待て待て待て、君は何か絶望的な勘違いをしている」
何コイツ!? 出会って最初のセリフそれ!? 怖すぎるんだけど!
非常階段に腰かけていたその女子生徒は、抑揚の少ない声でそんなことを言ってきた。
「……ん? お前、隣の席の__確か、|染井《そめい》|園乃《そのの》だったか」
「え、今気づいたの? ショック……」
最初にかけられた一言がアレだったからテンパって気づくのが遅れたけど、そうだ、こいつは染井だ。
__染井園乃。無表情な女子生徒。よく言えば凜としている。隣の席にはなったものの、彼女とは挨拶を交わした程度だったため印象があまり残っていなかった。
僕がすぐ気づかなかったことに対して、染井は割とガチで凹んでいるらしかったが、僕もそれどころではなく、
「いや、まず前言を撤回しろ。僕は変態じゃねえ」
「名前」
「は?」
おもむろにひと単語だけ言われて、僕は頭に疑問符を浮かべる。
「名前。『よがり』って言うんでしょ。性的快感を表情や態度に出すっていう意味があるらしいわよ」
「マジかよ!? 僕は満足するとか、得意になるって意味だと思ってたんだが」
「それもあるけど、現在は私が言った意味で使われることも多いらしいわよ。ドンマイ。……まあ、あなただけが悪いってわけじゃないわ。名前に自然と性格が寄っていっちゃったのかも」
無表情なまま投げやりに慰めるようなことを言う彼女を尻目に、僕は「嘘だろ……」と頭を抱えた。
僕、そんな卑猥な言葉でなびきとか|由良《ゆら》さんに呼ばれてたの……?
「そう気を落とさずに。私の隣でご飯を食べられるんだからプラマイゼロ、いえ、むしろ圧倒的にプラスじゃない」
「ああ、うん……もういいや」
僕は諦めの境地に達して、非常階段に腰かけた。彼女とは人ひとり分空けた場所に。
「……で、染井さんはここで何してたの?」
「別に何も。お昼食べないから、けど教室とかうるさいし。それでここに行き着いたの」
染井さんはけろりとそう言った__ははあ、それで運悪く僕は彼女と出会ってしまったと。
本当に運が悪い。最悪だ。
「本当に理由なんてそれだけだったんだけれど、でもまあ、結果的にはよかったわね。__ここ、桜がよく見えるのよ」
けれど__まあ、悪くはないなと、少しだけ思った。
染井さんは窓の外の桜を指して、楽しそうに微笑んだ。