1000字以内の短い小説を、お題に沿って書きます。
まえがきにタイトルを書きますが、前書きは文字数に含みません。
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目次
ざ、しょーと
『帰り道』
5時。時計の長針はてっぺんを指して、ちょうどそこで鐘を鳴らした。
そこらそこらではまだサッカー部はボールを蹴って、野球部は素振りをして、
吹奏楽部の音楽が聞こえて、バスケ部は体育館を彩っている。
赤い空は情熱を表しているかの様で、活動している部員たちの熱い心で焼き芋ができあがりそうだ。
私は吹奏楽部だったが、3年生だったので、引退をすることになった。
後ろ寄りの手で鞄を引っ張って、帰り道をなぞって帰る。
見慣れた道、隣にあるは二酸化炭素。
横切る自転車、危なっかしい横並び。
とぼとぼ歩く私。体重が足にがっしり伝わる。
…そろそろ受験かぁ。
もう忘れて自由になってしまいたいが、そうもいかない。
今のままでは、志望校に受からないことは確実であることはずっと前からわかっている。
はらりと落ちる赤い葉っぱ。
自分はこうなってしまうのか、はたまた違うものなのか。
未来など先の見えぬものは、ずっと自分を不安にさせるだけだった。
信号の前で立ち尽くす。待って欲しいという合図も、見逃すほど馬鹿ではない。
車がぴたりと止まったら、白線を踏み締めて歩き出す。
ただ道なりに、ただまっすぐ。
今日もゴールを目指して、私は歩く。
たまに疲れてしまうけれど、それでも構わず前に進む。
悲しい事があったら、涙を流せばいい。
嬉しい事があったら、大笑いすればいいじゃないか。
…流されるままではいけないことも、ちゃんとわかってるけど。
「あっ、凪〜。」
自転車に乗って走っていた少女は、私の横でゆっくり止まった。
「咲。」
私も、少女の名を呼んだ。
「一人?」
「うん。」
「いっしょかえろ。」
咲と私は共に歩き出した。
もう私の隣は、二酸化炭素だけではない。
カラカラ音を鳴らしながら、自転車は車輪を転がして進んでいる。
今日もゴールを目指して進む。それが一人でも、仲間がいても。
もちろん疲れてしまうけれど、それでも後には退かない。
悲しい事があったら、涙を流せばいい。
嬉しい事があれば、大笑いすればいいじゃないか。
あたりまえがずっと続く日まで、今日も私は道をゆく。
誰かが、みんなの為にひいた道を行く。
それが間違いであっても、気づく事が出来ないままに。
「そういや、昨日のテレビ見た?」
「うん、見た。めっちゃ面白かったよね。」
ざ、しょーと #2
『本を読む』
ひらりとめくった1ページ。
誰もいない図書室は、がらんとしていて寂しい。
窓ごしにたくさんの運動部員が声をあげて練習に励んでいる…。
文字はさっぱり読めないが、ペラっという音がクセになる。
ぺらり、またぺらり…
ひゅーごろごろ、ひゅーごろごろ…
やかましい足音はやまず耐えず、隙間からふいてくる。
だけどカラフルな棚は微動だにせず、まるで平気な顔をしている。
ぺらり、またぺらり…
「あっ、窓開けっぱなし。」
ガラッ。
「ちゃんと閉めてから出てって言ったのに。…あ、本も開いたまま出てる。」
バタン。
ごぉーっ。
「今日は風も強くて、よく冷えるわー。」
ざ、しょーと #3
『ミステリー』
午前0時に事件は発生した。
何者かが家の冷蔵庫へ侵入。そこで厳重に保管されていた|貴重品《プリン》を取り出し、その場で破壊したという。
この不可解で非合理的な事件から、被疑者を3名集めた。
橙子、咲、佐助の3名だ。
職業はそれぞれ専業主婦、咲と佐助はどちらも学生だ。
アリバイはこうだ。
橙子はその時、眠っていたと言う。
咲は友達との通話で盛り上がっていた。
佐助は受験に向けて、勉強をしていた。
この中で一体誰が怪しいのだろうか。
そして現場で使用されていた凶器は、全て台所に流され、証拠が隠蔽されていた。
アリバイを全て本当だと仮定すると、この中で眠っていたと言う橙子の可能性は限りなく低くなる。
咲は通話中に離席すればいつでも犯行に及ぶ事は可能で、佐助も、勉強を切り上げて犯行に及ぶことが可能だ。
数少ない証拠の中で、限られた中で犯人を特定する…なんと難しい事だろうか。
だが!私は違う。この中からでも探し出したのだ!
「犯人は佐助さん、貴方ですね!」
この中で唯一好条件で自然と犯行に及ぶことができ、足音をかき消し目撃者がいない状況を作ることが容易だからだ。
しかし、佐助はこういったのだ。
「ちがうよ。俺そもそも勉強してたっつっても寝落ちしたし。」
現場は一気に凍りつく。
すると1人が手を挙げ、こういった。
「ごめんなさい。私よ。寝ぼけててあなたのプリンだって気づかなかったのよ。」
自白した犯人は橙子だった。
犯人はいつも現場のそばにいる。
すると咲が口を開いた。
「父さん、探偵ごっこはもうやめな?」
ざ、しょーと #4
『君とワルツを踊りたい』
前書きを除き、本文を1000文字以内で完結させる縛りシリーズです。
※少しBL要素あり
そう夢見たのはいつだったか。
柔らかくもキリッとした鋭い目、濡れガラス色の艶のある髪。
初めて心の底から好きだと言えそうな人だった。
だけど戸惑った。
あの人は男だから。
僕は女ではないから。
なぜ僕はあの人を好きになったのだろう。
動機が止まらない。
「|蒼《ソウ》くん。これ。」
あっ、あの人だ。
いつ見てもやはり、かっこいい。
「あっ、ありがとう…」
僕はそう言い、あの人からプリントを受け取った。
ドア越しのあの人は、プリントを渡した後でも、じっとこちらを見つめてきた。
いつもならすぐに帰っていくのに、今日はどうしたんだろう。
僕はあの人の目線が耐えられなくなって、そっと目を逸らしてしまった。
「ねぇ、蒼くん。今度さ、体育でフォークダンスの練習があるんだ。」
「…そうなんだ。」
あの人と初めて会話をしたかも知れない。
僕は内容そっちのけでとても嬉しくなった。
「それで…男子が1人足りなくて、きてくれないかって、先生がね。」
そうか…やっぱり、そうだよなぁ。
ただの引きこもりが、好意なんか持っちゃいけないよなぁ。
「…無理にじゃないよ!嫌じゃなければ…俺だって、サポートするからさ。」
「…ごめん。やっぱ僕、怖いよ。」
思い出すのは、あの日の言葉、目線、日々の声。
些細なことだったかも知れない。自分の首をただ絞めただけだと分かっていても、あの人が励ましてくれても…進むことのできない自分に、ひどく腹が立つ。
いっそ気持ちを吐けば、僕は楽になれるのだろうか。
「…そっか。蒼くん。ごめんね。」
あの人は振り向き、ドアの向こうへ一歩出ていってしまった。
なぜだかとても寂しくて、気づけば声が勝手にあの人を引き留めていた。
「僕さ!…やっぱり明日…いってみるよ。」
いってみたものの、体の震えがとても止まらない。
激しく震えて、奥歯がガタガタと鳴っている。
「…本当!?…よかったぁ!」
あの人はいきなりぎゅっと飛びついてきて、思わず僕は少し声を上げてしまった。
心臓が酷くなっている。思えばあそこも…
鎮まれと心で唱えても、体はいうことを聞いてくれない。
「本当、嬉しいなぁ。…もうこんな時間だ。蒼くん。また明日、学校でね!」
あの人はさっと帰っていってしまった。
…あの時の感覚が、ずっと忘れられない。
そう言えば、なんて名前だっけ。