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目次
国を捨てた騎士と舞手
魔物たちに襲われてばかりの国があった。国民を守る騎士たちや、彼らを支える人々は疲弊していく一方。
このままでは魔物たちに支配されてしまう。支配を恐れた国は魔物たちを退けるために、ひとりの舞手を迎えた。
蒼い衣装をまとう舞手は、魔物を退ける結界を国の周りに張れる力を持っていた。
舞手は満月の夜になると、祭壇で踊っていた。国民たちの目にさらされている緊張からか、少しぎこちなさがあった。だが人の目には見えない結界は、無事に隙間なく張れていた。
魔物たちは近づかなくなった。なのに国民たちは舞手に懐疑的だった。
舞手が舞った軌跡には守護の光も舞っているはずなのに、その舞手には光が舞わなかったからだ。加えて国の周囲にあるはずの結界もまったく見えず、ただの空間が国の外にあるだけだ。
一般人が踊っているだけにしか見えない舞手を、人々はいつしか偽物あつかいしだした。
やがて舞手は国から追放された。
門前まで追いやられた舞手のあとを、ひとりの騎士が追った。
「あんなに誠実に舞ったお前が偽物なものか!」
そう大声で断言した銀の騎士は国を捨てて、蒼い舞手とともに旅立っていった。
舞手を追放した国は、新たな舞手を迎えた。
紅い衣装をまとう舞手の踊りは、見た目は派手だった。国民たちに見られているのにまったく緊張していない。堂々と舞った軌跡には光が強く輝いて、守護されている安心感をおおいに人々に与えた。
結界も人の目に見えるものだった。満点の星々のように、まぶしくない程度にキラキラと輝く結界は美しい。
うすく輝く結界の外で、魔物たちがうろついている。変わらず国に侵入してこない。見える平和を人々は謳歌した。
見た目が九割という話は本当で……やがて人々は平和に慣れていった。安心による心のうるおいは、次第に当たり前のものになっていき、欲は強くなっていく。
少しずつ内戦が起こり始めた。魔物たちに脅かされていないのに、命を落とす国民まで出てきてしまった。
この状態で魔物たちにまで襲われてはたまらない。そう考えた城の者たちは、舞手を監禁した。
満月の夜を終えたばかりの晩は、舞手への注意が散漫になる。そこを狙ったひとりの騎士が、舞手を閉じ込めている部屋に侵入した。
「もう、この国はダメだろう」
そう静かに告げた緑の騎士は紅い舞手をさらい、国から逃げていった。
国が舞手を失った瞬間を見届けた者は、もうこの国のどこにもいない。
追放された蒼い舞手も、新しく迎えられた紅い舞手も、ひとしく本物だった。ひとしい効果で、魔物たちを国から遠ざけていた。違いは舞の演出だけだった。
蒼い舞手の演出が地味だったからこそ、人々は危機感を持ち続けられた。自衛の心を失わなかった。
紅い舞手の演出が派手だったからこそ、人々は安心を得られた。勝手に争い合うまでは、うるおった心のままに平和でいられた。
ふたりの舞手を失った──否、おそらく舞手が残り続けても──国は自滅の道を歩み続けた。
やがて魔物たちが国に侵入し始めた。
舞手はもういない。残っていた騎士たちが国を守り続けた。人々は内戦をしている場合ではないと目を覚まし、騎士たちのバックアップについた。
結果、数を失った魔物たちは逃げていった。
魔物たちを自力で退けられた人々は、自分たちだけでも国を守れるのだと気づく。舞手に頼ってばかりだと、堕落して自滅しかねないと学ぶ。
舞手頼りの国政をやめた人々は自衛の心を胸に抱き、今まで働いてくれたふたりの舞手に祈りを捧げた。
旅立ったふたりの舞手とふたりの騎士は、どうなったのだろうか。それは彼らだけの秘密である。