名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
Prologue
キャプション?を読んでからご覧ください!
天才の妹。
落ちこぼれ、出来損ない。
兄がいないと何もできない。
昔はさ、みんな頼ってくれたじゃん…
なんで?なんでなんでなんでなんでなんで?
私じゃ駄目だったの?
誰か助けてよ。愛して…
**`愛してください…。`**
なんてね。
今日も普通の日々を過ごす。
一度でもいいから異常な生活をしてみたいな。
そう願っていたことがまさか本当になる時がくるとは知らずに……
---
設定
名前 糸師蘭
学年クラス 3年E組
好き 甘いもの、家族、サッカー観戦、分析
嫌い 天才の妹などと言われること
人見知り。糸師冴、天才の妹と言われたりするのが嫌い。
基本的に一人で居るが、誰かと一緒に居たい、愛されたいと思っている。
昔、サッカーをやっていたとか…
E組に落ちた理由
浅野くんの告白を断り続けた挙句に鬱陶しくて殴ってしまったから。
この事は知られたくないので授業に追いつかなくて落ちたと言っている。
暗殺の時間
キャプションを読んでからご覧ください!
「起立!」
突然ですが皆さん、願っていたことが本当の事になったことはありますか?
「気をつけ!」
そこら中からガチャリと音がする。
「礼!!!」
耳元に銃声音。
私は確かに異常な生活を望んだけど…
こんなに異常な事は望んでないです。
そして目の前にはタコみたいな先生。
先生が声を出す。
「おはようございます。
発砲したままで構いませんので出欠を取ります。
磯貝くん」
「はい!」
「糸師さん」
『は、はい!』
と、次々皆呼ばれていく。
今日も誰もこの先生を殺す事が出来なかった。
何でこんな事になってしまったのか。
数日前…強面の男の人がいきなり教室に入ってきた。
その人が言うにはこの先生を殺せとのこと…。
『……!?』
正直、とても驚いた。
色々ツッコみたい事はあるけど、皆が質問攻めしてるからいいかな。
なんて簡単単純回想だけど私達には目標が増えただけ。
この生活にいつ慣れるかな…。
爆発の時間
キャプション読んでからご覧ください!
私は授業受けている。今は国語の時間。
文の最後を「触手なりけり」で締めろとか無理でしょ…
そんな事思っていると、潮田くんが席を立った。
終わったのかな?なんて疑問はすぐに晴れた。
ナイフを隠し持ってたからだ。
でも、先生はナイフを止めた。と、思ったら爆発が起きた。
どうやら寺坂くんがボタンを押したみたいだった。
そんなことより潮田くんは大丈夫だろうか。
後ろの席だから見えないので席を立つ。
変な膜が潮田くんを包んでいた。
そして先生を見ると、真っ黒だった。
考えることもなく怒っているんだと分かった。
「実は先生、月に一度ほど脱皮をします。
脱いだ皮を爆弾にかぶせて威力を殺した。
つまりは月イチで使える奥の手です。」
何だか力が抜けてふらふらと自分の席に座った。
そこからの記憶はあまり無く、気づいたら先生が潮田くんの頭を撫で、褒めていた。
と、思ったら説教を始めた。
「寺坂君達は渚くんを、渚くんは自分を大切にしなかった。
そんな生徒に暗殺する資格はありません!」
そう言った。そして、
「このクラスはまだまだ伸びしろがありますね」
先生は、クラスを見渡した。
「…殺せない先生か…じゃあ、殺せんせーは?」
という茅野さんの提案で先生の名前は殺せんせーになった。
サッカーの時間
それから赤羽カルマくん、イリーナ先生、自律思考固定砲台の律さんが仲間に?なった。
赤羽くんは、席は隣なのだが、何を考えているのかが分からなくて未だに怖い。
イリーナ先生には、何故か好かれるし…ハニートラップの天才だとか…なんとか…
天才と言われて嫌な気はしないけど、私そういうの苦手だと思ってたし、いらないと思う。
律さんは割と仲良くなれたと思う。
スマホに入ってた時は凄く驚いた。どうやら皆のスマホに入ってるらしい。
そしてクラスの皆。凄く優しい人たちだ。
「蘭ちゃん!一緒にご飯たべよー!」
「あ、いいね。それ!おいで!」
と、女子みんな、私のことを誘ってくれる。
嬉しい…。
「蘭ちゃんって好きな事ある?」
『あ、えっと…サッカー観戦です、』
男っぽいって思われたかな…
「え、意外!サッカー好きなんだ!」
「糸師さんってサッカー好きなんだねぇ?」
と、赤羽くんが会話の輪に入ってくる。
赤羽くんが入ると他の男子も入ってくる。
「じゃあ、サッカーできるの?」
『あ、一応…』
兄には到底及ばないけど…ちょっとならできる。
「昼休みやってみようぜ!」
『あ、でも、兄にサッカーは俺らがいない時にやるなとか…言われたんですけど…まあ、いいか。』
楽しそうだし…久々にサッカーできる。
そしてその時間になる。
「俺達、ルール分かんなかったからちょっと律に教えてもらったんだ。」
『そうなんですね。』
「じゃあ、行くぞ。」
まず、分析…。この人達は素人なわけで…そんなにすごい技はやらないと思…!?
『は…?|空中曲芸砲《ジャグリングショット》!?そんなの聞いてない…』
驚きすぎてとめれなかったっていうかドリブルもうますぎる…
「1点取ったー!」
『あらら、取られちゃいましたか…。
じゃあ、次からは本気で行かせていただきますね。』
これは本気でやらないとまずい。
『じゃあ、行きますよ〜』
まずドリブルで抜いて……
ちゃんと見てきたんだなぁ動画。簡単に抜かせないって感じ…
さぁて、どっちにいくでしょーか。
「左……!?」
『残念、右でしたぁ』
ここで2枚壁ねぇ…
冴にいが使ってた、クロスエラシコ使えるじゃん
ラッキー
「あ、」
『あと一枚ぃ…♡』
いや、待って私フィジカル強くないから勝てないかも…
やるしかない…。一か八か試す価値はある。
背面踵蹴弹!
『お、いけたぁ♡』
その後は、私がもちろん点を取っていった。
みんな素人なのに上手かった…いい練習になった。
『ふふっ…あははっ!はぁ…♡さいこぉ♡』
久々のサッカー、久々のハットトリック。
ほんとに最高。
「蘭ちゃん…?」
「どう?私の言った通りだったでしょ?」
イリーナ先生はドヤ顔で言う。
「だから止められてた…?え、えr…」
「岡島!!」
岡島くんは殴れてた。
『あれ、皆さんどうかしました…?』
正気に戻った私は声を掛ける。
まさかこの事でサッカー界の魔女とか言われるようになったとか、なってないとか…
楽しかったから何でもいいや。
出会いの時間
今日も同じくらいの時間に登校したら新しく隣に机と椅子が置いてあった。
もしかして転校生…?
律さんが言うには、その人はとても律さんとは比べ物にならないくらい強いらしい。
律さんでも強いのに…それ以上強いなんて…
私は変な胸騒ぎがした。
怖いとかじゃない…なんだろう…。この感じ
予想は的中。やっぱり転校生が来るみたいだ。
どんな人かなぁ?いや、まず人じゃないかも
赤羽くんでさえも人以上の実力を持ってたし…
いや、言いすぎかもしれないな。
隣の席だし、話す練習とかしとかないとな。
そんな事を思ってると、赤羽くんが話しかけてくる。
「ねぇ、糸師さん転校生来るみたいだけど大丈夫?」
『ひぇ…えっと…』
私は下を向く。
「カルマくんあんまりいじめちゃ可哀想だよ」
潮田くんがひょこっと顔を出す。
ありがとうございます…潮田くん…
「そんなつもりはないんだけどな〜
ねぇ、糸師さん?」
『え、ぁ…』
どうしたらいいのか分からなくてただビクつくだけ…。
そんな事をしていたら扉が開いた。
転校生か…?と皆が期待していると、
全身白色の人が妙な威圧を放って教室に入ってきた。
その人はつかつかと教室に入り、スゥ…っと片手を前に出す。
その行動にクラス中の空気が固まった。
するとポンッと音を立てその人の手から鳩が出てきた。
『…!?』
何なの…この人…
クラスがざわつく。
「ごめんごめん。驚かせたね。転校生は私じゃないよ。
私は保護者。…まぁ白いしシロとでも呼んでくれ。」
と、軽く挨拶をするとクラスの緊張も少し溶け、ふいに先生を見ると、
液体になった先生がいた。
いや、ビビりすぎでは…?
それから殺せんせーとシロとで軽い会話をすると、
シロが、
「では紹介します。
おーいイトナ!!入っておいで!!」
クラスにはまた緊張が走る。
と、同時に背後から聞いたこともない音が響いた。
『えっ…』
私は音の方を向く。
そこには白色の髪をした同じくらいの年齢の男の子が座っていた。
壁…壊れてるんだけど…!?
と、混乱していると
「俺は、勝った…。この教室のカベよりも強いことが証明された。
それだけでいい…それだけでいい…」
……!?
殺せんせーの方をちらっと見てみると、
なんだその中途半端な顔は…
シロが口を開く。
「堀部イトナだ。名前で呼んであげてください。」
堀部イトナ…くん。名前はまだ普通っぽいけど…
「ああ、それと。私も少々過保護でね。
しばらくの間彼のことを見守らせてもらいますよ。」
私まだこの状況についていけないんだけど…
そんな事を思っていたら赤羽くんが堀部くんに話しかける。
「ねぇイトナくん。ちょっと気になったんだけど
いま、外から手ぶらで入ってきたよね。
外、土砂降りの雨なのに、なんでイトナ君一滴たりとも濡れてないの?」
確かに濡れてないのはおかしい。
沈黙が流れる。
堀部くんはキョロキョロと周りを見て
その後赤羽くんの髪を撫で、
「おまえは、多分このクラスで一番強い。
けど安心しろ。
俺より弱いから。俺はお前を殺さない。」
そう言うと殺せんせーの方に向かい、
「俺が殺したいと思うのは俺より強いかもしれないやつだけ。
この教室では殺せんせー。あんただけだ。」
殺せんせーは舐めたようにようかんを食べ、答える。
「強い弱いとはケンカのことですかイトナくん?
力比べでは先生と同じ次元には立てませんよ。」
そう言うと堀部くんは先生の目を見て、
「立てるさ。
だって俺達、血を分けた兄弟なんだから。」
え、?
兄弟の時間
今、兄弟って…え?
「き、兄弟…!?」
と、皆が声を出して叫ぶ。
私は心の中で…
そんな混乱も知らないように堀部くんが言う。
「負けたほうが死亡な。兄さん。」
なんかまた凄いことが起きてるんだけど、堀部くんが言うには放課後勝負をするみたい…?
堀部くんが教室を出た瞬間先生への質問攻めが始まった。
「ちょっと先生!!兄弟ってどういう事!?」
「そもそも人とタコで全然違うじゃん!!」
なんて少し罵倒も入った質問に先生は心当たりがない。と返す。
まぁ、確かに…外見は全然違うよね…
昼休み。私の隣には堀部くんが座っている。
それだけでも威圧がすごいのに、机の上には大量のお菓子の山。
あ。あれおいしそう…
なんて思っていたら少し目が合った気がした。
目…合ったのかな…?
堀部くん目が大きいからどこ見てるか分かんないよ…。
私は少し恥ずかしくなり、下を向く。
「蘭ちゃーん!こっちおいで!」
『あ、はーい?』
最近、毎日のように呼ばれる。その大体はハニートラップ講座。
もう、飽きたよ…。
前原くんが口に出す。
「すごい勢いで甘いモン食ってんな。
甘党な所は殺せんせーと同じだ。」
あ、確かに。
ちょうど殺せんせーもお菓子食べてる。
「兄弟疑惑で皆やたら私と彼を比較してます。
ムズムズしますねぇ。
気分直しに今日買ったグラビアでもみますか。
これぞ大人のたしなみ。」
わ、なんか見ちゃいけないもの出しちゃったし見るの辞めよう。
堀部くんもなんか威圧を放ちながらグラビア見てる…
巨乳好きまで一緒とは…
急に岡島くんが声をあげた。
「…これはがぜん信憑性がましてきたぞ。」
そうかな…、と潮田くんが返す。
「そうさ!!巨乳好きは皆兄弟だ!!」
「三人兄弟!?」
『……ふふっ…』
その会話に私はくすっと笑う。
何故か視線を感じて、
堀部くんをちらりと見ると、少し目が合いすぐ逸らされる。
あ、…なんかいつもは私からそらすから、そらされるとこんな感じなんだ…。
ちょっと悲しいかも。
なんて私は堀部くんへの興味が高まっていった。
勝負の時間
ついに放課後になり、
殺せんせーと堀部くんが教室の真ん中に立つ。
私達はそれを教室の隅で見つめる。
堀部くんが上着を投げ捨てた。
クラス中に緊張がはしる。
堀部くんの後ろからシロが声をかける。
「ただの暗殺は飽きてるでしょ殺せんせー
ここはひとつルールを決めないかい?
リングの外に足がついたらその場で死刑!
どうかな?」
…私達はそんな勝負をこんな所で見るのか。
どうやら殺せんせーもその条件をのんだようだ。
「ただしイトナ君。観客に危害を与えた場合も負けですよ。」
先生も条件を作る。
堀部くんも素直に頷く。
「では合図で始めようか。
暗殺…開始!」
途端、私達の目は1か所に釘付けになった。
触手?
さっきまで普通の人だった堀部くんの頭から触手が…
『…!?』
私達が混乱していると殺せんせーからとてつもない殺気を感じた。
「どこで…
どこでそれを手に入れた!!
その触手を!!!」
殺せんせーの顔は真っ黒で、ど怒りだった。
そんな先生にシロは言った。
「君に言う義理はないね殺せんせー
だがこれで納得したろう。
両親も違う。育ちも違う。
だが…この子と君は兄弟だ。」
私達は目の前の出来事を理解できず、ただ先生達の勝負を見る事しかできなかった。
触手が飛び交い、少しでも当たれば軽症ではすまないだろう。
そんなとき、不意をつき先生は堀部くんに対先生ナイフを使ったようだ。
その瞬間に堀部くんは外へ投げ出された。
『…勝った?』
堀部くんは何が起きたのか理解できていないようだった。
「先生の抜け殻で包んだからダメージは無いはずです。
ですが君の足はリングの外に着いている。
ルールに照らせば君は死刑。
もう二度と先生を殺れませんねぇ。」
それを聞いた堀部くんは、
触手を黒くさせ、先生を睨む。
「生き返りたいのならこのクラスで皆と一緒に学びなさい。
性能計算ではそう簡単に計れないもの
それは経験の差です。
君より少しだけ長く生き、少しだけ知識が多い。
先生が先生になったのはね、経験を君達に伝えたいからです。
この教室で先生の経験を盗まなければ…
君は私に勝てません。」
私はそれを聞いて、先生は人ではないのに、人のように見えた。
でも案外上手くはいかず、気がついたら、
黒い触手を振り回した堀部くんが先生に飛び込もうとしていた。
お別れの時間
触手を黒くさせた堀部くんが先生に飛びかかる。
…と、思いきや、針のような物が堀部くんに刺さり
堀部くんはその場に倒れ込む。
『堀部くん…!』
私はその場に向かう。
「蘭ちゃん!危ないよ!」
茅野さんが私を引っ張り、離れた所に連れて行く。
『えっ…でも…!』
「大丈夫。殺せんせーに任せよう。」
私はそう言われて少し正気に戻り、恥ずかしくなる。
どうやら針を刺したのはシロのようだった。
「すいませんね殺せんせー。
どうもこの子はまだ登校できる精神状態じゃなかったようだ。
転校初日でなんですが…しばらく休学させてもらいます。」
…確かに、まだあのままじゃ危ないかも。
そんなシロに殺せんせーは、
「待ちなさい!担任としてその生徒は放っておけません。
一度このクラスに入ったからには卒業するまで面倒を見ます。
それにシロさん。あなたにも聞きたいことが山ほどある。」
そういって先生は触手でシロを掴んだ…
『触手が…』
途端、先生の触手が溶ける。
「対先生繊維。
君は私に触手一本触れられない。
心配せずともまたすぐ復学させるよ殺せんせー。
3月まで時間はないからね。
責任持って私が家庭教師を務めた上でね。」
そう言うと堀部くんが壊した壁から外へ歩いていった。
私達は何も言うことができなかった。
それから先生が正気に戻ったようで…
「恥ずかしい恥ずかしい…」
『…。』
さっきまでの先生はどこに行ったんだ…。
それからは色々な情報を知ることができた。
シリアスから我に帰ると恥ずかしがったり、
先生は実は人工的に造り出された生物だったり…
いや、どうでもいい情報ばっかりだった…
でも、つまり堀部くんも人工的に造り出されたって事…?
私は堀部くんは人のようにしか見えないんだけど…
「ねぇ。蘭ちゃん。」
『!?』
私は驚いて声のした方を見る。
茅野…さん?
「ねぇねぇ。蘭ちゃんイトナくんの事気にしてたみたいだけど…
もしかして脈あり?」
!!?
え、そんな事…
私は焦って首を横に振る。
「ちょ、ちょっと、首振り過ぎて一周しそうになってるよ!!」
『えっ…、あ…』
「確かに、怪しいぞ〜!」
『え、え!?』
女子皆に囲まれる。これ何だか愛されてるみたい…。
これも、堀部くんのおかげかもしれない…なんて。
プールの時間
E組に入ってから色々な事件があった。
こんなに異常な生活は望んでなかったよ。
最近、寺坂くんがおかしい。
一緒にいる友達とも仲が悪くなっているようだ。
昨日も殺せんせーが吉田くんのために木で作ったバイクを壊していた。
あと、変なスプレーも撒き散らしてたし…。
なんとなく、寺坂くんは殺せんせーの事が苦手なのかな。くらいに考えていたけど、
今日、それが大事件になるなんて考えてもなかった。
次の授業は…プールかな。
先生が作ったプールまでみんなで移動する。
そういえば今日の先生、粘液?みたいなのでベタベタだったな…。
前の授業を見てる限り、先生は泳がないっぽいから大丈夫だろうけど…。
私達は水着に着替えてプールに入る。
どうやら寺坂くんに計画があるみたい。
プールの中での暗殺か…いったいどんな計画だろう。
寺坂くんが銃をもったまま指示を出す。
「よーし、そうだ!!そんな感じでプール全体に散らばっとけ!!」
周りからは愚痴が聞こえる。
確かに細かい説明なんで聞いてないから不安はあるけど…。
寺坂くんが銃を先生に向け、何か話す。
先生はそれを聞いて顔をしましま模様にさせた。
それにいらついた寺坂くんが引き金を引く。
途端、嫌な爆発音と水しぶきがあがる。
何が起きたんだろう。気づいたら水に流される私達。
『…っ!!』
水から顔が出せなくて息ができない…!!
頑張って顔をあげたとき見えたのが…
シロと、堀部くん…?
このままじゃあそこの崖に落ちる、!!
と、思ったら殺せんせーが助けてくれた。
その後赤羽くんの作戦通り寺坂くんが動く。
それで皆、合図で岩場の下に降りる。
皆判断が速すぎる…。
私も急いで降りる。
ただ、流石に可哀想になり私は皆の後ろに立って見てるだけ。
『……!……?』
一瞬、堀部くんと目が合ったような…?
気のせいかな…
なんて思ってると何やら先生が堀部くんに話しかけているようだ。
私が悩んでいる間に話が終わったみたい。
先生が話し終えると堀部くんは怒ったようにその場から去っていった。
また目が合った気がする。2回も…?
私は不思議な気持ちになった。
意識する時間
プールの爆発から数日が経ち、女子達が私の周りに集まる。
何故…?
「蘭ちゃん!少しお話しーましょ!」
『良いですよ。』
私はそれが嬉しいのか恥ずかしいのかよくわからないまま顔を赤くする。
でも、私もみんなのこと知りたい。
もっとクラスに馴染めるように努力したい。
「堀部イトナとはどんな関係?」
い、いきなり…!?
な、中村さん…ニヤニヤしてるし…
『あの…、ほ、ほんとに…その…
何もなくて…』
途切れ途切れになりながらもしっかり話す。
「んー、ここまで言うんだったら本当に何もないのかな…?
あ!じゃあさ、蘭ちゃんはイトナの事どう思ってるの?」
ど、どうって…
不思議な人…くらいしか…
『あの…同じ仲間として…その、過ごせたらって…お、思います…。すみません。』
「いや!謝らなくていいよ!私もそう思う!」
「まぁ、意識はしてるってわけね…ふふ。」
『えっと…』
「いいのいいの。私達に任せておいて!」
なにかよくわからないけど、とにかく中村さん達に任せる?事にした。
再開の時間
あれから数日経ち…
私がお手洗いから教室に帰ると不穏な空気が流れていた。
「サイテー。」
「不潔。」
え、え…?何が起きてるの…
主に女子が先生に対して言っているように見える。
「あ、…。蘭ちゃん。
あのね、なんか殺せんせーが下着ドロやったみたいなの。」
『えっ…
ほ、本当…ですか…』
私は先生がそんな事する人…タコだと思えなくて、本人に聞いてみた。
「にゅや!?ち、違います!!
私は決してそんな事はしていません!!」
この焦りっぷり。
さすがに生徒の信頼を失うような事、殺せんせーはしないと思うけど…
「ねぇねぇ、蘭ちゃん!」
茅野さんが小声で私に話しかける。
「私ね…、殺せんせーはしてないと思うの!
蘭ちゃんはどう思う?」
私も…
『私も、してないと…お、思います…。』
「だよね!
あのね、作戦があるんだけど…」
茅野さんが言うには真犯人を捕まえようとの事。
…私も、先生を助けたい。
『…うん。わ、私も…参加したい…です。』
「本当!?ありがとう!
絶対捕まえようね!」
少し緊張。
でも先生の為。頑張らないと。
『…うん!』
そして夜に何人かが集まる。
わ…、こんなに人がいるとはおもってなかったけど
でも、みんなも先生の事信じてるんだ…。
律さんが言うにはこのマンションの可能性が高いみたい。
『…?
あ、あれ…先生?』
私が指差す方に、どこからどう見ても盗む側にしか見えない先生がいた。
「先生も真犯人を捕まえに来たんだな。
って、なんで先生が下着見て興奮してるんだよ…」
あはは…、と私達は苦笑いになる。
ま、まぁ、確かにこれなら疑われるよね…。
すると向こう側から人影が見えた。
「あ…!黄色い頭の大男!」
あれが真犯人…!
途端先生は目にも見えない速さでその人を捕まえ、
ヘルメットを外した。
「あの人…!
烏間先生の部下の人!」
…え、なんで
その瞬間白い幕が先生を覆い、閉じ込めた。
どうやら対先生繊維で出来ているようだ。
でも…誰がこんな事…!
その時聞いた事のある声がした。
「国に掛け合って烏間先生の部下をお借りし、この対殺せんせー繊維の幕までおびき寄せてもらったんですよ。」
…あれは
「シロ!!」
なんで…
その瞬間、幕に飛び入った影が見えた。
『堀部くん…!』
決戦の時間
その直後、触手が飛び交う音が響く。
幕の中は見えないようになっているけど、殺せんせーの声を聞くと苦戦しているように思える。
堀部くんの触手が殺せんせーを掴み、持ち上げる。
「俺の勝ちだ。兄さん。
お前を殺し、たった一つの問題を解く…!」
そう言った堀部くんは先生を地面に叩きつける。
『先生…!』
私は駆け寄ろうとするが、みんなが私を止める。
「だ、駄目だよ蘭ちゃん!
これは…私達にはどうにも出来ないよ…。」
そんなぁ…。
こんな戦いを見る事しか出来ないなんて。
「すなわち…最強の証明!!」
堀部くんの触手は先生に向かう。
…が、先生は簡単に避ける。
「えぇ、見事ですイトナくん。
1学期の先生ならやられていたかもしれません。
でもね、君の攻撃パターンは単純です。
いかに速くても、いかに強くても、いかに保護者が策を積み上げても
いかにテンパりやすい先生でもさすがに三回目となれば、
すぐに順応して見切ることができるんです。」
「馬鹿な…こんなはずが…!!」
「イトナくん。
先生だって学習するんです。
先生が日々成長せずして、どうして生徒に教えることができるのでしょう。」
途端、幕が光り、眩しくて見えなくなる。
『…っ』
目が慣れ、周りが見けるようになると、先生が堀部くんを抱えていた。
堀部くんは気を失っているようだ。
「そういう事ですシロさん。
彼をE組に預けておとなしく去りなさい。
…あと、私が下着ドロではないという情報を広めて下さい!!!」
先生…。まぁ、確かに証明しにきたようなものだし…
茅野さんもシロに訴える。
「私の胸も正しくは…B!!…Bだから!!!」
なんて言っていると堀部くんが急にうめきだした。
「う…っぐぁ…っ!」
い…たい…頭が…痛い…!!」
『…!!』
シロが口を開く。
「度重なる敗北のショックで触手が精神を蝕み始めたか…
ここいらがこの子の限界かなぁ…」
な、なんでそんな事言うの…
シロは堀部くんの保護者なんじゃ…
「これだけ私の術策を活かせないようならねぇ…
イトナ、これだけ結果を出せなくては組織も金を出せなくなるよ。
君に情が無いわけじゃないが、次の素体を運用するためにも、どこかで見切りをつけないとね。
…さよならだ。イトナ。あとは一人でやりなさい。」
シロはそう言いながら、背を向けた。
追う時間
堀部くんを置いて、去っていこうとするシロを先生は止める。
「待ちなさい!…あなた、それでも保護者ですか!!」
シロは冷酷に返す。
「教育ごっこしてんじゃないよモンスター。
なんでもかんでも壊す事しかできないくせに。
…私は許さない。お前の存在その物を。」
そう言い、シロは去っていった。
殺せんせーとシロにはなにか深い関係があるの…?
その瞬間、堀部くんの触手が暴れ出し、私達の方へ飛んでくる。
「危ない!!」
それを先生が受け止め、私達を守る。
『せ、先生…!!』
堀部くんは息を切らし、フラフラになりながらどこかへ飛んでいった。
どうすれば…あのままじゃ街の人まで…!
『私…行きます…!』
え!?とみんなは私を見る。
気づいたら走っていて、後ろから蘭ちゃん!と呼ぶ声がした。
急がないと…!
息を切らしながらも頭をフル回転させて考える。
考えろ…考えろ…
あ、そうだ…!
暴れ回る可能性があるんだったらニュースとかにものるはず…
私は携帯を取り出し、ニュースをチェックする。
『携帯電話ショップ襲撃事件…?』
内容からしても犯行はイトナくんぐらいしかできないようなものだし…
これが一番あやしいかも。
そう思い、私はその携帯ショップ付近を探していると、工場のような所から声が聞こえた
「勝ちたい…勝ちたい…」
もしかして…
私は物音たてないようにそっと覗く。
『……!』
見つけた。
堀部くんは工場の隅で座りこみ、何かを呟いている。
さすがに私なんかが今話しかけたら一発で殺される…よね。
えっと…、どうすれば…
と、考えた挙句、先生達に連絡する事にした。
メールを送ると、すぐ行く!との連絡があった。
私は隠れて堀部くんの様子を見る。
「どうすれば…」
堀部くん…、悩んでいることがあるように見える。
携帯ショップばかりを狙ったのにも何か理由があるんだと思う。
少しでも…力になれたら…
あれ、でも、なんで私こんなに必死になってるんだろう…
まだ、話したことすらないのに…
……今日は考える事がたくさんで、何も思い浮かばない。
でも…。
私は堀部くんと一緒に授業を受けたいと思ってる。
だから、…助けてあげたい。
私はそっと近づいた。
人質の時間
私は堀部くんに歩み寄る。
堀部くんは私に気づいたようで、純血させた目をこちらに向ける。
攻撃が…来る…そう思い、目を瞑る。
「にゅやっ」
聞いた事のある声が私を包み込む。
『殺…せんせー…』
「駄目ですよ。全部一人で解決しなくても、あなたには仲間がいます。
あとは私達に任せてください。」
あとあとからみんなが走ってくる。
「ちょ、ちょっと!蘭ちゃん!女の子が一人でうろちょろしてちゃ危ないよ…!」
お、怒られてしまった…
『す、すみませ…』
「兄さん…」
イトナくんが声を出す。
それに先生が明るく答える。
「殺せんせーと呼んでください。
私は君の担任ですから。」
寺坂くんも、
「すねてあばれてんじゃねーぞ。イトナ。
てめーには色んな事されたがよー、水に流してやっからおとなしく着いてこいや。」
イトナくんは弱々しく立ち上がり睨みつける。
「うるさい…。勝負だ…殺せんせー…。
今度は…勝つ…。」
「もちろんいいのですが、お互い国家機密の身、どこかの空き地でしませんか?
その後は皆でバーベキューでもしながら先生の殺し方を考えましょう。」
『先生…』
その瞬間、何かが投げ込まれ、室内は煙に包まれた。
「な、なに…!?」
慌てて先生を見ると、全身少しずつ溶けていっていた。
「これは…、対先生物質のパウダー!!」
皆が咳き込む。
「イトナを泳がせたのも予定のうちさ。殺せんせー。」
煙の奥からシロと、同じ服を着た人達が歩いてくる。
視界が悪く、見えない中、対先生弾が飛んでくる。
「さぁ、イトナ。君に最後のご奉公だ。」
堀部くんにネットが飛ぶ。
『…!!』
気づくと堀部くんはトラックに入れられ、そのトラックはどこかへ走っていった。
私達はゴホゴホと咳をしながら工場を出た。
『ど、どうしよう…』
「駄目だよ糸師さん。ここは先生に任せよう。」
私はそれに力強く頷いた。
助ける時間
殺せんせーは猛スピードで堀部くんを追った。
私達は走りながら追い、その間に作戦会議をする。
赤羽くんが言うには、クラスメートを呼び出し、先生の援護をすると言うことだ。
確かに。
シロは今まで先生に不利な物ばかり使っていた。
今回も何か使うはず…。
でもそれは私達には効かないから、先生の代わりにシロを倒す事が出来る。
すると徐々に生徒が集まってきた。
「なぁーんだ。下着ドロ、先生じゃなかったんだ。」
「ま、まぁ俺は最初からそう思ってたけどなぁ」
「嘘つけ。」
こんな時間にうろついていいはずがないけど、皆となら安心ができた。
そしてやっと先生達に追いつく。
堀部くんはネットを被せられたまま動けないようだ。
『…っ』
「ねぇ、糸師さん。」
『ひぇ、…はい…?』
赤羽くんが私に声をかける。
「糸師さんは特別にイトナを助ける係に行って。
…というか、行きたいんだよね?」
べ、別にそんな事はない…けど…
あの…ニヤニヤしないでください…
『わ、分かりました…。』
私は物音をたてないように堀部くんに近づく。
堀部くんと目が合う。
「お、まえ…」
堀部くんに被せられたネットは堀部くんの触手を溶かしていった。
これ…急がないと危ない…
『す、すみません…
あの、し、失礼します…』
急ぎながらも、優しく、丁寧に、体を傷つけないようにネットを取っていく。
ちょうどみんなもシロ達に攻撃をしていた。
「俺は…無力だ…」
『…!』
そんな事ないのに…なんて言い返す事が出来ず、少し後ろから堀部くんを見つめる。
すると殺せんせーとシロが話し合いを始めた。
「去りなさいシロさん。
イトナくんはこちらで引き取ります。
あなたはいつも周到な計画を練りますが、生徒たちを巻き込めば、それは台無しな計画になる。
当たり前のことに早く気づいたほうがいい。」
「モンスターにコバエが群がるクラスか。
大層ウザったいねぇ。
でも確かに私達の計画には根本的な見直しが必要なのは認めよう。
…くれてやるよそんな子は。どのみち2、3日の命。
みんなで仲良く過ごすんだね。」
…え、?
2、3日…?
執着の時間
え、2、3日…?
堀部くんは2、3日の命だと言うことを私達は知った。
先生が言うには、
堀部くんには強い執着があり、その執着によって触手が離れないらしい。
切り離すにはその執着を消す必要がある、との事だった。
でも執着を消すには、その執着に至った原因を知らなくてはいけないらしい。
「でもなぁ…」
「身の上話なんて素直にするとは思えねぇなぁ。」
確かに。本人から聞くのは難しそう。
「その事なんだけどさ、
気になっていたのよ。どうしてイトナくんは携帯ショップばかり狙って襲っていたのか。
で、律に彼に繋がるものを探して貰ってたんだけど…
…堀部糸成って、ここの社長の息子だった。」
その会社は世界的にスマホの部分提供をしていた町工場だったらしいが、
一昨年、負債を抱えて倒産してしまったらしい…。
社長夫婦は息子を残して雲隠れをした、との事だ。
その息子って…
堀部くん…
寺坂くんが口を開いた。
「っち。つまんね。
それでグレただけって話か。
みんなそれぞれ悩みがあんだよ。重い軽いはあるだろうが。
俺らの所でこいつの面倒見させろや。それで死んだらそこまでだろ。」
『…!』
寺坂君たちが…なんて、
なんか凄く珍しい気がする。
でも、確かに寺坂くんと堀部くんはどこか似ている気がした。
赤羽くんが寺坂くんに話しかける。
「あのさ、その事は別にいいんだけど、
…ついでに糸師さんも混ぜてあげて?」
『!!?』
え、な、なんで!?
「あ、私もそれ、さんせーい。」
中村さんまで…
「あ?なんでだよ。糸師は関係ないだろ。」
「いやいや。関係あるよ。とっても。
…ね?糸師さん?」
赤羽くんは黒い笑顔をして私を見る。
『…え、…あ、…』
ど、どうしよう。これで違うとか言ったらきっと…
いや、想像するだけで寒気が…
「ねぇ〜?そうだよね、糸師さん…?」
『ひぇ……あ、は、はい……。』
「(うわ…言わされちゃったよ…
どんまい。糸師さん…)」
渚は心の中でそう思った。
寺坂くんは、
「はぁ…?チッ。まぁ、一人も二人も変わらねーか。
行くぞ。」
『は…はい…』
私はなるべく1mほど距離を置き、歩く。
「それじゃ、糸師さーん。楽しんでねー。」
赤羽くんは後ろから満面の笑みで手を振る。
やっぱり、赤羽くんは怖い…。
堀部糸成の時間
「やっと目覚ましたか。」
寺坂くんが、木にもたれて寝ていた堀部くんにそういった。
堀部くんは驚いた表情で辺りを見回す。
…私は3mくらい後ろにいる。
「対触手ネットをリメイクしたバンダナ。」
狭間さんが、バンダナを気にしている堀部くんにそう伝える。
…意外とセンスがいい。いや、これ失礼だよね。ごめんなさい…。
「てか、蘭ちゃん。そんなに離れなくても…」
『!?』
なるべく邪魔にならないようにしようと思ったんだけど…
いや、怖いっていうのもあるけど。
「お前…」
堀部くんが私を見る。
『…!
…ど、…どうも…。』
近くの木に隠れながら返事をする。
「怖がらないで糸師さん。
大丈夫。私がいるから。」
満面の笑みで狭間さんは言うが、
…むしろ、その笑顔怖いです。
それから何故か松村くんの家…店に行く事になった。
寺坂くん。吉田くん。松村くん。狭間さん達は仲良く話ながら歩いていたけど、
私は後ろで、その会話をちょっと聞きながら歩いて行った。
堀部くんは私の少し前を歩く。
今は落ち着いているようだ。
店につき、堀部くんと、何故か私の前にもラーメンが置かれる。
堀部くんは無言で食べ始めた。
『え…あ…』
私はどうすればいいのかわからず、チラッと松村くんを見る。
「蘭ちゃん、なんかさっき活躍してたみたいだし。
食べていいぜ。まずいけどな」
ははっ、と笑いながら松村くんは言った。
『ぁ、ありがとうございます…。
いただきます…。』
…そんなに、まずくはないけど。
でも、正直…なにか足りない…?
堀部くんが口を開く。
「不味い。おまけに古い。
手抜きの鶏ガラを化学調味料で誤魔化している。
トッピングの中心には自慢げに置かれたナルト。
4世代前の昭和のラーメンだ。」
ほ、堀部くん。意外と知ってる…
「こんな店、チェーン店でも近くにできたらすぐに潰れる。
うちの親でも勉強してでも無惨に負けた。」
堀部くんは手に力を入れ、そうつぶやいた。
寺坂くんはそれを肘をつきながら、じっと見ていた。
どこか辛そうな顔でつぶやいた堀部くんに吉田くんは話しかける。
「じゃ、次はうち来いよ。
こんな化石ラーメンと比較になんねぇ現代の技術見せてやるから!」
こ、今度は吉田くんの家…
私邪魔になってないかな…
吉田くんの家も店なんだ…
モーターズ…って事は、車関係?
皆が中に入っていき、私もこそっとおじゃまします、と呟いた。
「じゃあイトナ。これかぶれ。」
吉田くんが渡したのは…ヘルメット?
堀部くんは素直に被る。
そして吉田くんについていくと、広いレース場のような所に着いた。
こ、これ全部私有地…!?
吉田くんは1台のバイクに乗り、堀部くんはその後ろに乗った。
「糸師さん。こっち。」
狭間さんが私を手招きする。
私は軽くうなずき、コソコソと移動する。
吉田くんはエンジンを着け、颯爽とバイクを走らせる。
「いいの?中学生が無免で。」
「吉田んちの敷地内だしなぁ。」
狭間さんと寺坂くんが軽く話す。
…すると、吉田くんはキキキィっと音をたて、
斜めに急ブレーキする。
『…!?』
今、堀部くん投げ出されてなかった!?
私は走って、飛んでいった人影の所まで行く。
『ほ、堀部くん…!?大丈夫ですか…?』
堀部くんは顔が木に突き刺さった状態だった。
私は慌てて引っこ抜く。
ヘルメットしてるから大丈夫だとは思うけど…
すぽんっとヘルメットを取る。
待って気絶してる…?
気絶してる時ってどうしたら…!?
迷っていたら寺坂くんが堀部くんのほっぺをペチペチ叩いて起こした。
そうしたら良かったのか…。いや、でも叩けないな…。できないわ。
今度は狭間さんが堀部くんに話しかけている。
「復讐したいでしょ。シロの奴に。
名作復讐小説、モンテ・クリストーク。
全7巻2500ページ。これを読んで暗い感情を増幅させなさい。
最後の方は復讐やめるから読まなくていいわ。」
狭間さんはコソコソと堀部くんに話して言った。
「むずかしいわ!」
寺坂くんは的確にツっこむ。
「狭間!!お前は小難しい上に暗ぇんだよ!!」
「何よ。心の闇を大事にしなきゃ。」
「もうちょっとねぇのかよ。簡単に上がるやつ。
だってこいつ頭悪そうじゃ…
!!?」
寺坂くんが驚いた顔をして、堀部くんを見た。
私は何が起きたのかと堀部くんを見ると、
目が純血し、ギシギシと歯をたてていた。
これ…もしかして…
『触手の発作…!?』
バンダナはいつの間にか取れていて、黒い触手が見える。
皆はその場から走って逃げる。
私は動くことが出来ないままその場に残った。
「蘭ちゃん!!」
「糸師さん!!」
と、周りから声がする。
私は堀部くんを見上げる。
さっきとは違い、目に執着の色がある。
私は呟く。
『…あの時何も言えなくて…ごめんなさい。
私ね、思うんです。
堀部くんは無力じゃないって…。』
堀部くんは黙ったまま私をじっと見る。
『でも、弱いとも思います。
触手の力に頼って…。
…だけど、そういうふうに強くなるために我慢してたのはとても凄いと思います…!』
「……!
…お前は…離れろ。」
堀部くんはゆらゆらと触手を揺らしながら睨みつける。
『…いや…です。』
私はゆっくり近づく。
「おい!!糸師!!!離れろ!!」
寺坂くんは叫ぶ。
「…お前には関係ないだろ!」
堀部くんは私に触手を向ける。
『…っ』
怖い。でも、助けたい。
シュッと堀部くんの触手が足をかすれる。
『…っ駄目…っ…!』
私は暴れだす堀部くんを抑える。
「離…せ…!
俺は適当にやってるお前らとは違う…!!
早くあいつを殺して勝利を…!!」
堀部くんは必死に私を離そうとする。
そこに寺坂くんが近づいて口を開いた。
「おいイトナ。俺も考えてたよ。あんなタコ今日にでも殺したいってな。」
寺坂くんが口を開く。
私は必死に堀部くんをおさえつける。
「でもな、テメーにやつを今すぐ殺すなんて無理なんだよ。
無理のあるビジョンなんて捨てちまいな。
楽になるぜ。」
堀部くんはそれに対し「うるさい!」と触手を寺坂くんにぶつける。
『寺坂くん!!』
「ぐっ…」
寺坂くんは苦しそうに触手を受け止める。
「に、二回目だし…弱ってるから捕まえやすいわ…。
吐きそうなくらい痛ぇけどなぁ。
…は、吐きそうといったら村松んちのラーメン思い出した。」
村松くんは「んな!?」と驚く。
「あいつは、あのタコから経営の勉強勧められてんだ。
今は不味いラーメンでもいい。
いつか店を継ぐときが来たら、新しい味と経営手段で繁盛させてやるってよ。
吉田もおんなじ事言われてた。
いつか役に立つかもしれないって。
…なぁイトナ。」
そう言い、寺坂くんはゴツッと堀部くんを殴った。
「いっ…」
「一度や二度負けたくらいでグレてんじゃねぇ!!
いつか勝てりゃいいじゃねぇか!」
「あのタコ殺すっつったってなぁ、
今やれなくていい。100回失敗したっていい。
3月までに一回殺せりゃ、それだけで俺らの勝ちよ。
親の工場だって、そんときの賞金で買い戻せばいいじゃねぇか。そしたら親も戻ってくる。」
堀部くんは答える。
「耐えられない…
次のビジョンができるまで、俺は何をして過ごせばいい…」
「はぁ…?
今日みたいに馬鹿やって過ごすんだよ。
その為に俺らがいるんだろうが。」
堀部くんは、驚いた表情を見せ、呟く。
「俺は……焦ってたのか…?」
「…おう。だと思うぜ。」
そこに殺せんせーがやってくる。
「目から執着の色が消えましたね。イトナくん。
今なら君を苦しめる触手細胞を取り払えます。
…一つの大きな力を失うかわり、君は多くの仲間を得ます。
殺しに来てくれますね?明日から。」
堀部くんはそれを聞いて、
見せた事もない笑顔で、
「勝手にしろ。
この力も、兄弟設定も、もう飽きた。」
挨拶の時間
今日もいつもどおり、変な日常が始まる。
でも、今日は少し違う。
茅野さんが私に話しかける。
「あっ、蘭ちゃん…!イトナくん来たよ!」
何で私に報告…?
私は茅野さんが指差す方向を目で追う。
堀部くんだ…。
触手は無く、バンダナをつけている。
「ちょっと!蘭ちゃん!
見惚れてないで、声掛けなよ…!」
え…そ、そんなつもりじゃなかったんだけど…
『えっ…、見惚れてなんて…』
茅野さんにそう言うと、
ほらほら。と急かすように背を押される。
押された先が、ちょうど堀部くんの目の前で、
私はどうする事も出来ず、下を向き固まる。
「…。」
『…っっ…!?』
だんだん顔が赤くなる。
でも、挨拶は大事だよね…。
『あ、えっと…。お、おはよう、ございます…!
体調は大丈夫です、か?』
なるべく笑顔で挨拶する。
笑顔だったはず…大丈夫だよね。
「あぁ。」と言って横を通り過ぎていった。
『…!!!』
「蘭ちゃん、頑張ったね!!!」
もう、顔が赤くて…、色々恥ずかしすぎる。
『あの…すみません…。顔赤い気がするんですけど…』
「ほんとだ…!ちょっとこっち行こうか…。」
不安の時間
いつも通りの日常とちょっと違うだけ。って思ってたのに…
だいぶ違う…気が…
堀部くんは隣の席…。
いや、いちいち気にしないほうがいい。
むしろ、相手は気にしないはずだから…!
…そう自分に言い聞かせる。
少し時間がたち、茅野さんが、
「どう?顔赤いの治った?」
『あ…、た、たぶん…。』
「よし。じゃあ戻ろう!授業ももうすぐ始まるし!」
『は…、はい。』
「大丈夫!私は二人の事応援してるから!!」
茅野さん…違います…。
私、そんな感情ないんですけど…
いや、私がもっと早くにそう言うべきだったのかな…
とにかく、急いで教室に戻り、席に座る。
堀部くんはもう座っているようだ。
私は、なるべく視界に入らないように大回りして自分の席まで戻る。
すると赤羽くんが、
「わっ…、糸師さんいつから居たの?
忍者みたいだねー。」
ニコニコしながら私に言う。
え…、これは褒められてる…の?
『え、…あ、ありがとう…ございます…?』
すると堀部くんはこの会話で私がいた事に気づいてこっちを見た…けど、すぐに顔を前に戻した。
堀部くんがこのクラスに来てくれたのは本当に、とても嬉しいんだけど、
でも、なぜか凄く嫌な予感がするというか…
ほら。だってさっきから赤羽くんが何か企んでるようにニヤニヤしてるし…。
私の精神がいつまで持つかが不安だ…。
盗み聞きの時間
1週間が経った頃…。
ちらっと見ただけなんだけど、堀部くんには趣味があるみたい。
どうやらラジコンとか作るのが得意みたいで。
…すごいな。やっぱりお父さんとかの影響かな?
最近は頑張って、挨拶はまだ普通に出来るようになった。
よし。今日も…!
私は堀部くんと少し離れた所から、
『また、明日…!』
よ、よし…、言えた…!
堀部くんは目をラジコンに向けたまま、
「あぁ。」
とだけ返す。
…あれ、そういえば堀部くんはこの一週間
私には「あぁ。」しか言ってない気がする。
…いや、別に気にする事じゃない…かな。
返事してもらってるだけ、ありがたいよね。
でも、少し悲しい気がして、
私はゆっくり廊下を歩く。
目の前には中村さん達。
仲いいな…。
私もあの三人くらい明るい方が良いのかな…。
…………いや、想像できないな。
…そういえば、少し機械音が聞こえた気がしたけど…
気のせいかな?
次の日。
たまたま早起き出来たので、早めに出る。
んー…、さすがに早すぎた…かな?
学校に着くとちょうど片岡さんも着いたみたいで
「あ、蘭ちゃん、おはよう。
ねぇ、一緒に教室まで行かない?」
片岡さん、いつもこんなに早いのかな…?
『あ、は、はい…!
あ、えっと…、おはよう、ございます…』
それから教室まで、少し会話をしながら歩く。
「蘭ちゃんっていつもこんなに早く学校来てたっけ?」
『あ…、いや、あの今日は、早起き出来て…
なんとなく…です。』
「ふふ。緊張しなくていいよ。
早起きっていいよね。スッキリするし。」
『で、ですね…!』
なんだろう…、片岡さんといると落ち着く…
教室に近付くと、何やら騒がしい。
みんなこんなに早くに来て何してるんだろう…?
「何か…怪しいわね。」
『…え』
片岡さんは見せた事もないほど、怖い顔をしている。
「いつもは私か、磯貝くんぐらいしかいないもの…。
なにか企んでるのかしら…。」
『…!?』
わ、私達が知らないところで、何が起きようとしているの…
「盗み聞きしましょう…」
『え…あ…はい。』
とにかく、片岡さんの言うとおりにしてみる事にした。
信頼する時間
私は片岡さんがドアに耳をくっつけるのを見て、
同じように耳をくっつける。
「……
よろしくな。お前ら。」
あの声は…堀部くんかな?
なんの事だろう?
その後、おうよ!などと言った返事が聞こえた。
特に悪い所は無さそう?だけど
と、その時、
「よっしゃ!3月までにはこいつで、女子全員のスカートの中を偵察するぜ!」
!!??
その途端片岡さんが音もなく教室に入り、
おそらく声の主である岡島くんの肩を掴んだ。
私は、混乱しながらも片岡さんの斜め後ろに立つ。
…どうやら、ほとんどの男子がいるみたい。
「スカートの中がなんですって…?」
「片岡!?糸師!?
いや、何でもない!!
カースト制度の話をしてたんだ!!」
「聞いたわよ。」
「男子サイテー」
後ろから声がして、振り返ると、
岡野さん、矢田さん、倉橋さん、中村さん…
「ちょっと。誰が言い出しっぺ?」
「まさか…イトナくんじゃないでしょうね!!?」
ちらっと見ると、見事に目が合う。
『…!』
目があったのに驚き、そらす。
堀部くんは…そんなことする人じゃない気がする…
たぶん…。
「岡島。」
堀部くんは即答する。
…うん。そうだと思ってた。
それから男子(主に岡島くん?)達の思惑がわかり、
皆は怖い顔をして「男子サイテー」と息ピッタリに罵る。
え、えぇ…。
覗きなんて考えてた男子も怖いけど、
今の女子はそれ以上に怖い…
すると中村さんは私に向かって喋る。
「ちょっと!蘭ちゃんも遠慮なく怒っていいよ!?
これは全部岡島が悪いんだし!」
『え、?いや、でも…』
「え!?俺だけ!?
ラジコン作ったイトナも悪いぞ!!」
え…、それはちょっと…
きっと、堀部くんの事だし、暗殺の為に作ったはず…だよね?
「はぁ?俺は…」
『いや…その…
信じてます…ので…。』
私は咄嗟に口を開いた。
「え…!蘭ちゃん…、みんなの前で…
…大胆!!」
「え、何?もうそう言う関係!?」
「ちょっと!今のドキドキした!」
『え…え…!?』
あ、どうしよう。
また、勘違いさせてしまった。
こ、これ以上は堀部くんにも迷惑がかかる…
謝ろうと堀部くんを見ると、
少し驚いた顔で私をみつめてるから、恥ずかしくなって、顔が赤くなる。
そうすると、またからかわれて勘違いされる…
の、繰り返しだった。
挨拶の時間、イトナくんside
昨日、色々あって、
今日からなぜか学校に行く事になった。
触手も取れ、体調が悪くなると思っていたが、
悪くなるどころか、とてもよくなった。
学校なんていつ以来だろう…。
まったく覚えてないわけでもないが、とても久しぶりな感覚がする。
学校につくといろんな奴から挨拶される。
見た事はあっても名前までは知らない奴らばかりだ。
今日からこいつらと過ごすのか…。
…べつに、嫌な感じはしなかった。
教室に入り、自分の席に向かおうとすると、
目の前に見た事のある奴がいた。
昨日の…。
名前は…いや、名前は聞いた事がない。
そいつはただうつむき、何も言わない。
避けて通ろうと思ったが、俺は何故かそこから動かなかった。
目の前の女子は何か決心したように手に力を入れる。
「えっと…おはよう、ございます…!
あ、体調は大丈夫です、か?」
俺はそれをただ黙って見つめる。
…?それだけか
てっきり、何か大事な事かと思ったが、
ただの挨拶だった。
だが、あまりよく顔が見えなかった。
俺はただ、「あぁ。」とだけ返事をした。
紡ぐ時間、イトナくんside
俺が学校に行くようになってから一週間程たった。
最近は殺せんせーに無理やり勉強させられているストレスで、ラジコンを作ってばかりだ…。
放課後になり、隣の席の奴にまたね。と言われたが、
集中していたので、顔はラジコンの方に向けたまま、あぁ。とだけ返事をした。
今日はそろそろ完成に近づいていたので、放課後になってからも作業を続けていると、
クラスの男たちが俺の周りに集まった。
「おぉ…。すげー」
「よくこんなの作れるなぁ。」
こんなの、寺坂以外誰だって作れる。
周りからの質問やらを適当に返していると、ちょうどラジコンが完成した。
さっそく試運転のため、廊下を走らせると、職員室から出てくる女子たちが見えた。
それを見た岡島と前原が、
「見えたか…」
「いや、カメラが追いつかなかった…視野が狭すぎるんだ。」
と、真剣そうに話し合う。
すると小さい足音が近づいてくる。
あれは…隣の席の…
「あれ…、糸師さんじゃね?」
「ちょ、この角度からだったら見えるよな…!?」
俺は、とっさにラジコンを後ろに引いた。
「お、おい!イトナ!?
なんでバックさせたんだよ!?」
「…。」
…?
俺にもわからない…。
「あーあ。勿体ねぇなぁ…。
でも、こいつさえあれば…ふふふ」
「岡島キモい。」
「誰だキモいって言ったの!!!」
あいつ…、糸師って言うのか。
周りの会話が頭に入らず、ただ、なぜかモヤモヤした。
また明日の時間
本当に……私って奴は…
今日は朝から罪悪感や後悔で頭がいっぱいだった。
今日、信じてる。なんて馬鹿みたいな事言ったせいで周りから勘違いされるし。
堀部くんにも迷惑が…
そういうつもりで言ったんじゃ無かったんだけどな…。
たまに後先考えずに行動してしまうのが悪いんだよね…、
これからはちゃんと考えて行動しないと…。
それにしても…周りからの視線が痛い。
こういう時に限って隣の席は運が悪すぎる。
一応授業中なんだけどな…
すると殺せんせーが口を開く。
「ちょっとみなさん!授業に集中してください!
…まぁ、実は先生もその二人の関係は気になりますがねぇ。」
先生はいつも以上にニヤニヤして私を見る。
私はどうしていいのかわからず、下を向く。
少し気になり、目だけで横を見る。
堀部くんは……寝てるようだ。
良かったぁ…。なるべく堀部くんには迷惑をかけたくない…。
全ての授業が終わり、放課後になる。
堀部くんはいつの間にか起きていたようで、ラジコンを作っている。
…はぁ。今日はいつもより疲れた気がする。
「蘭ちゃん。今日は大変だったねー」
ははは…と苦笑いしながら茅野さんが私に話しかける。
『…い、いや。私がわるいんです…。』
「そんな事ないよ!ほら、信頼する事は暗殺にとっても大事な事だと思うし!」
茅野さんが私を励ます。
…気を遣わせてしまったかな。
今日は、堀部くんにまたねって言いづらいな…。
また、日を開けてからかな…。
そう思い、堀部くんの後ろを通ると、
「…糸師。」
…え、
今の…
「またな。」
声の方を見る。
堀部くんと目が合う。
堀部くんの目はしっかりと私をとらえていた。
『…はい。
…また…明日。』
緊張の時間
…どうしよう。顔が赤い。
嬉しいのと、恥ずかしいのが混ざって、よく分からない感情が出来る。
運がいい事に周りには誰もいない。
一人で顔を隠しながらゆっくり廊下を歩く。
歩く事さえ意識出来なくて、ただ、頭の中は堀部くんでいっぱいだった。
その日、どういう風に帰ったのかはあまり記憶がない。
次の日、色々考え事をしながら登校する。
今日も挨拶した方がいいのかな、とか
ちゃんと顔見るべきなのかな、とか
…いや、別に恥ずかしがる必要ないよね。
だって気まずくなるような事はしてないし、されてないし…。
ただ、またなって言われただけ。
…あれ、堀部くんって私の名字覚えててくれたんだ。
あ、駄目だ。また顔が赤くなる。
…昨日の放課後からずっとこんな感じ。
堀部くんの事しか考えてない。
気づいたら廊下までついていた。
時間が経つのがはやい気がする。
いつも通り過ごしていた。皆にからかわれるが…
次は体育の時間。
「今日は、サッカーをしますよー!」
サッカー…?今までしたことなかったのに…。
「蘭ちゃん…!やったね!出番だよ!」
「糸師さん、サッカー強いんだ〜?
へぇ~、見とけば良かった。」
『そ、そんな事は…』
私は、強くない…。
「糸師さんのためにサッカーにしてみました。」
『私の、ため…?』
「そうです!長所を増やしましょう!」
長所…ね、長所と言われるほど強くも凄くもないんだけど…。
でも、少しだけ頑張ってみようかな。前やった時楽しかったし。
「蘭ちゃん、すごいね…!」
え、何が…?
『………?』
「リフティングすげー!」
『リフティング…』
どうやら私は、無意識にリフティングをしてたみたいだ。
考えてる時は何するか分かんないからな。気をつけないと…。
「じゃあ、試合しよー!」
試合が開始した。まずとりあえず皆の動きを分析する。
前やったことがある人は、多分強さが格段に変わってるはず。杉野くん、木村くん、前原くん、磯貝くんには注意が必要。
わ、ドリブル上手くなってる…!!
このまま突破作戦?
|跳弾突破球《バウンディング・スルー》…!?
やばいやられた。パスだったのか。
1点目を取られてしまった。
『次は、取らせないよ。』
女子の皆は体力はあるものの、戦術がない。
私が頑張らないと。
「やばい…!?ごめん…パスミスっ……え?」
『ふふっ…ナイスパス…』
「でも、ゴール後ろ…」
|0強制終了回転《ゼロ・リセットターン》
『前向いて行きまっしょい』
「抜かせないよ」
赤羽くん…。君も注意しとくべきだった。
確かに私はフィジカル弱いけど、
『その考えちょっと甘いんじゃない?
体制崩しただけで止められると思ったの?
知らないだろうけど私、両利きなの…
ごめんねぇ…♡』
|二銃式直蹴弾《トゥーガン・ボレー》で締める!
これで同点…。
『あー、やっぱ、サイコー…♡』
アドレナリンがドバドバだよぉ…
その後も私達は追い込める。
「ちょースレスレのゴール…
あのシュート何処かで…」
『2点目…♡』
そして試合終了。
もちろん私達の勝ちだ。
『すっごく楽しかったです、!』
「糸師…って元からこんな感じなのか?」
「サッカーしてる時、ちょっと変わるみたい」
『私、何か変なこと言いましたかね…
覚えてなくて…』
「この前の試合と今日の試合をみて違和感というか…気づいたことが…
糸師ってレ・アール下部組織所属の糸師冴の妹だよな?」
『ぇ……!
そ、そうですけど…』
知ってる人いたんだ…。
「杉野…お前、野球だけじゃなくてサッカーも観るんだな」
「たまたま見ただけだって…」
「そういえば、弟くんもいるんだよね!」
……あれ、茅野さんに弟が居るって言ったっけ?
誰にも教えてない気がするんだけど…
悩んでいると茅野さんが教えてくれた。
「蘭ちゃんの事、知りたくて律に調べてもらったの…ごめんね」
なるほど。そういう…
『謝らないでください…!大丈夫ですから!』
「じゃあ、質問していい?
糸師冴のサッカーって一言で言うとどんなサッカー?」
『うーん…』
どんな、サッカー…?すごい…凄いのはそうなんだけど…強いも何だかしっくり来ない。
美しく…?……美しくだ!!
『相手を美しく壊すサッカーです…!』
「お、おう。そっか。じゃあ、弟くんは?」
相手の弱点を的確に壊してる感じがする。
『相手を醜く壊すサッカーですかね?』
「蘭ちゃんは?」
『私ですか?そうですね……。
冷静にぶっ壊すとか?』
とは言ってみたものの、何かこれ私やばい人になってない…?
大丈夫だろうか…。
これでもし嫌われちゃったら…?
私は……
「蘭ちゃん…?」
『ぁ、は、い』
「蘭ちゃんの事もっと知りたいの!
だから教えて…!」
『……!』
私の事知りたいって…
『もちろんです…私の事たくさん知ってください!』
嫌われるなんて考えは不要だった。
皆、優しいから。
コードネームの時間
昼休み、堀部くんの周りに女子たちが集まっている。
少し気になったので話を聞いてみる。
「へぇー、イトナくんって糸成って書くんだね!」
「キラキラネームみたい!」
「変わった名前ね。」
確かに珍しい…。
でもどことなく暖かくて優しい名前な気もする。
堀部くんにぴったりだ。
変わった名前ならこのクラスに何人もいるだろ。」
あ…そう言われてみれば。
数分後、今度は木村くんの周りに色んな人が集まっていた。
茅野さんが驚いたように叫ぶ。
「えっ!?ジャスティス!?
てっきり、まさよしだと思ってた…」
え、木村くんってジャスティスって言うんだ…
漢字だけでも珍しいとは思ってたけど…。
「親は子供がどんだけ学校でからかわれるか、考えた事もねぇんだろうな…」
やっぱり大変な事も多いみたいだ…
「…そんなもんよ、親なんて。」
横から狭間さんが声をかける。
そして不敵な笑みを見せ、
「私、こんな顔できららよ。きらら…
きららっぽく見えるかしら…」
「え…いやぁ…」
「うちの親はメルヘン脳の癖に、気にいらない事があれば、すぐヒステリックに喚き散らす。
そんなストレスかかる家で育って、名前通り可愛らしく育つわけないのにね。」
は、狭間さんも色々大変みたい…。
「大変だねぇ、みんな。
ヘンテコな名前つけられて。」
するとそこに赤羽くんも入ってくる。
え、赤羽くんもカルマって…珍しいはずじゃ
ほら、みんなも驚いてるし。
「あぁ、俺?
俺は結構気に入ってるよ。この名前。
たまたま親のヘンテコセンスが子供にも遺伝したんだろうね。」
木村くんが少し顔を曇らせる。
やっぱり何か不満はあるのかもしれない。
「私も名前には不満があります。」
あ、今度は殺せんせーまで、
「え、殺せんせーは気に入ってるんじゃないの?」
「気に入ってるから不満なんです。
…未だに殺せんせーと呼んでくれない人が二人いますから。」
あ、…烏間先生とイリーナ先生か。
「じゃあさ!いっその事、コードネームで呼び合うってのはどう?」
矢田さんが提案する。
あ、…面白そう。
チラッと横を見ると、堀部くんも気になっているようだった。
どうやらみんなでコードネームを考えるみたいだ。
私のコードネームはどんなのだろう。
傷つくのが入ってませんように…
みんな発表されていく。
私のは…え、(エゴイスティックふわふわ)…?
なにそれ。意味わかんないんだけど
すると茅野さんが話しかけてくる。
「頑張ろうね!エゴイスティックふわふわ!」
『え、あは、はい』
何故か複雑な気持ちになった。
体育の授業は、堅物(烏間先生)の背中につけた的を狙う…という内容だった。
チームとのやり取りをする時に飛び交うコードネームが、
面白いものやしっくりくるものが多くて少し面白い。
でも、(エゴイスティックふわふわ)って何回も言われるのはちょっと…
いまいち私のどこがエゴイスティックなのかが分からない。ふわふわも分かんないけど
作戦会議は済んでいる。
ギャルゲーの主人公(千葉くん)に気を引きつけて、
最後に正義(木村くん)が背後から攻撃。
ちょうどギャルゲーの主人公が合図を取ったようだ。
「ジャスティス!!」
みんなの掛け声と同時に正義は飛び出す。
すごい…
見事に的に当てる事が出来たようだ。
『やった…!』
「やったね!エゴイスティックふわふわ!」
『…えっと
わ、わざとですか…?』
「ちがうよー!今日一日ずっとだからしょうがないよ!」
まぁ、今日一日だけ…だったら。
…いいかな?
放課後、みんなは次々に家に帰っていく。
私も帰ろうと席を立つ。
…あ、堀部くんに挨拶しないと、
『…また明日。』
「…じゃあな。
…エゴイスティックふわふわ。」
『えっ…』
…!?
あ、そうか…、今日一日だけ。
『…
はい。コロコロ上がりくん』
少しふざけて言い返す。
なんだか面白くて笑ってしまう。
すると堀部く、…コロコロ上がりくんは驚いたように私を見る。
『あ、…
さ、さようなら…!』
私は耐えきれなくなり、その場から走っていった。
「(うん。やっぱりコードネームピッタリだったな。)」
誰が私のコードネームを決めたのかは未だに分からない。
一緒に帰る時間
今日もいつも通り授業が進んで終わった。
そろそろ帰ろうと思ったら、堀部くんに呼び止められた。
『あ、えっと…何でしょうか…?』
何かしちゃったかな…
「今日、一緒に帰らないか、?」
一緒に帰る…?一緒…に、一緒に帰る…!?
『わ、私なんかで良ければ…』
ということで一緒に帰ることになった。
何で私なんだろう…。という疑問がでてくるが言える勇気はないので心の中で考えることにした。
一緒に帰るのは良いけど私も堀部くんも喋らないので無言な時間が続く。
少し前を堀部くんが歩いているのであまり顔が見えない。
不意に堀部くんが話し出す。
「俺は…お前に助けられてばかりだ。」
『それはどういう?』
「…
俺だってちゃんと覚えてる。
…お前に、聞きたい事がある。」
聞きたいこと…
『なんですか…?』
「なんで、
お前はあの時、俺を離さなかった…?」
あの時…?あの時…
あ、堀部くんの触手が暴走した時の…かな
「普通は自分の命を優先するだろ。
なんで…」
あの時は…混乱しすぎて、必死にした事だったから…
『えっと…、私にも、わかりません。』
少し沈黙が流れる。
「…
ふっ…」
声が聞こえて、堀部くんを見ると
…笑ってる?
「お前…本当に変なやつだな。」
堀部くんの笑った顔…
珍しいな。
『え、そ、そんな事は…』
少し前を歩いていた堀部くんはこちらを向き、
両手で手を包み込みながら、
「今度は…
俺がお前を守る。」
え、え
顔が近い。
初めて会ったときは、あんなに遠くに感じたのに
気がつくと、こんなに近くに…
『……嬉しい、です。』
「え…?」
『あ、いや、何ていうか
…とにかく、嬉しいんです。』
そう言うと、堀部くんはいつもの無表情でただ私を見つめた。
「お前、やっぱり変なやつだな。」
そう言って、手を離される。
一瞬の事だったけど、私にとっては長い時間に感じた。
触れられた所が熱い。
そして、会話とかして…
まぁ、会話と言っても殺せんせーか暗殺の事だけど…。
『あ、じゃあ…あの時の、作戦は…?』
「いや、あれは場所も限られる。」
『あ、そ、そうですよね…』
堀部くんは頭がいい上に、暗殺に対しての熱はそのままのようだった。
…ただ、焦りが無くなったくらい。
『あの…家ここです…。
一緒に帰るっていうか送ってもらった感じになっちゃったんですけど…』
これ一緒に帰るじゃなくて送ってもらったのほうが正しいような気がする。
『今日は一緒に帰ってくれて、?本当にありがとうございました。とても楽しかったです、!』
「あぁ。また明日な。」
そう言って、堀部くんは帰っていった。
やっぱり送ってもらったの方が正しいみたいだ。
堀部くんに無理させちゃったかな…。
でも、今日は、すごく楽しかった。
気持ちの時間、イトナくんside
最近、たまに周りに男子が集まる事が多い。
理由はだいたい同じで、
その理由というのは…
「おい!イトナ!昨日一緒に帰ったらしいじゃん!」
「やっぱり付き合ってるとか?」
…またか。
俺は、そういうつもりは無いし、ただ守るために…
「だんまりって事は…肯定ですか」
「違う。」
珍しく竹林が喋ったので、否定しておいた。
「いや、まずイトナが糸師さんの事好きでも、
糸師さんがイトナの事好きかって言ったら…
そうでもない気がするよな。」
「え?そうか?」
「だって、糸師さんってイトナと目合わせないし、未だに壁があるって言うか…」
俺はそれを聞いて席を立つ。
「いや、それは照れて……っておい、イトナ?」
話を聞かず、糸師の前に立つ。
『おい。』
「へぁ…!?」
糸師はいつものように驚く。
これが、嫌われてるって事か…?
『……。』
「……?」
少し黙っていると、糸師は心配そうに顔を覗く。
こういう時は顔を見るのか…
軽く口を開いた。
『お前は、俺の事どう思っている』
「……?……!?」
糸師は一回考え、すぐに驚き出した。
逃げられないように腕を掴む。
周りからの視線が集まる。
周りはざわざわし出すが、その言葉はまったく聞こえない。
俺はただそれをじっと見つめていた。
気持ちの時間
最近、たまに堀部くんの周りに男子が集まる事が多い気がする…
理由はわからないけど…
でも、話は少し聞こえる。
「おい!昨日、一緒に帰ったらしいじゃん!」
「やっぱり付き合ってるとか?」
…ど、どうしよう。
やっぱり私のせいで堀部くんがからかわれる事に…
こういう時に勇気があれば、違うって言えるのに、
どうも、こういった内容だと口が開かない。
堀部くんたちはまだ話しているらしい。
ひたすらもやもやする。
さすがに、隣の席だし私がいると空気悪くなりそうだから…
違う所に行こうかな…
そう思い、席を立とうとすると、
目の前に堀部くんが立っていた。
堀部くんは私を見下ろし、口を開く。
「おい。」
『へぁ…!?』
驚きすぎて間抜けな声が出てしまった…。恥ずかしい。
「…」
『…?』
堀部くんはそのまま何も喋らない。
あ、もしかして…
お前のせいで、俺がからかわれるんだぞとか
なんでお前は余計な事しかしないんだとか言われたりして…
少し、いや、結構怖くなってきた…。
私は表情の見えない堀部くんの顔を少し覗いた。
すると、堀部くんは軽く口を開く。
「お前は…俺のことどう思っている。」
『……?』
どう思っている…?堀部くんの事を…?
ええ!?
『……!?』
そして、なぜか手首を掴まれる。
周りがざわざわしだす。視線が痛い。
「え、なになに」
「イトナくんもずるい聞き方するねぇ」
「もしかして蘭ちゃんついに告白…!?」
え、こ、告白って…?
いや、今どういう状況…?
ひたすら混乱する。
私は、赤い顔を見せないように、俯く。
堀部くんはそのまま私を見つめた。
ど、どうすれば…
そのまま数秒経つ。
私は顔を上げられないでいた。
周りからは声が聞こえる。
「蘭ちゃん頑張って!」
「ほら!たった二文字!」
私、そういう気があるわけじゃないんだけど…
でも、私が堀部くんに思ってる事を言えばいいんだよね…。
そう思うと、自然と口が開く。
『あ、えっと…
私、堀部くんが始めて学校に来たときから、このクラスに通ってくれるようになったらって、
ずっと思ってて…
だから、あの、今、一緒に居れて、すごく…
とても…嬉しいです…』
話してたらなんか嬉しくなっちゃって自然と笑顔になる。
それからの間がすごく長く感じた。
手首が開放される。
反射的に顔を上げると、
口を少し尖らせ、顔を横に向ける堀部くん。
「…。」
そのまま何も言わずに、席に座った。
『ぁ、え…』
感想はない感じですか…
すると、急にクラスの皆が、
「おい!イトナ!糸師さん頑張ったんだから、お前もなんか言え!!」
「っていうか、普通は自分から言うもんでしょーが!!」
「しれっと照れるなよ!!」
「その聞き方はずるいぞー!!」
え、なんでみんなが…?
なんか、途中変なの混ざってた気がするけど
すると堀部くんが少し苛立ったように言う。
「うるさい。お前達には関係ないだろ。」
それにみんなは反論する。
「関係あるし!もう保護者みたいなもんでしょ!?」
「自分だけ言わないのはずるいだろ!!」
…さ、さすがに可哀想になってきた。
すると堀部くんが無理やり引きずり出され、私の前に立った。
『あ…あの…』
「…」
堀部くんはすねたように目をそらす。
私は別に聞かなくてもいいんだけども…
周りのみんなをみると、目を鋭くさせ、堀部くんを見つめる。
さすがに、別にいいですよ。とか言える雰囲気ではなさそうだ。
私はただ黙って、堀部くんの手のあたりを見ていた。
思いの時間
堀部くんはなかなか目を合わせない。
私もさっきので十分恥ずかしかったので、堀部くんの顔を見れない。
「こら、イトナ!
イトナも言うんだぞ!思ってる事!」
「きゃ、ドキドキする~!」
しれっと殺せんせーが混ざってる…
堀部くんはそんな殺せんせーを睨みつけ、
その後私を見た。
「…俺が、お前に思ってる事は」
なんだろう、無駄に緊張してきた…
さすがに目をそらしてばかりだと失礼だと思い、
無理やり顔を堀部くんの方に向けた。
「トロいし、その上よく躓くし、声は小さい、目は合わせない、自分の意見を言わない、変な所で強情、その時はすごくしつこいし、たまに自分勝手。
なのに、弱い…。
…だから守ってやりたい。」
『…え』
「あと、笑顔が可愛い。」
堀部くんは、はっとして口を手で抑える。
『…』
堀部くん思ってる事言ってくれた…
言ってくれたからちゃんとお礼を…
と、思ったけど私はお礼を言う前に机に突っ伏せてしまった。
「蘭ちゃん!?」
「これは刺激が強すぎたかもね」
「てか、言えって言ったけどいざ言われるとなんか腹立つな」
あ、だめだ。何も入ってこない…。
堀部くんが言った言葉全部が頭の中でリピートされる。
堀部くんは男子たちに囲まれているようだ。
「イトナ、攻めたな!」
「よく言った!」
「最後の、もう一回聞かせろよ!」
ひたすら堀部くんの言葉ばかりが繰り返し聞こえるようだった。
責任の時間
…あの事があって、今日何があったかあまり覚えていない。
でも、堀部くんの言葉だけはしっかりと残っていた。
あと、下校時に
「…また明日」
…とだけ言われた。
私は必死に頷いたくらい。
…最近堀部くんの事ばかりな気がする。
でも、多分それは自分が近づいてるんじゃなくて、
きっとみんながそう仕向けてる…んだと思うけど
…言い訳みたいになってるかな
正直、別に嫌じゃなかったりもする。
もちろん、なんだかんだ一緒にいて安心するというか、楽しい…とはまた違うかもだけど
…あ、駄目だ。また堀部くんの事ばかり考えてる。
違うこと、考えないと。
『…あ、サッカー部…。』
うちの中学校ってサッカー部あったんだ。
知らなかった…。
やば…、人来た…
早く帰ろう…。
次の日。
待って昨日のことがあってどうやって話しかければ…
堀部くん迷惑じゃないのかな…
教室に入る前に殺せんせーに会った。
「恋の悩みですか…?」
『え、いや。そんなんじゃ…』
「先生はどんな形であろうと、生徒の恋は全力で応援しますよ。
糸師さんは特に、鈍い所がありますからねぇ。
応援のしがいがあります。」
わ、私ってそんなに鈍いのかな…
『…そ、その時が来たらお願いします。』
とりあえず適当に返してその場から逃げる。
「糸師さん。
…イトナくんは、たいして気にしてないと思いますよ。からかわれる事。
あの子のスルースキルは凄いですからね。」
『…え』
「だから、自分に責任を感じなくてもいいんです。
先生はいつでも見守っていますよ。」
そう言われ、棒付きキャンディーを渡された。
『…
ありがとうございます。先生。』
少し、心がスッとした気がした。
殺せんせーが去り際に、
「私と貴方は似ているのかもしれませんねぇ」
その言葉の意味は分からなかったが、悩みは少しなくなった。
一緒に帰る時間・2時間目
「今日も一緒に帰らないか?」
『あ、えっと…寺坂くん達は…?』
いつもは一緒だよね。どうしたんだろう。
「補修らしい。」
あぁ。なるほど。そういうことか。
『私でよろしければ…』
一緒に帰るのは2回目だけどより緊張する。
何話したらいいんだろう。
歩いていると、昨日見たサッカー部のコートの前で私はなぜか止まった。
「糸師…?どうした」
『あ、いいえ。何でもないです。』
通り過ぎようとしたら、
「あれー?天才くんの妹じゃん!」
「ほんとだ。」
「あー、あの落ちこぼれの…」
天才の妹、失敗作の妹……落ちこぼれ…
『……っ』
うるさい。うるさいうるさいうるさい。
何も知らないくせに…
「おい。お前ら!」
『堀部くん。いいんです…。早く帰りましょう?』
いいんだ。言わせておけば…それでいい…。
「だけど…」
『ほら、行きますよ』
私は、ここに居たくなくて堀部くんを引っ張り連れて行く。
ここまでくれば大丈夫。
「大丈夫か?」
『何がですか?全然何ともありませんよ』
と、私は笑顔で答える。
こんなに優しい堀部くんを巻き込みたくない。
「そんな嘘つくな…。誰かに言えよ!
助けてって」
『……だれ、に…?』
私は誰に助けを求めれば…?
その人に迷惑かけちゃう…そんなの絶対に駄目だ。
『ご、ごめんなさい。今日はここで大丈夫です…
あの、ありがとうございました…
ごめんなさい…』
私は逃げるように帰った。
こんな自分が大嫌いだ。それに私を馬鹿にしてくる人も…
……変わらなきゃ。変わらないと駄目だ。
堀部くん…。私に勇気をください…。
助けてもらう時間
翌日の朝。
あ~…昨日…堀部くんを振り切って帰っちゃった…
嫌われたかな…
なんて思いながら歩いていると、
「あ、!天才くんの妹じゃーん!元気〜?」
「なんか奢ってくれないー?」
またこいつらか…
『………』
「なぁ、返事しろって!」
『お前らに何が分かるっていうんだよ?
サッカード素人どもが…』
「あ?お前舐めてんの?」
私は、肩を押されて倒れてしまった。
『……痛っ…』
「すげぇな。何やってんだ。大丈夫か?」
堀部くん…なんで…
「…ほら、言え。昨日のこと」
"誰かに言えよ。助けてって"
"誰に…?"
「俺に…」
『……!
…っ、た、たすけて…!』
「やればできるんだな。」
と、堀部くんは頭に手をポンッと乗せた。
「おい。お前ら、次こいつに何かしたら
俺が許さないからな。」
「は?覚えてろよまじで」
そう言ってサッカー部の人達が逃げていった。
堀部くんは私に手を差し伸べてくれた。
「立てるか?」
『………ありがとう…ございます…ほんとに…』
なんでこんなに優しくしてくれるんだろ。
私に優しくしてもなにもないのに。
でも、堀部くんのおかげでなんとかなった。
私、なんでこんなにドキドキしてるの?
また不思議な気持ちになった。
開催の時間
体育祭が近づいてくる。
磯貝くんのバイトがバレた事を発端に、E組の男子はA組と棒倒しで勝負するそうだ。
この頃の放課後はいつも男子だけでなく全員がやる気に満ちて棒倒しの作戦を練っている。
私は、何か役にたてるだろうか…。
一応私は借り物競走に出場予定だ。
一人一種目以上は出場しないといけないから仕方がないけれど、自信はない。
来る今日は体育祭当日。
秋の行事とは言いつつも残暑はまだまだ続いており、天気も晴れに恵まれて私には眩しすぎる日になった。
友達の1人であるクラスメイトの運命がかかっているとなれば、当事者でなくとも気が引き締まる。
と言っても、E組とA組の直接対決は男子のみであり、私は勿論のこと女子にはほぼやることはない。
できるのは応援と、棒倒し以外の競技でA組の士気を上げさせないために、勝たせないようにすることくらいだ。
みんな各々の得意分野の競技に出場して、着々と結果を残している。だけれど…
『借り物競争が得意な人っているんでしょうか…』
「さぁな。」
私が出場するのは借り物競走。誰かに"話しかけて"物を借りなければならないという私の苦手分野が含まれる競技だ。
余り物でいいと希望した結果、この競技を任されてしまった。
同じ競技に堀部くんが出場していたのが不幸中の幸いだ……
『磯貝くんのためにも……が、がんばらないと……』
借り物競走出場者の待機列に並びながら、緊張を紛らわすために思わず独り言が漏れる。その言葉に堀部くんがピクリと反応し、ぼんやりと遠くを見つめていた視線を私に向けた。
「あいつのためってなんだ…?」
『え、いや、えっと…負けたら退学になっちゃうんですよね?』
「あいつが退学になったら嫌なのか?」
『えと……嫌、ですね』
そう答えると堀部くんは何故かムッとした表情になった。
あれ、堀部くんって磯貝くんの事嫌いなんだっけ……?
借り物競争の時間
今回の作戦会議にもかなり協力的でよく彼と話していたからむしろ仲はいいのだと思っていたのだけれど……
『だ、だってその、すごく良い人ですし、委員長さんですし……E組からいなくなったら皆さん悲しむと思います』
「……ああ。そういう」
何処か安心した様子の堀部くんは、バンダナの上に巻いたハチマキの両端を握り、ギュッと締め直した。
「お前があいつの心配をする必要は無い」
『え……そう、でしょうか?』
「ああ。」
その時、ちょうど借り物競争開始のアナウンスが流れ出した。
私よりも順番が早い堀部くんは、表情は相変わらずの無表情ながらどこかやる気に満ち溢れている様子で歩みを進めた。
応援しようと口を開きかけたが、先にイトナくんが声を出した。
「この競技で成果を出すとか、そういう心配をすることもない。棒倒し戦でも、E組には俺がいるんだからな」
『は……はい……』
「客席で……その目で見てろ」
『わ、わ……わかりました!』
応援するつもりが応援されてしまった気がする。
状況は良くわからなかったが、それまでの緊張が吹き飛んでしまったような気分だった。私は無意識に両手の拳を握りしめながら、堀部くんがスタートライン並ぶのを見送った。
と、だいぶ期待をしたものの、堀部くんの借り物競走は「賞味期限が近いもの」というお題でイリーナ先生を連れてくるという珍回答に終わった。
『い、一体どういうことですか?』
「気にするな、これも作戦だ。それよりももうお前の番が来るぞ」
『そ、そうでした…!とても緊張します…』
サラリと競技を終えて帰ってきた堀部くんは汗ひとつかいていない。客席の方から聞こえてくるイリーナ先生の怒号も何処吹く風で聞き流している。
誘導係の支持に従い、私もスタートラインに立つ。
「いざとなったら俺のところに来い」
と、堀部くんは言ってくれたけれど、流石に迷惑がかからないようにそれだけは避けないと……
アナウンスに従い、拳を作って構える。一拍置いてピストルが鳴り響くと同時に全員が走り出す。私も他の選手たちに一歩遅れながら何とか走る。
ようやく借り物のお題が書かれた紙がある地点まで走り着く頃には肩で息をし始めていた。
折り畳まれた紙を取り上げ、広げてお題を見た。
【お題:性格が好きな人】
『性格が好きな人……!?』
これは…ど、どうしよう…
性格が好きな人…知り合いじゃないと性格わからないし…
どうやら私はどう足掻いても堀部くんに迷惑をかける運命らしい。
こうしている間にも他の選手は借りる当てに目星をつけて走り出している。このままあたふたしていては最下位まっしぐらだ。
も、もう仕方ない――!
私はくるっと180度方向転換し、堀部くんの所へ戻った。
「ど……どうした糸師? 何がお題だったんだ」
『あ、あの…すみ、ませ…』
本当に来るとは思っていなかったのか、堀部くんはどこか動揺した様子だった。
『堀部くん……えっと…』
恥ずかしくて言えなかったが堀部くんは分かってくれたようだ。
「…?俺か?」
『は、はい…!…って、んぇ…!?』
堀部くんはしっかり私の手を握り締め、走り出していた。
私は突然のことに振り回されるようにして手を引かれるがまま走る。
「最下位を独走していたはずのE組が急激に追い上げている! 優秀なA組選手、我が校の誇りのために頑張ってください!」
耳に飛び込んできたアナウンスで我に返って顔を上げると、既に私たちはゴール直前まで来ていた。
E組に対してやる気のない審判がとろとろと歩いて私のお題を確認するために近づいてくる。
駆け寄ってきた審判に嫌々なOKをもらい、無事ゴールすることができた。
「……それで、お題は何だったんだ…?」
『あ、えっと…その…性格が、好きな人…です…』
恥ずかしくなって下を向く。
多分、堀部くんは何とも思ってないと思う。
「そうか…。」
私は、堀部くんの顔が少し赤くなっている事に気づかなかった。
空振りの時間、イトナくんside
糸師とともに借り物競争から観客席へ戻って来ると、早速彼女はE組女子に囲まれて俺の元からもぎ取られていった。
「期待したの、イトナくん?」
突然声をかけられ内心ぎょっとしたが、その声がカルマのものだとわかり、何食わぬ顔に表情を取り繕った。
「や、やめなよカルマくん……」
「そうそう、男だったらそういう事考えちゃうって!」
顔で圧をかけながら振り返ると、カルマだけでなく渚と前原まで俺をからかいにきていた。
「でもさ、性格が好きな人ってそれもう好きな人って言ってるもんじゃね?」
「うーん…糸師さんの場合はどうだろうね…」
と、渚は苦笑いで言う。
さっき、言われてはっきりとそういうことを考えたわけではなかったが、否定はできない。
「今回の作戦、イトナくんって結構な要だよね。力はセーブしてA組に目をつけられないようにする作戦じゃなかったっけ……?」
『……? だから、そうしてただろ』
渚の言葉に首を傾げると、すかさず前原がいやいやと顔の前で手を振った。
「いや、それイトナのお題の時だろ? 糸師ちゃんを引っ張りながらのあのダッシュ、相当やばかったぞ。早すぎ」
『…………』
「オレらで馬鹿騒ぎしてA組の気逸らしてなきゃやばかったかもな! 感謝しろよ〜イトナ!」
そんなつもりはなかったんだがな…。
気をつけなければ、と気を引き締めるためにバンダナの位置とハチマキを調整した。
オレの反省を読み取ったかそうでないかはわからないが、カルマはニヤリといつもの不敵な笑みを浮かべた。
「糸師さんにいいとこ見せられるように頑張んなよ」
「……。俺にそんな感情はない…。」
そんな感情はない…はずだ…。
糸師の事を好きだとか…そんな想いは…
未だに自分の気持ちに整理がついていない。
ただ、カルマなりの煽りという名の励ましを素直に受け取ると、一層気合が入った。
無駄話をしている間に、メインの時間は迫ってきていた。
俺は観客席の方を振り返り、女子の中でもみくちゃにされている糸師を見つけた。最後の気の引き締めをしよう。
絶対の時間
「さっきのイチャイチャはなんなの〜!」
「羨ましいぞ蘭ちゃん〜っ!!」
『ええ…!?』
借り物競走が終わった直後、私は謎の理由でE組の女の子たちにもみくちゃにされていた。満面の笑みを浮かべるみんなに頭を撫でられ、ハチマキがずれまくっている。
それを直そうと頭を無理やり上げると、ちょうど正面から堀部くんがこちらに歩いてくるのが見えた。周りの女の子たちもそれに気がついて、ニヤニヤ顔で私をもみくちゃ状態から解放した。
「糸師…。」
『は、はい…。』
慌てて少し乱れた髪を整えた。彼が真剣な顔をしていたので、何かそういう真剣な話をするのだろうかと身構える。
「心配する必要はないと言ったが……次の棒倒しは、絶対にしっかり見るんだぞ」
『はい……? もちろんです、応援します!』
あまりに真剣にそんな当たり前なことを言うので、私は首を傾げながら頷いた。
しかし、堀部くんはそんな私の態度に満足していないようだった。どうしたんだろうと思っていると、私の両手が彼にスッと取られた。
『え! え……ええ!?』
「俺たちがどうやって勝ったのか、しっかり見ろ」
『は、はい! わかりました、!』
「絶対……絶対だぞ」
堀部くんは最後に念を押すように、しかし優しい声色でそう言った。直後に棒倒しの整列アナウンスが流れてくるのが聞こえた。
名残惜しそうな顔で私の手を離した堀部くんは、私に背を向けて他の男子と共に整列のために走って行ってしまった。
手に残った堀部くんの手の温もりに神経が集中し、手を取られたままの体制で放心してしまう。
彼の大きな目に宿った決意。勝つと信じて疑っていなかったその自信。
思い返すほどに、何か、表現できないようないつもとは違う気分になった。
心臓がどくどくと激しく収縮を繰り返し、全身に熱い血を送っているのがわかる。私はやっと我に帰って熱が上がった顔を手で仰いだ。
秋に差し掛かってはいるが、残暑のせいで熱中症にでもなったのだろうか。しかし、不思議とこの熱は不快感があるものには思えなかった。
「イトナくん……」
「意外とヤリ手ね……恐ろしい」
顔の熱がおさまる頃、棒倒し開始を告げるアナウンスが流れた。
憧れの時間
正直言って、前もって僅かに聞かされていたA組の情報を聞いた限り、E組の勝機は薄いように感じていた。
しかし、棒倒し開始直後、少人数ながら攻めてきたA組の攻撃部隊を完璧に封じ込めた瞬間、追い回されて客席に乱入したとき、A組の隙をついて攻撃を仕掛けた瞬間。
その時々で勝てそうだとか負けそうだとかそういうことよりも、「みんな、なんて楽しそうなんだろう」ということばかりが私の心に浮かび上がってきた。
私も、あんなふうになれたら…
堀部くんの絶対の言いつけを守り、私は彼らをずっと見ていた。
彼らのその表情はA組を翻弄している余裕から来ているのではなくて、まるで暗殺をしている時のような軽快でやりがいを感じている表情だということを。
暗殺。
私は今まで適当に…皆に合わせるようにしていた。
でも、今わかった。
私羨ましかったんだ。
長いことビジョンのない世界で生きてきた私には、やりがいと生きがいに溢れた彼らに置いて行かれたような気がして、その姿がかっこよくて、羨ましかった。
もっと自分らしく…欲張ってもいいんだろうか。
高鳴った胸に、ふつふつと今まで抑え込んでいた欲が湧き上がってくる。仲良くなったE組のみんなと、そして堀部くん。彼らと同じ舞台に立ってみたい。
今一度…彼らを信じてみたい。
「な……なんとE組……さらに増援――ッ!!」
呆然としていた私は、驚いた実況の声でハッと我に帰った。
増援? でもE組に人数の余裕はなかったのに……
そう思ってA組の棒を見ると、さっきまでは守備部隊として自陣の棒を守っていた潮田くんたちが浅野くんに取りついて妨害をしていた。
しかし、その中にいたはずの堀部くんの姿が見えない。守備の方にも竹林くんと寺坂くんしかいない。
決着の時間
「来いイトナ!!」
磯貝くんが大声を上げた。彼を見つけ、その次に彼の視線の先にいる堀部くんを見つけた。棒からは遠く離れた開けたで、淡々と軽く飛び跳ねている。
どうしてあんなところに、と思う間もなく堀部くんは着地と同時に駆け出した。
あっという間に、構えていた磯貝くんの元にたどり着くと、彼が組んでいた両手に踏み台のように片足をかけ――
『飛、んだ……!?』
軽々と地面から高く飛び上がった堀部くんの手が、棒の天辺に触れた。そのまましなやかに棒に足を添えるように体を引き寄せると、彼の勢いに乗って棒は傾いていく。
実際ほんの数秒もかからない時間だっただろう。それでも、棒が極限に傾くまで、堀部くんの動きを目で追っていた私には恐ろしくゆっくりと時間が流れていた。
棒が完全に倒れる直前、軽やかに地面に着地した堀部くんの背中が大きく見えた。
決着の瞬間大きな歓声が上がる。
同時に私はフラッと頭が揺れて目眩がした私は、ぺたんと地面に座り込んでしまった。
「蘭ちゃん…!?大丈夫?」
近くにいた片岡さんが駆け寄ってきてくれた。
「どうしたの? 具合悪い?」
『いえ……』
心配そうに声をかけてきてくれたが、その声すら遠くに聞こえる気がした。
この短時間でものすごくいろいろなことを考えた気がする。
『いえ、だっ、大丈夫……です。私……』
体温とは違う“熱”が頭の中で燻っている。形にしなければ、すぐにその感覚を忘れてしまいそうで、私はふらつきながらも立ち上がった。
『ち、ちょっと水道に行ってきます……』
願望の時間
片岡さんはついて行こうかと提案してくれたが、一人になりたかったので丁寧に断った。
余程棒倒しの見応えがあったのか、水道付近まで来て見ると驚くほど人気がなく、ほとんどの人はグラウンドの方へ集まっていた。それはそうだ。あれは素晴らしいとしか言いようがない勝負だった。少なくともE組にとっては。
水道まで歩き、蛇口をひねって冷たい水に手を晒す。水を溜めて顔を洗うと、段々散漫になっていた思考がまとまってきた。
私がどうすればいいのか、ようやくわかった気がする。
「糸師」
『わぁ…!?』
驚いて水飛沫を飛ばしながら振り返ると、堀部くんが肩で息をしてすぐ後ろに立ち尽くしていた。
競技中はあんなに余裕そうだったのに、どうしてそんなに疲れているのだろうか。
堀部くんは息を整えながら、安心したように微笑んだ。
「ちゃんと見てたか?」
『あ、は、はい!全部ちゃんと見てました!本当に……すごかったです。皆が楽しそうで……かっこよくて』
「……誰が、かっこよかったって?」
『え、み、みなさんが……あ、も、勿論堀部くんもですよ!』
「なら、よかった。」
私がコクコクと何度も頷くと、堀部くんはさらに満足げに息をついている。少しだけその様子が子供っぽくて、可愛いと思ってしまったが、本人には言えない。
「作戦のほとんどは全部暗殺のテクニックの応用だがな」
と言いつつも、堀部くんはあの勝利が自分たちの力そのものだと誇りに思っているようだった。
『本当に……すごくて。私思っちゃったんです……』
「……? なんて思ったんだ」
言うつもりはなかったのに、思わず口が滑ってしまった。
何度か言うか躊躇ったが、堀部くんの不思議そうな顔に負けて口を開いた。
『私、今まで適当にみんなに合わせて暗殺…してきたんです…
でも、私も皆みたいに…自分らしく…暗殺してみたいって…楽しんでみたいって』
クラス一の落ちこぼれの分際でこれがどれほどおこがましい願いかは分かっている。
でも、E組の皆が優しかったから。皆が誘ってくれたから。今日、E組の素晴らしい団結力を見て、感動してしまったから。
名前の時間
『そう思って、しまいました…。変ですよね、ただ棒倒しを見ていただけなのにこんなこと思うなんて』
「そんなことない。…今の言葉、本当か?」
『は、はい!』
「そうか。よかった…。」
自分が恥ずかしいことを言っているような感覚になり、堀部くんの顔をまともに見ることができない。
『えへへ、堀部くんのおかげですね…。』
「…堀部くん」
『え、?』
「堀部くんって呼ぶのやめろ。名前で呼べ」
『あ、…
…は、はい。』
てことは、イトナくん?
なんか今更変えると違和感が…
『え、えっと…イトナくん…
ほんとに、ありがとうございます…!』
「…あぁ。」
どうしてイトナくんは私に優しくしてくれるんだろう。
思い返せばイトナくんがクラスに加わってからは、彼に頼ってばかりだ。頼りきりじゃいけないとは思いつつも、彼の優しさが心に沁みて、毎回泣きそうな気分にすらなってくる。
『私…なんかいつもイトナくんに頼ってばっかで…迷惑じゃない、ですか?』
「俺は自分が嫌だと思ったことはしない…。
そろそろ戻るぞ。」
それって……それってどういう…
そんな事を聞く前にイトナくんは先に歩き出してしまった。
グラウンドの方からアナウンスが流れ出しているのに気がついた。
競技は全て終了したようだ。遠くで生徒たちが移動を始めているのが見えた。
祝いの時間
クラスがA組に勝利したお祝いムードで賑わう。
みんな、嬉しそうだ。
E組の教室に戻ろうとしたら浅野くん達、ご英傑の皆が来た。
流石に何も言えない様子だった。
私は、急いでその場から少し遠ざかろうとした。
「約束守ってくれるんだろうな?」
と、磯貝くんが問う。
「僕は約束は破らない主義でね。」
みんなで気にするなよなんて磯貝くんに言ってた。
「あぁ。それと蘭さん少しお話いいですか?」
『……ぁ。』
バレてしまった…。
「いつも見当たらなかったので今日は会えて光栄です。」
そりゃいつも会わないように逃げてるから当然だ。
負けたから今日は来ないと思ってたのに…
『……わ、私はあなたに話すことは何もありません。』
「僕と蘭さんの仲じゃないですか…少しくらいどうです?」
『しつこいです…』
まだ根に持ってるのか…。私が告白を断り続けて終いには殴ったっていうかビンタ?したこと
『私に近づかないでください…!』
近づかないでって言ってるのに…
この人まだ諦めないの…?一生根に持つタイプ?
なんでこんな人がモテるんだろう…
「おい、蘭から離れろ。」
『イトナくん…』
イトナくんが壁になってくれた。
守ってくれたみたい…?
「返事待ってますよ」
そう言って浅野くんは去っていった。
「ねぇ、蘭ちゃんって浅野くんとどういう関係…?」
『みんなが思ってるような関係じゃないです』
大体、考えてることはよく分かる。
このゲスい人達の考えは…
「そういえば、俺ずっと思ってたんだけど
糸師ってなんでE組に落ちんだ?成績いいだろ?」
やっぱ聞かれちゃうか…。
『えーっと…その…簡潔に言うと、告白され続けて鬱陶しくなったんで思いっきりビンタしちゃいました…。そしたら、なんか落とされちゃって』
「蘭…。やるじゃん…!浅野、相手に!すごい…!」
『わ、!?』
中村さんが抱きついてくる。
すごいってめっちゃ褒めてくれる。
何だか嬉しくて微笑んだ。
「それとさ〜、一個聞きたいんだけどイトナの事名前呼びだったっけ〜?」
「あ~、それ私さっき聞いてて思った。二人ともいつの間に名前呼びになったんだろうって…!」
あ、そっか。名前…。
"おい、蘭から離れろ"
……。あれ?私…名前呼びされてる…!?
「あー!顔真っ赤じゃん、怪しいなー!」
さっきのさっきまで全然気づかなかった。
これめっちゃからかわれるやつじゃ!?
イトナくんをチラッと見ると目が合った。
その顔は微笑んでいるように見えた。
宣言の時間
色々、からかわれたが今日はビジョンが新しくできた。
自分のエゴも思い出せた。
『殺せんせー…。今までごめんなさい。』
「何のことですか?」
殺せんせーはいつもの顔で話を聞く。
『今までは、なんとなく皆に合わせて暗殺してきました。
…でも、今日からは自分のエゴに従って暗殺します!』
と、宣言をした。
「そうですか、そうですか。良かったです…。ちゃんと、糸師さんが暗殺する気になってくれて。」
この先生は、すぐに肯定してくれる。
それがどんなにありがたい事なのか知らないだろうな。
「蘭ちゃん、ついに宣言しちゃったね!」
茅野さんが話しかけてくる。
『…すごく強い敵と戦って完全に潰して死んでみたい。』
「え、?」
『これが私のエゴです。
なので、死ぬ気で頑張ります…!』
「蘭ちゃん…絶対死んじゃだめだからね!?」
『ええ…!?それは…うーん…』
「「そこ悩んじゃ駄目でしょ…!?」」
「もう糸成にずっと守ってもらえばいいんじゃない?」
「それあり!どう?糸成くん」
「……。そうだな。いいんじゃないか?」
それは、今後もずっと一緒ということでしょうか…
どういう事…?
糸成くんは私の事をどう思ってるか分かんない。
私も自分でも分かんないし、どうしよう。
そんな事を考えていたら糸成くんが男子に囲まれてた。
「糸成ついに言ったな!!」
「痛い。離せ」
と、寺坂くんが糸成くんに肩を組んでいる。
その二人の事をぼーっと見ていた。
自覚の時間
矢田さんが声をかけてきた。
ぼーっとしてたので少しびっくりした。
「蘭ちゃんは〜、糸成くんの事好き?」
『……!?え、あ…』
そう言われて少し悩む。
私は…糸成くんをどう思ってるんだろうか。
「じゃあ、糸成くんを前にしたらドキドキする?」
『は、はい…。』
「そっか…。糸成くんと話すの楽しい?」
『楽しいです…何気ない話でも何でも楽しく思えちゃうんです。不思議ですよね。』
「それは…うーん、最後の質問ね、糸成くんがもしハグしたりキスしたいって言ったらどうする?」
『……え、!?いや、え、!?嫌、ではないんですけどその…だから…えっと…』
「よし、蘭ちゃん。その感情はね、恋って言うのよ。」
『恋…ですか、これが…』
忘れてたよ。この感情を。
私、糸成くんが好きなんだ…。
そっかぁ、そっか、そうなんだ。
これは思わずニヤけてしまう。
「やっぱり笑顔可愛い…!」
「なんかふにゃ~って感じで笑うよね、!」
『そ、そうですか?』
ぱっと糸成くんの方を見ると目が合った。
びっくりしてすぐに目を逸らす。
意識しちゃうと余計に目が見れない…。
ていうかこの会話聞かれてたらやばい。
そう思ったけどどうやら聞こえてないみたい。
男子も丁度話してる時だったから。
安心した。
初恋の時間
恋を自覚したはいいけどこれからどうすればいいのだろうか。
「今が初恋かな…?この感じ…」
『初恋ですか…?昔にしたことありますよ。小学生の頃だと思うんですけど…』
初恋…ね。絶対に振られると思ったから告白はしてないししようとも思ってなかった。
「え!?どんな人なの!?イケメン?」
『えっと…』
"めんどくさい。やりたくなーい"
"えー、やっといて〜"
"動きたくなーい"
『面倒くさがり屋…でマイペース…だけど』
"なんで普通にこだわるの?"
"君らしく生きればいいじゃん"
"誰も責める人なんて居ないんだから"
"自由でいいんだよ。考えるのめんどくさいし"
『…すごく優しい人…です…』
「蘭ちゃんが好きになるってことはいい人なんだろうけど…」
「なんか想像できないよね」
『そうですかね…?
……んひゃ!?……え、い、糸成、くん…?』
急に腕を掴まれたと思ってそちらを見たら糸成くんだった。
どうしたんだろう…。何かしちゃったかな…
「その男とはもう関わりないのか?」
その男…初恋の人ってこと?
でも、それを知って何になるんだろう…
『え、えっと…?』
「答えろ」
『ほとんど関わりない、ですけど…』
「本当か?」
『は、はい…。本当です…?』
「……そうか。」
そう言って糸成くんは戻っていった。
え、今の何だったの?何の確認?
みんなを見ると何故かびっくりしたような顔してたし、ほんとに何だったんだろう。
私はただただはてなが浮かんだだけだった。
自覚の時間、イトナくんside
蘭が本格的に暗殺に専念すると宣言した。
「…すごく強い敵と戦って完全に潰して死んでみたい。」
「え、?」
「これが私のエゴです。
なので、死ぬ気で頑張ります…!」
すごい事を言っているような気がする…。
色々考えていたら茅野に話しかけられた。
「____それあり!どう?糸成くん」
よく聞いてなかったので適当に返事しておいた。
『……。そうだな。いいんじゃないか?』
言い終わった瞬間、男共に囲まれた。
「糸成ついに言ったな!!」
『痛い。離せ』
一体何だって言うんだ。
蘭を見ると女子達も何か話してるみたいだ。
「イトナってさ〜…前から思ってたけど糸師さんの事好きだよな」
「そうそう。そろそろ自覚したほうがいいって」
俺が蘭を好きだとか…そう言う感情は…
「好きなんでしょー?ねぇ~?」
『どいつもこいつも……』
ため息をつく。カップルや恋愛がなんだというんだ。
そもそも、俺自身この気持ちに整理がついていないのに。
シロのところで暗殺訓練をしている時には思考にすら掠らなかった感情。
初めてまともに会話をして改めて感じた、彼女の不安定さを。
いつかふらふらとどこかへ消えてしましそうで思わずそれを引き止めたい、守りたい。
こんな感情がそういうものだというなら、俺は…
そう思い、蘭の方を見ると目が合った。
すぐに逸らされてしまったが…。
「ま、糸師さんがイトナくんを好きかはわからないけどね~」
人が真剣に考えているところに、カルマの余計な言葉が飛び込んできた。
「そこが問題だよな〜…」
「それもそうだけどよ。この前まで戦闘バカだったこいつが恋愛なんてできンのかよ?」
「そうだぜ、この巨乳バカだぞ?」
「今は機械バカだな」
寺坂含む三バカが追撃を放ってくる。
『お前ら三バカよりは俺は蘭に好かれてる……はずだ』
「あ!?誰がバカだ!」
「っていうか、イトナ。お前マジで……!?」
口に出してしまったからには、俺も認めなくてはならない。
『俺は、蘭が好き……なのかもしれない』
嫉妬の時間、イトナくんside
蘭が好きかもしれないと自覚した俺はこの話を本人に聞かれてたらまずいと思って女子の方を見たが、どうやら話しているみたいで安心した。
話を聞いていると蘭の初恋の話らしい…
「えっと…そうですね…」
昔の事を思い出しているのか何だか嬉しそうな顔をしている。
「面倒くさがり屋で…マイペース…だけど…」
そして蘭は笑顔で、
『……すごく優しい人、です…』
その笑顔が俺に向けられていないことにいら立ちを感じ席を立ち、蘭の腕を掴む。
「んひぇ…!?え、い、糸成くん…?」
と、蘭が驚く。
俺の事が見えていなかったことに更に苛立ちを感じた。
何なんだ。この感情は…
『その男とはもう関わりはないのか』
「え、えっと…?」
『答えろ』
「今は…関わりない、ですけど…?」
『本当だな?』
「は、はい…?」
『……そうか。』
その言葉を聞いて俺はすごく安心した。
……なぜ安心した…?
分からないままとりあえず席に戻る。
いつもうるさい奴らがやけに静かな事に疑問に思った。
「糸成…。お前…ほんとに好きなんだな…?」
「糸成くん嫉妬しちゃったのー?へぇ〜?」
前言撤回。やっぱりうるさい。
女子も女子でなんか騒いでいる。
というかこの感情は嫉妬だというのか…
これが…
俺は本当に蘭の事が好きらしい。
絶対に手に入れると誓った。
対策の時間、イトナくんside
昨日、恋を自覚した。
そして今その好きなやつと勉強会をしている。
中間テストが近いからだ。
「中間テストも近いですし……気を引き締めていかないとですね」
いつも気を引き締めている気がするが…?という疑問は口に出さなかった。
出会ったばかりの時とは比べ物にならない。蘭のビジョンのある、少しだけ自信が灯った目。
俺の好意は守ってやらなくてはという庇護欲ばかりなのではないかと思い始めていた考えが、全部間違いだとわかった。
俺が好きなのは蘭自身なのだと、痛いほどに改めてわかってしまった。
今すぐにでもこの思いを伝えたかった。
だけどそれは迷惑なんじゃないか。
彼女は今近い目標に向けて努力している。それを支援している俺が邪魔なんて出来ない。
『……そうだな。』
無意識に蘭の頬へ伸ばしかけていた手を止める。方向を変え、手を取ると彼女はビクッと飛び上がった。
「い、糸成く、ん…!?」
『……一緒に頑張ろうな。』
「はい……?」
"一緒"というワードに反応してか、首を傾げつつも蘭は少し頬を蒸気させていた。
蘭が俺の事をどう思っているのかは分からない。
だが、どんなにこいつが俺のことを意識していなくても、そんなことに焦らずとも時間はある。何度でも挑戦すればいい。
全てがひと段落するまでに、俺は蘭に意識されるようにする。
『お互い、全力で行くぞ』
「は……はい! がんばりましゅ………ます…」
それが俺の目下の小さな|目標《ビジョン》だ。
『舌噛んだだろ。大丈夫か?』
「うぅ…すみまひぇん…。お恥ずかしい…」
おそらく全く別の方向性の決意を固め、俺たちはまた歩き出した。
来る中間テスト、そこで結果を出すために。
数日後、テスト勉強一切禁止宣言が殺せんせーから出されるまでは、そう思っていた。
禁止の時間
『え、テスト勉強禁止…?』
ある日の朝に突然担任がそんなことを言い出した時、ポッキリと心が折られるようだった。
訓練にと、通学路でフリーランニングをしていたクラスの人数名が、事故でおじいさんに怪我をさせてしまったらしい。
その謝罪と責任を果たすため、連帯責任でE組は相手方が経営する保育施設でのボランティアをする間は勉強禁止、とのことだ。
「と言うわけです、ゆるしてつかぁさい糸師さん……!」
申し訳なさそうに説明しながら、先生は私の頬に触手を押し付けた。ビンタのつもりらしい。事故を起こしてしまったクラスメイトと平等に扱うためと言っていたが、こんなもっちりとしていていいんだろうか。
そんなことより……せっかく久々に目標とやる気が湧き上がってきた所だった時に叩きつけられた気分だった。
勉強ができなくて悲しい……と言っている場合ではない。私はほとんど無関係とはいえ、責任はちゃんととらなきゃ。
『はぁ…。』
「大丈夫か?」
『あ、す、すみません、ぼーっとしてて…』
早速訪れた件の保育施設わかばパークに子供達は、結構やんちゃな子が多いみたい。
「すまない、俺がバカ達を躾けられてればこんなことには」
「誰がバカだ! お前も同じようなもんだろうが!」
「まあ、確かに今回は私にも監督責任はあるわ」
糸成くんは事故現場にはいなかったようだが、同じく私と頑張ろうと言ってくれていた手前、少し責任を感じているみたいだ。正直、事故なんてものは誰も悪くないと思う。起こしてしまったものはしょうがないのに。
「やってしまったものはしょうがねえ。じゃあ、やるべきことをやればいいんだべ?」
「ああ、二週間もあんだ。ぜってぇあの園長の目玉飛び出させてやる」
「できることはあるな」
『やるべき、こと?』
糸成くんたちにはそれがもうわかっているかのようだ。そういえば、私が子供達に振り回されている間も何人かが集まって計画を立てているようだった。
目標を見失っても、またすぐに見つけられるなんて……すごいな。
ファンの時間
流石に沢山の子供の相手は身が持たない。
一人くらいだったら大丈夫なんだけど…
糸成くんの方を見ると、ちゃんと子供の相手をしている。
そんな糸成くんをじっと見ていたら声をかけられた。
「あの…!」
『……!?どうしたのかな…?』
と、子供と同じ目線になるようにしゃがむ。
「お姉ちゃんって糸師蘭選手だよね?俺、すごく大ファンで…!」
……!
まさか私の事を知ってる人がいるなんて…
しかもファン…?
『そうなの…?嬉しいなぁ…ありがと。』
何だかその子は弟に似ている気がする。
純粋そうで可愛い。
「俺、大人になったら蘭選手みたいになりたくて!」
私みたいに……
『そっかぁ…。じゃあ、後悔しない選択をしてね。これは私との約束。』
「うん!約束する!」
『………いい子。』
その子の頭を撫でる。
この時の私は知る由もなかった。
その子の初恋を奪ったことを。
あと、糸成くんがその子に嫉妬してることも…
会話が終わったと同時に糸成くんに呼び止められた。
「行き詰まったら助けてやるからいつでも俺のところに来い」
『え、いいんですか?ありがとうございます…!!』
恋バナの時間
わかばパークのボランティアが始まってから明日で二週間が経った。
私のファンの子にすごく懐かれちゃって…
サッカーを教えてあげてる。教えれるほどの才能は持っていないけど…
でも、教えるのはなかなかに面白い。
冴にいもこんな感じだったのかな…
「蘭〜、何ニヤニヤしてんの?」
『わぁ……!?びっくりした…』
長机に座り込んで休んでいた私の上から金色の髪がカーテンのように降りてきた。驚いて振り向くと中野さんが悪魔を彷彿とさせる笑顔を浮かべている。
「もしかして王子様の事考えてたのかな〜?」
『え、え?王子様…?』
王子様…とは?
「マジに考えてなかったの? おいおい糸成くんが可哀想だぞ〜!」
『あ、え!?糸成くん?』
「なになに? イトナくんの話?」
飛躍を繰り返す中村さんの声を聞きつけて、おそらく休憩にきたE組女子の一部が勉強スペースに入ってきた。
気がつくと勉強するはずのこの部屋でなぜか恋バナが繰り広げられていた。
「蘭ちゃん最近、糸成くんとどうなの?」
『どうと言われましても…』
好きだと自覚したはいいけど…。糸成くんは多分私のことなんて…
嗜好の時間
「蘭ちゃんは糸成くんと恋人になりたいって思わないの?」
『え!?いや、あの…思いますけど……』
「そっか~。成長したねぇ。」
『でも…糸成くんがどう思ってるかなんてわからないので…』
「いや〜、どうだろうね。」
ど、どうして皆さんそんなに期待に満ちた目で見てくるんだろう……
中村さんのニヤニヤ顔に押されて想像してみるけれど……いやいやとすぐに冷静になった。
『えっと…あり得ないですよ……よ、よく一緒に居るのも、糸成くんは優しいだけで…だってわ、私なんか……』
「“なんか”じゃないってー! 蘭ちゃん可愛いもん!」
『そ、う言っていただけるのは嬉しいですけど……い、糸成くんが私を好きになるという状況は起こり得ないのでは……?』
「えーなんで?」
今度はみんなの方が首を傾げたので、私は口の中でモゴモゴと言葉を濁す。
『だ、だって……糸成くんって……その……巨乳好きでしたよね……?』
「……あっ」
彼がE組に正式加入した後、よく先生を連れて山中に不法投棄されたグラビア雑誌を読みに行っているのをたまたま目撃してしまったことが数回ある。よっぽど好きなんだろう。
私はあるにはあるけど…そんなに大きくないと思う…。
矢田さんの方が大きい気がする。
「糸成よ……アイツめ……」
『あ、でも、男の方ってそういうの普通だと思うので、別にいいんじゃ無いですか?』
「そーいうこっちゃないのよ〜」
勉強部屋に集まった女子たちは何故か一斉にガックリと肩を落とした。
男子の時間、イトナくんside
『………来ない…っ』
「御愁傷様だな〜イトナ」
『黙れ寺坂』
わかばパークのボランティアが始まってから明日で二週間になる。
……にも関わらず。俺が「いつでも来い」といったはずなのに、蘭は一向に俺たちの作業場であるガレージには一度も来なかった。
会えないことが問題なのではない。なんなら毎日俺が彼女の様子を見に行っている。
問題は蘭の方から来ないことだ。
蘭が来ないと言う事は順調にやっているということでそれは喜ばしいことだが、それはそれとして頼られないのも違う。
かといって俺自身から「来てくれ」とは言えない。それは情けない気がした。
「あの糸師がガキンチョにサッカー教えてんだろ? しかも上手くいってるとはな」
「んで、上手く行きすぎてイトナは忘れられてると」
『黙れ』
「あんたちょっとは焦った方がいいわよ。」
『……狭間』
狭間は土木や機械班では無いが、寺坂を中心としたグループの監督を自称して時折ガレージを覗きにくる。いつもならスルーするが、含みのある笑みに引っかかって睨みつけてやる。
「ククク……巨乳バカもほどほどにしときな」
『………。』
「あ〜そういや気になってたんだよな。糸師って大きいっちゃ大きいけど巨乳ってわけじゃッ――いてぇッ!」
『黙ってろホームベース』
「ッぶねぇな! レンチ投げてんじゃねーよイトナァ!」
座り込んでいた吉田の踵に工具を地面をスライディング命中させて黙らせる。
巨乳だのなんだのはただの俺の嗜好であって、蘭とは全く関係のないことだ。そもそもそんなこと彼女が気にするはずがない。
転校当日に読んだグラビア雑誌も彼女がいない時しか取り出していないし、E組に正式に通うようになってからは裏山で殺せんせーと雑誌を漁るくらいで校内ではもうそういう素振りはほとんど見せてない。
蘭が俺の性癖を知っているわけが…
「男子ってバカね……ククク」
『…………』
…身の振りを一度見返したほうがいいかもしれない。
バンダナの間から流れた汗を拭い、とっくに最終調整も終わっている電動自転車の整備に戻った。
その時、ガレージの外からこちらに近づいてくる足音がすることに気がついた。
凝視の時間、イトナくんside
「ぁ、えっと…こんにちは…」
おずおずとガレージを覗き込んできたのは待ちに待った蘭だった。
狭間や吉田が反応するよりも先に彼女の元へ駆け寄る。
『どうした?』
「あ、糸成くん。狭間さんがさっき電動自転車がすごくいい出来だって言っていたので、見に来たんです。今日、教えるノルマがクリアしたので気晴らしに…」
俺に会いに来たわけではないことには肩透かしを食らったが、恐らく狭間の気遣いには思わず感謝をした。
「どう、この電気自転車。サーカス団の技術と心遣いでじいさんもまたひっくり返ることにならないといいけどね」
「オメーが作ったわけじゃねーのに大口叩くなや、狭間」
「わあ……確かにすごく心遣いのあるプレゼントですね。こんなものを自分たちの力で作られるなんて……すごいです。」
せっかく彼女からガレージに来てくれたが、別に俺目当てではなくただの自転車に連れられたのかと思うと、自身の改造品だとしても自転車に苛立ちの矛先を向けてしまいそうになる。
吉田や狭間との話に夢中になって、俺の方を見向きもしない。ずいぶんクラスメイトと自然に話せるようになったものだが同時に、これが意識されてないということかと改めて自覚する。
自転車の横で屈む蘭のつむじを穴が開くほど凝視してしまう。
どうやったらこっちを見てくれるのだろう。
触手を持っていた頃は敵に勝つことだけを考えて戦えばそれで良かったが、恋愛は全くもって勝手が違う。シロから教わったのは殺すためのテクニックばかりで今の俺に役立つものはほとんどない。
どうすれば、彼女は振り向いてくれるのか。
「……糸成くん…?」
不意に、蘭と目が合う。振り向いた彼女の髪が少し靡いて、屈んでいる彼女の目は上目遣いになっていた。
「もしかして、私の頭に何か付いてますか…?すごく見ていたので…」
『い、いや、何でもない』
唐突に願いが叶って動揺した自分を落ち着かせて蘭から目を逸らす。
ただ振り向いてもらっただけで喜んでいるチョロい自分に気がついて誤魔化すように息を吐いた。
反発の時間、イトナくんside
「チョロすぎんだろ」
吉田と狭間が蘭の見えないところでニヤついているのを見て、睨んで黙らせる。
そうだ。こんなことで一喜一憂している場合ではない。
『もう終わりなんだろ?一緒に帰らないか?』
「いいんですか?是非一緒に帰らせてください!えっと、今日も村松くんのラーメン屋に……?」
『いや、今日は行かない。』
「あ、そうなんですか?」
まずいラーメンを食いに行ったら意識も何もあったもんじゃない。
「おー、イトナ頑張れよ〜」
うるさい外野から遠ざかるように、既に片付けるものもないガレージから蘭と共に出る。彼女が鞄を取りに行くというので、ついていく。
彼女のものであろうスクールバックが勉強机の上で倒れていて、教科書らしき中身がはみ出しているのを見て、首をかしげた。
『教科書…』
「え…?………あっ!?」
はみ出たものを指さした途端、蘭は聞いたこともない裏返った声を上げて鞄を隠した。慌てた彼女の耳が赤くなるのを見て思わず笑みが溢れそうになった。
彼女は既に鞄に教科書を詰め込んでおり、執拗にキョロキョロと室内を見回した。幸い、子供どころかE組の生徒も今は出払っているようで、鞄の中身は見られていない。
鞄をきつく胸に抱いた蘭はそれまでのんびりとしていた動作が嘘のように俺を押して押してそそくさと若葉パークを出た。
若葉パークがある方を振り返り、もうその屋根すら見えないところまで来たところで蘭はほっと息をついた。
『数学の教科書だったな……勉強してるのか? 中間の?』
彼女の鞄の中に隠されていたのは椚ヶ丘中で使われている三年性用の数学の教科書だった。もちろん、そこにはこのボランティア期間中は勉強が禁止されている中間試験のテスト範囲の内容も含まれている。
「……い、言いますか?先生に…」
カバンの中身をさらに隠すように鞄を強く抱き直した彼女の語尾は尻切れトンボに消え失せた。
こんなに引っ込み思案なのに、案外アウトロというか、殺せんせーに対する反骨精神が結構あるよな……
一歩前進の時間、イトナくんside
『言うわけない。そもそも勉強するもしないも人の自由だしな。』
俺がそう言うと、蘭はほっと息をついて肩の力を抜いた。
『勉強してたってことは、中間テストは良い結果になりそうなのか?』
「いえ、そこまでは流石に……」
そんなことを言いつつ、彼女の目には微かな自信の光が宿っている。出会ったばかりの虚空を見ているようだった目とは違う。
「明後日が中間テストなんて、早いですね。」
『あっという間のテスト期間だったな。俺たちは全く勉強できてないが。』
「今回はしょうがないですよ。テストが全てじゃないってわかりましたし…」
照れくさそうに微笑む蘭の二週間を見守ってきたからわかる。人と話すことすら苦手だった彼女が子供達と交流して、サッカーを教えて、人と関わる楽しみを理解してきた。俺たちが暗殺の技術が人のために使えると気がついたように彼女なりの得るものがあったとわかる。
「糸成くん…あの……糸成くんには助けられてばかりなので、良かったら何かお礼を…させていただけないでしょうか…」
『別に大した事はしてないし、俺が好きでやってるから何もしなくていい。』
「でも…それじゃあ私が貰ってばっかりで…だから…お願いします。お礼させてください」
蘭はこういう時すごくしつこい。でもこういう所が好きだ。
『……はぁ。何するんだ?』
「あ、ありがとうございます!」
俺がただ肯定するだけで、こうも簡単に顔を輝かせてくれるのか。
進みたい。進まないといけない。
もっと蘭ことを知りたい。
「じゃあ……_________?」
『わかった。』
積極の時間
糸成くんと帰路についた翌日。ついに若葉パークでの課外授業は終わりを迎えた。
施設の増築や、糸成くんたちが行なっていた電動自転車の整備、子供との勉強など私が関われたのはほんの些細な部分だったけれど、これらの行いが無事退院した園長先生に認められることができた。
あまりにも完璧な出来に若干惹かれていたけれど。
ともかく、私の目から見ても何倍にも成長して学校生活に戻ったE組たちが待ち受けていたのは……もちろん、中間テスト。
「ちょっと、悲惨な結果かも……」
「んまっ、しょーがないっしょ。勉強よりも大切な授業の授業料だと思えば! 次よ次!」
本校舎で行われた試験の帰り道、横を歩く潮田くんと中村さんの会話聞こえる。
私は他の事で頭がいっぱいで話が右から左へ流れていく。
今回のテストはゾロ目で揃えるという謎の行動をしてしまった。もちろん点数は低いと思う。
そんなことも気にならないくらい今の私は上の空。
一昨日、糸成くんに何かお礼をさせてくださいと提案したが…
「……蘭? 蘭お嬢様〜?」
『はい……え、はい? …ん?な、なんですか?』
「大丈夫? 昨日からずっと上の空だけど……」
「てかさっきからテキトーに相槌打ち過ぎ」
『す、すみません! な、何の話でしたっけ?』
ほっぺを膨らませる中村さんと心配そうな潮田くんを見てやっと我に帰った私は、慌てて頭を下げたが「いいっていいって」と中村さんに頭を上げさせられた。
「それより、蘭が上の空と言うことは……」
『え?』
さながら名探偵のように顎に手を当てた中村さんがカッと目を開き、直後ビシッと私の鼻先に人差し指を突きつけた。
「糸成に何か言われたかそれか蘭が何か言ったかの二択!!」
『へ!? な、なんでわかるんですか!?』
「あ、マジ? テキトーに言ったら当たった」
『て、適当!?』
私のあからさまな反応が答えとなってしまったようで、途端に中村さんが意地悪い小悪魔のような表情になった。