『リリィ、リリィ 明日も側にいてくれるかい たとえ僕が夜に溺れたとしても』
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原作元曲:
明けない夜のリリィ
https://www.youtube.com/watch?v=-Y99kjXi2SE
あなたの夜が明けるまで
https://www.youtube.com/watch?v=xfR0iTh8PSI
おはよう、僕の歌姫
https://www.youtube.com/watch?v=XOGMER9IGTM
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曲パロ……何作目だ?
めちゃくちゃ仕掛かり中です、エタったらすみません!
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目次
side Kai - 1
目が覚めた。もう外はとっくに朝とも呼べぬ日光がカーテンの隙間から差し込んできている。
体がひどく気だるかった。
頭が痛い。ギシギシと関節が鳴った。起き上がるのも苦しい。
喉が渇いて、呼吸するのも一苦労だった。ああ、水分取らなきゃな。彼女だってそう言っていたんだから。
なんとか起き上がって、キッチンまで行って、コップを用意するのも面倒で蛇口を開けて手で|掬《すく》って飲んだ。
手の端から、|溢《あふ》れた水が|零《こぼ》れていく。
飲んで喉が潤った途端、締め付けるような頭痛がした。体が痛い。よろめいて、再びベッドまで行って倒れ込む。
強烈に眠いはずなのに眠れなかった。ただただ締め付けるような頭痛がした。|包《くる》まって、ぼうっと毛布の端を見つめる。ぼんやりした。
ふと、部屋にかけられた時計を見た。もう午後の三時を指していた。世間の一日の事もだいたい終わっている頃合いだ。僕はずっとベッドの上で過ごしている。
頭が痛い。何かできるわけもなかった。
でもさすがに起きなきゃ、しばらく触りもしていなかったスマホに手を伸ばした。タップする。
『12月13日』
出てきた画面にはそう記されてあった。
もう、季節はとっくに冬らしい。他の月、春、夏、秋、も確かに経てきたはずなのに、暑くなっていく季節も猛烈に暑い季節も涼しくなっていく季節も覚えているはずなのに、なぜか全てをスキップしたような、何も経験していないかのようだった。
開く。ニュース画面。『14:37 更新』の文字が見えた。更新されている。サイトが管理されている限り、更新されないニュースなんてない。
日々絶え間なく誰かが何かが動いていて、今この瞬間も過去となっていく。
ニュースの一つを開いた。タイトルと文章が目に入った。ただの文字列。文字の一つ一つは分かるのに、書いてある内容も分かるのに、砂漠の砂をさらっているような気分だった。
頭が働かない。白い紙でも眺めているようだった。
一日一日過ぎていって、同じ今日が来ることはない。他のみんななら。
それなら僕は、朝と呼べぬ時間に起きて、水を飲んで、また寝て、読めもしないニュースをぼんやり見る、そんな一日を繰り返している僕は一体なんなのだろう。
何も進まない。新しいものも変わっていくものも何もない。
ただ僕だけが、同じ日付を巡っている。その日付が何月何日なのかは忘れた。同じ二十四時間をループして、何も生まれない空白の時間を過ごしている。
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ガチャンという玄関の鍵が回る音で目が覚めた。
「ただいま」
ドアが開く音。帰ってきたんだ。
彼女の声が、空白な部屋の中を満たしていく。
side Kai - 2
「ご飯は食べた? ……その顔じゃ何も食べていないのね。飲み物は? ちゃんと水分は取ってる? ミルクでも持っていくわ、ダイニングにいらっしゃい」
せかせかと荷物を置いて、彼女はキッチンまで駆けていった。
背中まで伸びた黒髪は美しかった。
「大丈夫? ちょっと電子レンジで温めたのだけど、熱すぎてないかしら」
コップにミルクを入れて、彼女は僕のところまで持ってきた。
大丈夫だよ、と答えて、喉に流し入れた。少しだけ甘い香りがした。
彼女は決して、今日は何をしていたの、とは聞かない。
僕の一日がループしていることを知っているからだ。何にもならない日々は、まるで檻のようだった。
その中で彼女が出ていけないように腕を握り続けている僕は、きっと残酷なんだろう。
彼女はここにいちゃいけない人間なのに。もっと他のところに行ける人なのに。
何か作るわね、きっとお腹も空いているでしょう。
冷蔵庫を開けながら彼女は僕にそう言った。
そういえば何も食べていなかった。そんな必要も感じなかった。
「外は寒かったのよ。ああもう刺されそう。こんなんで私、真冬になったらどうなるのかしら」
そうなんだ、と僕は答えた。そうか、今日はそんなに寒かったのか。
彼女がいて、やっと何かが動き出す気がした。僕の中には流れない時間を、外から眺めていることしかできない時間を、彼女は僕に感じさせてくれる。
できたよ、と彼女は皿を持ってきた。褐色の料理だった。にんじん、じゃがいも、牛肉、玉ねぎ、いろいろ入っているのが分かる。
「カレー?」
「えー? いや、ハヤシライスのつもりで作ったのだけれど」
「そうなの? でもハヤシライスってこんなに具材が入ってるイメージないんだけど」
「むー……。つ、作った人がハヤシライスだと言えばハヤシライスなの! ほらさっさと食べる!」
思わずぷっと吹き出した。自分の中に笑うという感情が残っているのに少しだけ驚いた。
ふ、と息を吐いた。彼女といると、生きていられる気がする。こうやって何気なく話している空間が何よりの安らぎだった。
スプーンで掬って、口の中に押し込んだ。カレーともハヤシライスとも言えぬ味が、口の中に広がる。
途端に、空腹であるのを感じた。彼女の言う通り、今日初めての食事だったかもしれない。
「美味しい? ちゃんとハヤシライスでしょ?」
「うん、そうだね。ありがとう、リリィ」
リリィ、と呼ばれて振り向いた彼女が、嬉しそうに微笑んだ。綺麗な笑顔だった。
閉じ込められた時空の中を|掻《か》き分けて、そっと入り込んできてくれる。その中にいる僕は、そんな彼女の腕を掴んで縛り付けている。
自分は残酷だと思いながら、手放せるはずもなかった。少しだけでも息していたい。独りきりで閉じ込められ続けるのは|辛《つら》すぎるから。
side Kai - 3
ぼんやりと寝込んでいた。どこか意識が鮮明だった。
『ねー、カイ。この子かっこいいよね!』
彼女の声がする。その手に握られているのは漫画だった。
夢だと認識できたのは、これが明晰夢だからか、それとも過去の出来事だからなのか。
『五分前もそれ言ってたよね』
『いいじゃない本当のことなんだから!』
元気|溌剌《はつらつ》としたその様子に苦笑したのを覚えている。
この頃、彼女はとある漫画に夢中になっていた。内容はファンタジーものであることしかよく覚えていない。それに出てくるサブの少女キャラが推しなんだとかなんとか言って、四六時中そのキャラのことばかり喋っていた。
『僕とその子、どっちが好きなの?』
特に嫉妬などをしていたわけではない、……多分。ただの戯れのひとつとして、彼女にそう聞いたこともあった。
『え? えー、選べないよ』
おどけてそう言うのを|拗《す》ねた顔して返せば、彼女はいつも『嘘嘘! カイの方が好きだよ!』などと前言撤回していた。ああ、懐かしい。引き裂かれるほど。
『この子ね、すごく強くて凛々しくてカッコいいんだよ。でも、たまに女の子相応に可愛いところもあるの。推さない理由がなくない? あー私もこの子みたいになりたかったなぁ』
一日中推しキャラについて喋っている彼女だったが、最後は必ずその一言で締めた。
そのキャラみたいじゃなくてもいいよ、とは言わなかった。彼女が抱いている憧れに傷をつけたくなかったから。
彼女が明確にそう望んだ記憶はないが、おふざけか本気か、いつしか僕は彼女をそのキャラの名前で呼ぶようになった。
———リリィ。
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「———リリィ。」
彼女を呼ぶ自分の声で、ハッと目が覚めた。
周囲を見回すと、とっくに暗かった。部屋の明かりも消えている。眠っている間に夜になったのだろう。彼女が作ったご飯を食べてから、どうやって過ごしたのか全く覚えていない。
う、と首を動かすと、ゴキッと音が鳴った。固くなっていたらしい。
「カイ?」
呼び声がした。目を向けると、彼女がいた。床に座っていて、ベッドの上に頭を伏せて僕を見上げている。
ずっと僕の部屋で、僕の側にいてくれていたんだろうか。
彼女が手を伸ばして、僕の頬に触れた。どうしたの、と考える前に、僕はその手に自分の手を重ねた。
どこか冷たくて、濡れていた。
「どうしたの? 何か嫌な夢でも見たの?」
……夢。いや、幸せな夢だった。もう二度と戻れない夢。
お互いに何も話さなかった。部屋の中は暗くて、彼女の顔はよく見えない。声だけが暗闇に光って消えていった。彼女がじっと僕の目を見つめる。それから立ち上がって、毛布の端を両手で握って僕に掛け直した。
「……大丈夫、私はここにいる。」
誰かに、言い聞かせるように。リリィがぽつりと|呟《つぶや》く。
ふ、と強烈に眠気を感じた。溶け入るように、意識が遠くなっていく。
「全部覚えているから。───だから、大丈夫よ。」
side Lily - 1
彼は忙しい人だった。
毎日ノルマに追われているとかで、夜遅くまで起きていることも頻繁だった。
それでも特に問題もなく充実しているように見えたし、なんなら私の方が置いていかれているのではないかと何度も不安に駆られた。
笑顔もあった。何も言ってこなかったから、後にあんな状態になるとは思わなかった。
鮮明に覚えている会話がある。
『最近どうしているの? 忙しそうだよね、疲れてない?』
確か私は、当時大好きだった漫画を見ながらそう言った。彼は隣に座っていた。
私が『疲れてない?』と言ったとき、彼はふっと遠くを見た。瞳の中で何かが目まぐるしく動いていた。
だんだんとその灯りが消えていって、空洞が広がっていく。|虚《うつろ》、という言葉が思い浮かんで、ふと恐ろしくなった。
『……ううん、大丈夫だよ。』
たっぷり時間———もそんなに取らず、彼はそう答えて笑った。いつもと同じ笑顔だった。
それから彼は私が見ていた漫画に目を落として、
『リリィはどうしているの?』
悪戯っ子のような顔で、彼は自分の唇を少し舐めた。私を『リリィ』と呼ぶときはいつもそうしていた。
『えーっとねー、あ、ねぇカイ、ちょっと聞いてよ、あのね———』
それから私の愚痴が始まるのが日常だった。彼はいつも何も言わずに聞いて、『大変だねえ』と私の頭を撫でてくれた。
何ひとつ言わない人だった。だからずっと、何もないんだと思っていた。いつでも前を向いていて、他の何よりも明るく輝いて見えて、それが私の誇りだった。
気づかなかった。何かあったらすぐに何か言える私と違って、彼は何も言えなかったのだ。その手段を、持ち合わせていなかったから。
『リリィといると、気が晴れる。何でもできる気がしてさ。いつもありがとう』
何か言葉を交わせば、最後に必ずそう言った。そういえば、最初はこんなことは言っていなかった。いつから、なぜ、言うようになったのだろう? 今となっては何も分からない。
あの頃は特に何も考えていなかった。毎日忙しそうにしていた彼はいつだって私の上に、隣にいるけど手の届かないところにいて、まるで私は彼のお付き添いのようだと皆が言った。
優しい人だった。私のどんな我儘も穏やかに聞いてくれて、どんな話も受け止めてくれた。私の中で『スパダリ』といえば、まさしく彼のことだった。
彼の目に、世界はどう映っていたのだろう。
彼は何をやっていて、何を考えていたのだろう。
『僕はさ、まるで止まれない暴走機関車みたいだ』
それが最初で最後の言葉だった。その時ですらも、仕方なさそうに笑っていた。
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彼が壊れたのは、突然だった。
確か暖かくなり始めた頃の、朝だった。
いつも通り彼は起きてきた、はずだった。
『あ、カイ、』
いつもしている挨拶、『おはよう』という言葉を喉の奥にすんでのところで呑み込んだ。おかしい。直感でそう思った。いつかと同じ、虚な瞳だった。
空洞が広がってる。目の前にいるのは誰だ。彼は確かにそこにいるのに、まるでいないかのようだった。
『……カイ?』
呼びかけてみても、返事はなかった。