女神様の偽うとおり。
編集者:蒼暮 葉音
大天使と『地獄の女神』の娘フェディアは、正体を隠していて周りを騙していた上に、地獄に戻り、大天使の父親を裏切った女に似た娘として、周囲からいじめられていた。
しかし、あることがきっかけで、自分に特殊な能力があると知り───?
*第一部 完結(全十章)
*第二部 完結(全十二章)
*第三部 現在製作中
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目次
女神様の偽うとおり。〖第一部 prolog〗
すごい久しぶりに浮上した気がする。多分誰も覚えてないけど。
新シリーズです。
大天使リドフェッドは、一人の女神と恋に落ち、結ばれた。恋愛を助ける|恋天使《キューピッド》は、愛人の出来なかったリドフェッドを大いに祝福した。
だが、女神は、二人の間に子が出来ると、行方が分からなくなった。自分は地獄の女神なのだと、それだけ書かれた聖書を破った切れ端を置いて。
それを読んだリドフェッドは女神の行方を掴んでいた。
だが、『地獄』は天使がいるべき『天界』の反対の場所。天使は地獄に行くべきではなく、地獄の使者である悪魔も、天界に行くべきではないのだ。
だが、神々は違う。
神々は『地獄』と『天界』の間にある『人間界』を通じて行き来出来るのだ。
リドフェッドは、聖なる書である聖書の切れ端を破り、複雑な表情を歪ませた。
地獄の女神と、大天使の子。揺り籠の中で泣きつかれて寝る我が子を見ながら、リドフェッドは溜め息をついた。
(………我が子には、辛い運命を背負わせるかもしれない……)
辛い運命を背負わせるくらいなら、運命を絶たせることも、出来る、が………。
でも、彼女を心から愛していたリドフェッドは、どうしても我が子の運命を絶たせることは出来なかった。
彼は、我が子に自分と愛していた女神の名前から取った、『フェディア』の名を与えた。
女神様の偽うとおり。〖第一部 一章〗
「……ねぇねぇ、父様。遊ぼう?」
五歳前後の見た目の少女が、ふんわりとした雲素材のベッドから起き上がらない父親に声を掛けた。
父親は、裏の無い、見ているだけで安心出来る程優しい笑みを浮かべていた。
父親──大天使リドフェッドは、太陽のような金色の髪と髭、幸せの象徴の青色の瞳、立派で神々しさをも感じられる白銀の翼を真っ白なローブで包んでいる、天界の中で最も優遇される者の一人だ。
そんなリドフェッドの一人娘のフェディアは、銀色の髪に所々白や黒の毛が混じっていて、天使の少女が身につけるふわりとしたワンピースを身につけた、リドフェッドに似ていない少女だが、真っ白で大きな翼はリドフェッド譲りに見えた。
「ねぇ………父様?」
娘のその声を聞いて、リドフェッドはふと、彼女の母親を思い出した。
地獄の女神であった母親は、フェディアを産んだすぐ後に行方知れずになった。地獄に戻った可能性が高いが、天使であるリドフェッドはどうしても地獄には行けなかった。天使が地獄に行くと悪魔となる、と言う言い伝えがあったからだ。
フェディアは、その母親に容姿が似ている。
「……ね~、父様~!」
「あぁ……ごめんな。でも、今日はちょっと遊べそうにないかな」
「え~……」
「あー……でも、本くらいなら読んであげられるぞ?」
「うぅ~……、外で遊ぶもん」
フェディアはそう言うと、枕近くの窓を開けて翼で飛んで行った。
「……フェディア……」
フェディアの銀に輝く髪、自分の元を発っていく姿を見ていると、愛していた女神の姿が脳裏に浮かぶ。
白銀のストレートヘア、赤黒い瞳に漆黒の瞳孔、白い肌──。
リドフェッドは時々、フェディアはかつての妻がどこぞの誰かとの間に作った子のような気がしてくる。フェディアは淡い紫色の瞳だが、自分と女神の両方から受け継いだものなのか、それとも紫色の瞳の誰かの遺伝なのか……。
---
「……父様?」
その声で、リドフェッドは目を覚ました。
気付かない間に寝ていたようだ。雲素材のベッドから起き上がって外を見ると、もう暗くなっていた。
「……父様、ずっと寝てたの?」
「あはは……そうみたいだな。おし、フェディア。何か、食べたいものでもあるか?」
「え!父様、ご飯作ってくれるの?」
「おう、最近調子悪かったけど、今日は頑張るぞ!」
「やった~!じゃあね、えっとね、もこもこパンケーキ食べたい!」
もこもこパンケーキ……雲パンケーキは、入道雲を入れた、生地を焼くとほわっほわ、もっこもこになるものだ。雲は天使たちにとって、なんにでも使える万能物なのだ。
「分かった。雲パンケーキな!」
娘に母親のことは、伝えるべきではない。そう思い、リドフェッドは雲パンケーキの材料を準備し始めた。
※この物語の雲は謎の物質で作られています。絶対に現実世界で雲を食べたりしないでください。
女神様の偽うとおり。〖第一部 二章〗
前話のフェディア視点です。
父親がいる家から飛び立ったフェディアは、大きな翼で森に向かっていた。
フェディアは、一応天使という扱いにされている。リドフェッドに似た大きな翼もあるので、『天使』として通りはする。
が、他の『天使』の子供達は、基本は太陽のような金髪に、明るい色の瞳だ。一方、フェディアは銀髪に淡い紫色の瞳。
天使たちの中で最も位の高い大天使であるリドフェッドを裏切った女の娘であるため、リドフェッドの目が届かない所で嫌がらせをされていた。
こっそりと翼の羽根を毟られたり、仲間外れにされたり。嫌がらせをされるたびにリドフェッドに言って注意され、その怒りがまたフェディアに当たる。
悪事や悪意が見つかった天使は、堕天使として神自身の手によって降格される。だが、フェディアはそのことを知らないし、リドフェッドは単なる善意で見逃すので、フェディアはうんざりしていた。嫌がらせをしてくる他の天使たちにも、父親にも。
そんなときに、天界に来た人間たちを『匿う』場所、《|月境林《げっきょうりん》》を見つけた。
月境林は、天界に迷い込んだ人間や、死後に天界に来た人間たちが来世が来るまで暮らす場所。正確には、人間たちの魂が暮らす場所。
最高神の管理の下、殆ど自由に暮らせる場所になっている。望まない者以外にはそれぞれの理想の家が用意され、月境林の木になる『妄想ノ実』を食べると、自分の思い描く世界への出入りが可能になる。
だが、天使たちは月境林に近づかない。天使でいることを誇りに思う天使たちが多いからだ。人間は、天使たちにとって、負け組のようなものなのだ。
それを知らないフェディアは、月境林に入り浸るようになった。
月境林の入り口には、元大天使の老婆・レアリテがいた。
彼女は、フェディアをじーっと見つめた。
「……また来たのかい、嬢ちゃん」
「はい!ここって、ほんとに良いところですよね」
フェディアはすっかり人間たちと打ち解けていた。『妄想ノ実』も、食べると自分の空想の世界に入れるのだ。フェディアは、いじめてこないみんなと仲良く遊ぶ妄想、見たことのない母親と話す妄想の中に入って、いじめられないことに喜びを感じていた。
「……そうでもないさ。私は知ってるよ、こんな森の真実を。天使は皆、人間を嫌っているんだよ。だから、人間界のずっと上の天界の《《端くれ》》に、こんな森を作ったんだよ。『妄想ノ実』に依存した人間たちが、不注意で落ちるために」
「え……?本当なんですか?レアリテおばあさん」
「本当だよ。それに、人間は天使という存在に、憧れを持っているらしいんだ。だから、天使に嫌われていることが嫌で、そこから『妄想ノ実』に入り浸って……後は、分かるね?」
その、レアリテの暗く淡々とした、でも力のある声。
フェディアは、天使たちが怖くなった。
女神様の偽うとおり。〖第一部 三章〗
レアリテの話を聞いた上で、フェディアは月境林に入った。
(レアリテおばあさんはああ言ってたけど、本当なのかな……?)
そう思いながら、一軒の洋風な家の鏡開きの扉をノックした。
「……は~い?」
聞こえて来たのは、やや高めな少女の声。
フェディアは、扉を開けた少女に、ニコリと笑いかけた。
「遊びに来たよ!|天乃《あめの》ちゃん!」
---
フェディアが始めて月境林に来た時、誰もいないようだった一軒の洋風な家に入った。
綺麗に整えられたリビング、埃一つ見当たらない廊下、らせん階段を登った先にある広大な書庫……。それらを夢中で見ていると、家主である|雨葉雪乃《あまのはゆきの》という老婆が帰って来ていた。
彼女はフェディアが気に入ったらしく、勝手に家に入ったことを許し、また来て良いと言った。
彼女と話していくうちに、彼女が病気で死んだこと、フェディアと同じくらいの年齢の孫がいること、洋食が好きで、月境林に来てからは雲パンケーキが好きになったことを知った。
その後、交通事故で死んだ孫の天乃がその家に来て、フェディアはすぐに天乃と仲良くなれたのだ。
フェディアは、雪乃と天乃が好きだった。自分をいじめない数少ない人で、自分がどんな話をしてもちゃんと聞いてくれる。そして、一緒にいて、嫌に感じない。
今日も、雪乃が書庫で本を読んでいる間、天乃と家の外に出て遊びに行く。
---
月境林の中心には、月境林全体を覆うように葉を伸ばした大木がある。大木に生えているのが、『妄想ノ実』だ。
月境林の端、一番葉が垂れ下がっているところに行き、大きく金色に熟した『妄想ノ実』を大木から取った。
「大木様、いつもありがとうございます」
「……何?それ」
「大木様への感謝だよ。大木様のおかげで、私たちが『妄想ノ実』を食べられるんだもん。大木様だって疲れてるんじゃない?」
「へ~……!大木様、いつもありがとうございます」
そして、二人は同時にまるまると大きな『妄想ノ実』にかぶりついた。
---
────目が覚めると、誰かの膝の上に寝転がっていた。見上げると、白銀の髪が視界に入った。
(─────母様だ)
自分が起きているのに気がついたのか、母親はフェディアに顔を見せた。
赤黒い瞳を嬉しそうに細めて笑う母親を見て、フェディアも嬉しくなってくる。
「……母様」
「フェディア、どうしたの?」
「皆のところで遊びたい……です?」
上の立場の者には敬語を使う。でも、まだ上手く敬語を使えない娘を見て、母親は微笑んだ。
「あら……良いわよ。でも、喧嘩はしちゃ駄目よ?」
「うん、約束する……です!」
そう言って、フェディアは遠くで遊ぶ、天乃や他の……心優しい天使たちの元へ飛んで行った。
楽しそうに遊ぶ天乃たちと、月境林の中でかくれんぼをして遊ぶ。
かくれんぼといっても、雲の中にいい感じに潜ることが出来れば、とても見つかりにくくなる。逆に、シンプルに木の上に隠れていたりもするので、なかなか飽きないのだ。
「フェディア~!帰るわよ~」
その声で、木の根本に上手く隠れていたフェディアは、木の根本から抜け出して母親の声の元へ飛んで行った。鬼役だった天使が「フェディアみっけ!」と言っているのも気にしなかった。
「母様!今日はね、月境林でかくれんぼしたんだよ!それでね、──」
毎日が、そんな日々。家に帰ったら、父親が出来たての雲パンケーキを作って待ってくれていて……────。
女神様の偽うとおり。〖第一部 四章〗
気がつくと、大木の根本で眠っていた。
隣の天乃は、口元に金色の食べかすを付けて眠っている。─────妄想に浸っている。
手には、食べ終わった『妄想ノ実』の芯だけが残っていた。
『妄想ノ実』は、一口ごとに妄想に入れる時間が決まっている。妄想を続けて見るには、妄想の中で持っている食べかけの『妄想ノ実』を食べないといけない。また、咄嗟に『妄想ノ実』を食べていたようだった。
(……ずっと、妄想の中にいたいな──)
現実ではいじめられて、蔑まれて、仲間外れにされる。妄想が、現実になれたら…………。
ふと、妄想の中で笑う、母親の顔を思い出した。
「……母様は、なんで………」
………父様のところから逃げたんだろう………?
---
天乃が目を覚ましたのは、空が橙色に染まりかけていた頃だった。
天乃と洋風な家まで戻って、天乃と別れて家の方に飛んで行った。
帰る途中、ふと下を見ると自分と同い年ぐらいの子供達が、暗くなっていく中で楽しそうに遊ぶ姿を見つけた。
「………」
きっと、自分の姿は逆光で見えにくいだろう。そう思って、さっきまでよりも速いスピードで空を駈けた。
なんとなく、自分をいじめていた子供達に見えた気がした。
家に帰ると、父親はまだ寝ていた。
この頃、父親はだんだん元気がなくなっているようだった。無理をしているのが、見ていて凄くよく分かるのだ。
自分のことで元気がなくなっているのかと思うと、胸が締め付けられるようだった。
(……父様、……母様………)
なんでこうなったんだろう。もしも、自分がいなかったら、二人はずっと一緒にいたのだろうか──?
「………ごめんなさい」
雲素材のベッドに、一粒の涙が染み込んだ。
---
とある森の中。
一人の老婆が、森の中を見回っていた。
「……あの娘も、よく耐えられるね」
彼女は、一人の少女を思い浮かべていた。
子供の天使の中では大きな、けれど所々羽根を毟られた跡がある翼、ふんわりとした天然パーマの長い髪、怯えたように自分を見る、他では見ない紫色の瞳……。大天使リドフェッドと彼が愛した地獄の女神の娘、フェディアだ。
老婆……レアリテは、天使の中で極々稀に生まれる、《能力》を持つ……『元』天使だ。
彼女も、《能力》を妬む他の天使たちにいじめられ、自ら天界から飛び降りた。そして、人間界で埋もれるように、隠れて生きていたのだ。
だが、彼女の能力が人間界に知られてしまい、天界に帰らなければならなくなったのだ。
「……あの娘さんも、苦労するだろうね。私は、見守ることしか出来ないもの」
────彼女の『真実を見る』力は、フェディアの、本人も知らない『真実』を見据えていた。
女神様の偽うとおり。〖第一部 五章〗
リドフェッドの体調がなかなか回復しないようになった。
週三回は起きれていたのが週一回起きれるかどうかになっていき、食事はフェディアが作った。それでも、一向に回復の兆しが見えない。
フェディアの周りの天使たちは『フェディアがいるから、呪われているんじゃ?』と噂するようになり、大人からも距離を取られるようになった。いじめは、リドフェッドに言いにくいだろうと思われたことで、さらに激化した。
父親の前では笑顔を見せなければならず、天使たちからのいじめから抜け出す方法も見つからない。雪乃や天乃の前では、弱音を吐いたり、愚痴を言うことが出来ない。
フェディアは、だんだんと、天乃たちにも隠れながら、『妄想ノ実』を食べることが多くなった。最近では、父親と母親と三人で遊ぶ妄想をよく見るようになった。食べきって妄想が終わると、また次の『妄想ノ実』を食べる。そのループになってしまった。
---
「………はぁ。そして、この子をどうしろと?」
「私からは存じ上げられませんが、恐らく、この……フェディアという娘は、なにかしらの《能力》を持っていると思われます。父親を、知らぬ間に弱らせること、それが可能になる《能力》が」
「………なるほど。この組織に導くことも悪くはないな」
「その思いでお伝えしました。ですが、彼女の父親が亡くなれば、高確率で神々によって|保護《監視》されるようになるか、人間界に堕ちることになるでしょう。なので、今はこちらで監視するのが一番かと」
「ふむ。……それで行こう。この組織が世間に知られたら、元も子もないからな」
「はっ。……それと、彼女は『月境林』に出入りしているようですが」
「……何?天使、だよな?我々でも出入りしない場所に……」
「どうしますか?あの辺りの派遣者を増やしますか?それとも、一旦は保留にしますか?」
「………そうだな。人間達は我々に気づかないだろうが、その娘に気づかれたら、それこそ元も子もない」
「了解しました。彼女は、ひとまずは我々が監視すると。彼女の父親が死んだ際は、堕ちたことにさせて我々で保護しますか?」
「………そうしようか」
「かしこまりました。我々、『救世主』の名にかけて───」
「それは良い。………お前はよく出来るのに、何故上を目指さない?私を超えることなんて容易いだろう?」
「何を仰るのですか?私は貴方様にお仕えする身。貴方様を蹴落としても、私は立場を変えてでも貴方様の元へ戻るでしょう」
「ほう……。では、上手くやるように」
「はっ」
女神様の偽うとおり。〖第一部 六章〗
「父様……。大丈夫、ですか?」
フェディアは、もう見た目は八歳位だ。
だが、リドフェッドはどんどん老け込んでいるようだった。
「ああ……なんと、か………ゴホッ、」
「父様!」
咳き込むと同時に、リドフェッドは血を吐いた。真っ白なローブ、雲素材のベッド、白が混じった金色の髭が、赤色を纏った。
「と、父様……!お、お医者さん、を、呼んで……!」
「良い……フェディア……ッゴホ」
「っ……!」
「ずっ、と……、遊んでやれなくて、ごめんな……、ッ……」
「父様!父様……!」
赤い血が辺りを濡らす。それに構わず、リドフェッドは話続ける。
「ずっと、いじめられ、続けていたんだよな……、ごめんな、フェディア……、上手く助けて、あげられなく、て……ッゴホッ」
「……父様!もう、話さなくて、良い、から……!」
目から大粒の涙を流しながら、鼻水をすすりながら、滲む視界で、血を吐きながら笑いかける父親を見た。
「……本当に、ごめん、な。……俺、は、もうすぐ、死ぬ、かも、な……、ひとりにさせて、……ごめんな」
口から血を垂らしながら、苦しませて来てしまったひとり娘を見た。
「そんな……父様……!死なないで!父様……!」
涙を流しながらこちらを見る少女に、もう姿が朧気になりつつあるかつての妻の姿が重なった。
「…………最期、に、お前、の……母親の、こと、だが……ゲホッ」
「父様……!そんなことは良い、から……、もう、喋らなくて、良い、から……!」
そんな娘を見ても、彼は話し続ける。
「今から……俺が、話す、ことも、出来ない、から……、部屋の、本棚、の……右上、に……母親の……ことが、書かれた、本が……ある、か、ら……」
フェディアは、もう父親を止めなかった。
「……俺、が、死んだ、後……に、それを、読め……ゲホッ」
「え……、父様、死なないで!生きて、生きてよ!!父様……!」
「…………ごめん、な。大好き、だぞ」
そう言って、リドフェッドは目を閉じた。苦しそうな呼吸音も、吐き出された赤い血もそのままに。
涙が、頬を伝った。
六章目で主人公の父親がこうなる物語って、他にないんじゃないんでしょうか?
あと、第一部は十章ぐらいで終わる気がします。あくまでも予定で。
女神様の偽うとおり。〖第一部 七章〗
目を閉じた父親を見て、いてもたってもいられなくなった。
ぼろぼろと涙を流しながら、一生懸命に医者のところまで飛んだ。街の辺りの医者は噂が出回っているせいで信用出来ないし、信用されないだろうから、街外れの医者を尋ねた。
「……すいません!お医者さん、いますか?」
「あ、は~……、えっと、どうされましたか?」
「………ぐすっ、父様が、ひっく………、血、を吐いて……」
「え!?──分かりました。すぐ向かいます」
---
「…………お父様は、呼吸はしていますね。でも、恐らく、仮死しかけていると思います。──今から、入院させますか?」
「はい。父様が……助かるなら、そうします」
「かしこまりました。では、病院までお運びしますね」
そう言って、その医師は父親を抱えて空を飛び立った。
(…………父様……死なないで……)
フェディアは、後を追って空を飛び立った。
---
安心出来ないまま、何日かが経った。
天乃たちにはそのことは話さない方が良いと思ったので、家と病院を往復して、父親の様子を見る生活だった。
ある日、いつも通り父親の病室を訪ねると、起き上がっている父親がいた。
「……と、父様……?父様!?」
嬉しくなって父親の元へ駆け寄ると、虚ろな目をした父親と目が合った。
「え…………?父様……?」
それは、父親が娘に向ける視線ではなかった。ただの他人に向ける、興味を示さない目。
「父様……?父様…………」
---
医師から告げられた内容には、ただただ絶望するしかなかった。
父親は、病により脳の機能が著しく低下したこと、病の進行によるショックで記憶を殆ど失っていた。
記憶が戻る可能性は無いに等しく、このまま漠然とした記憶を持って生きるか、死ぬか………その二択のどちらか、しか道が無いらしい。
しかも、どう頑張っても一年生きられるのも怪しく、『奇跡』なんてものが起きたとしても、二年なんて生きられる訳が無いとのことだった。
正直、こちらを気遣うように見ながら話を進める医師が言っていることは、殆ど頭に入らなかった。今までの父親にもう二度と会えないことが、まだ受け入れられなかった。
---
家まで飛んで帰る力も出ずに、とぼとぼと歩きながら、ぼんやりとして家に帰った。
扉を開けて家に帰った。暗い、誰も居ない家。奥の部屋から、『おかえり』と言う声が聞こえた気がした。
誰一人……フェディア以外にはいない家。父親も母親もいない。一度でも、三人が揃って、この大きな部屋で食事を、談笑を、したことはあったのだろうか………。
「………雲パンケーキが食べたいなぁ」
自分で作った雲パンケーキは、記憶のものよりも堅くて、味気ない。そんなのじゃなくて、父様が作ってくれた、ほわほわでもこもこな、ほっぺが落ちそうになるくらいに甘かったパンケーキが食べたい。
「……………父様…………」
気が付くと、目を腫らして、大粒の涙を流し続ける自分がいた。
女神様の偽うとおり。〖第一部 八章〗
泣き腫らして、辛くて仕方がなかったところで、フェディアはリドフェッドの言葉を思い出した。
『部屋の本棚の右上に、母親について書かれた本がある──』
多分、リドフェッドの部屋の、分厚い聖書ばかりの本棚なんだろう。右上の隅の本だけ、他の本よりもやや薄かった気がする。
読む気も起きなかったけど、母親については、確かに気になっていた。
(────母様、なんで………なんで、私と父様を捨てたの?)
ふらふらとした足取りで、父親の部屋に向かった。
---
『今日、■■■■■■■が行方知れずになった。この日記のページを破ったのは、置いて行った娘に読まれないためなのか?娘に過酷な生涯を送らせようとしたのか?娘……フェディアが生まれることがそんなに嫌だったのか?』
『母親について書かれた本』……父親の日記は、そう書かれたページで始まっていた。
『フェディアが成長したら、誰に似るのだろう?俺か、それとも■■■■■■■なのか……、■■■■■■■に似たら、フェディアはどのような生を送るんだろうな?』
『時折、■■■■■■■が出て行った理由を考える。俺が、女神である■■■■■■■と不釣り合いだったのか?満足にさせてやれなかったのか?地獄の女神、だったからなのか?それくらいは、答えて欲しかったな……』
『フェディアがいじめられているらしい。■■■■■■■に姿が似ているから、だって。俺を慰めていた|恋天使《キューピット》見習いがいじめの発端らしい。気を遣っているんなら、■■■■■■■のことを思い出すことも辛いことくらい気付いて欲しい』
『フェディアがだんだん■■■■■■■に似て来ている気がする。このまま、■■■■■■■のような人生を歩むのか?俺は、フェディアを守るために、何が出来るんだ?』
だんだん、視界が滲んで来る。父親が、自分をずっと心配していたことを知らなかった。
「……父様……」
『今日、レアリテにフェディアについて視てもらった。フェディアは、■■■■■■■の影響か、『|嘘言《うそこと》という能力を持っているらしかった。レアリテにどうすればその能力を消せるか聞いたら、フェディアが『真偽の女神』に直接会って契約する必要があるらしい。その『真偽の女神』は、世界の何処かにいるそうだ。天界から堕ちたら堕天使になるのに、フェディアにそのことを伝えて良いのだろうか?私が生きているうちになんとかなったら良いが……』
目を疑った。
嘘言。『嘘』の『言葉』。
「父様……」
嫌な妄想が頭を巡る。
『《嘘言》は、【自分の言葉に嘘を入れる】力だという。コントロール出来なければ、人の生死に関わりかねないらしい。フェディアがもう少し成長したら、教えてやってもいいのかもしれないな。俺ももう長くないようだから、伝えられる時に話そう』
日記はそのページ以降、毎日では無くなっていっていて、あの日より二日前で止まっていた。書き手がいなくなった、から。
嫌な予感が当たった気がした。
自分が、言ったから……『死なないで』と言ったから……、父親は、死ぬ時が近い、もしくは、自分が帰った後に……。
自分が、父親を……唯一ずっと傍に寄り添って、心配してくれていた家族を、殺す可能性が、ある。それに気付いて、強い抵抗感と、哀しみが溢れだした。
「………父様…………」
言いたかった言葉が、声に出せなかった。
さっき小説見返してたら、これ投稿してませんでしたね!すみませんでした!
女神様の偽うとおり。〖第一部 九章〗
もしかすると、日記の母親の名前が書いてあった場所が塗り潰されているのは、父親が母親について知らせないようにしていたのかもしれない。
もしかすると、父親は、記憶を失う直前に、自分に《能力》のことを伝えようとしていたのかもしれない。
もしかすると───………。
---
ふと目が覚めると、朝になっていた。
泣き腫らしていたから目元は赤く腫れていたけど、頭はすっきりとしていた。
(………そうだ!)
───父様にこの日記を読んであげれば、何か思い出すかな?
父親は、すぐに死ぬことはないだろうと思う。あんなに泣いて、絶望して、辛かったのに、少し割り切ってそう思えるようになった。
思い立ったが吉日。すぐに、その日記を持って空を駆け出した。
---
父親は、虚ろな瞳で空を見ていた。
「父様!……これ、読んだら、記憶、戻ってくれるかな?」
その声に答えられる者はいない。
緊張やら何やらで震える声で、日記を音読し始めた。
「………今日、…………………が行方知れずになった。この日記のページと破ったのは、置いていった娘に読ませないためなのか?娘に……過酷な、生涯を……送らせようとしたのか?娘……フェディアが、生まれることがそんなに嫌だったのか?」
母親の名前は塗り潰されていたから分からなかった。
どうしてもすらすらと読むことが出来ない。かつて、目の前の『父様だった存在』が書いた自分を心配する文書を、記憶を失ったその父親である相手に伝えて読むことは、胸が締め付けられるようで辛かった。
---
「………何の物語、かい?」
泣きそうになっていた中で、声を掛けられた。
かつての自分のことだと、全く思っていない様だった。
「………日記、です。ある人の」
そのことに強い寂しさを感じながらも、答えた。
「………そうなんだ。……そんな人生も、あるん、だね」
顔を上げて父親を見ると、微笑を浮かべてこちらを見ていた。
「……俺、は、記憶……を無くした、けど、昔、君に……会ったことが、あるのかな?……その話は分からないけど、君のことは、覚えているような……気が、するんだ」
声も無く父親を見ていた。
「………君は、昔俺と会ったことがあるのかい?」
父親の目は、裏の無い、見ているだけで安心出来るような目をしていた。
「………あり、ます。少し、前に」
「……そうか」
そう言って、父親は確かに笑った。
女神様の偽うとおり。〖第一部 十章〗
父親の病室を出た後、フェディアは日記を抱えて、力無く笑った。
父親のあの様子を見て、微かな記憶だけ残り、それ以外の一切の記憶は、戻らないような気がした。
「………父様」
もう、割り切ったような、吹っ切れたような気分だった。
久しぶりに、月境林に向かうことにした。
---
木々の隙間から吹く風が心地良い。
月境林でしか見れない自然は、久しぶりに来ても変わった様子はなかった。
天乃たちと話す気も起きなくて、一人で『妄想ノ実』を採りに森の中央へ行く。
まん丸と熟した『妄想ノ実』を囓る。
じゅわあっと甘い味が口に広がると同時に、目の前に明るい光景が広がった。
一歩、一歩歩を進めるうちに、若々しい父親の姿と、優しい笑みを浮かべる母親の姿が見えた。
二人は、木のテーブルで共に茶を飲んでいる。
「父様……!母様………!」
感動に身を任せるまま、愛する両親に駆け寄って行く。
あと三歩。あと二歩。あと、一歩。
もう、手が届───
「………きゃっ!?」
ずるり、と雲の足場から滑り落ちる。態勢が崩れて、飛び上がれない。
そのまま、どんどん落ちていく。
「きゃ─────っ!」
妄想の時間が終わって視界が現実に戻る直前、母親の目が微かに笑ったような気がした。まるで、嘲笑うかのように。
そして、そのまま、フェディアは意識を手放した。
---
『妄想ノ実』。正式名称は、『毒性空想幻覚果物』。
食べると、一時的に自分の夢見る空想の世界にに入り、まるで現実にいるかのように行動することが出来る。
しかし、毒性を持っているため、長期間摂取し続けると毒が体内に回り、死ぬことがある。が、稀な現象のため真偽は不明。
最初に摂取し始めた頃は夢を見ているかのように、夢と現実を区別することが出来るが、長期間に渡って摂取を続けると、空想を現実と錯覚することがある。
味は、甘く蕩けるような味とされている。摂取を続けると、摂取をやめられなくなり、中毒状態になる。
───上記全てのことは、あくまでも記録に残っていることであり、全てにおいて真偽は分かっていない。
しかし、月境林のみに分布するこの果物は、月境林に多くの行方不明者を出していると言われている───。
女神様の偽うとおり。〖第一部 epilog〗
闇の中、二人の人物がいた。
「────そうか。やはり、堕ちたのか」
「私どもが監視を怠ったためです。誠に申し訳ございません」
「良い。それよりも、今後はどうする?天界に戻すのは困難だろう?」
「───下の世界に行ける、実力者に監視を頼みましょう。良い者を知っています」
「ほう?───なら、それに行かせろ。あの小娘は、私の思った以上に価値があるだろう」
フェディアの情報を得るために、『月境林』の番人・レアリテに情報を吐かせた。彼女は、一時期この組織で保護していた。最終的に彼女は組織に入らなかったが、それでも情報を吐かせることには成功した。だが、その情報も極一部だ。そして、その情報はフェディアの価値を彼に知らせた。
大天使の中でも影響力のあるリドフェッドの娘。地獄を仕切る、『地獄の女神』の娘。
「───……ところで、誰を行かせる予定なんだ?この組織の者か?」
「………No.78の者です」
「ふむ………まぁ、よろしい。あの者を下の世界に派遣させよう」
「はっ」
---
この組織は、天界に本部を構え、世界を裏から乗っ取ることが目的の組織である。
裏から支配していき、王者の座は組織の者共通。衣食住完備、実力者は大歓迎。
────………その名は、|救世主《メサイア》。
これにて第一部は完結です。
現在、第二部制作中ですので!待っててください!
女神様の偽うとおり。〖第二部 prolog〗
────………頭が痛い。脚が痛い。腕が痛い。全身が痛い。
ぼんやりとした意識が、だんだんはっきりしてくる。
「……うぅっ………」
翼が……どこかに引っ掛かっている?
ここは人間達が暮らす方の世界。遙か彼方、雲の上の天界から落っこちて、翼でバランスを取ることも出来ず。
死ななかったことが偶然であり、奇跡であり、幸運であった。
彼女は、木に引っ掛かり、落下死を免れたのだ。
翼は更にズタズタになり、服もボロボロで所々破れ、髪の毛もボサボサだったが、生きていたのだ。
女神様の偽うとおり。〖第二部 一章〗
とにかく、木の上から降りたい。翼が枝に引っ掛かっているのもお構いなしに、翼をバタバタ動かしてみた。
「あだっ!……いったぁ……」
翼を動かした衝撃で、葉や小さな枝が落ちた。そして、翼に傷が付いたようで、激痛を感じる。
──……動けない、ということは。
(………ずっとこのまま?)
---
ミーンミーンと鳴く蝉の鳴き声に紛れて、一人の少女が山の中にいた。
|秦《はたの》|凜音《りんね》。彼女は、別荘の近くの山に遊びに来ていた。
気が付いたのは偶然に近かった。自分の足音、荒い呼吸音も掻き消されるような蝉の鳴き声に満ちていたから。
でも、横切った木の上から、不自然なバサバサという音が聞こえて来たことは、聞き逃さなかった。
立ち止まって、木をじっと見上げる。深緑の葉の隙間に、大きな白いものが見えた。
(あれは………何だろう?)
じっと目を凝らして見ると、ボサボサをした長い灰色の髪と、絶望したような紫色の瞳。────少女。天使の、少女。
「………!」
---
藻掻いて、動けなくて、絶望していた時だった。
「…………ねぇ!」
木の下から聞こえた、少女の声。
「……大丈夫?ですか?」
「……えっ、と……あの、助けて下さい!」
そう聞いて、凜音は辺りを見回した。
木登り……はしたくない。目の届く範囲で、彼女に届きそうな物は……長い木の枝のみ。
………なら。
枝を手に掴み、彼女に届くように木に立て掛けた。
「………あの、翼が引っ掛かって、動けないんです……」
………結局、登らなければいけないようだった。
「………おし!」
木にしがみ付くようにどんどん登る。
少女に手が届く距離に近づくと、手を伸ばして、翼が引っ掛かっている枝を退ける。
程なくして、少女が動けるようになった。
「ふぅ。これで大丈夫です……ぅわぁ!」
手が滑り、身体が宙に浮きそうになった。
「わわぁ!………大丈夫ですか?」
少女が凜音の手を掴んで、浮いていた。
慣れない浮遊感を感じていると、少女が地面に降り立った。
「あ……ありがとうございます!」
「いえいえ……あの、あと、もうひとつお願いできますか?」
「ぜんぜん大丈夫です!なんですか?」
「………あの、今日だけで良いので、泊めさせてくれませんか?」
女神様の偽うとおり。〖第二部 二章〗
なんやかんやで、フェディアを泊めさせてあげることになった。
「えっと……敬語じゃなくて、良いよ?」
「え?あ~……分かっ、た」
天界では敬語を使っていたから、敬語を崩しにくい。ぶつぶつ呟いていたら、少女から声が掛かった。
「あなた……名前は、なんていうの?」
少し考えて、フェディアは答えた。
「フェディア。………フェディア・キュアヘブン」
キュアヘブンは、フェディアの姓だ。……そして、リドフェッドの姓でもある。
「へぇ……。私は、秦 凜音。よろしくね、フェディア」
---
「……ただいま~」
風通しの良い山の中腹の、秦家の別荘。
フェディアを連れてその別荘に帰ると、母親が出迎えてくれた。
母がフェディアを見て、数秒硬直した。
(……まぁ、そうだよね)
「えぇっ!……凜音、お友達?」
───……翼には突っ込まないんだね。
「木の上で、翼が引っ掛かってて困ってたみたいなの。それで、助けてあげたら、泊めさせて欲しいって」
「わぁ~……!可愛い~!全然良いわよ~!凜音がお友達を連れて来る日が来るとはねぇ~……!」
「………あの、えっと………」
「……ママ、フェディアが困ってるよ」
「フェディアちゃんっていうのね~!よろしくね!私は凜音のママよ~!ママって呼んで良いからね~」
……以下省略。この後もしばらく玄関での話が続き、最終的にフェディアは凜音の部屋の隣の空き部屋に部屋を構えることになった。
---
最低限のベッドと簡易的な机椅子だけの部屋が、その空き部屋だった。
天界から堕ちたフェディアが持っていたものは、ボロボロになった父親の日記と、食べかけの『妄想ノ実』だけだった。
日記と『妄想ノ実』を机の上に置いた。
コンコン、とノックの音が聞こえた。
「……フェディア?」
返事をすると、凜音が入って来た。
「………どう?この部屋」
「私は嫌いじゃないよ。居心地も良いし」
「そう。良かった」
少しの間、沈黙が続いた。
「……本、持っていたけど、何の本なの?」
「……父様の日記。父様の記憶が消えちゃって、日記読んであげたら記憶、戻るかなって思ってて」
その話を聞いて、すぐに凜音は質問したことを後悔した。
「そうなんだ。……ごめんね?」
「全然良いよ。……でも、もっと父様と話したかったなぁ」
すぐ横に見えるフェディアの表情には、後悔と哀しみの色が見えた。
女神様の偽うとおり。〖第二部 三章〗
二人でしばらく話していると、夕食の時間になった。
「ママ~、ご飯できた?」
「ちょうど今出来たわよ~。フェディアちゃんも一緒に食べましょう!」
「あ……、は、はい!」
夕食は、出来たてで熱々のカレーライスと、色々な野菜と鶏肉が入ったスープだった。
「わ、わぁ……!」
天界では、白米なんて無かったし、野菜はもっと違うものだった。鶏肉なんかは、天界では殺戮が禁じられていたこともあって、白米同様、見たことがない。
「美味しそう!……いただきます!」
「ふふ、召し上がれ。フェディアちゃんも、食べて良いのよ」
「い……いただきます……」
スプーンで一口分を掬って、口に運ぶ。
「ん……!」
ほんのりと辛いものの、口の中でとろりとしてとても美味しいカレールーと、粒々とした柔らかい感触がこれまで食べたことの無いもので、それでいてこれまたすごく美味しい白米が混ざり、ひとつの味になって、結果的にものすごく美味しい。
「わ……お、美味しいです……!」
「でしょ?ママの料理はね、すっごい絶品なの!スープも食べてみてよ!」
自分も美味しそうにカレーを食べながら、凜音が自慢気に言った。
言われた通りスープを一口啜る。温かいスープは、言われた通り、身体を芯から温めるように、スープの旨味が喉を通った。
「ん~……!すごく美味しいです!」
「ふふ、それは良かったわ。お代わりもあるから、好きなだけ食べて頂戴!」
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夕食も食べ終わって、凜音と二人で『てれび』を見た。
斜めに細長い小さな『にほん』という島の天気のお知らせや、『こんびに』で売っているものが盗まれて誰かが『たいほ』されたとか……。フェディアには良くわからない話ばかりだった。
「……ねぇ、フェディア。フェディアって、何があってここに来たの?」
ふとしたように、凜音が聞いて来た。
先程のフェディアの話を聞いて、重い話だろうとは承知していた。なら、誰かが聞いて、少しでも傷の癒しにしてあげたい。
「……内緒。でも、いつかはココを出るよ」
俯きつつ、光の無い瞳をしたフェディアが、そう言った。
「…………」
フェディアの見た目は、十歳から十一歳といったところだ。自分よりも幼くて、そして父親が記憶喪失となり、故郷から離れ……。
フェディアは今、凜音のお下がりの服を着ている。翼は広げずに、服の下から出している。その翼は、大きくはあるものの、ボロボロで、元気の無さそうに見えた。──今のフェディアと同じように。
───今は、聞かない方が良い。無理に話させる方が可哀想だ。
そう思って、凜音は再びフェディアと『てれび』を見始めた。
女神様の偽うとおり。〖第二部 四章〗
「じゃあ、おやすみ、フェディア!」
そう言って、凜音はフェディアの部屋のドアを閉めた。
フェディアはあんな状況になった経緯を話したくないらしく、凜音も聞く気にはなれなかった。
その代わり、フェディアから『天界』のことを聞いた。凜音も、人間界について話した。
当たり前に感じることを話して、不思議そうな表情をされるのは何ともいえない気分だったけれど、お互いに話し合ったお陰で、フェディアは少し元気を取り戻したようだった。
フェディアは、まるで妹みたいだった。
見た目は自分よりも年下だけれど、抱えているものは、自分の何倍も重い。でも、どうすれば良いのか分からない。
誰かのために。そういう思いで動くことが、凜音は苦では無かった。
でも、当の凜音は、フェディアの様子を見て、物思いに耽ていた。
---
八年前だった、別荘を建てることになったのは。
その頃、凜音は六歳。三歳下の妹──|茉音《まのん》と一緒に、別荘の完成図を眺めて、ワクワクしたものだ。
夏前に別荘が完成して、家族四人で数日過ごした。
三日目の夕暮れ時、茉音とベランダで西瓜を食べていたときだった。
『──おい、大変だ!麓で火事が起こったらしい。逃げるぞ!』
あの時の父の怒鳴るような声、驚きに目を見合わせた時の茉音の表情、場違いのように鳴る、涼やかな風鈴の音……鮮明に思い出せる。
父に手を引かれて、火事が起こった麓の町とは反対方向に逃げた。茉音は、別荘に落としたぬいぐるみを拾いに、父の手を振り払って別荘に駆け戻った姿が、最期に見た姿だった。
火が廻るのは速く、避難所に指定されていた町の小学校の体育館で、秦家の別荘はほぼ全焼したことを知った。
翌日、別荘跡地で、身体中に火傷を負っている茉音の遺体と、ぬいぐるみの生地の一部と茶色くなった綿が見つかった。
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茉音は、今も生きていたら、フェディアと同じくらいになる。
妹がいたら、今も生きていたら、こんな風に、仲良くお喋り出来ていたのだろうか──?
「──……茉音……」
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夏休みが終わり間近になり、一人の人外の居候を連れた秦家が街中に帰るのは、数日後のこと。
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「『|救世主《メサイア》』No.78──今、下の世界に到着致しました」
『……そうか。では、あの娘に近づけるような家庭に侵入して記憶を書き換え、潜入しろ。こちらから見た限り、あの娘は死んではいない。そして、今はそちら側に向かっているようだ』
「了解しました。我々『救世主』の名にかけて──」
プツッ──……ツー、ツー……。
女神様の偽うとおり。〖第二部 五章〗
「行って来まーす!」
八月下旬、朝七時半頃。
凜音は、家に残る母と居候のフェディアにそう告げて家を出た。
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私立|銀杏峯《いちょうみね》学園。
凜音が通うその学校は、二学期初日から騒がしさで溢れていた。
色んな声が噂話をしているのが分かる。いくら二学期初日でも、こんなに騒がしいことは珍しい。
(……何か、あったのかも)
事件は、好奇心を引き寄せる。数年前も、こんな騒がしさで三学期が始まったことがあった。あのときも、事件で話題になったのだ。
「……ねー、|葵《あおい》。なんであんなに騒がしいのかな?」
凜音は、すぐ後ろの席の親友・|桜崎《さくらざき》葵に問いかけた。
「なんかね、転入生が来たんだって。中二のとこに」
「なーんだ。でも、それにしてはざわざわしてるよね?」
転入生なんて、毎年一人は来るものだ。小中高一貫の銀杏峯学園では、転入生なんて珍しくない。特にこの時期は、必ず三、四人は転入生がいる。なのに、こんなに騒がしい。
「あ~……ね。なんか、その……」
言葉に詰まった葵は、凜音に耳を寄せた。
「……|二条見《にじょうみ》さんのいとこらしいの」
「……え?」
二条見|梓《あずさ》。国のトップ・二条見財閥の推定ではあるが跡取り娘で、学園屈指のお嬢様。文武両道、才色兼備の化身のような、迂闊に関われない存在。その、いとこ……。
「………ほんとに?」
同じクラスの当の本人をちらっと見ながら、再度問いかけた。
「……本当、らしいよ?二条見さんに似てはいないらしいけど……」
「えぇ~……まぁ、関わることはないだろうし、良いけど……」
「うん……私たちからしたら、雲上人の話だもんね……」
---
担任の話をぼんやりと聞く。また、一学期と大して学校生活が始まるんだなぁって、改めて思わせて来る。
「──さて、転入生を紹介するぞー」
担任のその声で、視線を前に向けた。
「じゃあ、自己紹介してくれ!」
「……|柳木《やなぎき》|蓮翔《れんと》です。これから、よろしくお願いします」
黒に近い紺色の髪に水色が混ざっていて、群青色の瞳の、整った顔立ち。指定された窓際の一番端の席に向かう彼の姿を、クラスメイト達……主に女子の視線が追っていた。
凜音も、葵も、あの二条見さんも……思わず、視線を奪われた。
この世界の人達は、日本人(?)でも比較的カラフルな髪色をしてます。
女神様の偽うとおり。〖第二部 六章〗
「……えぇ~?」
クジ引きで新しい席が決まることになり、あみだくじの紙に自分の名前を書いたのが、つい三分程前。
黒板に張り出されたあみだくじの結果で、自分の名前と繋がった番号を確認して、その番号と同じ番号が振られている席に座ることになる。そして、自分の番号の席は。
「……凜音、どこの席だった?」
「……あ、葵。……あそこの席」
「……え、うわぁ」
凜音の新しい席。新しく来た柳木君の後ろで、柳木君の斜め前に二条見さん。隣の席は不良っぽくて皆から距離を置かれている|結城《ゆうき》|統祐《とうすけ》。斜め後ろ……結城君の後ろの席に葵。
「……葵が斜め後ろで良かった」
「……私の台詞でもあるよ。凜音が斜め前で良かった」
---
新しい席は、どうも妙に居心地が悪い。
葵がいるだけマシだけれど、もし葵がいなかったら耐えきれなかったかもしれない。
柳木君は、まわりの席にいる男子が結城君くらいだからか、結城君とよく話す。そして、葵と話している時でも、話を振られることがある。それも、かなりの声量。はっきり言ってうるさい。
そして、二条見さんから、何かしらの感情の籠もった視線を向けられている気がする。
──……居心地が悪い。
不幸中の幸いは、葵が近くにいることと、三人とは違う班であることだった。
けれど、二条見さんの視線は、柳木君と結城君に声を掛けられたりした時に感じることが多い。
(……柳木君か結城君のことが、好き、なのかな?)
他人のこういったことには踏み込まない方が良い、気がする、けど、そうだと思う。
---
ある日の放課後。
「凜音凜音!駅前の喫茶店で一緒に勉強しない?」
「もちろん!二人で行くの?それとも他に誰か誘う?」
「う~ん……どうしようか?」
「おい、じゃあ俺らも行って良いか?」
振り返ると、結城君と柳木君がいた。……そしてその奥で、ちらりと二条見さんがこちらを見ているのも見えた。
「葵、どうする?」
「まぁ、断って減るものも無いし。良いんじゃない?」
「だね。……あと、」
葵に耳打ちする。
「……二条見さん行きたそうにしてるけど、どうしよう?」
少し考えてから、葵から耳打ちが返る。
「……一緒に行かない方が面倒が多そうだし。誘った方が良いんじゃないかな?」
「……だよね」
そこまで話してから、男子二人と二条見さんの方に向き直る。
「……二条見さん、一緒に来る?」
奥でずっとこちらを見ていた二条見さんが、少し驚いたように目を見開くのが見えた。……そして、微かに微笑んだ。
「……良かったら、行かせてもらおうかしら」
「うん!じゃあ、喫茶店に行こう!駅前のあの喫茶店ね、新しいメニューが出たみたいでさ……──」
男女五人組は、葵を先頭にして、ぞろぞろと教室を出た。
なんか、話の主軸がフェディアじゃなくなってきてますね。
まあ、そのうちフェディアに戻るので。
女神様の偽うとおり。〖第二部 七章〗
五人で中学校舎を出た時、後ろから誰かが駆けてくる足音が聞こえた……と思ったら、二条見さんの隣で止まっていた。
「……梓お姉ちゃん、皆で何処か行くの?」
息を整えながら、その少女は二条見さんに問いかけた。
「ええ。喫茶店に行くの。|紫苑《しおん》も行く?」
「え!?良いの?行きたい!行って良いですか?」
その少女──紫苑は、無邪気な笑顔で先頭の葵に聞いた。
「もちろん!あ、私は桜崎 葵。あなたの名前は?」
「私は、|梅宮《うめみや》 紫苑って言います!中二で、梓お姉ちゃんのいとこです!よろしくお願いします!」
「初めまして、私は秦 凜音。よろしくね、紫苑ちゃん」
「はい、よろしくお願いします!」
凜音が挨拶すると、輝くような笑顔で返した。まるで、二条見家の親族ということを感じさせないようだった。
「俺は結城 統祐。んで、こっちは柳木 蓮翔。よろしくなー、二条見の従妹」
「よろしく、紫苑……ちゃん」
「はい!呼び方は、普通に紫苑で構いませんよ~」
斯くして六人は、駅前の喫茶店に賑やかに向かった。
---
喫茶店で各々勉強を済ませ、それぞれの一緒に帰れる所まで、六人で進んでいた。
「あ!皆さんに会えた記念に、さっきの喫茶店のグッズ買って来ましたよ!」
そう言うと、紫苑は小さな瓶に星屑の入ったキーホルダーを一人ずつ手渡した。
六人が行ったのは、星屑喫茶店というやや小さな喫茶店。オリジナルグッズも売っている、大人気の喫茶店なのだ。
赤色、黄色、橙色、桃色、紺色、緑色。
六人それぞれの瞳の色のキーホルダーだった。
「グッズコーナーで見かけて、可愛いって思って買っちゃいました!お金は気にしないで下さい!」
「あ、は、は~い……」
「お~、ありがとうね、紫苑ちゃん」
桃色と黄色。それぞれの色のキーホルダーを手に取った凜音と葵は、顔を見合わせて苦笑交じりに笑った。
「あ。ほら紫苑、こっち。帰るわよ」
「え~……。皆さん、さようなら!またいつか!」
二条見さんに手を引かれて大通りの方へ進んで見えなくなるまで、彼女は凜音たちに手を振っていた。
ムードメーカーだった少女がいなくなると、残った四人は水を打ったように静かになった。
「……今日は楽しかったぜ。ありがとよ」
変わらず前を見ながら、結城君はぽつりと言った。
「……ありがとう。桜崎さん、秦さん。統祐も。今日は楽しかった」
柳木君も、つられてか、ぼそっと言った。
「あ~、こっちこそ、来てくれて楽しかったよ。賑やかだったし。ねぇ、葵?」
「う、うん!楽しかったよ!ありがとね、結城君に柳木君」
「…………名前……」
その時、結城君が呟いた。
「ん?」
「名前。下の名前で呼んで良いぞ」
「え、統祐……」
「え、えっと……、統祐君?で良い?」
「……おう」
「ついでに、僕も名前で呼んでよ。葵、凜音」
「……蓮翔君?」
「うん。これからもよろしく、二人とも」
妙に胸キュン的な部分ありますね。
その内、彼ら彼女らの話メインのシリーズでも作ろうかな……要望あったら……。
女神様の偽うとおり。〖第二部 八章〗
フェディアが秦家に居候させてもらって、一ヶ月程。
『学校』に通っている凜音と『仕事』のある凜音の父親が日中はいないので、その間は凜音の母と二人きりになる。
二人きりの間、凜音の母はフェディアに料理を教えてくれたり、人間界の文字の読み書きを教えてくれたりする。
だから、フェディアにとって、秦家はとても居心地が良かった。
---
それは、ある日の夕方のことだった。
「ん……えっと……その、日……全て、が……?」
フェディアが、凜音の本を苦戦しながら読んでいると。
『……苦戦しているみたいだね。でも、少しだけ中断してくれない?』
脳に直接響くような、笑いを含んだような声。
『……早速聞くけど、貴女がフェディア・キュアヘブンなの?』
一瞬、返答に詰まった。ここで、はい、と答えてはいけない気がする。
「…………違います」
『あれれー?違う?ふ~ん』
そこで、声は笑いを隠さなくなる。
『……フェディア・キュアヘブンが天界から失踪して、一ヶ月と数日。彼女は大天使リドフェッドの娘で、父親の記憶喪失後、忽然と姿を消した。……本当に、この話に全く覚えが無い?』
今度は、いいえと言わせないような声音で、再度問われた。
「っ……私、が、フェディア・キュアヘブンですっ……」
『お、良く出来たね~!じゃあ、私も自己紹介しようか。──……私は、ニニィナ・メサイア。……こっちの世界では、梅宮 紫苑って名前。どうぞよろしく、フェディアさん』
「……よろしく、お願い、します……?」
『ふふ、よろしく。……早速だけど、貴女は天界に戻りたくない?』
「……っ!」
天界。記憶喪失の父親と、かつて唯一の友人だった|天乃《あめの》たちがいる場所。
……戻りたくないと言えば、嘘になる。
「戻り、たい……です、けど……」
『フフッ……なら、こっちの準備が出来次第、貴女を呼ぶわ。……伝えることはこれだけよ』
そう言うと、声は収まった。
「……何、今の……?」
現実にしては信じられず、かといって夢だとしても、声が止んで微かな痛みだけがが残っている脳が、夢であることを否定している。
──……それに、自分を知っていた。声は知らない相手のものだったのに。
『こっちの準備が出来次第、貴女を呼ぶわ』
……自分に何の用なのだろう。大天使の娘の癖に他の天使たちにいじめられ、天界から堕ちて一ヶ月以上戻ってこなかった、自分に。
ふと、父親の顔が頭に浮かんだ。
(──……父様……)
哀しいしんみりとした思いは、その時一階からの帰って来た凜音の声で掻き消された。
紫苑が凜音の家を特定した経緯
サプライズとして誤魔化して、凜音に発信器の付いたキーホルダーを渡す。
↓
発信器を凜音が持って帰る。
元から凜音の家にフェディアがいることを把握しており、凜音に近づきやすくなるように、梓の妹として人間界に潜入していた。
女神様の偽うとおり。〖第二部 九章〗
なかなか寝付けずにいた夜。
その声が外から聞こえて、微かな眠気が飛んでいった。
「……起きてるようね。前に言ったとおり、呼びに来たわ」
起き上がって窓の方を見ると、ベランダの柵の上に彼女はいた。
右目が深紅で左目が深緑。オッドアイの双眸が月の下に光っている。
銀白色の髪が風に|靡《なび》いている。背中に背負った大鎌が、より彼女の存在を不気味にしていた。
「……窓、開けて」
慌ててフェディアが窓を開けると、彼女は部屋の中に入って来た。
「……あ、あの……」
「ニニィナ。それで良いから」
そう言うと、彼女はフェディアと向かい合うように立った。
「……改めて自己紹介するわ。私はニニィナ・メサイア。ちょっとした回り道で、貴女の居場所を特定してもらったわ。端的に言うと、今から天界に連れて行ってあげる」
「……え、っと…………?」
「早く。準備して」
「あ……あ、は、はい!」
フェディアは慌てて、部屋に掛けてあった天界で着ていた服に袖を通した。
---
夜空を、真っ直ぐ真上に突っ切って進む、二人の少女がいた。
色味は若干異なるものの、ふたつの長い銀髪が夜風に靡く。
フェディアは翼を羽ばたかせながら、横に並んで同じように翼を羽ばたかせる少女──ニニィナの方を見た。
数日前に脳内に響いた声と、向かい合って話した彼女の声は、高さも違えばテンションも違う。不思議に思って直接聞いてみると、彼女は驚きつつも、丁寧に説明してくれた。
曰く、彼女には《|使い魔《フィンド》》と呼ばれるものがパートナーとして付いていて、その《使い魔》の声だったらしい。
そして、その《使い魔》は、今、彼女の翼となって、風を切っている。
……ますます不思議だ。一体如何して、こんな人が、自分を天界に連れ戻すような用があるのだろう?
そう思いながら、風に逆らって必死に翼を羽ばたかせ続けた。
---
幾重もの雲を抜けて、辿り着いたのは、天界の地面となっている雲。
フェディアは、久々の天界をぐるっと見回した。やっぱり、『くるま』や『じてんしゃ』の走っている騒がしい道路よりも、殆どの天使たちが空中を飛んでいて、広場で遊ぶ子供たちがいる、天界のもこもこの道の方が落ち着く。
ちらりと、《使い魔》の姿を消しているニニィナを見る。彼女が視線に気が付いたとき、ずっと気になっていた質問をした。
「……貴女は、何者何ですか」
そう聞くと、彼女は少し愉快そうに笑った。
「……|救世主《メサイア》No.78、ニニィナ・メサイア。一応、死神でもあるわ」
女神様の偽うとおり。〖第二部 十章〗
「……貴女をわざわざ|天界《ここ》に連れて来た理由は、ひとつ──」
そう言うと、ニニィナはにんまりと笑ってフェディアを指差した。
「──貴女を、私たち『救世主』の仲間にしてあげようって、ね。それが、私の任務」
「……なんで、……何なんですか、その『救世主』は」
「……秘密組織、ってものかしら?知りたいなら、実際に入ってみるしかないわ?」
「……すぐには、入りません。なんで私を入れさせたいのですか?」
「……内緒。ま、考えてみない?入ろうと思ったら、この《使い魔》に一声掛けて頂戴。私は少し用があるから。でも、天界から堕ちないでよ?」
そう言うと、彼女は瞬きする間に姿を消した。
---
フェディアが移動すると、《使い魔》も付いてくる。小さくて赤い鳥の姿の《使い魔》だ。可愛いから、嫌な気分にはならない。
天界で、今は、自由に動ける。なら、行きたい場所なんて、……三つ、だ。
うちひとつは、なんとなく、すぐに足を向けようとは思えなくて、気が付くと足を向けていた──自宅の方向へ、進む。
自宅周りはしんとしていて、文字通り、人っ子一人いない。いるのは、落ちぶれた天使と死神の《使い魔》だけだ。
自宅の扉を開けると、懐かしい光景。
自宅は、あの後はずっとそのままになっていたらしい。だから、あの時自分が家を出て以降、誰かが帰って来た形跡もない。
「……やっぱり」
なんとなく、分かってた。
人間界にいた間に、ひとつ、能力について、分かったことがあった。
この能力──《|嘘言《うそこと》》を使っているときは、何故かは分からないけれど、左目が赤くなり、右手に、小さなマークらしきもの……ふたつの翼の形のマークが浮かび上がるのだ。
ある時、眠れなくてなんとなく鏡を見ていたときに『眠くないなぁ』と呟いた時、確かに左目が赤くぼんやりと光ったのだ。その後、信じられなくてまじまじと鏡を見つめたときに目に入った右手にマークが浮かび上がっていたのだ。
しかも、その直後に、猛烈な眠気が襲ってきて……《嘘言》の力だと、翌朝に目が覚めて分かった。
そして……ずっと、微かな疑問として残っていたものが、どういうことか分かった瞬間、ものすごく恐ろしく感じる。
あの日、リドフェッドの優しい青色の瞳に映った自分の瞳は、左右で、少し色が違った。そして、その時に能力を使っていた、と、いう、ことは。
扉を締めて、鍵を掛けて。すぐに、父親のいた病院へと飛んでいった。
女神様の偽うとおり。〖第二部 十一章〗
病院にいた父親は、フェディアが天界に到着する前に亡くなっていたようだった。
顔を歪ませて、悲しそうに話す看護師の声が、遠くで響いているようだった。
「……フェディア様には、俺のことは気にせず、自分の好きな生き方で生きていてくれ、と伝えるように言われていました」
気遣うような看護師の声は、頭をすり抜けていくみたいに、耳に入らない。
父様が死んだ、なんて。
信じたくない。
「……私のせいだ」
病院をふらふらと出たフェディアは、自宅よりも近い|月境林《げっきょうりん》に入った途端、堪らずに地面に項垂れた。
自分がいなければ、能力で、父親を殺すこともなかった。
自分がいなければ、いじめられて、父親を心配させることもなかった。
自分が……自分さえ、いなければ……!
ふと、目に入ったのは、《使い魔》の赤い鳥。
黒くて丸い小さな瞳で、じっとフェディアを見つめている。
「……ニニィナさんを、ここへ呼んでくれない?《使い魔》さん」
---
「……《使い魔》じゃなくて、わざわざ私を呼んだことには、それなりの意味があるのよね?」
月境林の中心にそびえ立つ『妄想ノ実』が成る樹の根元に座ったニニィナは、すぐ横に座るフェディアを見つめる。
「……私は、『救世主』に入ろうと思います」
「……どうして?」
「父様が、もういなくなったって分かって……。それで、もう、どうでも良くなっちゃったのかもしれません。でも、れっきとした理由なんてありません」
「……貴女、大天使のリドフェッドと『地獄の女神』の娘、でしょう?」
「……はい」
「……私が知っている情報だけれどね、───『地獄の女神』は、そのリドフェッドの他に夫がいるらしいの」
「え……?」
「夫に天界のことを調べろって命令された。天界にやって来て、溶け込むために縁を求めた。そこでリドフェッドと恋に落ちた。どうせ夫に恋愛感情はなかったから、天界でリドフェッドと縁を結んだ。子供が出来た頃、元の夫が恋しくなった。その時夫から帰還命令を下された。だから、リドフェッドと一人の娘を置き去りにした。今は、二人で仲良くハッピーエンド、ってところかしらね?」
「っ……!」
「……ってところね。どう?」
……どう?って。
……恋愛感情は無いって言って、恋しくなるって。
そのまま、置き去りにしたもう一人の夫と娘が、どんな道を歩んでいるかも知らず、選んだ方の夫と幸せに暮らしているのは。
──酷い。憎い。嫌い。
────母親って、そんなもの。
そんな女神が、私の母親だって、絶対に認めない。
……だんだん暗い話になってきましたね。
幕間のファンレターで「シリーズにまとめなくて大丈夫?」という感じのファンレターを貰いました。確認してもこのシリーズに入っていたので、多分タイトルに『女神様の偽うとおり。』を付けなくて大丈夫?ということだと思うので、ここで言っておきます。
……だってさ、幕間のタイトルに付けたら、タイトル長すぎになっちゃうじゃん。
という訳で、今後も幕間などには『女神様の偽うとおり。』というタイトルは付けません。
……とか言ってたらあとがき長すぎになったので、以上です。
幕間 【『救世主』達の話】
「……報告をさせて頂きます。あの天使の娘を|天界《こちら》に連れて来ることに成功しました」
「……ご苦労。下がっていいぞ、No.78。その娘が『救世主』に入りたいようだったら、速やかに連れて来るように」
「畏まりました。我々『救世主』の名にかけて──」
「……その誓いはもう言わなくて良いと、ずっと言っているのにな。何故、誰も彼も言い続けるのだ?」
「……貴方様にお仕えのになられていることを、常に忘れないようにするため、でしょう。貴方様への忠誠心は本物ですから。……それに、私達は、貴方様のお陰で隠れられているのですから。その、感謝の心の表れです」
「…………そうか」
「……失礼致しました」
---
ここは『救世主』の本部である。
表向きは郊外にひっそりと建つ神殿の遺跡であり、普通は気付かない。
しかし、かつての神殿管理者の部屋の机の下に階段があり、その階段をずっと降りて行くと、『救世主』の本部に到着するのだ。
それだけじゃない。
『救世主』のボス……No.1の人物は、ある《能力》を持っている。
|禁忌《フォーベレン》。
この、世界……人間界を除く世界では、稀に能力者が産まれることがある。
そして、その中でもさらに稀に、普通の能力を隠れ蓑にしている、《七大罪》《七美徳》の能力を持つ者がいる。
──そして、それら全ての能力を扱える、まさに禁忌の力を持つのが、《禁忌》なのだ。
暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、嫉妬、傲慢。そして、節制、純潔、慈善、忍耐、勤勉、人徳、謙虚。
この組織にも、それら個々の能力者は数人いる。それらの人物をまとめ上げ、頂点に立つ者。……いや、頂点に立つべき者。
《禁忌》を持つ者は、そんな運命に選ばれた者なのである。
---
ニニィナは神殿の遺跡の外に出た。
辺り一面、石畳である程度整備されている。かつては、神殿を中心にしていた都市だったのだ。
だから、今はちゃんとした住人のいない家が神殿の周りを囲うように建ててある。
ここが、『救世主』達の住居なのだ。
ただ、この都市が栄えたのはとっくの昔。今は、まともに住める家は二十軒と少し。もちろん、周囲を工事しようものなら、表から支配している……神々達に見つかり、厄介なことになる。
よって、シェアハウスである。家の大きさの都合上、三、四人が限界だが。
──……やっぱり。
神殿周りの住宅を見回ったニニィナは、一言、呟いた。
「……あの娘が住めるくらいスペースの空いている家、無いわね」
女神様の偽うとおり。〖第二部 十二章〗
「──……感情を昂ぶらせないで。貴女の《能力》が暴走する」
ニニィナにそう言われても、歯止めになんてならない。ただ、強い怒りや、憎しみや、嫌悪や、……どこかで感じている妬みが、心を占めている。
「……ニニィナさん」
「……何?」
「……『救世主』のルールを教えてください」
---
フェディアは、今、強い怒りを感じているはず。
それなのに、目立った変化が無い。大罪、美徳の《能力》を使う時、瞳の色が変わるのに。
月境林の管理者──老婆のレアリテが吐いた情報では、このフェディアは、大罪と美徳、どちらかの《能力》を持っているとのことだった。
怒りの感情が昂ぶって、《能力》が暴走しない。
ということは。
フェディアは、《憤怒》の持ち主ではない。
妬みに関しても、《嫉妬》は自分が持っている。なら、フェディアは美徳の方の《能力》を持っているのだろうか?
──……首を振る。今は、この娘が言っているとおり、『救世主』のルールを伝えよう。もしかしたら、加入してくれるかもしれないのだし。
---
「──『救世主』は、この天界に本部を構える……いわば、『秘密組織』。世界を裏から|支配して《救って》、その暁には、組織のメンバー全員で王座を分かち合う。それを実現することが最終的な目標ってところね」
最初から、驚き。自分が住んでいた天界に、そんなことをしている人たちが居たなんて。
「……なんていうか、びっくりです……」
「──そして、『救世主』のメンバーは、全員元の姓を捨てて……私の場合は、ニニィナ・|メサイア《救世主》って名乗るわ。貴女の場合は……フェディア・メサイア、ね」
フェディア・メサイア……。響きは悪くない、と思う。でも、王座には正直興味は無いし、見つかった時のリスクも、心配ではある。
───…………それに……。
「……見学することって、出来ますか?自分で『救世主』の生活を見て、考えたいんです」
「……いい、けれど……。すぐに入れない理由があるのかしら?」
「……私の……父様の、キュアヘブンの姓を、捨てたくないんです。父様の、形見でもあるから」
---
────……胸を打たれたようだった。
家族愛。親子愛。恐らく彼女は母親のことは一切慕っていないだろうが、その分父親のことを慕っていたのだろう。
キュアヘブンという姓は、大天使の親族は例外なく持っている姓だ。
尤も、彼女の場合は、大天使よりも女神の方が位が高いため、母親の姓を名乗るはずだった。けれど、母親は決して、誰にも本名を言わなかった。
それに関しては、レアリテでさえも、女神の力なのか見通すことが出来なかったのだ。
だから、紆余曲折あった後にキュアヘブンという姓に落ち着いたのだろう。レアリテはそう語っていた。
「──……分かったわ。『救世主』の|No.1《ボス》に許可を貰いましょう」
女神様の偽うとおり。〖第二部 epilog〗
かつては住んでいた家の扉を開ける。
誰もいない。
遠慮がちに家の中に入り、自室の扉を開ける。扉が、ギィ、と軋んだ。
「……懐かしいなぁ」
フェディアは今、かつての自宅に別れを告げに来ている。
恐らくこのまま家を放っていると、直に壊されるだろう。でも、『救世主』の本部からは遠すぎる。
そのため、ニニィナから提案されたのだ。最低限の荷物と無くなると困るものだけ持って行けば良い、と。
自室には、ベッドに小さな机、大きな本棚と本、クローゼットに入った何枚かの服、ぐらいしかない。
「…………」
明るめの色の元々着ていた服を、やや暗めの色の別の服に着替えた。
薄い半透明の上着を着て、着替えは完了。
服を数枚大きい鞄に入れて、一度リドフェッドの部屋に行く。
閑静な部屋には、午後の光が差し込んでいた。
リドフェッドの形見を、幾つか持って行こうと思ったのだ。
物置を開けると、ローブのような形のリドフェッドの服や、落ち着いた色の帯、本棚に入りきらなかった本が積まれていた。
「……あ、そうだ!」
帯の中から一つ掴み取る。やや太めなリボン、という長さだ。
その帯──リボンを、ハーフアップにして結っている髪の結び目に巻いて、蝶々結びにした。
「……よし!」
物置の扉を閉めて、自室に戻る。
そして、本を数冊、リドフェッドが昔作ってくれたぬいぐるみを鞄に入れると、鞄のファスナーを締めた。
「……父様、私、お友達、出来たよ」
鞄を持ち、自室の扉を閉めて、リドフェッドの部屋に向かって、呼び掛けた。
───……良かったな、フェディア。
「……!」
振り返ると、誰もいない。
リドフェッドの部屋を見ると、誰もいない。
「──……ありがとう、父様!」
扉をしっかり閉めて、家を出た。
これで、第二部は終了です!!
ちなみに、文字数が778字で……なんか惜しい……。
女神様の偽うとおり。〖第三部 prolog〗
「……あの娘を連れて来るのか」
「……はい。あの娘は、見学してから考えたいと申しておりました」
「ふむ……。見学、か。その期間中、どこで寝泊まりさせるんだ?」
「……どこの住居も満員なんです。そのため、本部の……あの空き部屋に泊まらせようかと」
「……あそこは、今は空き部屋ではない。《大罪》の能力者を保護しているんだが、この組織に加入するつもりがないようなんだ。だが、他に行き場所がないらしく、取り敢えずあの空き部屋に入れているんだが……」
「……二人が暮らせる広さなら、あの娘もその部屋に寝泊まりさせましょうか?」
「……あぁ、そうだな、頼む。見学の件は了承しよう。ただし、その期間中、娘と一度会わせてくれぬか?」
「承りました。我々『|救世主《メサイア》』の名にかけて──」
ついに第三部!!
予定としては、第五部までで本編が完結した後、色んなキャラの過去編でシリーズを完結するつもりなので……ワンチャン百話超えるかもしれませんね。
女神様の偽うとおり。〖第三部 一章〗
「……|No.1《ボス》にお聞きしたら、本部の空き部屋……になら寝泊まりして良いと仰られたわ。見学の件も認めたようだし、良かったわね」
フェディアが家から『救世主』の本部へ向かう途中。案内役のニニィナがそう言った。
「……え!?本当ですか?」
「……『救世主』に二言無し。本当よ」
「ありがとうございます!それで……えっと、見学の期間中は、その空き部屋で過ごすんですよね?ニニィナさんは……?」
「……私は普通に、本部まわりの家でシェアハウスして暮らしているわ。あと、」
そこまで言って、急にニニィナは声を潜めた。
「…………厳密には、空き部屋じゃないのよ。もう一人、住人がいるみたいなのよ」
---
その部屋の灯りは、月光のようにほんのりとした光の、電球が幾つか吊り下げられているだけ。窓は閉め切られて、カーテンで隠されている。
そんな部屋の隅に、俯いた少年が一人。
「────……何だよ、お前」
そう言い放つ彼の瞳は、暗い紫色に輝いていた。
《七大罪》のどれかを持つ少年が、そこに住んでいる。
分かる限りの情報だけでも、ニニィナは教えてくれた。
彼は、天界の外れに暮らす──別名『変異族』の末裔。『変異族』は、天使、人間、神々……などの種族の突然変異の種族をまとめて指している。
彼は、その中の|吸血鬼《ヴァンパイア》の種族の末裔らしいのだ。
彼がどうやって天界の外れからここまで来たのか。そして、彼が何の能力を持っているのか、誰にも……No.1でさえも、分かっていない。どんなに聞こうとしても、絶対に口を閉ざしているのだ。『救世主』に加入したいとも言わず、結局保留として、この空き部屋に住まわせているらしい。
──けれど、他にフェディアを匿える部屋も無く、見学の期間中はこの部屋で彼とルームシェアすることになったのだ。
---
「──……私は、フェディア・キュアヘブンです。今日から、この部屋でしばらくの間生活することになりました。よろしくお願いします……」
怖い。《七大罪》の能力については少し聞いた程度だけれど、どの能力を持っているのか分からないのが怖い。
《大罪》の能力も《美徳》の能力も、その能力の感情に歯止めが効かなくなると、その感情の人格に支配されるようになるらしい。《美徳》は完全には支配されないらしいけど。
とにかく、知らない間に地雷を踏んだら、死にかねないかもしれないらしい。それが、ものすごく怖いのだ。
「……敬語は良いから。勝手にすれば?」
返事から、『同じ部屋で過ごしていいが関わるな』という気持ちが透けて見える。
「……は、は~い……」
少年のいる部屋に、一歩足を踏み入れた。
女神様の偽うとおり。〖第三部 二章〗
翌日。
「あっ……ニニィナさん!おはようございます!」
「おはよう。居心地はどう?」
「悪くないです!ありがとうございます!」
悪くない……と言ったら、嘘になる。昨日はルームメイトになった少年に頑張って話し掛け続けたのに、殆ど反応を返されなかった。成果があったとしたら、少年の名前がグリミージュ、だと聞けたことぐらい。
正直、グリミージュのことは、仲良くなれたら良いな、というぐらいに思っている。部屋の中でも、広い部屋だからカーテンで仕切って別々の部屋のように過ごせることも出来るからだ。それよりも、気になっていることがあるのだ。
天界の|月境林《げっきょうりん》で友達になった、|晴樹《はるき》|天乃《あめの》と、その祖母・|雨葉《あまのは》|雪乃《ゆきの》。
一度天界から堕ちて、また戻ってから、姿を見てない。
(……また、二人に会いたいな……)
「……じゃあ、行きましょう。……『救世主』の見学に」
---
神殿の遺跡に本部を構え、世界を裏から支配することを目標にしている組織『|救世主《メサイア》』。
総勢百近くの団員は本部近くの住居で暮らしている。
「団員は全員、稀に生まれる能力者だわ。能力を持っていることで追い詰められた人や、自分自身の力に耐えられなくなった人たちを受け入れているの」
かくいうニニィナも、フェディアも、そしてグリミージュも、能力者である。しかも、一際特別でもある。
「その団員たちのうち、何人かが《大罪》と《美徳》の能力者なんですか?」
「……そうね。今見つかっている中では、合わせて八つ……貴女たちを含めると、十の能力者を匿っているわ。まぁ、貴女に関しては、可能性が高いってだけだけれど」
「そうなんですか……。ニニィナさんも、《大罪》の能力者なんですよね?どんな能力なんですか?」
「……《嫉妬》。対象の能力をそのまま自分が得られる力よ。……ただし」
「……ただし?」
「《嫉妬》……だけじゃないわね、《大罪》の全ての能力は、その使う時に、その感情の人格に意識を乗っ取られるの。私の場合、《嫉妬》の感情の人格が別にあって、私が《嫉妬》を使う時にその人格に意識が奪われるわ」
「……へ、へぇ……。私も、《大罪》の能力を持っているんでしょうか?」
「……そうかもしれないわね。でも、あの……月境林の管理者が言っていたわ。貴女の場合は、恐らく《美徳》の能力なのだろう、って」
「……そう、ですか……」
「……かもしれないわね。……話が逸れちゃったけれど────」
──……その時。
「……ッ!」
ニニィナが、耳を押さえて、ある方向を睨んでいた。
「……嘘でしょ」
「……ど、どうしたんですか……?」
「──……月境林の方向で、……いや、月境林で、騒ぎが起きているみたいだわ」
「……え……?」
女神様の偽うとおり。〖第三部 三章〗
先に言っときます。暴言が出てきます。だからPG12にしてます。
フェディアが慌てて月境林へ向かおうとすると、ニニィナがそれを制した。
「……落ち着いて。事件があったら、後で『救世主』がなんとかするから」
「で、でも……友達が……友達が、いるんです!早く、なんとか……」
「……分かった。私たちは後で行くから、先に様子を見に行って」
「……は、はい!」
フェディアは背中の翼を広げると、空に羽ばたいて月境林の方向へ急いだ。
---
「……嘘でしょ……?」
──……月境林では、かつてのいじめっ子たちがいて、月境林を荒らしていた。
天使たちの中に、能力者がいるのだろうか。木は切り倒され、家々には落書きされ、足下の雲は毟られて、所々穴が見える。
(──……やめさせないと)
あのいじめっ子たちが、フェディアの言うことを素直に聞くとは思えない。けれど、万に一つでもやめさせられるならば、それを信じずにはいられなかった。
月境林の中に駆け込む。いじめっ子たちは、すぐに見つかった。
声を掛けようとする前に、向こうからフェディアに気が付いたようだった。コソコソ何かを言い合いながら、一人……いじめっ子のグループのリーダーがこちらに向かってくる。
「お前、死んだと思ってたわ~。残念」
続けて、後ろに控えているいじめっ子たちが、こちらを見てひそひそ話している。
「うわ、あれって、堕天使の奴でしょ?死んだんじゃなかったの?」
「もしかして、生き返ったんじゃない?それで、リドフェッド様が死んだのかも」
「うっわ、最低。恩を仇で返すってやつじゃん、それ!」
「ほんっと、死んどけば良かったのに」
「……で?なんか言えよ、《《堕天使》》さん?」
「……っ!あの!ここは……あなたたちの遊び場じゃないですから……や、やめてください!」
重なる罵倒の声、どうしようもなく溢れてくる惨めな思い。それでも、涙を堪えながら、思い切って言い放った。
「……は?誰に向かってそれ言ってんの?お前は堕天使。俺らとは違う。それも分かんねーの?」
「っ!……で、でも──」
「でもも何も、ココ、お前が遊んでた場所だろ?なら、俺らにもココで遊ぶ権利あるだろ?なぁ?」
「そうそう!堕天使の奴に出来て、私らに出来ないことは無いもの!」
「それも分かんなくて、自分用の遊び場だとか思っちゃって。自己中な奴だよな」
「アイツのせいで、俺らが不愉快な思いして、リドフェッド様が死んでさ。アイツこそ、死ぬべきなのになー」
「……だってよ。これでいくら馬鹿でも分かっただろ?さっさと死ねよ、屑が」
「死ぬべきで屑で自己中なのは、あなたたちの方じゃない?」
女神様の偽うとおり。〖第三部 四章〗
先に言っておきます。前回と注意は同じです。
銀白色の髪を風に靡かせて、颯爽とニニィナは現れた。
「この子は、ずっと一人で苦しんでいた。孤独だった。それに寄り添おうとせずに、さらに追い詰める。……最低だとは思わない?」
真顔で質問したニニィナに、いじめっ子のリーダーが不快そうに仏頂面で答えた。
「苦しい?孤独?そんなの知らねぇよ。コイツが何も言わないから良いじゃんか。それに、コイツがいるから俺らが不愉快なんだよ!」
「そうだよ!さっさと消えろ!」
いじめっ子たちの言葉が胸にどんどん刺さっていく。ついに、堪えきれなくなって、涙を零した。
「っ……!……ぅわぁっ──!」
「うっわぁ、泣いてるとか、ダサ!ちょっと、目障りだから、さっさと消えてよー!」
からかう口調でそう言ういじめっ子の言葉に、さらに涙が止まらなくなる。
「はぁ……いつになっても、外れ者に厳しい世界ね」
そう言うと、ニニィナが背中に背負っている大鎌を引き抜いて、構えた。
──……ところまでは覚えている。
---
気が付くと、木の幹に寄りかかっていた。
前を見ると、深紅だった方の瞳を濃い金色に輝かせたニニィナが、いじめっ子たちに向かって大鎌を振りかざしている。
けれど、いじめっ子たちは、怪我はしているものの、激しい出血をしてはいないようだった。
「っ……何なんだよお前は!!次だ、|雨刃《レインナイフ》!」
能力者のいじめっ子が、ニニィナとどうにか戦えている。いじめっ子の真上に突然現れた雨雲から降った雨が、針のように鋭くなってニニィナを目掛けている。それを、ニニィナは大鎌一振りの風で、殆ど吹き飛ばした。
「よし!隙あり!|棘蔦《グラスピンズ》!」
途端、ニニィナの足元から生えた蔦が、ニニィナの足を絡め取っていく。
「……」
「動けないでしょ?いくらあんな強くても、動けなかったら意味がない。ここであんたにトドメを刺して、堕天使の奴を殺すのよ!」
彼女が饒舌に喋っている間に、ニニィナは……もう、そこにいなかった。
「……え?」
「……無駄に小賢しいな。この力の前では塵も同然だが」
──……飛んでいた彼女の真正面で、翼を出して飛んでいるニニィナ。そして、彼女は、……先程の、《棘蔦》に絡まれて動けなくなっていた。
「……文句あるみたいだな?」
「──ったりまえよ!不意打ちが過ぎるじゃない、こんなの!卑怯よ!」
「……卑怯?不意打ち?……よく言うよ。自分も不意打ちしておいてさ。後で、気が向いたら助けてやるよ」
「……っ、ねぇ、助けてよ!ねぇ!」
──"《大罪》の能力も《美徳》の能力も、その能力の感情に歯止めが効かなくなると、その感情の人格に支配される"
──"知らない間に地雷を踏みかねないかもしれない"
(……あれが……ニニィナさんの、《嫉妬》の人格……!)
女神様の偽うとおり。〖第三部 五章〗
ニニィナ──いや、《嫉妬》は、木に隠れて様子を見ている他のいじめっ子たちを振り返る。その瞳は、怪しげに……そして、楽しげに輝いていた。
「……はぁ、アイツのようになりたくなければ、俺の言うことを聞け」
「……へっ、誰が聞くかよ……お前の、言うことなんて」
怯えながらも《嫉妬》に答えたいじめっ子に、《嫉妬》はニタリと笑いかけた。
「……《雨刃》」
雨雲から降る雨が刃となり、いじめっ子たちに向かう。
「ひっ……逃げろ!」
いじめっ子たちは、《雨刃》に追われながら、月境林を飛び出した。
「……に、ニニィナさん!」
ずっと陰で一部始終を見ていたフェディアは、一人立ち尽くしている彼女に走り寄った。
──《嫉妬》が、振り返る。
「お前も、アイツらの仲間か?」
「ち、違いますよ!私は、あのいじめっ子たちにいじめられていたんです!」
「……あっそ。じゃ、これで、俺の出る幕は終わりだな」
そう言ったが最後、濃い金色だった瞳が徐々に深紅へと戻っていった。
---
「うぅ……何があったの、かしら……?」
「えっと、ですね……」
フェディアは、ニニィナに事の始終を伝えた。
「……あ~、《嫉妬》が出てきたのか……。貴女が思っているとおり、あいつ……《嫉妬》は、戦闘の時を狙って出てくるのよ」
「あ、やっぱり……でも、ありがとうございます!今まで、助けてくれた大人はいなくって……」
今まで、誰一人としてフェディアを救ってくれる人は現れなかった。
羽根を毟られて、毟られた羽根を売られた時には、いくら弁明しても全く聞いてもらえなかった。天使の羽根は、本当にお金が無い天使が売るもの。
かなり高価なものだから、いじめっ子たちは、わざわざそのお金を見せつけて。
『羨ましいなら、自分でその羽根を売れよ、金にはなるし』なんて言われて。
いくら大人たち……リドフェッドの大天使の友人や、羽根を買う天使たちに弁明しても、『羨ましくて言ってくるなんて、常識がなっていない』『嘘ついてるし、やっぱりあの女神の娘だね』『羨ましくない、あれは自分の羽根なんて、嘘にも程があるよ?』なんてことばっかりで、誰一人として助けてくれなかった。
だから、ニニィナが助けてくれたことは、ものすごい衝撃でもあったのだ。
「……ありがとね。でも、私も貴女も、大人であってないようなものだもの」
「……え、そうなんですか?」
「知らない?人間界では、えっと……二十年も生きたら大人扱いよ?」
「えっ……短いですね。そうしたら、私はえっと……十六年くらい生きているから、人間界ではあと四年で大人ですか……」
「そ。……長話はこのくらいにして、そろそろ帰りましょう?」
「……はい!」
---
「……あれ、って……フェディ、ア?」
天界と地獄では、人間界の約二年で一年なんですよね。
ここでやっと登場の設定ですよ!
女神様の偽うとおり。〖第三部 六章〗
「──……それで、ニニィナさんがね、私をいじめていた子たちを月境林から追い出してくれたの!すごいよね!」
「あ~、そうだな。すごいすごい」
『救世主』本部の元空き部屋。
そこで、フェディアは、今日あったことをグリミージュに話していた。
話に興味が無くても、こうするしかコミュニケーションの方法が思いつかなかったのだ。
「……ねぇ、一つ聞いて良い?……そのニニィナさんは、《大罪》の能力者だったの。グリミージュって、どんな能力を持っているの?」
暫しの沈黙。
「……《憤怒》。普通の能力としては、《|開闢《かいびゃく》》」
「……へ~」
「……お前は?何の能力なんだ?」
「えっと……普通の能力が|嘘言《うそこと》で、特別なのが……何だろう?」
「……分からないのか?お前は、多分《美徳》の能力だと思うが……」
「……ん~」
(……私の《七美徳》の能力って、何だろう?)
---
「……おかしいと思いませんか?」
『救世主』No.78が、月境林の騒ぎの報告を終え、退室した後。室内には、『救世主』の|No.1《ボス》と|No.2《右腕》が残っていた。No.2が、ぽつりと呟いた。
「……何がだ?」
「だって……今回の騒ぎは、天使同士の対立が原因でした。普通、神々の|僕《しもべ》である天使同士の対立は、神々に取っても見逃せないことではありませんか?」
「あぁ……そういえば、確かに不可解な点がある。No.78の報告通りなら、あの娘は十年以上拒絶されていたことになるが、神々は全く動いていない。そして、あの娘の母親も神であるなら、あの娘は親族のはずだ。それでも、動いていない……?」
「……神々は、|天界《この世界》を見ていないのでしょうか?」
「……予想以上に、好機が近いな。神々が確実に天界から意識を逸らした時に、作戦を決行しよう」
「……まさか、あの……?予定より何年も前じゃないですか」
「……この|好機《チャンス》を見逃さずして、何が『救世主』だ。私は、今度の『神集会』の夜に、
──『|天界征服作戦《ワールド・コンプラスト》』を決行する」
「……承知しました」
「その日までは、あと……半年だったか。その間に、手薄なことを突いて、月境林の征服を行おう」
「……承知しました。……ですが、月境林の征服には、誰を動員するのですか?『救世主』の全員は多すぎるでしょうし、精鋭を揃えて戦いに至れば、神々の目に留まりかねません」
「……No.78にNo.82、そして、あの娘と、あの|吸血鬼《ヴァンパイア》族の少年、そして……総司令として、お前を行かせようと思う」
「……!畏まりました。我々『救世主』の名にかけて──」
投稿履歴見てたら、不思議に思うかもしれませんね。第一部八章の直後に第三部なんて。
女神様の偽うとおり。〖第三部 七章〗
「月境林の征服ですか!?」
あれから一週間。フェディアとグリミージュは、本部の部屋の中で、ニニィナの弟子を名乗る少女──シュノーから、とんでもないことを聞かされた。
「はい!予定としては、二週間後から制圧を開始するようです!あなた達にも、現場で協力してほしいみたいなので、No.2様……ええっと、尖った耳の青年の人から声が掛かるまで、月境林に近づかないでください!私からはこれだけです!」
勢いよくそう言うと、彼女は部屋を出てバタンと扉を締めた。
「……月境林を、征服……」
考える程、作戦に乗る気が失せてくる。
だって、月境林は、あの頃のフェディアの心の拠り所だった。あの場所に友達がいて、『妄想ノ実』があったから、あの日々に耐えられたと言っても過言じゃない。
「……大丈夫か?」
「……え?」
見ると、グリミージュが心配そうに自分を見ている。
「……うん、大丈夫」
自分を心配してくれる相手がいる。フェディアには、そのことが嬉しかった。
---
フェディアは今、ニニィナに連れられて『救世主』の本部を歩いている。
月境林の征服の前に、『救世主』のボスとの面会をすることになったのだ。
「……失礼します。天使のフェディア・キュアヘブンを連れて来ました」
「……よろしい。天使の娘だけ入れ」
「……は、はい……」
室内に入ると、まず目に入ったのは、高い天井とシャンデリア。
そして、玉座のような椅子に座る──。
「やぁ。君が、フェディア・キュアヘブンだね?」
──『救世主』のボス。その姿は、頭に角の生えた、中世的な見た目の、年若い子供だった。十七、八歳程の姿なのに、それを打ち消して有り余る程の威厳を感じる。
「……はい。私が、フェディア・キュアヘブンです」
「……ここの椅子に座れ」
ボスが目の前の床を指差すと、そこに椅子が現れた。
フェディアは、恐る恐るその椅子に座る。
「……別に、その椅子はおかしなものでもないぞ?……まぁ、良い。では、本題に入ろう」
---
「……お前の父親は、リドフェッド・キュアヘブンで合っているか?」
「……え?どうしてそれを知って──」
「あの、月境林の管理者……レアリテだったか?彼女からの情報だ」
レアリテが、この組織に自分の情報を伝えた?
(一体、どうして──?)
「彼女は、一時期この組織に匿われていた時期があってな。その伝手だ」
──どうして、この組織は、私の情報を集めているの?
幕間 【《大罪》と《美徳》】
「「……畏まりました。我々『救世主』の名にかけて──」」
|No.1《ボス》に呼ばれ、『月境林の征服作戦』について聞かされたNo.78──ニニィナと、No.82で死神の後輩でもあるシュノー・メサイアは、声を揃えてそう言った。
「……決行当日には、総司令としてNo.2を行かせる。そして、あの天使の娘と吸血鬼族の少年も連れて行く。お前たちは、彼らの補佐と、主な制圧を頼む」
「「……御意」」
---
ニニィナとシュノーは、『救世主』の本部を、外に向かって歩く。
「──まさか、ニニィナさんと共同で任務を貰える日が来るなんて、思ってもいませんでしたよ!」
「私は、そんなに立場が上って訳でもないけれどね。でも、シュノーは、シュノーだから抜擢されたんじゃないのかしら?」
「私だから……ですか?」
「ええ。貴女は獣人でしょ?それに、《大罪》の能力者でもあるじゃない」
シュノーも、《七大罪》の内の《怠惰》の能力を持っている。
《怠惰》の能力は、敵の能力に制限を掛けることだ。自分の本気を下回る力で勝つということである。
「……もしかして、《大罪》と《美徳》の能力者が、今回の任務に動員されているのでしょうか?」
「……かもしれないわね」
かくいうニニィナも、《嫉妬》の能力者である。
《嫉妬》は、自分が受けた敵の攻撃をコピーすることが出来る。月境林にて、|棘蔦《グラスピンズ》で反撃したのも、この効果によるものだ。
「この《大罪》の力、便利なのは良いけれど……ね」
「人格が乗っ取られるなら、ハイリスクハイリターンって奴じゃないですかね~」
そう。《大罪》の能力は、使用すると、能力の人格に意識を乗っ取られるのだ。ニニィナの《嫉妬》の人格は被害者意識が強く攻撃的で、シュノーの《怠惰》の人格は、戦闘以外、何かにつけてやる気が無い。
《美徳》の方は、人格に乗っ取られることは無いものの、その代わり一定時間反動があるらしい。
「……何はともあれ、私たちの初の共同任務だもの。頑張りましょうね、シュノー」
「はい!ちゃんと月境林を制圧しましょう、ニニィナさん!」
女神様の偽うとおり。〖第三部 八章〗
「……我々が、お前を仲間としようとしていることは、知っているな?」
「……はい」
「何故、嫌われ者の天使の娘を仲間にしようとしていると思う?」
「……私が、能力者だから、ですか?」
「違う。お前に、かなりの価値があるからだ」
……価値。大天使の娘である癖に嫌われ者の自分。能力者である癖に、知らず知らずのうちに父親を追い込んだ自分。そんな自分の、価値?
「……これから、お前には酷な話をする。しかし、この話を聞けば、お前の母親に対する見方が変わると思う。その上で、この組織に加入するかどうかを考えてくれ」
---
「……まず、お前が『真偽の女神』を探していることは、本当か?」
「……え?はい、そうです、けど……?」
殆ど忘れていたが、自分の《嘘言》の能力を無くすために、その力を持っているらしい『真偽の女神』を探していることは、事実ではあった。だが、それこそ、何で知って……?
「……一言で言うと、その『真偽の女神』は……お前、実の母親だ」
……言葉の意味が、分からなかった。
「……え?母親……え?私は、『地獄の女神』の娘で……え?」
「……その『真偽の女神』が、『地獄の女神』なんだ。……これは全部レアリテからの情報だが、親が能力者の場合子供に能力が遺伝することがあるらしいからな。そう考えると、辻褄が合うだろう」
辻褄。母親が『真偽の女神』だから、自分が《嘘言》の能力を持って生まれた?
自分が能力を消すために探していた女神が、自分が能力を持って生まれた元凶だった……?
「……それで、だ。この組織にも地獄出身の者がいてな、その女神が『地獄の女神』になった経緯を知っている限り聞いたんだが、その経緯というのがな──……」
---
「──という訳だ。彼女自身、望んで地獄に行った訳ではないことが伝われば、後はお前が今後をどうするか考えろ。……月境林の征服が済んだら、その時に『救世主』に加入するかどうか考えてくれ」
「……はい」
母親の過去。
それは、ただ勝手に望まない運命を歩まされた過去だった。
その時に、形はどうあれリドフェッドを愛していて、その間に生まれた娘から復讐心を向けられているなんて、本当に、報われないような気がしてならない。
だんだん、母親への敵意が萎んでいく。
「……失礼します」
「……最後に、二つだけ、伝えておく」
ボスが、そう言って引き留める。
「……まず、地獄へ行くためには、人間界の何処かにある『鍵』を身につけ、人間界の高所から飛び降りる必要がある。そして、」
少しの間考えて、言った。
「……あの女神の子は、お前だけではない。他の子が、誰との子だと思うかは、お前の自由だが、そのことは覚えておけ」
経緯についてはもろカットですね。
本編完結後に各キャラの過去編をやる予定ではあるので、それに期待してください。
女神様の偽うとおり。〖第三部 九章〗
コツコツ、コツコツ。この部屋に向かう足音。そして、トントン。ノックの音。
扉を開けると、少年と大人の間……青年くらいの、鋭く尖った耳の男が立っていた。
「……『救世主』のNo.2です。フェディア様、グリミージュ様は居られますか?」
……来た。
フェディアとグリミージュは、顔を合わせて頷く。
「……はい。私たちが、フェディアとグリミージュです」
---
二週間ぶりに訪れる月境林は、閑静としていた。冷たい風が頬を撫でる。
『征服やら制圧やら言っていても、お前らの仕事は、反対派の鎮圧の協力、人数確認の協力ぐらいだ。緊張する程のことはない』
No.2の男がそう言っていたとおり、反対意見が複数見られたぐらいで、余程のことは殆ど無かった。
──……先程までは。
「……やっぱり……あんたは、フェディアだね?」
少ししゃがれた声に振り返ると、微妙に老けた懐かしい姿があった。
「……レアリテおばあさん……!久し振りです!」
嬉しくなって、走り出した勢いで彼女に抱き付く。
「……やっぱり、あの組織に入ったんだね」
「……でも、まだ入ってはいないんです。この場所の征服が終わってから、どうするか決めることになっているんです」
数少ない自分を理解してくれた大人の天使、レアリテ。
能力者の天使たちはそれを隠しているのか常だが、彼女は能力の存在を知られ、『救世主』に匿われていた時期があったのだ。そう、ボスは話していた。
「そうだ。一つ、頼みがあるんだ」
そう言うと、レアリテはフェディアに囁いた。
「……あんたと仲良しだったあの娘が、『妄想ノ実』を食べて暴走しているんだよ」
---
月境林の奥へ走る。『妄想ノ実』の成る大樹へ。
「……天乃ちゃん!」
一番低い枝に腰掛ける彼女は、虚ろな瞳をしていた。
「……今更……久し振り、フェディア」
軽々とした動作で枝から……身長の三倍はある高さの枝から飛び降りると、虚ろな瞳がフェディアを向いた。
「……他の天使の皆も……来てくれたんだね……何して遊ぶの?」
「……っ!」
──『妄想ノ実』。正式名称は、『毒性空想幻覚果物』。
摂取を続けると、空想と現実の区別がつかなくなる──。
「ねぇ……遊ぼうよ……フェディア……天使さんたちも、ね……?」
──……彼女は、フェディアがいなくなった後も、ずっと『妄想ノ実』の摂取を続けていたのだ。
よく見たら、これを作ったのは8月11日でした。
書きだめしすぎ。もはや笑った。
女神様の偽うとおり。〖第三部 十章〗
「……フェディア?……遊ぼうよ……」
虚ろな瞳で、けれどややはっきりとした声で、天乃は言う。
──彼女の視界には、あの頃と変わらぬフェディアと、人間の『憧れ』である、大勢の天使たちが映っているのだろう。
けれど、それらは空想。人間を蔑む天使たちはこの場にいないし、フェディアだって、もうあの頃とは違う。
「……ねぇ、それは空想なんだよ。ここに、私の他に天使はいない」
「……嘘つき……。……皆、いるの……」
……やっぱり、空想に浸っているんだ。
「……?目、どうしたの……?」
天乃がフェディアに近づく。フェディアの顔を覗き込む。
「……え?」
……虚ろで光の無い瞳に映るフェディアは、左右で瞳の色が違った。
---
……突然、周囲に霧が立ちこめた。
「……な、何!?何なの!?」
「……この前の復讐だよ、堕天使」
霧が引いていく。そこには、四、五人のいじめっ子と、いじめっ子に首を掴まれた天乃がいた。
「天乃ちゃん!?それに、どうして……?」
「……俺らの希望通りに消えるなら、この人間は解放するし、消える前にその後の希望を言ったら、出来る限りは叶えてやる。けど、消えないなら……分かるよな?」
……この四、五人は、大勢のいじめっ子たちの中の、能力者の《《精鋭》》たちなのだ。
……普段なら、こう言われたところで、屈しようとは思わなかっただろう。けれど、天乃と天秤にかけることは卑怯だ。
……でも、なら。
天使は、人間のいる月境林を基本避けて過ごしている。それを、奥まで行き、わざわざ待ち伏せをしてまで、自分を消したいのか。
「……どうして、そこまでして私を消そうと思うの?」
「……そりゃ……」
そこで、いじめっ子の言葉が止まる。
「っと……天使たち皆お前を気味悪がっているのに、『地獄の女神』の娘だからって怯えているから、俺らがお前を消したって皆に報告したら、皆喜ぶんだよ!だから、お前は消えろ!」
……そういうこと。でも……
──みすみすと死ぬ訳にはいかない。
---
反抗が全く見られない中、月境林全体の調査は続く。
「……ニニィナさん、こっち来て下さい」
蹲る少女を睨みながら、『救世主』No.82……シュノー・メサイアが先輩のニニィナを呼んだ。
「……なに?どうしたの?」
「この子……この、……『妄想ノ実』でしたっけ、それを食べて眠っていませんか?」
「……この子、二週間前に《能力》で捕まえた子だわ。……そのままにしていたのかもしれないわね」
「えっ……取りあえず、保護はしましょうか。あと、フェディアちゃんが向こうに……」
その時、月境林の何処かから、少年の声が響いた。
『──皆喜ぶんだよ!だから、お前は消えろ!』
「……あの場所にすぐに行けるのは……」
「えっと、グリミージュ君かな?あの子はすぐ動けるでしょうし……呼びに行って来ます!」
前回来たのファンレターでですね、最新はどこまで進んでるのかと質問されたんですね。
えっと……第四部の四章ですね。
多分、それの公開は来年になるかもしれないですね……。
女神様の偽うとおり。〖第三部 十一章〗
……霧は、多分能力によるものだろう。
天乃を人質にされて、それを抜いても散々に扱って来て。
……油断も手加減もしない。自分に出来る限りとことんやってやる。
意識して、目に力を込めていく。こうすると、能力が少しだけコントロールしやすくなる気がするから。
「……そうだね。この霧も、能力で出しているのかな?前が見えなくなっちゃった」
そう言うと、霧が晴れていく。能力は健在のようだ。
「おい、どうして……!」
「……皆、喜ぶ。私が消えると、皆嬉しいんだね?」
その途端、いじめっ子たちがざわざわとしだす。
「っ……どうして!?なんで消えて欲しくないなんて……!」
『喜ぶ』『嬉しい』が『嘘』になって、いじめっ子たちは混乱しているようだった。
──……楽しい。
「皆、みーんな私が嫌い。でも、私は攻撃出来ない。酷いね、皆」
「っ……そんなことないって!」
そう言ったいじめっ子は、ハッとして口を噤む。
──……楽しい。自分の掌でにっくきいじめっ子たちを転がすのは、快感を感じるくらい、楽しい。
「……?」
いじめっ子から解放された天乃は、状況がよく分かっていないようだった。
---
「……ッ!」
突然、身体に刺すような痛みを感じた。
『──その能力は、そのためのものではありません。貴女は、そうなってはいけません』
「……え……?何……?」
ついさっきまで感じていた快感も、能力を使っている印の、右手に浮かんでいるはずの翼のマークもない。
「っ……散々やりやがって……!」
いじめっ子たちは天乃のことも忘れて、フェディアに近づいて来る。
そして、思いっ切り顔を引っ叩いた。
「ッ!」
「アハハハハ!その顔!いい気味だわ!」
今度は、立ち尽くしていた足を蹴られ、雲の地面に倒れる。
「……そうだよ。お前が消えたら、俺たちは嬉しい。お前が消える様子を直接確認したら、もっと最高だと思わないか?」
「……っ」
フェディアの長い髪を踏み、彼らは何も出来ずにいるフェディアを見下ろした。
「……そして、俺らでお前を消したら、最高に爽快だと思わないか?」
「……あたしたちは、あんたに直接手を下せる《能力者》だもの。さっきの何倍も、仕返ししてあげる」
「……俺らが酷いんじゃない。消えないお前が悪いんだよ」
「……消えようともしないし、こっちから消してやるよ、堕天使」
女神様の偽うとおり。〖第三部 十二章〗
「……」
木々の間を進みながら、グリミージュは考える。
月境林の中にいる人数の確認をしていたところ、シュノーに呼ばれ、フェディアの様子を確認してほしい、と言われたのだ。
こんな林の奥まで、フェディアは何をしに行っているんだろうか?
少しずつ視界が晴れていくと、そこには、一人を甚振り続ける少年たちの姿があった。
「……あれは……!」
---
「……ぅっ……」
《雨刃》に《棘蔦》。全身に傷を負い、意識も朦朧としている。
「……最後に、何かあるか?堕天使」
《雨使い》の能力で水を変形させたナイフを持ちながら、リーダー格のいじめっ子が言う。
「っう……」
──せめて、ここに少しでも引き留めて……絶望を味わわせて、やりたい。
「……こうやっても、直に見つかるから……絶望、することに、なる、か、ら」
言い終わる前に、ナイフで刺される気がして、目を閉じた。
「…………」
掠り傷に切り傷。小さな幾つもの傷に、《雨刃》で付いた水が染みているのを感じる。
「………………」
自分がここで死んだ後、自分は、天乃は、一体どうなるのかを、少し考える。
「…………………?」
──……いつまで経っても、ナイフで刺される痛みを感じない。ただ、重力に従って垂れていく水が染みるじわっとした痛みは感じるから、痛みを感じなくなったということは無いだろう。
……恐る恐る、目を開ける。
──目の前では、グリミージュがいじめっ子たちに立ちはだかっていた。
「……フェディア、大丈夫か?」
その声に応えるために、なんとか手足に力を入れて起き上がる。
「……っなんとか、大丈夫……!」
「……良かった」
グリミージュは、いじめっ子たちに向き直った。
「……どうなっているかは知らないが、フェディアを傷付けたのには、相当な理由があるんだよな?」
怒りを隠そうともしないドスの聞いた声に、いじめっ子たちは怯みながらも答えた。
「っ……その堕天使が悪いの!堕天使が生きているから、それが目障りだから、消そうとしていただけなのに……!」
「そ、そうだよ!俺らは、正当な理由で堕天使を傷つけたんだよ!だから、許してくれよ、なぁ!」
……空いた口が塞がらない。もう、正当も何も無い。
どんどん、怒りが蓄積されていくのを感じる。
ついにフェディアから文句を言ってやろうとした時、声が重なった。
女神様の偽うとおり。〖第三部 十三章〗
「……少しの間しか一緒にいなかった俺でも、フェディアがそんなことしないことくらい分かるんだよ。逆に、ほんの少ししか話していない俺でも、お前らが嘘を言っていることが分かる。……フェディアの代わりに、俺が戦ってやるよ」
グリミージュはそう言って、勝ち気に笑った。そのことに、胸が暖かくなる。
「……いいさ。かかってこいよ」
そう言われると、グリミージュは深呼吸するように下を向いた。
「……戦うんじゃなかったのか、よ……?」
いじめっ子がそう言い切る前に、グリミージュは……いや、《憤怒》は、彼の眼前に迫っていた。
「……もちろん戦うさ。ただ、俺が勝つ戦いをな」
《憤怒》がいじめっ子を蹴り飛ばす。吹っ飛んでいったいじめっ子は、離れた場所の木にぶつかって、気を失ったようだった。
「ひっ……こ、来ないで!」
「……『戦い』を受けたのはお前らだろ?俺は、後から屁理屈付けられるのが……」
《憤怒》はそう言って腕を一振りすると、残ったいじめっ子たちを軽く吹き飛ばした。……《開闢》の効果だ。
「……一番不愉快なんだよ!」
---
《棘蔦》を解いたフェディアは、木の陰で《憤怒》を観察していた。
あの威力。ニニィナの《嫉妬》を上回っているだろう。その怒りが自然に収まるまで、近づかない方が良いと思うのだ。
《憤怒》は、右目を血の様な赫色に輝かせ、次の敵を探しているようだった。
……と──。
唐突に、《憤怒》は気を失った。グリミージュが、地面に突っ伏す。
「……ふぅ」
少し安心して、フェディアはグリミージュに近づいた。グリミージュを抱き起こす。
────……その時。
「……隙ありッ!」
──《雨刃》が、フェディアの心臓を狙っていたのだろう。タイミングが悪く、グリミージュの肩に、鋭い針が突き刺さる。
「えっ……」
先程グリミージュに蹴り飛ばされたリーダー格のいじめっ子が、木に寄り掛かって立っていた。
「……そいつも倒れて、もう何も出来ないだろ。トドメを刺して……やるよ!」
---
「……ちょっとニニィナさん、さすがに、仲裁に入った方が良いんじゃないですか……?フェディアちゃんが……」
「……ちょっと待って。フェディアの左目……!」
「……え?あっ……!」
……足元にグリミージュを置き、ゆっくりと立ち上がる彼女は、《《薄桃色の左目》》でいじめっ子を睨んだ。
女神様の偽うとおり。〖第三部 十四章〗
……自分の中で、何かが変わったような気がする。形容し難いのに、変わったと言える。
「っ……《|雨弾《レインボムズ》》!」
フェディアの異変に気が付いたのか、いじめっ子が《雨刃》よりも強力な技を出してくる。
その技の全ては、フェディアの前の透明なバリアにより防がれ、より力を持って跳ね返ってくる。
彼は、真正面から最大火力の二倍の威力である《雨弾》を喰らい、気を失ってしまった。
「……人を倒すのは良い気がしませんが、こうもあっさりだと物足りないですね」
辺りを見回すと、腰抜け天使たちは尻尾を巻いて逃げたみたいだった。
「……早いところ、この娘の人格に戻してあげましょうか。この代償は然程時間も掛からないでしょうしね」
そう言って誰に対してでもなく微笑む彼女は、フェディアとは別の存在。
自らに傷を負わない。《《穢れない》》。
──七美徳のうちの一つ、《純潔》である。
---
「……おい、待てって。《純潔》」
「……僕達と話しません?《純潔》」
その口調の割に高い声たちに、《純潔》は振り向く。
「……なんだ、《嫉妬》と《怠惰》ですか。私と何を話すのです?」
「……話は、あそこの《憤怒》が戻ったらで良いから、人格を戻さないで貰いたいんです」
「……分かったわ。その代わり、元の人格に意識が戻されたらお開きにしましょう」
「話が分かるじゃん。で、何を話すんだ?《怠惰》」
「……面倒臭い。《憤怒》が起きたら話す」
「……まぁ、《怠惰》に聞くだけ無駄ですよ」
「……なんで、《純潔》はそんなこと分かるんだよ……」
「……不貞腐れた。それより、《憤怒》が起きますよ」
その声により、三人……いや、三感情というべきかもしれない……の視線を集めた《憤怒》は、ゆっくりと起き上がった。
「っ……何だよ」
「……いや、ちょっと我々で少しお話しましょうってことですよ」
「はぁ……ったく」
こうして、《純潔》《嫉妬》《怠惰》《憤怒》の四感情の会議が始まった。
---
「……それで、《全て》の能力を集めることは出来そうですか?」
そう切り出したのは、《純潔》だった。
「……無理っぽい。単純に見つかっていないってのもあるけど、俺らでは集めづらい位置にいたりするんだ」
「……地獄の方にいたり、元の……この器の立場的に行けない場所にいると思うんだ。僕からは、それくらいしか分からない」
「っ……あ~、俺も分からない」
「……やっぱりそうでしょうね」
四感情は、一斉に溜息をついた。
「……まぁ、《|禁忌《フォーベレン》》が天界をさっさと征服してくれるまで待つしか無いでしょうね」
「……そうだろうな」
「では、これで解散でしょうか?」
「……俺はまだ人格乗っ取っときたいんだけど」
「……勝手にして。私はさっさと元の人格に戻りたい」
「俺さー、此奴の人格とまともに入れ替わったことって殆ど無いんだよねー。それに、《純潔》の子の反応も気になるし」
「……私の元の人格の娘は、純潔であったから私がいるんですよ。いじめないであげて下さいませ」
「……さっさと解散しろよ……」
「……さっさと元に戻って下さい」
「ちぇ……腹立つ」
「……全く。じゃあ、解散しましょうか、今度こそ」
「……じゃ」
「……またなー」
「…………」
そのすぐ後、四感情……四人は、お互いの元いた位置まで戻った後、同時に倒れた。
女神様の偽うとおり。〖第三部 十五章〗
「……ん、ぅ……?」
頬を掠める風、微かに感じる木々のにおい、あの部屋の布団とはまた違う柔らかい……心地よさ。
「……月境林?」
起き上がって、ぐるりと辺りを見回す。近くにはグリミージュ、少し遠くには天乃、またさらに遠くには、ニニィナとシュノーが隠れるようにして木々の隙間で倒れている。
「っ、ん~……」
──と、グリミージュが目を擦りながら起き上がった。
「……ん?……フェディア?」
「……さっきまで何があったかとか、覚えてる?」
そう聞くと、記憶を引っ張り出すように目を閉じて……首を振った。
「……何も。ここって、月境林なんだよな?」
「……うん。そのはずだけど、……あっ」
何かに気付いたフェディアの声に、グリミージュは首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「……私達、月境林の征服に来てたよね?」
顔を見合わせて……どちらかともなく立ち上がる。
「「……行こう!」」
二人合わせて走り出そうとしたところを、
「……ちょっと待って」
「行くのは良いから話聞いてねー?」
ニニィナとシュノーが止めた。
「……まず、月境林の制圧は終わってる。私はあなた達を呼びに来たの」
「……え?」
「……え?」
「……………え?」
遅れて声のした方を向くと、ついさっき気が付いたらしい天乃が立ち尽くしていた。
---
『救世主』本部で一番大きいかつての大広間で、メンバー総動員の宴が開かれていた。
他でもない、月境林の征服記念の大宴会である。
元から月境林にいた人間たちは、『救世主』の作戦を聞いて、『救世主』に助力することを選んだ。
「実際に話したのは私くらいだとはいえ、扱いの適当さで夢が醒めたんだろうな。制圧は思うところもあるが、今の状況が少しでも良くなるなら、微力ながら手伝うよ」
レアリテが言っていたのは図星で、『救世主』の匿いを受けない選択をする人間はいなかった。
フェディアが宴会場を見回すと、壁に寄って天乃と雪乃が話していたり、会場の中心近くでニニィナとシュノーと、他にも何人かの『救世主』のメンバーが談笑していたり、吸血鬼族であるグリミージュが、『変異族』の同類者に囲まれていたり。
確かに、そこは冷めた天界で一番賑やかで、一番明るい場所だった。
会場を見回していると、不意にNo.1と目が合った。
(──あとひとつ、やらなくちゃいけないことは残っているんだった)
女神様の偽うとおり。〖第三部 十六章〗
両開きの扉の前で、フェディアは立ち止まって深呼吸をした。
No.1に、今後どうするのかを報告するのだ。
「……フェディア・キュアヘブンです。今、よろしいですか?」
「……あぁ、入れ」
扉を開けると、前と同じように玉座に座るNo.1がいた。
「……では、報告を聞かせて貰おう」
---
「……私は、『救世主』で過ごしている間、知らなかった真実、自分自身の能力を知れました。その上で、私は、一度母親と会いたいのです」
「……そうか。分かった。ただし、あといくつか、話しておくことがある」
そう言うと、No.1は、真っ直ぐにフェディアの瞳を見た。
「……ひとつ。恐らくだが、君にとっての《《黒幕》》……自分が《能力》を得るに至った原因は、母親ではない」
「……え、っと……?」
「……元から《能力》を持っていることを知っていれば、地獄に連れ帰っていただろうし、父親に少しくらいは話していただろうからだ」
……その理論には、納得せざるを得なかった。
あの日記の内容から、リドフェッドは、妻が『真偽の女神』であり『地獄の女神』であったこと、娘が《能力》持ちであることは、レアリテに真実を聞くまで知らなかったようだった。
つまり、母親はフェディアが《能力》を持っていることを知らなかったし、狙っていた訳でもなく、《能力》を得るに至った原因は、母親ではないということだ。
「……ふたつ。こちらも推測ではあるが、地獄への『鍵』は、亡霊、あるいは人外の類いの者が所持しているだろう。人間があの『鍵』を持っていたら、あんな妙は御伽噺は生まれないだろうからな」
「……は、はぁ……」
「……そして、三つ。これは確実な話だが、……以前、『真偽の女神』には君以外にも子がいると話しただろう」
「……はい」
あの話には、衝撃を受けた。元からいた夫との子供だと思っていたけれど……?
「……よく考えると、妙なことに気が付かないか?」
「……妙な、こと?」
「あぁ。母親は『真偽』の女神なのに、君が持っているのは『真偽』の『偽』の《能力》だけだろう?『真』の方がいないじゃないか」
……言葉の意味に気が付いて、思わずひゅっと息を飲んだ。
「……親の《能力》が遺伝したなら、『真』は、君のペアみたいなものだからね。別々に……少なくとも、彼女が地獄にいた頃には、生まれていないんじゃないかな?」
──そう思うんだよね、『偽』さん。
「……じゃあね、フェディア。選択は君の自由だけど、やるべきことが一段落したら、『救世主』で受け入れても良いから、今はやるべきことに集中してほしいって私は思うよ」
そのNo.1の声を背中で受けながら、フェディアは部屋を出た。