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目次
三日月花と花模様
三日月花が綺麗な夜。三日月花の花言葉は何だろう?
花屋を営むドロップ・フィーナはこの世で1人だけ、花を作る能力を持つ。花屋「フィーナ」に並ぶ花はドロップが作った花だと、ドロップしか知らない花だと気がついた人は、そしてもう1つの能力に気がついた人は、意外と少ない。
「えっ、ニコ?」
「ドロップ、まだ花屋やってたんだ」
ニコはドロップの唯一の友達。ドロップはあの事故があってから、ニコにしか心を開いていない。ニコと最後に会ったのは2年前。植物が体に生えるアルラウネも、ドロップ以外いない。あの事故で、いやあの事件で、皆アルラウネは消えたのだ。ニコは時人。無限の時を生きられる以外人間と変わらない時人は希少な種族だ。しかし、恋をしたら寿命が1ヶ月になる。彼は、恋をしたことがない。
花屋に来たのは、ドロップの花が欲しかったから。
花屋には、たくさんの花が並んでいた。しかし、ドロップの作った花以外は全て枯れている。
ニコは不思議に思い、店番をしていたドロップに尋ねた。
「なんで花が枯れてるの?」
するとドロップは、少し困った顔をして言った。
「その花たちは枯れているのではなく、時を止められているの」
そしてニコは気がついたようだった。時を、止める。つまりこれは。
「時人ならぬ、時花」
「そう」
時花は、ドロップが考えた名前だ。ドロップが作った花以外のチューリップや向日葵、ヒヤシンスは枯れている。ドロップが作ったサリー、クリス、雪華などはまるで光を放っているように咲いている。ニコは、この花のことを知っているのだろうか?
「こんなの、花じゃない」
「えっ?」
ニコが、怒鳴ることなんてないニコが言った。
「時を止めるなんて。酷い」
「ちがっ、これ、わざとじゃ」
「言い訳に過ぎない!」
言い訳。
「え……」
「花を作って。自分の花だけ見てもらいたいの?そんな甘い考え、僕に通用すると思わないで」
どくん。ニコが遠くなった気がした。もう昔のニコは死んでしまったかのように。
結局、気まずくなり何も話さずにニコは真鈴花だけ買った。海のような浅葱色の、ドロップが作った中で結構好きな花。
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夜になっても、ニコは頭を抱えていた。
「なんであんなこと言っちゃったのかなあ」
透明なガラス瓶に飾った真鈴花が、冷たいすきま風に揺れた。詳しい理由も知らない。彼女が時を止められるとしても、わざと止める訳が無いのに。。久しぶりに会ったドロップは、少しだけ大人になっていた。久しぶりと言ってもそこまででは無い。無限の中では涙1粒くらいの時間だ。けれど、ニコにとっては今までドロップと過ごした時間よりもずっと長く感じられる。何故行かなかったのか。親が死んだドロップに顔を合わせられなかったというのがあるかもしれない。ニコの親は1人しかいないけれどまだ元気だから。時人が少ないのは、結婚して子供を作ったらどちらかがすぐ死んでしまうからだ。ニコの母もそうだ。父は、遠い異国へ行ってしまった。そういう意味で、幼なじみで気軽に話せるのはドロップだけだ。確かに、1400歳から1500の頃まではよく遊んでいた。けれど、同じような境遇に立ったドロップと話したら怒られそうな気がしていたのだ。寿命が300歳ほどの彼女が親といられる時間は少ないのに、なぜそんなに偉そうに言えるのかと。楽しそうに話せるのかと。けれど怒ったのは逆だった。怒った理由は、永遠の時を刻むことがどれだけ嫌なことか知っていたからだ。けれど違った。
「謝ろう」
気持ちを入れ替えて、寝た。
ドロップが倒れたと聞いたのは翌朝だった。
何者かに時を止められたと聞いたのも翌朝だ。
「ドロップ!!!」
鼻につく消毒の匂いがする部屋に、ドロップはいた。青白い顔で目を閉じている。どうすればドロップを起こせるのか。頬に触れたら、冷たい。細かい氷が顔を覆っている。瞼にも、砂糖細工のような氷が無数に付いている。必死に記憶を探る。本、噂話、看板。全てを思い出す。そして、おもいついたのは。
ある所に、リングという姫が住んでいました。ある日のことです。
「ここがリング姫の家かい?」
「そうですよ」
「パンがある。お食べ」
黒い魔法使いはリングにパンを食べさせました。すると。
「ヌュリーア!」
リングの時を止めてしまったのです。そして、悪い魔法使いは笑いながら去っていきました。姫のことを悲しんだのは王子。リングのことがひっそり好きだった王子でした。王子は、リングにキスをしました。
すると、リングの青白い頬が薔薇色に色付いて、元に戻ったのです。リングも王子のことが好きでしたから、二人は結婚してずっと幸せになりました。
リング姫の童話だ。ドロップとニコが1番好きな童話。
……キスをするのか?キス。頬でもいいよね、と思う。そして、ドロップの頬にそっと唇を近づけた。すると、童話の通り頬と唇が薔薇色に色づいた。そして、青銀色の瞳を少し開けて、
「…………ニコ?」
と弱々しくも言ったのだ。
「ドロップ!」
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その日から、ニコは毎日フィーナに来た。その度に次々と花を作らなければならなかったけれど。その日も、いつも通りニコが来ていた。
「やっほー」
「やっほー。今日は何買う?」
けれど、ニコは突然黙った。唇をギュッと固く結んで。何かあったのだろうか。
「僕、君に恋してしまった」
午後9時29分の時だった。
ずっと泣いて泣いて。三日月の花が頭に浮かぶまで、泣いた。その日、あの時と同じ三日月が空に上がっていた。それを見て、思いついたのは三日月でできた花。雪化粧したような白と黄色の花。魔法陣に手をかざして。すうっと、思い通りの花が生まれた。それ以外何も起きない。ため息をついて、魔法陣に背を向けてしゃがんだ。埃を被った彼の写真を指で優しく撫でる。その瞬間、
「ドロップ!!!」
ニコの声が、あの懐かしい優しい声が、頭上に響いた。残りは、リング姫と殆ど同じになった訳だ。